6月ローシーズンパタヤへ2回の遠征

今年に入ってからは、バンコクでGoGoBarで飲む機会は徐々に少なくなっている。その代わりと言ってはなんだがパタヤに遠征してSoi6やツリータウンのバービア、そしてLKメトロやウオーキングストリートのGoGoBar、それからソイブーメランのOctopussy clubで遊ぶ方が楽しくなって来ている。

4月にもパタや遠征をしたが、5月の日本への一時帰国からタイに戻り、6月に速攻で2回のパタヤ遠征を計画した。1回目は、13日から15日の2泊3日、2回目は23日から25日の2泊3日。どちらもソイダイアナ(Soi13)、ソイハニー(Soi11)近くのパタヤセントラルセカンドロードに面したコンドを宿に選んだ。

遠征1回目のコンドは、比較的新しいEdge、部屋は12階とさほど高い階ではなく、眺望は期待できないが、昼間はカーテンを閉めて寝ているだろうから特に眺望は気にしない。遠征2回目のコンドは、パタヤセントラルの隣にあるView Talay 6にした。

遠征1階目のEdgeの部屋は、悪くはないが2泊であるのにバスタオルが2枚しかなく2泊目の差し替えもなかった。フェースたおるはなかった。さらにWiFiのルーターの故障により2泊目の午後3時以降にやっと修理が来て直りはしたが、ほぼ1日半はインターネットが使えなかった。テレビもインターネット経由なので、全く見ることができなかった。

遠征2階目のコンドは築年がかなり古いがレンタル管理会社の管理だったので、毎日の清掃がありバスタオルとプール用タオルの4枚が毎日入れ替えられる。こちらはフェースタオルもある。部屋に入ったときまずWiFiをチェックしたらこちらもインターネットの接続ができなかったがすぐに管理会社に電話するとすぐに再設定をしてくれてその後は快適にインターネットが唾がった。

1回目の遠征はバンコクの部屋を午前10:30に出てエカマイからロトゥでスクンビット通りのサウスパタヤ終点まで行き、そこからBoltを探して今度に向かった。ロトゥを降りたのは14時少し前で晴れていたのでかなり日差しがきつくジリジリ肌が焼けかなり熱い。Boltはなかなか見つからず20分は待った。やってきたBoltは荷台のあるカヴァと呼ばれるトラックタイプの車両だった。ロトゥの降車場所からセカンドロードまではそれなりに渋滞していて今度に着いたのは15時に近い時間だった。

早速チェックインを済ませ、部屋に入り16時には今度の前のセカンドロードからバイタクに乗りパタやセントラル通りとビーチロードの角にあるオザワラーメンで遅い昼食を取り、そこからまたバイタクでソイ6のバービアに向かった。ソイ6のバービアは早い店は正午から営業を始めているらしい。ぽんこつマンがたどり着いた17時ごろにはすでに全てのバーがオープンしていて通りにそれぞれのバーからの女の子が出てきてローシーズンで少なくなっている客を奪おうと声をかけてくる。中には腕に手を絡めて強引に店に引き込もうとする強者までいる。

ぽんこつマンは一応セカンドロード側からビーチロードまで歩きさらにセカンドロードまで戻る間に店を定める。このとき気にしていたのはFacebookで店の投稿があったFoxybarだったが、なんとなく前回行ったHelicopter barも覗いてみた。

Helicopter barの女の子は以前より増えてはいたが太めのブスな娘が目立った。Foxybarは、コロナ前には無かった新しいオーナーの店のようで小さなバーだがFacebookにあった写真ではかなり気になる娘もいる印象だった。店の前に着くとそいに面した一番前の席になかなかタイプの娘が座っていて軽く微笑んでくる。強引では無いところもぽんこつマンには好印象だった。

挨拶がわりにビールの値段を聞いて、その娘に店の中まで案内されお決まりのビアチャンを頼んだ。その娘にも1杯ドリンクを奢りいくつかの決まった会話を交わす。体の線は細いが胸はそこそこ膨らんでいていた。触ってみるとなんとなくシリコンを入れた感触だが、極端に大きなシリコンを入れていないところがぽんこつマンの好みにあった。この日は、夜になったらウォーキングストリートとLKメトロのGoGoBarを覗きに行こうと思っていたので2時間半ほどFoxybarでビアチャンを飲み店を後にした。

ビーチロードでソンテウを拾いウォーキングストリートまで10バーツで移動する。パタヤは巡回ソンテウが移動にとても安く便利だ。ストリートの入り口に着いたのはまだ午後8時前で、どのGoGobarもネオンはついているがまだ開店前のようだ。

ストリートを奥へと歩み進んでペパーミントまで来た時にはもうすぐ午後8時という時刻になっていて、店の前に行くとガードナーが時計を見て、店に1番目の客として案内してくれた。GoGo嬢はまだそこまで揃っていないが席についてしばらくすると店内にアナウンスがあり嬢達がステージに上がり踊り始める。

ぽんこつマンはここでもビアチャンを注文する。もうすでに7〜8本は飲んでいるが、熱いパタヤの海風に吹かれているうちに酔いはすぐに引いていくのだ。ステージの上の女の子はかもなく不可もなくの感じだったが、サービスの可愛い顔をした女の子が目に止まった。彼女を席の前に呼び、ドリンクをご馳走して幾つかの話をした。LINEを交換して次は開店前にご飯でも食べようと伝えた。そして会計後店を出て、バカラ、PIN UP、XSと回った。

しかしハートを射抜かれるほどの好みのタイプに合うことはなかった。ストリートの入り口に戻りまたソンテウに乗りソイダイアナの入り口まで行き、そこからLKメトロのGoGoBarへ向かった。

噂では最近はLKメトロのGoGobarもかなり勢いがあるとのことだったので期待していたが数軒入ってみたものの期待するほどの事はなかった。ぽんこつマンは4月に訪れたOctopussy clubのあるそいブーメランにも言ってみたが、以前そこでお気に入りになった嬢には会えなかった。

すでにこれまで飲んだビアチャンは1ダースをはるかに超えていた。この日は少し早めに宿に戻り眠りにつく事にした。

2日目は、コンドの部屋のWiFiの修理が午後3時にくるという事を朝確認して午前11時に昼飯を食べに出かけた。最初はガパオライスを食べようと思ったが歩いているうちにエキサイト広場にある林虎のラーメンが食べたくなり足を伸ばした。林虎のラーメンはタイでは珍しく火傷するくらい熱々のスープでラーメンが食べられる。スープはもちろん美味いが麺もかなりもっちりしていて噛みごたえもあり美味いのだ。

ラーメンを食べ終えて冷房のよく聞いた店を一歩外へ出ると6月という雨季にも関わらずよく晴れた正午過ぎの茹だる暑さにうんざりする。午後3時にWiFiの修理に人が来ないならプールでのんびりしてサウナに入り整えることもできたが、今回はそれも叶わなそうなので部屋にとりあえず戻り暑さを凌いだ。

午後3時にくるはずの修理が来ない。部屋のオーナーから修理人が今度のロビーに着いたと連絡があったのは午後4時前、修理人を迎えに降り修理が終わったのは午後4時半。やっとWiFiが使えるようになった。そのまま部屋でインターネットで幾つかの調べ物を済ませて外に出たのは午後6時過ぎ。向かった先はツリータウン。そこでガパオライスを食べて、Aqua Anikiの店に行く。何本かビールを飲み女の子にドリンクをご馳走しているうちにどうしてもポン酢でムーガタを食べたくなり注文する。

夜10時くらいに昨日行ったSoi6のFoxybarの女の子からLINEが入ったので、Aqua Anikino店の会計を済ませてバイタクでSoi6に向かう。Foxybarについて昨日仲良くなった娘と再会しまたビアチャンを飲む。この日はもうひとりぽっちゃり姫だが顔がそこそこ可愛い娘にもドリンクをご馳走してゲームで店が跳ねるまで遊んだ。12時に店が跳ねたらその後ウォーキングストリートのクラブへ行くという話がまとまったのだ。

一緒に飲んでいた娘ふたりとは別にもうひとり一緒にクラブに行くことになり、合わせて4人でソンテウに乗りウォーキングストリートの入り口まで行く。そこからおくに歩いて向かったクラブはClub Panda。

すでにFoxybarの女の子の友達がテーブルを確保していてそこに合流する。クラブの中は超満員状態、大音響、すでに乱れ踊る娘、酔っ払って男に絡みつく女の姿有りのらんちき状態。

クラブに入ったのは深夜0時30分くらいだがこの日は平日なのか午前3時には閉店となり全員が店の外に出される。

ぽんこつマンは、一番最初にFoxyclubで知り合った嬢を宿に連れ込んで、その晩はたっぷりお互いのカラダを確かめ合った。彼女の秘部はぽんこつマンの肉棒と実に相性が良かった。ゆっくりと押し入れると彼女の肉襞がピッタリとまとわりついてくる。そして奥の天井が下に降りてきてぽんこつマンの亀頭にしっかりと届く。彼女はぽんこつマンにゴムの装着を一切望まなかった。ただ、中で覇者はしないでとだけ伝えただけだった。彼女は自分の年齢を30と言っていたが、ぽんこつマンにはもう少し上に思えたのは彼女がかなりの床好きだということが感じられたからだ。彼女の筒の入口はしばらくするうちに締まり始めぽんこつマンの肉茎に快感が走る。彼女も体をくねらせてカラダに走る快感に悦を漏らしていた。そしてチェックアウトが迫る午前11時頃までの数時間ふたりは眠りについた。ぽんこつマンが先に目覚め、彼女を起こす。そしてまた再びお互いのカラダを合わせて激しく求め合った。

彼女が部屋を後にしたのは正午ちょっと前、ぽんこつマンがチェックアウトの準備をする少し前にオーナーからの電話が鳴る。ぽんこつマンは少し慌てて荷物をまとめ部屋を後にしようとした時に、オーナーと部屋の掃除を任されているらしい白人女性が部屋のドアをノックする。少し忙しなさすぎると思うが、午後2時には次の客を部屋に入れるためにはかなりギリなのかもしれないと理解し、部屋を明け渡した。

ぽんこつマンがパタヤを後にしバンコクに戻って数日後に彼女からLINEで「今バンコクに来ている」と連絡が来た。そして彼女はぽんこつマンのバンコクの部屋を尋ねてきた。そしてふたりは再び激しくカラダを求め合った。彼女はパタヤの店の上でいつも寝泊まりしているという。ぽんこつマンが店が跳ねてから泊まりに行っていいかと聞いてみたら、店が開くまでに出て行けるようならいいと言っていた気がしたが、「Go UP midnight till the morning」果たしてそんなことができるのだろうか?

2回目のパタヤ遠征は、バンコクの部屋を正午に出てエカマイのバスターミナルからノースパタヤのバスターミナルまでのバスに乗って出かけた。ノースパタヤのバスターミナルに着いてBoltを呼んでみた。Boltはターミナルの中には入りずらいという話を聞いていたのでちょっと心配だったが、バスが入ってくる入り口と同じ場所から入って来て、そこでぽんこつマンを乗せて入って来たところから出て行きセカンドロードのView talay 6まで送り届けてもらった。

View talay 6の部屋はレンタル管理会社が管理していてそのオフィスに行ってチェックインし部屋の鍵をもらうシステムだ。オフィスには長期賃貸や売コンドなどの物件案内がずらりある。少しみてはみたが値段はかなり高額なものが多く、買うなら新築を買うのが良いとすら思えるくらいだった。

部屋に到着して着替えを出しシャワーを浴びたらすでに夕方5時を回っていた。今回はツリータウンのAqua Aniki Pattayaでゆっくりしようと考えていたので出発も少しのんびりしていた。Veiw talay 6の部屋を出てソイハニーを抜けてまずはRコンのバービア街を覗きに行ってみる。バービアは相手はいるがほぼ客はいない。Happy hourの時間にもなっていないらしく、どこのバーにも入る気がしなかった。

Twitterなどで日本人好みの女の子がいると噂になっていたOh .. Barにも女の子はほんの2〜3人くらいしか見当たらず客はゼロ。やはり早い時間はこのシーズンは厳しそうだ。Aqua Aniki Pattayaの開店時間は午後6時だから、もうすぐ回転する時刻だ。

ぽんこつマンはRコンのバービアでの女の子探しは今回は諦めることにしてツリータウンに足を向けAqua Aniki Pattayaに進んだ。店は空いていたがオーナーの姿はない。女の子の数も揃っていない。まずはソファーの席にひとり座り、ビアチャンを頼んだ。

ここはパタヤにくれば必ず立ち寄るバーだが、いつもひとりで来る。席でビアチャンを飲んでいる時、youTubeのAniki Pattaya チャンネルで団地妻Bとして紹介されていただろう女の子が隣にやって来た。いっぱい彼女にご馳走して話をしていたら、レディドリンクを何倍ももらうより、実はチップをもらう方が嬉しいと漏らす。それはそうだろうが、一応客に向かってそんなことを直接いうのはいかがなものかとちょっと思った。

ここのバーではしばしばムーガタを注文する。この日もポン酢でのムーガタが食べたくなり注文した。ムーガタは屋外のテーブルで用意してもらうが、すでにソファーの席にいてゲームをやって遊んでいた何人かの女の子と一緒に食べることにする。外のテーブルでもゲームの続きをする。1000バーツを100バーツと50バーツ、20バーツに崩してもらってゲームの勝者にチップを渡して楽しんでいた。1位100バーツ、2位50バーツ、3位20バーツ、4位以下チップ無し。2〜3000バーツくらいはチップを渡した気がするが、中には100バーツしかもらえなかったと嘆く女の子もいたし、総額1000バーツに近い金額を手にした女の子もいて結構楽しませてもらった。

ぽんこつマンは結局開店時から午前1時までの閉店までその日はAqua Aniki Pattaya niいてかなり酔っ払った。宿まではどうやって帰ったかをはっきりとは覚えていないくらい酩酊していたと思う。

朝起きたらベッドに女の子が寝ていてどうやら昨晩その子を拾って部屋に戻ったらしいことがわかった。起きたのは午前11時ごろだったが水を何度も飲んだが二日酔いが覚める事がなかった。夕方5時までただひたすら水を飲むだけで全く食欲が湧かなかった。

なんとか起きて昨晩Aqua Aniki Pattayaの女の子にカレーが美味しいから食べに来てと言われていた事を思い出し、なんとかその女の子の勧めに従うべくもう一度Aqua Aniki Pattayaに向かった。そしてビアチャンとカレーを注文したが、体調はその時点でも回復せず、早く部屋に戻ってカラダを休めることにした。

こうして2回目のパタヤ遠征はなんとなく中途半端に終わったのだったが、何人もの女の子と出会いそのうちの数人とカラダの関係を持ち、そしてできればまた逢いたいと思う女の子を見つける事ができたことが、ぽんこつマンをパタヤに向かわせる原動力になっているのだろう。

パタヤは今、ぽんこつマンにとって本当の意味で天使が集まる街に思えてならない。タイトいう国は地球上の楽園の一つには違いないだろうがその国にあってパタヤという街は最も献身的なイサーンの女性たちの癒しと開放的な海といった地勢にも恵まれた、男にとって身を鎮める地球上最後の天国なのかもしれない。

アドフェスト(アジア太平洋広告祭)とジャニーズのコンサートが開れていた3月にパタヤに一人旅

あれは、2003年か2004年の3月の初旬ことだった。その時はまだ大阪の会社に勤めていたぽんこつマンは、3月末は年度末ではあったが、初旬に有休が取れることとなったので急遽タイに行こうと思った。3月は学生たちも春休みなので航空運賃は総じて高くなるのだが、有休の予定を入れた1月の段階では、まだタイ航空大阪ーバンコク線にはまだ安いブッキングクラス(V)の席に空きがあって、確か往復5万円代でチケットが手に入った。

出発当日、ぽんこつマンは通勤で使っていたJRで大阪まで行き、地下鉄で難波まで、そしてラピートに乗って関西空港へ向かった。タイ航空のカウンターでチェックインしているときに、いつもなら大体おっさんの客が多いバンコク線だが、その日はやたら若い女の子が多いことに気が付いた。しかしその理由はまだわからなかった。

当時、このタイ航空大阪発バンコク行きは満席になることが多くはなく、いつもはエコノミーに空席があって、よく隣の席を荷物置き場として使うことができたが、その日は完全に満席だったようだ。

ぽんこつマンは、できるだけで出口に近い通路側の席をお願いするのだが、その日は通路側は中程まで下がらないと無いと言われた。飛行機に乗り込むといつものバンコク線とは少し様子が違っていて、後方の方に多くの若い女の子が固まって座っているのに気が付いた。

その時は、まぁ春休みだからと思っていたが、バンコクに着き荷物を受け取って到著ロビーに出ようとカスタムを通過したら、その先に多くの若い日本人の女の子が誰かを出待ちしている様子が目に飛び込んだ。

その時はぽんこつマンには全く関係のない話だと思いきにもしていなかったが、後からちょうどパタヤで音楽フェスがあり、そこにジャニーズの有名グループ(多分SMAP)がやってくる予定になっていたと言う話をパタヤのタイマッサージ屋のおばちゃんから聞くことになった。

どうりで、飛行機の中にもスワナブーム空港にも日本の若い女の子であふれていたと言う理由が分かった。なんでもそのジャニーズのグループはハードロック・ホテル パタヤ(https://pattaya.hardrockhotels.net)に泊まるという噂もあり、ぽんこつマンが宿として予約したグランド ホテルという3つ星の安宿に行く途中に通るビーチロードもハードロック・ホテル パタヤの辺りに若い日本人の女の子がたむろしている様子が見えた。

ぽんこつマンのパタヤへの表向き目的は、ロイヤル クリフ グランド ホテル(https://www.royalcliff.com)で開催されていたアドフェストを覗きに行くというものだったが、本当の目的は、パタヤでタイの女の子と遊ぶことだった。

ぽんこつマンは、スワナブーム空港についてからタクシーでパタヤに向かったが、朝早かったためウォーキングストリート近くにあるグランド ホテルという3つ星の安宿にには朝早く到着してしまった。部屋が空いてさえいれば、すぐに部屋に入って仮眠をとりたかったがその日はまだ部屋が清掃できていないとのことで昼まで待つように言われた。

朝10:00からアドフェスト会場は開くはずだったから、ホテルに荷物を預けて、ロイヤルクリフにソンテウで向かった。ロイヤル クリフ グランド ホテルはタイ資本の名門5つ星ホテルらしく、相乗りソンテウの経路にはなく、ソンテウをタクシーがわりに貸し切る形で向かうことになる。

人が載っていない空のソンテウに手をあげ止めて40バーツで行ってくれることになった。ロイヤル クリフ グランド ホテルについてまずは、ロビーでコーヒーを飲んで10時になるのを待った。そのコーヒーは、ソンテウの何倍もする値段だった事にも驚いた。

なんでもタイでロイヤルと冠名を付けれるのは王様の親戚筋だけらしく、そこのオーナーも国会議員そして、政府の観光大臣か政務官をやっているらしかった。アドフェストの会場は、エントランスを出て左手に歩いた先にあるPattaya Exhibition And Convention Hall(https://www.peachthailand.com)でやっていた。

時間になったので会場へ向かい、ウォークスルーチケットを購入して入場した。世界から集まったプリント媒体の広告作品がホールロビーに展示され、大ホールでは幾多のコマーシャルムービー作品が上映されていた。アドフェストは1998年に創設されていてその歴史はカンヌ国際広告祭やクリオアワードよりかなり新しいが、既にカンヌ国際広告祭の前哨戦的な意味で出品する作品が多かった為、アジアオセアニア地域に限らず、多くの国からのエントリーがあったようだ。

アドフェストの会場で3時間ぐらい過ごしただろうか。お腹が空いてきたので、パタヤの街に降りることにした。まずホテルにチェックインし、ウォーキングストリートからビーチロードへ出てマクドナルドで軽く食べた。それから少しビーチロードをノースパタヤ方向に歩いて、ビーチが見えるバービアでビールを飲んだ。

そこにひとりのタイ人の女がやってきた。名前はAnn と言っていただろうか。年齢は28と言っていた。若くはなかったが、可愛い感じの女だった。何杯か一緒に飲んで、馬鹿な話をしてゲームに興じ、たくさん笑った。彼女は日本語もそこそこ話せたので楽しい時間はあっという間に過ぎて、夕方になった。

ぽんこつマンは、晩飯はシーフードを食べようと考えていたのでAnn に一緒に行くか聞いてみた。Ann は目を大きくまん丸にして「はい〜❤️」と無邪気な返事を返す。そこで彼女をペイバーして店を出る。ソンテウでウォーキングストリート入り口まで行き、そこから500mほど歩いてナンヌアルというシーフードレストランに向かった。

入り口には、ロブスターや牡蠣、カニ、シャコなどが並べられ、好みの魚介を選んで調理を頼むことができるシステムだ。もちろん野菜やスープのメニューも色々あるようだった。

ぽんこつマンは、マッドクラブ、ロブスター、オイスターを選んでテーブルについた。白ワインを選んでAnn と一緒に飲んだ。当時はタイではまだワインが豊富にはなく、しかも赤が主流だったが、流石にパタヤのシーフード店で、シャルドネくらいはあるだろうとオーダーしたのだった。

彼女はもともとチョンブリ県の出身で今はバービアで働いている。実家は貧乏で学校は中学までしかいっていない。ひとりの息子がいるが、その父親は妊娠が分かって直ぐに行方を晦ました、と言っていた。実家には父と母がいて、息子はそこに居る。お金を稼ぐのは大変だけど、パタヤの雰囲気はすごく好き。彼女はその時は英語で色々話してくれた。

多分、パタヤには欧米人が頻繁に遊びに来るのでその相手をしているうちに英語を覚えていったのだろう。そして少しの日本語も日本人との客を相手しているうちに身についたんだと思う。彼女の人懐っこさが、多くの訪問者の心を開いてきたのだろうと思った。

その日は、彼女をホテルへ連れ帰って男と女の関係になることは、ごく自然な流れだった。ホテルの部屋にはバスタブがありお湯を張って一緒に入った。彼女は熱いと言いながらも、しばらくぽんこつマンと体を合わせていた。

タイのホテルにあるバスタブのほとんどは、寝て浸かるタイプなので、ぽんこつマンの上に乗る感じで彼女は湯船に漬かったのだった。ぽんこつマンは彼女のそう大きくはない乳房に両手を当てがい、中指で彼女の乳首を弄んだ。彼女は、自分の股間の下にあるぽんこつマンの男性器に手を伸ばそうとしたが届かない。ぽんこつマンが右手を彼女の股間に伸ばし、クリトリスを探し当てて転がすと身をよじって吐息を漏らした。

その後ふたりは立ち上がり、ボディーシャンプーでお互いの身体を洗いあった。彼女はぽんこつマンの肉茎や玉袋を他より丁寧に優しくマッサージしながら洗ってくれた。ぽんこつマンは彼女のアナルからクリトリスにかかる股間のラインを入念に手のひらで洗った。時折アナルや膣のくぼみに中指を軽く挿入しながら彼女の秘部から愛液が漏れ出すのを待って、シャワーで体に残っている泡をきれいに洗い流し、ベッドに向かった。

当時は、世界中でHIVの流行が話題になっていたので、ぽんこつマンもAnn もいきなり生での挿入は考えなかった。Ann はdurex のコンドームをいくつも持っていたし、ぽんこつマンはオカモトや不二ラテックスのコンドームを何種類も持って出かけていた。

ベッドでは、Ann は激しく動いた。ぽんこつマンも激しく突いた。騎乗位、背面騎乗位、後背位、松葉崩し、側位、正常位、屈曲位、伸長位……。ザーメンをコンドームに射出しては少し休みそしてまた求めあう。翌日の朝10時まで4回は繋がりあったと思う。

昼にホテルを出て、ビーチの日陰でふたりはビールを飲み少し眠った。夕方近くなりさすがに朝からろくに食べていなかったので腹が空いてきた。ぽんこつマンはAnn に何か食べに行こうと伝えたところ、Ann は「今日は私が店を選んでいい?」ときいてきた。「OK、もちろん」と速攻で答えた。

彼女とビーチロードでソンテウを拾い、彼女が行き先を確認しそれに乗る。もう着いた店の位置も名前も覚えていないが、それは3rd. ロードに面した小さなローカル向けのムーガタ屋だった。それでも夕方の17時前だったが、人で溢れていた。あっという間に炭が運ばれ鍋が置かれた。Ann が豚肉と海老、野菜の焼き物を頼み、ポンんこつまんはビアチャンでそれを流し込んだ。

Ann は19時には部屋に戻ってバービアに働きに行くと言っていたので、せっせと食べたのだった。はらぺこが一気に満腹になり、もう食べれないとなった。時間は18:30を少し回った頃だった。ぽんこつマンはAnn とその店で別れ、そこからいったんホテルに戻り、パタヤのマッサージパーラーを覗きに行く事にした。

パタヤのマッサージパーラは、2nd. ロードにいくつかあったが、その話はこの記事には書かずに次の記事で書こうと思う。今回は、パタヤで出会ったAnn との話で終えておこうと思う。なぜなら、タイの女性に本当の意味で好きという感情を持った最初の出会いがAnn だったからだ。

ぽんこつマンは、今日までAnn と名乗る女性との出会いは3回ある。ひとり目はパタヤのAnn。ふたり目は、フィリピン、オロンガポのAnn、3人目はバンコクのAnn、アンと名乗る女にやたらと会うのは、アンと名乗る女性がただ多いからなのか、それともぽんこつマンにアンと名乗る女性に縁があるのかわからないが、もしかしたら、またどこかでアンと名乗る女性に出会うことがあるかも知れないと思うと少し楽しみになる。