バンコクマッサージパーラはコロナでほぼ全滅、でもエスコートはまだ生きているようだ

ぽんこつマンがタイで一番最初に接した風俗は、以前の投稿でも書いているが、マッサージパーラーだ。かつてはホームページで在籍の女の子を見ることができる店も多かったが、2020年9月30日現在、ホームページが存在するのはポセイドンとユートピアだけで、在籍の女性の写真は全て消えている。ポセイドンにメールで問い合わせてみたが何の返信もなく電話してみたが誰も出ない。

ぽんこつマンは日本に戻ったままタイには行けないでいるので状況の悲惨さを確認する事はできないが、現在の軍事政権が2014年5月にクーデターによって樹立されてから、タイ警察の権力と軍の軋轢によって、タイ警察の支配下にあったマッサージパーラが軍によって摘発を受け、徐々に廃業や統合が進んだらしいが、コロナの世界蔓延による非常事態宣言令で全ての風俗産業が2020年3月末から営業停止に追い込まれた。

7月からは営業再開が認められているようだが、ゴーゴーバーにしろ、カラオケクラブにしろ、これまで多くの外国人観光客に支えられてきた風俗産業や飲食業の多くは連日顧客の姿がない状態で、いずれ廃業せざるを得なくなる瀕死の状態のようである。

そんなタイの風俗業界の頼みの綱は、3月26日からタイを出国できなくなった観光客や不法就労していた外国人、そして就労ビザを持ちタイで働いている外国人と特定の富裕タイ人だけが顧客という状況で、店舗を構えての営業にはかなりの負荷がかかる事は必至だ。

それ故に大きな施設でコンチアやMP嬢、メバーン、キャッシャーなどを確保し、煌々と灯りとエアコンをつけて、風呂のお湯をわかし店を開けて置くだけで、かなりのコストがかかるマッサージパーラーは明らかに不良資産でしかなくなるのは、誰の目にも明らかだ。

そもそもタイの法律では、買春も売春も違法で実際にはゴム付き本番は当たり前にあることをただ見て見ぬ振りをして黙認されていたことで成り立っていたマッサージパーラーはタイの貧困層女性の就業場所として地方農村部の小作農家族や若い時に対人男性に孕まされ出産したらそのタイ男が生活の面倒を見ることなく逃げて子供の養育を自分の親に任せているシングルマザーなどの経済救済機能もあったのだが、顧客となる人数が激減してしまっている現在、営業できるところはもうほぼないのかもしれない。

それに比べ、エスコートはアウトコール専門なので、ネットさえあれば営業でき、MPといった特殊浴場システムは不要でパソコンの電気代とネット費用を負担すれば営業可能になる。また客単価もMPのタマダーより高い設定だ。

最近は、タイで売春の合法化が叫ばれているようだが、本当に合法化されれば、個人が個人と取引しやすくなるだろうから中間搾取が益々厳しくなるだろうから、いずれタイの風俗産業の構造改革が急速に進む可能性がある。

ぽんこつマンは、20年ほど前にネットでタイのエスコートサービスを調べたところ、ぽんこつマンがお願いしてもいいレベルのタイの女の子が居たサイトは3〜4つだったが、ロシア、東欧系専門や南米系を合わせると7つくらいはありそうだった。また昔ぽんこつマンが使ったことがある老舗のエスコートクラブは今も健在で営業しているようだ。

それが、NEW BANGKOK ESCORT CLUB(https://www.newbangkokescort.com)だ。タイに行く前にネットで女の子を選んでどのくらいの時間を一緒に過ごすかを決めて、宿泊するホテルやコンドミニアムとメールアドレスと名前を登録すれば、バンコクに到着するときに空港に迎えに来てもらうことも可能になる。空港に恋人が待ってくれていると言う状況を作れるのだ。

ぽんこつマンは一番最初は2日間女の子を継続した。その次は、長時間ブッキングしようとした女の子が居ないということで、他の子をバンコクに着いてから選んでショートで部屋に呼んだ。

最近はTinderで個人営業で客を探している娘も多いが、一度個人の娘だと思って呼んだ女が写真とはかなり印象が違っていて、先に金を要求したので「服を脱ぐ前に金は払えない」と言ったらボスに電話すると言って揉めたことがあった。

金を受け取って、客がシャワーを浴びるように仕向け、その隙に部屋を出ていなくなるということもあるもで、払う金は用意して見せてもいいが、相手が気に入らないときやバッグを置かない、服を脱がない女の場合は注意が必要だと思った方がいい。

個人営業の女の子の要求額は最低は2000/1shotから8000/1shotという女もいた。標準的には5000/shortという子が多い気がする。

しかしエスコートクラブで24時間でブッキングすれば外で食事を一緒にして、行きたいところへ行けて、部屋に戻れば基本何回エッチをしても良い。24時間一緒に口鼻と気分で過ごして12000バーツと言うのは、日本では考えられないくらいある意味格安と思うのはぽんこつマンだけだろうか。

ちなみの、ゴーゴーバーやバービアの嬢とショートで遊ぶ時も、飲み代1000〜、バーファイン(ペイバー代)600〜800、彼女へのチップ2500〜3000、帰りのタクシー代としてのチップ200〜300バーツ。タニヤのカラオケでの1時間飲み放題でも700〜800、+ペイバー3000〜3500、女の子とのエッチするためのチップ3500〜5000、タクシー代などのチップ300〜500。女の子と楽しく飲むだけなら良いが、女の子との本番を考えると、4300〜9800くらいは必要になる。一回のエッチがホテル代込みで30000円は日本で売りをネットで探している女の子の相場だが、ほぼそれと同じと言うことになる。

一方エスコートサービスは、ひとりの娘とじっくり楽しみたいと言う紳士には持って来いのサービスだから、現在バンコクに住んでいる外国人の需要が中心だろうから、コロナの影響で外国人観光客が訪タイできていない事はそれほど大きな問題ではないのかもしれない。

ぽんこつマンももしバンコクに行けることになったら、エスコートサービスをもう一度使ってみたい。ネットには気になる女の子が既に何人かいるのだ。できるだけ早くバンコクに戻れるようになることを切に願うばかりである。

ニュージーランド北島のオークランドでホテルに呼んだエスコートガールの本職は教師だった。

今では日本でも桜JAPANの活躍もあってラグビーの認知度はかなり高まっているが、今から30年近く前の1990年台初頭は、1984年に荒井由美の「ノーサイド」が発表されてからもすでに長い月日が経ち、松尾雄治氏、故平尾誠二氏、大八木淳史氏などが一時期活躍した日本ラグビー界もJリーグが日本で誕生した事で、多くの日本人の記憶から消えていった。

そんな中ぽんこつマンは、たまたまニュージーランドのオールブラックスの撮影にオークランドに10日間くらい出張したことがある。当時ニュージーランドはオーストラリアと同様に、カジノはあった。ぽんこつマンは日本では非合法なカジノ遊びは、海外に出た時にそこにカジノがあれば、ちょこっと顔を出す。ニュージーランドでの仕事が決まったときに、時間があれば是非カジノ訪問してみようと思っていた。

しかし、その時点でニュージーランドでは売春は合法化されておらず、北島最大の都市オークランドでも、カジノのあるホテル周辺には立ちんぼのお姉さんはいると聞いてはいたが、性産業がアンダーグラウンドである事は間違いなかった。2003年世界初でニュージーランドで売春が非犯罪化(合法化は審査等が必要な許可制)され、個人売春そのものは犯罪にはならなくなり、売春婦と公的書類の職業欄に記載できるようになっているようだが、当時はそれ一本で生活をする事はかなり厳しかったであろう。

そのような状況で、当時どうしても現地で◯ックス したいとなったら、ホテルなどに置いてあるタウン誌の掲示板の中からそれらしき情報を拾い電話で確認するか、電話帳でエスコートクラブの番号を調べ、連絡を取るかしかなかった。

ちなみに現在のオーストラリアとニュージランドの娼館やエスコートクラブの情報は、堂々とネット公開されている。例えば、Red Light Australia also featuring New Zealand (https://redlightaustralia.com)というサイトがあり、そこでオーストラリアやニュージーランドの娼館やエスコートクラブの情報を見ることができる。また個人でネットで客を探しているサイトも多く見つかる。

ぽんこつマンがオークランドに乗り込んだのは日本が新緑を迎える5月だが南半球に位置するニューヒーランドは秋真っ盛りで紅葉が美しい季節だった。ホテルの記憶はあまり残っていないが、リッジス オークランド(https://www.rydges.com/accommodation/new-zealand/auckland/?utm_source=google&utm_medium=organic&utm_campaign=gmb)という4つ星クラスのホテルだったと思う。カジノのあるスカイシティーオークランドにも歩いて行けるホテルだ。

日本からのクルーは映像クルーとグラフィッククルー合わせて15人、現地のコーディネートクルーは5人、撮影の現場へは合わせて20人が2台のロケバスで向かうため、大きな車寄のあるホテルが必要で、どうしても4つ星以上のホテルになったのだ。

3つ星以下のホテルだと、エスコートクラブからの女の子をホテルの部屋に呼ぶのは大変だが、ロビーにフリーの売春婦がたむろしているクラスのホテルであれば、部屋番号を伝えておくだけで女の子はフロントに呼び止められる事は無く部屋の前まで来ることができたので、旅先での性交渉を愉しむぽんこつマンには4つ星クラス以上のホテルが好都合だった。

オークランドに入って3日くらい過ぎ、土日を挟んで翌週から撮影が始まろうとしていた時、ぽんこつマンより一回り以上年配のグラフィックプロデューサーから「この町でどうやったら女が抱けるのか?」とこっそり聞かれた事がきっかけで、その日の晩に部屋に呼べる秘密のエスコートクラブにぽんこつマンが連絡を入れることになる。

彼はぽんこつマンに簡単な好みを言い、それをエスコートクラブに伝えてほしいと言ってきたので、彼の部屋番号と彼の好みを聞いた。ぽんこつマンの好みは、ブロンド、ホワイトスキンキウィ(白人ニュージーランド人)、スモール、スリム、ノーマルブーブス(シリコンなしの自然なおっぱい)だ。グラフィックプロデューサーは巨乳をリクエストしていたし、彼は身長はノーマルで良いと言っていたところがふたりの違いだった。彼は中国の大連で今回のニュージーランドに来る前に、中国東北娘と3Pをして来たようで、高身長のモデル体系の東北娘をすごく気に入っていたようで、それと同じ高身長の巨乳女を求めたようだった。

クルー全員で食事を済ませたのが、21時を過ぎていた。それ以降は各自自由行動でぽんこつマンとグラフィックプロデューサーはその足でホテルに戻った。ぽんこつマンはホテルの部屋に戻って、エスコートクラブに電話を入れた。受付に出たのは女性で、客がふたり居ると伝えて、それぞれの部屋の番号と好みの女性のタイプを伝えた。後は女の子がホテルに着いたら部屋に電話するとのことだった。

グラフィックプロデューサーは自分の部屋に戻って待つと言ってぽんこつマンの部屋を出て行った。部屋でまずシャワーを浴びて女の子の到着をテレビを付けて待っていた。22時を少し回った頃に外線が部屋に入ったとホテルの交換手から連絡があった。電話に出ると今ホテルに着いたから部屋に行くとのことだった。

それから10分ほどして部屋のチャイムがなった。ドアの覗き窓から確認するとそこに細めの金髪女性がいた。横を向いていたので年齢や顔の作りをはっきり確認できなかったが、明らかに自分が依頼したコールガールに違いがなかったので、扉を開けて部屋に迎え入れた。

彼女は、想像していたより化粧は濃く無く、控えめに見える印象だった。「good evening❤️」と彼女は笑みを浮かべ挨拶をし名前をエリザベスと名乗った。ぽんこつマンも軽く微笑んで挨拶をした。

部屋で待っている間にシャワーを浴びたことを話すと彼女はバスルームに向かい、そこで服を脱ぎシャワーを浴びてバスタオルを胸元に巻いて戻ってきた。リクエスト通りの小柄な金髪女性で、バストも巨乳ではない事が胸元で留めたバスタオルの膨らみで確認できた。ちなみにぽんこつマンはバスローブを羽織っていた。

そのまま、ふたりはベッドに潜り込んで軽いキスをする。そして彼女は昼間小学校の教師をしていること、年齢は26歳であること、最近小さな家を買ったことなどを話してくれた。それが本当かどうかはどうでも良かったが、その日は副業として始めたコールガールの仕事の3回目だとも言っていた。ぽんこつマンはオークランドに仕事で来たこと、オークランドは始めて来たことなどを話した。

暫くして彼女がぽんこつマンの淫部に手を伸ばしてきた。ぽんこつマンの肉茎はすぐに反応して膨張する。ぽんこつマンは彼女の首筋にキスをする。そして彼女の上になり、彼女の胸元で留めてあるバスタオルを解いてバストに手を充てがった。

大きくはないが自然な張りがある胸の膨らみが掌から感じられて、その感覚が股間に信号を送る。ビビビッ、、、ビビッ、、その信号を肉茎が受けてはちきれんばかりにそそり立った。ぽんこつマンは、彼女の右の乳首に吸い付いて、舌でその乳首を転がした。彼女はコンドームを装着するのを忘れていたので、「wait a second!」と言ってコンドーム を手に取り急いで取り出し、ぽんこつマンの怒張した肉茎に装着した。

そして彼女は、ぽんこつマンの肉茎を握り、バギナに導いた。ぽんこつマンは直ぐにでも奥に肉茎を入れたかったが、少し上にあるクリトリスへの刺激を亀頭を回して行った。それから膣口の周りにある大陰唇を亀頭で何周も捏ね回して、愛液で膣内が満たされるのを待ちながら彼女の身体をゆっくりと眺めた。

まだ少女のような愛らしさを残した顔立ちと身体、直径3センチほどのちょうど良い色に染まった乳輪と1センチほど突起した形のいい乳首。肋骨から腰骨まで余分な脂肪がついていないウェスト、丁寧に処理された淫毛が見える恥骨。標準的な日本人とは大きく違うプロポーションにぽんこつマンは我慢できなくなり、膣口に亀頭を戻し、伸長位で肉茎を奥に進めた。

膣口は少しきつめだった。ぽんこつマンは彼女の背中に腕を回し、胸と胸を合わせてゆっくりとピストンを始めた。伸長位ではどんなに深く入れようとも、子宮口に当たる事はない。しかし彼女の小股がぽんこつマンの肉棒をホールドし、締まり具合が高まり気持ちがいい。

彼女の脚が外に開こうとしていることにぽんこつマンは気付いて、彼女の足を間にぽんこつマンの足を入れて彼女の腰を持ち上げ正常位に移った。それから対面座位に切り替えて抱き合えながら挿入を繰り返した。ぽんこつマンは彼女の細い首筋にキスをする。彼女が顎をぽんこつマンの方に乗せてきつく抱きしめながらの座位は続いた。

ぽんこつマンの恥骨が彼女の恥骨にあたる。ぽんこつマンの心臓の鼓動が激しくなって、ベッドに身体を倒したら、彼女がすぐさま騎乗位でぽんこつマンの肉茎に刺激を与え続ける。ぽんこつマンはそれを迎え撃つように腰を上へ突き上げて、恥骨が彼女のクリトリスに当たって刺激できるように動いた。

彼女が顎を上げて背中をそらして騎乗位を続ける。ぽんこつマンは少し心臓の鼓動が落ち着いてきたので、彼女の背中をベッドに倒して、両脚を抱えて屈曲位でフィニッシュを迎えようと体位を変えた。彼女のふくらはぎの内側にリップを繰り返しながら腰を前後にスライドする。彼女は自分の脚を両手で抱えて震えた声で「Come on!!」と言う。彼女の快楽を迎える表情がまたぽんこつマンの快感を昂らせる。

屈曲位で奥を攻めているうちに、何度か彼女の子宮口(ポルチオ)のコリッとしたところに当たって亀頭から肉茎の根元、そして背骨を経由して脳天まで快感が走った。長いストロークで奥深くへ亀頭を5〜6回突き立てた時に、そのフィニッシュはやってきた。

「ドピュッ、ピュッ、ピュッピュッ、、、、」ザーメンが音を立てて出たかのような感覚があった。肉茎の膨張は少しおさまってきたが、うずきはなかなか鎮まらなかった。ぽんこつマンは肉茎を彼女の中に入れたまま、彼女をきつく抱きしめて首筋とデコルテへのリップを続けていた。その後ゆっくり肉茎を彼女の膣から抜き、30分くらいの結合行為は終わることになった。

そしてふたりは手を取りバスルームへ行きシャワーで激しく求めあった身体の汗を流した後、彼女は洋服を着て部屋を出ていく。惚れっぽいぽんこつマンは本当は直ぐに彼女を返したくはなかった。しかし、彼女はエスコートクラブから来たコールガール。たとえ本職は小学校教師とは言え、日本から来たぽんこつマンがいきなり彼女に告白できるはずもなく、そこは割り切るしかなかった。

翌朝、グラフィックプロデューサーとホテルの朝飯で時間が一緒になった。「どうやった?」と彼がぽんこつマンに聞いてきた。ぽんこつマンは昨日の夜の経緯を細かく話した。「いいなぁ」と彼はため息を漏らし彼の経緯をぽんこつマンに教えいてくれた。その話だと、身長175cmほどの大きな女でおっぱいはデカイが垂れているし、お◯ンコは全く締まりがなく、しかもマグロだったとの話。15分くらい粘ったがとても行けそうではなかったので早く返したと言っていた。

ぽんこつマンはその日は、ホテルの直ぐそばにあるスカイシティカジノに出掛けた。ぽんこつマンはルーレットが好きである。500NZDほど使ったがその日は勝てなかった。前日にツキを使い切ったと思うしかなかった。

しかし、オークランドで呼んだエスコートの姫は今思っても初々しく、記憶に残る思い出だ。こうゆう風にいい思い出があるから、また次もと思い新しい女神や天使を求めぽんこつマンは今も彷徨うのだ。