2回目のベトナムはハノイへ

2018年ぽんこつマンのアジアのベースはチェンマイだった。既に早期退職して2017年12月に日本を転出してチェンマイに拠点を移していた。ただし日本にも家が2カ所に残っていてその管理をする上で日本に帰国している期間もそれなりにあった。2018年1月13日チェンマイを出てバンコクを経由して15日に日本へ戻り、2月にチェンマイに戻るにあたり、ベトナム ハノイを挟んでみようと計画を立てた。

ハノイへ行くことになったきっかけも、Tinderで見つけたハノイのカラオケに勤める女の子と実際に現地で会ってみようと考えたからだ。1月31日関西空港22:15発のJET Star でハノイノイバイ空港に翌00:40 到着予定。ハノイには3泊し、2月3日にVETJET でバンコク、2月4日にVETJET でチェンマイに入るという予定を組んだ。

Tinder で見つけた女の子とは2月1日の朝に宿泊するホテルのロビーで会う約束をした。ハノイはこの時が初めてでどこにホテルを取るべきか全く分からなかった。ぽんこつマンのホテル選びは、気になる飯屋に簡単に行きやすいこと、ジョイナーフィーがかからずその街の風俗を体験できる目的地に近いこと、そして初めての街なので比較的安全なエリアであることが条件であった。

ネットでホテルを探していると、ハノイは社会主義国ベトナムの政治の首都であり、法律上買春行為が当局に通報されると厳罰に処されるなどのややこしい情報が目に飛び込んでくる。どうもホーチミン に普通にある、ビアオム、カフェオム、メシオムなどは規模も小さく数も少ないらしい。ハノイの風俗は、エロマーサージ、置屋、カラオケ、それと政府公認のホテルにあるクラブになるらしい。

ただしカラオケといっても、ほとんどの店は歌って踊って酒を飲むだけの店が多く、お持ち帰りができるところは少ないらしかった。ぽんこつマンがTinder で知り合った女の子は日本語の勉強が目的らしく身体を売ってお金を稼ぎたいわけではなさそうだった。

ぽんこつマンが搭乗したJET Star は、出発はほぼ定刻だったが、どうも風の影響で到着は予定より1時間近く遅れた。前方に席をとっていたので到着後ドアが開いてすぐ降機した。急いで入国審査場へ向かい、SIMを入れ替えてタクシースタンドへ向かった時は午前1時半を回っていた。

宿泊先に決めたホテルは、ハノイホテル。政府公認のクラブがあるホテルの一つで、深夜の移動でもGoogle マップで追跡しやすく安心できた。タクシーは空港を出、車が走っていないガラガラの道路をハノイ市内に向かって疾走する。窓の外の景色は店も全て閉まっているようだったのでスマホでGoogle マップを見ていた。

ホテルが近づいて、ようやくまだ空いているのか明かりがついているバーのような店の明かりが見えた。ホテルにチェックインできたのは午前2時過ぎ。早速部屋に入った。2018年ハノイの2月の夜はまだかなり肌寒く、日本を出発するときに来ていたダウンを着ていても汗をかくことはない。部屋に入ったが、ダウンを脱ぐと寒い。毛布も一枚しかないので、フロントに、ヒーターがあれば持ってきて欲しいと頼んだほどだった。

彼女との待ち合わせは午前10時半、ホテルロビーで。昨夜は寒すぎてよく眠れなかった。朝食をホテルで取ってロビーのソファーで彼女を待った。時間通りに彼女はやってきた。その日はよく晴れていて外は気持ちいい。ホテルの裏にちいさな湖があり、ちょっとした公園になっている。そこを一緒に散歩した。そしてランチの相談をした。彼女から「何が食べたい?」と聞かれたので、「シーフード」「ベトナム料理」と答えた。

ホテルの前からタクシーに乗ってレストランに向かった。彼女が選んだ店は、Quán Ăn Ngonというベトナム料理の店(http://quananngon.com.vn)。シーフードもたくさんあるようだった。ちょうどランチの時間で店内はかなり混んでいた。席に案内され料理を頼んだ。揚げ春巻きとフォー、炒め野菜にイカリング揚げ、それとビール。ビールはいくつかのベトナムビールがあるようで、まずはBIA HANOIを頼んだ。2本目はBIA SAIGON SPECIAL。ぽんこつマンには2本目の方が合っている感じがした。昨晩寒くてよく眠れなかったせいか、すぐに酔いが回った。

食事の後レストランを出て、ホアンキエム湖に行った。ハノイ郵便局の前でタクシーを降り、湖岸の道を歩いてNgoc Son templeを見学しに行った。観光バスから多くの観光客が見学に来ていた。

お寺を見終わってまた湖岸の散策道を歩いた。コーヒーを飲みたくなった。ベトナムコーヒーは独特だ。Thủy Tạ Cafe という店に入った。

とても眺めの良いカフェだった。そこで彼女とゆっくり話をした。彼女の出身地、なぜカラオケで働いているのか、日本は好きか、日本人は好きか、などなど。彼女はハノイからさらに北に行った中国国境に近い村で生まれ高校に行ったが、働くためにハノイに出てきた。そして最初は縫製工場で働いていた。昨年までベトナム人の彼氏がいた。でも彼はもっと稼げる仕事を探してホーチミン に行ってしまった。そして別れた。カラオケは給料が縫製工場よりいい。もう彼に気を遣う必要もなくなったのでカラオケで働くことにした。日本語は、その時から独学で勉強している。お酒を飲むのは好きじゃない。でもカラオケの仕事はお酒を飲まないといけない。今でもお酒は強くなれない。酔っ払った時は気持ち悪くて嫌い。乗り物にも酔うことがあって大変。などなど色々話をしてくれた。良い時間になった。彼女は一旦部屋に帰って、カラオケに行く準備をしないといけないと言った。彼女はバイクをホテルに止めているのでホテルまで一緒に行くと言った。

ホテルまでのタクシーの運転は渋滞の中でかなり激しくストップアンドゴーを繰り返した。彼女はどうも気分が悪くなったようだ。ホテルについてロビーのソファで少し休んだ。そしてその時、夜にカラオケでまた会えるかと聞いてきた。ぽんこつマンは店は何時からか聞いてみた。夜の8時からと彼女は言った。まだ夕方の4時。「晩ご飯はどうする?」と聞きかえした。

「えっ、いいの?同伴」と彼女が言った。どうも彼女はぽんこつマンが唄を唄うのは好きじゃないと言っていたことでカラオケが嫌いだと思ったようだった。ぽんこつマンは確かに唄を唄うのが好きじゃないが、カラオケの女の子とイチャイチャするのは嫌いじゃない。「うん」とぽんこつマンは応えた。

彼女は一旦部屋に戻ってバイクを置いてもう一度18時半にくると言った。これから概ね2時間後、ぽんこつマンはホテルで仮眠し、少し昨夜の睡眠できなかった分を取り戻せると思った。

着替えて戻った彼女と夕食に出かけた。店は彼女がたまにお客さんと行く和食屋のようだった。DAO TANという大通りからLinh Lang 通りを80mほど入ったところにある、寿司割烹おような「匠」(http://takumi.com.vn/?language=2)という店だ。

ホテルをタクシーで18時35分に出たが、道幅40〜50mはあろうかというDAO TANという大通りが大渋滞していた。4差路の交差点に路地から車がどんどん入ってくる。車間距離10cmまで前に詰める。車の横に車両一台分の幅があれば車線関係なく突っ込んでくる。パリの凱旋門のロータリーよりもすざましい。譲り合うなんて気持ちがあっては10時間あっても路地から左折でその大通りに入ることは不可能だ。タクシーもバイクもトラックもバスも自家用車もクラクションを鳴らし続けて10cm空いたら詰めるの繰り返し。すざましい光景を目にした。ここまですごい渋滞は初めてだった。

1.5kmほどの距離を1.5時間かけて店についた。時速1キロのタクシー移動ということに気がついた時は青ざめた。店では、日本酒とだし巻き卵、サーモントロの刺身、銀鱈の焼き物、焼き鳥、ポテトサラダそしていくらの軍艦巻き、鉄火巻きを頂いた。この辺りは在ベトナム日本国大使館が近く、日系の会社もあるとのことだった。

夕食を終えて彼女が働いているカラオケへ歩いて向かった。トゥーレ公園の脇を抜けてKim Ma 通りにあるカラオケ店へ。そのエリアはいくつものカラオケ店があるようだ。店に入り、彼女に案内されて階段を登り、ちいさな個室に入った。唄は歌わないと言っていたが一応カラオケの分厚い本をママが持ってくる。彼女は着替えてくると言って出て行き、ぽんこつマンが注文したビールを持って戻ってきた。

彼女とは今日1日でかなり話していたので、もう話すことはあまりなかった。手を握り、肩を抱いて乾杯をした。彼女は歌の題名が載っている本をペラペラと見て、曲を選び何曲か唱った。日本語をちゃんと読めていないのだろうが、歌詞は間違えなかった。彼女は身長が低いことをコンプレックスに思っていたが「もっと日本語が上手になりたい」と健気に話す彼女が愛おしく思えた。その店は本当に唄を唄うことがメインで、エロいことをする客は他の店に行くんだろうと思った。ぽんこつマンもその店で彼女にエロいことをしたいという気持ちはすっかりなくなっていた。できれば乱暴な客が彼女につかないことを祈りたいと思うほど、清い心を見せてくれた彼女だった。

最初から1時間と決めていて、時間はあっという間に来た。会計を済ませ、彼女にも今日1日デートに付き合ってもらったお礼に200,000ドン札を2枚チップとして渡した。彼女の本当の名前も店の源氏名も今でも覚えている。あそこまで清らかな甘酸っぱい気持ちになる女の子はそれ以来出会っていない。

ホテルに戻ったのは、22時を回った頃だったろうか。すぐに部屋に戻らず、クラブにつながる階段を登った。扉を開けると、カウンターがある。そこに座ってジントニックを注文した。入り口を入って右側には女の子たちが大勢待機している。全ての女の子はスタイルがいい。モデルのようだ。ぽんこつマンの好みのタイプが見つかったので隣に座らせて乾杯をした。

このクラブはハノイホテルの宿泊者なら部屋へのお持ち帰りセ●クスができる。選んだ子がしきりにホテルの部屋への持ち帰りを誘ってくる。ぽんこつマンはもう少し飲んでいたい。もう1杯ジントニックを頼んだ。

そのクラブには1時間ほどいただろうか。11時を過ぎてお持ち帰りを決めた。ショートとロングがあるらしいが、その日はショートで充分だと思った。そこにいる女の子は、いわゆる身体を売り物にしているプロだから、恋に落ちる錯覚を楽しめる相手ではないと思ったからだ。

部屋にクラブの女の子を連れて戻った。すぐにシャワーを浴びる。ベッドでその子の首筋、デコルテ、乳房、脇、ヘソ回り、背中、太腿内側をリップで攻める。その子はぽんこつマンの愚息の付け根から亀頭までを手で、そしてリップで刺激する。充分に起立した愚息にコンドーム を装着し、その子をベッドから一旦下ろし、壁に両手をつかせて立たせた。そして背後から突き出した尻の奥にあるアナルに亀頭をあてさらに奥にある膣口に向けて下げていく。膣口に当たる位置で少し下から上へ煽るようにすると亀頭がスルッと膣に埋もれる。その子はつま先立ちでぽんこつマンの突き上げを受け止める。ぽんこつマンは両手をその子の股間に回し、前からクリトリスを弄ぶ。中指で膣口の前方にふれるとそこは愛液でビッジョリ濡れていた。

合体したままで歩きベッドに倒れかかる。その子の足はまだ床にあるが上半身はベッドにうつ伏せの状態。今度は上から下へ愚息を奥に向かって突いて行く。ぽんこつマンも上半身をその子の背中に合わせて手は形のいい乳房の下へ潜らせ、両手の人差し指の腹で乳首を弾く。

その子のそれまで堪えていた声が、ついに爆発する。「あっーーーっ、、、、」ぽんこつマンは根元まで埋もれていた愚息を引き出し、ベッドに仰向けになった。その子はすぐに反応し、ぽんこつマンの上から挿入してくる。正面騎乗位から菊一文字、正面座位へ移り、松葉崩し、そして獅子舞、吊り橋へと体位を変え最後に、その子の両脚を肩に掛け、上半身を前に倒し深い挿入でフィニッシュした。

しばらくふたりで仰向けにベッドに並び、頂点から静かに降りて行く時間を過ごした。いいセ●クスだった。突然その子が足を絡めてきた。向かい合って5秒くらい強く抱きしめ、そして離れた。その子は静かにベッドを降りてシャワーブースへ向かう。シャワーの後ゆっくり服を着て笑みを残してドアを開けた。部屋を出用途するところで200,000ドンのチップを渡した。

翌朝は体のあちこちが痛くなっていた。昨夜は身体を使い過ぎた。午前10時半くらいにゆっくり起き、あらかじめ調べていたハノイのラーメン屋に行こうと思った。その店は、昨晩行った「匠」のある通りをさらに500mほど奥へ行ったところにあった。

店は小さいが、味は悪くない。ぽんこつマンは少し辛めのスープを選んで食べた。その後、その界隈をゆっくり歩いていくつかの良さそうな店を見つけた。Linh Lang 通りにRed Apron(https://redapron.vn)というワインショップも見つけた。かなりのワイン保有数があり、若い女性店員の知識量もかなり高く、1時間くらいワイン談義をさせてもらって楽しい時間を過ごすことができた。それから在ベトナム日本国大使館の方角へ歩いてみた。

大使館の手前はこんな感じ。大使館を過ぎたところに、高級そうな日本料理店があった。その名前は「鳩山」元総理大臣の名前と同じだと思い、興味を持った。夕食の時間には少し早かったが、軽く一杯やってみることにした。

店内に吊り下げられた赤い提灯が日本人には不思議だが、店内の食器や調度品は高級感がある。ぽんこつマンは手前のカウンターに座った。和服を着た若くて可愛い給仕係がおしぼりとメニューを持ってくる。冷酒をとり、寿司を8貫ほど頂いた。鮮度は悪くないようだ。味も悪くなかった。

明日はハノイからバンコクに向かう。そして明後日はチェンマイへ。チェンマイではほぼ1ヶ月滞在する。早期退職を決断するきっかけになった理由がチェンマイにある。ぽんこつマンのタイ人連れ合いがチェンマイに住んでいて、ひとり日本で暮らすことが嫌になったからだった。

バリ再訪、そして初ジャカルタ。

初めてバリ島サヌールでナンパして身体を重ねた彼女に、翌年改めて再会したくてバリ再訪の計画を立てた。日本からダイレクトでバリ直行だと海で過ごすことはどうでも良いぽんこつマンには2〜3泊の訪問地が1カ所だと3連続有給休暇がもったいない。土日を絡めれば5日間の休みが可能なのだ。そうだ、ジャカルタ経由にして帰りにジャカルタの立ち寄ってみようと思った。全日空のマイルも貯まっているから、日本→ジャカルタ(1泊)→テンパサール(クタ2泊)→ジャカルタ(2泊)→日本という旅程で東京ージャカルタ間は全日空のマイル特典航空券、ジャカルターデンパサールはガルーダインドネシア航空で繋ごうと考えてネットで予約を作った。ジャカルタを旅程に入れるからにはラマダンの期間は外しておいた方が無難だ。

その年のラマダンは6月6日に入ることをネットで調べてそれ以前のスケジュールを探した。都合よく2016年3月29日(火)東京発ージャカルタ着、4月2日(土)深夜ジャカルタ発ー東京早朝着の便が取れた。ジャカルターデンパサール間は3月30日(日)の朝ジャカルタ出発、4月1日午後店パサール出発で予約を作った。

そしてホテルの手配。ジャカルタに行って見たかった理由は、大阪で働いていた時のタイ好き仲間の一人から「ジャカルタにも女の子をお持ち帰りできるスパやホテル併設の置屋バーがある。」と聞いていて、一度はロケハンして見たいと思っていたからだ。

初ジャカルタの宿は、HOTEL TRAVEL。ここにそのホテル併設置屋バーがある。そのホテルを出てマンガプサール通りを左に歩いて行ったところにスパもあり、ジャカルタ初心者のロケハンとしてはここかなと決めた。

二度目のバリ島の宿は、デンパサール空港から近いクタエリアを探した。海に入る予定はないがせっかくバリに行くからにはビーチが近い方が良い。宿泊サイトの掲載写真と料金が気に入り、クタベックスビーチサイドホテルを予約した。

日本の3月末は桜が開花しているところもあるが、ぽんこつマンにはまだまだ寒い。それに比べ、インドネシアは熱帯。外は暑いが室内には強烈なエアコンが効いているので、太陽の直撃が嫌いなぽんこつマンには過ごしやすい。

2016年1月から30日以内の観光でもインドネシア入国時に必要だったアライバルビザ取得の手続きが不要となっていた。合わせて5泊の滞在なのでハンドキャリーケースのみだった事もあり、スカルノハッタ国際空港https://ja.wikipedia.org/wiki/スカルノ・ハッタ国際空港)に到着後イミグレを通過しすぐに、多少の両替とスマホのSIM交換後、到着ロビーに出た。そこはものすごい到着客待ちの人とタクシーの呼び込みがすごかった。向かうは、ジャカルタの北側にあるマンガサール駅から程近いHOTEL TRAVEL。ジャカルタは初めてだったのでそのアライバルロビーにあるタクシーカウンターに行き手配した。タクシーは空港を出て、陽が傾き始めすでに渋滞が始まっているハイウェイを東に進んだ。運転はすごく荒かった。STOP and GO、右へ左へ車線を頻繁に代えてジャカルタ市内に入り、一般道に降りた。ジャカルタの渋滞はさらに激しさを増し、ハイウェイを降りてからホテルまではさらに1時間を要した。

HOTEL TRAVELはネットのサイトでの予約ができず、電話で予約していた。フロントでパスポートを見せ、名前を告げた。間もなく部屋のキーが用意され、部屋に案内された。マンガプサール駅が近くにあり、そのホテルの界隈にも格安ホテルは多くあり。この辺りはローカルのビジネスマンがよく利用している場所なのかもしれない。

部屋に荷物を置いてぶらりマンガブサール通りを歩いて見た。まずは西へ。マンガブサールはジャカルタのチャイナタウンという情報があったが、はっきりと分かりやすい中華料理屋は多く見当たらなかった。しばらく西向きで左手側を歩いていくとスパがあった。確か名前はオアシススパ。気になったので覗いて見た。入り口を入り上の階に上がっていくとそこにはバンコクのMPのような金魚鉢があり多くのネシア娘が客待ちをしていた。ひととおりチェックをしたが是非にもという娘がいなさそうなので、退散することにした。そこを出てさらに西へ進む。ホテルを出ておよそ1キロほど歩くと南北に走る大きな通りに当たる。そこでマンガプサール通りを渡りホテルへ引き返す。大きな通りの角から100〜150メートルほど戻ったところに少しマシな中華料理屋があった。夕方5時を過ぎていたので、そこで飯を食うことにした。ビンタンビールと餃子、それに豚肉と野菜を炒めた料理を一品。ここジャカルタはムスリムの国なのでイスラム教徒は豚肉を食べない。しかしここマンガブサールの中華料理屋には豚肉の入った餃子もあれば豚肉料理も普通にある。なかなかうまい。満足したところで外へ。さらにホテル方向へ戻る途中で、蛇がカゴに入って売られているのを見つけた。コブラのようだった。食用のコブラなのだろうか?陽は既に沈み、あたりは暗くなり、ヘッドライトの灯りがあふれて来た。さらに進むと左手にロコサリスクエアというショッピングモールがあった。そこにもスパあるいは置屋バーがあるという情報をネットで見たことあり興味深かった。またインドネシアの電気コンセントはCタイプで日本のAタイプが使えるコンセントがホテルになかったので変換プラグを買いたかった。変換プラグは見つかった。しかしスパも置屋バーも見つからなかった。ネットの情報にあった地図では、ここという場所があったがシャッターが閉まっていて看板らしきものも見当たらない。開店が夜なのか、それとも潰れてもうないのか分からなかった。

いったんホテルに戻ることにした。夜になって、ホテルに併設の置屋バーを覗きに行って見た。エントランスを入り、奥へ。左手には昼間のような明るさの空間にセクシーな衣装を着たネシア娘が並んで座っていた。その前には全く明かりのない真っ暗なテーブルとソファーがいくつも連なってある大きな空間が見えた。ホステスが近づいて来て席へ案内する。ぽんこつマンはいったんテーブル席へ。ビンタンビールを注文したらすぐにホステスが持って来て、「どんな女がいいか?」と尋ねて来た。可愛いこと適当に返すと、しばらくして二人の女の子を連れて来て選べという。席は真っ暗で顔がほとんど分からない。かすかに見えるスタイルだけで女の子を選んだ。

女の子は私も飲んで良いかと聞いてきたので、OKと適当に答えた。すぐにもう一本のビールが来て、乾杯した。一口ビールに口をつけるかつけないかのタイミングで、「ブンブン」「ボンボン」と言ってくる。待て、まずはビールを飲ませてくれ!。彼女たちとのセ●クスは日本人にとっては高くない。せいぜい4000円程度。しかしそれは彼女たちがより多くの客をこなさないと十分な収入にならないことをも意味している。

あまりにも性急な要求にすっかり気持ちは萎えてしまった。明日はバリ島へ行く。そして昨年サヌールでナンパして濃厚なセ●クスをした彼女がぽんこつマンの到着を待っている。ここでムダ打ちしなくても良いという気持ちで、席を立ち部屋に戻ることにした。

翌日朝早くいったんホテルをチェックアウトして空港へ向かう。朝の渋滞にかかることを想定して出発時刻の4時間前にホテルを出た。空港に向かう道はいくつかあるのだろうが、ぽんこつマンがホテルに読んでもらったタクシーは、まず北に向かって走り、スラムのようなエリアを抜けてハイウェイへ上がった。ハイウェイまでもそれ以降も渋滞にはほぼ当たらず、意外に早くスカルノハッタ国際空港に到着した。チェックインしようにも3時間前なので少しチェックインロビーで待つことになる。1時間ほどしてチェックインカウンターが開き、セキュリティーゲートを通過しゲートへ向かった。

チェックインから出発ゲートまではかなり遠い印象だっが、ゲートでも搭乗時刻までかなりの待ち時間がある。空港内のレストランで軽い食事をとった。インドネシア料理の定番はナシゴレンかミーゴレン。ナシゴレンは重くなりそうなのでミーゴレンをチョイスした。土産物屋でさらに時間を潰し搭乗時刻の50分前くらいにゲートに着いたが、ゲートの待合は既にかなりの乗客が席を埋めていた。

無事搭乗時刻になり機内へ。座席についてそれほど待つ事もなく機体は、バリへ向けて離陸を開始した。予定のフライト時間は1時間50分、ジャカルタとデンパサールの時差は1時間。ジャカルタをほぼ11時に出発してデンパサールに到着するのは午後2時前後。

機体は滑るようにデンパサール空港に着陸した。よく晴れた日のフライトは快適だった。ゲートブリッジを渡りターミナルの中へ進む。ハンドキャリーだけなのでバゲージクレームを通り抜け、一気に到着ロビーへ。途中銀行の両替レート表が見えた。スカルノハッタ国際空港より、明らかに良いレートに少し驚いた。

到着ロビーには、昨年ナンパした彼女が待っていた。すぐにでも抱擁したかったが他の乗客待ちの人で溢れていたので、タクシースタンドに向かった。

ホテルは空港からそれほど遠くはない。しかしながらクタの街に近づくに連れて、なかなか前に進まなくなる。道路が片側1車線で交差点も多い割に、信号もそれほどあるわけではなく、結構勝手に交差点に入って来て、身動きが難しくなっているのだろう。タクシーには45分くらい乗っていただろうか。クタビーチにあるハードロックカフェの前を過ぎ、ようやくクタベックス ビーチフロントホテルに到着した。

案内された部屋はあいにく半地下の部屋だったが、彼女とのセ🟣クスを愉しむには特に問題はなかった。すぐにシャワーを浴び、絡み合った。

シックスナインでお互いを確認した後、彼女はベッドに四つん這いになって後ろからの挿入を求めて来た。コンドームを装着しないまま、生の挿入。彼女のフェラチオで充分に増大しそそりたっている陰茎を上から少し押さえ、彼女の花芯の奥へ送り込む。腰骨を両手で持ち彼女の体を引き寄せる。彼女は、快楽の表情を浮かべ顔を振り向かせた。まぶたを閉じ半開きになった口から舌を出して悶えている。ぽんこつマンは腰を下から上へ突き上げるようにスイングさせて彼女の絶頂を導いた。

それから彼女の上半身を持ち上げ彼女の両腕を持って亀頭を奥Gスポットにあたるように上下の動きにグラインドを加えた。彼女は振り向き、ディープなキスを求めて来た。ぽんこつマンは両腕で彼女のバストラインを羽交い締めにして、彼女が求めて来たキスに応えた。

寝バック、後側位、立ちバック、、、全て背後からの体位で彼女を攻め立て、彼女の両肩に手を掛け胸を思い切り反らせて強い一撃を加えたのち膣外でフィニッシュした。彼女は、まだザーメンが残っている逸物をあらためて咥え、全部を吸い上げた。まだヒクヒクしている陰茎へ舌と唇の筋肉をうまく使って刺激を与えて来た。「イイ、、、」「、、ス、ゴ、ク、イイ」こうして彼女との半年ぶりのセ●クスは前回を上回る快感の記憶を運んできた。

上がった息と心臓の鼓動が落ち着くまでふたりは抱き合っていた。その後ふたりはディスカバリーショッピングモールにあるOceans 27 Beach Club(https://www.tripadvisor.com/LocationPhotoDirectLink-g297697-d2211017-i136555294-Ocean_360_Beach_Club-Kuta_Kuta_District_Bali.html)に出かけた。そのビーチクラブについた時、既に太陽は水平線に隠れようとしていた。

心地よい音楽が聞こえてくる。やさしい海風が肌を撫でる。ぽんこつマンは心を解き放つ酔いの中でビーチリゾートの癒しに深く深く沈んで行った。それまで言葉を発しなかった彼女が程よく塩の効いたカラマリを指でつまんで口を開いた。「明日の昼は仕事がある、朝にいったんホテルを出るけど夕方また会える?」「もちろん」ぽんこつマンは迷いなくOKの言葉を返した。

翌朝、早くホテルで朝食をとり彼女はホテルをいったん後にした。その日の昼ぽんこつマンはクタの街を散策した。ホテル前のビーチ沿いの道路を南下し、JL.Kartika Plaza(ジャランカルティカプラザ)沿いにあるB couple seafoodという中華料理店でひとりランチをとり、彼女に教えてもらったクタで一番レートのいい両替店に行った。

その後レギャン通りを北に上り、グランドゼロメモリアルを見物してホテルに戻った。そして彼女がもう一度ホテルにやってくるまで部屋で夜のディナータイムをどこで過ごすか検索していた。

彼女はワイン好きということは前回ジャンバランでのディナーで分かっていた。そこで行ったことのないスミニャック辺りで良い店がないかを調べていたら、RED CARPET CHANPAGNE BAR(https://www.redcarpetchampagnebar.com/reservations)という店を見つけた。洒落ていて、ウエイトレスの制服もちょっとエロい。今日のディーナーはここだと決めて19時半に予約を入れた。

彼女とはホテルのロビーで18時半の待ち合わせだった。時間になってロビーに向かったら彼女は既に到着していた。「ディナーに行こう」ぽんこつマンはそう切り出して、ホテルからタクシーに乗った。タクシーに乗ってスミニャックのレッドカーペットを伝えたら、彼女が「Wow!」と驚いた。彼女もそこには仕事のボスであるオーストラリアに住む白人と一回行ったことがあり、とても良い雰囲気の店といった。

店に到着したのは、19時10分、席に案内してくれたのはベビーフェースなインドネシアの女の子。ほとんどの女の子は愛嬌もよく、好印象だった。全員彼女よりも若い。オーナーがヨーロッパ系の白人らしく女の子たちの英語もレベルが高い。

まずはシャンパンを1本。そしてコート・デュ・ローヌの赤を1本。生牡蠣、サラダ、ステーキ、全ての料理がクリエイティブでパーフェクト。料理を味わっているときに、ベビーフェースのウエイトレスが「これは、次のメニューに乗せる料理のテストで作りました」と言ってメニューにない新作のスープや前菜を持ってくる。どれもが完璧に思える素晴らしい味だった。

スミニャックで最高のディナー

23時の閉店時間まで4時間近くこの店にいたが、楽しい時間はあっという間だった。店を出て少し余韻を楽しみ酔いを覚ますためにその近くを歩いた。何軒か離れたジェラート屋に入って1スクープのアイスを食べた。それからタクシーを拾いホテルに戻った。

ホテルに戻ったら彼女がハグして来た。ぽんこつマンもそれの応えて激しいキスを返した。ふたりは自然と衣服を脱ぎ捨てシャワールームに消えた。人間の本能として食欲、性欲、睡眠欲と3つあると言われているが、この頃からぽんこつマンは睡眠欲が低い分、性交の快楽と美食への探究が激しくなっていたと思う。

シャワーから戻って、ふたりはまたお互いを求め合ったが、ぽんこつマンの脳裏には、レッドカーペットシャンパンバーでの若いウエイトレスの胸元のピチッと張ったブラウンな乳房の肌のイメージが焼き付いていた。

レッドカーペットシャンパンバーでは、オーストラリアに住んでいる彼女の仕事上のボスはフランス人であるという話を聞いた。その店の二階の女子トイレの側には、変態向けのSMチックな衣装や小物を売っているブティックもあるらしい。彼女は、いつかオーストラリアに留学に行きたいとも言っていた。もしかしたら、彼女のセックスへの貪欲さは、そのフランス人のボスに磨かれたものかもしれない。そしてこの店のオーナーが彼女のビジネス上のボスという有り得ない想像まで頭を巡った。

次の朝、彼女は同じく仕事に行くと言ってホテルを出た。ぽんこつマンはジャカルタに戻る。もっといろんなインドネシアの娘を知りたいと思った。そしてなぜ急にそう思ったかはわからないが、当面は彼女ともう一度会おうとは思わない予感がした。

ジャカルタのHOTEL TRAVELには夕方戻った。チェックインをし、ホテルの目の前にあったカフェでビンタンビール、アヤムゴレン、ナシゴレンを注文して夕飯にした。その後あらためてホテル併設の置屋バーへ向かった。今度はソファー席に勝手に進み、空いているところに腰を下ろした。まもなくホステスがやって来て注文を聞いたので、「バドワイザーそれと若くて細めのセクシーな女の子」と伝えた。

やがてホステスがバドワイザーとひとりの女の子を連れてやってくる。スタイルは悪くない。しかし暗過ぎて顔はよく分からない。彼女は「ハーイ!」と言って席に座った。彼女の飲み物を注文して、もう一度顔を覗き込んだ、かなりの厚塗りの化粧。インドネシア人特有の二重瞼と長いマスカラ、低い鼻と厚い唇。視線を胸元に移すと、ドレスの胸元ははち切れんばかりで乳房がうっすら汗ばんでいるのかその褐色の肌は光っていた。

彼女と乾杯してからしばらく無言でビールを飲んでいた。すると彼女が「マッサージ?」と問いかけて来た。「何?」と小さく答えると、奥にある通路を指し示して、「ルーム」「マッサー、ボンボン」としぐさ付きで返して来た。

ふと昨日まで一緒にいた彼女のバストの感触を思い出した。日本人にありがちなつきたての餅のような柔らかい乳房ではなく掴めばしっかり押し返す軟式テニスボルのような弾力に満ちた乳房。もしかしたらインドネシア人の肉質はみんなあの感触なのだろうか?だとすれば今隣にいる彼女も同じ感触に違いない。ネシア娘の実態を掘り下げるためにはやはりここは体験してみるしかない。そう考えたぽんこつマンは、彼女にOKのサインを出した。

席を立ち奥に見える通路の方へ進む。女の子がその通路にいる老女に何やらふざけて話しかける。そこで札をもらい、階段を登る。その先にはたくさんのドア。それらは全てがマッサージという名ばかりの奉仕部屋なのだろう。

彼女に連れられて一つの部屋に入る。部屋にはシャワーブースとベッドそして壁時計。それ以外はティッシュペーパーがあるくらい。まさに男の欲情を処理するためだけの部屋。彼女にすぐに服を脱ぐように指示され、二人でシャワーブースへ。彼女は手と胸と下腹部にボディーシャンプを塗り、乳房をぽんこつマンの上半身にあてがって八の字を書くように体を滑らせる。彼女の手はぽんこつマンの股間にある陰茎と玉袋をクシュクシュと揉む。ぽんこつマンを後ろ向きにして背中にも同じ動きをしながらぽんこつマンのアナルも洗う。その後ぽんこつマンにシャワーを掛けボディーシャンプーを洗い流し、外に出るよう促す。そして彼女は一人で自分の身体を洗い、素早くバスタオルを巻いてベッドで待っているぽんこつマンの上にやって来た。

ぽんこつマンが上に乗っている彼女の胸に手を伸ばす。オッパイをバスタオルの上から揉んでみた。指を跳ね返すあの弾力は、バリ・サヌールでナンパした彼女と同じだった。

なるほど、皮膚が日本人より厚いのか、それとも肉質が日本人と違うのかは分からないが、ネシア娘はこんな感じという感覚を確信したような気がした。

その個室での奉仕は30分ほどで、コンドームを装着してバックから思い切り突きまくってフニッシュした。彼女はティッシュを使ってコンドームをスルッと外し、シャワーヘ行くよう促す。実に事務的にことが進められる。ぽんこつマンがシャワーを終えると彼女がシャワーを浴び、さっさと元の服装に戻る。素早い。ぽんこつマンがせかされる感じだった。

部屋を出て、ソファーの席に戻りジントニックを一杯頼んだら彼女は大勢の女の子が待機しているブースに戻って行った。ホステスが何やら金額を書いた紙とプラスチックの札を持ってやって来た。それを持ってエントランスで金を精算するようだった。その晩はそのままホテル併設置屋を後にしてホテルの部屋に戻った。

翌日は、ネットで調べていたジャカルタ近郊のショッピングモールに出かけてみた。タマン・アングレックというショッピングモール(https://www.taman-anggrek-mall.com)。その中にある丸亀製麺のインドネシア出店1号店で、当時はローカルはほぼ食べない、冷やしざるを昼食で食べた。そのショッピングモール近郊にはコンドミニアムが建ち、モールの中ではコンドミニアムのセールブースが多数あった。当時はそのモールに近いエリアで300万円〜500万円くらいでコンドミニアムが買えるようだった。既に中国人や韓国人には人気のようで東アジア系の顔を見ては「ニーハオ」とか「アニョンハセヨ」と声をかけるインドネシア人の販売員がいた。ぽんこつマンも声をかけられたが日本語が分かる販売員はいないようだった。

ある階にはスケートリンクもあり、それなりに賑わっていた。そのリンクを見下ろせる階に上がりしばらくインドネシア人のスケートを楽しむ光景を眺めていた。当時のジャカルタはどんどん発展し、アジアの中でも有数の都会へと成長している最中だったのだろうか、ぽんこつマンが日本のバブル期にはしゃいでいた空気をインドネシアで感じた日だった。

翌日は日本へ帰国する。そのショッピングモールにあるスーパーマーケットに行ってインドネシア産のコーヒー豆を土産用に探してホテルに戻った。夕飯はマンガブサール通りにある日式ラーメン屋に行き、ワンタン麺と餃子、それにビンタンビールで済ませた。

その日もホテル併設置屋をのぞき、明るい明かりの下でたたずんでいる女の子を選んで自分の部屋に連れて行くことにした。その日は少し時間が遅いのか、ブースに残っている子は多くはなかった。少し待とうかとも思ったが、今以上にレベルが高い女の子がこれから現れるとも思えなかった。一人に合図してホステスに自分の部屋に連れて行くと伝えた。エントランスまで女の子と一緒に行き精算を済ませた。本来は、一旦エントランスから出て、ホテルのフロントを通過してエレベーターに乗るのだが、部屋番号を伝えると、そのエントランスから外に出ないでホテルの部屋に行ける通路へ案内された。彼女が手を引いてぽんこつマンの部屋についた。このスタイルは初めての体験だった。

部屋に帰ればやることは一つ。彼女のオッパイの弾力はこれまでのネシア娘と似ているか。彼女も後背位を誘導するのか。予想は的中した。張りと弾力のある乳房はヨーロッパ系白人にも東アジア系にも少ないが、インドネシアの女の子には多そうだと感じた夜だった。

ぽんこつマンは全ての旅程を終え、翌日の深夜便で日本へ帰国した。ジャカルタの空港で帰国便のチェックインをしようとした時、通常のエコノミー席からプレミアエコノミー席へのアップグレードを受けた。席に空きがあるとの理由だったが、それ以降そのような美味しい話は一切起こっていない。いつもより深くリクライニングした席で今回の記憶をもう一度振り替えり、その満足感に浸り切った。だが今回のようなジャカルタとバリでの2都市性交旅を、翌年も計画するとまではこの時は思っていなかった。