ジャカルタでTinder娘とパコパコ

2017年9月に以前からSkoutで知り合ったジャカルタの女の子に会いにいく計画を実行した。この頃は東京での仕事に少し疲れて、10月31日をもって勤めていた会社を早期退職することを決めていて、残っていた有給休暇を使い切ることにしたのだった。まずはぽんこつマンの関西での自宅に戻り、関西空港から8月に開設されたジェットスターの関西ークラーク線でまずはアンヘレスへ。その後バスでマニラに移動し、マニラからフィリピン航空でジャカルタ へ飛んだ。

関西空港を出発したのは9月4日、4日はアンヘレス 、5日はマニラに泊まり6日にジャカルタに向けて出発した。マニラージャカルタの飛行時間は約4時間、朝の便で飛べば昼過ぎにはジャカルタに降り立つことができる。今回のジャカルタのホテルは、ハリス スイーツ & スディルマン(https://booking.tauzia.com/20/HARRIS-Suites-fx-Sudirman-Jakarta?utm_source=HFXS&utm_medium=GBHFXS)

今回はジャカルタ4泊の後、チェンマイに向かうので大きなスーツケースも一緒だった。ホテルに到着したのは午後3時少し前。ショッピングモール内にあるホテルなので、大きな荷物を運んでくれるベルボーイがショッピングモールの入口にいなかったため、荷物の運搬には少し手こずったが、無事にチェックインも終えて、Skoutで知り合っていた女の子にLINEで連絡を入れた。

彼女は当時24歳と言っていたが、まだ看護系の大学生とのことだった。自宅はどちらかというとスカルノハッタ空港に近く母親に早く学業を終えて働きにいくようにと言われていると嘆いていた。

ぽんこつマンは彼女がSkoutにアップしていた写真に完全に参ってしまっていて、彼女がその夏8月に台湾のサマースクールに行きたいという夢を叶えてあげるために、その航空券代を送金していた。彼女からはそのサマースクール期間中、台湾での写真がほぼ毎日送られて来ていたが、台湾にはムスリムが気にせず食事できるハラル料理がなく食べ物に苦労したという内容のものが多かった。彼女自身の写真は台湾から送られてくることはなく、インドネシアに帰る予定日の4、5日前に、突然の腹痛に見舞われ台湾の病院に入院する羽目になったらしかった。母親は公務員で父親より収入が安定していたが、彼女が24歳になっても大学を卒業できない状況に失望し、大学を退学してでも早く働くべきと言っていて彼女が台湾のサマースクールに参加することも反対だったが、突然の入院で予定の飛行機に乗れず、チケットはボイド、入院費も支払うお金がなく母親に相談したそうだった。結果、彼女の母親が台湾まで迎えに来て、彼女はインドネシアに戻れたらしかった。

ぽんこつまんが彼女にジャカルタで実際にあったのは彼女の帰国後1週間くらいあとだった。大学から直接待ち合わせ場所にしたホテルのロビーにやって来た彼女を見た時、ぽんこつマンはその彼女が写真の彼女とかなり違っていたことに愕然とした。写真の彼女はかなりの美形だったが、実際の彼女の顔はニキビだらけ、体型は女小錦と思えるくらい太っていてオフパコの対象にはならなかった。しかしせっかく知り合ったのだからと食事に行くことにした。

Grab carを呼んで向かったレストランは、The Holy Crab – Louisiana Seafood(https://www.zomato.com/jakarta/the-holy-crab-senopati)。店の名前にあるようにルイジアナスタイルらしく、テーブルに敷いた紙の上に調理した魚介をダイレクトに置き、直に手でそれを掴んでダイナミックにかぶりつくスタイル。姿・形はオフパコの対象外だったが、英語で会話ができ、話が面白いので楽しい食事の時間を過ごせた。

食事はビールがよく合うしっかりとした味付け。しかし彼女はその日、」生成色のスカーフを巻いていてアルコールは飲まなかった。食事を終えて、ホテルに戻った時は夜の8時くらいだった。彼女を部屋に案内したが、ぽんこつマンは彼女をベッドには誘わなかった。しばらくして彼女は母親に叱られるので帰ると言って部屋を出た。

翌日また彼女に会う約束をした。ジャカルタには4泊するが昼間は何もすることがない。フィリピンを経由しての長旅で体も結構疲れていたこともあり、すぐにでも女を抱きたいという衝動はその時なかったこともあり、彼女からジャカルタの街の話を少しでも聞こうと思ったのだ。

その晩はホテルでひとり、Tinderというアプリをインストールしたのもその時期で、ジャカルタのホテルでその街に登録している女の子を探した。何人かにライクして連絡が来るかを試してみた。すぐにひとりのジャカルタでOLをしているという女の子とマッチした。チャットでLINEのアカウントをゲットして、明日の夜にホテルの部屋に来る約束ができた。

その晩は、ぐっすり眠った。翌朝は9時半に目が覚めた。昨日あった彼女との約束は午前10時半。時間になってホテルロビーへ降りたら彼女が待っていた。そのホテルがあるショッピングモールを一緒に散策して、本屋に入った。彼女は辞書が欲しいと言ったので買って上げることにした。コーヒーを飲み、グランドインドネシアというショッピングモールへGrab carを読んで出かけた。スディルマンより、一段と高級感のあるショッピングモール。そのすぐ近くにあるプラザインドネシアというショッピングモールにも行った。そこにあったCork & Screw(https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g294229-d6475805-Reviews-Cork_Screw-Jakarta_Java.html)というレストランで 遅いランチをとった。そこはワインバーでもあってグラスで赤ワインも注文した。やがて夕方になり、その近くにある SKYE Bar & Restaurant(http://SKYE Bar & Restaurant)に向かった。

そこから見たジャカルタの夜景は、この街がいかに発展しているかを象徴している気がした。その日スカーフを外していた彼女はそこで、カクテルを注文した。1杯を唇を湿らせる程度にスローに飲んだ。そして昨晩と同じように21時近くに帰っていった。

ぽんこつマンは急いでタクシーに乗り、ホテルに戻った。その晩は22時に昨日Tinderで知り合ったOLがホテルに来ると言っていた。部屋に戻ったのは21時40分。しばらくしてそのTinderで知り合った女の子からLINEに「今ホテルロビーについた」とメッセージが届いた。

ぽんこつマンは彼女を迎えにロビーへ降り、ふたりで部屋に戻った。部屋で彼女は意外なことを言った。「この時間はマッサージの仕事をしているの」「昼はオフィスで事務の仕事だけどね」彼女はそう言ってベッドに並んで座り、ぽんこつマンの肩を揉んで見せた。

突然のマッサージ嬢宣言に戸惑いはしたが、その彼女の指の感覚になされるがままになった。肩を揉んでいた手は次に首に進んだ。そこで揉む動きを止め、彼女はシャワーを浴びて裸で全身を揉むと言い出した。言われるがままに服を脱ぎシャワーブースへ。彼女もそれほどスリムというタイプではなかったが、Skoutで知り合った彼女とは違い、ボディーラインはそれなりに綺麗で、顔の印象もクールに見えた。シャワーでお互いの体を洗い、バスタオルを巻いてベッドに戻る。

ぽんこつマンは、彼女の指示でまずはうつ伏せでベッドに寝る。彼女がぽんこつマンの臀部から太ももの付け根辺りに座り、首から肩を揉み始める。気持ちがいい。それから背中、腰へ進んでいく。そして彼女は反転してぽんこつマンの尻の上に座り、足裏からふくらはぎ、太腿の裏をマッサージする。一通りの背面のマッサージを施し終わると、彼女がぽんこつマンに仰向けになるように言う。ぽんこつマンはその指示に従って仰向けの体制になった。また彼女はぽんこつマンの臀部に座り、太腿の内側をマッサージし始めた。彼女の指がぽんこつマンの股間に近づくにつれ、陰茎に血流が集まるのを感じた。それから彼女はまた反転して、ぽんこつマンの胸、腹、脇をリンパの流れを促すようにマッサージする。その時、彼女の股間にぽんこつマンの膨張し始めた陰茎が当たるのを感じた。彼女は右手を後ろに回し、ぽんこつマンのその膨張した陰茎をバスタオルごしに撫でてみせた。そしてニコッとして、「やる?」と聞いて来た。

ぽんこつマンはうなずくと、彼女は腰を少しあげ、ぽんこつマンの腰に巻かれているバスタオルを外す。そして彼女自身の胸に巻きつけていたバスタオルも外し、ふたりは生まれたままの姿になった。彼女はぽんこつマンの手首を握り彼女の乳房に導く。ぽんこつマンが彼女の乳房に触れた時、そのやや熱くなっている乳房の温もりを感じた。ぽんこつマンがゆっくりその乳房を揉むと彼女は切なそうな吐息を漏らした。そして彼女は右手でぽんこつマンの膨張した陰茎をしごいた。

ぽんこつマンは少し起き上がり彼女のその熱い乳房に唇を当てた。少し汗の滲んだ乳房の皮膚からうっすらと汗が滲んでいた。ぽんこつマンは彼女の乳房の谷間に舌を入れそれぞれの乳房の裾野を舐め上げた。

ぽんこつマンが「OK?」と聞いた時、彼女は反転しあらかじめ用意していたコンドームをぽんこつマンのペニスに装着した。そして腰をあげ、ぽんこつマンの膨張したペニスの亀頭を彼女の花芯に当て、少しずつ挿入して行った。ぽんこつマンのペニスの根本が彼女の恥骨に当たるまでゆっくり身体を沈めてから、彼女は腰を上下する。ぽんこつマンは彼女の腰骨を持ちその動きをサポートする。

徐々に彼女の腰の動きは激しさを増し、ベッドが軋む音が聞こえて来た。彼女の背中に汗が流れてぽんこつマンの下腹部に滴り落ちた。彼女はその後背女正常位の体制からゆっくりと反転して、正面女正常位になってさらに腰を上下した。

ぽんこつマンが彼女の上半身を引き寄せ抱き合い、腰を上下に動かした。濃厚なキスをふたりは続けた。抱き合って結合している状態で半回転ローリングして、ぽんこつマンが上になった。伸長位、正常位、そして屈曲位で彼女の一番感じるポイントを探した。屈曲位で深く挿入した時、彼女の奥Gスポットからポルチオにかけて擦ったらしく、そこが彼女のポイントらしかった。ぽんこつマンはその位置で上から円弧を描くように腰をスイングした。

シーツを握り締めていた手がぽんこつマンの腰に回り爪が背中に食い込む感覚があった。しばらくその状態が続いた。ぽんこつマンもフィニッシュを迎えそうになっていた。動きをさらに加速させ、「OK?」「OK!」「Oh、O、K、、、」と言葉にならない声を発してお互いに頂点に達した。

ぽんこつマンは、ザーメンでいっぱいになったコンドーム をティシュで拭い取り、彼女のまだ締まり切っていない膣口にキスをした。舌を膣口に入れ、彼女が感じている快感の余韻をさらに延びるよう膣壁を上下左右に刺激した。ぽんこつマンの唾液と彼女の愛液で彼女の局部はぐっしょり濡れてひくついていた。

部屋に戻ってからすでに1時間半が過ぎようとしていた。彼女はそれまで横になっていたベッドから起き上がりそろそろ帰ると言ってシャワーを浴びに行った。シャワーから戻った彼女は素早く洋服を着た。

ぽんこつマンは、マッサージ代よりはるかに高額な金額を財布から取り出し、彼女に「ありがとうこれマッサージとタクシー代ね」と言って手渡した。彼女は微笑んでそれを受け取り部屋を出て行った。時計は午前0時になっていた。

今回のジャカルタ4日目は昨夜の彼女が帰った後にTinderで見つけた女性とホテルから500mくらい離れたところにあるパシフィックプレイスというショッピングモールでデートすることになった。その彼女は、教師とのことであった。待ち合わせ時間は、午後3時。あらかじめ交換したLINEで、落ち合うことにした。

グランドフロアにはぎっしりとブランドショップが並び圧巻。そこで彼女の到着を待った。午後3時を少し過ぎて彼女からのLINEチャットが入った。「今どこ?」と来たので「GFのルイ・ヴィトンの前」と送り返したらしばらくして彼女が現れた。Tinderにあった写真より少し老けて見えるが30歳前なのは確かだろう。

時間が夕食には早すぎるので「お茶でも行こう」と誘い上の階へ上がった。何階に上がったか今はもう覚えていないがハーゲンダッツのカフェがあり、そこでアイスクリームとコーヒーをとった。彼女もアイスクリームは好きというが、今日はあまり話が合わない感じがした。なんだか彼女は日本人の男からブランドものをプレゼントしてもらえるとやってきたみたいだった。男と女の関係も求めていないのに、高価なものをゲットできると甘く考えて、このショッピングモールでの待ち合わせをしたようだった。どんなにスタイルや顔がブスでも人がいいなら旅で出会えることはいい記憶として残るが、どんなにスタイルが良くてどんなに美人であっても性格がブスなら、それは悪い記憶にしかならない。彼女はどちらかというと後者の方だった。

ジャカルタはアジア大会の開催を来年に控えていて、開発が急ピッチで進んでいてすでに日本より富裕層と貧民の格差が広がっていた。そんな中で、なんとか這い上がろうともがいている人間がいても不思議ではないと思ったが、ぽんこつマンがそんなタカリ体質のインドネシア女性に会おうとは思いもしていなかった。まぁどこの国にもいるにはいるんだろうが。

早々にその女性とはバイバイしてホテルに戻った。ホテルの入っているショッピングモールの地下にあるスーパーでお土産のコーヒーを探した。インドネシアの土産はコーヒーが良い。それからそのショッピングモールに入っていた中華料理とも日本料理とも言えない店でひとりビンタンビールとカツ丼を食べて部屋に戻った。今回のジャカルタのメモリアルディナーは、Tinderでもうひとりあからさまに体を売りにしていた娘を部屋に呼んでのセ🟣クスにした。

20時にその彼女はやって来て、すぐにシャワーを一緒に浴びた。そして先ほどの嫌な思いをかき消すために夢中で彼女の体を求めた。シャワーの中で、そしてベッドで。この日はゆっくり女性の感度を確認しながらのセ●クス ではなかった。ただ激しく花芯の奥を突き、少し乱暴に乳房や乳首、そして尻を弄んだ。いつもなら何度も舌をからませるキスもせず、ただ乳首を吸いそして噛んだ。とにかく休むことなく激しく突きまくった。

屈曲位で上から下へ、後背位で下から上へ突きに突いてフィニッシュを迎えた時は、心臓が止まりそうなくらい心拍は上がり、額も胸も背中も汗でびっしょり濡れていた。

財布から約束の現金を抜き彼女に渡した。彼女はその金をいかにも安物のバッグに押し込んでシャワールームに消えた。シャワーを浴び、洋服を着てセクス を終わって5分もたたないうちに部屋から消え去った。

インドネシアという国で出会った女性はすべてイスラム教徒であったが、バリとジャカルタでは彼女たちの目の表情にはかなりの差があると感じた。ぽんこつまんが出会ったジャカルタの彼女たちは目は真に笑っていなかった。どことなく警戒心を覗かせるキツい目をしていた。イスラムという勧善懲悪的なその宗教観のせいなのだろうか。今やジャカルタでのそれはグローバリズムの流れに飲み込まれ現代文明の奔放さに贖えないところまで来ている。それ以来、アジアでイスラム教徒が多い国に入ってみたいと思わなくなった。このジャカルタへの旅は、ぽんこつマンが「窮屈が一番嫌いだ」ということに気づいた旅になった。

フィリピーナに逢いたくて

ぽんこつマンが最初にアジアの姫に目覚めて10年くらい経った頃、長く勤めていた大阪から東京へ勤務地が替わるということがあった。東京は出張では頻繁に出かけていた場所だったが、実際に住んだことがなかった。どこに住めば良いのかよく分からないまま、蔵前と言う場所に部屋を借り住むことにした。会社は赤坂にあり地下鉄は都営大江戸線と千代田線で会社に通うことになった。

転勤してからは暫く歓迎会が続き、ある時赤坂で一次会があった後にアジア好きが集まって二次会は上野のタイパブに行こうということになった。そしてさらにその後、アジア好きの中でさらにディープな面々とフィリピンパブへ流れた。フィリピンパブは大阪で働いていた時も、東京からフィリピンパブ好きの知り合いが来阪した時に幾度かいったことがあったが、これまでの東京出張ベースでの夜会は、赤坂、六本木、麻布、渋谷方面が多かったせいで、小洒落た店での飲食が多くアジアンな店といえばせいぜいタイ料理店。フィリピンパブには縁がなかった。

機会がなければ興味も湧かないが、その時には既にマカオやバンコクでディープなアジアの夜をしばしば堪能していたこともあり、フィリピンパブに行くということになって内心興味津々であった。上野のフィリピンパブではほんの1時間ほど過ごしたが、その時席についてくれた女の子(とはいっても年齢は30オーバーな感じ)とタイの話などで盛り上がり、翌日の土曜日の昼間に一緒に食事をする約束をした。

そして次の日ごご2時、彼女が指定してきた上野の居酒屋で昼からビール・酎ハイを飲み、夕方には出来上がっていた。彼女はその日も店に出勤するということで、ぽんこつマンも後で改めてひとりで行くことにした。

2日連続で訪れたフィリピンパブも土曜日の早い時間は女の子の数も多く、昨日の彼女の他にヘルプで隣についた女の子が若くてかわいかったことを覚えている。東京の住まいが蔵前と上野に近く、勤務先の赤坂からも千代田線で湯島に来れば、アジアンムードに侵ることができる。そうこうしてるうちにフィリピンで暮らしている現地の女の子にどんどん興味が湧いてきた。

その頃は既にスマホをその中でSKOUTというアプリで世界のあらゆる都市の女の子を見つけてチャットできるようになっていた。ネットでフィリピンの風俗を調べたりしながらも、まずはそのアプリにアップしているマニラの女の子をさはすようになった。何人かの女の子とチャット友達になったがそのうちのひとりのマニラから少し離れたオロンガポという町に住む26歳という女性のノリがよく、近いうちにマニラで会おうということになった。

彼女とはLINEを交換し、さっそくフィリピンへは初めての渡航を計画。ぽんこつマンが日本を出発する当日、彼女はオロンガポからマニラの空港(https://www.miaa.gov.ph/miaa/)で待つとのことだった。飛行機がマニラに野井秋の空港に定刻を30分ほど遅れて到着した。イミグレはかなり混雑していてなかなか入国できない。飛行機を降りて1時間ほどしてようやく到着ロビーへ出た。多少のお金を両替し、携帯の現地SIM交換を済ませて彼女にLINEしたら既にずいぶん空港の到着ロビーの外で待っているとのことだった。

ぽんこつマンは到着ロビーからEXITドアを開けて外でた。物凄い人が誰かの到着を待っている。彼女が当日オロンガポを出るときの服装を写した写真を手がかりに一生懸命探したが、なかなか見つからない。ぽんこつマンも日本の空港を出発する時に当日の服装を写した写真を送っていた。暫くして遠くでぽんこつマンの名前を呼ぶ少しハスキーな声が聞こえた気がした。その声は徐々に大きくなり、ぽんこつマンがその声の先から手を振って微笑んでいる女性の姿が見えた。ぽんこつマンは少し小走り美彼女に近づこうとするが、人の波に呑まれてなかなか進めない。彼女も人をかき分けぽんこつマンに近づこうとしている。ふたりが近づきハグをするまでの時間はまるで再会を果たした恋人どうしの映画のようなスローモションのワンシーンのようだ。

マニラではタクシーも決して安全とは言えないとネットからの検索で調べていたがフィリピン人の彼女が一緒だったので少しは安全と言われているイエロータクシーではなく、普通のタクシースタンドで拾ったタクシーに乗った。行き先はマカティーというマニラでは金融街を有する市にあるブティックホテル(https://www.picassomakati.com)。行き先を彼女に伝え、彼女からタクシードライバーにタガログ語で伝えてもらう。

ホテルにチェックインしたのは夕方5時近かった。日本時間だと夕方6時だったがお腹はまだ空いていなかった。部屋でまず彼女が話したことは、彼女が住むオロンガポという街からマニラまではバスで3時間半くらいと言われているが、朝の渋滞にひっかかり実際には5時間以上かかったという話、マニラには滅多に出てこないという話、オロンガポの家には母親と一緒にい流話、オロンガポでどんな仕事をしているかの話、本当は今日オロンガポに帰るつもりでいたけど、帰りもマニラ市内の渋滞にあって家に着くのが深夜0時をすぎるのが怖いという話となった。

ぽんこつマンはせっかくマニラでこうして実際に会えたんだから泊まって行くように話した。彼女は家に電話するといって、一緒に座っていたベッドから腰を上げ、窓際に向かって歩きながらタガログ語で母親に明日の夕方には帰ると言ったようだった。彼女の短い電話が終わりベッドに戻ってきた時、ぽんこつマンは彼女の手を握ってもう一度ベットに座るように誘った。

彼女は少しつまずいて、バランスを崩しぽんこつマンにハグするような体制で倒れかかってきた。ぽんこつマンはとっさに彼女の腰に手を回して彼女を支えようとしたが、彼女の倒れかかる勢いに押されてふたりは抱き合ったままベッドに倒れる形になった。

ぽんこつマンはその状態から手を彼女の頭に近づけ、ゆっくりとキスの体制に入った。唇と唇が重なったが彼女は一切抵抗することなく、ぽんこつマンの舌が彼女の舌を探ることを許した。ぽんこつマンの唇は彼女の首筋へと移り、ぽんこつマンの右手は彼女の背中から腰のあたりをゆっくりと滑って行った。彼女がぽんこつマンの上にいた位置から反転し、ふたりは抱き合ったまま反転して、彼女が下になった。ぽんこつマンは唇を彼女の首筋から胸元にゆっくり降ろしていき、左手を彼女の内腿あたりに沿わせた。

彼女の胸元にのぞく肌色は、南国の女性には珍しく白く透き通るように美しく見えた。腰に回されていたポンコツマンの右手は、洋服の上から彼女の胸の膨らみにあてがわれ、乳輪より下の乳房をブラのレースの凸凹を感じるように静かに撫でた。ぽんこつマンは突然手の動きを止め、「シャワーを一緒に浴びよう」と彼女に伝えた。彼女は小さく頷き、絡み合った体は一旦解かれた。

シャワーでふたりは互いの長い移動でかいた汗を流し、ふたりはスコールのように降り注ぐ激しい水の流れの中で求めあった。ぽんこつマンは右腕で彼女の左足を持ち上げ、既に熱くなっている彼女の秘部にそそり立ったペニスを突き上げた。彼女は右膝を少し曲げ後ろに反るようにして、ぽんこつマンの亀頭がポルチオに当たるようにする。突くたびにぽんこつマンのペニスの先端はコリコリとする感触を感じ取っていた。

立位から体制を変えて立ったままでの後背位へ。彼女はシャワーヘッドが付いている壁に両手をつき、少し腰を折り尻を突き出した。ぽんこつマンはその背後からアナルの奥にある膣口を探りあて、そそり立ったペニスを少し上から押さえ込んで突き刺した。亀頭のくびれが裏Gスポットに当たるのか、彼女はその刺激を受けるたびにのけ反り壁についた両手が下がって行くのを体をよじらせ修正する。ぽんこつマンがフィニッシュを迎えそうになって、一旦ペニスを引き抜いた時、彼女の膝は崩れ壁についた両手の肘も折れ荒く呼吸をしている胸をその壁に持たれかけた。

シャワー室を出たふたりは、肌に残った水滴をバスタオルで軽く拭いゆっくりとベッドに進んだ。ベッドの上ではそのまま自然に彼女がフェラチオを始め、ぽんこつマンはクンニを彼女に施した。舌でクリトリスを包むヒダを優しく剥き、クリトリスの周囲に舌先を這わせた。右側、左側、左側、上部、右側、下部、一番敏感に反応する部分を探し出すように舌先を細やかに動かす。彼女のフェラチオの速度が速くなったのを感じて、ぽんこつマンはシックスナインを解き、片足屈曲位で挿入した。深く差し入れたその先に、再びコリコリとした感触があった。ぽんこつマンはしばらく深く差し入れたポジションのまま、ゆっくりとグラインドする。

コリ、コリ、、、、コリ、コリ、コリ、、、、、コリ、、、コリッ、、、、。彼女の表情が快楽に歪む。彼女はそのたびにのけ反り、ふくよかに発達した白く美しいバストを天に突き上げる。ぽんこつマンはその突き上げられたバストにある乳首を親指のはらで柔らかく撫で回した。コリ、コリ、、、、コリ、、、、、、コリ、コリ、、、、、。ボルドーワインのように赤く充血した乳首もポルチオの感覚と似て硬く張っていた。ベッドでの二戦目は後背位、後側位、伸長位、と続き両足屈曲位でフィニッシュを迎えた。コンドームは装着していないので、亀頭の先から精液が飛び出す直前の強い一撃の後、膣口から素早く抜き淡い淫毛の上部にある下腹部(子宮を守るように覆っている皮膚)に濃い液体を勢い良く発射した。

彼女はセ🟣クスの時、これまで交わってきた女性の中でもめずらしく子宮口が下がってくるタイプのようであった。ぽんこつマンの亀頭がいい具合にポルチオに当たるようで、セ🟣クスが終わった後も「子宮口がジンジンする感覚が消えない」と言っていた。ぽんこつマンも彼女の子宮口が吸い付く感覚が亀頭からなかなか消えない体験だった。

二回戦が終わって少し空腹を感じていたので、食事に出かけることにした。「肉か魚か?」と彼女に聞いたら、速攻で「肉!」という返事が返ってきた。ネットで近くにある焼肉屋を調べてタクシーで出掛けた。焼肉屋では肉だけをビールで流し込んだ。食事にはそれほど時間を割かなかった。なぜならぽんこつマンの陰茎部が先ほどの感覚を覚えていて、もう一度あの感覚を味わいたいと膨張が治まらなかったから。

ホテルに戻って三回戦。3回戦が終わって焼肉屋からの帰りホテルの近くにあるコンビニを見つけて飲み物を買いに出掛けた。缶ビールといくつかの清涼飲料水、そしてスナック。紙袋を持ってコンビニを出たところに、二人の怪しい男性が後ろから近づいてきた。ぽんこつマンと彼女は、平静を装って早足ではなく自然にホテルに戻ろうとしたその時、後ろからぽんこつマンの胸ポケットに怪しい男の一人の手が伸びてきた。胸ポケットにはiPhone。どうもその胸ポケットにあるスマホを奪いたかったようだ。ぽんこつマンはとっさにその手を跳ね除けて大声を出した。「何スルン!!! 」と関西弁で。相手が多少怯んだと思った時にはふたりはホテルに向かって走って逃げて帰った。

金融街マカティー(https://earlyfield.com/2019/05/19/post-1628/)。日中は至るところに拳銃を持ったセキュリティーガードがいて安心感があるが夜になるとその様相は一変する。この回の訪問以降も何度かフィリピンを訪れて、マカティーに宿をとりプルゴス通りのゴーゴー街(https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g298450-d9777930-Reviews-P_Burgos_Street-Makati_Metro_Manila_Luzon.htmlに出かけたがむしろゴーゴー街の方が夜はセキュリティーガードがいて安全と今は感じる。ホテルからそのコンビニまでのわずか200〜300m程の距離にはレストランが途中に一軒、時間は夜の11時を過ぎ、閉店の準備をしていたことを記憶している。そのレストランの明かり以外に街灯はなかったように思う。どうもその怪しい男たちはジャンキーだったようで一発決めた薬の効果で走って逃げた後を追いかけることができないようだったが、ホテルにたどり着いた後に万が一ナイフや拳銃を持っていたと考えたら一気に血の気が引いた。

https://crazy-manila.com/topics/6671.html より引用

その恐怖を味わったからか、既に3回も体を重ねているのにお互いがお互いを求めた。既に時計は深夜0時を回っていたが、もう一度快感で恐怖を拭おうとした。第四戦を終えてふたりが眠りについたのは午前2時になろうとした頃だった。

朝は遮光カーテンの隙間から差す南国の強い太陽の光で目が覚めた。時刻は午前7時半過ぎ。ぽんこつマンがトイレに立つと彼女も目を覚ました。ぽんこつマンの後を彼女が追ってきた。「トイレ?」「シャワー?」と尋ねたら「シャワー」と答える。そしてまた、シャワーの中で抱き合った。さすがに昨日は4回も重なっただけあって、ぽんこつマンのペニスは抱き合ってキスしただけでは完全勃起はしなかった。その時彼女の手がぽんこつマンの玉袋を包み、しゃがみ込んで途中まで勃起したペニスを口に咥えた。吸いながら前後する彼女の口のリズムに昨晩初めて味わった快感の記憶が蘇る。コリ、コリ、、、、コリ、、、、、コリ、、、コリ、。

いつの間にか完全に膨張したペニスの先にポルチオがあたっていた。わずか15〜6時間の間に5回のセ🟣クスは若い時代のポンコツマンでも経験したことがない。彼女も花芯の奥にある秘められた性感帯の疼きが治まらないのだろう。

https://primer.ph/travel/category/area/central-luzon/subic/ より引用

朝のシャワーでの一戦を終えて彼女は「そろそろオロンガポに戻る」と言った。冷房の効いた部屋で熱いコーヒーを飲んで、彼女は帰り支度を始めた。部屋の扉のところで抱擁しキスを交わす。ロビーまで一緒に降りてタクシーを拾った。彼女はマカティーからパサイのバスターミナル(https://ryugaku-philippines.com/2018/09/18/pasay-victory-liner-bus-terminal/)までのタクシー代を受け取ってホテルを後にした。ぽんこつマンは彼女が乗ってタクシーが交差点を右折して見えなくなってもしばらくホテルの玄関でタクシーが去った後を眺めていた。

彼女とは日本に戻ってからも度々LINEで連絡を取るようになっていた。彼女はしばしばあの時に味わったポルチオが痺れる感覚がまだあるという。1ヶ月くらいが過ぎて、彼女から突然「メンスが来ない」というLINEが入った。確かにぽんこつマンはコンドームを装着せずに5回もセ🟣クスをした事は間違いないが、精子を中で出した覚えはない。性病を持っていないと確信できる相手とのセ🟣クスでは、これまでもコンドーム を装着しないことはあったが「メンスが来ない」と言われたことは今まで一度もない。ぽんこつマンは幼い時と大学生時代に41°Cに近い高熱を出したこともあり、もしかしたら種無しなのかもと思ってさえいた。

ぽんこつマンは、彼女に「で、どうしたいの?」とLINEで尋ねた。答えは「後1っヶ月くらい様子を見るけど、それでも来ないようならお医者さんに行く。フィリピンはカトリックなので中絶は本当はできないことになっているけど、特別にやってもらえるお医者さんを探す。」とのことだった。フィリピンでの中絶費用など分かるはずもなかったが、日本円で15万円、大体当時で65,000ペソくらいを送るけど足りるかと聞いたが分からないと彼女は答えた。もし処置しなくいけなくなって、足らないようならその時のもう一度送るから、と言って15万円をとりあえず送金した。その後しばらく連絡がなかったが3ヶ月くらいしてまたLINEが来るようになった。処置をしたのか、しなくて済んだのかはあえて聞かなかった。次にもう一度会いたいこと、できればオロンガポに行ってみたいことを伝えたが、「遠い」「時間がかかる」と素っ気なくなっていた。さらに1ヶ月くらいしてLINEしたら、「日本人と結婚した」と折り返しが来た。大阪の百貨店勤務の人とのことだった。

ぽんこつマンとは年齢的にも離れているし、その結婚相手がどこの国のひとであれ、彼女が幸せをつかもうとしていたことが分かってほっとした。そしてもう会うことはないと思った。今もこの地球のどこかで幸せに暮らしていることを祈らずにはいられない。