Tinderで知り合ったタニヤ娘に12月バンコク着早々会いに行った。

ぽんこつマンは2022年10月、11月は日本に一時帰国していた。日本の居所であったかつての実家を処分して国際空港近くのマンションに引っ越すための終活1段目を実施するためだったが、その2ヶ月の間もTinderのパスポート機能でバンコクの女の子を探していた。

何人かの女の子とはマッチするが、今は日本にいると説明すると大概はその後連絡がなくなってしまう。ぽんこつマンの年齢のせいもあるだろうが、実際にTinder に登録しているタイの女の子の多くの目的は長期的にサポートしてもらえる可能性が高く金銭的に余裕のある外国人を求めていると感じる。

その意味で日本人は今から20年くらい前までははっきりと対象だったと思えるが、今では韓国人、中国人の人気の方が高くなっているようだ。しかも最近のTinderに登録しているタイ人の女の子は年齢的に10歳くらいまで年上の男性を探しているケースが多いと思う。

ということでぽんこつマンのLIKEにマッチしてくる女の子はフリーランサーやジャパニーズカラオケなどで働く子が多く要はTinderでカスタマーを探しているというのがほとんどなのだろう。それでもぽんこつマンはタイのバンコクで少しでもハッピーな時間を一緒に過ごせる女の子を求めてTinder でのマッチを日々探していた。

日本の新しい居所が決まり、そろそろ引っ越しの準備に入ろうとしていた11月の初旬にマッチした女の子のうちシーロムに住んでいるという娘とはLINEを交換して話すようになりタイへの渡航数日前にはその子からかなり積極的にアプローチされるようになっていた。

Tinderにアップされた彼女の1枚の写真

そして彼女の方からぽんこつマンのBKKの到着日時の質問や到着したらすぐ連絡が欲しいというメッセージを出発前日に受けていたこともあり、ぽんこつマンは羽田空港からの深夜便搭乗前にその娘に到着予定時間を送っていた。

今回のぽんこつマンの渡航にあたり以前の居所を引き払うにあたりどうしてもタイへ運んでおきたいものも多く、スーツケース4個とハンドキャリーバック、リュック、そしてショルダーバックと大層な荷物を運ぶため、飛行機内でも少し眠り、ぽんこつマンは一旦バンコクの今度の部屋に荷物を入れた後部屋でしばらく寝る予定だったが、いつものことで機内での睡眠もバンコクの部屋でも眠ることができなかった。そんな時シーロムに住むという彼女からのLINEが入った。

彼女はタニヤのカラオケで働き始めたばかりとのことでその前は韓国で工場勤務していたと言ったがどこまでが本当かどうかはどうでも良かった。彼女のLINEでの名前はNana となっている。彼女はどうもカラオケに来てくれる客を探しているようだったが、ぽんこつマンがカラオケは好きではないと伝えると、一緒にご飯を食べるだけでもいいから会いたいとメッセージを入れてくる。

ぽんこつマンはその日の昼に寝るのを諦めていたので、飯だけならと思い16:30PM、タニヤプラザ前での待ち合わせをOKした。15時少し前にGoogle Mapで交通事情を見るとぽんこつマンの部屋からタニヤまではタクシーで30分ちょっとと表示されたので身体の疲労度も考慮してタクシーで向かうことにしてシャワーを浴びて16時少し前にタクシーを拾った。

12月2日は金曜日だったがどうもタイでは翌週の月曜日がお父さんの日(ワンポー)の祝日らしく3連休になるのでその日の夕方のバンコク市内はさほど混んでいないようだった。その日ぽんこつマンの部屋があるエリアからは高速に乗ってタニヤに向かうのが一番短時間で行けるようで、拾ったタクシーに高速(タンドゥアン=有料道路)を使ってタニヤに向かうよう伝えた。

タクシーに乗って彼女にLINEしたら、彼女も今から部屋を出てたにやプラザに向かうという。16:20PM頃に「今どこ?」というメッセージが入って、ぽんこつマンは位置情報を彼女に送った。16:25PMには高速から降りてラマ4世通りからスリウォン通りに入る交差点まで来ていた。そこからタニヤプラザまでは数分で着くので約束の時間にはほぼ間違いなく到着するはずだ。

タニヤプラザ前でタクシーを降りると彼女らしき女の子がタニヤプラザビルの反対側の通路にあるプラスチックの椅子の座っていて、ぽんこつマンにすぐ気がついて手を振ってきた。何を食べるかはまだ何も決めていなかったが居酒屋に行くことだけは決めていた。

そして彼女が選んだ店は世界の山ちゃんだった。すでに多くの席が予約されていて飛び込みでふたりが案内された席はガラス窓にへばりつくように配置されたふたりが向かい合うだけの狭い席。彼女はもうちょっとゆったりできる席を店員にリクエストしたが、すでに4人掛けの席は予約済みだと返されていた。

ぽんこつマンはこれまで世界の山ちゃんはなぜか敬遠していて入るのが初めてだった。そこでぽんこつマンは4、5皿の料理と生ビールを注文した。彼女は韓国焼酎を選んだ。30分でぽんこつマンのビールも彼女の韓国焼酎も空になって、新たに追加した。料理が格別に美味いわけでもなかったが、ぽんこつマンは2杯目の生ビールを飲み干した17:30頃に彼女が、カラオケの店は18時オープンだからあと少ししたらここを出て仕事のために化粧と着替えをしに店に行くと言った。

タニヤで18時オープンの店とはいかにも早いが、彼女は店で着替えと化粧が終わったらLINEするので店に顔を出してと懇願する。ぽんこつマンも少し酔っていていい気分だったのでほんとは彼女と食事した後はパッポンのGoGoバー巡りを考えていた。さすがにGoGoバーは18時にオープンはしていないので、1時間だけ彼女が働く店に顔を出すことにした。

店の名前は『Sayuri Club』というらしい。ぽんこつマンはもう一杯の生ビールを頼んで彼女は席を立つ。ぽんこつマンは一人でまだテーブルに残っている料理を食べながらビールを飲み進める。グラスの4分の3くらい飲んだ頃にLINE電話が入った。「もう準備できたから店の下に降りて待ってる」という。そこでぽんこつマンは会計を頼んで残りのビールを飲み干した。

会計を済ませ、彼女が働くという店を目指して歩く。世界の山ちゃんの店からはゆっくり歩いても2分もかからない距離。大阪王将、ゴールドカレーを過ぎ、奥まで歩くと衣装に着替えた彼女がママと一緒にぽんこつマンを迎えに降りてきていた。

ぽんこつマンはタニヤのカラオケクラブには今から5〜6年前にマーメイドという店に通ったことはあるものの、それ以外の店はほとんど知らなかった。エレベーターで店の入り口まで上がるとVIPの部屋を今日はタダにすると言われさらに上の階に階段で上がる。

料金は1時間飲み放題が700B、VIPルーム代は500B、レディースドリンクはテキーラ1杯250B、1000バーツで1杯追加の5杯注文可能とのことだ。ぽんこつマンはまずはビアチャン、彼女にはテキーラ5杯。VIPの部屋で彼女と二人きりになり、彼女は一気にテキーラ5杯を飲む。ぽんこつマンはそれに釣られてビールを一気に飲みウィスキーをオンザロックで注文。ママが入ってきてペイバーを勧める。彼女もペイバーされたがるが、ぽんこつマンはペイバーしてのショートは好きではないし、タニヤのショートも料金的に好まないのでパスする。ぽんこつマンはオンザロックを追加、彼女にもう1回テキーラ5杯を奢り、彼女とは別の機会にプライベートで体を絡める事を話して、会計を済ませる。店に入った時間が18:30となっていて店を出たのは19時25分。飲み放題は1時間のみでVat込みトータル2889B。カードで決済して店を出た。

その足でスリウォン通りへ出てパッポン2に向かうが、ピンクパンサーはまだ開店していないようなので、パッポン2をシーロム通りに向かって歩く。その先には階上がガラス張りになってGoGo嬢が踊っている様子が見えるBlack Pagodaがある。パッポンのGoGoバーではキングキャッスル1、ピンクパンサーには何度か行ったことがあるがいつもBlack Pagodaは階下から見上げるだけで素通りしていた。しかし今回は階段下にいる呼び込みのおばちゃんの感じが良かったので初めて上に上がってみることにした。ちょうど小便もしたかったので都合が良いこともあった。

トイレを済ませ店の中に入る。入り口に近い席に案内され、ビアちゃんを一本頼んだ。小さなステージに立つポールにしがみついて妖艶に踊るダンサーを何人が見たがほとんどの嬢が腹が迫り出していて、席につけて飲み物を奢る対象ではない。ビアチャンを一本あけてあらためてトイレに行き戻ってきてさらにもう一本注文を入れた頃に、出勤してきた嬢が比較的タイプだったので席に呼んで一杯奢った。話を少ししたがノリがイマイチだったので店を出ることにした。会計はビアチャン2本とレディスドリンク1杯で500Bに少し行かない感じ。現金500Bを置いて店を出た。

せっかくパッポンに来たからキングキャッスルにも行ってみた。時間はまだ9時を少し過ぎた頃だったせいか女の子はかなり少なめ、客はファラン、中国人、韓国人。日本人は見当たらない。1時間ほどいたが気になる嬢は現れず店を出た。ビアちゃんをここでも2本飲んだがすでにかなり酔っていたのでいくら払ったかは覚えていない。

ピンクパンサー

パッポンの最後はいつもピンクパンサーになるので来た道を戻りピンクパンサーに入る。席に案内されビアチャンを注文。ここは客も多いが嬢も多い。ダンス待ちの嬢の中に気になる子がいたので席につかせて一杯奢った。その娘はなかなかノリのいい娘でおっぱいとお尻を触りながらくだらない話をしたが、すでにぽんこつマンは記憶を無くしていて今は全く何を話したか覚えていない。

Tinder で知り合ったSayuri clubのNanaちゃんからは、ぽんこつマンがパッポンを徘徊している間に何回かメッセージが入っていることを帰りのタクシーの中で知ったが、特にその日は返信しなかった。

そして翌朝LINEにGood morningのスタンプをNanaちゃんに入れた。するともう一度会いたいとメッセージが入る。何回かメッセージを交換してぽんこつマンが7日にホテルワンスバンコクというホテルに行く予定があり、店が跳ねたら泊まりに来るかを尋ねてみた。その応えは「マイルー」。

タイの女の子がお泊りの誘いに対して「マイルー」というときは基本Noだということはよく知っている。彼女はその返しでもう少し早い時間にお昼を一緒に食べたいと言ってきた。

結果12月5日ワンポーの祝日11:30AMに再度タニヤプラザで会うことを約束した。LINEで次に会うときはぽんこつマンのガールフレンドになれるかどうか知りたいと伝えていたが、彼女はガールフレンドになるのはOKだが最初にベッドを共にするときは3000Bを貰いたいと言ってくる。いわゆるバーファイン(夜の飲み屋で働く女の子がペイバーされた時に受け取るチップ)だ。

ぽんこつマンは前回会った時に彼女のおっぱいがシリコン胸でないことや体にまとわりついている脂肪の具合がぽんこつマンの好みである事を確認していたので一度彼女の秘部の具合も確認したいと感じていた。

彼女と再会する日がやって来て、ぽんこつマンは再びタクシーに乗りタニヤに向かった。この日はまだ11時という早い時間だったがタクシーのドライバーは高速に上がった。なんでもワンポー(タイのお父さんの祝日)は高速が無料なのだそうだ。休日なので一般道もさほど渋滞はしていないのだがやはり高速の方が早く到着するようだった。

ぽんこつマンは、予想以上に早くタニヤプラザに着いたのでタニヤプラザの中にあるスタバで冷たいコーヒーを買い彼女の到着を待った。彼女は11:30AMを5〜7分過ぎた頃にタニヤプラザに着いたとLINEして来た。彼女がスタバに来たので何を食べるかの相談をした。

ぽんこつマンはその日どうしてもとんこつラーメンが食べたかったので、タニヤ通りの中程にある内田家ラーメンに行く事を決めていた。店に入りラーメンと餃子を注文。彼女は何やら相当辛いまぜそばを注文した。タイ人でも辛いというほどの辛さでぽんこつマンには到底食べきれない。彼女もその量と辛さに少し残すほどだったが、彼女はその場でお酒が飲みたいと言い、とりあえず枝前と生ビールを追加注文した。食欲が満たされた後は性欲を満たしたくなるのは男として至極当然。その事を彼女に伝えると、「ホテルとってある?」と聞いてきた。ここはタニヤ、ホテルを予めとってなくてもご休憩用のホテルはあるだろうと思った。彼女に休憩用のホテルを聞いたが、まだタニヤで働き始めて1週間くらいなので良くわからないと惚ける。しょうがないのでGoogle Mapで料金の安いホテルを探してウォークインすることにした。

その時Google Mapに上がって来た一番近くて安いホテル(ホステルではなく)はWall Street Inn Hotel。とりあえずふたりで歩いて向かう。そこは有馬温泉のさらに奥にある。先に一泊料金700Bほどを払い部屋に入るがベッドがあまりにもお粗末、エアコンの音は凄まじいが一向に冷えない。彼女がトイレに入るとトイレの水が流れないというので部屋を変えてもらったが、その部屋もほとんど前と変わらない。完全な失敗パターン。しかしそれでも一旦欲情したぽんこつマンはその部屋で彼女とのベッドインを決行する。

以前約束していた3000Bは用意していたが渡す前に、彼女がぽんこつマンにシャワーを浴びるよう促したので先にシャワーを浴びる。続いて彼女がシャワーを浴びてベッドに戻ってきた。お互いバスタオル一枚のまま、ベッドで抱きしめ合う。キスをして彼女のバスタオルをゆっくり剥がし、それなりに豊かなオリジナルの乳房の側面に手を這わせた。乳首を吸い、脇、腹や腰にも舌を這わせて彼女の秘部に手を当てがった時には、彼女の膣周りはすでに湿っていた。

ぽんこつマンの逸物はその膣周りの湿り具合を知って一気に怒張する。予め彼女が用意していたコンドームを装着し、仰向けになった彼女に覆い被さり伸長位でゆっくりと亀頭を彼女の膣口の中に進めていく。カリが彼女の括約筋に納まったところで微かなゆっくりとしたピストンで彼女とのつながりを味わい、今度は彼女の両脚を少し広げて両手で支えて正常位で少し深くへ肉茎を押し入れる。彼女の膣壁の肉襞の具合はなかなかの感触だった。調子に乗って腰を前後するとすぐにフィニッシュしてしまいそうなので少し抑えめのスピードで腰を入れ入れた時より少し早めに引く動きで膣内が更にあい液で溢れる感覚を感じる。

体を入れ替え次は測位で交わり、その流れから最後に松葉崩しで肉茎を彼女の至急高に届くように深く挿入する。ぽんこつマンの亀頭は彼女の子宮口に幾度かあたって快感がぽんこつマンの発射を促した。

ぽんこつマンは彼女の両脚を肩に抱えて屈曲位をとり上から下へ肉棒を杭打ちして彼女の顔が快感に歪むのをみながらコンドームの中に濃厚な白い液体を大量に放出した。

そのあとふたりはすぐにそのホテルを出て、焼き肉432に向かった。昔マーメードというカラオケクラブの嬢とよく通った店だ。セックスを済ませた後、女が肉を喰らうのを見るのはかなりエロい。特にユッケをつまんで口に運ぶ時のエロさは格別だ。そうゆうエロさを見るからポンコツマンは、また幾度となく違う女を口説き落としたくなるのだ。

アドフェスト(アジア太平洋広告祭)とジャニーズのコンサートが開れていた3月にパタヤに一人旅

あれは、2003年か2004年の3月の初旬ことだった。その時はまだ大阪の会社に勤めていたぽんこつマンは、3月末は年度末ではあったが、初旬に有休が取れることとなったので急遽タイに行こうと思った。3月は学生たちも春休みなので航空運賃は総じて高くなるのだが、有休の予定を入れた1月の段階では、まだタイ航空大阪ーバンコク線にはまだ安いブッキングクラス(V)の席に空きがあって、確か往復5万円代でチケットが手に入った。

出発当日、ぽんこつマンは通勤で使っていたJRで大阪まで行き、地下鉄で難波まで、そしてラピートに乗って関西空港へ向かった。タイ航空のカウンターでチェックインしているときに、いつもなら大体おっさんの客が多いバンコク線だが、その日はやたら若い女の子が多いことに気が付いた。しかしその理由はまだわからなかった。

当時、このタイ航空大阪発バンコク行きは満席になることが多くはなく、いつもはエコノミーに空席があって、よく隣の席を荷物置き場として使うことができたが、その日は完全に満席だったようだ。

ぽんこつマンは、できるだけで出口に近い通路側の席をお願いするのだが、その日は通路側は中程まで下がらないと無いと言われた。飛行機に乗り込むといつものバンコク線とは少し様子が違っていて、後方の方に多くの若い女の子が固まって座っているのに気が付いた。

その時は、まぁ春休みだからと思っていたが、バンコクに着き荷物を受け取って到著ロビーに出ようとカスタムを通過したら、その先に多くの若い日本人の女の子が誰かを出待ちしている様子が目に飛び込んだ。

その時はぽんこつマンには全く関係のない話だと思いきにもしていなかったが、後からちょうどパタヤで音楽フェスがあり、そこにジャニーズの有名グループ(多分SMAP)がやってくる予定になっていたと言う話をパタヤのタイマッサージ屋のおばちゃんから聞くことになった。

どうりで、飛行機の中にもスワナブーム空港にも日本の若い女の子であふれていたと言う理由が分かった。なんでもそのジャニーズのグループはハードロック・ホテル パタヤ(https://pattaya.hardrockhotels.net)に泊まるという噂もあり、ぽんこつマンが宿として予約したグランド ホテルという3つ星の安宿に行く途中に通るビーチロードもハードロック・ホテル パタヤの辺りに若い日本人の女の子がたむろしている様子が見えた。

ぽんこつマンのパタヤへの表向き目的は、ロイヤル クリフ グランド ホテル(https://www.royalcliff.com)で開催されていたアドフェストを覗きに行くというものだったが、本当の目的は、パタヤでタイの女の子と遊ぶことだった。

ぽんこつマンは、スワナブーム空港についてからタクシーでパタヤに向かったが、朝早かったためウォーキングストリート近くにあるグランド ホテルという3つ星の安宿にには朝早く到着してしまった。部屋が空いてさえいれば、すぐに部屋に入って仮眠をとりたかったがその日はまだ部屋が清掃できていないとのことで昼まで待つように言われた。

朝10:00からアドフェスト会場は開くはずだったから、ホテルに荷物を預けて、ロイヤルクリフにソンテウで向かった。ロイヤル クリフ グランド ホテルはタイ資本の名門5つ星ホテルらしく、相乗りソンテウの経路にはなく、ソンテウをタクシーがわりに貸し切る形で向かうことになる。

人が載っていない空のソンテウに手をあげ止めて40バーツで行ってくれることになった。ロイヤル クリフ グランド ホテルについてまずは、ロビーでコーヒーを飲んで10時になるのを待った。そのコーヒーは、ソンテウの何倍もする値段だった事にも驚いた。

なんでもタイでロイヤルと冠名を付けれるのは王様の親戚筋だけらしく、そこのオーナーも国会議員そして、政府の観光大臣か政務官をやっているらしかった。アドフェストの会場は、エントランスを出て左手に歩いた先にあるPattaya Exhibition And Convention Hall(https://www.peachthailand.com)でやっていた。

時間になったので会場へ向かい、ウォークスルーチケットを購入して入場した。世界から集まったプリント媒体の広告作品がホールロビーに展示され、大ホールでは幾多のコマーシャルムービー作品が上映されていた。アドフェストは1998年に創設されていてその歴史はカンヌ国際広告祭やクリオアワードよりかなり新しいが、既にカンヌ国際広告祭の前哨戦的な意味で出品する作品が多かった為、アジアオセアニア地域に限らず、多くの国からのエントリーがあったようだ。

アドフェストの会場で3時間ぐらい過ごしただろうか。お腹が空いてきたので、パタヤの街に降りることにした。まずホテルにチェックインし、ウォーキングストリートからビーチロードへ出てマクドナルドで軽く食べた。それから少しビーチロードをノースパタヤ方向に歩いて、ビーチが見えるバービアでビールを飲んだ。

そこにひとりのタイ人の女がやってきた。名前はAnn と言っていただろうか。年齢は28と言っていた。若くはなかったが、可愛い感じの女だった。何杯か一緒に飲んで、馬鹿な話をしてゲームに興じ、たくさん笑った。彼女は日本語もそこそこ話せたので楽しい時間はあっという間に過ぎて、夕方になった。

ぽんこつマンは、晩飯はシーフードを食べようと考えていたのでAnn に一緒に行くか聞いてみた。Ann は目を大きくまん丸にして「はい〜❤️」と無邪気な返事を返す。そこで彼女をペイバーして店を出る。ソンテウでウォーキングストリート入り口まで行き、そこから500mほど歩いてナンヌアルというシーフードレストランに向かった。

入り口には、ロブスターや牡蠣、カニ、シャコなどが並べられ、好みの魚介を選んで調理を頼むことができるシステムだ。もちろん野菜やスープのメニューも色々あるようだった。

ぽんこつマンは、マッドクラブ、ロブスター、オイスターを選んでテーブルについた。白ワインを選んでAnn と一緒に飲んだ。当時はタイではまだワインが豊富にはなく、しかも赤が主流だったが、流石にパタヤのシーフード店で、シャルドネくらいはあるだろうとオーダーしたのだった。

彼女はもともとチョンブリ県の出身で今はバービアで働いている。実家は貧乏で学校は中学までしかいっていない。ひとりの息子がいるが、その父親は妊娠が分かって直ぐに行方を晦ました、と言っていた。実家には父と母がいて、息子はそこに居る。お金を稼ぐのは大変だけど、パタヤの雰囲気はすごく好き。彼女はその時は英語で色々話してくれた。

多分、パタヤには欧米人が頻繁に遊びに来るのでその相手をしているうちに英語を覚えていったのだろう。そして少しの日本語も日本人との客を相手しているうちに身についたんだと思う。彼女の人懐っこさが、多くの訪問者の心を開いてきたのだろうと思った。

その日は、彼女をホテルへ連れ帰って男と女の関係になることは、ごく自然な流れだった。ホテルの部屋にはバスタブがありお湯を張って一緒に入った。彼女は熱いと言いながらも、しばらくぽんこつマンと体を合わせていた。

タイのホテルにあるバスタブのほとんどは、寝て浸かるタイプなので、ぽんこつマンの上に乗る感じで彼女は湯船に漬かったのだった。ぽんこつマンは彼女のそう大きくはない乳房に両手を当てがい、中指で彼女の乳首を弄んだ。彼女は、自分の股間の下にあるぽんこつマンの男性器に手を伸ばそうとしたが届かない。ぽんこつマンが右手を彼女の股間に伸ばし、クリトリスを探し当てて転がすと身をよじって吐息を漏らした。

その後ふたりは立ち上がり、ボディーシャンプーでお互いの身体を洗いあった。彼女はぽんこつマンの肉茎や玉袋を他より丁寧に優しくマッサージしながら洗ってくれた。ぽんこつマンは彼女のアナルからクリトリスにかかる股間のラインを入念に手のひらで洗った。時折アナルや膣のくぼみに中指を軽く挿入しながら彼女の秘部から愛液が漏れ出すのを待って、シャワーで体に残っている泡をきれいに洗い流し、ベッドに向かった。

当時は、世界中でHIVの流行が話題になっていたので、ぽんこつマンもAnn もいきなり生での挿入は考えなかった。Ann はdurex のコンドームをいくつも持っていたし、ぽんこつマンはオカモトや不二ラテックスのコンドームを何種類も持って出かけていた。

ベッドでは、Ann は激しく動いた。ぽんこつマンも激しく突いた。騎乗位、背面騎乗位、後背位、松葉崩し、側位、正常位、屈曲位、伸長位……。ザーメンをコンドームに射出しては少し休みそしてまた求めあう。翌日の朝10時まで4回は繋がりあったと思う。

昼にホテルを出て、ビーチの日陰でふたりはビールを飲み少し眠った。夕方近くなりさすがに朝からろくに食べていなかったので腹が空いてきた。ぽんこつマンはAnn に何か食べに行こうと伝えたところ、Ann は「今日は私が店を選んでいい?」ときいてきた。「OK、もちろん」と速攻で答えた。

彼女とビーチロードでソンテウを拾い、彼女が行き先を確認しそれに乗る。もう着いた店の位置も名前も覚えていないが、それは3rd. ロードに面した小さなローカル向けのムーガタ屋だった。それでも夕方の17時前だったが、人で溢れていた。あっという間に炭が運ばれ鍋が置かれた。Ann が豚肉と海老、野菜の焼き物を頼み、ポンんこつまんはビアチャンでそれを流し込んだ。

Ann は19時には部屋に戻ってバービアに働きに行くと言っていたので、せっせと食べたのだった。はらぺこが一気に満腹になり、もう食べれないとなった。時間は18:30を少し回った頃だった。ぽんこつマンはAnn とその店で別れ、そこからいったんホテルに戻り、パタヤのマッサージパーラーを覗きに行く事にした。

パタヤのマッサージパーラは、2nd. ロードにいくつかあったが、その話はこの記事には書かずに次の記事で書こうと思う。今回は、パタヤで出会ったAnn との話で終えておこうと思う。なぜなら、タイの女性に本当の意味で好きという感情を持った最初の出会いがAnn だったからだ。

ぽんこつマンは、今日までAnn と名乗る女性との出会いは3回ある。ひとり目はパタヤのAnn。ふたり目は、フィリピン、オロンガポのAnn、3人目はバンコクのAnn、アンと名乗る女にやたらと会うのは、アンと名乗る女性がただ多いからなのか、それともぽんこつマンにアンと名乗る女性に縁があるのかわからないが、もしかしたら、またどこかでアンと名乗る女性に出会うことがあるかも知れないと思うと少し楽しみになる。

バンコクマッサージパーラはコロナでほぼ全滅、でもエスコートはまだ生きているようだ

ぽんこつマンがタイで一番最初に接した風俗は、以前の投稿でも書いているが、マッサージパーラーだ。かつてはホームページで在籍の女の子を見ることができる店も多かったが、2020年9月30日現在、ホームページが存在するのはポセイドンとユートピアだけで、在籍の女性の写真は全て消えている。ポセイドンにメールで問い合わせてみたが何の返信もなく電話してみたが誰も出ない。

ぽんこつマンは日本に戻ったままタイには行けないでいるので状況の悲惨さを確認する事はできないが、現在の軍事政権が2014年5月にクーデターによって樹立されてから、タイ警察の権力と軍の軋轢によって、タイ警察の支配下にあったマッサージパーラが軍によって摘発を受け、徐々に廃業や統合が進んだらしいが、コロナの世界蔓延による非常事態宣言令で全ての風俗産業が2020年3月末から営業停止に追い込まれた。

7月からは営業再開が認められているようだが、ゴーゴーバーにしろ、カラオケクラブにしろ、これまで多くの外国人観光客に支えられてきた風俗産業や飲食業の多くは連日顧客の姿がない状態で、いずれ廃業せざるを得なくなる瀕死の状態のようである。

そんなタイの風俗業界の頼みの綱は、3月26日からタイを出国できなくなった観光客や不法就労していた外国人、そして就労ビザを持ちタイで働いている外国人と特定の富裕タイ人だけが顧客という状況で、店舗を構えての営業にはかなりの負荷がかかる事は必至だ。

それ故に大きな施設でコンチアやMP嬢、メバーン、キャッシャーなどを確保し、煌々と灯りとエアコンをつけて、風呂のお湯をわかし店を開けて置くだけで、かなりのコストがかかるマッサージパーラーは明らかに不良資産でしかなくなるのは、誰の目にも明らかだ。

そもそもタイの法律では、買春も売春も違法で実際にはゴム付き本番は当たり前にあることをただ見て見ぬ振りをして黙認されていたことで成り立っていたマッサージパーラーはタイの貧困層女性の就業場所として地方農村部の小作農家族や若い時に対人男性に孕まされ出産したらそのタイ男が生活の面倒を見ることなく逃げて子供の養育を自分の親に任せているシングルマザーなどの経済救済機能もあったのだが、顧客となる人数が激減してしまっている現在、営業できるところはもうほぼないのかもしれない。

それに比べ、エスコートはアウトコール専門なので、ネットさえあれば営業でき、MPといった特殊浴場システムは不要でパソコンの電気代とネット費用を負担すれば営業可能になる。また客単価もMPのタマダーより高い設定だ。

最近は、タイで売春の合法化が叫ばれているようだが、本当に合法化されれば、個人が個人と取引しやすくなるだろうから中間搾取が益々厳しくなるだろうから、いずれタイの風俗産業の構造改革が急速に進む可能性がある。

ぽんこつマンは、20年ほど前にネットでタイのエスコートサービスを調べたところ、ぽんこつマンがお願いしてもいいレベルのタイの女の子が居たサイトは3〜4つだったが、ロシア、東欧系専門や南米系を合わせると7つくらいはありそうだった。また昔ぽんこつマンが使ったことがある老舗のエスコートクラブは今も健在で営業しているようだ。

それが、NEW BANGKOK ESCORT CLUB(https://www.newbangkokescort.com)だ。タイに行く前にネットで女の子を選んでどのくらいの時間を一緒に過ごすかを決めて、宿泊するホテルやコンドミニアムとメールアドレスと名前を登録すれば、バンコクに到着するときに空港に迎えに来てもらうことも可能になる。空港に恋人が待ってくれていると言う状況を作れるのだ。

ぽんこつマンは一番最初は2日間女の子を継続した。その次は、長時間ブッキングしようとした女の子が居ないということで、他の子をバンコクに着いてから選んでショートで部屋に呼んだ。

最近はTinderで個人営業で客を探している娘も多いが、一度個人の娘だと思って呼んだ女が写真とはかなり印象が違っていて、先に金を要求したので「服を脱ぐ前に金は払えない」と言ったらボスに電話すると言って揉めたことがあった。

金を受け取って、客がシャワーを浴びるように仕向け、その隙に部屋を出ていなくなるということもあるもで、払う金は用意して見せてもいいが、相手が気に入らないときやバッグを置かない、服を脱がない女の場合は注意が必要だと思った方がいい。

個人営業の女の子の要求額は最低は2000/1shotから8000/1shotという女もいた。標準的には5000/shortという子が多い気がする。

しかしエスコートクラブで24時間でブッキングすれば外で食事を一緒にして、行きたいところへ行けて、部屋に戻れば基本何回エッチをしても良い。24時間一緒に口鼻と気分で過ごして12000バーツと言うのは、日本では考えられないくらいある意味格安と思うのはぽんこつマンだけだろうか。

ちなみの、ゴーゴーバーやバービアの嬢とショートで遊ぶ時も、飲み代1000〜、バーファイン(ペイバー代)600〜800、彼女へのチップ2500〜3000、帰りのタクシー代としてのチップ200〜300バーツ。タニヤのカラオケでの1時間飲み放題でも700〜800、+ペイバー3000〜3500、女の子とのエッチするためのチップ3500〜5000、タクシー代などのチップ300〜500。女の子と楽しく飲むだけなら良いが、女の子との本番を考えると、4300〜9800くらいは必要になる。一回のエッチがホテル代込みで30000円は日本で売りをネットで探している女の子の相場だが、ほぼそれと同じと言うことになる。

一方エスコートサービスは、ひとりの娘とじっくり楽しみたいと言う紳士には持って来いのサービスだから、現在バンコクに住んでいる外国人の需要が中心だろうから、コロナの影響で外国人観光客が訪タイできていない事はそれほど大きな問題ではないのかもしれない。

ぽんこつマンももしバンコクに行けることになったら、エスコートサービスをもう一度使ってみたい。ネットには気になる女の子が既に何人かいるのだ。できるだけ早くバンコクに戻れるようになることを切に願うばかりである。

パッポン2ピンクパンサーで刺青なしの可愛い子に会った。

ぽんこつマンがバンコクにいる時は、よく飲みに行く。タニヤ・パッポンエリアはぽんこつマンが住んでいるところからかなり遠くなるので、ゴーゴーバーはソイカウボーイの店に行くことが多いが、タニヤのカラオケクラブで可愛い女の子に会えない時や、バーで飲んでいて女の子と話がしたくなったときにたまに出かける店がある。

ゴーゴーバーのダンサーの多くの嬢には、刺青を入れている娘が多いがぽんこつマンは刺青の入っていない肌が好きなので、いつもなかなか気に入れる娘は見つからない。特にパッポンエリアにあるゴーゴーバーの嬢には刺青を入れていない娘は非常に少ない。

ぽんこつマンがパッポンエリアで行くゴーゴーバーはピンクパンサー。ここはソイカウボーイやナナプラザにあるゴーゴーバーとは違って、カメラで店内を撮影しても構わない。

この日は開店時間20:00から40分くらいして入店したので未だ化粧が済んでいない嬢や出勤していない嬢が多いせいか女の子が多くは無かった。ジントニックを飲みながら刺青がなくてスタイルがいい、可愛い娘を探したが見た感じ100%が刺青あり。客をアテンドする婆さんに刺青のない女の子を紹介してと頼んだ。その婆さんは、「今出勤してきて着替えている子がいるから待って」と言った。

それから30分ぐらいした頃に女の子が階段から降りてきて店内に入ってきた。その中にふたり刺青のない女の子がいた。ひとりは色白だが身長155cmくらいで少し太め、、もうひとりは肌の色は白くはないが身長165cmくらいでスタイルも顔も美形。

スタイルと顔が美形の女の子をステージに上がる前に席に呼んだ。名前はウェーラーと言っていた。年齢を聞いたら20歳と言っていたが、実際はもっと上の感じがした。少し話しただけだがノリがいい。ぽんこつマンのようなエロジジイにも優しい。ペイバーしたいと思ったが、その日は既に昼間に一パツ発射してきているので、次にしようと思った。刺青もなくタバコ臭くもない。おっぱいにシリコンを入れていない美乳もいい。なんと言っても性格も良さそうだった。

あれ以来、コロナがタイでも問題になり、2020年3月18日からバー、カラオケ、クラブ、映画館などの営業が禁止となって、ぽんこつマンは4月1日に日本に戻ってきてしまった。営業再開は2020年7月1日から営業再開が許可されたようだが、日本からタイに戻ることが今も難しい状況だ。コロナ陰性証明とFit to Fly証明書の取得に5万円、特別機の座席確保に16万円(エコノミー片道)、タイでの隔離ホテルの費用が15泊分で最低3万バーツから(約10万5千円)と極めて高額な費用負担が伴う。

そもそも滞在ビザがあるんだから、こんなことになるのなら、普段から飲んでいる薬をもらうために日本に戻るよりタイで処方してもらってタイに居続けた方が良かったと今は思っている。すべてはコロナのせいだ。中国のせいだ。今やタイ国内ではコロナは消えたと言っていて、第2波が来ている日本からの渡航に更なる規制がかかるかも知れないことになっている。ああ、タイのエロナイトが恋しい。さてこれからどうなることやら。

Tinder で客を探すバンコクの娼婦

2019年のバンコク の雨季も終わり11月の下旬頃、Tinder の職業欄に<VIP ESCORTS>と掲げている魅惑的な写真の女を見つけてLIKEを送ったらすぐにマッチした。彼女は最初からTinder の彼女のページに既にLINE のアカウントをアップしていて、ぽんこつマンはそのLINEアカウントにメッセージを送ったらいくつかのセクシーな写真と一緒に返信が返って来た。

彼女からのメッセージは極めて単純で、24歳、タイ人、セ●クス1h、5000Bahtとあるだけだったが、彼女が自分で撮ったセクシーショットにかなり引き込まれた。そして “You are looking so lovely❤️”とメッセージを送った。すると彼女から「今日はこれからなら時間がある」「今からだったら私のコンドの部屋でできる」というメッセージが来た。

彼女の白い肌、整った顔立ち、シリコンではなさそうな適度に発達した乳房、充分に発達した尻とそこから細すぎずすらりと伸びた脚。彼女の見た目はぽんこつマンが理想とするタイプそのものだった。

5000baht は決して安くはないが、写真通りの女なら一度試してみたいという衝動に駆られ、「今からOK」と返信した。彼女からサートンのSuan Phlu通りから少し入った処にあるコンドミニアムの住所と名前、そして部屋番号が送られて来た。

ぽんこつマンは素早くシャワーを浴び、出かける準備をしてスマホのGrab アプリで Grab car を探した。ぽんこつマンの住む今度のロビーまで5分という車を見つけて予約した。ぽんこつマンの住んでいるところから彼女の住むコンドミニアムまでは30分ほどとアプリには出ていた。渋滞もない午後3時頃だったのでぽんこつマンが呼んだGrab car は予定通りに来て、予定通りに彼女の住むコンドミニアムに向かった。途中ラマ4世通りは少し混み始めていた。

彼女との約束の時間の4時までまだ10分あったので、コンドの向かいにあるファミリーマートで水を買ってからコンドのロビーに入り、彼女に到着したことを知らせるLINEを入れた。ロビーにはセキュリティーが居て居住棟のエレベーターホールへ向かう人間をチェックしている。ぽんこつマンが彼女の部屋に直接行こうとした時に居住者ではないとすぐに見抜き進入を拒否されたからだ。

彼女からの返信は、「すぐにロビーに降りるから待ってて」ということだった。5分ほどロビーで待っていると、ネグリジェを着たままの彼女が降りて来て、居住者用エレベーターホールから「おいでおいで」をしてぽんこつマンを呼ぶ。セキュリティーがそれを見て訝しそうな顔でぽんこつマンを見る。

しかし居住者が訪問者を呼び入れようとしているのだからセキュリティーが口出しはできるはずがない。ぽんこつマンと彼女はエレベータに乗り彼女の部屋に向かった。彼女の部屋は20 階だった気がする。彼女の部屋のドアを開けると、玄関には男物の大きなバスケシューズがありぽんこつマンは驚いた。リビングにも男の趣味と思われる道具がいくつもある。食べ終わった弁当のプラスチック容器がダイニングテーブルに置きっぱなしになっていて、掃除や片付けもちゃんとしてあるという状況ではなかった。それを見てぽんこつマンは怯んだ。しかし、彼女はぽんこつマンを中に呼び込む。ぽんこつマンは少し不安になった気持ちのまま男の気配が残る部屋に上がった。

彼女は、直ぐにぽんこつマンをベッドルームに招き入れる。ぽんこつマンは彼女にこの部屋のげんかんにあった男物のバスケシューズの主を尋ねてみた。すると彼女は、「あれはここで同居している中国人のものだが、彼は今中国に戻っているので心配ない」と言った。そして、シャワーを浴びるように勧める。そして洗ってはあるがかなり使い古したバスタオルを渡された。ぽんこつマンはそのタオルを持ってバスルームに行きシャワーを浴びる。そしてベッドに戻った。その後彼女がシャワーに行きバスタオルを巻いて戻ってくる。

彼女はことを始める前に、約束の5000bahtを前金で要求した。ぽんこつマンはそれを彼女に手渡した。すると彼女はいきなりぽんこつマンの逸物に手を伸ばし、いじり始める。しかし、男の気配がある部屋でその男が普段好きに弄んでいる女と色事をすると考えると、本来直ぐ勃つはずのものもなかなか硬くはならなかった。

ある程度の硬さになったところで彼女はぽんこつマンの逸物にコンドーム をつける。そして自分の秘部にゼリーを塗り、前戯もキスも無しにぽんこつマンといきなり合体しようとする。ぽんこつマンは写真で見た彼女の形のいい乳房に手をやり揉んでみた。確かにシリコンは入っていないようだったが、そのぽんこつマンの愛撫は彼女には面倒な行為かのように執拗に局部でのピストンを求めてくる。

彼女が求めるままにぽんこつマンはピストンするが、彼女の局部の肉襞は締まりなく全く圧迫感がなかった。10分、20分ピストンしても彼女の反応は全くない。明らかにマグロだった。25分くらいが過ぎて、彼女は仰向けのマグロ状態から反転して騎乗位でぽんこつマンの逸物を攻撃する。しかしぽんこつマンにも頂点が訪れる感覚は全く表れなかった。

前戯無し、フェラ無し、キス無しの単純挿入でいけるほど、溜まっているわけでも若さがあるわけでもなく、だんだんその男の気配が残る部屋での色事が単純な無酸素運動にしか思えなくなって来た。腰も太腿も、背中も肩も、そして腕までにも疲労感が溜まってくるが発射を予感することができない。心臓の鼓動も呼吸も上がっているだけで、なんの快感も得られない。40分近くそんな行為を繰り返していたがすごく疲れてしまい、ぽんこつマンはその行為を勝手に取りやめた。

「ごめん、いかない」ぽんこつマンは彼女にそう伝えて彼女の秘部から逸物を引き出しコンドーム を外した。心臓の鼓動が少しおさまったところでシャワーを浴び、服を着た。そしてその部屋を出てエレベータへ。

なぜ、見た目にはぽんこつマンの理想に近いボディーラインと顔立ちを持つ女との行為でもいけなかったのか。多分それはぽんこつマンがどうしても好きになれない嫌いな中国人の男が住んでいる部屋だと分かったことが大きい。さらにはあまりにも愛を感じない味気ないピストンだけの行為も快感を感じる妨げになったのだ。愛がない、好きという気持ちになれないことは致命的だった。

ぽんこつマンはそのコンドを出てSuan Phlu通りを少し歩いた。時計は17時を回っていた。少し腹が減っていた。それからバイクタクシーに乗り、タニヤに向かった。そして内田家 ら~めん(https://www.facebook.com/uchidayaramen)に入り、辛ネギラーメンと餃子を夕飯に食べた。そして当時タニヤのマーメードというカラオケキャバクラにいたオキニに会いに行った。19:00からオキニは出勤だったので19:30に店に入った。最初は埋まっていない席も多かったが、どんどん新しい客が来る。ほとんどの客はお持ち帰りのみで女の子を探しに来て気に入った娘を選んで席に着かずに持ち帰る。それでも幾らかの客は呑みだけで登録している娘とソファーに向かいそのうち席もほぼ満席になる。マーメードはタニヤの中でも日本人好みの女の子が多く人気店だった。

マーメードを出たのは22:40、3時間(1時間飲み放題800baht)マーメードで飲んだ。オキニは1時間に2杯(レディースドリンク1杯200baht)の計6杯のドリンクを飲んだので税・サ込みでトータル4237baht。タイでは決して安い飲み代では無いが日本のキャバクラよりは安い。

店を出てバービアやゴーゴーバーがひしめくパッポン2を歩いてみた。こっちはまだまだ早い時間なのか客は少なめだった。今日の昼の娘はLadyboyではなかったが、男の気配が残っている部屋ではどうしても美人局のリスクが拭えない。まして相手が日本語も英語も通じない中国人や韓国人はたまたタイ人となると全てのカードや現金を丸ごと持っていかれる危険がある。Tinder などのネットでで女の子を定めて、その娘が住んでいる部屋でセ●クスする時には、まずその娘がLadyboyではないか、その子の部屋に自分以外の男の気配が無いかは事前に確認していないといけないと思い知った1日だった。次回は必ず自分の部屋に呼ぶか、どこかのホテルを取るなどしないといけない、肝に銘じておこう。

プーケットでオフパコ

Skout を使って女の子を探していると、そのデバイスがある地点からかなり距離の離れたところにいる女の子にもメッセージを送って知り合うことも可能になる。そうして知り合った女の子の中で、プーケットに住んでいる女性と連絡が取れるようになったことがあり、LINE を交換し、日常的に連絡を取り合う関係になった。

ある日彼女の写真が見たいと伝えたら、何枚かの写真が届いた。その写真は仕事の現場で撮った普通の写真だったが、ある時自宅で撮ったと思えるエロい写真が届くようになった。彼女の方からプーケットに来たら家に泊まっていいというメッセージが入るようになった。

彼女が言うには、プーケットの貿易会社でディレクターとして働いていて、月収50,000Bhat、家持ち、車持ち、日本食好き、シーフード好き、仕事でシンガポールやマレーシアに出張することもある。母親の実家がチェンライにある関係で、チェンライにも土地を所有している。バンコクには仕事で1年に1回は行くが、基本は日帰り。

そんな彼女に会いに行きたいと伝えたら、あらかじめ日程を決めれたら、会社を休んでプーケットを案内すると言ってきた。ぽんこつマンはプーケットに遊びに行ったとしても、パトンビーチ のウォーキングストリートのゴーゴーバーかバービアで女の子と飲むことと、シーフードを食べに行くことがメインになる。

昔同じくSkout で知り合った女の子が、プーケットのゴーゴーバーで働いていると分かって会いに行ったこともある。彼女とはプーケットの彼女のアパートに行ってセ●クス したり、彼女がバンコクに戻ってきた時に、彼女が泊まっているホテルでセ●クス したりした関係だったが、オーストラリアのボーイフレンドができたのか昨年オーストラリアに留学してまたバンコクに戻ってきたようだった。

彼女は、ちょっと頭が弱いおバカな娘だったが性格は明るくよく笑う娘で、一緒にいる時はいつも楽しかった。

貿易会社でディレクターをしている彼女と出会う日程はこれまでも幾度となく調整したが、彼女の仕事の調整がつかなくなったと何度も延期になっていた。そしてようやくぽんこつマンの日程に彼女が休みを取れる日が決定した。

2019年7月23日〜25日の3泊を彼女の家で過ごす事になった。ぽんこつマンは23日TG 211便でプーケット国際空港に降りた。空港到着は16時35分。空港のターミナルを出た時は17時を過ぎていた。彼女にLINEで連絡を入れたらちょうど会社を出て空港に向かっている途中とのことで少し彼女が迎えに来てくれるのを待った。17時半くらいに彼女が現れた。彼女の運転してきた白のフォーチュナーに乗って彼女の家に向かった。彼女の家はプーケットの幹線道路4024号線にあるセントラルプーケットフローレスタ(http://www.centralphuket.com/home)の近くにある住宅地にあった。家は平屋だったが駐車スペースにはもう一台ホンダの乗用車が停まっている。家の間取りは2LDK 。ぽんこつマンはその間取りの奥にある10畳ほどのベッドルームに通される。彼女はその隣のさらに広めの部屋で普段は寝ているようだった。荷物を置いて、晩ご飯を食べに行く事になった。

パトンビーチのビーチロードをウォークストリートから北へ1200〜300mほど行ったところにある。Somtum Yum Pao(https://www.facebook.com/Somtum-Yum-Pao-ส้มตำ-ยำ-เผา-533418423492939/)というレストラン。それほど大きくはないが、Google Mapのレビューでは4.4/5とかなり高い評価があるレストランのようだった。

店の名前にソムタムとあるからぽんこつマンは少し不安だったが、目的であるシーフードでもかなり有名なようだ。

ぽんこつマンはまずビールを頼み、蟹、海老、貝、を頼んだ。彼女はソムタムを追加した。ビールはあっという間になくなり白ワインを一本注文した。食事が終わって白ワインは少し残ったので持ち帰る事にした。

その晩、シャワーを浴びて部屋に独り居たら、彼女がドリンキングウォーターを持ってやって来た。それをベッドのそばに置いたかと思うと、ベッドに腰を下ろしてぽんこつマンを誘う。ふたりは抱き合い、ディープキッスを交わす。彼女がぽんこつマンが腰に巻いていたバスタオルを剥ぎ取り、既に膨張し始めたペニスに生フェラをする。ぽんこつマンの股間はその絶妙なフェラに一気にそそり勃つ。ぽんこつマンは彼女のネグリジェを剥ぎ取り、ブラジャーも外した。そして彼女が自分でパンティを脱ぎ捨てふたりは生まれたままの姿になった。

彼女のおっぱいは適度の弾力があり、ぽんこつマンの手のひらにいい感じで収まる大きさ。乳輪の大きさも完璧で乳首は既に勃起して直径1cmほどになっており、舌で転がすにはちょうどいいサイズ。彼女の年齢は29歳と言っていたが、身体に余分な贅肉はついておらず綺麗なラインが保たれていた。首筋から胸の谷間、そして脇腹、乳房のアンダーライン、ヘソ回り、腰骨へとリップを続けて、内腿から秘部にむけて今度はリップで這い上がる。リップが彼女のクリトリスにたどり着いた時、彼女の膣口には愛液が染み出し光って見えた。10分くらいクリトリスと大陰唇をリップと舌先で愛撫した。彼女のアンダーヘアは未処理の状態でふさふさしていた。ぽんこつマンが左手でその陰毛を撫であげながら彼女の愛液で濡れた膣口に口づけをし、舌を押し込んだ。彼女の喘ぎ声が聞こえて来たので、ぽんこつマンはそのそそり立った肉茎にコンドーム を装着し、伸長位で亀頭を膣口にあてがい奥に進めた。ジュルンと彼女の肉襞は開きぽんこつマンを受け入れる。両手で彼女を抱きしめ、腰を上下した。彼女の脚を割り今度は正常位で少しスピードのあるピストン。そして屈曲位で奥を責め立てた。そして彼女を四つん這いにして後背位、後側位にスイッチして背後から彼女の乳房を揉み上げながらさらにローリングして仰向けになり腰を使う。彼女の体を起こして後背騎乗位。最後に座位になり、お互いに相手の腰に手を当て引き寄せながら結合を繰り返した。彼女が後ろに倒れ、改めて屈曲位で頂点を極め合った。その晩は続けてもう一回濃厚なセ●クスを繰り返した。

充分な営みを行った事でその晩はぐっすり眠りについた。彼女はいつの間にかぽんこつマンの横を離れ自分の部屋に戻って寝たようだった。翌朝10時にぽんこつマンが目覚めた時、彼女はキッチンでコーヒーとフルーツを用意していた。それをダイニングのテーブルで一緒に食べて11時ごろ家を出た。

その日はまず、Big Buddha Phuketに行った。そしてラワイランディングピアから左に入ったシーフードマーケット内に並ぶ1つのレストランで遅い昼食。ロブスターの刺身、蟹カレーを食べた。ビアチャンはふたりで大瓶3本飲んだだろうか。彼女は車を運転するのにアルコールを飲む。まぁ、タイではけっこう飲酒運転も平気でする人がいるのは知っているのだが。

3時少し前に店を出て、プーケットの南端を抜け、Yanui Beach という小さなビーチで1時間くらいゆっくりした。遅い昼に飲んだビールのおかげでオシッコに2回近くのローカルタイ料理の店にトイレを借りに行った。

その後、カタビーチ、カロンビーチを抜け、パトンビーチを回り、プッケトタウンの彼女の家に戻った。夕方になってもその日はそれほどお腹も空いていなかったので、プーケットタウンの家のそばにある屋台で買って帰ったバーミーを食べ、ビールを飲んだ。

夜になりシャワーを浴びたら、昨夜と一緒で彼女が部屋にきた。そして昨晩に引き続き濃厚なセ●クスを繰り返す。もしかしたら彼女は女スパンヤオなのかも知れないとさえ思えた。そしていつもいろんな男を家に呼んで夜を楽しんでいるのかも知れないとも思った。毎日2回の性交。いくらぽんこつマンの性欲が強いと言っても、もうそんなに若くは無いので腰や太腿、腕の筋肉も腹筋もかなりの疲労感を感じていた。

翌朝は8時に目覚めた。既に彼女も起きていて、キッチンで何かを用意している。ダイニングルームまで行くと彼女がコーヒーとフルーツ、ヤクルトとサラパオ(肉マン)を持ってキッチンからダイニングルームに来た。朝ご飯だ。それを食べ終わって部屋に戻ったらまた彼女が部屋に来た。抱き合ってキスをしている内に彼女の手がぽんこつマンの股間に伸びた。玉袋を短パンの上から柔らかく摩り、その後肉茎を握る。短パンのジッパーを下ろしパンツに隠れている、ぽんこつマンの愚息に直接触れてくる。そしてふたりはまたしてもベッドに倒れ込んだ。昨夜のフィニッシュからまだ10時間ほどしか経っていないが、ぽんこつマンの愚息はまたもや大きく張り出した。

彼女もネグリジェを脱ぎぽんこつマンのアンダーパンツとTシャツを剥ぎ取り、また交わった。ぽんこつマンは既に疲れていたが彼女にはまだパワーがあった。彼女が騎乗位で激しく攻めてくる。正面騎乗位、背面騎乗位、彼女は腰をグラインドし、ぽんこつマンの愚息に刺激を与え続ける。ぽんこつマンも下から彼女のポルチオを目がけて腰を上に動かし亀頭を奥のコリッとした部分に届くようにした。ぽんこつマンにはもう多くの精子は残っていなかったが今回の性交はコンドーム を装着していない。このまま中で果ててしまったら…..という考えが頭をよぎった。いったん肉茎を彼女から引き抜き、彼女を仰向けにして正常位になり自分で射精をコントロールできるように動いた。そして頂点を迎える時に引き抜き肉茎の先端から発射される液体を彼女の腹部に放出した。

ぽんこつマンは息が上がっていた。ふたりはシャワーを浴びた。そして午前11時まで抱き合って過ごした。ぽんこつマンはその日の19時発のタイ航空でプーケットからバンコクに戻る。ゆっくりと服を着て、帰り支度をした。12時に彼女の家を出た。空港に向かうには早すぎたが、ぽんこつマンはビーチクラブに行ってみたいと彼女に言っていた。

彼女が運転するフォーチュナーはプーケットの幹線道路402号を北へ進み、途中4025号線へ左折する。そして4030号線へ右折した。その道はあるところから4018号線となった。そしてあるソイを左折して、Dream Beach Club(https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g297937-d9751113-Reviews-Dream_Beach_Club_Phuket-Thalang_District_Phuket.html)に着いた。

7月のこの時期はプーケット はローシーズンで人は多く無い。1キロ以上も続くビーチに人もいない。ぽんこつマンが行ったランチタイムにも客は別に1組のカップルだけ。白いTシャツとグレイのキャップを被ったウェイトレスの可愛い女の子の数の方が多かったかも知れない。

その日がプーケットでのメモリアルランチになった。ふたりはまずシャンパンで乾杯をした。彼女も好きだと言う生牡蠣のプレート。ひとり2個づつで異なる産地のものをセレクトした。新鮮でミルキーなオイスターは昨日までの激しいセ●クス の後には特に味わい深い。そしてポテトフライとマルガリータピザ。赤のミディアムボディーのワインを開けた。オープンエアの空間でそよぐ海風にあたりながらの格別の時間はワインのピッチをどんどん上げてくれる。

そしてメインのT ボーンステーキフライドガーリック添え。2本目のやや重めのワインを更にに開けた。ぽんこつマンもここまでワインを飲むのも久しぶりだった。最後にココナッツアイスクリーム、そしてエスプレッソを頼んだ。午後1時に到着したビーチクラブで3時間以上を過ごした。時計はすっかり4時を回っていた。ぽんこつマンはかなり酔いが廻っていたが今考えると彼女もかなり飲んでいたので酔っていたに違いない。

会計をしてそのビーチクラブを出た。車を停めてあるすぐそばに屋台があった。彼女はそれをうまいキムチを売っている屋台だと言った。彼女はそこでキムチを買った。ふたりはエンジンをかけた車に戻り中でしばらく休んでいた。夕方の5時になったので、そろそろ空港に行った方がいいと彼女が言い、ギアをドライブに入れて車を動かした。そこからプーケットの海岸線を北に向かい走った。かなりのワインディングロード。空港が近くまではアップアンドダウンとカーブが続いた。ビーチクラブから空港までは12〜3キロくらいだろうか。30分くらいで空港についた。

ぽんこつマンは車の中で彼女の頬を引き寄せキスをした。そして車のガソリン代と家に泊めてもらった御礼として4,000Bhatを彼女に渡した。彼女はにっこりと微笑み、「コップンカー」と優しくささやいた。ぽんこつマンはフォーチュナーを降り彼女にもう一度投げキッスをした。「気をつけて家に帰ってね」と声をかけた。彼女は小さく頷き開いていた窓ガラスを閉めた。そしてぽんこつマンは彼女が空港を後にするのを見送った。

プーケット空港でチェックインを済ませタイ航空のラウンジで搭乗までの40分をのんびり過ごした。搭乗時刻になり機内に入った。窓側の席に着いた時には、外はすっかり闇に沈んでいた。機体はやがて離陸しプーケットを後にした。

バンコクに戻ってからも毎日のようにLINEでの朝の挨拶は続いた。2020年3月下旬に彼女が突然長文のLINEを送ってきた。内容は「コロナのせいで今まで5万バーツあった月給が3マンバーツに突然減給された。」「車のローンや家のローンを払うとなると3万では基本的生活費が足りなくなる。」「しばらくはプーケット に住んでいる姉の家に間借りして、今まで住んでいた家を貸家として貸し出す」「次にぽんこつマンがプーケットに来る時はホテルで一緒に過ごすことになるけどいいか」と言うものだった。ぽんこつマンはこのコロナのせいでいろんな人が大変な目にあっているんだなぁと思った。そして「ホテルで一緒でも僕は一向に構わない」「No problem」と返信した。するとどう考えたのかわからなかったが、「ならばいい」「あなたをブロックする」と返信が返ってきた。

それ以降彼女との音信は不通になったままだ。世界的なパンデミックとなってしまったコロナ禍はプーケットのセフレとなった彼女との関係をも崩壊させる結果になってしまった。ぽんこつマンの長い人生の中でこんな形で崩壊したセフレ関係はもちろん今までにない。

チェンマイの前にマニラ、そしてマカオ

2018年3月チェンマイ行きに新しい旅程にマニラ、そしてマカオに1泊ずつ加えた。12日関西からジェットスターでマニラへ、そして13日セブ パシフィックでマカオへ。14日エアアジアでチェンマイに入る。

マニラ、マカオ のいずれも1泊の予定だったので、女の子とデートするスケジュールを入れなかった。関西空港を13:05出発のジェットスターがマニラに到着するのは16:40。マニラは日本より1時間時計が遅れるのでフライト時間は4時間40分。LCCの狭いシートでもなんとか耐えれるギリギリの時間だ。マニラに到着後向かったホテルは、マカティのゴーゴーバーがあるブルゴス通りから50mの距離にあるザ クリッパー ホテル

ゴーゴー嬢をペイバーして一発するには充分な3つ星ホテル。ぽんこつマンは空港からGrab car を使って夕方6時にはチェックインしていた。ゴーゴーバーのオープン時間は店によってまちまちで、ネットでも評判の良いKOJAX/XOXOやPlan Bは20:00からオープンするが、Plan B からダーバンに曲がってすぐにあるTICKLES Bar は午前11時からやっている。

チェックインを済ませたぽんこつマンは、まずホテルを出てPlan Bの向かいにあるMirrors clubの2階で腹ごしらえをした。ここはペイバーしたゴーゴー嬢と飯を食べに来たこともあるし、知り合いになったゴーゴー嬢との待ち合わせにも使ったことがある24時間営業のカフェだ。深夜になると客にあぶれたゴーゴー嬢が援交してくれそうなオヤジを探すために店に来るようだが、昼間や夕方などは子連れで飯を食いに来ているローカルも見かける。特にうまいわけでもなく、安いわけでもないのに客がいない時間帯はないようだ。伸びきったナポリタンとサンミゲルライトを平らげて、20時になるまでネットサーフィンで時間を潰した。

今回最初に行った店はホテルから一番遠いKOJAX/XOXO。1階がオープンしていた。客はまだ少ない。ゴーゴー嬢は若そうな娘が多い。ふたりくらいを席に呼んでドリンクをご馳走して少し話した。ペイバーをすぐにしそうにないと、すぐに席を外れてステージに戻っっていく。ドリンクで得られる収入には目もくれないくらい、いつもすぐに客がつくんだろうと思えた。

2軒目はPlan B。マカティ のゴーゴーバーでは絶対に外してはいけないバーだ。昔、マニラでセフレになった彼女の友達の旦那(フィリピン人)と一緒に来たこともある有名店だ。ゴーゴー嬢のレベルはKOJAX/XOXOと比べるとやや落ちる気がするのは女の子の年齢のせいかもしれない。Plan B の方がやや年齢が高そうに思える。ぽんこつマンはKOJAX/XOXOと同じようにふたりほど席に呼んでドリンクをご馳走して少し話したが、こちらの娘の方が親しげに話してくれる。しかしながらと遠目に正面だけを見ていいなと思っても、近くで見ると下っ腹が少し出ていたり、乳がシリコンだったりと、ぽんこつマンの望むレベルではない気がした。

3軒目はホテルに一番近いTICKLES Bar の前に女の子がいて呼び込んでいた。よく分からなかったが試しに入ってみた。先の2軒のような大きなダンスステージはなく、カウンターが取り囲む狭いスペースがダンスを見せるところになったいるようだったが、ほとんどの娘は普通にテーブルの椅子に座っている。店に案内してくれた娘は見た目30歳を超えていそうだったが、話が面白いのでドリンクをご馳走した。こちらの店は先の2軒に比べて女のレベルはグッと落ちる。しかしぽんこつマンはまず話ができて楽しく酒が飲めることが一番大事なので、この店でも十分楽しめた。22時くらいに入って0時30分までかなりのピッチで酒を飲んだ。一緒に飲んでくれたこの店の娘たちは、ドリンクを飲むだけでも嬉しそうにしてくれたが、さすがに年齢的にも、体型的にも、そしてペイバーしてもいいと思えるレベルではなかった。帰るときにもっと若い子はいないのかとママに聞いたら、早番の女の子には若い子が多いと言った。

ぽんこつマンの明日のフライトは19時20分。17時20分に空港に到着すればいいのでホテルを出るのは16時30分でも全く問題ない。早番の娘は朝11時からというのでホテルのチェックアウトを16時半にして明日の朝またTICKLES Bar に行ってみる事にした。

翌朝は10時に起きた。荷物をまとめて部屋に置いたまま、フロントに行き16時半までチェックアウトを遅らせてもらいにいく。その時はそんなに混んでいなかったらしく、少しのお金を追加で払って、レイトチェックアウトにすることができた。

ロビーでコーヒーを頼んで飲んだ。11時になったので、改めてTICKLES Bar に向かった。

女の子は3〜4人しかいなかったが昨晩より若くてスレンダーな娘がいた。店の中は昼でも外光はは入らずかなり暗くなっていたが、スタイルは悪くない。顔も小さい。彼女を席につけてサンミゲルライトを飲んだ。彼女はコーラを飲んだ。年齢は22という。昔からマニラのエルミタ あたりに母親と住んでいて、2歳になる娘がいると言っていた。バーで働いている時は母親が2歳の娘の面倒を見ていると言っていた。12時半まで店で飲んでいたが、ペイバーする事にした。

飲み代とペイバー代を支払って彼女が着替えるのを待った。10分ほどで戻って来たので一緒に店を出て昨日も行ったPlan Bの向かいにある24時間営業のMirrors clubの2階に行って軽く食事をして、ホテルの部屋に戻った。

ザ クリッパー ホテルのベッド。

時計は13時半を指していた。部屋の扉にDon’t disturb!のタグを吊るしロックした。あの真っ最中にハウスキーパーが部屋の掃除に来られると困るからだ。そしておもむろに彼女の衣服を剥ぎ取った。出産を経験している割に、下っ腹の出っ張りも少なく、腰のくびれもちゃんとある。おっぱいはそう大きくは無くまだ形は崩れていない。しかし乳首はかなり黒ずんでいた。今2歳の娘にもいろんな客の男たちにも吸われ続けて来たからだろうか。ぽんこつマンも全てを脱ぎ、シャワールームに向かった。お互いの身体を洗いあい、シャワーの中で強く絡み合った。たったまま、ぽんこつマンも乳首を吸ってみた。まだコンドーム をしていなかったので、生挿入だけは避けておいた。

ベッドに行き、全身リップで彼女を責めた。特に黒くなっている乳首への攻撃は執拗に行った。舌で乳輪と乳房の境界にあるポツポツをグルリグルリと回しなめる。乳首を軽く噛み、唇で吸いながら上に引くとスポンと音を立てる。右手を彼女の股間に送り、大陰唇とクリトリスを優しくもてあそんだ。左手は彼女の長い黒髪を撫で続けた。彼女は右手でぽんこつマンの股間のある肉茎を握り締める。彼女の小指がぽんこつマンの肉茎の根本を握り、薬指、中指、人差し指と順に肉茎を締め上げる。そして上下に手首を動かしていく。

ぽんこつマンの肉茎がすでに爆発しそうになっている。コンドーム をつけて彼女の股間にある花芯を探った。クリトリスから少し下げると、開き始めた膣口にスルンと入った。充分に潤いが満ちている。ぽんこつマンはその爆発しそうな肉茎を奥へと送った。そして1秒に2回くらいの速度でピストンを繰り返した。一度強く奥へ打ち込むと、彼女はのけ反り、脚をぽんこつマンの腰に絡めてくる。ぽんこつマンはその太ももを抱え前にかがんで彼女の子宮口のコリッとした感覚を探して上から下へ肉茎を深く差し込んだ。奥まで入れてグラインドすると彼女は「オー、オーーー。おー、、、、」とうなりを上げる。

その動きのピッチを少しずつ速めて行った。そして一気に発射した。なかなか良かった。いろんな男と寝ているであろう彼女も満足そうな顔をしていた。シャワーを浴び、彼女が部屋を出て行った時は15時半を回っていた。ぽんこつマンももう一度シャワーを浴び、服を着て16時20分にロビーに降りた。Grab Car を部屋から呼んでいたのですぐにホテルの玄関に車がやって来た。

その車に乗り、マニラ ニノイアキノ国際空港に向かった。マカティの市内は多少渋滞していたが、しばらくしてハイウェイに上がってスムースに流れ1時間足らずで空港についた。

次はセブ パシフィック19:20分発でマカオに向かう。マニラの空港は航空会社によってターミナルがそれぞれ違っている。注意が必要だ。ターミナルに到着したのは18時10分だったが、ターミナルに入る前も荷物検査がありパスポート、Eチケットの確認もしていたので中に入るのにかなり時間がかかった。

マカオ にも無事に到着した。ホテルはマカオ半島にあるワルドホテル<華都酒店>(http://www.waldohotel.com/en/index.php)にした。

そのホテルを選んだ理由は、ホテルの6階にあるイーストスパクラブ(東方水療会)http://www.eaststartgroup.com/east_spa_club/index.asp)に行ってみたかったからだ。空港はタイパ島にありマカオ半島のホテルに行くにはかなり遠い。マカオの空港からアウターハーバーフェリーターミナルまでバスに乗りそこからタクシーでホテルに向かった。

チェックインして部屋に荷物を置いた後、直ぐにイーストスパクラブ(東方水療会)に出向いた。中に入ってカウンターでシステムの説明を聞いて料金を支払うと直ぐにロッカーに案内される。そこから浴室に入り身体を洗って上がる。休憩室に入り椅子に深く座り込むと、飲み物、食事の注文を取りに可愛いウェイトレスがやってくる。アルコール以外は全て無料。この休憩室で眠っても構わない。ぽんこつマンはラーメンを食べアイスコーヒーを飲みました。

しばらくして綺麗な身体をしたレディーたちが入って来る。それぞれの嬢のアピールが終わるとそのレディーたちは別の部屋に消えて行く。その部屋に行けばレディーを一人選んで個室でセックス ができる。一応食事も済ませたし、レディーのアピールタイムも見たし、終わったらルーレットができるカジノに行きたかったので、休憩室にそれほど長くはいなかった。

レディーを選ぶ部屋に行った時、大体20人くらいはいたと思うが、顔が可愛くて色白、身長もそれほど大きくなくて、ボン、キュッ、ボンの体型、シリコンおっぱいじゃないというぽんこつマンの条件に合う姫はふたりだけ。美形で高身長のクールなモデルタイプはいたが、、、。

ひとりを選んで部屋に行き、ゴム付きでセ●クス した。セックス の前のサービスは全身リップ10分くらい。ゴム付きフェラ5分くらい。セックス は騎乗位5分、後背位5分、正常位5分でフニッシュ。その後シャワー2分、服を着る1分、部屋を出る。そして店を出る。相手をした姫は部屋を出てまた待機部屋に帰る。確かに肉質は生身の人間だが、感情が全くないところが残念な感じだった。

東方水療会からG階に降りてタクシーでグランドリスボアのカジノに出かけた。ルーレットのあるフロアは2階(日本では3階にあたる)。日本円2万円をクレイチップに換えプレイした。1時間ぐらいプレイし途中浮き沈みはあったが、結果は1,500HK$の勝ちで終わった。

翌日はマカオから15:55発のエアアジアでチェンマイに飛ぶ。今回のマニラ、マカオの弾丸旅はアジアの風俗産業を覗いくことができた。ぽんこつマンは3つの欲といわれるうちの2つ性欲、食欲へのこだわりが今も昔も強い。最近は眠るということがどんどんできなくなって来ている。そして食欲は今もあるものの、食べれる量がどんどん減って来ている。しかし性生活に対する欲望はまだまだ枯れていない。あと何年満足できる性生活が送れるか分からないが、できるだけ長く女の尻を追いかけていたいと思うぽんこつマンである。

フィリピーナに逢いたくて

ぽんこつマンが最初にアジアの姫に目覚めて10年くらい経った頃、長く勤めていた大阪から東京へ勤務地が替わるということがあった。東京は出張では頻繁に出かけていた場所だったが、実際に住んだことがなかった。どこに住めば良いのかよく分からないまま、蔵前と言う場所に部屋を借り住むことにした。会社は赤坂にあり地下鉄は都営大江戸線と千代田線で会社に通うことになった。

転勤してからは暫く歓迎会が続き、ある時赤坂で一次会があった後にアジア好きが集まって二次会は上野のタイパブに行こうということになった。そしてさらにその後、アジア好きの中でさらにディープな面々とフィリピンパブへ流れた。フィリピンパブは大阪で働いていた時も、東京からフィリピンパブ好きの知り合いが来阪した時に幾度かいったことがあったが、これまでの東京出張ベースでの夜会は、赤坂、六本木、麻布、渋谷方面が多かったせいで、小洒落た店での飲食が多くアジアンな店といえばせいぜいタイ料理店。フィリピンパブには縁がなかった。

機会がなければ興味も湧かないが、その時には既にマカオやバンコクでディープなアジアの夜をしばしば堪能していたこともあり、フィリピンパブに行くということになって内心興味津々であった。上野のフィリピンパブではほんの1時間ほど過ごしたが、その時席についてくれた女の子(とはいっても年齢は30オーバーな感じ)とタイの話などで盛り上がり、翌日の土曜日の昼間に一緒に食事をする約束をした。

そして次の日ごご2時、彼女が指定してきた上野の居酒屋で昼からビール・酎ハイを飲み、夕方には出来上がっていた。彼女はその日も店に出勤するということで、ぽんこつマンも後で改めてひとりで行くことにした。

2日連続で訪れたフィリピンパブも土曜日の早い時間は女の子の数も多く、昨日の彼女の他にヘルプで隣についた女の子が若くてかわいかったことを覚えている。東京の住まいが蔵前と上野に近く、勤務先の赤坂からも千代田線で湯島に来れば、アジアンムードに侵ることができる。そうこうしてるうちにフィリピンで暮らしている現地の女の子にどんどん興味が湧いてきた。

その頃は既にスマホをその中でSKOUTというアプリで世界のあらゆる都市の女の子を見つけてチャットできるようになっていた。ネットでフィリピンの風俗を調べたりしながらも、まずはそのアプリにアップしているマニラの女の子をさはすようになった。何人かの女の子とチャット友達になったがそのうちのひとりのマニラから少し離れたオロンガポという町に住む26歳という女性のノリがよく、近いうちにマニラで会おうということになった。

彼女とはLINEを交換し、さっそくフィリピンへは初めての渡航を計画。ぽんこつマンが日本を出発する当日、彼女はオロンガポからマニラの空港(https://www.miaa.gov.ph/miaa/)で待つとのことだった。飛行機がマニラに野井秋の空港に定刻を30分ほど遅れて到着した。イミグレはかなり混雑していてなかなか入国できない。飛行機を降りて1時間ほどしてようやく到着ロビーへ出た。多少のお金を両替し、携帯の現地SIM交換を済ませて彼女にLINEしたら既にずいぶん空港の到着ロビーの外で待っているとのことだった。

ぽんこつマンは到着ロビーからEXITドアを開けて外でた。物凄い人が誰かの到着を待っている。彼女が当日オロンガポを出るときの服装を写した写真を手がかりに一生懸命探したが、なかなか見つからない。ぽんこつマンも日本の空港を出発する時に当日の服装を写した写真を送っていた。暫くして遠くでぽんこつマンの名前を呼ぶ少しハスキーな声が聞こえた気がした。その声は徐々に大きくなり、ぽんこつマンがその声の先から手を振って微笑んでいる女性の姿が見えた。ぽんこつマンは少し小走り美彼女に近づこうとするが、人の波に呑まれてなかなか進めない。彼女も人をかき分けぽんこつマンに近づこうとしている。ふたりが近づきハグをするまでの時間はまるで再会を果たした恋人どうしの映画のようなスローモションのワンシーンのようだ。

マニラではタクシーも決して安全とは言えないとネットからの検索で調べていたがフィリピン人の彼女が一緒だったので少しは安全と言われているイエロータクシーではなく、普通のタクシースタンドで拾ったタクシーに乗った。行き先はマカティーというマニラでは金融街を有する市にあるブティックホテル(https://www.picassomakati.com)。行き先を彼女に伝え、彼女からタクシードライバーにタガログ語で伝えてもらう。

ホテルにチェックインしたのは夕方5時近かった。日本時間だと夕方6時だったがお腹はまだ空いていなかった。部屋でまず彼女が話したことは、彼女が住むオロンガポという街からマニラまではバスで3時間半くらいと言われているが、朝の渋滞にひっかかり実際には5時間以上かかったという話、マニラには滅多に出てこないという話、オロンガポの家には母親と一緒にい流話、オロンガポでどんな仕事をしているかの話、本当は今日オロンガポに帰るつもりでいたけど、帰りもマニラ市内の渋滞にあって家に着くのが深夜0時をすぎるのが怖いという話となった。

ぽんこつマンはせっかくマニラでこうして実際に会えたんだから泊まって行くように話した。彼女は家に電話するといって、一緒に座っていたベッドから腰を上げ、窓際に向かって歩きながらタガログ語で母親に明日の夕方には帰ると言ったようだった。彼女の短い電話が終わりベッドに戻ってきた時、ぽんこつマンは彼女の手を握ってもう一度ベットに座るように誘った。

彼女は少しつまずいて、バランスを崩しぽんこつマンにハグするような体制で倒れかかってきた。ぽんこつマンはとっさに彼女の腰に手を回して彼女を支えようとしたが、彼女の倒れかかる勢いに押されてふたりは抱き合ったままベッドに倒れる形になった。

ぽんこつマンはその状態から手を彼女の頭に近づけ、ゆっくりとキスの体制に入った。唇と唇が重なったが彼女は一切抵抗することなく、ぽんこつマンの舌が彼女の舌を探ることを許した。ぽんこつマンの唇は彼女の首筋へと移り、ぽんこつマンの右手は彼女の背中から腰のあたりをゆっくりと滑って行った。彼女がぽんこつマンの上にいた位置から反転し、ふたりは抱き合ったまま反転して、彼女が下になった。ぽんこつマンは唇を彼女の首筋から胸元にゆっくり降ろしていき、左手を彼女の内腿あたりに沿わせた。

彼女の胸元にのぞく肌色は、南国の女性には珍しく白く透き通るように美しく見えた。腰に回されていたポンコツマンの右手は、洋服の上から彼女の胸の膨らみにあてがわれ、乳輪より下の乳房をブラのレースの凸凹を感じるように静かに撫でた。ぽんこつマンは突然手の動きを止め、「シャワーを一緒に浴びよう」と彼女に伝えた。彼女は小さく頷き、絡み合った体は一旦解かれた。

シャワーでふたりは互いの長い移動でかいた汗を流し、ふたりはスコールのように降り注ぐ激しい水の流れの中で求めあった。ぽんこつマンは右腕で彼女の左足を持ち上げ、既に熱くなっている彼女の秘部にそそり立ったペニスを突き上げた。彼女は右膝を少し曲げ後ろに反るようにして、ぽんこつマンの亀頭がポルチオに当たるようにする。突くたびにぽんこつマンのペニスの先端はコリコリとする感触を感じ取っていた。

立位から体制を変えて立ったままでの後背位へ。彼女はシャワーヘッドが付いている壁に両手をつき、少し腰を折り尻を突き出した。ぽんこつマンはその背後からアナルの奥にある膣口を探りあて、そそり立ったペニスを少し上から押さえ込んで突き刺した。亀頭のくびれが裏Gスポットに当たるのか、彼女はその刺激を受けるたびにのけ反り壁についた両手が下がって行くのを体をよじらせ修正する。ぽんこつマンがフィニッシュを迎えそうになって、一旦ペニスを引き抜いた時、彼女の膝は崩れ壁についた両手の肘も折れ荒く呼吸をしている胸をその壁に持たれかけた。

シャワー室を出たふたりは、肌に残った水滴をバスタオルで軽く拭いゆっくりとベッドに進んだ。ベッドの上ではそのまま自然に彼女がフェラチオを始め、ぽんこつマンはクンニを彼女に施した。舌でクリトリスを包むヒダを優しく剥き、クリトリスの周囲に舌先を這わせた。右側、左側、左側、上部、右側、下部、一番敏感に反応する部分を探し出すように舌先を細やかに動かす。彼女のフェラチオの速度が速くなったのを感じて、ぽんこつマンはシックスナインを解き、片足屈曲位で挿入した。深く差し入れたその先に、再びコリコリとした感触があった。ぽんこつマンはしばらく深く差し入れたポジションのまま、ゆっくりとグラインドする。

コリ、コリ、、、、コリ、コリ、コリ、、、、、コリ、、、コリッ、、、、。彼女の表情が快楽に歪む。彼女はそのたびにのけ反り、ふくよかに発達した白く美しいバストを天に突き上げる。ぽんこつマンはその突き上げられたバストにある乳首を親指のはらで柔らかく撫で回した。コリ、コリ、、、、コリ、、、、、、コリ、コリ、、、、、。ボルドーワインのように赤く充血した乳首もポルチオの感覚と似て硬く張っていた。ベッドでの二戦目は後背位、後側位、伸長位、と続き両足屈曲位でフィニッシュを迎えた。コンドームは装着していないので、亀頭の先から精液が飛び出す直前の強い一撃の後、膣口から素早く抜き淡い淫毛の上部にある下腹部(子宮を守るように覆っている皮膚)に濃い液体を勢い良く発射した。

彼女はセ🟣クスの時、これまで交わってきた女性の中でもめずらしく子宮口が下がってくるタイプのようであった。ぽんこつマンの亀頭がいい具合にポルチオに当たるようで、セ🟣クスが終わった後も「子宮口がジンジンする感覚が消えない」と言っていた。ぽんこつマンも彼女の子宮口が吸い付く感覚が亀頭からなかなか消えない体験だった。

二回戦が終わって少し空腹を感じていたので、食事に出かけることにした。「肉か魚か?」と彼女に聞いたら、速攻で「肉!」という返事が返ってきた。ネットで近くにある焼肉屋を調べてタクシーで出掛けた。焼肉屋では肉だけをビールで流し込んだ。食事にはそれほど時間を割かなかった。なぜならぽんこつマンの陰茎部が先ほどの感覚を覚えていて、もう一度あの感覚を味わいたいと膨張が治まらなかったから。

ホテルに戻って三回戦。3回戦が終わって焼肉屋からの帰りホテルの近くにあるコンビニを見つけて飲み物を買いに出掛けた。缶ビールといくつかの清涼飲料水、そしてスナック。紙袋を持ってコンビニを出たところに、二人の怪しい男性が後ろから近づいてきた。ぽんこつマンと彼女は、平静を装って早足ではなく自然にホテルに戻ろうとしたその時、後ろからぽんこつマンの胸ポケットに怪しい男の一人の手が伸びてきた。胸ポケットにはiPhone。どうもその胸ポケットにあるスマホを奪いたかったようだ。ぽんこつマンはとっさにその手を跳ね除けて大声を出した。「何スルン!!! 」と関西弁で。相手が多少怯んだと思った時にはふたりはホテルに向かって走って逃げて帰った。

金融街マカティー(https://earlyfield.com/2019/05/19/post-1628/)。日中は至るところに拳銃を持ったセキュリティーガードがいて安心感があるが夜になるとその様相は一変する。この回の訪問以降も何度かフィリピンを訪れて、マカティーに宿をとりプルゴス通りのゴーゴー街(https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g298450-d9777930-Reviews-P_Burgos_Street-Makati_Metro_Manila_Luzon.htmlに出かけたがむしろゴーゴー街の方が夜はセキュリティーガードがいて安全と今は感じる。ホテルからそのコンビニまでのわずか200〜300m程の距離にはレストランが途中に一軒、時間は夜の11時を過ぎ、閉店の準備をしていたことを記憶している。そのレストランの明かり以外に街灯はなかったように思う。どうもその怪しい男たちはジャンキーだったようで一発決めた薬の効果で走って逃げた後を追いかけることができないようだったが、ホテルにたどり着いた後に万が一ナイフや拳銃を持っていたと考えたら一気に血の気が引いた。

https://crazy-manila.com/topics/6671.html より引用

その恐怖を味わったからか、既に3回も体を重ねているのにお互いがお互いを求めた。既に時計は深夜0時を回っていたが、もう一度快感で恐怖を拭おうとした。第四戦を終えてふたりが眠りについたのは午前2時になろうとした頃だった。

朝は遮光カーテンの隙間から差す南国の強い太陽の光で目が覚めた。時刻は午前7時半過ぎ。ぽんこつマンがトイレに立つと彼女も目を覚ました。ぽんこつマンの後を彼女が追ってきた。「トイレ?」「シャワー?」と尋ねたら「シャワー」と答える。そしてまた、シャワーの中で抱き合った。さすがに昨日は4回も重なっただけあって、ぽんこつマンのペニスは抱き合ってキスしただけでは完全勃起はしなかった。その時彼女の手がぽんこつマンの玉袋を包み、しゃがみ込んで途中まで勃起したペニスを口に咥えた。吸いながら前後する彼女の口のリズムに昨晩初めて味わった快感の記憶が蘇る。コリ、コリ、、、、コリ、、、、、コリ、、、コリ、。

いつの間にか完全に膨張したペニスの先にポルチオがあたっていた。わずか15〜6時間の間に5回のセ🟣クスは若い時代のポンコツマンでも経験したことがない。彼女も花芯の奥にある秘められた性感帯の疼きが治まらないのだろう。

https://primer.ph/travel/category/area/central-luzon/subic/ より引用

朝のシャワーでの一戦を終えて彼女は「そろそろオロンガポに戻る」と言った。冷房の効いた部屋で熱いコーヒーを飲んで、彼女は帰り支度を始めた。部屋の扉のところで抱擁しキスを交わす。ロビーまで一緒に降りてタクシーを拾った。彼女はマカティーからパサイのバスターミナル(https://ryugaku-philippines.com/2018/09/18/pasay-victory-liner-bus-terminal/)までのタクシー代を受け取ってホテルを後にした。ぽんこつマンは彼女が乗ってタクシーが交差点を右折して見えなくなってもしばらくホテルの玄関でタクシーが去った後を眺めていた。

彼女とは日本に戻ってからも度々LINEで連絡を取るようになっていた。彼女はしばしばあの時に味わったポルチオが痺れる感覚がまだあるという。1ヶ月くらいが過ぎて、彼女から突然「メンスが来ない」というLINEが入った。確かにぽんこつマンはコンドームを装着せずに5回もセ🟣クスをした事は間違いないが、精子を中で出した覚えはない。性病を持っていないと確信できる相手とのセ🟣クスでは、これまでもコンドーム を装着しないことはあったが「メンスが来ない」と言われたことは今まで一度もない。ぽんこつマンは幼い時と大学生時代に41°Cに近い高熱を出したこともあり、もしかしたら種無しなのかもと思ってさえいた。

ぽんこつマンは、彼女に「で、どうしたいの?」とLINEで尋ねた。答えは「後1っヶ月くらい様子を見るけど、それでも来ないようならお医者さんに行く。フィリピンはカトリックなので中絶は本当はできないことになっているけど、特別にやってもらえるお医者さんを探す。」とのことだった。フィリピンでの中絶費用など分かるはずもなかったが、日本円で15万円、大体当時で65,000ペソくらいを送るけど足りるかと聞いたが分からないと彼女は答えた。もし処置しなくいけなくなって、足らないようならその時のもう一度送るから、と言って15万円をとりあえず送金した。その後しばらく連絡がなかったが3ヶ月くらいしてまたLINEが来るようになった。処置をしたのか、しなくて済んだのかはあえて聞かなかった。次にもう一度会いたいこと、できればオロンガポに行ってみたいことを伝えたが、「遠い」「時間がかかる」と素っ気なくなっていた。さらに1ヶ月くらいしてLINEしたら、「日本人と結婚した」と折り返しが来た。大阪の百貨店勤務の人とのことだった。

ぽんこつマンとは年齢的にも離れているし、その結婚相手がどこの国のひとであれ、彼女が幸せをつかもうとしていたことが分かってほっとした。そしてもう会うことはないと思った。今もこの地球のどこかで幸せに暮らしていることを祈らずにはいられない。

ぽんこつマンがアジアに堕ちた経緯②

ぽんこつマンの現在の連れ合いになっている女性と初めて知り合った20世期末に日本で婚姻関係にあった女性から離婚を求められ、すんなり離婚を決めることになった。離婚の直接の原因は未だ不明だが、ぽんこつマンの当時の仕事があまりにも多忙で、大阪にあった職場から東京への頻繁な出張と大阪での午前3〜4時までの超過勤務、はたまた海外への出張も相まって自宅にいる時間が極端に少なかったことも離婚の原因の一つだったのだろう。

しかしながら、離婚が成立したことでそれまで毎年2回はハワイへの休暇を守っていた時間がすっかりハワイでなくても良くなり、時差の少ないアジアへの国への休暇が増えていった。海外出張で覚えたCASINOでルーレット遊びをマカオや仁川、ソウルなどで楽しめることもあり、そちらにもしばしば出かけた。特にマカオは、中国返還前から足を運んでいたところで、香港からフェリーで簡単に行けたこともあり、深夜には銃声が聞こえるなど中華系マフィアの抗争とも思える事件もあったタイパ島の、少し危うい香り漂うリスボアホテルのカジノによく出掛けた。今から20年半前の1999年12月に中国に返還となったが、当時はコタイ地区はなくタイパ島の旧エリアにはスパやサウナ、夜総会といった風俗があり、中国人はもちろんアジアの様々な国の嬢と躰を絡める事ができる。またリスボアホテルの地下通路には、かなりのレベルの美女が客引きをしていた。最近は相場が上がっていると思われうが、当時は500HK$でその美女が使うホテルの部屋で遊ぶ事ができるのだった。

カジノで泡銭が出来れば、サウナに行くかリスボアの地下通路の美女としっぽりを楽しむのだが、必ず勝てるわけでもない。それは韓国ソウルでも仁川でも同じでカジノで遊ぶことに熱中し過ぎで風俗遊びができないことも多かった。

タイでのオキニになった現在の連れ合いの元へも年に数回のペースで通っていたが、飛行機はそのオキニが住むチェンマイには私が働いていた大阪からのダイレクトフライトがなく、仁川を経由して大韓航空でチェンマイに入るかバンコク を経由してチェンマイに入るかの選択はどんどんバンコク経由が増えていくことになった。

それはバンコクにはゴーゴーバーもバービアもカラオケクラブマッサージパーラーもチェンマイと比べ物にならないくらいの数があり、比べ物にならないくらいの美女にも巡り合える機会が多いということだ。

こうしてチェンマイに滞在する前後をバンコク で過ごす機会が増えていった。そしてチェンマイの連れ合いには内緒で土日こっそりバンコクで過ごす機会も増えていった。土日をバンコクで過ごす時は、金曜日の深夜大阪発BKK早朝着便へ向かい、日曜日の深夜BKK発大阪早朝着の便を使うのだが、ぽんこつマンもどんどん年齢を重ね深夜フライトでは眠る事ができなくなり、月曜日バンコク早朝発で大阪正午近くに着く便にする事が増えた。

今から15年ほど前は、早朝バンコクに到着後タクシーでゴルフ場に行き、1プレイしてからホテルにチェックイン。土曜の昼下がりに遮光カーテンを閉じて一眠り後夕方からナナプラザやソイカウボーイへ出かけて遊ぶパターン。当時バンコクでのゴルフで一番驚いたのは、コースに到着後客待ちしているキャディーをカラオケやMPの女の子を選ぶと同じように、自分で選択するシステムがあるコースがあり若くて可愛いキャディーを集めていることだった。

最近バンコクでのゴルフはあまりしていないが、今でも記憶しているコースの一つがパンヤインドラ(http://www.panyagolf.com)。プレイ中に「19番ホールも一緒にプレイできるのか」と尋ねたら、「一緒にご飯を食べてホテルまで行ってくれる女の子もたくさんいる」とのことで、プレイ中に金額交渉してお持ち帰りとなるとのことだった。

http://www.panyagolf.com/en/contact-us/ から引用

ぽんこつマンは、深夜フライト後の早朝ゴルフなのでゴルフのプレイ後は夜の出陣のためホテルで休む事をいつも優先したのだが…….。

バンコク市内の遊びは、夕方5時くらいに軽く飯を食べ、まずはバービアへ。バービアで2〜3時間ほど飲んで、夜の8時に開くゴーゴーバーへ。バービアはナナプラザ界隈、ゴーゴーバーはソイカウボーイがぽんこつマンのパターンに定着した。バービアをでてソイカウボーイへ向かう時はほぼ歩き。肝心のホテルいつもはスクンビットソイ3からソイ33くらいまでのエリアで探していた。BTSが無くなる午前0時を過ぎても歩いて帰れる距離と安全を考えてのことだ。ソイ19のThe Key Bangkok(http://www.thekeybangkok.com/en/?utm_source=GMB&utm_medium=HotelHomePage), Sacha’s Hotel Uno(https://www.sachashotel.com), アソーク交差点に近いSukhumvit Suites Hotel(http://www.sukhumvitsuitesbangkok.com) などはソイカウボーイからペイバーした女の子とでも歩いて帰れる距離にあり、ジョイナーフィーも無く良く定宿として利用していた。

ソイカウボーイで日本人好みの女の子が多いゴーゴーバーは、当時からBACCARAだったと思う。最近は韓国人、台湾人、中国人の客が幅を聞かせて日本人は肩身が狭いが、15年ほど前は日本人客は、「優しい」「ケチじゃない」「乱暴じゃない」「しつこくない」と評判は良かったと思う。ぽんこつマンもBACCARAでペイバーした女の子が一番多い。ある時は一人の女の子に惚れ込んだこともある。そしてもう一軒ぽんこつマンが通ったゴーゴーバーがTilac-Barだ。この店はダンサーのレベルは高くないが、ホステス(客を席に案内し飲み物の注文を取る役)に面白おかしい女やババアがいて、一緒に飲むと楽しく過ごせる。ペイバーだけが目的だと残念な事が多いが、楽しくお酒を飲みたいというなら夜10時まではHappy timeでドリンク代も80Bahtと割安だった。ただしレディスドリンクはhappy timeの料金にはならないので、ホステスやダンサーにガンガン飲ませると、結構良い金額になることに注意してほしい。Tilac-Barは、草彅剛主演のテレビドラマ(CX系)「銭の戦争」の一話に日本人の金持ちを騙す舞台として登場する。

バンコクにもエスコートクラブ(https://www.newbangkokescort.com/girls/ 他)があり、ネットで事前に女の子を予約して一緒に遊ぶ事ができる。ぽんこつマンもモノは試しと一度使ってみた事がある。エスコートクラブの女の子は、2時間、4時間、6時間、10時間、24時間と利用時間が長くなればなるほど時間あたりのコストが安くなる。ぽんこつマンは一人の女の子を選んで24時間を依頼した。今日改めて見てみると24時間では12,000Baht になっているようだが、当時は24時間で8,000Baht だったような気がする。ぽんこつマンが空港に着いたら迎えが来ていてバンには既に予約した女の子が待機していた。ネットの写真で見たより多少ふっくらして年齢も少し高めと思えたが、充分満足できるコケティッシュな雰囲気を持っていて、宿泊先として予約していたコンドに到着後、飯を食いに出る以外はずっとセ●クスもその子はOKだった。24時間の擬似恋愛遊戯はあっという間に経って別れる時間はやって来た。本当は直接の連絡先交換は禁止なんだろうが、彼女は快く電話番号を教えてくれ、写真も赤外線通信で送ってくれた。あくまでも女の子が嫌がることを強引に要求せず、紳士的に接したことが彼女には好印象だったのかもしれない。ただその後、彼女と再会することはなかった。当時は既にお気に入りのゴーゴー嬢がいて、ずっと彼女を追いかけていたかったからだ。

かくしてぽんこつマンは、バンコク=クルンテープ(天使の都)という魔都の魅惑に沈んでいくことになる。

ぽんこつマンがアジアに堕ちた経緯①

それはぽんこつマンがまだぽんこつになる20年くらい前、1998年だったと思う。仕事のつながりで日本の冬にグリーンな芝のロケーションを探すことになり、日本の冬が夏であるオーストラリアのコーディネーターにロケーションリサーチを依頼していたが、既にタイの魅惑に触れていたポンコツマンは、会社に休暇を申請しタイのゴルフコースを北から順に巡る旅を計画した。最初にチェンライ、そしてチェンマイと移動して5つくらいのゴルフコースをプレイした。チェンライではサンティブリカントリークラブとウォーターフォード ヴァレー ゴルフ コース。

1日1コースを朝から廻るので、当然昼からは飯を食う、酒を飲むということになる。チェンライ、チェンマイでタイマッサージはもちろん、マッサージパーラーやゴーゴーバー、カラオケにも行ってみた。

当時はタイ語が話せるわけでもなく片言の英語だけがコミュニケーションの手段だったが、当時は臆することもなく昼飯を食べた午後2時くらいからいかにも怪しいドアを開けてマーサージパーラーの金魚鉢を覗きに行った。それまでタイ人は日本人より肌の色が黒いものと思っていたが、当時この北部タイの歓楽場には、途方もなく透き通るような白い肌を持つ女性が働いていることを知った。

ちょうど5日目の夜、今はあるかどうか定かでは無いが、Olivia、Olivia2(現在は閉店して長く跡形もない廃墟となっている)といったカラオケバーがチェンマイのチェンマイランドというエリアにあり、宿泊先のホテル(インペリアルメーピンホテル)からトゥクトゥクに乗り、カラオケクラブOlivia2に行ってみた。

ぽんこつマンはカラオケを歌いたいわけではなく、カワイイ女の子と仲良くなりたいということで出かけたが、午後8時ごろ店のドアを開けたら女の子が集まったばかりらしくまだ着替えていない女の子もいて慌ててソファーに集まってきた。一人でやって来た日本人らしき男を見てみんな指名を貰おうと必死に笑顔を作っていた。

私が選んだ女の子は、小柄な丸顔の子。なんでも店に一人でやってくる日本人はまずいないらしいことを彼女は拙い英語で話してきた。ビールを頼んで乾杯し、30分位その店で過ごして彼女をペイバーした。ホテルに一緒に戻り、朝まで過ごす。朝ごはんをホテルで二人で食べて、彼女の家に行くことになった。サンカンペーンにあり、そこに母親と過去にタイ人男との間に生まれた一人娘がいた。当時は初めての東南アジアで知り合いからも情報誌からも食当たりに注意するようにとの情報を得ていたので、その子の家で出された一杯の水も一口触れて、それ以上飲まなかった。結果この日はゴルフコースに行くこともなく、その子とは連絡先を交換してホテルに戻った。

こうしてぽんこつマンのアジアへ落ちる生活は始まった。その翌日、ゴルフコースから帰って来てチェンマイ市内にあるギャラリーカフェという店にお昼ご飯を食べに出かけた。そのカフェで静かに読書をしながらお茶を飲んでいる女性の隣のテーブルに一人座った。どんな女性なんだろうと視線を送ったら偶然目と目が合ってしまった。お互いに微笑み、簡単な英語で話かけてみた。彼女の答えは、昔、「この辺りは田舎から出てきて住み始めた場所」で「久しぶりにこの店に来た」との事だった。私はゴルフコースを下見する旅をしていることを話し、「良ければ今晩の食事を一緒にしないか」と誘ってみた。

答えは、なぜかOKだった。その晩またその店の近くにあるグッドビューというピン川に面したレストランで食事をした。彼女は身長が小さいことを気にしているが、ぽんこつマンは身長の大きい子はさほどタイプではなかったし、何より彼女の胸の膨らみ、そして声と仕草が妙に気になっていた。彼女は当時チェンマイに一人で住んでいて、食事の後も特に家に帰る必要もないとの事だったので、ホテルに誘ってみた。ホテルについてフロントで鍵をもらうときに、フロントレディーがクスッと笑ったような気がしたが、どうも昨日の女性と違う女性を連れてきたのがおかしかったのかなと思った。

こうしてぽんこつマンはアジアに堕ちる道を進み始めた。翌日はバンコクに飛び2日後は日本へ戻る予定だった。翌朝になりホテルをチェックアウトし、空港へ向かう時も彼女は私についてきた。妙に彼女に愛おしさを感じたのを今も覚えている。荷物を預けフライト時間が来るまで空港の珈琲ショップで彼女も同じ時間を過ごした。そしてとうとう出発の時間が迫ってゲートへ向かう時に彼女に手を振ったら、それまでおとなしい笑顔を見せていた彼女の目に涙が光っていた。

結果彼女とはその後も幾度となく会うことになった。彼女は実はぽんこつマンの現在の連れ合いになっている。その日から数年は年に数回チェンマイを訪ね、彼女のアパートで寝泊りする生活が続いた。