ホーチミン 再び

Skout とTinder でどこにいても、行きたい場所のデートパートナーを探せるようになって、ぽんこつマンのアジアでの楽しみが増えた。2018年7月から1年契約でバンコクにあるとある会社のビジネスコンサルタントとして働いていたが、その会社のGMの考え方や古参の現地採用社員と意見がことごとく合わず、9月に契約解除を決意した。タイでのワークパーミットが切れるので、いったん国外に出る必要があり、バンコクからベトジェットやエアアジアで簡単に安価で行けるホーチミンへ行くことを決めた。

スマホのマッチングアプリで、ホーチミン でご飯を一緒に食べてくれる女の子を見つけ、ホーチミン 2泊の予定で出かけた。ノービザでのベトナム訪問は一度入国してから出国してから30日は再入国できないことになっているが、前回のベトナム訪問は2月のハノイだったので問題はない。

バンコク→ホーチミン のフライト時間は1時間40分くらい。夕方くらいに1区のホテルにチェックインするにはエアアジアのFD654 13:40ドンムアン空港発がちょうど良かった。出発は9月29日(土)バンコクへの再入国は10月1日(月)に決めて航空券とホテルを手配した。

ホーチミン の今回のホテルは、Good Vibes Boutique Hotel。

ローカルにも人気のあるナイトクラブ、Apocalypse Now Bar に歩いて行けてジョイナーフィー無料の3つ星ホテルだ。

ドンムアン国際空港からタンソンニャット国際空港に到着したのは16:00を回っていた。到着前に激しい雷雨があり到着機がスムーズに着陸できず、空港上空で待機が続いたためだった。空港を出てホテルにチェックインできたのは18時を回っていた。

スマホノマチングアプリで知り合いデートの約束をした女の子とは明日のランチを一緒にすることにしていた。この晩はまだ行ったことがないルタントンの日本人街を散策する予定だった。ホテルの部屋に入りシャワーを浴びて、まず両替に向かった。両替所は前回にも使ったドンコイ通りのMoney Exchange 59。それからレタントンの日本人街へ向かった。日本人向けのガールズバー、スナック、カラオケクラブの他にラーメン屋やうどん屋、それに居酒屋も複数あって凌ぎを削っているようだった。

ぽんこつマンは、腹ごしらえに鶏笑という居酒屋に入った。店内は混雑していて2階へ案内された。奥にカウンターがあってその端の席に座った。日本人駐在員の夜の憩いの場になっているようだったが、ローカルのカップル客もかなりいるようだった。この店は名前の通り焼き鳥がメインの居酒屋らしい。先ずは生ビールと焼き鳥をとった。その後にとんかつとポテサラを取ったと思う。

店には9時くらいまでいて、ホテルに戻った。ホテルの部屋でしばらくゆっくりしながら、Tinder でホーチミン の女の子をチェックしてLIKEを送っていると、ひとりの女の子からメッセージが入った。内容は「1時間以内であなたのホテルに行く。150万ドンでゴム付きセ●クス 。」というものだった。顔もスタイルも悪くなかったので呼んでみる事にした。

30分ぐらい待っただろうか。フロントから「友達とうい女の子が来ているが部屋に案内していいか」と連絡が入る。「いい」と返事をした。ホテルのベルボーイに連れられて女の子がやってきた。いったん女の子を部屋に入れたが、Tinder の女のこの写真と顔が違う。「この子はどうした?」と彼女に聞いたら「彼女は別の客のところに行っていて、貴方は私が担当する」と言った。ぽんこつマンはその時そのTinder は売春斡旋業者が行っていると理解した。

写真の女の子がいいというと彼女はおもむろに電話してベトナム語で何やら説明している。彼女がその携帯をぽんこつマンに渡し、「ボス」と言った。「You want change?」と聞いてきたので「I want a girl that I’ve seen her by the photo」と伝えた。「彼女は今は無理だ、他の可愛い子を紹介するけどチェンジするか?」「100万ドンだけでいい」と言ったのでチェンジしてもらう事にした。

最初の女の子は帰り際に、「チップ」「タクシー」と言ってきたので10万ドン渡して引き上げさせた。その後15分ほどで次の新しい女の子が先ほどの同じベルボーイと一緒に上がってきた。その女の子は先ほどの女の子より可愛くスレンダーだったので部屋に入れた。

彼女は、バッグをサイドテーブルに置き、「Money first」という。100万ドンを手渡すとすぐにバッグにお金を入れ、ボスに短い電話した。そしてバスルームに行き服を脱ぎ、シャワーを浴びてベッドに戻ってきた。ぽんこつマンもシャワーを浴びてベッドに戻ったら、すぐに行為が始まる。まずは彼女が手でぽんこつマンの股間にある愚息をしごく。愚息はすぐにそそり立ち彼女がゴムをつける。そして騎乗位でその逸物を彼女の淫部に入れて行く。彼女の腰が上下する。ぽんこつマンは彼女のさほど大きくない乳房に両手を添えて揉んでみる。彼女は激しく腰を上下する。5分ぐらい経っただろうか。彼女が一旦ぽんこつマンの愚息を抜いて横に仰向けになり、正常位での挿入を希望してきた。

ぽんこつマンはすぐに彼女の上になり彼女の尻を少し持ち上げ、すぐに挿入した。はじめはゆっくりピストンしたが、彼女はマグロで全く反応がない。ピストンの速度を上げてもあまり変わらない。女性の反応があまりに無いので、ぽんこつマンはいったん引き抜いた。すると彼女はベッドに四つん這いになり後背位での挿入を求めた。いや求めたというより、業務としての手順として行ったと言ったほうがいいだろう。ぽんこつマンは後ろから挿入し、骨盤を掴み、ガツン、ガツンと打ち込んだ。激しく突き上げた。行為を始めてから15分くらい経ったろうか?なんとなくフィニッシュできそうな感じになってきたので我慢する事なく発車して行為を終えた。

彼女は、ぽんこつマンの愚息に残っているコンドーム をティッシュで外し、再びバスルームに行ってシャワーを浴び、服を着てベッドルームに戻ってきた。そして先ほどの女と一緒に「チップ」と言って手を出す。しばらく渋っているともう一度「チップ」という。面倒なので10万ドン財布から出してドアを開け彼女が部屋を出る時に渡してドアを閉めた。

翌朝、朝食にロビーに降りた時、昨晩のベルボーイがまだいて、ニヤリと笑いかけてくる。「Good?」と聞いてきたので「So so」と伝えた。本当は全く良くはなかったのだが…..。

前に今日のランチを約束した女の子に確認の連絡を入れた。約束は午前11時ホテルのロビー。彼女から折り返しがあり、OKと簡単な返信があった。いったん部屋に戻り時間の5分前に再びロビーに降りた。先ほどまでいたベルボーイは既に交代したのか姿はなかった。

11時5分に彼女はバイクでやってきた。ホテル前の歩道にバイクを停めてロビーにやってきた。「ナイストゥーミーチュー」と挨拶を交わし、ホテルを出て店にタクシーで向かった。店の名前は、ニャー ハン ゴン(https://www.vietnamnavi.com/food/224/)。

それほど距離はないのだがホーチミン は一方通行が多くグルグル回って店に着いた。黄色い門をくぐって店内へ。シックな作りがなんとも趣がある。

ベトナムのランチという事でフォーそして春巻き(ベトナム料理としては生春巻が有名だが、ぽんこつマンは上げ春巻きの方が好き)さらにマッドクラブのオイスターソース炒めをオーダーした。ぽんこつマンは当然ローカルビールと一緒にベトナムハーブが聞いた料理を堪能した。

食事中の話で、ホーチミン にも高層ビルがかなり増えたという話をしていたら、彼女がホーチミン の中で一番高いカフェバーがあるという。それはビテクスコフィナンシャルタワー(http://www.bitexcofinancialtower.com/?page_id=1420)という高層ビジネスタワーの52階にあると言う。展望台が49階にあるらしいが入場料を払って上がるらしい。52階にあるカフェバーに行くだけなら展望台への入場料は不要で、ホーチミン の眺望を楽しめるらしい。

EON Heli Bar 52でぽんこつマンはアイスティー、彼女はマンゴーシェークを飲んだ。ドリンクの料金はかなり高額だったが、その眺望代を考えると納得できる。店内にいるウェイトレスもかなりの美形を揃えていたようだった。

彼女とはその後一緒にホテルまで戻って彼女は停めていたバイクに乗って帰っていった。ベトナムの一般女性は昨晩のような職業人を除き、比較的貞操観念に厳しい人が多く、日本人より古風なところがあるという感じがした。

夜は、Tinder で見つけたもう一人の女の子でカラオケで働いている女の子とデートした。ラーメン好きというのでレタントンの日本人街の中のラーメン屋でラーメンを食べた。その後は店に出勤するというので、1時間だけお店に行く事になった。唄は唄わないがウイスキーの水割りを3杯飲んだ。彼女は唄を2曲唄い、コーラを2杯飲んだ。時間が来たので一人ホテルに戻った。明日はバンコクに戻り、数日後にはチェンマイに向かう。

2回目のベトナムはハノイへ

2018年ぽんこつマンのアジアのベースはチェンマイだった。既に早期退職して2017年12月に日本を転出してチェンマイに拠点を移していた。ただし日本にも家が2カ所に残っていてその管理をする上で日本に帰国している期間もそれなりにあった。2018年1月13日チェンマイを出てバンコクを経由して15日に日本へ戻り、2月にチェンマイに戻るにあたり、ベトナム ハノイを挟んでみようと計画を立てた。

ハノイへ行くことになったきっかけも、Tinderで見つけたハノイのカラオケに勤める女の子と実際に現地で会ってみようと考えたからだ。1月31日関西空港22:15発のJET Star でハノイノイバイ空港に翌00:40 到着予定。ハノイには3泊し、2月3日にVETJET でバンコク、2月4日にVETJET でチェンマイに入るという予定を組んだ。

Tinder で見つけた女の子とは2月1日の朝に宿泊するホテルのロビーで会う約束をした。ハノイはこの時が初めてでどこにホテルを取るべきか全く分からなかった。ぽんこつマンのホテル選びは、気になる飯屋に簡単に行きやすいこと、ジョイナーフィーがかからずその街の風俗を体験できる目的地に近いこと、そして初めての街なので比較的安全なエリアであることが条件であった。

ネットでホテルを探していると、ハノイは社会主義国ベトナムの政治の首都であり、法律上買春行為が当局に通報されると厳罰に処されるなどのややこしい情報が目に飛び込んでくる。どうもホーチミン に普通にある、ビアオム、カフェオム、メシオムなどは規模も小さく数も少ないらしい。ハノイの風俗は、エロマーサージ、置屋、カラオケ、それと政府公認のホテルにあるクラブになるらしい。

ただしカラオケといっても、ほとんどの店は歌って踊って酒を飲むだけの店が多く、お持ち帰りができるところは少ないらしかった。ぽんこつマンがTinder で知り合った女の子は日本語の勉強が目的らしく身体を売ってお金を稼ぎたいわけではなさそうだった。

ぽんこつマンが搭乗したJET Star は、出発はほぼ定刻だったが、どうも風の影響で到着は予定より1時間近く遅れた。前方に席をとっていたので到着後ドアが開いてすぐ降機した。急いで入国審査場へ向かい、SIMを入れ替えてタクシースタンドへ向かった時は午前1時半を回っていた。

宿泊先に決めたホテルは、ハノイホテル。政府公認のクラブがあるホテルの一つで、深夜の移動でもGoogle マップで追跡しやすく安心できた。タクシーは空港を出、車が走っていないガラガラの道路をハノイ市内に向かって疾走する。窓の外の景色は店も全て閉まっているようだったのでスマホでGoogle マップを見ていた。

ホテルが近づいて、ようやくまだ空いているのか明かりがついているバーのような店の明かりが見えた。ホテルにチェックインできたのは午前2時過ぎ。早速部屋に入った。2018年ハノイの2月の夜はまだかなり肌寒く、日本を出発するときに来ていたダウンを着ていても汗をかくことはない。部屋に入ったが、ダウンを脱ぐと寒い。毛布も一枚しかないので、フロントに、ヒーターがあれば持ってきて欲しいと頼んだほどだった。

彼女との待ち合わせは午前10時半、ホテルロビーで。昨夜は寒すぎてよく眠れなかった。朝食をホテルで取ってロビーのソファーで彼女を待った。時間通りに彼女はやってきた。その日はよく晴れていて外は気持ちいい。ホテルの裏にちいさな湖があり、ちょっとした公園になっている。そこを一緒に散歩した。そしてランチの相談をした。彼女から「何が食べたい?」と聞かれたので、「シーフード」「ベトナム料理」と答えた。

ホテルの前からタクシーに乗ってレストランに向かった。彼女が選んだ店は、Quán Ăn Ngonというベトナム料理の店(http://quananngon.com.vn)。シーフードもたくさんあるようだった。ちょうどランチの時間で店内はかなり混んでいた。席に案内され料理を頼んだ。揚げ春巻きとフォー、炒め野菜にイカリング揚げ、それとビール。ビールはいくつかのベトナムビールがあるようで、まずはBIA HANOIを頼んだ。2本目はBIA SAIGON SPECIAL。ぽんこつマンには2本目の方が合っている感じがした。昨晩寒くてよく眠れなかったせいか、すぐに酔いが回った。

食事の後レストランを出て、ホアンキエム湖に行った。ハノイ郵便局の前でタクシーを降り、湖岸の道を歩いてNgoc Son templeを見学しに行った。観光バスから多くの観光客が見学に来ていた。

お寺を見終わってまた湖岸の散策道を歩いた。コーヒーを飲みたくなった。ベトナムコーヒーは独特だ。Thủy Tạ Cafe という店に入った。

とても眺めの良いカフェだった。そこで彼女とゆっくり話をした。彼女の出身地、なぜカラオケで働いているのか、日本は好きか、日本人は好きか、などなど。彼女はハノイからさらに北に行った中国国境に近い村で生まれ高校に行ったが、働くためにハノイに出てきた。そして最初は縫製工場で働いていた。昨年までベトナム人の彼氏がいた。でも彼はもっと稼げる仕事を探してホーチミン に行ってしまった。そして別れた。カラオケは給料が縫製工場よりいい。もう彼に気を遣う必要もなくなったのでカラオケで働くことにした。日本語は、その時から独学で勉強している。お酒を飲むのは好きじゃない。でもカラオケの仕事はお酒を飲まないといけない。今でもお酒は強くなれない。酔っ払った時は気持ち悪くて嫌い。乗り物にも酔うことがあって大変。などなど色々話をしてくれた。良い時間になった。彼女は一旦部屋に帰って、カラオケに行く準備をしないといけないと言った。彼女はバイクをホテルに止めているのでホテルまで一緒に行くと言った。

ホテルまでのタクシーの運転は渋滞の中でかなり激しくストップアンドゴーを繰り返した。彼女はどうも気分が悪くなったようだ。ホテルについてロビーのソファで少し休んだ。そしてその時、夜にカラオケでまた会えるかと聞いてきた。ぽんこつマンは店は何時からか聞いてみた。夜の8時からと彼女は言った。まだ夕方の4時。「晩ご飯はどうする?」と聞きかえした。

「えっ、いいの?同伴」と彼女が言った。どうも彼女はぽんこつマンが唄を唄うのは好きじゃないと言っていたことでカラオケが嫌いだと思ったようだった。ぽんこつマンは確かに唄を唄うのが好きじゃないが、カラオケの女の子とイチャイチャするのは嫌いじゃない。「うん」とぽんこつマンは応えた。

彼女は一旦部屋に戻ってバイクを置いてもう一度18時半にくると言った。これから概ね2時間後、ぽんこつマンはホテルで仮眠し、少し昨夜の睡眠できなかった分を取り戻せると思った。

着替えて戻った彼女と夕食に出かけた。店は彼女がたまにお客さんと行く和食屋のようだった。DAO TANという大通りからLinh Lang 通りを80mほど入ったところにある、寿司割烹おような「匠」(http://takumi.com.vn/?language=2)という店だ。

ホテルをタクシーで18時35分に出たが、道幅40〜50mはあろうかというDAO TANという大通りが大渋滞していた。4差路の交差点に路地から車がどんどん入ってくる。車間距離10cmまで前に詰める。車の横に車両一台分の幅があれば車線関係なく突っ込んでくる。パリの凱旋門のロータリーよりもすざましい。譲り合うなんて気持ちがあっては10時間あっても路地から左折でその大通りに入ることは不可能だ。タクシーもバイクもトラックもバスも自家用車もクラクションを鳴らし続けて10cm空いたら詰めるの繰り返し。すざましい光景を目にした。ここまですごい渋滞は初めてだった。

1.5kmほどの距離を1.5時間かけて店についた。時速1キロのタクシー移動ということに気がついた時は青ざめた。店では、日本酒とだし巻き卵、サーモントロの刺身、銀鱈の焼き物、焼き鳥、ポテトサラダそしていくらの軍艦巻き、鉄火巻きを頂いた。この辺りは在ベトナム日本国大使館が近く、日系の会社もあるとのことだった。

夕食を終えて彼女が働いているカラオケへ歩いて向かった。トゥーレ公園の脇を抜けてKim Ma 通りにあるカラオケ店へ。そのエリアはいくつものカラオケ店があるようだ。店に入り、彼女に案内されて階段を登り、ちいさな個室に入った。唄は歌わないと言っていたが一応カラオケの分厚い本をママが持ってくる。彼女は着替えてくると言って出て行き、ぽんこつマンが注文したビールを持って戻ってきた。

彼女とは今日1日でかなり話していたので、もう話すことはあまりなかった。手を握り、肩を抱いて乾杯をした。彼女は歌の題名が載っている本をペラペラと見て、曲を選び何曲か唱った。日本語をちゃんと読めていないのだろうが、歌詞は間違えなかった。彼女は身長が低いことをコンプレックスに思っていたが「もっと日本語が上手になりたい」と健気に話す彼女が愛おしく思えた。その店は本当に唄を唄うことがメインで、エロいことをする客は他の店に行くんだろうと思った。ぽんこつマンもその店で彼女にエロいことをしたいという気持ちはすっかりなくなっていた。できれば乱暴な客が彼女につかないことを祈りたいと思うほど、清い心を見せてくれた彼女だった。

最初から1時間と決めていて、時間はあっという間に来た。会計を済ませ、彼女にも今日1日デートに付き合ってもらったお礼に200,000ドン札を2枚チップとして渡した。彼女の本当の名前も店の源氏名も今でも覚えている。あそこまで清らかな甘酸っぱい気持ちになる女の子はそれ以来出会っていない。

ホテルに戻ったのは、22時を回った頃だったろうか。すぐに部屋に戻らず、クラブにつながる階段を登った。扉を開けると、カウンターがある。そこに座ってジントニックを注文した。入り口を入って右側には女の子たちが大勢待機している。全ての女の子はスタイルがいい。モデルのようだ。ぽんこつマンの好みのタイプが見つかったので隣に座らせて乾杯をした。

このクラブはハノイホテルの宿泊者なら部屋へのお持ち帰りセ●クスができる。選んだ子がしきりにホテルの部屋への持ち帰りを誘ってくる。ぽんこつマンはもう少し飲んでいたい。もう1杯ジントニックを頼んだ。

そのクラブには1時間ほどいただろうか。11時を過ぎてお持ち帰りを決めた。ショートとロングがあるらしいが、その日はショートで充分だと思った。そこにいる女の子は、いわゆる身体を売り物にしているプロだから、恋に落ちる錯覚を楽しめる相手ではないと思ったからだ。

部屋にクラブの女の子を連れて戻った。すぐにシャワーを浴びる。ベッドでその子の首筋、デコルテ、乳房、脇、ヘソ回り、背中、太腿内側をリップで攻める。その子はぽんこつマンの愚息の付け根から亀頭までを手で、そしてリップで刺激する。充分に起立した愚息にコンドーム を装着し、その子をベッドから一旦下ろし、壁に両手をつかせて立たせた。そして背後から突き出した尻の奥にあるアナルに亀頭をあてさらに奥にある膣口に向けて下げていく。膣口に当たる位置で少し下から上へ煽るようにすると亀頭がスルッと膣に埋もれる。その子はつま先立ちでぽんこつマンの突き上げを受け止める。ぽんこつマンは両手をその子の股間に回し、前からクリトリスを弄ぶ。中指で膣口の前方にふれるとそこは愛液でビッジョリ濡れていた。

合体したままで歩きベッドに倒れかかる。その子の足はまだ床にあるが上半身はベッドにうつ伏せの状態。今度は上から下へ愚息を奥に向かって突いて行く。ぽんこつマンも上半身をその子の背中に合わせて手は形のいい乳房の下へ潜らせ、両手の人差し指の腹で乳首を弾く。

その子のそれまで堪えていた声が、ついに爆発する。「あっーーーっ、、、、」ぽんこつマンは根元まで埋もれていた愚息を引き出し、ベッドに仰向けになった。その子はすぐに反応し、ぽんこつマンの上から挿入してくる。正面騎乗位から菊一文字、正面座位へ移り、松葉崩し、そして獅子舞、吊り橋へと体位を変え最後に、その子の両脚を肩に掛け、上半身を前に倒し深い挿入でフィニッシュした。

しばらくふたりで仰向けにベッドに並び、頂点から静かに降りて行く時間を過ごした。いいセ●クスだった。突然その子が足を絡めてきた。向かい合って5秒くらい強く抱きしめ、そして離れた。その子は静かにベッドを降りてシャワーブースへ向かう。シャワーの後ゆっくり服を着て笑みを残してドアを開けた。部屋を出用途するところで200,000ドンのチップを渡した。

翌朝は体のあちこちが痛くなっていた。昨夜は身体を使い過ぎた。午前10時半くらいにゆっくり起き、あらかじめ調べていたハノイのラーメン屋に行こうと思った。その店は、昨晩行った「匠」のある通りをさらに500mほど奥へ行ったところにあった。

店は小さいが、味は悪くない。ぽんこつマンは少し辛めのスープを選んで食べた。その後、その界隈をゆっくり歩いていくつかの良さそうな店を見つけた。Linh Lang 通りにRed Apron(https://redapron.vn)というワインショップも見つけた。かなりのワイン保有数があり、若い女性店員の知識量もかなり高く、1時間くらいワイン談義をさせてもらって楽しい時間を過ごすことができた。それから在ベトナム日本国大使館の方角へ歩いてみた。

大使館の手前はこんな感じ。大使館を過ぎたところに、高級そうな日本料理店があった。その名前は「鳩山」元総理大臣の名前と同じだと思い、興味を持った。夕食の時間には少し早かったが、軽く一杯やってみることにした。

店内に吊り下げられた赤い提灯が日本人には不思議だが、店内の食器や調度品は高級感がある。ぽんこつマンは手前のカウンターに座った。和服を着た若くて可愛い給仕係がおしぼりとメニューを持ってくる。冷酒をとり、寿司を8貫ほど頂いた。鮮度は悪くないようだ。味も悪くなかった。

明日はハノイからバンコクに向かう。そして明後日はチェンマイへ。チェンマイではほぼ1ヶ月滞在する。早期退職を決断するきっかけになった理由がチェンマイにある。ぽんこつマンのタイ人連れ合いがチェンマイに住んでいて、ひとり日本で暮らすことが嫌になったからだった。

初ベトナムはホーチミン

2017年早期退職を前にして、2ヶ月近く残っていた有給休暇を消化して、多くのアジアの街娘を見る旅を計画した。9月は、ジャカルタに行った。そして10月はホーチミンを計画した。このホーチミンへの旅が初ベトナムの旅だった。

当時はまだ日本からベトナムへの直行LCCはなく、ぽんこつマンはバンコクへ一旦入り、バンコクからホーチミンに向かう選択をした。

日本ーバンコク間は2016年から就航を開始したスクートを選んだ。スクートを選んだ理由はバンコクへの到着時刻も23時台でしかも運賃が10,000円を切っていたからだ。バンコクーホーチミン はエアアシア。航空券の代金は片道概ね15,000円。当時は機内持ち込みの重量が10kgまでだったこともあり、バンコク2泊ホーチミン 2泊でもハンドキャリーだけで間に合った。LCCでなくANAやベトナム航空でのダイレクトフライトの半分でバンコクとホーチミンの2都市を楽しめるのが良かった。

10月1日成田を出発、バンコクドンムアン空港にはフライト時間5時間50分で午後2時前には到着予定だった。確かに到着までは問題なかったが、ドンムアン空港に到着してからが大変だった。

飛行機が着陸して、ターミナルに入ってから入国審査場までの距離がとんでもなく長い。入国審査場では、大量の中国人が長蛇の列をなしている。そしてその中国人の審査にそれぞれとんでもなく時間をかけている。中にはブースからその中国人を奥の入国審査室まで連れて行き、厳重な審査をする光景を何度も見た。スクートではかなり前方に席を取っていて、降機したのはほぼ一番だったのに、入国審査を終えてターミナルを出ることができたのは17時を回った頃だった。中国人は中国人限定の別のブースでのみの入国審査をしてほしいと思ったほどだ。

ドンムアン空港からはタクシーでスクンビット沿いのレガシー エクスプレス スクンビット バイ コンパスホスピタリティという3つ星ホテルへ向かった。そのホテルからはナナプラザまで徒歩圏内。

その頃ナナプラザのあるスクンビットソイ4に面したヒラリー2(http://www.hillarygroup.com/hillary-ii)というパブで働く女と生でセクス できる関係になっていた。彼女と会う時は事前に電話で連絡するのだが、今回は電話せずに直接店に行ってみた。

http://www.hillarygroup.com/hillary-ii から引用

いつものように目の前の通りを眺めることができるカウンターに腰を下ろした。あるウェイトレスがやってきて注文を取る。ぽんこつマンは、ビアチャンとフレンチフライを頼んで、いつも飛んで来るはずの女の名前を告げてみた。するとそのウェイトレスは周りを見回して、「彼女はまだ来ていない。もしかしたら今日は休みかも」と話した。確かに木曜から土曜までは彼女は必ず居たが、その彼女が「客が少ない時はよく休む」と言っていたことを思い出した。

ぽんこつマンは彼女に電話してみた。すると彼女は「うん、昨日すごく飲んで大変だった、今日はちょっとしんどいし、今まだバンナーの部屋にいるから休む」と言った。ぽんこつマンは「OK、Take care na」と彼女に伝え電話を切った。その晩は、ビアチャンのピッチャーをひとり飲んで、部屋に戻った。部屋からTinderで見つけたフリーランサーを呼んで味気ない性欲処理をして寝た。

翌朝10時にチェックアウトして再度ドンムアン空港に向かった。搭乗時刻まで4時間近くあったし荷物もハンドキャリーだけだったので、BTSでモチットまで行きそこからタクシーで向かうことにした。

それでもドンムアン空港には11時半には着いていた。搭乗時刻までまだ2時間以上あるが、たくさんの荷物を持った人がチェックインで並んでいて混雑していたのでその最後尾に並んだ。30分くらいでチェックインができ、セキュリティーを通過して出国審査を出てゲートへ向かう途中、遅い昼食をとる。

ホーチミン のタンソンニャット空港へのフライト時間は1時間40分、到着したのは3時を過ぎていた。空港での入国審査は比較的スムーズで、4時半ぐらいには携帯のSIMの入れ替えも終わりタクシースタンドに並ぶことが出来た。

ベトナム初のホーチミンの宿は慣れていないこともあり、ホテルマジェスティックサイゴンにした。途中アジアでは普通にある渋滞に合うが、陽が沈む前にホテルに到着できた。

部屋に荷物を置き、そのホテルにあるカジノに行ってみた。多くのスロットマシン。ルーレットまでマシン。コンピュータ相手のカジノなど全く面白くない。早々に引き上げた。ホテルの外へ出てドンコイ通りを歩いてみた。夕方はますます渋滞が激しくなり、かなりのバイクが車の合間を縫うように走る。ルタントン通りまで行き、ホテルに引き返す前に両替所に立ち寄りその後バー29を覗いて見た。ネットでは置屋バー29として上がっている。営業しているようだが生かす女がいなかった。サイゴンビールを1杯飲んでホテルロビーに戻った。実は日本を出発する前にTinderで知り合ったOLとホテルロビーでシーフードディナーの待ち合わせをしていたのだった。店は彼女が選んでくれている。

ロビーに彼女が現れたのは19時20分。「渋滞してて」と言っていた。彼女は見た感じとても真面目そうに見えた。Tinderではごく普通に英語の練習のつもりで海外の友達を探しているようだった。ぽんこつマンはベトナム語は全くわからない。彼女は英語ができる。それでコミュニケーションがうまく取れたのだ。

ホテルを出て彼女が案内してくれるレストランに向かう。そこはホテルからかなり近いところにあった。Hàng Dương Quán Quận 1(http://hangduongquan.com/thu-vien-anh.html)という店で、通りから階段を上り店内へ。ビルの最上階11階屋上テラスがありそこを予約してくれていたようだった。彼女は何度か来たことがあるらしい。

席についた時には陽はすっかり落ちて、濃紺の空と高層ビルの明かりが見えるだけになっていた。メニューからシンガポール風カニ料理(時価)、焼きエビ(時価)、魚の唐揚げ(時価)と白ワインを注文した。メニューで一番安い料理が195,000ドンだったので高額になることは覚悟した。

白ワインとナッツがやってきたので彼女と乾杯をした。彼女は仕事帰りでバイクで来たと言ってワインはほぼ飲まなかった。やがて料理が揃って、ぽんこつマンのワインのピッチは上がった。屋上にはもちろんエアコンはないが、緩やかにそよぐ風が気持ち良かった。食事を終えた時は22時を回っていた。彼女は彼女は家が7区の方にあり、それほど遠くはないが両親が心配するので今日は帰ると言った。彼女は多分サイゴンの良家のお嬢様なのだろう。店を出る時、明日のランチタイムに会社の近くのカフェでもう一度会おうということになった。そしてホテルの近くで握手をして留めてあるバイクに乗って帰って行った。

翌日ぽんこつマンは、ホテルの屋上にある屋上のテラスで朝食をとった。その日もよく晴れた1日でサイゴン川の流れを見ながらの朝のコーヒーは最高だった。彼女との昼の待ち合わせは12時半にサイゴン市博物館だった。ぽんこつマンは11時にその博物館に行き、展示物を観覧した。12時10分になって、交換していたLINEに彼女から連絡がきた。その近くにある、Lamenda Restaurant & Lounge(http://a-emhotels.com/AEBookingSite/restaurant)に行くからそこに来て欲しいというものだった。

10分ほど歩いてそのカフェについた。テラス席に座りカプチーノを頼んだところに、タクシーから降りてくる彼女を見つけた。手を振ると彼女もぽんこつマンに気付いて席についた。彼女はサンドイッチとミントソーダを注文した。ぽんこつマンは朝食をとって2時間ぐらいしか経っていなかったのでカプチーノについていたクッキーだけで十分だった。40分ほどホーチミン の見どころを話して彼女は仕事に戻ると言って帰っていった。

ぽんこつマンはホーチミンの普通の観光スポットに興味があるわけではなかったが一応素直に聞いた。ぽんこつマンが興味があったのは風俗スポットだったが良家のお嬢様に聞くわけにもいかない。彼女が帰った後、あらかじめネットで調べていた、ブイビエン通りの入り口あたりまでタクシーに乗って出掛けた。それからそのブイビエン通りを歩いてみた。昼間ではあったがバーの多くは開いていた。通りにあるいくつかのエロマッサージ屋から客引きの若い女の子が声をかけてくる。本番は表向き出来ないらしいし、出来たとしても3,500,000ドンも払う気になれない。1時間ほど散策したがホテルに戻ることにしてタクシーを拾った。暑い中を歩いてかいた汗をシャワーで流した。部屋はエアコンが効いていて気持ちがいい。ベッドに寝転んで スマホでTinderを開いた。何人かチェックしているうちにひとり気になる女の子が見つかった。年齢は28と少し高めだったが写真の見た目にはそこそこ可愛い。LIKEを送るとすぐに反応があって、その日の夕方に日本食を食べたいという。彼女は少し日本語ができるらしい。18時にホテルのロビーで待ち合わせることになった。

彼女がロビーに現れたのは18時40分。約束の時間より40分遅れている。しかもTinderの写真よりかなり老けて見える。なんとなく見た目には三十路後半。もしかして10歳サバ読んでいたのかとさえ思えた。店は彼女が連れて行くというのでタクシーに乗った。

日本食といえば、ルタントン通りの近くにそのほとんどがあると思っていたが、タクシーはかなり走ってホテルからかなり離れたところにある店だった。店の名前は忘れてしまったが、サーモンの刺身、茶碗蒸し、天ぷらブリカマ塩焼きと日本酒を注文。彼女は日本食と言っておきながら刺身は一切食べずにブリカマを少しと茶碗蒸しと天ぷらを食べただけだった。生物はやはり怖いのだと思えた。

なんでも高島屋の近くでバーをやっていて、そこの客を探して、Tinderを始めたという。ぽんこつマンはその一人の客として同伴対象になったらしかった。日本食の店を出てタクシーに乗り彼女のバーにいくことになった。確かに高島屋のそばの細い路地を入り、そのバーについた。

店には女の子が二人いたが、他の客は一人としていなかった。女の子二人は日本語も英語もわからないようだった。彼女はその店を最近始めたが客が来なくて困っているらしかったが、ぽんこつマンはどうすることも出来ないただのツーリストだ。このままだと店の家賃も従業員の給料も払えないと言われてもぽんこつマンの問題ではない。10歳ほどもサバを読んでる女にTinderでキャッチにあったと思うしかなかった。店の前の通りには灯りもなく薄暗い。店の内装も濃紺で薄暗い。ジントニックを2杯飲んでチェックしてもらい、500,000ドン置いて店を出た。細く暗い路地から少し広めの道路まで出てタクシーを拾ってホテルに戻った。

部屋に戻ったのは22時過ぎ。Tinderでコールガールと言っていた女の子にLINEで連絡を取り1,500,000ドンでいいと言ったのでホテルに呼んだ。ぽんこつマンはシャワーを浴びて彼女がくるのを待った。23時に部屋に来た彼女は先にキャッシュを受け取りシャワーを浴び、バスタオルを巻いてベッドに来てぽんこつマンの横に仰向けに寝た。彼女がぽんこつマンの股間を弄る。ぽんこつマンは彼女の淫部を弄る。彼女のあそこが濡れてきていたので、ぽんこつマンはコンドームを肉茎に装着して、彼女の淫部を肉茎でこねくり回した。亀頭が膣口にするりと埋まった。そのままゆっくり奥へ進めると、彼女が軽く喘ぎ声をあげた。多分演技だと思えた。

ぽんこつマンはピストンを繰り返し、その速度を上げて行く。彼女は膝を立てた脚をさらに開き、両手でその脚を抱えてぽんこつマンのピストンを受け止める。ぽんこつマンが肉茎を一旦引き抜くと、彼女は四つん這いになり、後背位での挿入を求めた。

ぽんこつマンは熱く起立している肉茎を彼女の膣口に素早く差し込んだ。そして少し乱暴に打ち込んだ。パスン、パスン、パスン、、パス、パスン、、、、。ぽんこつマンは彼女の腰骨を掴み後ろに引き、腰は打ち込みを続けた。そしてフィニッシュを迎えた。

ぽんこつマンが肉茎を彼女の膣から引き抜くと彼女は今まで何もなかったかのようにベッドを降りてシャワーを浴びにバスルームへ行きそこで脱いでいた衣服を着て、「バイ」とひとこと発して部屋を出て行った。ぽんこつマンにもなんの感情も湧かないただの性欲処理の1時間だった。

明日は、バンコクに戻りその翌日からはチェンマイだった。翌朝起きてホテルをチェックインした後に、バンコク行きのフライトまで時間があったので、ぽんこつマンはドンコイ通りにあるマッサージ屋に行った。昨夜の性欲処理の激しい運動で腰にも太腿にも疲労感があった。マッサージ師は若い女だったが話を聞くと小さな子供がいるという。その子供の父親は子供ができたと知ると彼女のもとを去り消えてしまったという。アジアにはこれと同じ話は数え切れないほどある。結果アジアでは女はどんどんたくましくなり、男の無責任さは一向に改善されない。

ぽんこつマンがアジアに堕ちた経緯②

ぽんこつマンの現在の連れ合いになっている女性と初めて知り合った20世期末に日本で婚姻関係にあった女性から離婚を求められ、すんなり離婚を決めることになった。離婚の直接の原因は未だ不明だが、ぽんこつマンの当時の仕事があまりにも多忙で、大阪にあった職場から東京への頻繁な出張と大阪での午前3〜4時までの超過勤務、はたまた海外への出張も相まって自宅にいる時間が極端に少なかったことも離婚の原因の一つだったのだろう。

しかしながら、離婚が成立したことでそれまで毎年2回はハワイへの休暇を守っていた時間がすっかりハワイでなくても良くなり、時差の少ないアジアへの国への休暇が増えていった。海外出張で覚えたCASINOでルーレット遊びをマカオや仁川、ソウルなどで楽しめることもあり、そちらにもしばしば出かけた。特にマカオは、中国返還前から足を運んでいたところで、香港からフェリーで簡単に行けたこともあり、深夜には銃声が聞こえるなど中華系マフィアの抗争とも思える事件もあったタイパ島の、少し危うい香り漂うリスボアホテルのカジノによく出掛けた。今から20年半前の1999年12月に中国に返還となったが、当時はコタイ地区はなくタイパ島の旧エリアにはスパやサウナ、夜総会といった風俗があり、中国人はもちろんアジアの様々な国の嬢と躰を絡める事ができる。またリスボアホテルの地下通路には、かなりのレベルの美女が客引きをしていた。最近は相場が上がっていると思われうが、当時は500HK$でその美女が使うホテルの部屋で遊ぶ事ができるのだった。

カジノで泡銭が出来れば、サウナに行くかリスボアの地下通路の美女としっぽりを楽しむのだが、必ず勝てるわけでもない。それは韓国ソウルでも仁川でも同じでカジノで遊ぶことに熱中し過ぎで風俗遊びができないことも多かった。

タイでのオキニになった現在の連れ合いの元へも年に数回のペースで通っていたが、飛行機はそのオキニが住むチェンマイには私が働いていた大阪からのダイレクトフライトがなく、仁川を経由して大韓航空でチェンマイに入るかバンコク を経由してチェンマイに入るかの選択はどんどんバンコク経由が増えていくことになった。

それはバンコクにはゴーゴーバーもバービアもカラオケクラブマッサージパーラーもチェンマイと比べ物にならないくらいの数があり、比べ物にならないくらいの美女にも巡り合える機会が多いということだ。

こうしてチェンマイに滞在する前後をバンコク で過ごす機会が増えていった。そしてチェンマイの連れ合いには内緒で土日こっそりバンコクで過ごす機会も増えていった。土日をバンコクで過ごす時は、金曜日の深夜大阪発BKK早朝着便へ向かい、日曜日の深夜BKK発大阪早朝着の便を使うのだが、ぽんこつマンもどんどん年齢を重ね深夜フライトでは眠る事ができなくなり、月曜日バンコク早朝発で大阪正午近くに着く便にする事が増えた。

今から15年ほど前は、早朝バンコクに到着後タクシーでゴルフ場に行き、1プレイしてからホテルにチェックイン。土曜の昼下がりに遮光カーテンを閉じて一眠り後夕方からナナプラザやソイカウボーイへ出かけて遊ぶパターン。当時バンコクでのゴルフで一番驚いたのは、コースに到着後客待ちしているキャディーをカラオケやMPの女の子を選ぶと同じように、自分で選択するシステムがあるコースがあり若くて可愛いキャディーを集めていることだった。

最近バンコクでのゴルフはあまりしていないが、今でも記憶しているコースの一つがパンヤインドラ(http://www.panyagolf.com)。プレイ中に「19番ホールも一緒にプレイできるのか」と尋ねたら、「一緒にご飯を食べてホテルまで行ってくれる女の子もたくさんいる」とのことで、プレイ中に金額交渉してお持ち帰りとなるとのことだった。

http://www.panyagolf.com/en/contact-us/ から引用

ぽんこつマンは、深夜フライト後の早朝ゴルフなのでゴルフのプレイ後は夜の出陣のためホテルで休む事をいつも優先したのだが…….。

バンコク市内の遊びは、夕方5時くらいに軽く飯を食べ、まずはバービアへ。バービアで2〜3時間ほど飲んで、夜の8時に開くゴーゴーバーへ。バービアはナナプラザ界隈、ゴーゴーバーはソイカウボーイがぽんこつマンのパターンに定着した。バービアをでてソイカウボーイへ向かう時はほぼ歩き。肝心のホテルいつもはスクンビットソイ3からソイ33くらいまでのエリアで探していた。BTSが無くなる午前0時を過ぎても歩いて帰れる距離と安全を考えてのことだ。ソイ19のThe Key Bangkok(http://www.thekeybangkok.com/en/?utm_source=GMB&utm_medium=HotelHomePage), Sacha’s Hotel Uno(https://www.sachashotel.com), アソーク交差点に近いSukhumvit Suites Hotel(http://www.sukhumvitsuitesbangkok.com) などはソイカウボーイからペイバーした女の子とでも歩いて帰れる距離にあり、ジョイナーフィーも無く良く定宿として利用していた。

ソイカウボーイで日本人好みの女の子が多いゴーゴーバーは、当時からBACCARAだったと思う。最近は韓国人、台湾人、中国人の客が幅を聞かせて日本人は肩身が狭いが、15年ほど前は日本人客は、「優しい」「ケチじゃない」「乱暴じゃない」「しつこくない」と評判は良かったと思う。ぽんこつマンもBACCARAでペイバーした女の子が一番多い。ある時は一人の女の子に惚れ込んだこともある。そしてもう一軒ぽんこつマンが通ったゴーゴーバーがTilac-Barだ。この店はダンサーのレベルは高くないが、ホステス(客を席に案内し飲み物の注文を取る役)に面白おかしい女やババアがいて、一緒に飲むと楽しく過ごせる。ペイバーだけが目的だと残念な事が多いが、楽しくお酒を飲みたいというなら夜10時まではHappy timeでドリンク代も80Bahtと割安だった。ただしレディスドリンクはhappy timeの料金にはならないので、ホステスやダンサーにガンガン飲ませると、結構良い金額になることに注意してほしい。Tilac-Barは、草彅剛主演のテレビドラマ(CX系)「銭の戦争」の一話に日本人の金持ちを騙す舞台として登場する。

バンコクにもエスコートクラブ(https://www.newbangkokescort.com/girls/ 他)があり、ネットで事前に女の子を予約して一緒に遊ぶ事ができる。ぽんこつマンもモノは試しと一度使ってみた事がある。エスコートクラブの女の子は、2時間、4時間、6時間、10時間、24時間と利用時間が長くなればなるほど時間あたりのコストが安くなる。ぽんこつマンは一人の女の子を選んで24時間を依頼した。今日改めて見てみると24時間では12,000Baht になっているようだが、当時は24時間で8,000Baht だったような気がする。ぽんこつマンが空港に着いたら迎えが来ていてバンには既に予約した女の子が待機していた。ネットの写真で見たより多少ふっくらして年齢も少し高めと思えたが、充分満足できるコケティッシュな雰囲気を持っていて、宿泊先として予約していたコンドに到着後、飯を食いに出る以外はずっとセ●クスもその子はOKだった。24時間の擬似恋愛遊戯はあっという間に経って別れる時間はやって来た。本当は直接の連絡先交換は禁止なんだろうが、彼女は快く電話番号を教えてくれ、写真も赤外線通信で送ってくれた。あくまでも女の子が嫌がることを強引に要求せず、紳士的に接したことが彼女には好印象だったのかもしれない。ただその後、彼女と再会することはなかった。当時は既にお気に入りのゴーゴー嬢がいて、ずっと彼女を追いかけていたかったからだ。

かくしてぽんこつマンは、バンコク=クルンテープ(天使の都)という魔都の魅惑に沈んでいくことになる。