ラチャダーピセークエメラルドホテル近くのNATAREEというマッサージパーラーに突撃した日

ぽんこつマンが、2〜3日の有給を取って土日と絡めバンコクだけに年5回はきていた時期がある。その目的は、はっきり言って後腐れなくしかも手っ取り早く若くて可愛い女の子と◯ックスすることだったが、夜はソイカーボーイのゴーゴー嬢をペイバーしてホテルへお持ち帰りして楽しんだ。

その頃の定宿ホテルは、最初の頃は、スクンビットソイ19のThe Key Bangkok Hotel(http://www.thekeybangkok.com/en/index.php)が多かったが、そのすぐ近くにあるサチャズ ホテル ウノ(https://www.sachashotel.com)<10月17日現在現在臨時休業中>を使うようになった。この変化は、ゴーゴー嬢がロングをあまり好まなくなってきたこともあり、ジャグジーやバスタブがなくてもシャワーだけあれば十分になったことや、ベッドルームとリビングが分かれているようなスイートタイプの部屋が不要になったことなどがあった。

そして、その次によく宿泊するようになった宿は、スクンビットアソークの交差点を東に渡ったところにある、Sukhumvit Suites Hotel(http://www.sukhumvitsuitesbangkok.com)が多くなった。ここの部屋は、全く広くはなく、ホテル名にスイートとあるがベッドルームにシャワーだけといったシンプルなものだが、フロントを通過せずエレベーターで直接自分の部屋がある階に上がれることと、何よりさらにソイカウボーイが近く、ペイバーしてショートをこなすには、ベストポジションだったからだった。

もちろんBTS やMRT の駅にも近く、ラチャダーピセークのMPに行くにも確実に時間が読めるのがよかった。

もういつだったかは忘れてしまったが、昼過ぎからホテルを出ていく先は、ラチャダピセーク通りにあるマッサージパーラーが多くなっていて、当時日本人にものすごく人気が高いと噂になっていたナタリーに突撃したことがある。

ナタリーにはMRT スクンビット駅からホイクワーン駅まで列車の後方に乗って、ホイクワーン駅3番出口(ソンブンシーフードホイクワーン店がちかいでぐち)を出て、300mほど南へ戻ることになる(エメラルドホテルの北側)。

ナタリーは、2016年に人身売買(18歳未満の少女を営業に使っていたという罪らしい)の摘発を受けて現在営業していない。しかしぽんこつマンが突入した当時は、確かにやたらと日本人の客が多かったことだけは記憶に残っている。

一般的にマッサージパーラーの客は、一番客が多い時間帯19時から20時でもショウケースロビーに10人から15人くらいのものだが、ぽんこつマンが突入した時は、日本の連休でもない普通の週末の午後3時ごろだったと思うが、20人近くの日本人(多分どこかの農協か漁協のオヤジといった感じの団体)でごった返していた。

ぽんこつマンは一人で飛び込んだのだが金魚鉢にそこそこ気に入った姫を見つけてコンチアに値段を聞いたら3500baht(当時はちょうど1万円くらい)と、ずいぶん高い値段をふっかけられてしまった。

確かに日本人の団体が大挙して訪れて、目の色変えて女の子を選んでいる最中だったから、そうなるのもやむを得ないと諦め、コンチアの言い値をキャッシャーで払って、部屋に上がった。ポセイドンがまだ1800バーツだった頃だからその約2倍だったので何か特別なサービスでもあるのかと期待したのだが…..。

部屋は狭く、薄暗い。なんとなく清潔ではないように感じるくらい、風呂のまわりにはところどころに黒カビが残っているのが見える。

金魚鉢を眺めていた時は、細めで肌の色も白いと思っていたが、その娘はなんだか機嫌が悪いようだった。実際に部屋で彼女のスッポンポンの姿を見た時は、ぽんこつマンに比べて肌は明らかに褐色が強かった。下っ腹には妊娠線と、セルライトがくっきりと見え、年齢的には三十路に近いあるいは三十路越えと思われた。愛嬌があれば、年齢のマイナスは折り返せるのにとぽんこつマンは思った。

いつものようにシャンプーをしてもらおうとすると、すごく面倒な顔をするし、ベッドの上ではただのマグロ状態での挿入だったので、タイ語で会話を交わすこともなく、ひたすら突きまくってフィニッシュして、さっさと部屋を出た。部屋を出る際にチップを要求してきたが、「マイイム、マイミーチャイボリガーン、タンマイハイチップダイナカップ💢」(微笑まない、全くサービスがない、でなんでチップを渡す気になるの💢)とタイ語で伝えて足早に外へ出た。

その後ナタリーに行くことは2度となくなった。明らかに、その時は店側の買い手市場だったと言える状況だったが、もしかすると今見ている子がすぐに誰かに持っていかれるのではないかとの心理が働く時は、どうしても失敗するものだ。めぼしい子を2〜3人見つけられない時は、他の店を覗くのも良いと知った時だった。

今でもなぜあそこまで日本人に人気があったのかということの真相は不明だが、もしかしたら、2016年の摘発の理由になっている18歳未満の少女を働かせていた(処女を売り物にした売春斡旋行為があった)のかもしれないと思える。

確かに、2016年ごろに、チェンマイのチェンマイランドにあったとされる、中学生(処女)を紹介すると噂のあった見かけ上普通のカラオケ店も摘発を受けて、経営者が逮捕されたというニュースが日本語タウン誌に小さく載っていたことを思い出す。

タイが2014年軍によるクーデターで政権が奪われるまでは、そんな摘発の話はミャンマーやラオス、カンボジア国境の麻薬密売ばかりだったが、18歳未満の売春などの摘発は明らかに必要悪として見逃されてきたのだろう。

お金がないと農薬どころか苗すら買えない貧農の娘は、就学途中でもなんでも親に売り飛ばされていたのが今から15年くらい前まではあったということだろう。いや実は今もそんな状況がゼロになってはいないのかもしれない。

最近は、タイでもヨーロッパやオセアニアの国のように売春を合法化しようとする動きがあるようだが、そうしたからといって18歳未満の売春がなくなるということはないだろうとぽんこつマンは思う。

バンコク・ラマ9世通りLa Defenseというマッサージパーラとその裏手にあるキャサリンを覗いてみた

ぽんこつマンは、一時期タイにあるマッサージパーラーの中で覗いてみたい店をリストアップしていた時がある。それは今からすでに5〜6年前以上昔であるが、3泊4日くらいのスケジュールでバンコクのマッサージパーラーで気になる店を回ってみた時がある。

GrabThailand(https://www.grab.com/th/en/)がいつから使える様になったかはよく分からないが、ぽんこつマンがバンコクのMPを回った時は、まだGrabなんて無く、タクシーで移動しやすく、帰りも簡単にタクシーを拾えるところという条件があった。

その意味でLa Defense はラマ9世通りという幹線に面していてタクシーはひっきりなしに通るからLa Defenseの裏手に100mちょっと離れてあるキャサリンも同時に覗きに行ける絶好のロケーションであった。

もうすでになくなってしまったサイトで、バンコクのMPの姫たちの顔写真がアップされているサイトがあり、La Defenseの姫も多くアップされていた。MP遊びは、顔だけで選ぶと失敗するケースが多いことはすでに体験済みだったが、やはり第一印象は顔が好みかどうかで選択肢を絞ることになる。

La Defenseのオープン時間は正午12:00となっている様だったので、ぽんこつマンは4時くらいに店に入れるようにとその日はまずアソークから地下鉄でスティサン駅まで行き、午後2時頃にポセイドンを覗いてみた。その時間だとやはり金魚鉢には5〜6人の姫しかいない状態だったが、アジア系(離れて座っている同士で大きな声で韓国語らしき言葉で話していたから多分韓国人)の客が3〜4人金魚鉢の前のソファーにふんぞり返って横柄な態度で座り、アイスコーヒーをちびちび飲みながら新しい姫が金魚鉢に入ってくるのをずいぶん長く待っているようだった。

ということで早々に、ポセイドンを後にし、ラチャダピセーク通りをホイクワーンに向かって歩いた。ソンブーンシーフードホイクワーン店の前を通り、ハイクラスというMPの前まで行ったが、なんと無くイマイチな印象があり、中に入らずパスした。

さらに、南へ歩いて当時日本人に人気が高いと言われていたナタリー(2016年現在の軍政府によって摘発を受け営業停止中)を覗いたが、ぽんこつ漫画そそられる姫はその時居なかった。コンチアが近づいて来て一生懸命姫を押してくるが、値段が高い割に、年齢がずいぶん高い感じだったのでその時はパスした。(後に物は試しと改めて突入したが、その時の話は改めて書くこととする)

ポセイドンに立ち寄ってからナタリーまで1kmほど歩いたので汗びっしょりになっていた。エメラルドホテルの前にある歩道橋を渡って、ラチャダピセーク通りを反対側に移動し、タクシーを拾った。時間は午後3時を回っていて、向かったLa Defenseには午後4時前には着ける感じだった。

タクシーは、ワッタナータム通りを南下し、ラマ9世通りを左折して物の10分ほどでLa Defenseの前に止まった。ぽんこつマンは料金を払ってすぐに降りた。La Defenseの前の道路は中央の高架の側道で、MPのエントランスが直ぐに見える。

エントランスを入ると、コンチアがお出迎え。サイドラインの女の子がすぐに目に入る。ほぼ全員色白で可愛くスタイルも良い感じは、もうなくなってしまったサイトにある感じとレベルが合っていた。金魚鉢の方はと眺めてみると色白は同じだが少し年齢が上なのかぽっちゃり気味がきになる感じだった。

この店は、タイ人が主な客筋ということらしく、生尺、クンニ、指マン、2回戦がデフォルトになっているとの噂があったが、ポセイドンに比べてやはり値段はかなり高めの設定だった。SLの姫でめちゃくちゃ良いなと思える娘がいたが、コンチアに値段を聞くと5000と言っていたので、論外と判断してLa Defenseを後にして、後ろにあるキャサリンに歩いて行った。

キャサリンはLa Defenseと比べると、明らかに姫の質がかなり落ちる印象だった。値段を確認するまでも無く、引き返した。もう一度La Defenseを覗いたらさっき居た娘の姿は無くなっていて、その日はMP遊びは無しになった。

時刻は5時に近くなっていたのでLa Defenseの前からタクシーを拾って、ナナプラザのバービアに飲みにいくことにした。

バンコクペップリー通りにあるマッサージパーラーメリーエンターテインメント

ぽんこつマンが頻繁にバンコクへ出かけるようになった頃、よくインターネットでタイにあるマッサージパーラーの情報を一生懸命調べたことがある。当時は、よく「外道の細道」というサイトを参考にさせてもらった(最近はあまり更新されていないようだが、まだ閉鎖はされていないようだ)。また既にいくつも閉鎖されてしまったサイトを見て、ぽんこつマンなりにいくつかのMPを回ってみようとリストアップしていた。

ぽんこつマンのリストアップは、タマダーの女の子の料金が安いMPがメインであったが、気になる記事がある店もリストアップしていた。その中でペップリ通りにある店としてはメリーとエビータという2つ向かい合うMPが特に気になっていた。

メリーに行ってみたのは今からもう5〜6年前のことだと思うが、バンコク市内のスクンビットソイ19にあるサチャズ ホテル ウノ(https://www.sachashotel.com)<10月17日現在現在臨時休業中>に泊まっていて、そこからタクシーでラチャダピセーク通りを北上し、ペップリ通りを右折してMPエビータのあるところの近くの歩道橋でタクシーを降りて、タクシーが行きさるのを確認してペップリ通りを渡って徒歩でメリーに入った。

ぽんこつマンがメリーのエントランスを入った時刻は大体一番女の子が揃う時間といわれていた夕方の5時頃だったと思う。エントランスからまっすぐに廊下があり右側にサイドラインの女の子が座っている長いソファーがあったような気がするが、右手奥に一段と明るい金魚鉢が目に入りそこに吸い寄せられるように進んでいった。

金魚鉢の脇にコンチアがいて、金魚鉢の姫は1400バーツ、1800バーツ、サイドラインは90分で2000バーツと言っていたような気がする。ホイクワーンのポセイドンのタマダーが2000バーツからのスタートだったという記憶があり、やはり安いという印象だった。

ぽんこつマンは金魚鉢の中にいる姫の中でふたりに絞ってコンチアにどっちが性格がいいか、サービスが上手かを訊いたら顔はそれほど可愛いわけでは無いが、色白の肌でボディーラインが綺麗な姫を押してくれた。

やっぱりMPで顔を基準に即断するのは、誤りを犯しやすいということかと勝手に思ったが、部屋に入ってからのサービスは悪くはなかった。部屋はポセイドンのような広さは無く、チェンマイのSAYURI 並と言うべき広さだったと思うが、お湯を湯船に張る間、小さなソファーにぴったり身体を寄せて座って、「サワディーカー」と挨拶をする。そしてぽんこつマンのパンツのベルトを緩めに来る。ぽんこつマンは「クンチューアライカップ?」(名前はなんて言うの?)「バンノークコンクンティーナイカップ?」(田舎はどこ?)と極々ありきたりの質問をして彼女の仕事を少し遅らせてみる。

それでもいつの間にかぽんこつマンのパンツは足首まで降ろされて、ぽんこつマンがシャツを脱ぎパンツだけになると彼女がぽんこつマンのシャツとズボンをハンガーに綺麗に掛けて自分も衣装を脱いでスッポンポンになった。そしてぽんこつマンの前にしゃがみ、ぽんこつマンのパンツをゆっくりと降ろしてぽんこつマンもスッポンポンにする。

その時は、ぽんこつまんのお◯んちんはまだ完全に大きくはなっていなかったが、姫はその逸物を眺め、うふっと軽くはにかみ、笑みを浮かべた。「アニーレックパイマイ?」(これ小さすぎ?)と訊いてみると姫は「マイ、マイナ、ピューカウマーク」(いいえ、いいえ、肌がとっても白いです)と話を逸らす。

そうしてお湯が湯船に貯まるのを待つ間に、二人の心の距離は少し縮まっていた。姫がお湯に手を入れて温度を確かめるが、首を捻って「コンイープンショーブナームローンチャイマイ?」(日本人は暑いお湯が好きですよね?)と訊いてくる。そしてお湯が熱くないと言う。

ぽんこつマンも温度を確かめたが確かに日本人にはあったかいとも感じない程度の温度でしかなかったが、「マイペンライカップ」と彼女に行って湯船に浸かることにした。まるで真夏のサイパンの海の温度の様にぬるいと感じる33〜35度の温度だと思った。

彼女がぽんこつマンの身体を洗う間もお湯だけの蛇口だけ開けていても一向に暖かくはならない。彼女は健気にそして丁寧にぽんこつマンの身体全体一度を洗い、ぽんこつマンのお◯んちんと玉袋をもう一度刺激するためにぽんこつマンを立たせて、その部分に改めてボディーシャンプーを泡だてて、マッサージを始める。

彼女の手の動きがぽんこつまんの亀頭のカリをうまく刺激する。もう一方の手で玉袋の裏筋をの少し前あたりから陰茎の付け根辺りに向かってローリングしながら前に動かしてくる。そのマッサージで、ぽんこつマンのその逸物は一旦完全に勃起した。「ヤイナ」(おっきいい)と彼女は言うが、ぽんこつマンはそれをそんなに大きいとは思っていない。

いつものシャンプーのサービスをお願いしてから湯船を出てベッドに向かったが、ベッドでもう一度彼女のぽんこつマンの股間へのマッサージが始まる。最初は手で、そして次はリップ、さらにディープスロートでその逸物の勃起は長時間続いた。

それから、その逸物に口に咥えたコンドームを装着した後に、姫は後背座位の体制で彼女の膣口に当ててゆっくりと腰を沈めていく。姫は膣口を締めているのだろうかと思うほど、ぽんこつマンの肉茎は、膣襞からの刺激を受けた。姫が沈み切ったと思うと同時に彼女は「アウッ」と吐息を漏らし、背中を反らせたかと思いきや、腰を上下に動かし始める。

膣口がぽんこつマンの肉茎の根本を絞め詰めてくる。彼女の膣の奥にあるコリッとした部分がぽんこつマンの亀頭に刺激を与える。5分ぐらいその体位が続いた後、彼女はドギースタイルになりぽんこつマンが突き上げるのを待つ姿勢になる。ぽんこつマンは彼女の左腰骨を左手で掴み、右手は彼女の尾骶骨上にある背骨の始まりの辺りを手の平の小指球という部分でグリグリとローリングしながら、肉茎を姫の裏Gスポット辺りを突き上げる様に腰を前後した。

彼女のヨガリ声が徐々に大きく速くなったのをきっかけに、ぽんこつマンは彼女を仰向けにし、屈曲位で彼女の足を肩に抱えて、上から下へ肉棒を突き下ろした。そのピストンの動きはこれまで以上に速く強く打ち込む様に続けた。

やがてぽんこつマンはフィニッシュを迎え、彼女と一旦離れて仰向けになった。しばらくして彼女はスペルマの溜まったコンドームをティッシュで拭い、顕になった亀頭に口を近づけ舌と唇使って残ったわずかな液体を啜り上げた。そしてぽんこつマンをうつ伏せにしてぽんこつマンのお尻に座って背中と太ももそしてふくらはぎのマッサージをしてくれた。

一通りの行程が終わってぽんこつマンは部屋に頼んで放置したままのビールをグラスに注いで飲んだ。そしてソファーで裸で寄り添いながら過ぎていく時間を静かに過ごした。最後にもう一度シャワーで身体を流して、部屋を出る。

ぽんこつマンがメリーを訪れたのは多分1月でバンコクでも暑い季節ではなかったこともあるとは思うが、ただ1つ風呂のお湯の温度が日本人好みの熱さまで届かず、生温い程度しか暖まらないところは少し残念だっただけで、コンチアが押してくれた姫のサービスはぽんこつマンには充分だった。

ぽんこつマンのバンコクの定宿は、スクンビットソイ19からソイ23までのアソークエリアなので、メリーは近くは無かった。しかしお湯の温度さえもう少し日本人の好きな温度になっていれば、それ以降何度も訪れたと思うが、あれ以来はもう足を向けていない。

バンコクのMPも摘発や業績不振でかかなり廃業しているらしいが、メリーは今も営業している様で、今は良かったと思う。またバンコクに行ける様になったら是非もう一度行ってみようと思っている。しかし、もう1800バーツじゃ難しいだろうけどね。

ポセイドンというマッサージパーラーでタイ発MP体験

ポセイドンというマッサージパーラーは、ぽんこつマンがバンコクで一番最初に行った店だ。ぽんこつマンがまだタイに興味を持つ前に、仕事を一緒にしていた協力会社のプロデューサーからバンコクのマッサージパーラーの話を聞かされていたので、いつかタイを訪れたら行ってみようという気になっていた。

今から既に30年ほど前に、同じ得意先を担当していた仲間がバンコクのブランチに転勤になり、一度遊びに来いというのでそれから3年後に初めてひとりでタイへ3泊4日で遊びに行った。当時はまだタイ料理にもタイマッサージにもそれほど興味はなく、単に昔一緒に働いた仲間に会いゴルフを楽しむだけのつもりだった。

宿泊先にはあまりお金をかけるつもりもなく、ただ漠然とナナプラザという場所の名前を聞いたことがあったので、その近くの安宿を予約したのだった。今から思えば、そのホテルは実にチープでもう2度と泊まりはしないだろうが、当時はその安宿も全く気にはならなかった。

そのホテルは、グランド イン ホテル(Grand Inn Hotel)(https://www.booking.com/hotel/th/grand-inn.ja.html?aid=376383;label=bdot-PKyv50ViAOuyMg2a8bBnRAS438078855260%3Apl%3Ata%3Ap1%3Ap22%2C563%2C000%3Aac%3Aap%3Aneg%3Afi%3Atikwd-334108349%3Alp1009363%3Ali%3Adec%3Adm%3Appccp%3DUmFuZG9tSVYkc2RlIyh9YUqNR_uFB9os3Jm_CnwM6-E;sid=1e3dcfe05dc3f664975ae2e32be99a44;atlas_src=sr_iw_btn;dest_id=-3414440;dest_type=city;dist=0;group_adults=1;group_children=0;no_rooms=1;room1=A;sb_price_type=total;type=total;ucfs=1&)というところでスクンビットソイ3にあり、アラブ人が多くいるエリアだった。

部屋に入るとエアコンはあるものの、カラカラと大きな音がして、あまりよく冷えなかった事を覚えている。今はリノベーションしてエントランスも部屋も大きくなり内装も少しはきれいになっている様だが、当時は本当に場末のキチン宿的だった。

かつての同僚に会いに行くのは翌日の金曜日の夕方だったので、その日ホテルにチェックインしてからは、ホテル界隈のアラブ街からスクンビット通りをアソーク方面に散策した。まだ昼だったが既に土産物屋の屋台やフルーツを売る屋台、それから麺料理を売る屋台が歩道に出て商売をしていて、アジアの混沌をどっぷり感じる事ができた。スクンビットソイ5に近い歩道には、厚化粧で褐色の肌を大胆に露出させた痩せた女が何人も立っていて、たまに通る白人の男たちににじり寄り声をかけていた。

ぽんこつマンにはそれが立ちんぼであることが直ぐにわかった。BTSナナ駅を過ぎ、当時から有名になっていたテーメーカフェの前まで行き、ホテルへ引き返した。時刻はまだ4時で飲みに出るにはまだ早かった。そこで、日本であらかじめネットで調べていたマッサージパーラーへ行ってみようと思った。

当時のインターネット環境は、現在と比べるとスピードの点でかなり劣っていたが、それでもいくつかのマッサージパーラーの画像サイトが見ることが出来た。その中で最も画像が多く女の子の写真もアップしていたのがポセイドンだった。(https://www.poseidon2000.com/deliciousmenu.asp)他にも女の子の写真をアップしているMPもあったが、ぽんこつマンはポセイドンが気に入った。

ぽんこつマンがMPに行く理由の1つがシャンプーをお願いできて、本番プレイの後のマッサージもしてくれるサービスが好きだからだ。今はショウケース(金魚鉢2F)の女の子は2200・2800バーツらしいが、当時は1600バーツからだった気がする。

写真の赤い雛壇に女の子がずらり並ぶ光景は圧巻だった。ぽんこつマンが初めて行った時の時間帯は17:00くらいで次々に左側の入り口から女の子が入ってくるいい時間帯だった様に思える。客は手前の椅子に座って女の子を品定めする。ビールやコーヒーなどを有料だが頼んで気に入った女の子が現れるまでいくら待っていてもいいのだ。

客が入ってきては、大体5分くらいで女の子を決めて、その店のコンチア(おじさんもおばちゃんもお兄ちゃんもいる)にその子が付けている番号を伝えると、そのショウケースから女の子が出てきて、キャッシャーでお金を払って部屋に行くシステムだ。

3階には、モデリングロビーがあって、ショーケースより若目でスタイルのいい女の子が長いソファーに座っていて、その子たちの中から選んで遊ぶことができる。

ショーケースの女の子とは基本2時間、モデリングロビーの女の子とは1.5時間一緒に過ごせることになる。ぽんこつマンは、スタイルや若さよりも性格が良くていいサービスを期待するのでいくらスタイルが良くて若くても、サービスが良くなく、本番もマグロ状態だと嫌なのだ。だからいつもショーケースの女の子の中から選ぶことにしている。

初めてのバンコクでのエロ活動の歴史は、ポセイドンから始まったのである。その後数年間はオーストラリアに行く時もバンコクで乗り継ぎにしてバンコクで一泊したりタイのローカルへ行く時も必ずバンコクで1泊し、夕方からポセイドンで汗を流してもらいついでにシャンプーもしてもらい、その後ナナプラザかソイカウボーイで飲んで、女の子をペイバーしてタイ料理を一緒に食べてホテルで大人のプレイを愉しむ半日フルエロコースを満喫するようになっていった。

初めてポセイドンでマッサージパーラーを体験したその晩もナナプラザのバービアに行ったんだったかなぁ。そこまでの細かい記憶はもうなくなっている。

翌日はバンコクで働く元同僚に夕方会いに行き、晩飯をスクンビットにあるコカでタイスキを食べた。そしてその後同僚とプラザエンターテーメントに行って2回目のMP経験をしたが、その話は次の機会に書くことにする。