4度目のホーチミン ①ステーキとガールズバー

2019年10月下旬、ぽんこつマンはタイへの渡航の経由地として4度目のホーチミン訪問をした。これはタイでの滞在が長期になることが当たり前になったこと、数ヶ月先の日本への一時帰国のスケジュールを固定しづらいことなどの理由から片道ずつの予約が安価で容易にできるLCCを組み合わせることで渡航の自由度がグッと高まるからだった。

フライトは関西発09:30ホーチミン 着15:00予定のヴェトジェットVJ 829便。いつものように前日大阪で宿泊し、朝の07:00難波発ラピートα3号で関西空港へ向かう。JR西日本のはるかや関西空港快速ではなく南海を使う理由は、南海鉄道倶楽部(https://www.club-nankai.jp/traffic/ticketless/index.html)に登録すれば普通席料金でスーパーシートの座席を予約しチケットレスで乗車でき、便利だったからだ。

この回の大阪での宿泊先は、難波駅に歩いて行けるホテルイルクオーレなんば

日本への一時帰国でタイとベトナムに持っていくものを大量に買い込んでいた。ヴェトジェットで購入した荷物の重量が20Kgだったのでベトナムへの荷物をタイ行きと分け直す必要があり荷物の重さを量るはかりを借り、土産用のお菓子を詰める手提げ袋などもホテルから頂いた。ホテルの皆さんはとても親切だった。

ヴェトジェットはこの数年で何度も乗っている。キャビンクルーのユニフォームがちょっと変わっていて、ぽんこつマンが幼い頃よくテレビで見ていた人形SF劇「サンダーバード」の制服に近いものを感じる。

ヴェトジェットには本家ベトナムとタイ・ヴェトジェットがあるがユニホームは共通のようだ。キャビンアテンダントはほとんどが2社の本国採用が多いようだが、身長もそれほど高くなく、主要航空会社に有りがちなハイソですました印象は薄く、隣のお姉さん的というか、エロビデオの素人シリーズに出てくるような売れていないAV女優的雰囲気を持っているとぽんこつマンは感じている。

ホーチミン に到着してまずはホテルにチェックインする。今回のホテルはソフィアホテル

レタントン通りの日本人街に近く、ホテル前のタイバンルング通りとレタントン通りの交差点にスポーツバー、一風堂(ラーメン)、Butcher MANZO & Craft beer(ステーキハウス)があった。

ホーチミン 1泊目の夜は、これもTinder で知り合った日本人街にあるガールズバーの女の子と初めてのオフラインデート。ぽんこつマンはホーチミン でのステーキを味わってみたくてソフィアホテルを予約したのだった。

夕方17:30 ホテルロビーで彼女と待ち合わせ。彼女はスマホで写真を見ただけでリアルに会うのはこれが初めてだった。ぽんこつマンはホテルチェックインの後すぐにシャワーを浴びてホーチミン 仕様のショートパンツと半袖シャツに着替えて彼女との待ち合わせ時刻を待った。そして待ち合わせ時刻の10分前にロビーに降りた。

彼女は時間通りにホテルのロビーに姿を現した。写真で見るより少しふっくらとした印象だったが、人見知りするのか少し恥じらう姿がまた可愛い。簡単に挨拶を済ませ、どこに食事に行きたいか尋ねた。彼女はぽんこつマンの行きたいところに任せるという。そこで、一緒にホテルの外へ出てButcher MANZO & Craft beer(http://butcher-manzo.com/ja/)に向かった。

注文したのはシラーを主体にしたのは、シーザーサラダ、エビのアヒージョ、そして店の看板メニューTOMAHALK BEEF STEAK (DRY AGED)、さらにサイドオーダーでフレンチフライとフライドオニオン、それにシラーを主体とした赤ワイン。1本では足らずもう1本を後からさらにオーダーした。

DRY AGED のトマホークステーキはかなりのボリュームがあった。味は日本の黒毛和種の霜降り牛とは異なり、いかにも「肉」を主張する強い味わいがあった。彼女は可愛い顔をしているがお酒はかなり強いらしく、ハイピッチでワインを飲んで行く。ぽんこつマンは2本目の半ばを過ぎたあたりでかなり酔っていると感じたが、その時でも彼女は全く平気に見えた。

店に入ったのは17:45、店を出たのは20:15。その後は彼女が働いているガールズバーへ向かった。そこは初めて彼女とTinder で知り合った時に聞いていた店ではなく、その店から数軒離れた別の名前の店だった。

まだ店は開けたばかりらしく、客はぽんこつマンひとりだけ、女の子も彼女の他に、店の鍵を開けたであろう別の一人だけしかいなかった。ぽんこつマンはジントニックを頼む。彼女はハイボール。彼女のハイボールを煽るピッチがやけに速いので驚いた。ぽんこつマンがジントニックを1杯空ける間に彼女は既に3杯目を作っていた。女の子の店からもらう給金は飲んだ杯数に比例するんだろうと思ったが、それにしてもあまりにも速い。これではいずれ酔っ払って歩けなくなると思った。

その店には1時間ほどいたが、ぽんこつマンがその店を出ようとした時には彼女はソファーに横になっていた。酔い潰れてしまったということだった。ぽっんこつマンは帰り際、彼女に明日はどうしているかを尋ねた。すると彼女は「明日は朝早く田舎に帰る。」「父親が少し具合が良くなく、母親と交代で面倒を見る必要がある。」と言ってきた。要するに明日は都合がつかないということのようだったので、「じゃ、次に会えるとしたらだいぶ先かな」と言って店を出た。

その晩はそれから、もう2軒違うガールズバーを尋ねた。それぞれの店にTinder で知り合った女の子がいた。一軒は「蓮」というカウンターバー。もう一軒は「凛」というカウンターバー。Tinder で知り合いになった女の子に会って1杯だけ飲んで、人工ダイヤと言われる1カラットくらいのジルコニアのネックレスをプレゼントしてホテルに戻った。楽天市場で1個790円でセールしていた安物だが、天然ダイヤ以上に輝く。特に暗いところで光を受けるとその虹色の反射は驚くほどだった。

明日は、前回バンコクに戻る日にランチを一緒に食べた女の子とフレンチディナーを約束していた。その晩はかなりの散財をしたので、おとなしくホテルに戻って休むことにした。ホテルの部屋についた時は23時を回っていたが、それでもスマホのTinder アプリにホーチミン の女の子からメッセージが届いているようだった。ホーチミン の女の子はバンコクの女の子よりもウブに感じる部分が多く疑似恋愛対象にはバンコクの女の子よりもいいと思える。しかしホーチミン レタントンの日本人街にあるガールズバーの女の子は、お酒を飲んでキックバックを店からもらって生活費にしているようだが、なかなかお持ち帰りがOKな女の子は少ないようだ。バンコクに比べて身持ちが硬い娘が多いようだ。もしどうしても性的欲求を満たしたいと思うなら、Tinder で身体を買ってもらいたい女の子を探してホテルへ直接呼ぶか、ディスコにいってその気の女の子と仲良くなるか、置屋に行くかが無難と確信した夜だった。

初ベトナムはホーチミン

2017年早期退職を前にして、2ヶ月近く残っていた有給休暇を消化して、多くのアジアの街娘を見る旅を計画した。9月は、ジャカルタに行った。そして10月はホーチミンを計画した。このホーチミンへの旅が初ベトナムの旅だった。

当時はまだ日本からベトナムへの直行LCCはなく、ぽんこつマンはバンコクへ一旦入り、バンコクからホーチミンに向かう選択をした。

日本ーバンコク間は2016年から就航を開始したスクートを選んだ。スクートを選んだ理由はバンコクへの到着時刻も23時台でしかも運賃が10,000円を切っていたからだ。バンコクーホーチミン はエアアシア。航空券の代金は片道概ね15,000円。当時は機内持ち込みの重量が10kgまでだったこともあり、バンコク2泊ホーチミン 2泊でもハンドキャリーだけで間に合った。LCCでなくANAやベトナム航空でのダイレクトフライトの半分でバンコクとホーチミンの2都市を楽しめるのが良かった。

10月1日成田を出発、バンコクドンムアン空港にはフライト時間5時間50分で午後2時前には到着予定だった。確かに到着までは問題なかったが、ドンムアン空港に到着してからが大変だった。

飛行機が着陸して、ターミナルに入ってから入国審査場までの距離がとんでもなく長い。入国審査場では、大量の中国人が長蛇の列をなしている。そしてその中国人の審査にそれぞれとんでもなく時間をかけている。中にはブースからその中国人を奥の入国審査室まで連れて行き、厳重な審査をする光景を何度も見た。スクートではかなり前方に席を取っていて、降機したのはほぼ一番だったのに、入国審査を終えてターミナルを出ることができたのは17時を回った頃だった。中国人は中国人限定の別のブースでのみの入国審査をしてほしいと思ったほどだ。

ドンムアン空港からはタクシーでスクンビット沿いのレガシー エクスプレス スクンビット バイ コンパスホスピタリティという3つ星ホテルへ向かった。そのホテルからはナナプラザまで徒歩圏内。

その頃ナナプラザのあるスクンビットソイ4に面したヒラリー2(http://www.hillarygroup.com/hillary-ii)というパブで働く女と生でセクス できる関係になっていた。彼女と会う時は事前に電話で連絡するのだが、今回は電話せずに直接店に行ってみた。

http://www.hillarygroup.com/hillary-ii から引用

いつものように目の前の通りを眺めることができるカウンターに腰を下ろした。あるウェイトレスがやってきて注文を取る。ぽんこつマンは、ビアチャンとフレンチフライを頼んで、いつも飛んで来るはずの女の名前を告げてみた。するとそのウェイトレスは周りを見回して、「彼女はまだ来ていない。もしかしたら今日は休みかも」と話した。確かに木曜から土曜までは彼女は必ず居たが、その彼女が「客が少ない時はよく休む」と言っていたことを思い出した。

ぽんこつマンは彼女に電話してみた。すると彼女は「うん、昨日すごく飲んで大変だった、今日はちょっとしんどいし、今まだバンナーの部屋にいるから休む」と言った。ぽんこつマンは「OK、Take care na」と彼女に伝え電話を切った。その晩は、ビアチャンのピッチャーをひとり飲んで、部屋に戻った。部屋からTinderで見つけたフリーランサーを呼んで味気ない性欲処理をして寝た。

翌朝10時にチェックアウトして再度ドンムアン空港に向かった。搭乗時刻まで4時間近くあったし荷物もハンドキャリーだけだったので、BTSでモチットまで行きそこからタクシーで向かうことにした。

それでもドンムアン空港には11時半には着いていた。搭乗時刻までまだ2時間以上あるが、たくさんの荷物を持った人がチェックインで並んでいて混雑していたのでその最後尾に並んだ。30分くらいでチェックインができ、セキュリティーを通過して出国審査を出てゲートへ向かう途中、遅い昼食をとる。

ホーチミン のタンソンニャット空港へのフライト時間は1時間40分、到着したのは3時を過ぎていた。空港での入国審査は比較的スムーズで、4時半ぐらいには携帯のSIMの入れ替えも終わりタクシースタンドに並ぶことが出来た。

ベトナム初のホーチミンの宿は慣れていないこともあり、ホテルマジェスティックサイゴンにした。途中アジアでは普通にある渋滞に合うが、陽が沈む前にホテルに到着できた。

部屋に荷物を置き、そのホテルにあるカジノに行ってみた。多くのスロットマシン。ルーレットまでマシン。コンピュータ相手のカジノなど全く面白くない。早々に引き上げた。ホテルの外へ出てドンコイ通りを歩いてみた。夕方はますます渋滞が激しくなり、かなりのバイクが車の合間を縫うように走る。ルタントン通りまで行き、ホテルに引き返す前に両替所に立ち寄りその後バー29を覗いて見た。ネットでは置屋バー29として上がっている。営業しているようだが生かす女がいなかった。サイゴンビールを1杯飲んでホテルロビーに戻った。実は日本を出発する前にTinderで知り合ったOLとホテルロビーでシーフードディナーの待ち合わせをしていたのだった。店は彼女が選んでくれている。

ロビーに彼女が現れたのは19時20分。「渋滞してて」と言っていた。彼女は見た感じとても真面目そうに見えた。Tinderではごく普通に英語の練習のつもりで海外の友達を探しているようだった。ぽんこつマンはベトナム語は全くわからない。彼女は英語ができる。それでコミュニケーションがうまく取れたのだ。

ホテルを出て彼女が案内してくれるレストランに向かう。そこはホテルからかなり近いところにあった。Hàng Dương Quán Quận 1(http://hangduongquan.com/thu-vien-anh.html)という店で、通りから階段を上り店内へ。ビルの最上階11階屋上テラスがありそこを予約してくれていたようだった。彼女は何度か来たことがあるらしい。

席についた時には陽はすっかり落ちて、濃紺の空と高層ビルの明かりが見えるだけになっていた。メニューからシンガポール風カニ料理(時価)、焼きエビ(時価)、魚の唐揚げ(時価)と白ワインを注文した。メニューで一番安い料理が195,000ドンだったので高額になることは覚悟した。

白ワインとナッツがやってきたので彼女と乾杯をした。彼女は仕事帰りでバイクで来たと言ってワインはほぼ飲まなかった。やがて料理が揃って、ぽんこつマンのワインのピッチは上がった。屋上にはもちろんエアコンはないが、緩やかにそよぐ風が気持ち良かった。食事を終えた時は22時を回っていた。彼女は彼女は家が7区の方にあり、それほど遠くはないが両親が心配するので今日は帰ると言った。彼女は多分サイゴンの良家のお嬢様なのだろう。店を出る時、明日のランチタイムに会社の近くのカフェでもう一度会おうということになった。そしてホテルの近くで握手をして留めてあるバイクに乗って帰って行った。

翌日ぽんこつマンは、ホテルの屋上にある屋上のテラスで朝食をとった。その日もよく晴れた1日でサイゴン川の流れを見ながらの朝のコーヒーは最高だった。彼女との昼の待ち合わせは12時半にサイゴン市博物館だった。ぽんこつマンは11時にその博物館に行き、展示物を観覧した。12時10分になって、交換していたLINEに彼女から連絡がきた。その近くにある、Lamenda Restaurant & Lounge(http://a-emhotels.com/AEBookingSite/restaurant)に行くからそこに来て欲しいというものだった。

10分ほど歩いてそのカフェについた。テラス席に座りカプチーノを頼んだところに、タクシーから降りてくる彼女を見つけた。手を振ると彼女もぽんこつマンに気付いて席についた。彼女はサンドイッチとミントソーダを注文した。ぽんこつマンは朝食をとって2時間ぐらいしか経っていなかったのでカプチーノについていたクッキーだけで十分だった。40分ほどホーチミン の見どころを話して彼女は仕事に戻ると言って帰っていった。

ぽんこつマンはホーチミンの普通の観光スポットに興味があるわけではなかったが一応素直に聞いた。ぽんこつマンが興味があったのは風俗スポットだったが良家のお嬢様に聞くわけにもいかない。彼女が帰った後、あらかじめネットで調べていた、ブイビエン通りの入り口あたりまでタクシーに乗って出掛けた。それからそのブイビエン通りを歩いてみた。昼間ではあったがバーの多くは開いていた。通りにあるいくつかのエロマッサージ屋から客引きの若い女の子が声をかけてくる。本番は表向き出来ないらしいし、出来たとしても3,500,000ドンも払う気になれない。1時間ほど散策したがホテルに戻ることにしてタクシーを拾った。暑い中を歩いてかいた汗をシャワーで流した。部屋はエアコンが効いていて気持ちがいい。ベッドに寝転んで スマホでTinderを開いた。何人かチェックしているうちにひとり気になる女の子が見つかった。年齢は28と少し高めだったが写真の見た目にはそこそこ可愛い。LIKEを送るとすぐに反応があって、その日の夕方に日本食を食べたいという。彼女は少し日本語ができるらしい。18時にホテルのロビーで待ち合わせることになった。

彼女がロビーに現れたのは18時40分。約束の時間より40分遅れている。しかもTinderの写真よりかなり老けて見える。なんとなく見た目には三十路後半。もしかして10歳サバ読んでいたのかとさえ思えた。店は彼女が連れて行くというのでタクシーに乗った。

日本食といえば、ルタントン通りの近くにそのほとんどがあると思っていたが、タクシーはかなり走ってホテルからかなり離れたところにある店だった。店の名前は忘れてしまったが、サーモンの刺身、茶碗蒸し、天ぷらブリカマ塩焼きと日本酒を注文。彼女は日本食と言っておきながら刺身は一切食べずにブリカマを少しと茶碗蒸しと天ぷらを食べただけだった。生物はやはり怖いのだと思えた。

なんでも高島屋の近くでバーをやっていて、そこの客を探して、Tinderを始めたという。ぽんこつマンはその一人の客として同伴対象になったらしかった。日本食の店を出てタクシーに乗り彼女のバーにいくことになった。確かに高島屋のそばの細い路地を入り、そのバーについた。

店には女の子が二人いたが、他の客は一人としていなかった。女の子二人は日本語も英語もわからないようだった。彼女はその店を最近始めたが客が来なくて困っているらしかったが、ぽんこつマンはどうすることも出来ないただのツーリストだ。このままだと店の家賃も従業員の給料も払えないと言われてもぽんこつマンの問題ではない。10歳ほどもサバを読んでる女にTinderでキャッチにあったと思うしかなかった。店の前の通りには灯りもなく薄暗い。店の内装も濃紺で薄暗い。ジントニックを2杯飲んでチェックしてもらい、500,000ドン置いて店を出た。細く暗い路地から少し広めの道路まで出てタクシーを拾ってホテルに戻った。

部屋に戻ったのは22時過ぎ。Tinderでコールガールと言っていた女の子にLINEで連絡を取り1,500,000ドンでいいと言ったのでホテルに呼んだ。ぽんこつマンはシャワーを浴びて彼女がくるのを待った。23時に部屋に来た彼女は先にキャッシュを受け取りシャワーを浴び、バスタオルを巻いてベッドに来てぽんこつマンの横に仰向けに寝た。彼女がぽんこつマンの股間を弄る。ぽんこつマンは彼女の淫部を弄る。彼女のあそこが濡れてきていたので、ぽんこつマンはコンドームを肉茎に装着して、彼女の淫部を肉茎でこねくり回した。亀頭が膣口にするりと埋まった。そのままゆっくり奥へ進めると、彼女が軽く喘ぎ声をあげた。多分演技だと思えた。

ぽんこつマンはピストンを繰り返し、その速度を上げて行く。彼女は膝を立てた脚をさらに開き、両手でその脚を抱えてぽんこつマンのピストンを受け止める。ぽんこつマンが肉茎を一旦引き抜くと、彼女は四つん這いになり、後背位での挿入を求めた。

ぽんこつマンは熱く起立している肉茎を彼女の膣口に素早く差し込んだ。そして少し乱暴に打ち込んだ。パスン、パスン、パスン、、パス、パスン、、、、。ぽんこつマンは彼女の腰骨を掴み後ろに引き、腰は打ち込みを続けた。そしてフィニッシュを迎えた。

ぽんこつマンが肉茎を彼女の膣から引き抜くと彼女は今まで何もなかったかのようにベッドを降りてシャワーを浴びにバスルームへ行きそこで脱いでいた衣服を着て、「バイ」とひとこと発して部屋を出て行った。ぽんこつマンにもなんの感情も湧かないただの性欲処理の1時間だった。

明日は、バンコクに戻りその翌日からはチェンマイだった。翌朝起きてホテルをチェックインした後に、バンコク行きのフライトまで時間があったので、ぽんこつマンはドンコイ通りにあるマッサージ屋に行った。昨夜の性欲処理の激しい運動で腰にも太腿にも疲労感があった。マッサージ師は若い女だったが話を聞くと小さな子供がいるという。その子供の父親は子供ができたと知ると彼女のもとを去り消えてしまったという。アジアにはこれと同じ話は数え切れないほどある。結果アジアでは女はどんどんたくましくなり、男の無責任さは一向に改善されない。

3回目のバリで新しい彼女とオフパコ

2017年5月30日〜6月2日までの4日を新たにSkout で見つけたバリで働く女の子と過ごした。最初の2泊をThe One Legian、後半の2泊をグランド・イスタナ・ラマ・ホテルと彼女のリクエストでホテルを変えてみた。

5月30日にバリに入るのに、成田ーデンパサール間を運行し始めたばかりのAir Asiaを使った。ちょうどラマダンに5月26日から入ったばかりだったが、バリはイスラム教徒は少なくラマダンはあまり影響がなさそうだったので急遽行くことにしたのだった。

飛行機はほぼ定刻通りデンパサールの空港に到着した。イミグレと通関を済ませ、いつものようにスマホのシムを買ってゲートの外に出ると彼女はもう一人の女の子を連れて二人でぽんこつマンを迎えに来てくれていた。

彼女には妹がいてバリで一緒に過ごしているといっていたが、今日彼女について来たのは仕事上での同僚のようであった。もう一人の彼女が日本からわざわざ会いに来るもの好きのぽんこつマンに興味があり、仕事で使っている日本車のバンでホテルまで送るということで来たようだった。

彼女は少し前までは大学に通っていたが、金銭的にキツくなったので退学して今のイベント系の会社の手伝いをしているようだった。彼女の友達が運転する車はクタの市街地を抜け、レギャン通りに入った。グランドゼロ・メモリアルを過ぎてまもなく車はTHE ONE LEGIAN(https://www.theonelegian.com)についた。私は彼女の友達に通常のタクシー代より多めのチップを渡した。彼女の友達は、にこりと微笑み、彼女にウインクして仕事場に戻ったようだ。

チェックインを済ませて部屋に入った。今までホテルはたいがい3つ星が多かったが今回は少し奮発して4つ星にしていた。モダンなデザインが気に入った。

部屋に入ったのは17時少し前でまだディナーには早かった。日本を出発するときに空港で買ったミスディオールの香水を鞄から出し彼女に渡した。彼女は「テリマカシ❤️」とインドネシア語でセクシーに感謝のコトバを発し、ベッドに腰を下ろしていたぽんこつマンにハグして来た。

「シャワーを浴びたい」とぽんこつマンは言った。彼女も同意した。ふたりはベッドで服を全て脱ぎ、シャワールームに向かった。22歳という彼女の身体は、薄い脂肪で全身が覆われていてスリムというわけではなくどちらかといえば肉感的。直径3cmほどの濃いピンク色の乳輪に1cmのほどの乳首がついていて、プリンと立っている。肌は決して白くはないが、体毛が薄く、淫毛もそれほど蜜ではない。

長い黒髪をまとめシャワーキャップをかぶってシャワーブースに入って来た彼女をハグして抱き寄せ、まずうなじにキスをした。彼女もぽんこつマンの背中に手を回し、唇を強く吸い合った。ぽんこつマンは手にシャワージェルをとり、彼女の乳房、背中、脇、腰、へそ周り、尻、そして脚へと洗いすすめ、それから改めて内腿を滑り上がって最後に彼女の局部へ手を進ませた。

中指をピンとして第2関節の骨の出っ張りを彼女のクリトリスに当て、中指の腹を膣口に置いた時、彼女は花芯は既に濡れていた。今度は彼女がぽんこつマンの陰茎と玉袋にシャワージェルをつけて洗う。ぽんこつマンの陰茎はあっという間に硬直し、そそり立った。シャワーで泡を流しおとし、彼女はそこでフェラチオを始める。

写真はイメージです

ぽんこつマンの亀頭をほっぺたの内側の肉に押し当てる。唇をすぼめ、亀頭のくびれから根元にかけて刺激を与えてくる。22歳が本当かどうかは定かではないが、見た目の幼さからは想像できないテクニックを持っていた。

その続きはベッドで行った。ぽんこつマンはそろそろ挿入したくなっていた。その時彼女はベッドに四つん這いになり、背後からの挿入を求めて来た。ぽんこつマンはコンドームを装着して、彼女の背後から亀頭をアナルにふれて大陰唇に沿って膣口に滑らせた。

写真はイメージです

花芯は待っていたようにスルッと開き、亀頭がすぐに彼女の膣に埋まった。ぽんこつマンは彼女の腰骨を掴みゆっくりと亀頭を奥に埋めていった。彼女は立てていた腕を崩し、頭を横にしてベッドに押し付けた。亀頭は彼女の裏Gスポットを刺激しているのか、彼女は腰をよじって、ぽんこつマンのスローなピストンの動きを膣壁の左右上下で受けていた。

彼女は後ろを振り向きぽんこつマンを潤んだ目で見つめ、右手の中指を口に入れ舌を絡めて見せる。ぽんこつマンは彼女の左腕を掴み後ろに引いた。彼女は少し起き上がり、右肘も後ろに引いた。ぽんこつマンはその右腕も掴み馬の手綱のように引いた。彼女の背中が後ろに反り、頭を上にあげ、ぽんこつマンの陰茎の根本が花芯に当たるたびに「アウッ、、、」「アンッ、、、」「ウッ、、、」と唸る。彼女のその表情がセクシーすぎた。

5秒近く奥に留めていた陰茎を引き抜き、彼女を仰向けにした。彼女は膝を立てた状態でぽんこつマンのディルトを掴もうと左手を股間の間に伸ばしてくる。ぽんこつマンがそのそそり立ったディルトを少し押さえて彼女の花芯に近づけた時、彼女の左手の指が触れやがて握りしめた。

彼女はその握りしめたディルトをクリトリスと膣口の間を上下させ、愛液でねっとりした大陰唇を摩擦した。やがて自然に亀頭が膣口に埋まりぽんこつマンが腰を前に出すと「ヌルッ」と音を立てるかのように亀頭のくびれが彼女のGスポットあたりの位置まで入った。

写真はイメージです

そこからさらにゆっくりと奥へ根本が膣口に当たるまで押し込み、素早く元の位置まで引く。ゆっくり押しては素早く引くその動きを繰り返した。さらにぽんこつマンは彼女の両脚を肩まで上げ、前傾して挿入の深さを増す。

亀頭の先が少し硬いコリッとした感触を感じた時、彼女はまたブリッジをするかのように背中を反らせた。ぽんこつマンは腰を上下に動かしたまま彼女にディープキスを仕掛けた。彼女も舌を絡めて来た。

彼女の舌を強く吸い、彼女の花芯に深く挿入したディルトの先を彼女のポルチオに強く押し当てた時、彼女の膣口がしまり、ぽんこつマンのディルトは一気にフィニッシュを迎えた。肩に上げていた彼女の両脚を解放し、挿入したままでぽんこつマンは彼女を強く抱きしめたままキスを続けた。

彼女の体から離れてふたりが並んで仰向けになっても互いの手は繋いだまましばらくその余韻を味わっていた。「セ●クス は好き?」と彼女に聞いた時、少しはにかみながら「普通だと思う」と言って笑ったのを覚えている。

突然の一戦を終え、食事に出かけることにした。ホテルを出てレギャン通りを南に進んだ。レギャン通りには、欧米人も気軽に入れるバーやカフェ、レストランが多い。ぽんこつマンはホテルから500mほどのところにあるシーフード・インドネシア料理店Surya Chandra SC restaurant Kuta(https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g297697-d4339845-Reviews-Surya_Chandra_SC_restaurant_Kuta-Kuta_Kuta_District_Bali.html)に入った。

ビールのつまみにカラマリフリッタ、メインにロブスターのガーリックソースとアヤムゴレン(鳥の唐揚げ)とミーゴレンををシェアした。ロブスター以外はそれほど高価なメニューはない。通りを挟んで反対側にはパブがあり、ものすごい音量で音楽を鳴らしていた。

食事を済ませてレギャン 通りをぶらぶらしてホテルへ戻った。夜になっても蒸し暑く、人混みをかき分けながら歩いて汗をかいていたので改めてシャワーを浴びる。彼女が先にシャワーを浴びてバスタオルを胸に巻いて戻って来た。大きすぎない乳房の谷間がなんとも色気をそそる。続いてぽんこつマンも汗を流してバスタオルを腰に巻いてベッドに戻った。

肩を抱き少しジャレ合っているうちに彼女のバスタオルが解けてちょうどいいサイズの乳房がポロリと見えた。彼女はケラケラ笑って、ぽんこつマンのバスタオルを解くために押し倒して来た。そして彼女はぽんこつマンが仰向けになったところに覆いかぶさって来た。深夜1時まで2回交わったあと、眠りに落ちた。

翌朝遅めの朝食をホテルで食べて、彼女の従弟が住んでいるアパートに遊びに行くことになった。彼女は一旦自分の部屋に戻りバイクで戻ると言ってホテルを出た。

午後2時に彼女が戻って来た。彼女のバイクに乗ってその従弟という男が住んでいる部屋に行った。彼の男友達がすでに二人きていてカードゲームをしていた。部屋に入ると女物の靴もあり昨日ホテルまで送って来てくれた女の子もやって来た。その女の子の彼氏がその従弟だということだったが、ぽんこつマンには関係ない。3時に近くなっていたのでぽんこつマンがビールでも飲もうと行った。部屋には小さな冷蔵庫と14がたくらいのブラウン管テレビはあったが、冷えたビールはない。そこの遊びに来ていた男の子の一人がビンタンビールの大瓶を買いに行くと言ったので10万ルピア札を5枚渡してビンタン大瓶とスナックそれとコーラを買って来てもらった。インドネシアではビールは意外に安くない。しかし50万ルピア(4000円程度)もあれば大瓶6本は買えると思った。

20分ほどして彼は戻って来た。予想通り大瓶を6本、それにコーラ、ミネラルウォーター、スナックを買って来ていた。一般のインドネシア人の標準的生活はタイル床にベタに座り、食事するらしい。その部屋にはベッドもなく、その従弟は床に布団を敷いて寝ているようだった。部屋にはエアコンはなく扇風機だけが回っていた。

6人で乾杯をした。ぽんこつマンはインドネシア語は分かっていないが、肝心な話は彼女が英語に訳して伝えてくれた。ローカルのインドネシア人の生活環境に潜入したのは初めての体験だった。陽が傾いて空が赤く染まってきたので彼女とホテルへ戻ることにした。

その晩は、以前最初にサヌールでナンパした彼女と行ったスミニャックのレッドカーペット・シャンパンバーを予約して出掛けた。改めて彼女の出身を聞いてみると彼女もジャワ出身という。ムスリムだけど、バリではスカーフは巻かないと、以前の彼女と同じことをいう。そうゆえばイスラム教徒はアルコールを口にしないと聞いていたが、ここインドネシアでは、女も男もアルコールを口にする若い人も多いようだ。

今回もグラスシャンパンの後、ボトルの赤ワインを頼んだ。昼間にかなりビールを飲んでいたが、意外とすんなり飲みきった。ホテルに戻ったのは23時くらいだったか。その後ふたりはまた2回ベッドで交わった。

翌日朝食の後チェックアウトして、次のホテル、Grand Istana Rama Hotel Bali へ彼女はバイクをホテルに残したままタクシーで向かった。

チェックインの時間まではまだ数時間あったので、家電量販店に行くことにした。昨晩のディナーの時に彼女の部屋にもエアコンがないと言っていたので、どのくらいで買えるのか見に行ってみることにしたのだった。

出掛けた家電量販店は、Bali Electronic Center 1という店。

彼女はインドネシアで売っているエアコンは同じメーカーでもマレーシア産とタイ産があってタイ産の方が品質が確かだと言っていた。彼女がほしそうにしていたので彼女に店の店員に説明を聞いてみるように勧めた。店員が彼女の部屋の大きさを聞いて適度なエアコンの能力の商品を進めている。彼女がぽんこつマンをみる。店員もぽんこつマンをみる。ぽんこつマンがもう一度彼女に会うとしたら今度は彼女の部屋に止めてもらえるかもと勝手な想像をして、買ってあげると言ってしまった。まとまった現金の持ち合わせが無いのでクレジットカードで精算を済ませた。部屋への設置は早くて3日後ということなので、今回はそのエアコンのある彼女の部屋でセ●クスする機会はなかった。

エアコンを買ってから朝チェックインしたホテルに戻った。午後0時を回っていてすぐに部屋に入ることができた。部屋はコテージタイプでシックなリゾートインテリア。部屋に荷物を置き、軽くランチを取るためにホテルの隣にあるビーチウォーク・ショッピング・センター(http://beachwalkbali.com)に向かった。

ビーチ前の道路に面したKitchenette(https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g297697-d3454598-Reviews-Kitchenette_Beachwalk-Kuta_Kuta_District_Bali.html)という店のテラスに席を取った。ビンタンビールとフレンチフライ、ピザ、彼女はアイスティーを取った。

その後ふたりでビーチに行った。ホテルのちょうど前あたりのビーチでサーフィンレンタルショップがあり、そこにパラソルとビーチチェアがあった。ここで2日間、日中を過ごすことになる。遅い朝食後午前11時くらいから夕方日没過ぎまでこのビーチチェアでただビールをちびちびやって過ごした。

ビーチの2日目は彼女の従弟も夕方にやって来た。そして陽が落ちて今回のバリ3日目の夜は、クタでも人気の高いスカイガーデン(https://clubskygardenbali.com)にでかけ、ジントニックをガンガン飲んで踊った。4日目はビーチウォーク・ショッピング・センターにあるCafe Sardinia(https://www.cafesardinia.com)でメモリアルディナーを取った。3日目も4日目もホテルに戻ってからはセ●クス、快楽を求める性獣となった。そして記憶していたインドネシア人の女性が持つ独特の肉感的な乳房と乳首の感覚を今回も味わった。

今回のバリ5日目の朝、彼女はTHE ONE LEGIANに停めっぱなしにしていたバイクを取りに行って元の生活に帰っていった。ぽんこつマンの帰国便は深夜便で日本には翌日早朝に到着する。今回バリでオフパコした彼女の身体はかなり気に入ってしまっていた。日本に戻って何度かLINEでチャットをした。彼女は部屋についたエアコンの写真を送って来たが、彼女がラマダンの期間中にバリを離れてジャワの実家に戻ってから、彼女の態度が少し変わった。彼女は見た目、彼女より美の人友人写真を送って来て、「タイプ?」と聞いて来た。一般論として美しいので「タイプ」と返信したら「彼女は刺青を入れていて結構悪い女」という返信がきた。それからしばらく仕事が忙しくなっていたのでチャットをしなかったらブロックされてしまった。ブロックした理由はわからない。それ以降はもう彼女のことは追いかけていない。もしかしたらインドネシア人は熱するのも早いが冷めるのも相当早いのかもしれないとさえ思った。

バリ再訪、そして初ジャカルタ。

初めてバリ島サヌールでナンパして身体を重ねた彼女に、翌年改めて再会したくてバリ再訪の計画を立てた。日本からダイレクトでバリ直行だと海で過ごすことはどうでも良いぽんこつマンには2〜3泊の訪問地が1カ所だと3連続有給休暇がもったいない。土日を絡めれば5日間の休みが可能なのだ。そうだ、ジャカルタ経由にして帰りにジャカルタの立ち寄ってみようと思った。全日空のマイルも貯まっているから、日本→ジャカルタ(1泊)→テンパサール(クタ2泊)→ジャカルタ(2泊)→日本という旅程で東京ージャカルタ間は全日空のマイル特典航空券、ジャカルターデンパサールはガルーダインドネシア航空で繋ごうと考えてネットで予約を作った。ジャカルタを旅程に入れるからにはラマダンの期間は外しておいた方が無難だ。

その年のラマダンは6月6日に入ることをネットで調べてそれ以前のスケジュールを探した。都合よく2016年3月29日(火)東京発ージャカルタ着、4月2日(土)深夜ジャカルタ発ー東京早朝着の便が取れた。ジャカルターデンパサール間は3月30日(日)の朝ジャカルタ出発、4月1日午後店パサール出発で予約を作った。

そしてホテルの手配。ジャカルタに行って見たかった理由は、大阪で働いていた時のタイ好き仲間の一人から「ジャカルタにも女の子をお持ち帰りできるスパやホテル併設の置屋バーがある。」と聞いていて、一度はロケハンして見たいと思っていたからだ。

初ジャカルタの宿は、HOTEL TRAVEL。ここにそのホテル併設置屋バーがある。そのホテルを出てマンガプサール通りを左に歩いて行ったところにスパもあり、ジャカルタ初心者のロケハンとしてはここかなと決めた。

二度目のバリ島の宿は、デンパサール空港から近いクタエリアを探した。海に入る予定はないがせっかくバリに行くからにはビーチが近い方が良い。宿泊サイトの掲載写真と料金が気に入り、クタベックスビーチサイドホテルを予約した。

日本の3月末は桜が開花しているところもあるが、ぽんこつマンにはまだまだ寒い。それに比べ、インドネシアは熱帯。外は暑いが室内には強烈なエアコンが効いているので、太陽の直撃が嫌いなぽんこつマンには過ごしやすい。

2016年1月から30日以内の観光でもインドネシア入国時に必要だったアライバルビザ取得の手続きが不要となっていた。合わせて5泊の滞在なのでハンドキャリーケースのみだった事もあり、スカルノハッタ国際空港https://ja.wikipedia.org/wiki/スカルノ・ハッタ国際空港)に到着後イミグレを通過しすぐに、多少の両替とスマホのSIM交換後、到着ロビーに出た。そこはものすごい到着客待ちの人とタクシーの呼び込みがすごかった。向かうは、ジャカルタの北側にあるマンガサール駅から程近いHOTEL TRAVEL。ジャカルタは初めてだったのでそのアライバルロビーにあるタクシーカウンターに行き手配した。タクシーは空港を出て、陽が傾き始めすでに渋滞が始まっているハイウェイを東に進んだ。運転はすごく荒かった。STOP and GO、右へ左へ車線を頻繁に代えてジャカルタ市内に入り、一般道に降りた。ジャカルタの渋滞はさらに激しさを増し、ハイウェイを降りてからホテルまではさらに1時間を要した。

HOTEL TRAVELはネットのサイトでの予約ができず、電話で予約していた。フロントでパスポートを見せ、名前を告げた。間もなく部屋のキーが用意され、部屋に案内された。マンガプサール駅が近くにあり、そのホテルの界隈にも格安ホテルは多くあり。この辺りはローカルのビジネスマンがよく利用している場所なのかもしれない。

部屋に荷物を置いてぶらりマンガブサール通りを歩いて見た。まずは西へ。マンガブサールはジャカルタのチャイナタウンという情報があったが、はっきりと分かりやすい中華料理屋は多く見当たらなかった。しばらく西向きで左手側を歩いていくとスパがあった。確か名前はオアシススパ。気になったので覗いて見た。入り口を入り上の階に上がっていくとそこにはバンコクのMPのような金魚鉢があり多くのネシア娘が客待ちをしていた。ひととおりチェックをしたが是非にもという娘がいなさそうなので、退散することにした。そこを出てさらに西へ進む。ホテルを出ておよそ1キロほど歩くと南北に走る大きな通りに当たる。そこでマンガプサール通りを渡りホテルへ引き返す。大きな通りの角から100〜150メートルほど戻ったところに少しマシな中華料理屋があった。夕方5時を過ぎていたので、そこで飯を食うことにした。ビンタンビールと餃子、それに豚肉と野菜を炒めた料理を一品。ここジャカルタはムスリムの国なのでイスラム教徒は豚肉を食べない。しかしここマンガブサールの中華料理屋には豚肉の入った餃子もあれば豚肉料理も普通にある。なかなかうまい。満足したところで外へ。さらにホテル方向へ戻る途中で、蛇がカゴに入って売られているのを見つけた。コブラのようだった。食用のコブラなのだろうか?陽は既に沈み、あたりは暗くなり、ヘッドライトの灯りがあふれて来た。さらに進むと左手にロコサリスクエアというショッピングモールがあった。そこにもスパあるいは置屋バーがあるという情報をネットで見たことあり興味深かった。またインドネシアの電気コンセントはCタイプで日本のAタイプが使えるコンセントがホテルになかったので変換プラグを買いたかった。変換プラグは見つかった。しかしスパも置屋バーも見つからなかった。ネットの情報にあった地図では、ここという場所があったがシャッターが閉まっていて看板らしきものも見当たらない。開店が夜なのか、それとも潰れてもうないのか分からなかった。

いったんホテルに戻ることにした。夜になって、ホテルに併設の置屋バーを覗きに行って見た。エントランスを入り、奥へ。左手には昼間のような明るさの空間にセクシーな衣装を着たネシア娘が並んで座っていた。その前には全く明かりのない真っ暗なテーブルとソファーがいくつも連なってある大きな空間が見えた。ホステスが近づいて来て席へ案内する。ぽんこつマンはいったんテーブル席へ。ビンタンビールを注文したらすぐにホステスが持って来て、「どんな女がいいか?」と尋ねて来た。可愛いこと適当に返すと、しばらくして二人の女の子を連れて来て選べという。席は真っ暗で顔がほとんど分からない。かすかに見えるスタイルだけで女の子を選んだ。

女の子は私も飲んで良いかと聞いてきたので、OKと適当に答えた。すぐにもう一本のビールが来て、乾杯した。一口ビールに口をつけるかつけないかのタイミングで、「ブンブン」「ボンボン」と言ってくる。待て、まずはビールを飲ませてくれ!。彼女たちとのセ●クスは日本人にとっては高くない。せいぜい4000円程度。しかしそれは彼女たちがより多くの客をこなさないと十分な収入にならないことをも意味している。

あまりにも性急な要求にすっかり気持ちは萎えてしまった。明日はバリ島へ行く。そして昨年サヌールでナンパして濃厚なセ●クスをした彼女がぽんこつマンの到着を待っている。ここでムダ打ちしなくても良いという気持ちで、席を立ち部屋に戻ることにした。

翌日朝早くいったんホテルをチェックアウトして空港へ向かう。朝の渋滞にかかることを想定して出発時刻の4時間前にホテルを出た。空港に向かう道はいくつかあるのだろうが、ぽんこつマンがホテルに読んでもらったタクシーは、まず北に向かって走り、スラムのようなエリアを抜けてハイウェイへ上がった。ハイウェイまでもそれ以降も渋滞にはほぼ当たらず、意外に早くスカルノハッタ国際空港に到着した。チェックインしようにも3時間前なので少しチェックインロビーで待つことになる。1時間ほどしてチェックインカウンターが開き、セキュリティーゲートを通過しゲートへ向かった。

チェックインから出発ゲートまではかなり遠い印象だっが、ゲートでも搭乗時刻までかなりの待ち時間がある。空港内のレストランで軽い食事をとった。インドネシア料理の定番はナシゴレンかミーゴレン。ナシゴレンは重くなりそうなのでミーゴレンをチョイスした。土産物屋でさらに時間を潰し搭乗時刻の50分前くらいにゲートに着いたが、ゲートの待合は既にかなりの乗客が席を埋めていた。

無事搭乗時刻になり機内へ。座席についてそれほど待つ事もなく機体は、バリへ向けて離陸を開始した。予定のフライト時間は1時間50分、ジャカルタとデンパサールの時差は1時間。ジャカルタをほぼ11時に出発してデンパサールに到着するのは午後2時前後。

機体は滑るようにデンパサール空港に着陸した。よく晴れた日のフライトは快適だった。ゲートブリッジを渡りターミナルの中へ進む。ハンドキャリーだけなのでバゲージクレームを通り抜け、一気に到着ロビーへ。途中銀行の両替レート表が見えた。スカルノハッタ国際空港より、明らかに良いレートに少し驚いた。

到着ロビーには、昨年ナンパした彼女が待っていた。すぐにでも抱擁したかったが他の乗客待ちの人で溢れていたので、タクシースタンドに向かった。

ホテルは空港からそれほど遠くはない。しかしながらクタの街に近づくに連れて、なかなか前に進まなくなる。道路が片側1車線で交差点も多い割に、信号もそれほどあるわけではなく、結構勝手に交差点に入って来て、身動きが難しくなっているのだろう。タクシーには45分くらい乗っていただろうか。クタビーチにあるハードロックカフェの前を過ぎ、ようやくクタベックス ビーチフロントホテルに到着した。

案内された部屋はあいにく半地下の部屋だったが、彼女とのセ🟣クスを愉しむには特に問題はなかった。すぐにシャワーを浴び、絡み合った。

シックスナインでお互いを確認した後、彼女はベッドに四つん這いになって後ろからの挿入を求めて来た。コンドームを装着しないまま、生の挿入。彼女のフェラチオで充分に増大しそそりたっている陰茎を上から少し押さえ、彼女の花芯の奥へ送り込む。腰骨を両手で持ち彼女の体を引き寄せる。彼女は、快楽の表情を浮かべ顔を振り向かせた。まぶたを閉じ半開きになった口から舌を出して悶えている。ぽんこつマンは腰を下から上へ突き上げるようにスイングさせて彼女の絶頂を導いた。

それから彼女の上半身を持ち上げ彼女の両腕を持って亀頭を奥Gスポットにあたるように上下の動きにグラインドを加えた。彼女は振り向き、ディープなキスを求めて来た。ぽんこつマンは両腕で彼女のバストラインを羽交い締めにして、彼女が求めて来たキスに応えた。

寝バック、後側位、立ちバック、、、全て背後からの体位で彼女を攻め立て、彼女の両肩に手を掛け胸を思い切り反らせて強い一撃を加えたのち膣外でフィニッシュした。彼女は、まだザーメンが残っている逸物をあらためて咥え、全部を吸い上げた。まだヒクヒクしている陰茎へ舌と唇の筋肉をうまく使って刺激を与えて来た。「イイ、、、」「、、ス、ゴ、ク、イイ」こうして彼女との半年ぶりのセ●クスは前回を上回る快感の記憶を運んできた。

上がった息と心臓の鼓動が落ち着くまでふたりは抱き合っていた。その後ふたりはディスカバリーショッピングモールにあるOceans 27 Beach Club(https://www.tripadvisor.com/LocationPhotoDirectLink-g297697-d2211017-i136555294-Ocean_360_Beach_Club-Kuta_Kuta_District_Bali.html)に出かけた。そのビーチクラブについた時、既に太陽は水平線に隠れようとしていた。

心地よい音楽が聞こえてくる。やさしい海風が肌を撫でる。ぽんこつマンは心を解き放つ酔いの中でビーチリゾートの癒しに深く深く沈んで行った。それまで言葉を発しなかった彼女が程よく塩の効いたカラマリを指でつまんで口を開いた。「明日の昼は仕事がある、朝にいったんホテルを出るけど夕方また会える?」「もちろん」ぽんこつマンは迷いなくOKの言葉を返した。

翌朝、早くホテルで朝食をとり彼女はホテルをいったん後にした。その日の昼ぽんこつマンはクタの街を散策した。ホテル前のビーチ沿いの道路を南下し、JL.Kartika Plaza(ジャランカルティカプラザ)沿いにあるB couple seafoodという中華料理店でひとりランチをとり、彼女に教えてもらったクタで一番レートのいい両替店に行った。

その後レギャン通りを北に上り、グランドゼロメモリアルを見物してホテルに戻った。そして彼女がもう一度ホテルにやってくるまで部屋で夜のディナータイムをどこで過ごすか検索していた。

彼女はワイン好きということは前回ジャンバランでのディナーで分かっていた。そこで行ったことのないスミニャック辺りで良い店がないかを調べていたら、RED CARPET CHANPAGNE BAR(https://www.redcarpetchampagnebar.com/reservations)という店を見つけた。洒落ていて、ウエイトレスの制服もちょっとエロい。今日のディーナーはここだと決めて19時半に予約を入れた。

彼女とはホテルのロビーで18時半の待ち合わせだった。時間になってロビーに向かったら彼女は既に到着していた。「ディナーに行こう」ぽんこつマンはそう切り出して、ホテルからタクシーに乗った。タクシーに乗ってスミニャックのレッドカーペットを伝えたら、彼女が「Wow!」と驚いた。彼女もそこには仕事のボスであるオーストラリアに住む白人と一回行ったことがあり、とても良い雰囲気の店といった。

店に到着したのは、19時10分、席に案内してくれたのはベビーフェースなインドネシアの女の子。ほとんどの女の子は愛嬌もよく、好印象だった。全員彼女よりも若い。オーナーがヨーロッパ系の白人らしく女の子たちの英語もレベルが高い。

まずはシャンパンを1本。そしてコート・デュ・ローヌの赤を1本。生牡蠣、サラダ、ステーキ、全ての料理がクリエイティブでパーフェクト。料理を味わっているときに、ベビーフェースのウエイトレスが「これは、次のメニューに乗せる料理のテストで作りました」と言ってメニューにない新作のスープや前菜を持ってくる。どれもが完璧に思える素晴らしい味だった。

スミニャックで最高のディナー

23時の閉店時間まで4時間近くこの店にいたが、楽しい時間はあっという間だった。店を出て少し余韻を楽しみ酔いを覚ますためにその近くを歩いた。何軒か離れたジェラート屋に入って1スクープのアイスを食べた。それからタクシーを拾いホテルに戻った。

ホテルに戻ったら彼女がハグして来た。ぽんこつマンもそれの応えて激しいキスを返した。ふたりは自然と衣服を脱ぎ捨てシャワールームに消えた。人間の本能として食欲、性欲、睡眠欲と3つあると言われているが、この頃からぽんこつマンは睡眠欲が低い分、性交の快楽と美食への探究が激しくなっていたと思う。

シャワーから戻って、ふたりはまたお互いを求め合ったが、ぽんこつマンの脳裏には、レッドカーペットシャンパンバーでの若いウエイトレスの胸元のピチッと張ったブラウンな乳房の肌のイメージが焼き付いていた。

レッドカーペットシャンパンバーでは、オーストラリアに住んでいる彼女の仕事上のボスはフランス人であるという話を聞いた。その店の二階の女子トイレの側には、変態向けのSMチックな衣装や小物を売っているブティックもあるらしい。彼女は、いつかオーストラリアに留学に行きたいとも言っていた。もしかしたら、彼女のセックスへの貪欲さは、そのフランス人のボスに磨かれたものかもしれない。そしてこの店のオーナーが彼女のビジネス上のボスという有り得ない想像まで頭を巡った。

次の朝、彼女は同じく仕事に行くと言ってホテルを出た。ぽんこつマンはジャカルタに戻る。もっといろんなインドネシアの娘を知りたいと思った。そしてなぜ急にそう思ったかはわからないが、当面は彼女ともう一度会おうとは思わない予感がした。

ジャカルタのHOTEL TRAVELには夕方戻った。チェックインをし、ホテルの目の前にあったカフェでビンタンビール、アヤムゴレン、ナシゴレンを注文して夕飯にした。その後あらためてホテル併設の置屋バーへ向かった。今度はソファー席に勝手に進み、空いているところに腰を下ろした。まもなくホステスがやって来て注文を聞いたので、「バドワイザーそれと若くて細めのセクシーな女の子」と伝えた。

やがてホステスがバドワイザーとひとりの女の子を連れてやってくる。スタイルは悪くない。しかし暗過ぎて顔はよく分からない。彼女は「ハーイ!」と言って席に座った。彼女の飲み物を注文して、もう一度顔を覗き込んだ、かなりの厚塗りの化粧。インドネシア人特有の二重瞼と長いマスカラ、低い鼻と厚い唇。視線を胸元に移すと、ドレスの胸元ははち切れんばかりで乳房がうっすら汗ばんでいるのかその褐色の肌は光っていた。

彼女と乾杯してからしばらく無言でビールを飲んでいた。すると彼女が「マッサージ?」と問いかけて来た。「何?」と小さく答えると、奥にある通路を指し示して、「ルーム」「マッサー、ボンボン」としぐさ付きで返して来た。

ふと昨日まで一緒にいた彼女のバストの感触を思い出した。日本人にありがちなつきたての餅のような柔らかい乳房ではなく掴めばしっかり押し返す軟式テニスボルのような弾力に満ちた乳房。もしかしたらインドネシア人の肉質はみんなあの感触なのだろうか?だとすれば今隣にいる彼女も同じ感触に違いない。ネシア娘の実態を掘り下げるためにはやはりここは体験してみるしかない。そう考えたぽんこつマンは、彼女にOKのサインを出した。

席を立ち奥に見える通路の方へ進む。女の子がその通路にいる老女に何やらふざけて話しかける。そこで札をもらい、階段を登る。その先にはたくさんのドア。それらは全てがマッサージという名ばかりの奉仕部屋なのだろう。

彼女に連れられて一つの部屋に入る。部屋にはシャワーブースとベッドそして壁時計。それ以外はティッシュペーパーがあるくらい。まさに男の欲情を処理するためだけの部屋。彼女にすぐに服を脱ぐように指示され、二人でシャワーブースへ。彼女は手と胸と下腹部にボディーシャンプを塗り、乳房をぽんこつマンの上半身にあてがって八の字を書くように体を滑らせる。彼女の手はぽんこつマンの股間にある陰茎と玉袋をクシュクシュと揉む。ぽんこつマンを後ろ向きにして背中にも同じ動きをしながらぽんこつマンのアナルも洗う。その後ぽんこつマンにシャワーを掛けボディーシャンプーを洗い流し、外に出るよう促す。そして彼女は一人で自分の身体を洗い、素早くバスタオルを巻いてベッドで待っているぽんこつマンの上にやって来た。

ぽんこつマンが上に乗っている彼女の胸に手を伸ばす。オッパイをバスタオルの上から揉んでみた。指を跳ね返すあの弾力は、バリ・サヌールでナンパした彼女と同じだった。

なるほど、皮膚が日本人より厚いのか、それとも肉質が日本人と違うのかは分からないが、ネシア娘はこんな感じという感覚を確信したような気がした。

その個室での奉仕は30分ほどで、コンドームを装着してバックから思い切り突きまくってフニッシュした。彼女はティッシュを使ってコンドームをスルッと外し、シャワーヘ行くよう促す。実に事務的にことが進められる。ぽんこつマンがシャワーを終えると彼女がシャワーを浴び、さっさと元の服装に戻る。素早い。ぽんこつマンがせかされる感じだった。

部屋を出て、ソファーの席に戻りジントニックを一杯頼んだら彼女は大勢の女の子が待機しているブースに戻って行った。ホステスが何やら金額を書いた紙とプラスチックの札を持ってやって来た。それを持ってエントランスで金を精算するようだった。その晩はそのままホテル併設置屋を後にしてホテルの部屋に戻った。

翌日は、ネットで調べていたジャカルタ近郊のショッピングモールに出かけてみた。タマン・アングレックというショッピングモール(https://www.taman-anggrek-mall.com)。その中にある丸亀製麺のインドネシア出店1号店で、当時はローカルはほぼ食べない、冷やしざるを昼食で食べた。そのショッピングモール近郊にはコンドミニアムが建ち、モールの中ではコンドミニアムのセールブースが多数あった。当時はそのモールに近いエリアで300万円〜500万円くらいでコンドミニアムが買えるようだった。既に中国人や韓国人には人気のようで東アジア系の顔を見ては「ニーハオ」とか「アニョンハセヨ」と声をかけるインドネシア人の販売員がいた。ぽんこつマンも声をかけられたが日本語が分かる販売員はいないようだった。

ある階にはスケートリンクもあり、それなりに賑わっていた。そのリンクを見下ろせる階に上がりしばらくインドネシア人のスケートを楽しむ光景を眺めていた。当時のジャカルタはどんどん発展し、アジアの中でも有数の都会へと成長している最中だったのだろうか、ぽんこつマンが日本のバブル期にはしゃいでいた空気をインドネシアで感じた日だった。

翌日は日本へ帰国する。そのショッピングモールにあるスーパーマーケットに行ってインドネシア産のコーヒー豆を土産用に探してホテルに戻った。夕飯はマンガブサール通りにある日式ラーメン屋に行き、ワンタン麺と餃子、それにビンタンビールで済ませた。

その日もホテル併設置屋をのぞき、明るい明かりの下でたたずんでいる女の子を選んで自分の部屋に連れて行くことにした。その日は少し時間が遅いのか、ブースに残っている子は多くはなかった。少し待とうかとも思ったが、今以上にレベルが高い女の子がこれから現れるとも思えなかった。一人に合図してホステスに自分の部屋に連れて行くと伝えた。エントランスまで女の子と一緒に行き精算を済ませた。本来は、一旦エントランスから出て、ホテルのフロントを通過してエレベーターに乗るのだが、部屋番号を伝えると、そのエントランスから外に出ないでホテルの部屋に行ける通路へ案内された。彼女が手を引いてぽんこつマンの部屋についた。このスタイルは初めての体験だった。

部屋に帰ればやることは一つ。彼女のオッパイの弾力はこれまでのネシア娘と似ているか。彼女も後背位を誘導するのか。予想は的中した。張りと弾力のある乳房はヨーロッパ系白人にも東アジア系にも少ないが、インドネシアの女の子には多そうだと感じた夜だった。

ぽんこつマンは全ての旅程を終え、翌日の深夜便で日本へ帰国した。ジャカルタの空港で帰国便のチェックインをしようとした時、通常のエコノミー席からプレミアエコノミー席へのアップグレードを受けた。席に空きがあるとの理由だったが、それ以降そのような美味しい話は一切起こっていない。いつもより深くリクライニングした席で今回の記憶をもう一度振り替えり、その満足感に浸り切った。だが今回のようなジャカルタとバリでの2都市性交旅を、翌年も計画するとまではこの時は思っていなかった。

バリ島サヌールでのインドネシア初ナンパ

2015年頃には、ぽんこつマンはバンコクでオスの本能がピークを迎えていた。タイ以外の異なるアジア諸国の風俗を調べてるうちにぽんこつマンはサーフィンには全く興味がないがバリ島娘への興味が出て来た。バリの女の子はバンコクの女の子とどう違うのだろう?性格の差、見た目の差、性に対する意識の差などを実際に感じてみたくなった。

そうだ!バリに行って見よう!! そう決めた時は日本が既に晩秋を迎え、人肌の温もりが恋しい季節に変わっていた。この頃勤務地が東京に変わっていて、TYO→BKK→CNX→BKK→TYOとタイへの旅程を初秋の頃に決めていたが、東京バンコク間はANAの特典マイルで取っていたので東京に戻る前にバンコクからバリへの2泊を追加を決め、タイ航空のフライトをネットで探した。当時はタイ航空のバンコク〜テンパサール間は1日2便あったように思う。バンコク を午前出発しテンパサールには現地時間夕方に到着する便も比較的安価で買えたので即予約を作った。ホテルは近くに置屋があるとの調べがついたので朝日が見れるサヌール地区の3つ星をとった。

空港からタクシーでサヌールのホテルに直行してチェックイン、荷物を置いて近くにあるバーに行った。カウンターに座り、ビンタンビールを注文した。隣に女性がいたので英語で話しかけたら、なんだか話が通じてバリ島でおすすめのディナーを聞いたら、ジャンバランでシーフードがいいと勧められた。一人で行くのもつまらないので明日一緒に行かないかと誘ったら、気さくにOKとなった。その日はホテルに戻り静かに寝た。翌日は朝早くサヌールの海岸を散歩。昼近くにホテルでバイクを借りて、あらかじめ調べてあった置屋へ向かった。飛行機の移動の疲れがまだ十分に取れていないのだろう。だが体はヘトヘトでもチ●コはギンギンだった。いわゆる疲れマラ。部屋に入る前に女衒が女をバイクの尻に乗せてやって来た。特に可愛くはないが精子を出したい衝動もあったしせっかくやって来た女の子を返すのもかわいそうだと思い即OKにした。いくらだったかははっきり覚えていないが高くはなかった気がする。愛想は悪くなく、英語はほぼ通じないがやることは世界共通、ボディーランゲージでその場を乗り切った。その夕方は昨日約束したジャンバランでのディナーがあるのでホテルに戻って準備した。待ち合わせは昨日出会ったバーの前。タクシーを呼んで出かけたら、店の前に彼女は既に来ていて、その足で一緒にジャンバランに向かった。車内でどこに住んでいるのか?どんな仕事をしているのか?何歳なのか?出会ったバーにはよく来るのか?今日は自分の部屋からバーまではどうやって来たのか?などを話した。

何分くらいタクシーに乗っていたか分からないが、ノリのいい英語での会話が弾んであっという間にジャンバランビーチにあるレストランに到着した。入り口を入るとシーフードが陳列されていてその中から選んで料理を決めて注文した。その足でビーチにあるテーブルに案内され、飲み物のメニューが出される。ぽっんこつマンはワイン好きなので、白ワインをオーダーした。彼女もワインが飲めるらしくふたりで2本のワインを開けた。ビーチについた頃はまだ太陽が沈んでいなかったが、2本のワインがなくなった時は既に夜10時を過ぎていた。彼女の仕事は身体障害者のバリ旅行の企画運営を手伝っていると言うことだったが、たまたま今は新しい旅行者からの依頼がないので、バリの友達が働いているサヌールのバーに遊びに行っているとのことだった。彼女の出身はバリではなくジャワ島、バリ島出身ではないと言うことはヒンズー教ではなく回教徒だが、バリにいる時はスカーフ(ヒジャブ)をしないのだといった。彼女の話は興味深く、しかも明るい性格が気に入った。

そろそろ帰ることにしようという話になってレストランにタクシーを呼んでもらった。彼女の部屋はテンパサール市内にあるとのことだったが、バイクをサヌールのバーに置いて来ているので、その晩はぽんこつマンのホテルに泊まっても良いと言って一緒に戻ることになった。ホテルに一緒に戻ると言うことは、、、、、、、、、、、。今日は昼間に置屋で抜いて来ているが、、、、、、、、、、夜にも激しい体液の交換が待っていた。

今でも彼女との濃厚な時間は脳裏に残っている。温かくしっかりとホールドされたぽんこつマンの逸物の根元から亀頭に向かって肉ヒダがうねり上がっていく。日本人には滅多にない乳房のハリ、腰のくびれに触れるか触れない程度に手のひらを這わせると微かな呻き声と同時に腰をそらせ、亀頭を子宮口に当たりやすくする動き。正常位から片足屈曲位、騎乗位、後背位、寝バック、後側位、座位、両足屈曲位、スロー、、、スロー、、、、、スロー、、クイック、スロー、、、スロー、、、、クイック、ぽんこつマンが変拍子で打ち込む。彼女は全身を小刻みに震わせながら、体に突然走る快楽のショックに耐えていた。絞り上げるように強く握りしめるシーツ、ぽんこつマンの体を引き寄せようと彼女の指が背中、腰に食い込んでくる。合わせる肌は、強い空調の中でも熱く火照り、互いに汗ばんで絡み合った。

一戦が終わったのは午前1時より少し前。当然コンドームを装着しての一戦だったが、彼女はぽんこつマンが果てた暫く後に、次は、中で出さないなら「生でも良い」とささやいた気がした。そのままふたりは抱き合いながら眠りに落ち、朝を迎えた。ふたりが目覚めたとき時計は6時をまわっていた。昨夜の名残が消えていないのか、彼女の手がぽんこつマンの股間に伸びて来た。すぐに股間に血流が流れる感覚があり、再び膨張がはじまる。とっさに彼女はその張り詰めた肉坊をくわえ、フェラチオがはじまる。ぽんこつマンは下から彼女の秘部へ舌を這わせ、クンニで応える。やがてシックスナインの体勢から騎乗位での挿入がはじまった。コンドームの装着は無かった。体位はやがて後背位へと変わり彼女の裏G スポットあたりを突き上げた。昨日は昼と夜に合わせて2回射精しているので、誤って中で発射することはないだろうと思ったが、まだ微かに昨夜のジンジンとする感覚が残る中での2度目のセ🟣クスは腹上死を連想させるほどの快感に満ちた疲労感の中で最後の一瞬を迎えた。発射寸前の勢いある力強いひと突きの後、抜き出された亀頭から昨夜よりも少し透明感がある精子が彼女の背中に放出された。彼女はその瞬間に立てていた膝を崩しうつ伏せになって暫く放心していた。ぽんこつマンは荒い呼吸の中でティシュを取り、彼女の背中に放出された体液をゆっくり優しくと拭い取った。

目覚めた時より太陽が30度近く高くなっていた。ふたりは一緒にシャワーを浴び、水しぶきの中で唇を、肌を、強く重ね合った。甘いオレンジジュース、濃いコーヒー、スクランブルエッグとベーコン、そして薄いトーストの朝食をホテルの中庭で取った後、彼女は名残惜しそうにハグを求め、そしてホテルを後にした。

わずか2泊のバリ島サヌールの旅、しかしぽんこつマンにとっては、忘れがたい甘く切ない記憶となった旅であった。その日の午後のフライトでバンコクに戻り翌朝のフライトで日本に帰国するのだが、空港を離陸した飛行機の窓からぽんこつマンはテンパサールの街を雲に隠れて見えなくなるまで見下ろし続けていた。バンコクに到着した時には既に陽は落ち、闇に包まれていたがモーターウェイの灯りや対向車のライトがやけに眩しいと感じた。バンコクのホテルまでのタクシーの中で近いうちに再びバリ島を訪れよう、そしてもう一度彼女に逢おうと思った。