ローカルタイ人御用達の最安値SideLine嬢をチェンマイで探す①

ぽんこつマンは7月から8月中旬までチェンマイへ移動した。今は垂に冷め切ってしまっている連れ合いの住む街がチェンマイだからだが、一応連れ合いの星座が蟹座ということでいつもその時期はチェンマイの家に戻っている。

だからと言って連れ合いと食事はするがベッドで寝る時間も大きくずれているので肌を合わせることはもう完全になくなっている。連れ合いが既に年齢的に生理が上がる時期になって来ており肌を合わせることを嫌っているからだ。

ぽんこつマンの方が連れ合いよりさらに年齢が上だが、ぽんこつマンの性欲は未だ衰えることなく健全で逸物もしっかり勃つし、3日も発射していなければスペルマも昔と変わらずかなり多めに出るのだ。

人間のオスである以上、繁殖能力である性的活動が満足にできなくなることはオスとしては死んでいるのとほぼ変わらないとぽんこつマンは考えている。これからも元気であるためには自分の繁殖能力を確認する意味でも性的活動がしっかりでき、メスを求め続ける能力があり続けることが必要なのだと思う。

タイにいると年中スイカのスムージー(テンモーパン)を飲んだり、食後の果物としてスイカ(テンモー)をよく食べる習慣ができるが、スイカは「食べるバイアグラ」とも言われるほど精力増強効果があるらしい。スイカに含まれるシトルリンという成分が良いらしいのだがなんでもスイカ100gに180mgのシトルリンが含まれていて、メロンの50mg、苦瓜の16mgと比較しても桁違いの含有量があるらしい。その事を知って、スイカ好きのぽんこつマンが未だ衰えないのも勝手に納得しているのである。

チェンマイに帰ってきてまず最初は、いつも生中出しを求めてくるセフレに逢いに行く。彼女はぽんこつマンの家からバイクで15分くらいのところにあるアパートに住んでいてLINEで会える日時を連絡して彼女の部屋に向かうというパターンで、指定した時間に彼女の好きなオレンジジュースを買っていくのだが、既に時間にはアパートの部屋の入り口のドアは開けっぱなしになっていて、ぽんこつマンが部屋に入るとシャワーを浴びているようになっている。

彼女との最初の出会いのきっかけは以前にも書いているがSKOUTというアプリで知り合い初回は1200バーツ1水だったのだが、一度肌を合わせて生で挿入した後に相性がかなり良かったのか次回からは500でOKと言ってくれた女の子である。

体型は言ってもモデル並みとはとても言えないぽっちゃりタイプだが顔が可愛いところがぽんこつマンの好みに合うところだった。もちろんあそこの具合も奥のコリコリした部分を突く時の感覚が実に良い。最近は奥にたっぷりと発射してもすぐには抜かずにいると彼女の方がカラダを離すまいと抱きついてきて余韻を味わっているようだ。

絡み合った後に一旦離れて一緒にシャワーを浴びて体液を洗い流し、またベッドに戻り裸のままで抱き合ってしばらくたわいもないことを話すことも多くなってきている。その日はしばらくしたら姉から電話がかかってきて外で食事に行くことになったと言っていたので、姉が部屋に来る前にぽんこつマンは彼女のアパートを後にした。

チェンマイのセフレとの関係はそのまま維持しながら、そろそろ違う女の子とも遊んでみたくなってきていたので、X(旧Twitter)でタイ語で「チェンマイで仕事を受ける」というワードで検索をかける。

何人かがそのワードをあげていて、中にはLINEのIDもアップしている娘もいる。その中には英語でのチャットが可能な娘もいるが、英語でのコミュニケーションができる娘の中には1時間1水で10000バーツオールナイトなら30000バーツと吹っかけてくる高飛車な娘もいた。

サイドラインとは副業のことだが、本業は学生、カフェの店員、セブンイレブンの店員、家事手伝いと色々あるようで、エージェントが仕切っている場合の1時間1水の金額は部屋代、ゴム代込みで1200~1500が多いようだ。

X(旧Twitter)のDMにタイ語で自分の名前と「あなたに興味がある」とメッセージを入れてDMが帰ってきたらそのあとはLINEを交換して具体的な予約まで進めばほぼ会えるのだが、Google翻訳でのタイ語への変換が少し不完全なのか、LINEまでは交換できて彼女の条件まではわかるのだが、初見の場合にはデポジットを500とか1000とか言ってくる娘もいる。

ぽんこつマンはデポジットを求めてくる娘は相手にしない主義なので、選択肢はかなり狭くなる。中には800、700、600という値段を言ってくるケースもあるがLINEのIDが@マークありでエージェントと思われるものは、チェンマイローカルではないと思った瞬間に連絡を絶たれる場合もある。

そんな中で、個人営業でサイドラインを行なっている娘を見つけるのだが、ひとり@マークのないLINE IDの娘で600で1水が見つかった。見つけたその日は予約までせずに情報収集のみだったが数日後改めてこちらの都合のいい時間をLINEに送ると「空いている」と返事が来たので予約をした。

彼女が指定したホテルはSantitham Rd.に面する2つ星のホテルの一室。この辺りは近くにあるラチャパット教育大学の学生などが住む安アパートやローカルフードレストランやローカルバー、昔ながらの衣料品店、水道工事店、電気工事店などの昔ながらのローカルな佇まいを見せるエリアだ。

ぽんこつマンがバイクを駐車場に停めて到着したことをLINEで写真を送って知らせると部屋番号がLINEに送られてくる。そして部屋に行きノックをするとドアが開けられ中に呼び入れられる。その部屋はカーテンが閉められ既に薄暗い。ベッドにはかけ布団すらない状態。

最初に決められた600バーツを渡すと、早速服を脱ぎ、シャワーでぽんこつマンの下半身を洗うように促される。シャワーを浴びてバスタオルを巻いてベッドに行きそこでしばらく待つ。彼女も軽くシャワーで汗を軽く流し、ベッドに戻ってくる。

彼女の手がぽんこつマンのバスタオルにかかり前をはだけさせると、ぽんこつマンの肉茎をつまみなまでのフェラを始める。ぽんこつマンの肉茎はそのうち龍龍と勃ちコンドームを装着するのに十分な硬さになっている。

彼女は手に取ったコンドームをぽんこつマンの肉茎にセットして、まずは騎乗位で挿入を開始する。部屋は薄暗いが体のラインは肉眼ではっきり捉える事ができる。彼女のおっぱいに手を伸ばすとそのBカップ程度のバストは天然である事がわかる柔らかさをしていた。肉体のラインから想像するに年齢は30を過ぎたくらいだと思った。彼女のLINEでの年齢は26だったが多分5歳はサバを読んでいるのだろう。LINEで彼女が送ってきた写真(これは多分18−20歳の頃の物だろう)と比べても本物のカラダのラインはふっくらとしているし尻もやや垂れ気味な感じだった。

騎乗位を30ストロークくらいしただけで彼女は一旦離れぽんこつマンに上になるようにサインを出す。ぽんこつマンは一旦カラダを起こし、ベッドに仰向けになった彼女の両脚を広げ膝を立てさせて、正常位で低い位置から彼女の膣口に亀頭をあて、ゆっくりの奥を目指した。途中まで入れたところから少し引きそこで前後にゆっくりとスイングしてぽんこつマンの亀頭のカリを彼女のGスポットあたりを擦るようにした。両手は彼女のおっぱいに当て人差し指で乳首をこね、薬指でおっぱいの両サイドを摩った。

彼女の臍の下あたりの皮膚が少し動くのが見えた。それを見てぽんこつマンは右手で腰骨を掴み左手を臍の下あたりに軽く当てがい、亀頭をさらに彼女の膣奥へと進めて行く。臍の下あたりに当ては左手に振動を与えながら彼女の膣奥に亀頭が到達したのを感じて、ぽんこつマンはカラダを少し後ろに反らしそこでしばらく留め置いて左手の振動だけを続けた。

彼女の肉襞がぽんこつマンの肉茎を少し締め始めている。それからぽんこつマンは腰を前後にスイングさせて膣奥の壁に亀頭が当たるようにする。スローなスイングだから彼女の肉襞のうねりを肉茎が感じていた。亀頭の先端が彼女の膣奥のコリッとした部分に当たるたびにぽんこつマンは快感の信号が来るのを感じていた。

5分くらい続けていると、フィニッシュの瞬間が近づいてきたのを感じた。ゆっくりなスイングの速度を少しアップさせて奥への突きの強度をやや強くすると彼女の子宮がグニュっと動くのを左手が感じた。彼女もオーガズムが近づいていたのだろう。

左手も腰を掴むようにして彼女の両脚を抱え上げて彼女のお尻を少し上げる状態で肉茎を少し上から下へ打ち込むようにしてフィニッシュを迎えた。かなりの精液がコンドームの先に溜まった感覚があった。

ぽんこつマンはゆっくりと肉茎を彼女の膣から抜き合体していたカラダを一旦離して彼女の横に仰向けに並んだ。彼女がぽんこつマンの肉茎にまとわりついているコンドームをティッシュで拭い取り、亀頭とカリの下に滑りついている白濁したモノも綺麗に取り除いた。

時間にすると彼女の部屋に来てから30分くらいしか立っていないが、目的は達成したのでシャワーを再び浴び浮いだ服を着て彼女の部屋を後にした。ホテルを出るとちょうど雨が降り出し始めていた。

ぽんこつマンはどんどん雨足が強くなり、スコールが通り過ぎるまでの約30分をバイクに跨った状態でやり過ごしていた。雨足は徐々に治り黒い雲も通り過ぎで消えてしまった。蜘蛛の合間から夕方の太陽の光が街を照らし始めた。

ぽんこつマンはバイクのエンジンをかけ、近くにあるタニン市場を抜けて自宅に戻った。雨があがった帰り道は帰宅を急ぐ車やバイクで大渋滞になっていた。スコールがあった瞬間は一瞬動きを止めていた街がまたけたたましく動き出した。

2023年6月BKKサイドラインでプラチナオ🟡コ探し

BKKガールフレンドとの密会は週1の彼女の休みが基本だから、もう少しエロエッチの機会が欲しいと思う時がある。そんな時の比較的安く遊べるものにサイドラインがある。サイドラインはWEB で検索して決めた女の子の部屋に上がっての遊びとなる。

ぽんこつマンがよく使うサイドラインのWEBサイトはhttps://www.sidelinethailand.com/ である。最近新しく見つけたのはhttps://www.sideline-th.com/ であるがこちらはぽんこつマンの住むエリアからかなり遠いところの女の子が多いようだ。ひとり比較的近い所にいて写真もぽんこつマンの好みの小さくて可愛い感じの娘で値段も1時間1水1000BとあるのでLINE IDをスマホに落としたらなんと既にその子は遠くに移っていて、タクシーやGrab、Bolt などの配車サービスでも1時間以上かかるエリアで公共交通機関はバスがあるのみという状況だった。

6月6日サイドラインタイランド(https://www.sidelinethailand.com/ )をチェックしていたら気になる写真の女の子がいて場所はラチャダー17エリアでMRTスティサン駅で降りてバイタクで彼女の部屋のあるホテルに行ける。しかも60分1水マッサージ可という条件なのでLINE IDをスマホに落としてスタンプを送るとすぐにタイ語のサービスメニューと写真、それから彼女の部屋があるホテル名とGoogle MapのURLが送られてくる。予定時間を入れて送るとタイ語で「空いています」のメッセージが入る。

時間を7:00PMにしたのでシャワーを浴びてから部屋を出たのが5:45PM。公共交通機関にAirport Link Railway と MRTを使ってスティサン駅まで行くのだがAirport Link Railway は来ないときは駅で15分くらい待つこともあるので少し早く出たのだった。もう少し早く出ればMRT Rama 9駅で一旦降りて1時間のタイマッサージかフットマッサージを受けてからタクシーでそのホテルに行くのも良いのだが、サイドライン嬢との密会の後は久しぶりにNANA PLAZAのオープンからそれほど時間のたっていないという新しいGoGoBar を早い時間に覗きに行こうと思っていたので、到着予定時間を7:00PMにしたのだった。

Airport Link Railwayのマッカサン駅で降りてMRT ブルーラインのぺチャブリ駅まで歩きスティサン駅まで行く。ペチャブリ駅に着いたのが夕方の6時を少し過ぎたあたりで、仕事帰りのラッシュアワーが凄かった。1列車を見逃して次の列車を待ったがMRTはこの時間2分起きくらいで電車が来るのでそれほど待たずに乗車でき、スティサン駅には6時半には着いていた。

Google Mapではバイタクで行くとそこから5分ほどで着いてしまうとあるので、サイドライン嬢のLINE に6:45PM に変更できるかを聞いたらすぐにOKの返事が返ってくる。バイタクを見つけ行き先を告げる。彼女の部屋があるホテルはバディーズ プレイスという名前で、昔もそのホテルの部屋で別のサイドライン嬢と遊んだことがある。建物は特に新しくもなく部屋は広いがバスルームはシャワーとトイレと洗面が一緒にありスクンビット界隈の観光客が泊まるホテルのように内装が新しくもない。

部屋に着いてドアをノックするとサイドライン嬢がドアを開けて中に入れてくれる。まずはお決まりの挨拶とサービス料金の支払いを済ませる。今回も写真の盛り加工が凄過ぎてホンモノとの差を大きく感じる。LINEでは24歳とあるが見た感じは明らかに三十路あるいは四十路。やはり1時間1000Bではこんな物かと思う。まぁ、これまでは写真ほっそり、実物超ぽっちゃりとかあったが、今回は線の細さはほぼ正確だった。

まぁ、求めているのは写真の容姿ではなく、大事なのはそのサイドライン嬢サービス具合とオ🟠コの相性なのだ。最高の気持ちよさを得られるかどうかが重要なのだ。いざ一戦。

シャワーを一緒に浴びる。ぽんこつマンのカラダを一通り洗ってくれて先にベッドで彼女がくるのを待つ。彼女の愛想はいい。笑顔を絶やさない。彼女がベッドにやって来て添い寝状態から、出身や名前、実年齢などを聞く。彼女は現在27歳というが、多分37歳あるいはそれ以上なのだろう。

彼女の体にまとわりついたバスタオルを剥ぎ取ると大きさがちょうどいいおっぱいが見える。まずはその乳房にキスをする。すると彼女はぽんこつマンのバスタオルを剥ぎ取りぽんこつマンの肉系の具合を確認するかのように小さな手のひらでそろりと握る。

既にぽんこつマンの肉茎は完全に怒張しているのが分かったようだ。ゆっくりと肉茎を包んでいる手のひらを上下する。ぽんこつマンのキスは乳首、乳脇から腰、へそしたから腰骨へと下がっていく。

ぽんこつマンは必ず初めて会う女の子とセ◯クスする時は、その子のオ🟠コの匂いを嗅ぐ。無臭はベスト。少しだけチーズなどの匂いに近いものもOK、大体の女の子はその範囲に入るが、特に異臭がするオ🟠コの場合は、女の子が生でいいと言っても絶対にコンドームをつける。

匂いの具合でクンニをするかしないかも決める。臭いが無臭、あるいはキツくない軽いものはクンニでまずは大陰唇、小陰唇、クリトリス、そして膣口を潤わせる。そのうち女性器の中から体液が漏れ始めてきたら、その味も確認する。そして彼女の女性器の中にぽんこつマンの唾液を注入する。膣口から膣内に風船を膨らませるように息を強く吹き込んで膣内の弾力を想像する。

ほとんどの女性はその時69の形でぽんこつマンの逸物を咥え込んでいる。そして亀頭周りを舌でぐるぐると舐め回す。手のひらで玉袋を撫であげ、時折舌を使っても撫であげてくれる。お互いの愛撫のの時間が過ぎ充分な状態になったところで、女性は挿入を求めてくる。

カラダを挿入しやすい形に戻してから、女性がコンドーム装着を求める場合は装着する。生でもいいという女性でオ🟠コに異臭がない、見た感じ炎症などがない、もちろんぶつぶつやおできのような出来物がないようであれば、ぽんこつマンは生でいつも挿入させてもらっている。

今回も匂いは無臭、膣周りにも大陰唇や小陰唇にも異常は無い。もちろんトライアングルゾーンにも異常は無い。彼女は生で中出しもOKと言っている。盛りまくった写真との違いはあるし年齢の詐称はあるものの、それ以外は問題ないのでお言葉通りに生での挿入、中での発射をさせてもらった。

彼女の天井の具合がぽんこつマンにはなかなかいい感じだったことも発見だった。60分の予定だったのでフィニッシュ後も時間はまだあった。彼女とのたわいない会話はなかなか楽しかった。マッサージをしてもらっても良かったが色々な話が出来たことが心のリフレッシュになった。話し込んでいるうちに少し時間を過ぎてしまったが、彼女には次の予定がすぐにはなかったようで慌てることなく彼女の部屋を後にできた。

彼女とは個人のLINE交換をして今も連絡を取り合っている。次に会うときは彼女がサイドライン嬢としてサイドライン管理者の管理下ではなくプライベートでデートを楽しめそうだ。もちろん必ずセ◯クスはするけれど…。

彼女の部屋を出た後はタクシーでスクンビットソイ4を目指す。夜8時を少し回った頃で、NANA PLAZAのある交差点までは25分くらいかかった。メーター料金も200バーツにギリいかないくらいまで停車時の追加料金があり上がっていた。それでも日本の都会のタクシーの初乗りくらいで移動できるバンコクの街はぽんこつマンが愛する街だ。

NANA PLAZAの今回の目当てはマンダリン(2F)。コロナ開けで改装も終わりオープンしているとの話を聞いていたので、一度覗こうと思っていたのだ。

NANA PLAZAに着いたら入口のセキュリティーが昔に比べかなりチェックが厳しくなっているのに驚いた。ゲートを潜ったら写真を撮れる雰囲気では無い。手前右のエスカレーターを上がって右手にマンダリンはある。開店時間は19:00らしく到着した8時30分はまだHappy Hourの時間帯らしく店の前で、ドリンク90Bの看板を持つ女の子が客を呼び込んでいる。

店内に入るとステージには15人くらいのダンサーが踊っている。次のステージに上がるのを待っている女の子もいるから、大体40人くらいは出勤している感じだった。ぽんこつマンはすでに一戦終わっているので女の子からの引きにも反応が鈍い。ステージで踊っている姫の中に二人くらいはドリンクをご馳走しても良さそうな娘がいた。最初にそのうちの一人を呼びドリンクをごちする。さらにもう一人を遅れて呼びぽんこつマンの左右に女の子が侍る。何杯かごちして一旦会計するが帰りにトイレに寄ると店の中からさらに上に階段が繋がっていてそこにもダンサーがステージで踊っている。

しばらくそのフロアーにもいたがこれといった子は見当たらなかった。上の階はなんとなくぽっちゃりだし、顔も田舎っぽさが抜けていない感じだし、素朴が好きな人にはいいかもだがぽんこつマンには2Fの方が断然女の子のレベルが高いと思った。

NANA PLAZAをぐるり回ってみたが覗く気もなくスクンビット通りをASOKE方向に歩いてASOKEの交差点でタクシーを拾って帰宅した。

2023年春一時帰国前のバンコク発パタヤ弾丸旅行

2023年3月中旬にもパタヤに1泊2日で出かけたが、ここの所パタヤでのナイトライフがぽんこつマンの楽しみになっている。4月9日に日本の一時帰国を控え、どうしてもその前にパタヤで新しい思い出を作りたくなって急遽Booking.comで宿を予約して4月4日、5日とパタヤに出かけた。

今回は前回Soi6のHelicopter で見つけたちょっぴり安達祐実似のChiliという姫と晩飯を食べる約束をしていたしそのあとはLKメトロ、ツリータウン、ソイブーメランあたりを中心に回る予定だったので、宿はLK メトロポール ジュニア ウイングにした。

エカマイからノースパタヤのバスターミナルに12:30発のバスで向かい、ノースパタヤのバスターミナルからは乗合ソンテウに50Bで乗り込みセカンドロードソイ13で降りる。そこからは徒歩でソイブッカオ方向に少し歩くと左側にLKメトロポールが見える。チェックインはそのメトロポールで行い鍵をもらいプールの反対側にある4階建ての建物に向かう。部屋は3階でプールビューの部屋。ホテルにチェックインしたのは午後3時を少し回っていた頃だった。

とりあえず腹が空いていたので、前にも行った豚骨ラーメン林虎に熱々のラーメンを食べに出かけた。それからまだ陽も沈んでいないのでバイタクに乗ってSoi6まで行き、陽が落ち暗くなるまでバービアを数件回ったが、良い感じの姫に会う事もなかった。ビアチャンを各バービアで2〜3本飲んではバービアホッピング。Chili との待ち合わせ時間午後8時より1時間前にはすでに結構酔っていた。

一旦ホテルに戻りChiliにLINE callする。そして彼女がご飯を食べる場所を決める。場所はマハナコーンというビアガーデンぽい店だ。多分彼女が住んでいるところからそう遠くはない場所なのだろうが、ぽんこつマンからは結構遠い。バイタクのけつに乗って20分くらいは走ったような印象だ。

店の前に到着すると彼女はすでに店内にいるらしかった。あまりの轟音にLINE Callでは何を言っているかわからない。「今店の前にいる」とメッセージを入れたら彼女が店の中から出てきてぽんこつマンを店の中に案内する。

彼女曰く、この店は大人はもちろん欧米人や中国人、韓国人、日本人にも人気の店だという。ぽんこつマンから見るとパタヤの夜の姫と仲良くなった外国人が連れて来られる店のようで彼女の知り合いの女の子もその日多く集まっているようだった。

ぽんこつマンは店のプロモーションというビール3本セットとピーガイトート、フレンチフライ、それからトートマンクン(エビのすり身あげ)を頼んだ。彼女はソムタムとカノムチン(細い米の麺)を注文する。ぽんこつマンは酸っぱくて辛い料理はトムヤムクンまでは食べれるがイサーン娘が好むソムタムは全く食べることができない。

生演奏がうるさすぎて会話も全くできない状態での食事はあまり楽しいものではなかった。すでに酔っ払っていたがさらにビールを揚げ物で流し込む。腹がはち切れんばかりに大きくなっていた。2度ばかりトイレに行ったが、その合間に彼女は友達のいるテーブルに行きそこにいる知り合いとも親しげに酒を飲んでいた。1時間半ぐらいその店にいて早々にその店を出た。友達と酔っ払って騒ぐには良い店なのだろうがロマンチックな時間を求めていたぽんこつマンにはかなりの苦行だった。

店を出てboltの配車サービスを利用して彼女を連れてホテルに戻った。ここからが本日のメインイベント。部屋に戻ってふたりでシャワーを浴び、お互いの大事な部分を洗い合った。彼女には胸元にも腕にも太ももにもタイスタイルのタトゥーが彫られていた。バスタブのあるシャワーブースで彼女の豊胸されていないがそこそこにふくよかなオッパイを手のひらで撫で回しながら泡だらけにして洗った。その手で彼女の腰回りそれから鼠蹊部そして内股をたっぷりの泡で洗い、ぬるめのお湯でお互いの体を流し合った。

そのあとはバスタオルを纏いベッドに向かうが、横になってすぐに彼女とぽんこつマンのバスタオルははだけることになる。ベッドで抱き合い天上のランプを消すと脚を絡めて互いにカラダをキツく抱き合ううちに、お互いに生まれたままの姿になっていた。

激しくキスを交わす。舌を絡めながら首筋、耳たぶ、肩甲骨に愛憮を加えていく。まだ形の崩れていないふっくらとした生のおっぱいに直径3cmほどの乳輪に1cmほどの乳首が立っている。その乳首にキスをし吸い上げると背中を軽く反らせてヘソを突き上げる。彼女の鼠蹊部にある小さなデルタの茂みを掻き分け指をさらに下に進めると、腕にじんわりと膣口が湿っていた。

ぽんこつマンは体を上下逆さにし彼女のデルタ地帯の奥にある小さな沼に唇を這わせる。沼の少し手前の小さな突起に舌を絡めながら沼の周りにある少し小高くなっている山脈の麓へ舌を這わせながら沼から溢れ出てくる液体をすすり上げ、また吹き返して奥の方にその液体を戻す。

彼女の手がぽんこつマンの肉茎を掴みそして彼女の唇でぽんこつマンの肉茎の先にある亀頭を咥え込んだ。彼女の舌がぽんこつマンの亀頭のカリを擦り上げる。ぽんこつマンは彼女の内股に手を伸ばし少しずつ彼女の小さな沼がある谷間に向けて撫で上げていく。

十分に彼女の沼が膨らみ、ポッカリと小さな穴が開いた頃合いを見て、ぽんこつマンは再度体を上下に入れ替え、伸長位(締め小股)で肉茎を彼女の沼の奥に差し込んでいく。十分に奥まで行ったところで彼女の沼の奥にある肉襞がぽんこつマンの肉系に馴染むまで1分ぐらい繋がったままで動かずじっとしている。

彼女の沼の肉襞の奥までぽんこつマンの肉系の形に馴染んできてから腰を少し引き次に腰を押し込むショートストロークのピストンをゆっくりのテンポで始める。ぽんこつマンの首あたりに彼女の頭が来る。彼女はぽんこつマンの胸板に唇を立ててキスを加えてくる。

5分ぐらいその伸長位を続けてゆっくり腕を使ってぽんこつマンのカラダを起こすと彼女は脚をぽんこつマンの脚から抜き一旦脚を上げて今度は正常位での合体を求め肉棒を自分の沼に導く。

天上のライトが消えている薄暗い部屋での彼女の上半身の眺めも悪くない。ぽんこつマンは後ろに手をつきカラダを後ろに反らせて腰をゆっくり前後に動かし続けた。彼女は顔を少し歪めながらベッドのシーツと枕の端を握り、快感が頂点に達するのを待っているようだった。

しばらくすると彼女はぽんこつマンを少し手前に引き寄せ上に覆い被さるような体制での行為へと導いた。そして彼女の両足を抱えた正常位から両足を彼女の傍あたりに押し上げての屈曲位へと体位を変えると亀頭が彼女の奥の天井を叩くことになった。彼女はどうも膣の前襞より後ろの肉襞を擦られるのが好きなのかその体位になってから呻き声を上げるようになる。今まで我慢していた快感がもうすぐ弾けそうになっているかのようにかをを歪めている。

彼女の膣の締まりはかなりきつめだったが、充分な滑りのある沼だったので滑りが悪いということは無かった。ぽんこつマンも彼女のヨガリ声が大きくなるに従い快感の爆発が近づいてきた。

最後はお互いに手を握り合い腰を前後に動かしながら彼女の沼の底を目掛けて深く深く入れて彼女のその滑る沼の中でぽんこつマンは爆発した。彼女をベッドに横たわせてから30分くらいは立っていただろうか。スローなピストンは発射までに時間はかかるが、心臓が早く鼓動しくたびれる事もなく、発射の後にも肉茎がジンジンドクドクとして最後の快感の余韻が長く続くのであった。

Soi6のバービアの姫との行為ではこれまでもコンドームの装着が必須だったのでここまで快感の余韻を味わったことはなかった。しばらくふたりでベッドで抱き合いながら行為の後の快感の余韻にしたっていた。

そして時計が深夜0時に近づくあたりでシャワーに向かい唾液や汗や性器からの体液にまみれたカラダを洗い流した。そしてまたベッドで横になって休み、0時半ごろ彼女はホテルの部屋を後にした。

ぽんこつマンは彼女をホテルの入り口の扉まで送り彼女がBoltに乗ってホテルを出るのを見てからトゥリータウンのバービアに向かった。すでにビールを4L近くは飲んでいたが、心地いいい時間を過ごした余韻でもう少しアルコールを飲みたくなっていたのだった。

ぽんこつマンCovid-19に罹患して①(プロローグ

2022年2月15日にぽんこつマンはチェンマイからバンコクに戻って、コンドで独り気楽な暮らしに戻っていた。当時はチェンマイでもバンコクでもコロナの新規感染者が多数出ていたが、バンコクのスクンビットソイ7のバービアは無許可ながらレストランという体で営業していると聞いたのでオスとしての本能が求めるままバンコクに向かう事にしたのだった。

チェンマイでは家族と一緒に住んでいるため、なかなか独りでバービアに出かけるということもできないがバンコクで独りコンド生活なら、Tinderで知り合った娘とデートしたり、バービアの夜嬢の乳を揉みながらすけべな話を肴に飲むことも出来る。月曜から水曜のバービアはコロナのせいで以前と比べ物にならないくらい客が少なく夜嬢の収入はかなり厳しいようだった。

バービアで見つけた夜嬢で気になる娘とはLINE交換する。バービアからペイバーで連れ出すと最低でも3500〜5000bahtの出費を覚悟しなければならないが、後日LINEで連絡を取って夜嬢を出勤前に自分の部屋に呼んでペイバー代無しで交渉1500〜2000bahtくらいで2〜3時間は彼女を独り占めして遊ぶことが出来た。

バンコクに戻ってからの2週間は、あっという間に過ぎて行き、最初はCovid-19に罹る事に少しは覚悟しながらでもTinder娘やスクンビットソイ7のバービア夜嬢とのデートやその後の体液交換があっても運よく発熱、喉の痛み、鼻水、咳などの症状は無かった。念のためにAKT(抗原検査キット)を買い置きしていてたまにチェックしても陰性だった。

2月に入ってナナプラザのレインボー5やソイカウボーイのバカラといったゴーゴーバーもレストランという体で店内でゴーゴー嬢を隣に座らせておっぱいやお尻を揉んだりしながらお酒を飲んだり出来るようになり、ぽんこつマンはその2つのゴーゴーバーとスクンビットソイ7のバービアへ頻繁に出かけた。

バービアの夜嬢は収入が思うように入らないので直ぐに店を代わっている娘もいて、ぽんこつマンの飽きっぽい性格もあり、バンコクだけではもの足らない想いに駆られ3月14日、15日はパタヤに出かけた。

ぽんこつマンがパタヤに独りで出かけるのは、それほど多くは無いが昔の夜のパタヤはウォーキングストリートのゴーゴーバーとビーチロードサイドのバービアがメインだった。今回の3月はウォーキングストリートのゴーゴーバーはまだ空いていないようで、ソイ6のバービアとLKメトロのゴーゴーバー、ツリータウンのバービアを梯子して回った。

パタヤへの交通手段はエカマイのバスターミナルからパタヤ北ターミナルへのバスで140baht、北ターミナルからパタヤソイ10にある今回のシー ミー スプリング ツリー ホテル (http://www.seamespringhotel.comまでバイタクで100baht、12時にはホテルに着いたが直ぐに部屋にチェックイン出来たので、ビーチロードに出てレンタルバイクを借りて、久しぶりのパタヤビーチロードとセカンドロードを数回周回して、パタヤの空気をたっぷり浴びた。昼飯はビーチロードのバーレストランはガパオライスやパッタイなどの庶民的なものも200baht越えだったので、セントラルパタヤにあると事前に調べた餃子の店に行こうとしたがすでに撤退していて無駄足を喰らった。それでも餃子がどうしても食べたかったので、一風堂に入った。

ソイ6のバービアは早いところは2時ごろから開いているらしかったが、バイクで2時ごろ一通り通ってみたが女のコが揃っていないようなので一旦ホテルに戻って前日のバンコクでの夜遊び疲れを回復するためにシャワーを浴びてベッドで休んだ。

3月のパタヤは夕方5時になってもまだまだ陽が高く、昼飲み感覚だ。酒を飲むのでセカンドロードのソイ10でソンテウを拾ってソイ6のパクソイまで10bahtで来れる。端から端まで2往復してようやくそこそこ好みの嬢が目に留まったのでそのバービアに入った。

一番奥のソファーに座り、好みのビアチャンを頼む。女のコにもドリンクを選ばせた。彼女はタイスピリッツのセンソンをほんの少しにコーラたっぷりのコークハイ。まだ時間が早いので酔いたくないと彼女は言っていた。彼女は22歳でロイエットから5日前に来たばかりだと言っていたのでコロナのリスクは低いと思った。ぽんこつマンはまさか22歳はサバを読んでいるだろうと思ったオッパイはシリコン乳ではなく見える限り身体にタトゥーも少なめで肌のハリもしっかりある嬢だった。

ビアチャン2本目をほぼ飲み終える頃からファラン(なんとなくロシア人ぽい)が何組も入ってきて一気に賑やかになったと思ったら、そのファランがベルを鳴らし、店が一気に熱気に包まれた。彼女も歓声をあげテキーラが届くのを待つ。テキーラが店のスタッフ全員に行き渡って女のコひとりひとりがそのベルを鳴らしたファランに「コップンカー」「チョンケアウ」と一言言って一気にテキーラを煽った。その後もう一人のファランがまたベルを鳴らす。2杯目のテキーラがぽんこつマンに付いている嬢にもやってくる。彼女はそのテキーラをグイッと煽って徐々にハイテンションになっていく。

ぽんこつマンが3本目のビアチャンを頼む時、彼女に「テキーラがいい?」と聞いたら「カー」と快く応えたので、彼女のグラスが空くのをみてテキーラを何度となくご馳走した。最初はぽんこつマンのお触りに少々ぎこちなくしていたが、テキーラが入ってからは、パンティーの中に手を入れて後ろから秘部に指を伸ばし弄ぶとディープキスを求めたりしてくる。ファランが選んだ嬢と2階にあるであろう小部屋に上がっていくのがまじかに見える。

ぽんこつマンは昨晩かなり深く遊んでいるので、その日はその気にならず飲みに徹していた。しかし彼女はぽんこつマンが午後9時を回って店を出るまでずっとそばにいてぽんこつマンの女体弄りに付き合ってくれた。店を出る時に彼女が仕事終わってホテルに来れるようなら連絡するとLINE交換した。

バイタクでソイ6からまLKメトロに向かう。一通り歩いたが夜9時を過ぎているのに女の子も客も閑散としているのでツリータウンのバービアに向かってまずはプールゲームを遊んでバーのカウンターで飲んだ。ツリータウンのバービアは女のコというには少し年が行っている30オーバーの女性が多い。店に流れているサウンドの音量が大き過ぎて大声あげないと会話ができない。夜10時を回ったのでもう一度LKメトロに向かった。

ソイブッカオからソイブーメランに入って多分パラダイスアゴーゴーの前に出ていたGOGO嬢の白い肌と甘い顔に惹かれて店に入った。ぽんこつマンはまたビアチャンを頼んだ。既に10本以上は飲んでいる。ぽんこつマンの横に張り付いてしばらく飲んでいるとお持ち帰りをねだる。今日はその気にならないと言うと「踊ってくる」と言って席を立つ。ステージに上がった彼女のボディスタイルはかなりエロい。タトゥーが全く刻まれていない白い肌。顔も好みだが何故か肌を合わせる気にその日はなれ無かった。ぽんこつマンは何となく彼女の性格が合わないと感じていたに違いない。

彼女が席に戻ってきて飲み物をもう一杯ご馳走してオッパイを揉んでみたがシリコン乳だったこともあって、酔って弾けてるぽんこつマンの心を緩ませることはなかった。そのGOGO Barを出た時は既に0時を回っていたが、その界隈の店は閉まる気配がなかった。

ぽんこつマンはソイブッカオに出て、それからソイチャレンプラキアット 25に入って見た。小さなバービアが多く、若くて可愛い娘は見当たらない。ツリータウンよりさらに年齢が上がっているか、スタイルや顔に課題がある嬢が多いと感じる。ただ愛想は良さそうだった。

店が無くなるまで奥に入り、戻る途中で呼び込みされる店の一つに飛び込みプールゲームを2ゲームビアちゃんを3本飲んだ。当時のルールではレストランとしての営業しか許可されておらず11時閉店0時退店だったはずだったが、深夜2時近くになって店のスタッフから「そろそろ警察が回ってくるから」と閉店を知らされるという状況だった。

ホテルまでは1kmちょいあるが歩いて変えることにした。帰り道の途中でもまだ営業している店が何件もあった。ホテルにの部屋に戻ったのは2時半過ぎだった。毎日のように深酒しているせいかその日はかなりだるさを感じていた。

翌日はいつも通り早く目が覚めるがやはり何となく気だるさが残ったままだった。この時は確かに日々の深酒と熟睡不足、そして久々の5000歩を超える歩行が原因だと考えていた。普段から朝飯はほぼ取らない。部屋でコーヒーを飲んでホテルの部屋のベランダから見える朝のパタヤの海を見て午前11時くらいまでゆっくり過ごした。チェックアウト時間は本来12時正午だったがフロントに14時までのレートチェックアウトを交渉できた。本来コロナがなければこの3月はまさにハイシーズンで1ヶ月前でさえほとんどの部屋は売り切れている状態だったが、今回は部屋にはまだまだ空きもあるようでかなり融通が効いたことは超ラッキーだった。

11時に部屋を出てブランチを取りに行く。レンタルバイクでパタヤの風をきって走る。昼間は実に暑いのがパタヤの3月。信号で停まると一気に太陽がジリジリ肌を刺してくるのを感じる。2時に近づいて来たのでレンタルバイクに給油して返却OK。ホテルでチェックアウトして昨日会ったソイ6のバービア嬢にLINEしたら、昨夜はかなり飲み過ぎて今は身体がだるいとのことだったのでデートは諦めて、バンコクに戻ることにした。

バイタクをホテル前で広い北パタヤバスターミナルへ。レンタルバイク屋の親父はバイタクもやっていて料金80baht。北パタヤバスターミナルについて帰りのチケットを140バーツで買う。出発まで1時間近くあったのでターミナルにあるコーヒー屋で久しぶりのアイスカフェラテを注文。ぽんこつマンは暑い日でもカフェ・アメリケーノ・ローン(HOT)を注文することが多いのだが、この日は流石に身体が冷たい飲み物を欲していたようだった。

帰りのバスもエカマイバスターミナル行き、デイパックひとつだったので到着した午後4時からスクンビットソイ7のバービアに行こうかと一瞬思ったが、流石に身体の重さを感じて自分の部屋に戻ることにした。

2017年ミスユニバースコンケン代表モデルとディナーデート

数年前にTinderで知り合い、長い間LINEで簡単な毎朝の挨拶をする程度の関係になっていたモデルの女の子から突然夕食を共にしたいと連絡があった。ぽんこつマンが日本を出発する前に近々タイに戻ることをLINEでメッセージしたら、出発の10日前くらいにDHCのビタミンBとコラーゲンをお土産に欲しいとメッセージがあり、タイに入国してからその土産を渡す機会がタイ入国1週目にあった。

彼女と今回最初に会ったのはホテル日航バンコクのロビーだったが、ちょうどこの1ヶ月バンコクでの仕事がありホテル日航の隣にあるバーブホテルに滞在していることが分かった。彼女とはこれまでも何度か会ってお茶やランチはしたこともあったが、ディナーを取ったことはなかった。

土産を渡した時の待ち合わせ時刻は午後4時で、その日の仕事も終わって夜は空いていると彼女は言ったが、あいにくぽんこつマンがTinderで知り合ったエロめな22歳の女の子と午後17時にスクンビット24/1にある恵比寿商店で飯の約束をしていて、その元ミスユニバースコンケン代表の娘とは食事に行けなかった。食事は改めて別の日をということで、土産を渡してお互いの近況を話してその日はプロンポンに向かった。

日にちは改まってタイ入国から2週目に彼女との約束を作って待ち合わせの時間午後17時にホテル日航に向かった。レストランは彼女があらかじめ決めていてホテル日航バンコクからそう遠くないステイ ブリッジ スィート バンコクという新しい4つ星クラスのホテルに併設された高級タイ料理店Thong Lo Thai Cuisine(http://www.thong-lor.com/index.php/en/)だった。

ぽんこつマンはタイ料理を特に得意とはしていない。特にイサーン料理のあの辛さや酸っぱさはどちらかというと苦手だった。彼女がグリーンカリーにカノムチン(そうめんのような白く細い麺)をつけ合わせた1品、ぽんこつマンが天日干しした豚肉の揚げ物を1品注文してディナーが始まったのは17時10分くらいだったろうか。その日は特に遅い時間にぽんこつマンの住むコンドでスパゲティーをたっぷり作って食べたこともあり、お腹は特に空いていなかった。彼女の方もモデルという職業柄か、夕食をたっぷり食べるタイプではなかった。彼女はお酒を飲まず、ソーダ水を飲む。ぽんこつマンはビアシン。

料理を少しづつゆっくり口に運び、彼女の仕事の話を聞きながらの食事。ぽんこつマンがチェンマイの連れ合いの実家でよく出てくる天日干しの豚肉揚げはあまり辛いと思ったことがなかったが、ここのそれはかなり辛く仕上げてあって、一つ口に運んではビールで辛さを洗うように食べた。やはりイサーンの味付けなのだろうと思うしかなかった。イサーンの辛さの味付けは、ぽんこつマンが想像する息をいつも超えていてなかなか食べ慣れない。

「ぺっどまーく」と何度も言いながらもその豚肉を食べながら2本目のビールを飲み干したのは18時40分くらいだったろうか。彼女は19:30PMにセントラルエンバシーで事務所と顧客との打ち合わせがあると言っていたのでそのタイミングで会計を済ませ店を出て別れた。

街はまだ宵の口。お腹はいっぱいだがアルコールがいまひとつ足りていない。ぽんこつマンはトンローから2駅先のプラカノンまでBTSに乗り、W districtのオープンビアガーデンに昔ビアチャンのサービスレディとして働いていた女の子を思い浮かべて足を踏み入れた。時刻は19:30pm少し前だが既にほとんどの席はファランで埋まっていた。そこは一人で飲むにはあまりにも淋しい場所なので、そのままスクンビット71まで出てタクシーを拾ってコンドまで戻って部屋でビアチャンを飲むことにした。

ラチャダーピセークエメラルドホテル近くのNATAREEというマッサージパーラーに突撃した日

ぽんこつマンが、2〜3日の有給を取って土日と絡めバンコクだけに年5回はきていた時期がある。その目的は、はっきり言って後腐れなくしかも手っ取り早く若くて可愛い女の子と◯ックスすることだったが、夜はソイカーボーイのゴーゴー嬢をペイバーしてホテルへお持ち帰りして楽しんだ。

その頃の定宿ホテルは、最初の頃は、スクンビットソイ19のThe Key Bangkok Hotel(http://www.thekeybangkok.com/en/index.php)が多かったが、そのすぐ近くにあるサチャズ ホテル ウノ(https://www.sachashotel.com)<10月17日現在現在臨時休業中>を使うようになった。この変化は、ゴーゴー嬢がロングをあまり好まなくなってきたこともあり、ジャグジーやバスタブがなくてもシャワーだけあれば十分になったことや、ベッドルームとリビングが分かれているようなスイートタイプの部屋が不要になったことなどがあった。

そして、その次によく宿泊するようになった宿は、スクンビットアソークの交差点を東に渡ったところにある、Sukhumvit Suites Hotel(http://www.sukhumvitsuitesbangkok.com)が多くなった。ここの部屋は、全く広くはなく、ホテル名にスイートとあるがベッドルームにシャワーだけといったシンプルなものだが、フロントを通過せずエレベーターで直接自分の部屋がある階に上がれることと、何よりさらにソイカウボーイが近く、ペイバーしてショートをこなすには、ベストポジションだったからだった。

もちろんBTS やMRT の駅にも近く、ラチャダーピセークのMPに行くにも確実に時間が読めるのがよかった。

もういつだったかは忘れてしまったが、昼過ぎからホテルを出ていく先は、ラチャダピセーク通りにあるマッサージパーラーが多くなっていて、当時日本人にものすごく人気が高いと噂になっていたナタリーに突撃したことがある。

ナタリーにはMRT スクンビット駅からホイクワーン駅まで列車の後方に乗って、ホイクワーン駅3番出口(ソンブンシーフードホイクワーン店がちかいでぐち)を出て、300mほど南へ戻ることになる(エメラルドホテルの北側)。

ナタリーは、2016年に人身売買(18歳未満の少女を営業に使っていたという罪らしい)の摘発を受けて現在営業していない。しかしぽんこつマンが突入した当時は、確かにやたらと日本人の客が多かったことだけは記憶に残っている。

一般的にマッサージパーラーの客は、一番客が多い時間帯19時から20時でもショウケースロビーに10人から15人くらいのものだが、ぽんこつマンが突入した時は、日本の連休でもない普通の週末の午後3時ごろだったと思うが、20人近くの日本人(多分どこかの農協か漁協のオヤジといった感じの団体)でごった返していた。

ぽんこつマンは一人で飛び込んだのだが金魚鉢にそこそこ気に入った姫を見つけてコンチアに値段を聞いたら3500baht(当時はちょうど1万円くらい)と、ずいぶん高い値段をふっかけられてしまった。

確かに日本人の団体が大挙して訪れて、目の色変えて女の子を選んでいる最中だったから、そうなるのもやむを得ないと諦め、コンチアの言い値をキャッシャーで払って、部屋に上がった。ポセイドンがまだ1800バーツだった頃だからその約2倍だったので何か特別なサービスでもあるのかと期待したのだが…..。

部屋は狭く、薄暗い。なんとなく清潔ではないように感じるくらい、風呂のまわりにはところどころに黒カビが残っているのが見える。

金魚鉢を眺めていた時は、細めで肌の色も白いと思っていたが、その娘はなんだか機嫌が悪いようだった。実際に部屋で彼女のスッポンポンの姿を見た時は、ぽんこつマンに比べて肌は明らかに褐色が強かった。下っ腹には妊娠線と、セルライトがくっきりと見え、年齢的には三十路に近いあるいは三十路越えと思われた。愛嬌があれば、年齢のマイナスは折り返せるのにとぽんこつマンは思った。

いつものようにシャンプーをしてもらおうとすると、すごく面倒な顔をするし、ベッドの上ではただのマグロ状態での挿入だったので、タイ語で会話を交わすこともなく、ひたすら突きまくってフィニッシュして、さっさと部屋を出た。部屋を出る際にチップを要求してきたが、「マイイム、マイミーチャイボリガーン、タンマイハイチップダイナカップ💢」(微笑まない、全くサービスがない、でなんでチップを渡す気になるの💢)とタイ語で伝えて足早に外へ出た。

その後ナタリーに行くことは2度となくなった。明らかに、その時は店側の買い手市場だったと言える状況だったが、もしかすると今見ている子がすぐに誰かに持っていかれるのではないかとの心理が働く時は、どうしても失敗するものだ。めぼしい子を2〜3人見つけられない時は、他の店を覗くのも良いと知った時だった。

今でもなぜあそこまで日本人に人気があったのかということの真相は不明だが、もしかしたら、2016年の摘発の理由になっている18歳未満の少女を働かせていた(処女を売り物にした売春斡旋行為があった)のかもしれないと思える。

確かに、2016年ごろに、チェンマイのチェンマイランドにあったとされる、中学生(処女)を紹介すると噂のあった見かけ上普通のカラオケ店も摘発を受けて、経営者が逮捕されたというニュースが日本語タウン誌に小さく載っていたことを思い出す。

タイが2014年軍によるクーデターで政権が奪われるまでは、そんな摘発の話はミャンマーやラオス、カンボジア国境の麻薬密売ばかりだったが、18歳未満の売春などの摘発は明らかに必要悪として見逃されてきたのだろう。

お金がないと農薬どころか苗すら買えない貧農の娘は、就学途中でもなんでも親に売り飛ばされていたのが今から15年くらい前まではあったということだろう。いや実は今もそんな状況がゼロになってはいないのかもしれない。

最近は、タイでもヨーロッパやオセアニアの国のように売春を合法化しようとする動きがあるようだが、そうしたからといって18歳未満の売春がなくなるということはないだろうとぽんこつマンは思う。

バンコクペップリー通りにあるマッサージパーラーメリーエンターテインメント

ぽんこつマンが頻繁にバンコクへ出かけるようになった頃、よくインターネットでタイにあるマッサージパーラーの情報を一生懸命調べたことがある。当時は、よく「外道の細道」というサイトを参考にさせてもらった(最近はあまり更新されていないようだが、まだ閉鎖はされていないようだ)。また既にいくつも閉鎖されてしまったサイトを見て、ぽんこつマンなりにいくつかのMPを回ってみようとリストアップしていた。

ぽんこつマンのリストアップは、タマダーの女の子の料金が安いMPがメインであったが、気になる記事がある店もリストアップしていた。その中でペップリ通りにある店としてはメリーとエビータという2つ向かい合うMPが特に気になっていた。

メリーに行ってみたのは今からもう5〜6年前のことだと思うが、バンコク市内のスクンビットソイ19にあるサチャズ ホテル ウノ(https://www.sachashotel.com)<10月17日現在現在臨時休業中>に泊まっていて、そこからタクシーでラチャダピセーク通りを北上し、ペップリ通りを右折してMPエビータのあるところの近くの歩道橋でタクシーを降りて、タクシーが行きさるのを確認してペップリ通りを渡って徒歩でメリーに入った。

ぽんこつマンがメリーのエントランスを入った時刻は大体一番女の子が揃う時間といわれていた夕方の5時頃だったと思う。エントランスからまっすぐに廊下があり右側にサイドラインの女の子が座っている長いソファーがあったような気がするが、右手奥に一段と明るい金魚鉢が目に入りそこに吸い寄せられるように進んでいった。

金魚鉢の脇にコンチアがいて、金魚鉢の姫は1400バーツ、1800バーツ、サイドラインは90分で2000バーツと言っていたような気がする。ホイクワーンのポセイドンのタマダーが2000バーツからのスタートだったという記憶があり、やはり安いという印象だった。

ぽんこつマンは金魚鉢の中にいる姫の中でふたりに絞ってコンチアにどっちが性格がいいか、サービスが上手かを訊いたら顔はそれほど可愛いわけでは無いが、色白の肌でボディーラインが綺麗な姫を押してくれた。

やっぱりMPで顔を基準に即断するのは、誤りを犯しやすいということかと勝手に思ったが、部屋に入ってからのサービスは悪くはなかった。部屋はポセイドンのような広さは無く、チェンマイのSAYURI 並と言うべき広さだったと思うが、お湯を湯船に張る間、小さなソファーにぴったり身体を寄せて座って、「サワディーカー」と挨拶をする。そしてぽんこつマンのパンツのベルトを緩めに来る。ぽんこつマンは「クンチューアライカップ?」(名前はなんて言うの?)「バンノークコンクンティーナイカップ?」(田舎はどこ?)と極々ありきたりの質問をして彼女の仕事を少し遅らせてみる。

それでもいつの間にかぽんこつマンのパンツは足首まで降ろされて、ぽんこつマンがシャツを脱ぎパンツだけになると彼女がぽんこつマンのシャツとズボンをハンガーに綺麗に掛けて自分も衣装を脱いでスッポンポンになった。そしてぽんこつマンの前にしゃがみ、ぽんこつマンのパンツをゆっくりと降ろしてぽんこつマンもスッポンポンにする。

その時は、ぽんこつまんのお◯んちんはまだ完全に大きくはなっていなかったが、姫はその逸物を眺め、うふっと軽くはにかみ、笑みを浮かべた。「アニーレックパイマイ?」(これ小さすぎ?)と訊いてみると姫は「マイ、マイナ、ピューカウマーク」(いいえ、いいえ、肌がとっても白いです)と話を逸らす。

そうしてお湯が湯船に貯まるのを待つ間に、二人の心の距離は少し縮まっていた。姫がお湯に手を入れて温度を確かめるが、首を捻って「コンイープンショーブナームローンチャイマイ?」(日本人は暑いお湯が好きですよね?)と訊いてくる。そしてお湯が熱くないと言う。

ぽんこつマンも温度を確かめたが確かに日本人にはあったかいとも感じない程度の温度でしかなかったが、「マイペンライカップ」と彼女に行って湯船に浸かることにした。まるで真夏のサイパンの海の温度の様にぬるいと感じる33〜35度の温度だと思った。

彼女がぽんこつマンの身体を洗う間もお湯だけの蛇口だけ開けていても一向に暖かくはならない。彼女は健気にそして丁寧にぽんこつマンの身体全体一度を洗い、ぽんこつマンのお◯んちんと玉袋をもう一度刺激するためにぽんこつマンを立たせて、その部分に改めてボディーシャンプーを泡だてて、マッサージを始める。

彼女の手の動きがぽんこつまんの亀頭のカリをうまく刺激する。もう一方の手で玉袋の裏筋をの少し前あたりから陰茎の付け根辺りに向かってローリングしながら前に動かしてくる。そのマッサージで、ぽんこつマンのその逸物は一旦完全に勃起した。「ヤイナ」(おっきいい)と彼女は言うが、ぽんこつマンはそれをそんなに大きいとは思っていない。

いつものシャンプーのサービスをお願いしてから湯船を出てベッドに向かったが、ベッドでもう一度彼女のぽんこつマンの股間へのマッサージが始まる。最初は手で、そして次はリップ、さらにディープスロートでその逸物の勃起は長時間続いた。

それから、その逸物に口に咥えたコンドームを装着した後に、姫は後背座位の体制で彼女の膣口に当ててゆっくりと腰を沈めていく。姫は膣口を締めているのだろうかと思うほど、ぽんこつマンの肉茎は、膣襞からの刺激を受けた。姫が沈み切ったと思うと同時に彼女は「アウッ」と吐息を漏らし、背中を反らせたかと思いきや、腰を上下に動かし始める。

膣口がぽんこつマンの肉茎の根本を絞め詰めてくる。彼女の膣の奥にあるコリッとした部分がぽんこつマンの亀頭に刺激を与える。5分ぐらいその体位が続いた後、彼女はドギースタイルになりぽんこつマンが突き上げるのを待つ姿勢になる。ぽんこつマンは彼女の左腰骨を左手で掴み、右手は彼女の尾骶骨上にある背骨の始まりの辺りを手の平の小指球という部分でグリグリとローリングしながら、肉茎を姫の裏Gスポット辺りを突き上げる様に腰を前後した。

彼女のヨガリ声が徐々に大きく速くなったのをきっかけに、ぽんこつマンは彼女を仰向けにし、屈曲位で彼女の足を肩に抱えて、上から下へ肉棒を突き下ろした。そのピストンの動きはこれまで以上に速く強く打ち込む様に続けた。

やがてぽんこつマンはフィニッシュを迎え、彼女と一旦離れて仰向けになった。しばらくして彼女はスペルマの溜まったコンドームをティッシュで拭い、顕になった亀頭に口を近づけ舌と唇使って残ったわずかな液体を啜り上げた。そしてぽんこつマンをうつ伏せにしてぽんこつマンのお尻に座って背中と太ももそしてふくらはぎのマッサージをしてくれた。

一通りの行程が終わってぽんこつマンは部屋に頼んで放置したままのビールをグラスに注いで飲んだ。そしてソファーで裸で寄り添いながら過ぎていく時間を静かに過ごした。最後にもう一度シャワーで身体を流して、部屋を出る。

ぽんこつマンがメリーを訪れたのは多分1月でバンコクでも暑い季節ではなかったこともあるとは思うが、ただ1つ風呂のお湯の温度が日本人好みの熱さまで届かず、生温い程度しか暖まらないところは少し残念だっただけで、コンチアが押してくれた姫のサービスはぽんこつマンには充分だった。

ぽんこつマンのバンコクの定宿は、スクンビットソイ19からソイ23までのアソークエリアなので、メリーは近くは無かった。しかしお湯の温度さえもう少し日本人の好きな温度になっていれば、それ以降何度も訪れたと思うが、あれ以来はもう足を向けていない。

バンコクのMPも摘発や業績不振でかかなり廃業しているらしいが、メリーは今も営業している様で、今は良かったと思う。またバンコクに行ける様になったら是非もう一度行ってみようと思っている。しかし、もう1800バーツじゃ難しいだろうけどね。

ぽんこつマンが好きなバンコクのラーメン屋

ぽんこつマンがタイにいる時はよくラーメンを食べに行く。一番最初にバンコクで訪れたラーメン屋は、スクンビットソイ33/1にあるラーメン亭(http://ramentei-bkk.com/shop-information/)だ。ぽんこつマンがバンコクに2回目に訪れて、スクンビットソイ19のThe Key Bangkokhttp://www.thekeybangkok.com/en/?utm_source=GMB&utm_medium=HotelHomePage)を常宿にした最初の時だった。

2002年頃のことで、当時は今ほど至るところにラーメン屋があるわけではなく、たまたまアソークからプロンポン方向に歩いて散策している時に見つけたラーメン屋だった。ぽんこつマンはまだまだ大食いだった頃で、その時はチャーシュー麺と餃子、さらに中華丼を注文していた。

その味は挑戦的では無いが安定した日本の町中華の味で、いつ食べても美味しいと思う。もう1つタイには早くから進出しているラーメン屋がある。それは8番ラーメン。1992年バンコクに海外1号店を開いている。8番ラーメンはぽんこつマンの実家がある北陸に多くの店舗が展開していて、高校生の頃からたまに食べたことがあったが、味的にはやはり刺激が少なく、最近はパンチにかけるという印象だ。ぽんこつマンのタイでの8番ラーメン体験はチェンマイになるが、そこはセントラルプラザチェンマイエアポート店だった。2003年くらいから毎年チェンマイに行っているが当時は日本食レストランはFUJIとやよい軒くらいでラーメン屋のチェン店開店はチェンマイにはなかったという記憶がある。当時からおいしいラーメンというタイ資本のラーメン屋はあったが、味が日本人向きとはいえなかったのでそれならばと8番ラーメンに入ったというわけだった。

日本でラーメンがブームが始まったのは、1985年ラーメンをテーマとした伊丹十三氏の脚本・監督による映画「タンポポ」が公開されてからとぽんこつマンは思っている。1989年には首都圏を中心に豚骨ラーメンブームが起こり、1994年新横浜ラーメン博物館がオープンすることになる。

ぽんこつまんが本格的にラーメン好きになったのは、1986年頃からでちょうど会社で働き出して3年、食べるものにこだわりを持って接することができてからだと思う。当時は関西の会社に勤務していたが、金曜日の仕事が終わりどうしても博多の屋台ラーメンが食べたくなって車で高速道路を走って博多に夜中2時ごろに着いてラーメンを食べるといったこともするほどになっていた。

東京で、麺屋武蔵が初めて新宿の子滝橋通りに店を開き、まだ煮干しを使った魚介系スープが珍しくそれほど混雑していない時に近くにあるルーレット教室で遊んだ帰りは必ず立ち寄っていた。そのうち大行列ができるようになり、足は遠のいたが、もう1つ東京にしかないラーメン屋で「はしご」というダンダン麺の店が今も忘れられない。さらには、喜多方ラーメンの東京進出で一時期麹町にあった「小法師」にもよく通ったことを思い出す。

「はしご」は東京にしかないし、「こぼし」も東日本に集中していて海外進出はしていない。タイへの多くのラーメン屋の進出のきっかけは、2008年東京豚骨ばんからラーメンがスクンビットソイ39にオープンしてからだ。2013年には関西が拠点の豚骨 火山 ら~めんがバンコク1号店を出店した。豚骨スープを主体とした日本で人気のラーメンとなった一風堂がバンコクに進出したのが2014年、千葉の鶏パイタンラーメン七星(ななせ)が2015年にトンロー駅前に出店。2016年には、博多一幸舎がトンローJアベニューにオープン。これまでにもバンコクで新しくラーメン店ができては消えていっているが、やはり海外進出しても味が大きく変わらないチェーン店は長く残れるのだろうと思う。

ぽんこつマンがタイで食べたラーメン屋は、らーめん亭、一風堂、一幸舎、ばんからラーメン、七星、豚骨火山ラーメン、内田家、チャブトンラーメン。この中でスープが旨いと思うのは今のところ一幸舎が1番、七星が2番、ばんからが3番と言ったところだろうか。

チェンマイの家で自分で豚骨と鶏ガラを煮込んでスープを作って食べてみたが、ラーメンはタレもかなり味を左右するし、麺との絡み方も重要だと思う。バンコクという地で、スープも面もそしてトッピングもチャーシュー1つとっても、いつも一定の味を維持するのはかなり難しいと思う。

ラーメンチャンピオンの店としてタイで展開しているチャブトンのチェンマイの店での話だが、提供された時にスープが既に冷めていてがっかりした記憶がある。その後数回訪れて店のスタッフにスープが冷めていて美味しく無いと伝えたが改善は見られなかった。タイ人は猫舌が多いのか熱々のスープはどうも苦手なローカルが多いようであった。スワナブーム空港の国内線のフードコートにもラーメンを出している店があるが、そこの店は、タレの塩味が全く効いていないこともあった。

タイでは味が一定しないことがままあるのだが、何か1つの行程をすっかり忘れているあるいはパスしているということかもしれない。まぁ、日本の味の代表になりつつあるラーメンが大きく外れた味にならないようにタイ人の料理人にも頑張ってもらいたいものだ。

サイアム駅で待ち合わせした女の子の友達としてきた娘が好きになって②

出会ってわずか数時間で好きになった女の子B、少年のように純情な気持ちで数週間接して来たB、その恋があっという間に儚く消えた話の続きは、彼女が長い間ラオス国境近くの寺に篭ると語ったところから始まる。

ぽんこつマンは、彼女Bとの恋が儚く消えたと感じた日から彼女のことを忘れようとしたが本気で彼女の放つフェロモンの虜になってしまった気持ちは、なかなか鎮まる事はなかった。恋の可能性が消えた日から半年くらいが過ぎた頃に彼女Bへの気持ちを断ち切るためにLINEのIDを削除したのだが、それでもBと距離を置くきっかけになった彼女の友人Kの交通事故死を忘れる事はできなかった。

結果、ぽんこつマンはBのインスタグラムを探して彼女のアップしている画像や動画を見ることになったのだが、そこに実際に彼女Bと最後に会った時に言っていたラオス国境近くの寺に篭るという話が本当に画像でアップされているのに気がついた。ただしその画像がアップされているのは今から66週間前でおおよそ2019年6月最終週ということなのだ。

それから、ぽんこつマンは交通事故死したKのことを思い出すたびにBのインスタを見に行くようになった。ぽんこつマンが彼女と過ごした数週間の記憶はBがアップした1718の投稿の内の2つでしかない。それ以降Bのインスタには初めて接した時の質素さとは裏腹なゴージャスライフが限りなくアップされていた。メルセデスを運転し(ぽんこつマンは彼女が持っている車はタイ生産のNONDA City)、5つ星のホテルに泊まり、韓国、中国へ長期旅行しする姿があった。

ラオス国境の寺に篭ったと思われる画像が掲出された直後にすぐシンガポールのサンズに出かけている。それからが驚くことに、52週間前にはプライベートジェットでインドネシアに飛び豪華クルーザーに乗り、女友達とビーチで戯れたりした画像があるかと思うと、その1週間後にはまたプライベートジェットでデンマーク、ドイツ、ポルトガルに飛び、毎日豪華な食事もアップされている。

そうかと思えば48週間前にはプーケットの高級リゾートホテルに最初にBと知り合うきっかけになった女の子Aも含めた女性3人で2週間ほど滞在していた記録がある。40週前には改めてプライベートジェットでプーケットにAと飛んで豪華クルーザーでの豪遊記録をアップしている。36週前は日本、35週前はデンマーク、31週前には今度は7人の女の子でプーケットに三度訪れ1週間過ごしたようだ。

27週前にも女の子5人でまたまたプーケットで豪華クルーザー、13週前はインドネシアのティムールで豪華クルーザー、12週間前にタイに戻っているがその頃タイは7月で民間航空局が国際線の航空機飛行を4月から禁止し続けているから、プライベートジェットでの蜜出入国渡航でしか海外へ行って帰国する事はできないはずだ。しかも帰国してから隔離施設に入ったかどうかもわからない。8週間前はカンチャナブリのリゾート、7週前はサラブリの古代遺跡、4週前はナコーンラーチャシーマのThames Valley Khaoyai Hotel、そして2週間前はまた6人でプーケット、そしてウドンタニー 、最新が9月28日のサコンナコンのお寺になっている。

どう考えても、国家権力をも凌ぐ権力と財力を持つ飛び抜けた富豪の存在でも無い限り、できることではない。プライベートジェットといえば、元日産のゴーン被告が日本から国外逃亡した時にニュースになる程度で、日本には娘にそこまでの生活を許せる親もパパもいないと思うが、一体どんなスポンサーのサポートを受けているのか計り知れない。

Bという女の魅力が世界のあらゆる男に貢がせるだけの魅力があるのか、巨万の富と絶対的な権力を持つ男の遺産を受け継いでいるのか、それとも国家体制をも操るアジアNo.1のあげまんなのか、あまりにもミステリアスな魔性の女にわずか数週間とはいえ、相手にしてもらったというのはもしかしたら誇らしいことかもしれないとさえ思う。

いつかタイに戻れる日がきたら、彼女にもう一度会ってみたい。そしてインスタグラムに潜まれた秘密を聞いてみたいと今は思っている。

B2 というホテルチェーンで欲求不満を解消したセフレ

あれは、2020年の1月の話だったと思う。ぽんこつマンが一時帰国していた日本からタイに戻って来た時、LINEにバンコクのセフレからメッセージが入った。まずは新年の挨拶、そしてその日かその日の翌日に会えないかという内容だった。彼女とは、これまでぽんこつマンがバンコクにいる時は、1週間に1回は肉体関係を続けていたが、ぽんこつマンが2019年の12月16日に彼女と◯ックスしてから既に1ヶ月以上会えていなかった。

彼女は、ロッブリー県出身でバンナーにあるコンベンションセンターの近くのホテルのレセプショニストをしていて、1日3交替制で24時間のフロント業務を8人で回しているらしかった。朝7時ー午後3時、午後3時ー深夜11時、深夜11時ー朝7時のシフトを2日ずつで回すらしく6日働いて2日休みという待遇らしいが、睡眠できる時間が2日ごとに異なるのでストレスが溜まると、性的な刺激をどうしても求めたくなるのだと彼女は言っていた。

若い頃にタイの男との間に子供ができたが、そのタイ男はとっとと逃げて今はシングルマザーで子供はロッブリーに住む両親の元にいると言っていた。ロッブリーはバンコクの北150kmくらいにあるタイ中部の県で、コロナの影響で観光客が激減し大量の猿が市内に乱入しているニュースが流れて有名になった。

彼女とセフレになった経緯は、Tinderで知り合って最初に夜の食事に彼女が指定したスクンビット33のBistro 33(https://m.facebook.com/thebistro33/)で、ひょんな事から彼女の口から「◯ックスは大好きだけど、恋人が欲しいわけじゃない」「いつも不特定な男性を求めているわけではない」「お互いの性欲を満たし合える関係が欲しい」「なかなかそんな関係になれる人がいなくて、マスターベーションで中途半端に解決することが多い」という話を聞いてから、その晩一度お互いを試してみようとなり、その後関係を続けて来たのだった。

ぽんこつマンはいつでもスタンバイOKなのだが、彼女が求める時は決まって休み2日目の晩で明日は朝7:00からのシフトがある時か深夜の2日間のシフトが終わり、休み1日目の晩だった。彼女は◯ックスは大好きだったが、避妊はしておらず、1ヶ月のうち1度は月経がやってくる。休みの日がその月経に重なる日は彼女は求めて来ない。そんなペースでぽんこつマンと彼女のセフレ性活は続いていた。

そんな中、ぽんこつマンは1月に入って彼女と会う前に日本に一時帰国してしまった。タイに戻ったのは1月24日。前回の逢瀬から1ヶ月以上空いてしまった。ぽんこつマンは彼女からのLINEに「明日から休みなの?」とメッセージを返した。すると彼女から、「今日と明日は朝のシフトでもう直ぐメンスが来るからその前に一度会いたい」とダイレクトな返事が返って来た。

そこでぽんこつマンは「OK、どこで何時に会う?」とまだスワナブーム空港の到着ロビーにいる時にメッセージを返した。すると彼女から、「今日は私がホテルを予約する。待ち合わせはそのホテルから遠くないエアポートリンクのフアマークの駅、夕方6時、私はバイクでそこに行く」と返信があった。

ぽんこつマンは荷物をたくさん持っていたので、自分の住むコンドにはタクシーで向かった。コンドに着いたのは16時30分。荷物を開けることなくシャワーを浴び、出かける準備をする。ぽんこつマンが住むコンドからエアポートリンクの駅までは歩いて10分で行ける。18時にフアマークの駅に着けば良いとすると、部屋を17時20分に出れば間違いなく遅れずに到着できる。

ぽんこつマンがフアマークの駅に着いたのは、17時50分。駅舎は高架になっているのでグラウンドまで降りた。地上には古い国鉄の線路が走っていて駅もあるようだが、タクシースタンドはあるがタクシーが待ってもいない。多くのバイクや自家用車が道路の側面に駐車されていて、4〜5軒の屋台がある程度だった。

ぽんこつマンは「今、フアマークに着いた」と彼女にメッセージを送った。返事はすぐには返って来なかった。多分バイクを運転中なのだとぽんこつマンは思った。18時を少し回った時に彼女から「どこ?」と短いメッセージが入った。ぽんこつマンは「タクシースタンドのところ」と返すと彼女が100mほど西側から歩いてくるのが見えた。

ふたりは、高架の下のスペースで営業しているバーで再開の祝杯をあげた後、通り向けようとしたタクシーを停めて、彼女が予約したホテルへ向かった。時間は19時を少し回った頃、タクシーが進むスリナカリン通りは2021年に開業を目指してるBTS新線イエローラインの建設で大渋滞となっていた。フアマーク駅から2kmもないホテルまで、50分くらいかかった。

彼女が予約したホテルは、B2 バンコク シーナカリン(https://www.b2hotel.com/detail.php?id=42)、バンコクにはあまり見ないが、タイの地方都市には多く見かけるローカル向けのビジネスホテルのようだ。

フロントは2階にあり、地上は駐車スペースになっているようだ。2階に上がり、彼女がチェックインする。彼女が身分証明書を提示しただけで、ぽんこつマンの身分証明の提示はなかった。鍵を受け取り部屋に入る。入り口のドアを開けると右手に細長いバスルーム、一番奥がシャワーブースになっている。シャンプーやバスジェルはちゃんとある。部屋の広さはキングサイズのベッドとソファーがあってかなり広い印象。

ベッドのマットレスは、高級ホテルのようにふわふわではないが、男と女の営みには適した硬さだ。エアコンの効きも寒いとさえ思うくらいよく冷える。

彼女は、部屋に入りすぐにテレビのスイッチを入れる。そしてバスルームをチェックする。そしてふたりはベッドに腰掛け、肩を寄せてキスもそこそこに服の上からお互いの身体の愛撫を始める。ぽんこつマンはまず彼女の胸の膨らみに服の上から手を這わせる。手のひらで大きく回しながらツンと立っている乳首の感触を感じていた。彼女は、ぽんこつマンの股間に手を充てまだ膨張を始めたばかりの肉茎を探り当て親指と中指で上下に摩った。

ぽんこつマンが彼女が着ている服の中に手を入れて乳房を揉み始めると、彼女はぽんこつマンのパンツのベルトを外しチャックを下ろして、アンダーパンツのゴムのところから手を忍ばせてくる。ふたりの着ているものは少しづつ剥ぎ取られ、完全に生まれたままの姿になってふたりはシャワーブースに向かった。

ぽんこつマンはシャワーブースで身体をお互いに洗いながらの挿入が好きだ。彼女ともこれまで何度となく立ったままでの挿入を楽しんだ。

シャワーブースでは、当然コンドームは装着していない。避妊していない彼女が妊娠するリスクを冒してまで、シャワーブースでのコンドーム無しのセックスを受け入れているには、ベッドでは味わえないそれなりの快感を知っているからだろう。

ぽんこつマンは射精する寸前で肉棒を彼女の膣から引き抜き、ふたりはベッドに戻る。そしてそこで彼女がぽんこつマンの肉茎を咥えてフェラチオを始める。肉茎を咥えた彼女の口の中で舌が亀頭のカリをグルグル周回しながら硬く結ばれた唇で肉茎を上下する。

ぽんこつマンは69の体勢で彼女の淫部にリップを加える。舌先でクリトリスの包皮をめくり、大陰唇のひだに沿って舌をスピーディーに振動させる。唇を尖らせて彼女の膣口に充て、舌を膣口の内側に差し込んでいく。

それからようやくぽんこつマンは完全に勃起した肉茎にコンドームを装着し、仰向けになった彼女の股間の唾液と彼女の膣からあふれた体液で光っている膣口に一気にその肉棒を差し込んだ。

彼女は激しいピストンも好きなようで、パンパンとぽんこつマンの腰骨が彼女のMの字に開いた太腿の裏に当たる音に、腰をよじって喜んでいるようだった。屈曲位で彼女のふくらはぎにキスと舌での滑上げも加えると、彼女は「ヒィー、、、」とかすれた唸り声を上げる。

ぽんこつマンは彼女を横にし、松葉崩しの体勢で彼女との結合の度合いを最大にした。亀頭の先が彼女の膣の奥にあるコリっとした子宮口を捉えた時、彼女の背中は大きく反り、体の後ろに置いていた手がシーツを強く握りしめたのが見えた。

彼女にオーガズムが来たようだった。ぽんこつマンは松葉崩しを解いて、彼女の背中に腕を回し、胸をあわせて腰を素早く前後してピストンのスピードをあげた。今度は膣の奥ではなくその手前にあるであろう裏Gスポットを亀頭の裏ひだが擦れるように膝を立てた状態で短いストロークで前後した。

彼女の膣口の上壁がぽんこつマンの肉茎の上部を擦って気持ちがいい。5分ほどそのピストンを繰り返してフィニッシュを迎えた。1回戦が終わったのは、21時頃だった。それからしばらく身体を休めた。ホテルに常備されているミネラルウォーターを飲み、たわいもない話をする。

1時間くらい休んだだろうか。突然彼女の手が、ぽんこつマンの股間にまた伸びて来た。1度コンドームの中に放出したザーメンはティッシュで拭って捨ててあったが、その後シャワーを浴びていなかったので、亀頭には少しのザーメンが乾いてカピカピになっていた。

「Ao yiek dai mai?」彼女はもう一度やりたいようだった。彼女の手がぽんこつマンの肉茎とその下にある玉袋を撫で回しているうちに、肉茎にまた血流が集まって硬くなりだし、ついにそそり立って来た。

彼女は、再びのフェラチオでぽんこつマンの乾いたザーメンを唾液に溶かして啜り上げ、唾と一緒に飲み込んでいた。ぽんこつマンの肉茎が完全にボッキしたことを確認して、彼女はドギースタイルになり、後背位での挿入を要求した。ぽんこつマンはその誘いにすぐに反応して、あらかじめ用意していたもう1つのコンドームを装着した。今度は、日本から持って来た0.01mmの最薄コンドームだ。肉茎にある血管の凹凸もわかるくらい薄いのだ。

ぽんこつマンは、彼女が自分の手で開いて見せている膣口に亀頭を充て、カリまで埋まらないくらいの短いストロークで膣口だけを刺激する。彼女はさらに手に力を入れて膣口を広げようとしている。焦らされていることを感じているのかもしれないと思った。

ぽんこつマンは、亀頭を少し奥へ入れてカリが膣口に埋もれるようにした。そこで少し動きを止めてさらに彼女を焦らしてみた。すると彼女が今度は入ってきた亀頭をもう外に出せないようにと膣口を締めてくる。

ぽんこつマンはその動きを感じて、一気に亀頭を奥へすばやく突き入れた。「オーッ」という歓喜に満ちた呻き声が微かに聞こえた。ゆっくり引き、速く突き入れる。そのピストンを繰り返すうちに、彼女の息遣いは徐々に激しくなり、「アーウッ、アーッ、、、ヒーッ、、、アッ、、ウーッ」と呻き声も大きくなる。

ぽんこつマンは彼女の腰骨を持ち、激しく打ち込んでから彼女の両肘を持ち馬の手綱のように手前に引いて、腰を前後に速く激しく動かした。亀頭の裏筋の部分が彼女のGスポットを擦って全身に快感が響いているようだった。

彼女は、背中を後ろに反らせ首を振って脳天に走る快感を抑えようとしているようだった。ぽんこつマンは右手を離し彼女の下腹部に手のひらを充てがい子宮を上の方に圧迫しながら速く激しいピストンを繰り返した。

肉茎の上面に浮いた血管の凸凹が彼女の膣口の肛門側を刺激する。彼女のしっかり締められた膣口がぽんこつマンの肉棒を刺激する。そして絶頂感がやってきた。彼女は曲げていた腰を起こしぽんこつマンに身体を預けてしゃがむ格好になる。

その時ぽんこつマンは、彼女の膣の奥でズピュッ、ピュッ、、ピュッとザーメンを0.01mmのRetroasisの先に大量放出した。白い精液が0.01mmの薄い幕を押して彼女の子宮口に温かい感覚を伝えたようだった。彼女の身体は小刻みに震えていた。

2回目の絶頂を迎えた後、ふたりは心臓の鼓動が普通に落ち着くまで手を繋いで横になっていた。そして時刻が23時を回った時、彼女は「明日も朝7時から仕事になるので、今日は自分の部屋に帰る」といった。そしてシャワーを浴び、洋服を着て部屋を後にした。

彼女のように◯ックスの快楽に溺れるタイの女性は、これまであまり出会ったことがない。彼女との定期的な肉体関係は、ぽんこつマンが次に日本へ帰国する3月末まで続いた。彼女は、そのホテルの部屋を出る時に、ぽんこつマンにバイブやローターといった大人のおもちゃを持っているかと聞いてきた。なんでも彼女の知り合いにも彼女と同じように性の快楽を思いっきり楽しんでいる女性がいると言っていてその女性がマスタベーションする際に使ってみたいと言っていたというので、あるなら今度試してみたいということのようだった。

部屋の支払いは彼女がチェックインの時に払っていたので、ぽんこつマンは朝までいることもできたが、彼女がいない部屋で朝を迎えることに意味はなかったのでぽんこつマンも帰ることにした。ぽんこつマンが部屋を出たのは23時40分。ホテルからスリナカリン通りに出てタクシーが来るのを待った。5分ほどして空車のタクシーが来たので乗り込んだ。来るときは大渋滞していた通りはすでに車の往来は僅かになっていた。

息をつく間もないくらい押し寄せてくる快楽は、バンコクの大渋滞のようにどこからともなくなだれ込んでくる車列のようだ。どんな大渋滞でも深夜になれば治るように彼女の貪欲な性欲も、何回かのオーガズムを迎えた後は深夜の大通りのように鎮まりかえっているのだろうかとタクシーの中でぽんこつマンの頭の中で変な考えが浮かんで消えた。

今はタイに戻りたくても、コロナ騒動を懸念するタイ政府が渡航をかなり制限していて、往来が難しい。最後に彼女と結んだ肉体関係からすでに6ヶ月が過ぎているが、彼女の中にマグマのように湧き上がる性欲は今どう処理されているのだろう。

バンコクのトゥクトゥクには注意した方がいい話

バンコクの乗り物と言えば、最近はBTSやMRTという都市交通が注目されているが、ぽんこつマンがタイへ行き始めた頃は、まだBTSが建設中(1999年12月5日開業)で当時のツーリストの移動手段はトゥクトゥクかタクシーだった。

バンコクのホテルの周りにはいつも数台のトゥクトゥクが停車していて運転手がつまらなそうにタバコを蒸しているか、寝ているか、運転手同士でくだらない話をして客待ちしているかという光景があった。その光景もタイの風物だった。

今でもトゥクトゥクはバンコクにも残ってはいるが当時の台数の多さは今とは比べものにならなかった。ナナプラザに行くのもトゥクトゥク、ナナプラザから女の子をペイバーしてホテルの戻るのもトゥクトゥク。歩いていくにはちょっと遠いとか、暑くて汗だくになりたくないからという理由で、レストランに行くにもタイマッサージに行くにもお寺見物に行くにもトゥクトゥクを使う事が一般的だった。

トゥクトゥクの乗り方は、まず「パイ(行く)どこどこ」「タウライ?(いくら?)」と運転手に聞くことから始まる。もちろん英語で話しかけてもいいが、英語がわかる運転手は少ないので、行き先と料金確認はタイ語を知っていた方が良いだろう。

トゥクトゥクの車幅は大体140cm、バイクの車幅が概ね90cm〜100cmなのでバイクより少し幅があるがタイの一派的道路の車幅の半分くらいなので、車と車の間が1.5mくらい空いていればバイクのように倒れないのですり抜けられることになる。

トゥクトゥクの運転手はいかに車の間をすり抜けて早く目的地に着くかが稼ぐお金に大きく影響するせいか、それとも性格的にせっかちなのかはわからないが、とにかくできるだけ前へ前へ行こうとする。走行中もしょっちゅうハンドルを右へ左へ切って車の合間をすり抜けていく。さらにトゥクトゥクにはシートベルトが無くドアも無いからどこかにしっかり捕まっていないと振り落とされる危険がある。ストップアンドゴー、右左への急ハンドル、それはテーマパークにあるローラーコースターよりスリリングかもしれない。

そして客が外国人だと分かると、運賃はローカルの2倍から3倍に跳ね上がる。いわゆるぼったくりだが、例えばアソークからサイアムまで最初に200バーツという金額で行くと運転手が言っていたとしても、途中渋滞があったりすると途中で下されたり、到着してから追加料金を請求されることもある。

ぽんこつマンがまだタイへの渡航が2回目とか3回目の時だったが、よくトゥクトゥクを使った。その頃のぽんこつマンは、MPを経験してそれほど歳月も経っておらず、まだ無垢なところもあり、タイといえばお寺巡りがツーリストの行動パターンと思っていた。ある日、ぽんこつマンは泊まっていたグランド プレジデント ホテル(https://www.grandpresident.com)からスラウォン通りにあるマンゴツリー(https://m.facebook.com/MangoTreeSurawongse/)という今では全世界に展開しているタイ料理の店に行こうと思い、トゥクトゥクを探した。ほとんどのトゥクトゥクは200バーツと言ってきたがひとつのトゥクトゥクが80バーツで行くと言ったのでそれに乗った。(当時は多分ローカルは40バーツくらいだったと思う。)

最初は、スクンビットソイ11を南に向かいスクンビットソイ3に出て北へ走る。それからスクンビット通りをエラワン廟まで走りそこを左折したまでは良かったが、ラマ4通りが見えてきたシーロムの交差点のルンピニ公園側で突然止まる。そしてなんと無くスラウォン通りを指差して後は歩けというジェスチャーをする。運転手は交通量の多いラマ4への右折を嫌って、そこで降りて後は歩けと言っているようだった。

ぽんこつマンは仕方なくそこでトゥクトゥクを降り歩いていくことになった。まずはラチャダムリ通りを渡り、それからラマ4世通りを西へ向かう。スラウォン通りはその時歩いている川の反対側だからどこかでラマ4世通りを渡らなくてはいけない。交通量が多くて車線幅も広いので歩行者にはかなり危険な横断だった。そしてトゥクトゥクを降りてから15分ぐらいでマンゴツリーを見つけて入る事ができた。

当時は、まだガイドブックでは経済的なタイ料理レストランとして紹介されていたマンゴツリーだったが、その盛り付けの美しさや教育の行き届いた従業員のサービスの良さに感動したのを覚えている。ランチを終えて、スラウォン通りを西に歩いてみた。

ぽんこつマンがソンブーンシーフードスラウォン店の近くに来た時、後ろからトゥクトゥクがやって来て、「どこへいくのか?」と聞いて来た。ぽんこつマンは特に行き先を決めずに歩いていただけだが、ちょうど良いと思い、思いつきで「ワットポー」と言ってみた。すると「OK」「40バーツ」と運転手が言ってくる。そこで意外に安いと思い乗ってしまった。

そのトゥクトゥクは直ぐに走り出すが遠くに王宮が見えてきた辺りで突然運転手が、「そうだ、今日はワットーポーは開いてない」と言ってトゥクトゥクを止めた。そして、「その近くにエメラルド寺院がある」「そこも良いぞ」と言って走り出す。

案内された所は、なんて事のない普通の寺だった。観光客らしい人物はゼロでそこがエメラルド寺院でないことだけは直ぐに分かった。ぽんこつマンはそこで「ここはどうでも良い」というと運転手は、「ならばお土産に最適なものを売っている店に行こう」と言って勝手に走り出す。

ついた先は、ルビーと称する赤い石を置いている宝石商の店だったが、値段を見てはっきり言って驚いた。小さな石が10万バーツ、その石を取り付ける指輪やネックレスの金属は銀だという。ぽんこつマンは明らかに宝石詐欺の店だと思って、直ぐに店を出てトゥクトゥクの運転手に「あの店はダメだ」と伝えたら「それならもう1軒良い店を紹介したい」と伝えてまた勢いよく走り出す。

次に着いたのも宝石を扱う店のようだったが、そこには赤い石では無く、見た感じ黒い石だがセンターに光の乱反射があるものを指輪にしたものがあった。店の店員がぽんこつマンに一生懸命説明する。「ブラックサファイヤ」「リングは銀製」「6000バーツ」明らかにさっきの店より安い値段設定だったし、ブラックサファイヤという響きとその石のセンターに光る感じが良かったので、勧められて指にはめてみた。

輝きは良かったがリングサイズが大きすぎる。それを見ていた店員が、「サイズは直ぐに治せる」としつこく言うので、20000円は安くはないがまぁ良いかと言う気になって購入してしまった。リングのサイズ直しというのは、リングの一部を切り落とし、そこに切った物より小さなパーツをつけて繋ぐという荒っぽい手法のもので、つなぎ目が直ぐに見えるものだった。しかしその店は保証書を入れてくれたので、つなぎ目が外れたらいつでも修理に来いということと理解した。接合部分は3年くらいではずれ、一度修理に行った事があったが、それをまた使用している間に、今度は気に入っていた「ブラックサファイヤ」がいつの間にか外れてどこかで落ちてしまって見つける事ができなくなったのだが…..。

その店で1時間くらいいたが、店を出たときにもさっきまでのトゥクトゥクはぽんこつマンを待っていた。そして店から出てきた従業員から何やら受け取っていた。その時はそれがリベートだとは知らなかったが、そのうちトゥクトゥクの運転手のもう1つの悪どい稼ぎ方がわかる時が来ることになる。

その店を出てぽんこつマンは、ホテルの名前を告げた。トゥクトゥクはまた走り出すが、あれは多分民主記念塔だったと思うが、そこでトゥクトゥクを止め、40バーツはここまでだと言って下車を要求した。時刻は18時を回り西の空はオレンジ色に染まっていた。

最初からそのトゥクトゥクは宝石を買わせ店からリベートをもらうことを目的にトゥクトゥクを走らせているという事が分かった。ぽんこつマンはそのことにを確信しそこで20バーツ2枚を渡してトゥクトゥクを降り、タクシーを探してホテルまで戻った。

トゥクトゥクにまつわるもう1つの不愉快なエピソードがある。それは2003年の1月、仕事でオーストラリアに行った帰り、協力会社のプロデューサーとバンコクでトランジットすることになり、食事に行こうとした時の話だ。

ぽんこつマンたちは、オーストラリアでの仕事の疲れを癒すために、今も日本人には知られているマッサージ店有馬温泉(https://www.arimaonsenthailand.net)に行った後近くでシーフードを食べようということになった。

シーフードはオーストラリアでもダンジネスクラブやロブスター、それからオイスターなどを散々食べていたのだが、プロデューサーが辛いタイ料理よりシーフードがいいと言ったのだった。直ぐにソンブンシーフードは思いついたが、プロデューサーが新しいところを開拓したいと言い出して、「トゥクトゥクの運転手に良い店を紹介してもらおう」と言い出した。

そこでスラウォン通りに出てトゥクトゥクを見つけて「ここから近くて安くてうまい海鮮料理屋に案内してほしい」と伝えた。運賃は100バーツと言ったが、交渉するのも面倒なのでそれで直ぐにトゥクトゥクに乗り込んだ。

トゥクトゥクはスラウォン通りを西に進み、ソンブンシーフードスラウォン店を通り過ぎ、大きな交差点を左折して、かなり長く南下したように感じた。そして小さな小道に入り、ネオンがギラギラ光る店に着いた。

ぽんこつマンたちはそこで100バーツを支払い店に入った。店の入り口には、プラウン、シュリンプ、ロブスター、渡蟹、マッドクラブ、オイスターなどのシーフードが並べられ、それをプラスチックのザルに取り料理してもらうスタイルだった。それぞれのシーフードには数字は書かれた札があったが、ぽんこつマンたちはその数字が金額だとすると1kg当たりの値段だと思えるほど少し高めの数字が置かれていた。もし1Kgならオーストラリアより少し安めの設定だとプロデューサーとぽんこつマンは話したことを覚えている。

ザルに入れたのは1800と書かれたロブスター1匹、700と書かれた手長川海老2匹、後は数字は覚えていないがオイスターを2個、そしてビアシンを1本とカウパット(タイ式チャーハン)をテーブルで頼んだ。ロブスターは蒸し、手長エビは焼き、オイスターは生で料理は直ぐに出てきた。想像以上のカウパットの量で腹は直ぐに満腹になり、会計をしたら、驚く金額が書かれた請求書がきた。プロデューサーがその金額を見て「えっ?」と驚いた。その金額はざっくりと14000バーツと書かれていた。

14000バーツと言えばざっくり4万5千円くらい。店の従業員を読んで金額の内訳を聞いた。すると「ロブスターは100g1800バーツであなたたちが選んだロブスターは600g、だからロブスターだけで10800バーツ、川海老は1匹700バーツ、、、、、、、、。」もうそれ以上聞く必要はなかった。要するにボッタクリであると気がついた。オーストラリアでもロブスター1kgで100AU$までだから中型ロブスター1匹で1800バーツなら分かるが1匹10800バーツ(3万円)なんてボッタクリ以外何者でも無いのだ。

ぽんこつマンはその時、この店とさっきのトゥクトゥクの運転手が外国人を相手にボッタクリをやっていると確信した。

やむなくプロデューサーはその時持っていたタイバーツの大半を叩いて会計を済ませた。そのプロデューサーが領収書を待っていると、さっきのトゥクトゥクがまた外国人の客を連れてきて、店の従業員から何やら受け取っている姿が見えた。リベートがいくらなのかを知る由もなかったが、それ以降トゥクトゥクにはできる限り乗らないと誓った。

そう言えば、ぽんこつマンが今の連れ合いと知り合い、チェンマイでカフェとフェイスマッサージ、ボディーマッサージの店を始めた時も、ヨーロッパからのツーリストが店に電話で予約を入れて、結局こない事が何度かあったが、別の日にちになって改めてやって来て、「あの時は、トゥクトゥクの運転手に、もっといいスパマッサージがあると言われ、ここには連れて来てもらえなかった。」と言って詫びに来たこともあった。

トゥクトゥクの運転手はいろんな店と客を連れ込むことでリベートをもらう話になっていて、行き先を伝えても違うところに連れて行ってリベートを受け取ることを主目的にしていたのだろう。

あれから25年以上が経過して、今はBTSもMRTもかなり遠くまで延伸した。エアポートリンクも開通した。来年には、またいくつかの都市交通網が開業するというバンコクだが、バンコクに来た思い出としてはトゥクトゥクに乗ってみるのも悪くは無いとは思うが、旅の記念程度に考えといた方がいいとぽんこつマンはお伝えしときたい。

今は外国人の観光客がタイへ入国できなくなってもう半年だから、トゥクトゥクを利用する客はほぼいないだろう。リベートどころか運賃すらまともに稼げなくなったから、後数年でトゥクトゥクはバンコクから姿を消すかもしれないが、それは当然ともいえるだろう。

ポセイドンというマッサージパーラーでタイ発MP体験

ポセイドンというマッサージパーラーは、ぽんこつマンがバンコクで一番最初に行った店だ。ぽんこつマンがまだタイに興味を持つ前に、仕事を一緒にしていた協力会社のプロデューサーからバンコクのマッサージパーラーの話を聞かされていたので、いつかタイを訪れたら行ってみようという気になっていた。

今から既に30年ほど前に、同じ得意先を担当していた仲間がバンコクのブランチに転勤になり、一度遊びに来いというのでそれから3年後に初めてひとりでタイへ3泊4日で遊びに行った。当時はまだタイ料理にもタイマッサージにもそれほど興味はなく、単に昔一緒に働いた仲間に会いゴルフを楽しむだけのつもりだった。

宿泊先にはあまりお金をかけるつもりもなく、ただ漠然とナナプラザという場所の名前を聞いたことがあったので、その近くの安宿を予約したのだった。今から思えば、そのホテルは実にチープでもう2度と泊まりはしないだろうが、当時はその安宿も全く気にはならなかった。

そのホテルは、グランド イン ホテル(Grand Inn Hotel)(https://www.booking.com/hotel/th/grand-inn.ja.html?aid=376383;label=bdot-PKyv50ViAOuyMg2a8bBnRAS438078855260%3Apl%3Ata%3Ap1%3Ap22%2C563%2C000%3Aac%3Aap%3Aneg%3Afi%3Atikwd-334108349%3Alp1009363%3Ali%3Adec%3Adm%3Appccp%3DUmFuZG9tSVYkc2RlIyh9YUqNR_uFB9os3Jm_CnwM6-E;sid=1e3dcfe05dc3f664975ae2e32be99a44;atlas_src=sr_iw_btn;dest_id=-3414440;dest_type=city;dist=0;group_adults=1;group_children=0;no_rooms=1;room1=A;sb_price_type=total;type=total;ucfs=1&)というところでスクンビットソイ3にあり、アラブ人が多くいるエリアだった。

部屋に入るとエアコンはあるものの、カラカラと大きな音がして、あまりよく冷えなかった事を覚えている。今はリノベーションしてエントランスも部屋も大きくなり内装も少しはきれいになっている様だが、当時は本当に場末のキチン宿的だった。

かつての同僚に会いに行くのは翌日の金曜日の夕方だったので、その日ホテルにチェックインしてからは、ホテル界隈のアラブ街からスクンビット通りをアソーク方面に散策した。まだ昼だったが既に土産物屋の屋台やフルーツを売る屋台、それから麺料理を売る屋台が歩道に出て商売をしていて、アジアの混沌をどっぷり感じる事ができた。スクンビットソイ5に近い歩道には、厚化粧で褐色の肌を大胆に露出させた痩せた女が何人も立っていて、たまに通る白人の男たちににじり寄り声をかけていた。

ぽんこつマンにはそれが立ちんぼであることが直ぐにわかった。BTSナナ駅を過ぎ、当時から有名になっていたテーメーカフェの前まで行き、ホテルへ引き返した。時刻はまだ4時で飲みに出るにはまだ早かった。そこで、日本であらかじめネットで調べていたマッサージパーラーへ行ってみようと思った。

当時のインターネット環境は、現在と比べるとスピードの点でかなり劣っていたが、それでもいくつかのマッサージパーラーの画像サイトが見ることが出来た。その中で最も画像が多く女の子の写真もアップしていたのがポセイドンだった。(https://www.poseidon2000.com/deliciousmenu.asp)他にも女の子の写真をアップしているMPもあったが、ぽんこつマンはポセイドンが気に入った。

ぽんこつマンがMPに行く理由の1つがシャンプーをお願いできて、本番プレイの後のマッサージもしてくれるサービスが好きだからだ。今はショウケース(金魚鉢2F)の女の子は2200・2800バーツらしいが、当時は1600バーツからだった気がする。

写真の赤い雛壇に女の子がずらり並ぶ光景は圧巻だった。ぽんこつマンが初めて行った時の時間帯は17:00くらいで次々に左側の入り口から女の子が入ってくるいい時間帯だった様に思える。客は手前の椅子に座って女の子を品定めする。ビールやコーヒーなどを有料だが頼んで気に入った女の子が現れるまでいくら待っていてもいいのだ。

客が入ってきては、大体5分くらいで女の子を決めて、その店のコンチア(おじさんもおばちゃんもお兄ちゃんもいる)にその子が付けている番号を伝えると、そのショウケースから女の子が出てきて、キャッシャーでお金を払って部屋に行くシステムだ。

3階には、モデリングロビーがあって、ショーケースより若目でスタイルのいい女の子が長いソファーに座っていて、その子たちの中から選んで遊ぶことができる。

ショーケースの女の子とは基本2時間、モデリングロビーの女の子とは1.5時間一緒に過ごせることになる。ぽんこつマンは、スタイルや若さよりも性格が良くていいサービスを期待するのでいくらスタイルが良くて若くても、サービスが良くなく、本番もマグロ状態だと嫌なのだ。だからいつもショーケースの女の子の中から選ぶことにしている。

初めてのバンコクでのエロ活動の歴史は、ポセイドンから始まったのである。その後数年間はオーストラリアに行く時もバンコクで乗り継ぎにしてバンコクで一泊したりタイのローカルへ行く時も必ずバンコクで1泊し、夕方からポセイドンで汗を流してもらいついでにシャンプーもしてもらい、その後ナナプラザかソイカウボーイで飲んで、女の子をペイバーしてタイ料理を一緒に食べてホテルで大人のプレイを愉しむ半日フルエロコースを満喫するようになっていった。

初めてポセイドンでマッサージパーラーを体験したその晩もナナプラザのバービアに行ったんだったかなぁ。そこまでの細かい記憶はもうなくなっている。

翌日はバンコクで働く元同僚に夕方会いに行き、晩飯をスクンビットにあるコカでタイスキを食べた。そしてその後同僚とプラザエンターテーメントに行って2回目のMP経験をしたが、その話は次の機会に書くことにする。

ニュージーランド北島のオークランドでホテルに呼んだエスコートガールの本職は教師だった。

今では日本でも桜JAPANの活躍もあってラグビーの認知度はかなり高まっているが、今から30年近く前の1990年台初頭は、1984年に荒井由美の「ノーサイド」が発表されてからもすでに長い月日が経ち、松尾雄治氏、故平尾誠二氏、大八木淳史氏などが一時期活躍した日本ラグビー界もJリーグが日本で誕生した事で、多くの日本人の記憶から消えていった。

そんな中ぽんこつマンは、たまたまニュージーランドのオールブラックスの撮影にオークランドに10日間くらい出張したことがある。当時ニュージーランドはオーストラリアと同様に、カジノはあった。ぽんこつマンは日本では非合法なカジノ遊びは、海外に出た時にそこにカジノがあれば、ちょこっと顔を出す。ニュージーランドでの仕事が決まったときに、時間があれば是非カジノ訪問してみようと思っていた。

しかし、その時点でニュージーランドでは売春は合法化されておらず、北島最大の都市オークランドでも、カジノのあるホテル周辺には立ちんぼのお姉さんはいると聞いてはいたが、性産業がアンダーグラウンドである事は間違いなかった。2003年世界初でニュージーランドで売春が非犯罪化(合法化は審査等が必要な許可制)され、個人売春そのものは犯罪にはならなくなり、売春婦と公的書類の職業欄に記載できるようになっているようだが、当時はそれ一本で生活をする事はかなり厳しかったであろう。

そのような状況で、当時どうしても現地で◯ックス したいとなったら、ホテルなどに置いてあるタウン誌の掲示板の中からそれらしき情報を拾い電話で確認するか、電話帳でエスコートクラブの番号を調べ、連絡を取るかしかなかった。

ちなみに現在のオーストラリアとニュージランドの娼館やエスコートクラブの情報は、堂々とネット公開されている。例えば、Red Light Australia also featuring New Zealand (https://redlightaustralia.com)というサイトがあり、そこでオーストラリアやニュージーランドの娼館やエスコートクラブの情報を見ることができる。また個人でネットで客を探しているサイトも多く見つかる。

ぽんこつマンがオークランドに乗り込んだのは日本が新緑を迎える5月だが南半球に位置するニューヒーランドは秋真っ盛りで紅葉が美しい季節だった。ホテルの記憶はあまり残っていないが、リッジス オークランド(https://www.rydges.com/accommodation/new-zealand/auckland/?utm_source=google&utm_medium=organic&utm_campaign=gmb)という4つ星クラスのホテルだったと思う。カジノのあるスカイシティーオークランドにも歩いて行けるホテルだ。

日本からのクルーは映像クルーとグラフィッククルー合わせて15人、現地のコーディネートクルーは5人、撮影の現場へは合わせて20人が2台のロケバスで向かうため、大きな車寄のあるホテルが必要で、どうしても4つ星以上のホテルになったのだ。

3つ星以下のホテルだと、エスコートクラブからの女の子をホテルの部屋に呼ぶのは大変だが、ロビーにフリーの売春婦がたむろしているクラスのホテルであれば、部屋番号を伝えておくだけで女の子はフロントに呼び止められる事は無く部屋の前まで来ることができたので、旅先での性交渉を愉しむぽんこつマンには4つ星クラス以上のホテルが好都合だった。

オークランドに入って3日くらい過ぎ、土日を挟んで翌週から撮影が始まろうとしていた時、ぽんこつマンより一回り以上年配のグラフィックプロデューサーから「この町でどうやったら女が抱けるのか?」とこっそり聞かれた事がきっかけで、その日の晩に部屋に呼べる秘密のエスコートクラブにぽんこつマンが連絡を入れることになる。

彼はぽんこつマンに簡単な好みを言い、それをエスコートクラブに伝えてほしいと言ってきたので、彼の部屋番号と彼の好みを聞いた。ぽんこつマンの好みは、ブロンド、ホワイトスキンキウィ(白人ニュージーランド人)、スモール、スリム、ノーマルブーブス(シリコンなしの自然なおっぱい)だ。グラフィックプロデューサーは巨乳をリクエストしていたし、彼は身長はノーマルで良いと言っていたところがふたりの違いだった。彼は中国の大連で今回のニュージーランドに来る前に、中国東北娘と3Pをして来たようで、高身長のモデル体系の東北娘をすごく気に入っていたようで、それと同じ高身長の巨乳女を求めたようだった。

クルー全員で食事を済ませたのが、21時を過ぎていた。それ以降は各自自由行動でぽんこつマンとグラフィックプロデューサーはその足でホテルに戻った。ぽんこつマンはホテルの部屋に戻って、エスコートクラブに電話を入れた。受付に出たのは女性で、客がふたり居ると伝えて、それぞれの部屋の番号と好みの女性のタイプを伝えた。後は女の子がホテルに着いたら部屋に電話するとのことだった。

グラフィックプロデューサーは自分の部屋に戻って待つと言ってぽんこつマンの部屋を出て行った。部屋でまずシャワーを浴びて女の子の到着をテレビを付けて待っていた。22時を少し回った頃に外線が部屋に入ったとホテルの交換手から連絡があった。電話に出ると今ホテルに着いたから部屋に行くとのことだった。

それから10分ほどして部屋のチャイムがなった。ドアの覗き窓から確認するとそこに細めの金髪女性がいた。横を向いていたので年齢や顔の作りをはっきり確認できなかったが、明らかに自分が依頼したコールガールに違いがなかったので、扉を開けて部屋に迎え入れた。

彼女は、想像していたより化粧は濃く無く、控えめに見える印象だった。「good evening❤️」と彼女は笑みを浮かべ挨拶をし名前をエリザベスと名乗った。ぽんこつマンも軽く微笑んで挨拶をした。

部屋で待っている間にシャワーを浴びたことを話すと彼女はバスルームに向かい、そこで服を脱ぎシャワーを浴びてバスタオルを胸元に巻いて戻ってきた。リクエスト通りの小柄な金髪女性で、バストも巨乳ではない事が胸元で留めたバスタオルの膨らみで確認できた。ちなみにぽんこつマンはバスローブを羽織っていた。

そのまま、ふたりはベッドに潜り込んで軽いキスをする。そして彼女は昼間小学校の教師をしていること、年齢は26歳であること、最近小さな家を買ったことなどを話してくれた。それが本当かどうかはどうでも良かったが、その日は副業として始めたコールガールの仕事の3回目だとも言っていた。ぽんこつマンはオークランドに仕事で来たこと、オークランドは始めて来たことなどを話した。

暫くして彼女がぽんこつマンの淫部に手を伸ばしてきた。ぽんこつマンの肉茎はすぐに反応して膨張する。ぽんこつマンは彼女の首筋にキスをする。そして彼女の上になり、彼女の胸元で留めてあるバスタオルを解いてバストに手を充てがった。

大きくはないが自然な張りがある胸の膨らみが掌から感じられて、その感覚が股間に信号を送る。ビビビッ、、、ビビッ、、その信号を肉茎が受けてはちきれんばかりにそそり立った。ぽんこつマンは、彼女の右の乳首に吸い付いて、舌でその乳首を転がした。彼女はコンドームを装着するのを忘れていたので、「wait a second!」と言ってコンドーム を手に取り急いで取り出し、ぽんこつマンの怒張した肉茎に装着した。

そして彼女は、ぽんこつマンの肉茎を握り、バギナに導いた。ぽんこつマンは直ぐにでも奥に肉茎を入れたかったが、少し上にあるクリトリスへの刺激を亀頭を回して行った。それから膣口の周りにある大陰唇を亀頭で何周も捏ね回して、愛液で膣内が満たされるのを待ちながら彼女の身体をゆっくりと眺めた。

まだ少女のような愛らしさを残した顔立ちと身体、直径3センチほどのちょうど良い色に染まった乳輪と1センチほど突起した形のいい乳首。肋骨から腰骨まで余分な脂肪がついていないウェスト、丁寧に処理された淫毛が見える恥骨。標準的な日本人とは大きく違うプロポーションにぽんこつマンは我慢できなくなり、膣口に亀頭を戻し、伸長位で肉茎を奥に進めた。

膣口は少しきつめだった。ぽんこつマンは彼女の背中に腕を回し、胸と胸を合わせてゆっくりとピストンを始めた。伸長位ではどんなに深く入れようとも、子宮口に当たる事はない。しかし彼女の小股がぽんこつマンの肉棒をホールドし、締まり具合が高まり気持ちがいい。

彼女の脚が外に開こうとしていることにぽんこつマンは気付いて、彼女の足を間にぽんこつマンの足を入れて彼女の腰を持ち上げ正常位に移った。それから対面座位に切り替えて抱き合えながら挿入を繰り返した。ぽんこつマンは彼女の細い首筋にキスをする。彼女が顎をぽんこつマンの方に乗せてきつく抱きしめながらの座位は続いた。

ぽんこつマンの恥骨が彼女の恥骨にあたる。ぽんこつマンの心臓の鼓動が激しくなって、ベッドに身体を倒したら、彼女がすぐさま騎乗位でぽんこつマンの肉茎に刺激を与え続ける。ぽんこつマンはそれを迎え撃つように腰を上へ突き上げて、恥骨が彼女のクリトリスに当たって刺激できるように動いた。

彼女が顎を上げて背中をそらして騎乗位を続ける。ぽんこつマンは少し心臓の鼓動が落ち着いてきたので、彼女の背中をベッドに倒して、両脚を抱えて屈曲位でフィニッシュを迎えようと体位を変えた。彼女のふくらはぎの内側にリップを繰り返しながら腰を前後にスライドする。彼女は自分の脚を両手で抱えて震えた声で「Come on!!」と言う。彼女の快楽を迎える表情がまたぽんこつマンの快感を昂らせる。

屈曲位で奥を攻めているうちに、何度か彼女の子宮口(ポルチオ)のコリッとしたところに当たって亀頭から肉茎の根元、そして背骨を経由して脳天まで快感が走った。長いストロークで奥深くへ亀頭を5〜6回突き立てた時に、そのフィニッシュはやってきた。

「ドピュッ、ピュッ、ピュッピュッ、、、、」ザーメンが音を立てて出たかのような感覚があった。肉茎の膨張は少しおさまってきたが、うずきはなかなか鎮まらなかった。ぽんこつマンは肉茎を彼女の中に入れたまま、彼女をきつく抱きしめて首筋とデコルテへのリップを続けていた。その後ゆっくり肉茎を彼女の膣から抜き、30分くらいの結合行為は終わることになった。

そしてふたりは手を取りバスルームへ行きシャワーで激しく求めあった身体の汗を流した後、彼女は洋服を着て部屋を出ていく。惚れっぽいぽんこつマンは本当は直ぐに彼女を返したくはなかった。しかし、彼女はエスコートクラブから来たコールガール。たとえ本職は小学校教師とは言え、日本から来たぽんこつマンがいきなり彼女に告白できるはずもなく、そこは割り切るしかなかった。

翌朝、グラフィックプロデューサーとホテルの朝飯で時間が一緒になった。「どうやった?」と彼がぽんこつマンに聞いてきた。ぽんこつマンは昨日の夜の経緯を細かく話した。「いいなぁ」と彼はため息を漏らし彼の経緯をぽんこつマンに教えいてくれた。その話だと、身長175cmほどの大きな女でおっぱいはデカイが垂れているし、お◯ンコは全く締まりがなく、しかもマグロだったとの話。15分くらい粘ったがとても行けそうではなかったので早く返したと言っていた。

ぽんこつマンはその日は、ホテルの直ぐそばにあるスカイシティカジノに出掛けた。ぽんこつマンはルーレットが好きである。500NZDほど使ったがその日は勝てなかった。前日にツキを使い切ったと思うしかなかった。

しかし、オークランドで呼んだエスコートの姫は今思っても初々しく、記憶に残る思い出だ。こうゆう風にいい思い出があるから、また次もと思い新しい女神や天使を求めぽんこつマンは今も彷徨うのだ。

出張で行ったシドニーの娼館に行って東欧小柄美女のエロスに酔う

すでにあまり明確な記憶がなくなってしまったが、あれは確か1998年か1999年、今から20年ほど前に出張でオーストラリアシドニーに行った時に、キングスクロスの近くにあった娼館(Brothel)に白人を買いに行ったことがある。

ぽんこつマンは1983年から2005年くらいまで映像を作る仕事をしていて、撮影はもちろんCGI制作や編集などで海外に行くことがよくあった。香港、シンガポール、ゴールドコースト、ブリスベン、ロス、サンフランシスコ、ニューヨーク、パリなどで数日から2週間近く過ごすことがあり、その地のうまいものを食べたり、その地の若い娼婦と遊ぶこともいくらかあった。

その中で記憶に残っている1つは売春が合法となっているシドニーの娼館にシドニーのコーディネーターのオーストラリア人と行き、その店で東欧(多分ルーマニアだったと思う)出身の小柄な女性にサービスを受けた時の印象だ。

ぽんこつマンは、日本のソープランドやタイのMPにはいく事はあっても、滅多に性的欲求を満たすためだけが目当ての娼館へ出かけていく事はあまりなかった。性的欲求を満たすだけが目的の場合は、電話帳などで現地のエスコートクラブを調べて電話で好みの女性のタイプを伝え、ホテルの部屋で待つことがほとんどだった。

シドニー、キングスクロスも近くにあった娼館(Brothelに行ったきっかけは、当時の仕事でコーディネーターをしてくれていたオーストラリア人がどうしても仕事しているタイミングで奥さんとは別の女とエッチをしたいと言い出して、彼が行きたい娼館に同行することになったのである。

そのコーディネータ曰く、シドニーのあるサウスウェールズ州は売春が合法だが、お客さんがシドニーに来ている時しか娼館には行けない。だから一緒に行って欲しいのだと…..。

シドニーには娼館がいくつもあるが、アジア人の娼婦(特に韓国人、中国人、タイ人)が多く白人を見つけるのは限られた店になる。彼の奥さんは日本人で、アジア人だと奥さんと同じ人種と◯ックス するということになんと無くより背徳感を感じるので白人の方がいいというのだった。

ぽんこつマンは当時泊まっていたホテルを忘れてしまったが、今現在のホリデイ イン ポッツ ポイントリッジス シドニー セントラル だったような気がする。

シドニーでの仕事に一段落して夕食をコーディネーターと取り、車で出かけたのでその娼館の場所も名前も覚えていないが、店に入ってある部屋に通され、そこに一人ずつ女の子が来て簡単な自己紹介と挨拶をするスタイル、一通り揃っている女の子を全部見てそこの娼館のマダムに女の子の名前か何番目に来た女の子かを伝えれば、その子が改めて待合部屋に来て階段上のベッドとシャワーあるいはジャグジーある部屋に上がって◯ックスすることになる。ぽんこつマンは、小柄で色白の可愛い金髪姫を選んだ。

ぽんこつマンの英語がそれほど流暢ではないが、その子も東欧(ルーマニア?)から稼ぎに来ている子だったので英語はぽんこつマンとあまり変わらない。年齢は26って言っていただろうか。

部屋に入って服を脱ぎ、シャワールームへ一緒に行って、身体と局部を簡単に洗う。バスタオルは、新しくはないが、ちゃんと洗い立てで皮膚に残った水滴を拭うには十分だった。ベットはなぜか木製の天蓋付きのキングベッド。その部屋は新しくはないが、ベトナムやタイの置屋に比べると調度品の質も見た目の清潔度も良く、アジアの置屋よりはるかに文明度が高い感じがする。広さも広い。

ベッドでバスタオルをお互いに外して裸になると、彼女がぽんこつマンの肉茎に手を伸ばし、少し手でいじり始めるとその逸物はすぐに硬直した。

彼女はコンドームを取り出し、ぽんこつマンの肉茎に口でコンドーム を装着してかなりの強さでバキュームフェラを始める。ぽんこつマンは彼女の白く透き通るような胸の膨らみに手を充てて揉みながら、「 Can I kiss here?」と言って乳首をさした。「Yes」と簡単な返事があり彼女はフェラを止めてベッドの仰向けになった。

ぽんこつマンは彼女の上に四つん這いになり、右手で彼女の右の乳房をもみしだきながら左側の乳首にキスをして、舌で乳首を転がした。彼女の乳房は26歳の割にはまだ張りがあり、舌で彼女のアンダーバストを舐め上げても、プリンと跳ね返ってくる。

ぽんこつマンがそうやって彼女の体を弄んでいると彼女が、ぽんこつマンの肉茎を掴んできて、彼女の秘部に導く。促されるままにぽんこつマンは彼女の秘部にあるクリトリスを捕らえ、亀頭でツンツンとついてから彼女の膣口に少し亀頭を押し下げて中に埋め込んだ。

そして、正常位で彼女の秘部を攻めていく。彼女は、おーーーぅ、おーーっ、うーーーん、うわーーっ、、、とアジア人の喘ぎとは違う、大きな声で喘ぎ始める。ぽんこつマンにはその演技かもしれない大袈裟な喘ぎも興奮に繋がるのだ。「Can I try doggie style?」と言って一回引き抜いたら一瞬で彼女は後背位の体制になって、「Come on❤️」とぽんこつマンを誘う。

彼女は白人だが小柄で少し脚を広げるだけでぽんこつマンの肉茎を下から上へ突き上げる体制にぴったりと合うのだ。彼女が尻に手をやり淫部を広げるようにしたので、大陰茎肉襞の奥ににある膣口の中のピンク色の膣内部が光って見えた。ぽんこつマンはその膣口に亀頭をあて軽くグラインドした後に、一気に肉茎を奥に突き入れた。

彼女は「あーぉっ」という甲高く喘ぎ、ピローを強く握りしめる。奥まで押し込んだぽんこつマンの肉茎の竿中あたりが締め付けられる感覚に見舞われた。そして竿の根元にも締め付けの感覚が来る。彼女の竿締めテクニックの高さにぽんこつマンも喘ぎを上げてしまう。そして、下から上への突き上げピストンのスピードを上げて彼女を攻めていく。陰茎の根元から背骨を通じて脳天に快感が何度も走った。そして一度引き抜いて、改めて彼女を仰向けにして屈曲位で上から下へ肉茎を突き刺した。

「パン、、パン、、パン、パン、パン、…….。」ぽんこつマンの恥骨が彼女の尻の肉に当たって大きな音が出ている。やがてぽんこつマンの肉茎の先に発射の予感を感じ、ぽんこつマンはピストンのスピードを更に上げた。彼女は、ぽんこつマンがフィニッシュを迎えるのが近いと感じたのか、喘ぎの声も、顔の表情もオーガズムが極まる時のように変化していく。まるで狼の遠吠えのような喘ぎ声と、口を目一杯開け眉間にシワを寄せてのよがり顔。

まるでローラーコースターの360度回転のように激しい重力Gがかかってそして逆Gでふっと体が浮くような感覚が体に走るフィニッシュだった。ぽんこつマンはかなり息が上がっている。肉茎を引き抜いて彼女の横に上向きで横たわった。1分くらいそのままでいただろうか?彼女がぽんこつマンの肉茎に付いているザーメンがたっぷり溜まったコンドームをティッシュで拭った。そしてシャワーで体を流してその娼館での遊びは終わった。遊びの時間は30分、45分、1時間と選べるようだが、シドニーでは1ショットが終われはそれで終了となるシステムだ。

彼女と一緒にしたの階に降りたときにはすでにコーディネーターはひとりで出口前に置いてある椅子に座ってぽんこつマンを待っていた。「どうでしたか?」と彼はぽんこつマンに聞いてきたので、「悪くなかった」と返したら彼は「ボクは少しはずした感じネ。」と言って肩を竦めた。

世界どこの娼館でも、理想を求め過ぎればハズレに当たる事はよくあるものだ。しかしぽんこつマンは白人と言っても大柄な女がダメと言う時点でその条件に合うヨーロッパ系の女は圧倒的に低くなるが、今回は160cmも無いくらいの小柄な白人と遊べたというだけでもかなりラッキーだった。そして彼女もその小柄さ故に標準的オーストラリア人からはあまり指名されることがないのか、彼女ができる限りのサービスをぽんこつマンに施してくれたんだろうと思った。

電話でエスコートガールをホテルの部屋に呼ぶ場合は、期待を大きく外すことがめっぽう多い。写真で予約を入れるシステムの日本のソープなども、写真とはかなり違った上の姿に愕然とすることもあるが、顔見せで女の子を選ぶシステムなら、少なくとも期待を裏切られる可能性はかなり下がることになる。

エスコートガールの場合は、女の子が部屋に来るまでの間の期待がズバリ当たった時の感動は大きいが、娼館の場合は選んだ嬢のサービスに期待できるところがまた良いのだ。機会があれば、またオーストラリアに魅惑的な白人娘を探しに行きたいとその時思うのであった。

非常事態勅令5回目の再延長で遠退くタイへの再入国

ぽんこつマンはタイでの感染が懸念された3月末までバンコク、チェンマイにノンイミグラントOーVISA(1年毎に更新)で長期滞在していたが、3ヶ月に一度のペースで日本に一時帰国していた。一時帰国の1番の目的は、ぽんこつマンがまだぽんこつになるきっかけになった虚血性脳発作で緊急検査入院となってから退院後もずっと処方される事になった薬が切れないようにするためと勤めていた会社を退職した後の3月の検診で発覚した肺腺癌を放射線で焼き切った後のフォローアップを行うためだった。

前回の日本の医療機関への訪問は1月23日で、次回は4月下旬に予定を組んでいて本来は4月の中旬に一時帰国を予定していたが、世界的な感染拡大のため航空路線がどんどん欠航になっていく事態となり、ぽんこつマンも予定を3月31日にバンコクを出発する便に変更して日本に戻ったのだった。

それ以降、タイは3月下旬の非常事態勅令発布から、バー、ナイトクラブ、カラオケ、スポーツ施設、映画館の営業を禁止し、コーヒーショップ、飲食店の営業も店内飲食を禁止とし、タイへの入国を完全に禁止した。タイからの出国は辛うじて4月1週目くらいまではいくつかフライトが許可されていたが、タイへの入国は、タイ政府がタイ人の帰国要請に応じる形の特別便での救援を除いて全て禁止となった。

タイ国内のコロナ新規感染者は5月中旬からゼロとなったとの発表があり、飲食店の営業は、6月から解除され、酒類の販売も店内での提供を除いて可能となった。バーやナイトクラブ、カラオケなどの営業が許可されたのは7月まで待たされる事になった。

当初は7月一杯と予想されていた非常事態勅令は、8月も延長と7月末に決定され8月末にまた9月30日までのさらなる延長がついに決定されている。この非常事態勅令が解除されない理由は、政府は世界でのコロナ情勢の改善が未知数ということだが、タイの学生が始めた、現政権の退陣要求デモを牽制するためとの見方もあるようだ。

もしほんのの理由が後者であるなら、コロナ感染が今後落ち着いたとしてもこの非常事態勅令の解除はないと思える。この解除がなければタイ政府の民間航空局がタイへの商業飛行許可を出さないと言っており、タイへの入国は、タイ政府の特別便でしか入国できない事になる。

ぽんこつマンは、今も羽田ーバンコクのチケットを持っているが、商業飛行が許可されない限り使用不可でタイに行くことはできない。タイ入国の条件はノンイミグラントO-VISAを持っていることで満たせるようにはなっているのだが、何分にも極めて高額な特別便の運賃とタイ政府が求める自費によるホテル隔離施設(ASQ)のべらぼうな値段に3ヶ月未満のタイ滞在を決められないでいる。

ぽんこつマンのO-VISAは、2021年1月14日までに更新手続きをタイで行わないといけないが、このままではそのVISAの延長も難しい。10月からプーケット に限って外国人の入国を認めるという話が上がっているが、15泊16日のホテルでの隔離が必須のようで、それは終わってからも7日間はプーケット県からは出ることができず、プーケット県から出るにはさらにPCR検査を受けて陰性が確定することが要求されているらしい。

プーケットの隔離施設の部屋数は、2020年8月28日現在151部屋で15泊16日の価格は最低95,000Baht~650,000bahtとべらぼうに高額である。またプーケット に直接到着する航空機はチャーター便らしいがその運賃もまるっきり不明で、べらぼうに高額な金額になることが容易に考えられる。まともに自由に観光できるようにまでに16日の隔離が必要で費用が30万円以上で最高は220万円以上となると、日本の一般観光客が行けるようなものではない。ぽんこつマンも宝くじに大当たりでもしない限り当然無理なのだ。

タイ政府は世界の富裕層が法外な費用を払ってでも、タイに遊びに来たいと思う人が多くいると思っているのだろうか?ぽんこつマンには全く縁がないが、バンコクのASQ施設でも部屋のクリーニングが毎日ではなく、食事もプラスティクの使い捨て食器に入っているなど、まともなホテルサービスが提供されていない状況をTwitterなどから知ることができるなかで、このような途方もない費用負担を快く受け入れることは到底できない。

大阪、上本町、海南亭で焼肉三昧

2019年9月末から10月下旬までの約4週間日本へ一時帰国した。連れ合いと息子もチェンマイから日本にやってきて、ぽんこつマンの田舎の家で過ごした。連れ合いの目的は日本でうまいものを食べること。息子の目的の1つは寿司そして焼肉、もう1つはユニバーサルスタジオに行くこと。ぽんこつマンの目的は、田舎の家の定期的な安全確認と類モヤモヤ病の定期的検診そして投薬処方だった。

ぽんこつマンの田舎の家は富山県にあり、10月ともなればうまい魚も多い。連れ合いのうまいものの中には寿司・刺身も入るが、どちらかというと大阪の粉物やそば・うどん・ラーメンなどの麺類といったところだった。

息子の目的の1つであるユニバーサルスタジオジャパンはあらかじめ10月8日(火)の込み合わない日に予約を入れてオンラインでチケットを購入していた。富山の家から大阪へは車で10月7日に出発し、大阪で2泊して戻る。

10月7日(月)朝7時半に富山の家を出発、北陸自動車道、名神自動車道を走り大阪のホテルにチェックインしたのは、午後12時半くらいだった。本来のチェックイン時間は15時らしいが部屋が空いていてすぐに部屋に案内された。大阪でのホテルは大国町にあるMidi HOTEL (http://midi-hotel.com/index.html)、で3つのベッドがあるB-typeの部屋に宿泊した。

連れ合いに日本で車の運転をしてもらおうと思っていたぽんこつマンは、北陸自動車道南條SA(福井県)で運転を代わってもらっていた。最初はおどおどと走っていたようだったが、チェンマイでは毎日息子を家から25kmほど離れた学校への送り迎えをしていて運転は嫌いではないのですぐに慣れていた。大阪の市内は彼女にはわからないので、大津SAでまたぽんこつマンが運転を代わった。

大阪市内は、ナビで進む。2014年までは大阪で勤務していたこともあり梅田から難波まではなんと無くわかるが大国町は馴染みがなかったためだ。ナビの案内でホテルにはスムーズについた。1日1200円と有料だったがホテルに駐車場もあり便利だった。(2020年8月25日現在予約ができなくなっている。コロナのせいだろうか。)

チェックインの後、難波に出かけた。連れ合いが以前道頓堀で食べたたこ焼きとお好み焼きを食べたいといったからだった。店は「くれおーる」(https://dotonbori-creoru.com)海外の客(特にアジア系)に人気のようだ。3時のおやつにしては値段は結構高めで3人で6000円強。

連れ合いは生ビール、ぽんこつマンはオールフリー、息子はコーラで久しぶりの大阪を祝した。16時過ぎまで道頓堀界隈を散策して一旦ホテルに戻った。18時頃になって、息子が晩ごはんはどうする?と聞いてきた。連れ合いも息子も昔大阪で味わった焼肉に期待していたようで、今回は梅田界隈では無く鶴橋・上本町エリアの焼肉に行く事にして19時に予約を入れた。

ホテルから500m歩いてJR今宮駅に向かいJR鶴橋駅からまた千日前通りを谷九に向かって歩く。目的地は海南亭。

JR今宮駅からJR鶴橋駅までは大阪環状駅までは4駅。そこから徒歩10分も見れば到着だ。息子は電車も好きだ。いつもタクシーより電車を選ぶ。18時半にホテルを出れば、ちょうどいい頃に到着できそうだった。

ぽんこつマンは、久々の大阪での焼肉、費用をあまり気にしないで連れ合いや息子に好きなものを注文させた。ぽんこつマンはワイン。ソムリエがいるようでさほど高く無くさしの多い肉に合いそうなワインをリクエストした。焼いた肉をコチジャンをのせた韓国レタス(サンチュ)に包んで食べると、さしのたっぷり入った特上ロースや特上カルビをさらに美味しくいただける。息子も連れ合いも十分に満足したようだった。

最後に会計したときは3万円弱だったような気がしたが、はっきりとは覚えていない。残念ながらユッケは連れ合いが拒絶したので頼まなかった。まぁいい値段ではあるが、その肉のレベルからするとそんなでもなかったと思う。バンコクでもタイガールとふたりで6,000baht超えなんてよくある事だ。

明日は、ユニーバーサルスタジオジャパンに朝早くから出かけるので、ホテルに戻って休む事にした。

北京ダックをチェンマイで

ぽんこつマンは、中華料理好きでもある。自分でも餃子、焼売、炒飯などの簡単中華から麻婆豆腐、麻婆茄子、青椒肉絲も1ヶ月の2回くらいのペースで作って食べる。干焼蝦仁や酢豚(古老肉)などは海老や豚肉を一旦揚げなくてはいけないので、中華料理店で注文する事にしているが、タイでの中華料理は、日本の中華料理と同じものは少ない。

日本では日本人に馴染みが多い中華料理に多くの中華料理店がアレンジしているが、タイでもタイ人に馴染みが深いタイスタイルの中華にアレンジされているとぽんこつマンは思っている。

日本でのぽんこつマンおすすめの中華料理は大阪にある双龍居(https://soryukyo.gorp.jp)という店が一番だが、タイではまだぽんこつマンがここという店は見つかっていない。バンコクにはヤワラートという中華人街があり、そこには幾多の中華料理店がしのぎを削っているが、どうも味付けがたいスタイルになっていて、純粋にぽんこつマンの舌に合うとは言い難かった。もちろんフカヒレスープやアワビの旨煮などの高級食材の料理は、中華料理のエッセンスが生きてはいるが、野菜を使った炒め物はいかにも大スタイルという感じだった。

ぽんこつマンが世界で最高峰と思った中華料理は、ザ・ペニンシュラホテル香港の嘉麟楼<Spring Moon>(https://www.peninsula.com/en/hong-kong/hotel-fine-dining/spring-moon-cantonese)だが、あまりにも高級すぎて気軽に行ける訳もない。

タイでの中華料理に話を戻そう。タイにも香港形のペニンシュラ、シャングリラ、マンダリンオリエンタルといった5つ星ホテルがあるが、やはりそこの中華料理もタイスタイルのアレンジがあるものが多い。しかしぽんこつマンは北京ダックだけは、タイでも日本でも香港でもほぼ同じ印象を持っている。

チェンマイにも香港系ホテルとしてシャングリラ(https://www.shangri-la.com/chiangmai/shangrila/)があり、ここには北京ダック950baht(税・サ別)、麻婆豆腐110baht(税・サ別)が日本中華と同じメニューがある。ホテルのレストランの料金とすれば日本のホテル中華より割安な設定に思える。

ぽんこつマンがよく行くチェンマイ市内の中華レストランとしては、ジィアトーンヘンという店がある。

この店の本店は、チェンマイプラザホテル(http://www.chiangmaiplazahotel.com/facilities.html)の前にあるが、駐車スペースが少なく市内の渋滞もあり、最近はスーパーハイウェイに面する店舗に行くことが多い。この中華料理店は、北京ダックは、日本の中華料理店と同じスタイルだが麻婆豆腐も酢豚も無く、ほぼタイスタイルの中華になっているとぽんこつマンは思う。しかし北京ダックは実にジューシーですこぶる美味い。それでいて800bahtと安い。ダックの肉の料理はその800bahtに含まれていてガパオや黒胡椒炒めなどの好みに調理して出してくれる。

エントランスを入るとそこにレセプションがあり、予約があるか、何人かを確認して席に案内される。左側と右側にはそれぞれ別の厨房があるらしく、また2階には個室もある。ぽんこつマンは左側の天井が高く明るい場所をリクエストする。左側を賄っている厨房の方がぽんこつマンの舌にあっている気がするからだ。

この店には魚の料理はいくつかあるが、蟹やロブスターを使った料理がないのが残念だ。まぁシーフードレストランではないので鮮度を求められる高級食材の仕入れを広げたくないということだろう。

コロナで中国からの団体客がタイ入国ができなくなって、客はタイ人とタイに住む外国人に限られる事になっているが、ぽんこつマンがチェンマイにいた2020年3月までは、やはり土日の19:00以降は多くの客で賑わっていた。チェンマイには本格的に中華を食べることができる店は少ないため、比較はできないが安く北京ダックを楽しめるこの店は、ぽんこつマンにとっては貴重な店である。

タイ王室御用達イタリアンでタイゴルフツアー打ち上げ会

2020年2月23日、日本からかつての職場に同期入社した仲間たちのタイゴルフツアーの打ち上げ会をジャンニ・リストランテ(https://www.giannibkk.com)で行われた。開始時間は19:00だったがぽんこつマンがそのレストランに到着したときには、仲間たちはすでに先入りしていて、スパークリングワインを始めていた。

ぽんこつマンも初めてのリストランテだったので遅れてはいけないと思い、コンドを18:00に出てGrab car で向かっていた。ぽんこつマンがそのリストランテが入っているザ・アテネホテル・バンコク(https://www.marriott.com/hotels/travel/bkkla-the-athenee-hotel-a-luxury-collection-hotel-bangkok/?scid=bb1a189a-fec3-4d19-a255-54ba596febe2&y_source=1_OTM1NDc2OS03MTUtbG9jYXRpb24uZ29vZ2xlX3dlYnNpdGVfb3ZlcnJpZGU=)のエントランスに着いたのは18:40、少し早いと思ってその周辺を散策して18:55に店内に入ったのだが、仲間たちは、彼らが泊まっているブリストン スワン パーク ビュー ホテル(http://www.blistonresidence.com)で予約時間を待ちくたびれたので30分早めに出たらしい。彼らの宿泊するホテルのちょうど裏手にあるのがザ・アテネホテル・バンコク。10分も歩けば着いてしまう。

このリストランテを予約したワイン通のS氏を始め、今回バンコクに集まった仲間はみんなワイン好き。ひとりボトル1本は平気で飲める。ぽんこつまんが到着した時には、最初のスパークリングはもう空いていて、次の赤ワインをS氏がメニューで選んでいるところだった。

ぽんこつマンが着席すると直ぐにコース料理の前菜が運ばれてきた。パンチェッタで巻いた海老とホタテの前菜だった。そしてパスタを挟んで、メインが2品、フォアグラと羊。

どれもしっかりとした味付け、いかにもヨーロッパといった濃い味でワインがガンガン進む。3本の赤ワインもあっという間に空いてしまう。そしていよいよグラッパの時間。日本のイタリアンリストランテでは、必ず最後にグラッパを貰っていたが、タイでグラッパを頂くのはこれが初めてだ。

グラッパは最初にグラスでもらって、デザートのティラミスを頂く時にエスプレッソにグラッパを入れて貰った。タイでここまでちゃんとしたホスピタリティーと完璧といえるイタリアンらしい深い味わいの体験は初めてだった。

一人当たりは6000baht を超えていたが、十分に満足できるないようだとぽんこつマンは思った。ここに連れてきてもいいと思えるタイ女性に早く巡り会いたいという無謀な欲望が芽生えた1日になった。

4度目のホーチミン ②ホーチミン置屋体験

ホーチミン 2日目の土曜日の朝、ぽんこつマンは前回市内のガイドをしてくれたF氏に連絡を入れた。以前、行きそびれた置屋へ時間を持て余している午前中に行ってみようと思ったからだ。

F氏はすぐに電話に出た。「OK、11時ホテル前に行きます」とF氏の返事。ぽんこつマンはホテルの朝食を食べてからドンコイ通りにあるいつもの両替所(Exchange 59)

に行き今日使うであろうヴェトナム通貨分を両替したのち、一旦部屋に戻り、F氏との約束の時間を待った。 

10分前にホテルのロビーに降りたら、ホテルの前にF氏が既に到着している姿が見えたので、ホテルを出てF氏と会った。彼は既にぽんこつマンの今日の目的を聞いていたので、何枚もの女の子の写真を見せてきた。

ぽんこつマンは、その中の何人かを選んで、身長、性格、サービスの評判などを聞いた。そして一人の女の子を決めた。F氏は、その娘がいる店に連絡を入れる。現在店に来ているかを確認しているようだったが、電話を済ませて「彼女は今いる」「でも店に到着して、自分の目で他の女の子も見て、気に入ったらでいいから」「その店の近くにまだいくつかの店あるから」と伝えてきた。そしてF氏はバイクのエンジンをかけ、ぽんこつマンにヘルメットを渡し後ろに乗るよう合図した。

ぽんこつマンがヘルメットを被り後ろに乗ると、F氏は「OK?」といい、アクセルをふかしバイクを走らせた。ぽんこつマンはどこを走っているのか全くわからない。バイクに乗っているので、Google マップでどこに向かっているかを確認することもできない。

F氏が運転するバイクはまずは大通りを南西方向に走り、その後右折、左折を繰り返し、高いビルが通り沿いに一切ない一方通行の細い路地へ入った。そして左側にバイクを止めた。店の前に着いたようだった。

その店の間口は4mもない感じ。外からは何屋なのかはわからないが、横スライド式のアルミサッシのガラス扉の向こうに小さなカウンターとその奥にソファーが見える。F氏がそのガラス扉を開きぽんこつマンを中に招き入れる。そしてガラス扉を閉めると、店の奥から数人の女の子が現れる。

その中にはぽんこつマンが写真で見た女の子もいるようだったが、写真と同じ服を着ている訳ではないのでどの子かよくわからない。ぽんこつマンは、F氏に先ほど写真で決めた娘はどの子かを聞いた。F氏はすかさずひとりの女の子を指し示す。

そこに並んだ女性はみんな見た感じ痩せていて、若く見える。20歳そこそこと言った感じだろうか。濃い化粧の女の人は小さなカウンターの中の50歳近くに見える店主っぽい女だけだ。服装も、肌の露出はかなり高いがセクシーに見えるようなものではなく、幼い子が好むようなプリント柄のノースリーブワンピースばかりだ。

見た目でだけでは性格やサービス精神は計れないので、かわいい表情で決めようとした。そこに並んでいる女の子をひとりひとり見つめるとニコッとする娘もいれば恥ずかしいのか目を合わせようとしない娘もいる。結局ぽんこつマンはよくわからなくなったので、最初に写真で決めた女の子を選んだ。

その子に導かれて奥にある階段を登っていく。上の階にはいくつかの個室があるようでそのうちの1つに彼女がぽんこつマンを案内する。そして、ぽんこつマンをひとり置いて一旦部屋を出ていく。彼女はしばらくして戻ってきて、ぽんこつマンに洋服を脱ぐように仕草する。彼女は日本語はもちろん英語もほとんど話せないようだ。

ぽんこつマンが服を脱ぐと部屋についているバスルーム(と言ってもトイレに簡便なシャワーがついているだけ)にぽんこつマンの手を引き案内する。彼女はシャワーの水栓をひねり水を出す。お湯ではないようだ。彼女は手に液体石鹸を取り、ぽんこつマンのポコチンと玉袋を洗う。そして水で石鹸を流しタオルをぽんこつマンに渡し、ベッドルームに戻るようバスルームの扉を開ける。ぽんこつマンがそこを出るのを確認して彼女は自分の淫部を洗うようだった。

彼女がバスタオルを胸に巻いて戻ってくる。ベッドに座っていたぽんこつマンを寝かせて、ぽんこつマンの腰に巻いたバスタオルを剥ぎ取り、彼女はフェラチオを始める。そして勃起した肉茎にコンドーム をかぶせて、騎乗位でぽんこつマンの肉茎を膣口に挿入した。彼女が上下に動く。その動きは速くはない。せいぜいテンポ80〜90といった感じだ。5分ほどその騎乗位は続いたが、彼女はいったんその騎乗位を止めベッドに四つん這いになる。そしてぽんこつマンに背後からの挿入を促した。

ぽんこつマンは彼女の後ろに膝まづいて、コンドームが装着されている肉茎を少し押さえつけて彼女の膣口にあてがい、ゆっくりと前に押し込んだ。ぽんこつマンの亀頭がチュルンと中に沈んだ。そしてさらに奥へ押し込んだ。やがてぽんこつマンの恥骨が彼女の尻の骨に当たる。そこからぽんこつマンは、彼女の腰骨を掴み、前後のピストン運動を始めた。最初はテンポ120位でゆっくりと、そして徐々にそのスピードを上げていく。

出し入れのテンポが200くらいに上がった頃、彼女は頭をベッドに落とし、しかめた顔をぽんこつマンに見える位置に横向けた。そしてベッドのシーツを強くつかみ、アッ、アー、と細い声をかすかに上げる。ぽんこつマンは腰の動きを一旦止め、ゆっくり引いて強く打ち込む。

スパン、、、、スパン、、スパン、、、、。ぽんこつマンの恥骨が彼女の尻の肉を打つ音が個室に響く。その部屋にある窓には南中した太陽の光が薄いカーテンを透かして差し込んでいる。何度も何度も強く打ち込んで、ようやくザーメンをコンドーム の中に吐き出した。部屋に入って30分くらいであっけなくその行為は終わった。

置屋での性交は、愛を感じて行うものではない。ただひたすら何かを支配する欲求への代償行為でしかない。好きと思える女性との性交渉は感情的な高ぶりも相まって快楽の頂点は極めて高くなる。その記憶の再現を求めて置屋で交わってもその快感は異質なものだった。

確かに、交尾するという行為は同じだが精神的満足感のないそれは、放出する一瞬の快感だけで、特定の誰かを思っての自慰行為より得られる快感は少ない。むしろ肉体的な疲労感をより強く感じるだけに過ぎないということに気づいているはずなのに、男という動物は、どうして女と言う動物と交尾したいと思ってしまうのだろう。

シャワーで鼠蹊部を洗い、洋服を着て階段を降りるときに、ぽんこつマンは少し考えてしまった。一階のソファーには F氏が待っていた。彼はぽんこつマンがあまり満足な顔をしていないことを少し気にしたようだった。帰り際に求められるお金を支払いその店を出た。そしてF氏のバイクの後ろに跨がり、ホテルまで戻ってきた。時間は正午を少し過ぎた頃だった。

「食事を一緒にしませんか」とぽんこつマンは F氏をホテル近くにある一風堂ラーメンに誘った。彼は気まずそうにしたが、ぽんこつマンの誘いを断らなかった。

ぽんこつマンは赤、F氏は白を注文した。そしてぽんこつマンはサイゴンスペシャルビールと餃子も食べた。レタントン通りにある一風堂の土曜日昼は、ローカルの人で混雑していた。F 氏はぽんこつマンが置屋で満足していない表情を見て少し気にしているのか、それまで饒舌だった彼の口は何も話さなくなっていた。ラーメンを食べ終えて彼はその日のガイド料を受け取り帰って行った。

ぽんこつマンはタイバンルング通りを挟んで一風堂の反対側にあるマッサージ店Ruby1を覗いた。置屋での肉体的な疲労感を取り除きたいと思った。店の中に入るとひとりの若いセラピストが来て、フットマッサージかボディーマッサージかを聞いてきた。ぽんこつマンには夕方まで時間がたっぷりあったのでボディーマッサージ2時間コースを選んだ。

すると奥の階段から2階へ案内された。2階はかなり広いスペースに、マッサージマットが床に20近く並んでいた。客はぽんこつマンひとり。遮光カーテンがある一番奥のマットに案内されマッサージ用の着替えを渡された。ぽんこつマンはそこで着替え、横になってセラピストが来るのを待った。

セラピストは熱いおしぼりをいくつかもって現れて、足の裏を丁寧にその暑いおしぼりでおしぼりで拭った。そしてマッサージが始まった。最初はうつ伏せで足先からかかとまで、そしてふくらはぎ、太腿、腰、背中、そして腕と進む。背中には熱い石を載せる施術もあった。さらに仰向けで太腿をもう一度、さらに鼠蹊部、そして手足の指。体を起こして肩、首、頭と続いた。2時間の間他の客は一切来ない。広く遮光した暗い部屋にぽんこつマンとセラピストの二人きり。しかもセラピストは若くて可愛い。ぽんこつマンは、何かあろうはずもない淫靡な想像をしてしまった。

ホーチミン でのマッサージ体験は、いつも素晴らしい。凝った筋肉が解れるだけではない、心のしこりもほぐれる思いだった。

4度目のホーチミン ①ステーキとガールズバー

2019年10月下旬、ぽんこつマンはタイへの渡航の経由地として4度目のホーチミン訪問をした。これはタイでの滞在が長期になることが当たり前になったこと、数ヶ月先の日本への一時帰国のスケジュールを固定しづらいことなどの理由から片道ずつの予約が安価で容易にできるLCCを組み合わせることで渡航の自由度がグッと高まるからだった。

フライトは関西発09:30ホーチミン 着15:00予定のヴェトジェットVJ 829便。いつものように前日大阪で宿泊し、朝の07:00難波発ラピートα3号で関西空港へ向かう。JR西日本のはるかや関西空港快速ではなく南海を使う理由は、南海鉄道倶楽部(https://www.club-nankai.jp/traffic/ticketless/index.html)に登録すれば普通席料金でスーパーシートの座席を予約しチケットレスで乗車でき、便利だったからだ。

この回の大阪での宿泊先は、難波駅に歩いて行けるホテルイルクオーレなんば

日本への一時帰国でタイとベトナムに持っていくものを大量に買い込んでいた。ヴェトジェットで購入した荷物の重量が20Kgだったのでベトナムへの荷物をタイ行きと分け直す必要があり荷物の重さを量るはかりを借り、土産用のお菓子を詰める手提げ袋などもホテルから頂いた。ホテルの皆さんはとても親切だった。

ヴェトジェットはこの数年で何度も乗っている。キャビンクルーのユニフォームがちょっと変わっていて、ぽんこつマンが幼い頃よくテレビで見ていた人形SF劇「サンダーバード」の制服に近いものを感じる。

ヴェトジェットには本家ベトナムとタイ・ヴェトジェットがあるがユニホームは共通のようだ。キャビンアテンダントはほとんどが2社の本国採用が多いようだが、身長もそれほど高くなく、主要航空会社に有りがちなハイソですました印象は薄く、隣のお姉さん的というか、エロビデオの素人シリーズに出てくるような売れていないAV女優的雰囲気を持っているとぽんこつマンは感じている。

ホーチミン に到着してまずはホテルにチェックインする。今回のホテルはソフィアホテル

レタントン通りの日本人街に近く、ホテル前のタイバンルング通りとレタントン通りの交差点にスポーツバー、一風堂(ラーメン)、Butcher MANZO & Craft beer(ステーキハウス)があった。

ホーチミン 1泊目の夜は、これもTinder で知り合った日本人街にあるガールズバーの女の子と初めてのオフラインデート。ぽんこつマンはホーチミン でのステーキを味わってみたくてソフィアホテルを予約したのだった。

夕方17:30 ホテルロビーで彼女と待ち合わせ。彼女はスマホで写真を見ただけでリアルに会うのはこれが初めてだった。ぽんこつマンはホテルチェックインの後すぐにシャワーを浴びてホーチミン 仕様のショートパンツと半袖シャツに着替えて彼女との待ち合わせ時刻を待った。そして待ち合わせ時刻の10分前にロビーに降りた。

彼女は時間通りにホテルのロビーに姿を現した。写真で見るより少しふっくらとした印象だったが、人見知りするのか少し恥じらう姿がまた可愛い。簡単に挨拶を済ませ、どこに食事に行きたいか尋ねた。彼女はぽんこつマンの行きたいところに任せるという。そこで、一緒にホテルの外へ出てButcher MANZO & Craft beer(http://butcher-manzo.com/ja/)に向かった。

注文したのはシラーを主体にしたのは、シーザーサラダ、エビのアヒージョ、そして店の看板メニューTOMAHALK BEEF STEAK (DRY AGED)、さらにサイドオーダーでフレンチフライとフライドオニオン、それにシラーを主体とした赤ワイン。1本では足らずもう1本を後からさらにオーダーした。

DRY AGED のトマホークステーキはかなりのボリュームがあった。味は日本の黒毛和種の霜降り牛とは異なり、いかにも「肉」を主張する強い味わいがあった。彼女は可愛い顔をしているがお酒はかなり強いらしく、ハイピッチでワインを飲んで行く。ぽんこつマンは2本目の半ばを過ぎたあたりでかなり酔っていると感じたが、その時でも彼女は全く平気に見えた。

店に入ったのは17:45、店を出たのは20:15。その後は彼女が働いているガールズバーへ向かった。そこは初めて彼女とTinder で知り合った時に聞いていた店ではなく、その店から数軒離れた別の名前の店だった。

まだ店は開けたばかりらしく、客はぽんこつマンひとりだけ、女の子も彼女の他に、店の鍵を開けたであろう別の一人だけしかいなかった。ぽんこつマンはジントニックを頼む。彼女はハイボール。彼女のハイボールを煽るピッチがやけに速いので驚いた。ぽんこつマンがジントニックを1杯空ける間に彼女は既に3杯目を作っていた。女の子の店からもらう給金は飲んだ杯数に比例するんだろうと思ったが、それにしてもあまりにも速い。これではいずれ酔っ払って歩けなくなると思った。

その店には1時間ほどいたが、ぽんこつマンがその店を出ようとした時には彼女はソファーに横になっていた。酔い潰れてしまったということだった。ぽっんこつマンは帰り際、彼女に明日はどうしているかを尋ねた。すると彼女は「明日は朝早く田舎に帰る。」「父親が少し具合が良くなく、母親と交代で面倒を見る必要がある。」と言ってきた。要するに明日は都合がつかないということのようだったので、「じゃ、次に会えるとしたらだいぶ先かな」と言って店を出た。

その晩はそれから、もう2軒違うガールズバーを尋ねた。それぞれの店にTinder で知り合った女の子がいた。一軒は「蓮」というカウンターバー。もう一軒は「凛」というカウンターバー。Tinder で知り合いになった女の子に会って1杯だけ飲んで、人工ダイヤと言われる1カラットくらいのジルコニアのネックレスをプレゼントしてホテルに戻った。楽天市場で1個790円でセールしていた安物だが、天然ダイヤ以上に輝く。特に暗いところで光を受けるとその虹色の反射は驚くほどだった。

明日は、前回バンコクに戻る日にランチを一緒に食べた女の子とフレンチディナーを約束していた。その晩はかなりの散財をしたので、おとなしくホテルに戻って休むことにした。ホテルの部屋についた時は23時を回っていたが、それでもスマホのTinder アプリにホーチミン の女の子からメッセージが届いているようだった。ホーチミン の女の子はバンコクの女の子よりもウブに感じる部分が多く疑似恋愛対象にはバンコクの女の子よりもいいと思える。しかしホーチミン レタントンの日本人街にあるガールズバーの女の子は、お酒を飲んでキックバックを店からもらって生活費にしているようだが、なかなかお持ち帰りがOKな女の子は少ないようだ。バンコクに比べて身持ちが硬い娘が多いようだ。もしどうしても性的欲求を満たしたいと思うなら、Tinder で身体を買ってもらいたい女の子を探してホテルへ直接呼ぶか、ディスコにいってその気の女の子と仲良くなるか、置屋に行くかが無難と確信した夜だった。