AKAという焼肉ビュッフェ、バンコクセントラルラマ9店に行ってみた。

2019年9月28日(土)バンコク発羽田行のANAの翌朝着便で連れ合い、息子と一緒に一時帰国する前に、当時既にバンコクで働き始めていた連れ合いの娘を呼んで4人でBBQランチを食べに行った。

ぽんこつマンが住むバンコクのコンドからタクシーで比較的向かいやすいレストランモールがある場所がセントラルラマ9であり、そこは連れ合いの娘が大学生時代に住んでいたラチャダー3にも近く、彼女が当時良く行くショッピングモールでもあったので、そこのレストランモールで店を探す事になったのだった。

息子と連れ合いの娘は焼肉を主張する。息子はブッフェが大好きで連れ合いの娘もそれに同調した。連れ合いとぽんこつマンはビュッフェは好きではない。MKとかで鍋がいいかとも思ったが、この日は息子の主張に流される事になり、AKA(https://www.facebook.com/akarestaurant)に行く事になった。AKAはJapanese restaurantとあるが、日本式焼肉BBQと謳っているだけだろうと思う。実際にはBBQメニュー以外に日本食メニューはほとんど見当たらない。しかしながら豚肉、牛肉、海鮮、野菜とBBQメニューは豊富だ。

このAKAというレストランは既にタイの大きなショッピングモールにはかなり進出していて、チェンマイのセントラルフェスティバルにもあり、連日タイ人のファミリー層や恋人同士、学生グループなどで賑わっている。ランチやディナーの時間ともなると1時間ほど待ちになることもあるようだった。

ぽんこつマンたちはこの日11時にセントラルラマ9の6階に着いていたので、待たずに店に入ることができたのだが、食事を終わって店を出る頃にはかなりの客が待っている状態になっていた。

店に入る際にいくつかのコースの中から1つを選ぶと席に案内される。席について食べたいものとその数を給仕係に伝えると数分後にその食材がプラスチックの容器に入って届けられる。どうせ食べるなら旨い食材を選べる一番高いコースを選んだ方がいい。

ぽんこつマンはBBQを食べるときはどうしてもアルコールが欲しい。コース料金とは別になるがハイネケンビールを頼んだ。息子と連れ合いの娘はさすがに若いだけあって、もりもり肉を食べていく。連れ合いはいつも食材を網に乗せて焼けたものをぽんこつマンや娘や息子に取り分けている。

正確な滞在可能時間は覚えていないが、全員もう食べれないというくらいまで食べ終えて店を出たのは制限時間よりかなり早かった気がする。4人で3000bahtにはいかなかったと記憶している。

希少部位や黒毛和牛を売りにする高級焼肉店ではなくても、楽しくワイワイ食事する店としては、気軽に来れるAKAも悪くはないと思う。Tinderとかで知り合ったハイソではない女の子との焼肉デートにも使えそうだ。

ぽんこつマンがアジアに堕ちた経緯②

ぽんこつマンの現在の連れ合いになっている女性と初めて知り合った20世期末に日本で婚姻関係にあった女性から離婚を求められ、すんなり離婚を決めることになった。離婚の直接の原因は未だ不明だが、ぽんこつマンの当時の仕事があまりにも多忙で、大阪にあった職場から東京への頻繁な出張と大阪での午前3〜4時までの超過勤務、はたまた海外への出張も相まって自宅にいる時間が極端に少なかったことも離婚の原因の一つだったのだろう。

しかしながら、離婚が成立したことでそれまで毎年2回はハワイへの休暇を守っていた時間がすっかりハワイでなくても良くなり、時差の少ないアジアへの国への休暇が増えていった。海外出張で覚えたCASINOでルーレット遊びをマカオや仁川、ソウルなどで楽しめることもあり、そちらにもしばしば出かけた。特にマカオは、中国返還前から足を運んでいたところで、香港からフェリーで簡単に行けたこともあり、深夜には銃声が聞こえるなど中華系マフィアの抗争とも思える事件もあったタイパ島の、少し危うい香り漂うリスボアホテルのカジノによく出掛けた。今から20年半前の1999年12月に中国に返還となったが、当時はコタイ地区はなくタイパ島の旧エリアにはスパやサウナ、夜総会といった風俗があり、中国人はもちろんアジアの様々な国の嬢と躰を絡める事ができる。またリスボアホテルの地下通路には、かなりのレベルの美女が客引きをしていた。最近は相場が上がっていると思われうが、当時は500HK$でその美女が使うホテルの部屋で遊ぶ事ができるのだった。

カジノで泡銭が出来れば、サウナに行くかリスボアの地下通路の美女としっぽりを楽しむのだが、必ず勝てるわけでもない。それは韓国ソウルでも仁川でも同じでカジノで遊ぶことに熱中し過ぎで風俗遊びができないことも多かった。

タイでのオキニになった現在の連れ合いの元へも年に数回のペースで通っていたが、飛行機はそのオキニが住むチェンマイには私が働いていた大阪からのダイレクトフライトがなく、仁川を経由して大韓航空でチェンマイに入るかバンコク を経由してチェンマイに入るかの選択はどんどんバンコク経由が増えていくことになった。

それはバンコクにはゴーゴーバーもバービアもカラオケクラブマッサージパーラーもチェンマイと比べ物にならないくらいの数があり、比べ物にならないくらいの美女にも巡り合える機会が多いということだ。

こうしてチェンマイに滞在する前後をバンコク で過ごす機会が増えていった。そしてチェンマイの連れ合いには内緒で土日こっそりバンコクで過ごす機会も増えていった。土日をバンコクで過ごす時は、金曜日の深夜大阪発BKK早朝着便へ向かい、日曜日の深夜BKK発大阪早朝着の便を使うのだが、ぽんこつマンもどんどん年齢を重ね深夜フライトでは眠る事ができなくなり、月曜日バンコク早朝発で大阪正午近くに着く便にする事が増えた。

今から15年ほど前は、早朝バンコクに到着後タクシーでゴルフ場に行き、1プレイしてからホテルにチェックイン。土曜の昼下がりに遮光カーテンを閉じて一眠り後夕方からナナプラザやソイカウボーイへ出かけて遊ぶパターン。当時バンコクでのゴルフで一番驚いたのは、コースに到着後客待ちしているキャディーをカラオケやMPの女の子を選ぶと同じように、自分で選択するシステムがあるコースがあり若くて可愛いキャディーを集めていることだった。

最近バンコクでのゴルフはあまりしていないが、今でも記憶しているコースの一つがパンヤインドラ(http://www.panyagolf.com)。プレイ中に「19番ホールも一緒にプレイできるのか」と尋ねたら、「一緒にご飯を食べてホテルまで行ってくれる女の子もたくさんいる」とのことで、プレイ中に金額交渉してお持ち帰りとなるとのことだった。

http://www.panyagolf.com/en/contact-us/ から引用

ぽんこつマンは、深夜フライト後の早朝ゴルフなのでゴルフのプレイ後は夜の出陣のためホテルで休む事をいつも優先したのだが…….。

バンコク市内の遊びは、夕方5時くらいに軽く飯を食べ、まずはバービアへ。バービアで2〜3時間ほど飲んで、夜の8時に開くゴーゴーバーへ。バービアはナナプラザ界隈、ゴーゴーバーはソイカウボーイがぽんこつマンのパターンに定着した。バービアをでてソイカウボーイへ向かう時はほぼ歩き。肝心のホテルいつもはスクンビットソイ3からソイ33くらいまでのエリアで探していた。BTSが無くなる午前0時を過ぎても歩いて帰れる距離と安全を考えてのことだ。ソイ19のThe Key Bangkok(http://www.thekeybangkok.com/en/?utm_source=GMB&utm_medium=HotelHomePage), Sacha’s Hotel Uno(https://www.sachashotel.com), アソーク交差点に近いSukhumvit Suites Hotel(http://www.sukhumvitsuitesbangkok.com) などはソイカウボーイからペイバーした女の子とでも歩いて帰れる距離にあり、ジョイナーフィーも無く良く定宿として利用していた。

ソイカウボーイで日本人好みの女の子が多いゴーゴーバーは、当時からBACCARAだったと思う。最近は韓国人、台湾人、中国人の客が幅を聞かせて日本人は肩身が狭いが、15年ほど前は日本人客は、「優しい」「ケチじゃない」「乱暴じゃない」「しつこくない」と評判は良かったと思う。ぽんこつマンもBACCARAでペイバーした女の子が一番多い。ある時は一人の女の子に惚れ込んだこともある。そしてもう一軒ぽんこつマンが通ったゴーゴーバーがTilac-Barだ。この店はダンサーのレベルは高くないが、ホステス(客を席に案内し飲み物の注文を取る役)に面白おかしい女やババアがいて、一緒に飲むと楽しく過ごせる。ペイバーだけが目的だと残念な事が多いが、楽しくお酒を飲みたいというなら夜10時まではHappy timeでドリンク代も80Bahtと割安だった。ただしレディスドリンクはhappy timeの料金にはならないので、ホステスやダンサーにガンガン飲ませると、結構良い金額になることに注意してほしい。Tilac-Barは、草彅剛主演のテレビドラマ(CX系)「銭の戦争」の一話に日本人の金持ちを騙す舞台として登場する。

バンコクにもエスコートクラブ(https://www.newbangkokescort.com/girls/ 他)があり、ネットで事前に女の子を予約して一緒に遊ぶ事ができる。ぽんこつマンもモノは試しと一度使ってみた事がある。エスコートクラブの女の子は、2時間、4時間、6時間、10時間、24時間と利用時間が長くなればなるほど時間あたりのコストが安くなる。ぽんこつマンは一人の女の子を選んで24時間を依頼した。今日改めて見てみると24時間では12,000Baht になっているようだが、当時は24時間で8,000Baht だったような気がする。ぽんこつマンが空港に着いたら迎えが来ていてバンには既に予約した女の子が待機していた。ネットの写真で見たより多少ふっくらして年齢も少し高めと思えたが、充分満足できるコケティッシュな雰囲気を持っていて、宿泊先として予約していたコンドに到着後、飯を食いに出る以外はずっとセ●クスもその子はOKだった。24時間の擬似恋愛遊戯はあっという間に経って別れる時間はやって来た。本当は直接の連絡先交換は禁止なんだろうが、彼女は快く電話番号を教えてくれ、写真も赤外線通信で送ってくれた。あくまでも女の子が嫌がることを強引に要求せず、紳士的に接したことが彼女には好印象だったのかもしれない。ただその後、彼女と再会することはなかった。当時は既にお気に入りのゴーゴー嬢がいて、ずっと彼女を追いかけていたかったからだ。

かくしてぽんこつマンは、バンコク=クルンテープ(天使の都)という魔都の魅惑に沈んでいくことになる。

高級ディナーを指定する女子大学生

バンコク で2019年の10月にとあるSNSで知り合った女子大生という女の子がいた。おたがいのLINEを交換して幾度かやりとりをしているうちに、晩ご飯を食べようという話になった。SNSでの写真はかなり上等で、ボディーラインもかなり整っている。もしかしてレディーボーイかもと半信半疑で、食事の約束をした。ワインも好きとのことで最初のディナーに指定してきたのは、チャオプラヤ川沿いに佇むシャングリラホテルバンコクにある「サラティップ」(http://www.shangri-la.com/jp/bangkok/shangrila/dining/restaurants/salathip/menu-wine/)という高級タイ料理。待ち合わせ場所と時間は18:30ホテルロビーとしたはずだったが、今女友達と移動中でもう少し遅くなるとLINEに連絡が入った。ぽんこつマンは本来待ちぼうけを喰らうのはあまり好きではない。19:15になって今ロビーに着いたと連絡があった。私はBTSサパーンタクシン駅から近いロビーで彼女を待っていたが、そこに彼女がやってきた気配はない。LINEで連絡を取るとロビーにいるという。そこでホテルマンに別のロビーがあるか確認しそちらのロビーに向かうことにした。彼女は友人と一緒にタクシーで乗りつけたようだが、そちらが元々のあったロビーのようで、正面玄関の扱いとなっているようだった。

私は、早速そちらに向かうためまずエレベータで2回に上がり、本館へとつながる迷路のような渡廊下を早足で歩いた。かなりの距離があり、メインのロビーに到着するまで10分はかかった記憶がある。そしてあたりを見渡すと、遠くのソファーにSNSで似た写真に似た女の子がいたので近づいていった。ハーイと声をかけると彼女もぽんこつマンとわかったようで、立ち上がりSAWADEE KHA❣️とワイをして挨拶を返してきた。彼女も、彼女の友人も170cmはあるようでヒールを履いていたので少し見上げる感じになっていた記憶がある。

チャオプラヤ川沿いの席を事前に予約していた、SALATIPというタイ料理レストランに到着したのは、既に予約じかんの19:00を40分くらい過ぎたくらいだった。10月ともなればバンコクの雨季もそろそろ終わりに近づき、夜は少し涼しさを増していた。席に着席すると、彼女がメニューから好きなものを友人と相談し5〜6皿オーダーをした。私はまず白ワインをセレクトした。しばらく食事を進めていると何やら雨粒が落ちてきたようなので、屋根のある席に慌てて映ることにした。私ももちろんだが初めて会った大学生でありモデルもしているという彼女と彼女の友達もワインをかなりのピッチで飲み、白ワインはすぐに開いてしまった。屋根のある席に移ってしばらくして赤ワインをオーダーした。

オーダーした料理は、ワインの共に向いているものが多く、すぐにお腹がいっぱいになるぽんこつマンでもさらに追加した赤ワインもあり全品の味見をすることが出来た。ワインが全て空いた後、デザートとエスプレッソも注文した。カードで精算したので、金額の記憶はない。そのレストランを出たのは23時近くなっていて、二人にこれからどうすると聞いたらシーロムに踊りに行くと言っていたので、私は一人自分の部屋に戻ることにした。

ぽんこつマンが知り合ったこの彼女は、ラップラオのあたりに母親と二人で住んでいると言っていたが、通っている大学の名前は忘れてしまった。年齢は20歳とのことであったがその妖艶ないでたちからは20歳という未熟さは感じられなかった。学費のためにアルバイトもしていると言っていたので、夜はコヨーテクラブで働いていてもおかしくないとさえ思えた。

帰宅後数日して、また彼女から連絡があった。また食事をしたいという。ベトナムのホーチミン では今回のバンコク滞在の前にホーチミン に立ち寄り日本人街で働くバーの女の子とフレンチを食べたが、バンコクでフレンチは未だ未経験なので、彼女にどこがいいかと尋ねた。翌日に連絡が入った。Blue Sky Rooftop Bar。Centara Grand at Central Plaza Ladprao Bangkokというホテルの最上階にある。そこは彼女が住んでいるところに近く景色も最高とのことであった。

ぽんこつマンはAirport Link Railway と BTSを乗り継いで待ち合わせ時間の19:00の20分前にBTS Ha Yaek Lat Phrao 駅に到着、セントラルデパートを突っ切り、駐車場を横切って待合せ場所のホテルロビーに着いたのは、18:55分。予約していた時間が19:30だったのでソファーに座って彼女がやってくるのを待っていた。19:20に彼女から連絡が入った。美容院に行っていて遅くなった。今バイクタクシーで向かっているとのことだった。これまでの大人女性のほとんどは、遅刻するとしても30分くらいだったが、彼女の場合はそうでもなさそうだったので、予約時間を20:00に事前に変更しておこうとレストランの予約に電話した。彼女がホテルロビーに現れたのは19:50、笑顔で彼女を迎えてエレベーターでレストランまで上がった。

エレベータを最上階で降りると、そこにはダイニングへの扉が見える。ホステスがやってきて予約の確認があった後、右側のroof topがいいか、左側のroof topがいいかと尋ねられたが、初めての場所なので客のいない静かなところと伝えた。ホステスに案内されてダイニングルームを通過して、写真にあるルーフトップの席についた。そこは場所が郊外側のビューなのかそれほど夜景が素晴らしいとは思わなかったが、かなり離れた席に1組の白人カップルが居ただけで静かな場所だったので、オーダー通りではあった。

この日は良さげな白ワインがなく赤ワインを最初からオーダーした。早くくるつまみとしてフレンチフライとワインがやって来て、再会を祝して乾杯をしたが彼女があたりをキョロキョロして、「こちらのサイドより逆サイドが夜景が綺麗よ」と行ったのでボーイを読んでテーブルを移れるかを確認した。ボーイは確認するといい、しばらくして戻って来て「席を移ることは可能だが、ダイニングではなくバーとなるので料理が乗り切らないかも」といい「さらにスコールが近くに迫っているので、ダイニングに写っておいた方が良い」という。確かに空には雷の光が走り始めていたので、雨に降り出される前にダイニングに写る方が賢明と思い、移動した。ダイニングの豪華なテーブルに着いた瞬間に窓を激しく叩く土砂降りの雨音と雷鳴が二人の会話の声をも打ち消した。

かなり長時間続いたスコールだったが、ゆっくりデザートを堪能したあと22:30位には雨も収まりつつあった。カードで会計を済ませホテルロビーへ降りた。彼女は、明日朝早くから授業があると言って、ホテルの外でバイクタクシーで家に帰ると言った。ぽんこつマンは、ホテルのタクシースタンドからメータータクシで部屋に戻った。

その後、何度か彼女とはLINEで連絡を取ったが、彼女はぽんこつマンの好みではない感じなので、徐々に疎遠になり、2019年のバンコクの雨季の終わりに合わせてその関係も消えていた。今は連絡先も消してしまっている。多分改めて彼女と再開することはないだろう。

COVID-19パンデミックはアジアをどう変えるのか?

中国武漢から始まったCOVID-19は、タイに於いては3月中旬までは中国人の訪タイが無くなったくらいで、日本人のタイガールホッピング、タイゴルフ、ナイトライフにはなんの不自由も無かった。

ところが2020年3月18日、タイ政府がコロナ対策としてバー、ナイトクラブ、カラオケ、マッサージ、マッサージパーラー、映画館などの営業禁止を発表して景色は大きく変わった。タニヤ、ナナ界隈、アソーク界隈、トンロー・エカマイ界隈を始め、バーやカラオケ、マッサージなどで働いていた女の子たちは全て職を失い、彼女達のほとんどは生活困窮者になった。例えばバンコク出身の女の子は、1日100バーツ生活を過ごすことも厳しくなった。3月21日だったと思うが、デパートやレストラン、カフェも食事デリバリーを除いて営業禁止となりタイ政府バンコク都をロックダウン。これまで多くの客筋だった中国人、日本人、台湾人、韓国人、欧米人の多くが出身国に帰国を決断し、多くのタイ地方出身は実家のある田舎へ移動した。

ぽんこつマンも3月21日にバンコクを離れチェンマイに退避したが、3月31日にタイを離れ日本に帰国した。4月1日から2週間の自宅待機を終え、今日は5月1日。タイは3月に発出した非常事態宣言を5月一杯まで再々延長し、日本でも同様に延長が議論されている。タイ政府の民間航空局は、5月一杯の貨物と人道支援以外の国際線飛行許可を取消ししている。6月以降万が一飛行許可が下りたとしても、航空会社に対しタイへ渡航する者にコロナ陰性証明書と10万米ドル以上の疾病保険の付保証明の提示を求め、提示出来ない者への搭乗券発券は行わないように求めている。

この状況が続けば、コロナ陰性証明など発行しない姿勢の日本人は、タイへの渡航は、国際線飛行禁止解除となった後も外交官、あるいはタイ政府から特別な許可を得た者以外は不可能となる。

ぽんこつマンはこれまでも何人かの中国系コールガールをオーストラリア、ニュージーランド、シンガポールで相手にしたが、どの娘も性格がキツく好きには慣れなかった。

今回のコロナ騒ぎで、ますます中国人・中国製品への嫌悪が増しそうだ。

バンコクのラブホテル

日本には今も至るところにあるラブホテルだが、ぽんこつマンの活動ベースであるバンコクには、ネオン煌くあの休憩時間が基本になっているスタイルの施設はないのかと探してみた。もちろんタニアやナナプラザ、ソイカウボーイの近隣には、カラオケ、バービア、ゴーゴーバーの女の子とショートタイムで遊ぶための部屋が有るのは知っていたが、SNSやナイトクラブで知り合った女の子と盛り上がった時に互いの住居ではない処で盛り上がれる場所が無いという心配は無用だった。โรงแรมม่านรูด(ローンレーム マーン ルート)とタイではいうらしいが、ローンレーム=ホテル、マーン=カーテン、ルート=引く、から想像するにカーテンが引かれたホテル➡︎ラブホテルと連想されるのだろう。

写真は、My Lady fashion Hotelというラブホテル。ラムカンヘンソイ53を5〜600メートルくらい入っていったところにあった。

お互いビール好きという事でSNSで知り合って初めて一緒に晩飯を食べた日に、彼女がセ🟣クスも好きという事がわかりそれ以降セフレとしてほぼ週一ベースで愉しむ関係になったが、このラブホテルは彼女との2回目に利用した部屋。

タクシーでホテルのエントランスから入ると、幾つもの部屋が並んでいて、その先にホテルのスタッフがタクシーを誘導して、写真の部屋の前までやって来た。タクシー代を支払って部屋に入る。この部屋は、3時間で470バーツだったかな。もちろん泊まりも可能だろうが、バスタオルはあるが、掛布もブランケットもないから、部屋の利用目的は日本のラブホテル以上に限定的だろう。ぽんこつマンが利用したバンコクのラブホテルは今のところここを含めて3つ。あと2つは、アイコンサイアムから近いところにあるIsara city hotel, ここはTinderで見つけた女の子(実はSao 2=Ladyboy)ならぬトランスジェンダーと一戦交えたホテル。

それとパッタナカーン通りにあるタワンデーンより少し東側にあるラブホテル(Chimpali)だ。

ここは、ソイカウボーイのバカラで昔仲良くなったイサーン娘(実は二人の子持ち)がイサーン料理を一緒に食べた後にパタナカンのタワンデーンで飲んでから彼女に引かれてウォークインしたホテルだ。

バンコクでの移動時間の不思議

12月18日昼間にシーロムに飯を食べに出掛けた。7月に知り合った女の子との約束だ。私の住むコンドからシーロムは少し離れていて、部屋を11時15分くらいに出て地下鉄のシーロム駅には11時50分に着いた。そこから700メートルくらい離れたシーロムソイ3にある店まで歩いてほぼ予定の12時に着いた。

2時間くらい食事して、その店の近くにある雑貨市場を散策した後、サイアムに向かうことに。午後3時前シーロムはまだ車の渋滞はなかった。タクシーで60パーツ。サイアムの化粧品雑貨屋を数軒覗いた後、動物カフェへ。入場料は、飲み物とケーキもしくは飲み物2つ込みでひとり390バーツ。2時間弱そこで過ごして、お互い家に帰ることに。

彼女はバイクタクシー、僕は排気ガスを吸いたくないのでバイクタクシーは余り利用しない。道路が大渋滞なのでタクシーもパス。BTS、MRT、そしてエアポートリンクを乗り継いで帰ることにした。サイアム駅からアソーク駅までBTSだか大混雑で、すし詰め状態。アソーク駅からMRTスクンビット駅までは、この時間1番近い通路で降る事は禁止になっていてスカイウォークを歩いてインターチェンジ21ビルへ。そしてビルの4階からG階まで4階分降りて、MRTの地上階の入り口へ。通常は、アソーク駅の改札を出て5分ほどでMRTの改札に到着するが、この回り道では15分くらい掛かる。そしてMRTの改札に着いた時には、コンコースに通勤客が溢れているらしく、入場制限されている。もう一方の改札に向かってさらに10分歩いてコンコースに降りることが出来てから乗車待ちの列に並んでも、列車は既に満員状態で、乗車可能な人数は、一つの入り口で10人くらいが精一杯。4回目に来た電車になんとか乗れた。

スクンビット駅からベチャブリ駅まで一駅、乗車時間は2~3分。MRTを降りて次はエアポートリンクのマッカサン駅まで10分歩く。改札を通過しコンコースに上がったら、そこも列車待ちの客で溢れかえっていた。時刻は既に6時15分ほどになっていた。エアポートリンクは、スワナブーム空港へ向かう旅行客も多く、大きなスーツケースやリュックもあり、こちらも始発駅から3駅目のマッカサンでこの時間帯に乗車出来る利用客は10人程度。

ふたつの列車をやり過ごし3つ目に来た列車になんとか乗り込めた。乗車時間はおよそ3分で自分が住むコンドの最寄り駅に到着。そこから歩いて10分でコンドに着いた。BTSサイアム駅を17時に出発してコンドに着いた時は19時。わずか10キロほどの移動に2時間かかるとは驚きである。概ね内訳は、電車での移動時間15分、歩行による移動時間40分、残りの65分は、コンコースでの乗車待ち時間ということになる。

バンコクのBTSの開業年は1999年。MRTもエアポートリンクもそれ以降の開業だが、利用客に合わせた車両数の追加が上手く出来ていない事が、バンコク都市交通事情の1番の課題かな。