6年突然音信不通のコラート娘からLINEが来た。

ぽんこつマンは6月30日にバンコクに戻ったが、朝の羽田空港のラウンジで出発を待っている時、突然6年音信不通になっていたコラート娘からLINEが蘇った。ぽんこつマンはその娘に8年前にBaccaraで会っていて昔は何度かペイバーしたお気に入りの女のコだった。知り合って暫くはLINEでのチャットが続いたが、そのうち彼女からの返信が無くなり1年近くはぽんこつマンからの連絡は欠かさなかったが、あまりに連絡がないのでブロックされたと思いもう2度と会うことは無いだろうと彼女とのいい思い出は記憶の深くに鎮めていたのだ。

ここ何年か前からインスタグラムでタイの女の子の投稿を見るようになっていたのだが、ぽんこつマンが日本を出国する数日前に突然インスタグラムに投稿している記憶の深くに鎮めたはずの彼女の投稿を偶然発見して、メッセージを送っていたのだった。

「えっ、まさかっ!?」「そんな事って、、、、ある??」なんでもぽんこつマンがバンコクに戻る今日彼女もバンコクに来ると言うのである。そしてその日の晩ごはんを一緒に食べたいとメッセージが入ったのだった。

ぽんこつマンがスワナブーム国際空港に到着する予定時刻は午後3時、タイランドパスでのタイ入国最後の日、タイへの渡航者も増加しているようなので到着ゲートを何時に出れるか推測すらできないと言うのに、ぽんこつマンはただ彼女に逢えるという事が嬉し過ぎてラウンジを早めに出て免税店に行き、SHISEIDOのリップを彼女へのお土産に買って出発ゲートに向かった。

搭乗機は定刻に出発し順調に飛行を続けた。飛行中の機長のアナウンスで今日の到着は定刻より30分ほど早く到着するということを聞いた。実際にスワナブーム国際空港にタッチダウンしたのはタイ時間の午後2時15分。到着ゲートに着いて飛行機を降りたのが2時半ごろだった。

羽田発のANA便は大体入国審査場からかなり離れたゲートに着くが、ぽんこつマンはいち早くタイランドパスのチェックを済ませたくてかなり早足で歩いた。目前にタイランドパスのチェックポイントが見えてそこにかなりの先客がいることも目に入ったが、通路を進むうちにチェックポイントの手前に係官が一人いてその係官が「THAILAND PASS?」と到着旅客に声掛けをしていてその係官のところへ進むと、チェックポイントの手前でスマホ画面だけをチェックして、タイランドパスシールを貼ってくれチェックポイントに入らないルートへ進むようにしてくれたことで、タイランドパスのチェックに時間を割かれずに入国審査場へ向かう事ができた。

しかし、入国審査場の入り口で韓国人のツアー客が行列を成していてその先頭で入国審査官がその韓国人団体ツアー客の前で入口を制限していた。タイへの渡航がコロナで制限されなくなってすでに1か月経過してタイへの渡航者が一気に増えたが、それを捌くだけの入国審査場の審査スピードが昔ほど早くなく、ひとりにかなり長くチェックしているのが遠くで見てとれた。

ぽんこつマンがなんとか入国審査の列に並んでから30分以上は並んでいただろう。ぽんこつマンの審査は1〜2分で済んだと思ったが、10分近く審査官と問答している旅客や入国拒否される旅客もちらほらいて、まだまだコロナ前のようには戻っていない感じだった。

審査場を出て荷物を受け取りCUSTOMへ向かうが税関は誰ひとり係官がいない状態でノーチェックで到着ロビーへ出たのは3時15分くらいだったと思う。それから出発ロビーまで上がりGrabのSUVをスマホで呼んでぽんこつマンの部屋があるコンドに着いたのは3時50分、荷物を部屋まで運び、シャワーを浴びて少しくつろいでいると、彼女からLINEが来た。

すぐに彼女に「今部屋で荷物を片付けている」と英語でメッセージを返す。「何が食べたい?」と聞くと「SUSHI、SASHIMI」と帰ってきたので、待ち合わせ時間を19:00にしてトンローのKITARO SUSHI(https://www.facebook.com/kitarosushithonglor/)に2〜3人と予約を入れた。「彼女に予約を取ったけど一人で来る?、それとも今一緒にいる友達も一緒?」と18時に確認したら「友達2たりと一緒に行く」と返事が返ってきた。お土産は記憶の深くに鎮めていた愛しの彼女だけにしか買ってきていなかったが、彼女の友達とは今日が初対面だから気にする必要はないと思った。

ぽんこつマンは金曜日の夕方トンローということでかなりの渋滞を予測して少し早めにGrabを呼ぼうとしたがスマホの表示は7minから全く変わらないまま10分が過ぎた。待ち合わせの19時まで30分を切ったので、Grab をキャンセルしてコンドの前の大通りを走るタクシーを探した。すでに車は大混雑をしていてタクシーの空車を見つけるのがかなり難しいと思われたが、運よく1台の空車が見えた。ぽんこつマンは自らその空車のタクシーに近づき行き先を告げラッキーにも乗車する事ができた。

車に乗ってから彼女に「今車に乗った、店に向かっている」「少し遅れるかもしれないがその場合は先に店に入っていて良いよ」とLINEを入れた。彼女からは「私たちも今タクシーで移動中、逢えるのはもうすぐだから待ってて」と返信がくる。

ぽんこつマンが拾ったタクシーはペチャブリ通りを東に進みトンロー通りに入るルートを選ばずスクンビット71通りを南進してエカマイソイ12へ入りドンキがある方向に進んだ。このそいは対向2車線の道路だが一応車の流れはある通りだ。エカマイ通り(スクンビット63)を渡りドンキの前を過ぎトンローソイ10を進んでトンロー通り(スクンビットソイ55)を左折して、目的地のKITARO SUSHI トンロー店の前に着いたのは19時に5分前だった。

まだ愛しの彼女とその友達は着いていないようだった。店先で彼女たちの到着を待つ事15分。ようやく彼女たちが現れた。愛しの彼女に渡すお土産は店に入る前に渡した。そして残りのふたりの女の子たちには突然のことで用意できなかったことを詫びた。

席について、メニューを見る。SUSHI はメニューにある品物は全て2貫120バーツ、ウニも大トロもボタンえびもイクラもなんでも120バーツとかなりお得感ある。ただし1貫のサイズはかなり小さい。シャリに乗っている魚もかなりこぶり。一品ものはそれなりにして300〜500くらいが相場のようだがこちらも盛りが少なく、若くて日本食好きのタイの女のコでもかなりの注文を入れる。味はタイの女の子評価ではかなり良いとのことだった。

生ビールをみんな4杯のみ、その後日本酒の720mlボトルを1本入れる。会計にはサービスチャージも含まれていてなんだかんだで11000バーツほどかかった。二人でしっぽりならそこまでかからないだろうが、愛しの彼女の友人2名のうち今もBaccaraで踊っているというコがよく食べてよく飲んだ。

KITARO SUSHIには22時過ぎまでいたが、その後また別の友達とホイクワーンで会うといい、ぽんこつマンも付き合ってほしいと言われてホイホイ着いていった。たどり着いた店はPark Terrace at Huai Kwang(https://www.facebook.com/parkterracebangkok)というオープンテラスのバーだった。生演奏の音楽が大音量でいかにもタイ人が好みそうな店だ。

愛しの彼女のもう一人の友達がすでに席に座って友人の到着を待っていた。愛しの彼女はバドワイザーと少しのタイ料理を注文していた。ぽんこつマンはビアシンを頼んだ。大きめのグラスにビールを2杯は飲んだだろうか?時計はすでに12時を回っていた。

愛しの彼女の友達の一人が帰るというのでぽんこつマンも店を出てコンドに戻ることにした。ぽんこつマンはすでにかなり酔っていたが、愛しの彼女におやすみのLINEを入れた。

その後彼女とのLINE交換はしばらく続いたが、彼女が一旦田舎に戻りまたバンコクへ来る前に熱を出したと連絡してきて、それから熱が下がったことを知らせてきてから、またもやLINEが音信不通になった。

流行病のように彼女と再会し、その病が鎮むように彼女との連絡も消えてしまった。彼女の存在はぽんこつマンがバンコクへ足繁く通うきっかけになった女のコで今も引きずっている。コンドいつ逢えるかはわからないが、彼女はバンコクのBaccaraで働き、中国人の愛人から多くの援助を貰い、田舎に家を建て、今はカムリを所有するまでに成り上がった。それでも彼女には彼女のことを最も愛したぽんこつマンの存在を忘れないでいてほしいと思うばかりだ。

ぽんこつマンが好きなバンコクのラーメン屋

ぽんこつマンがタイにいる時はよくラーメンを食べに行く。一番最初にバンコクで訪れたラーメン屋は、スクンビットソイ33/1にあるラーメン亭(http://ramentei-bkk.com/shop-information/)だ。ぽんこつマンがバンコクに2回目に訪れて、スクンビットソイ19のThe Key Bangkokhttp://www.thekeybangkok.com/en/?utm_source=GMB&utm_medium=HotelHomePage)を常宿にした最初の時だった。

2002年頃のことで、当時は今ほど至るところにラーメン屋があるわけではなく、たまたまアソークからプロンポン方向に歩いて散策している時に見つけたラーメン屋だった。ぽんこつマンはまだまだ大食いだった頃で、その時はチャーシュー麺と餃子、さらに中華丼を注文していた。

その味は挑戦的では無いが安定した日本の町中華の味で、いつ食べても美味しいと思う。もう1つタイには早くから進出しているラーメン屋がある。それは8番ラーメン。1992年バンコクに海外1号店を開いている。8番ラーメンはぽんこつマンの実家がある北陸に多くの店舗が展開していて、高校生の頃からたまに食べたことがあったが、味的にはやはり刺激が少なく、最近はパンチにかけるという印象だ。ぽんこつマンのタイでの8番ラーメン体験はチェンマイになるが、そこはセントラルプラザチェンマイエアポート店だった。2003年くらいから毎年チェンマイに行っているが当時は日本食レストランはFUJIとやよい軒くらいでラーメン屋のチェン店開店はチェンマイにはなかったという記憶がある。当時からおいしいラーメンというタイ資本のラーメン屋はあったが、味が日本人向きとはいえなかったのでそれならばと8番ラーメンに入ったというわけだった。

日本でラーメンがブームが始まったのは、1985年ラーメンをテーマとした伊丹十三氏の脚本・監督による映画「タンポポ」が公開されてからとぽんこつマンは思っている。1989年には首都圏を中心に豚骨ラーメンブームが起こり、1994年新横浜ラーメン博物館がオープンすることになる。

ぽんこつまんが本格的にラーメン好きになったのは、1986年頃からでちょうど会社で働き出して3年、食べるものにこだわりを持って接することができてからだと思う。当時は関西の会社に勤務していたが、金曜日の仕事が終わりどうしても博多の屋台ラーメンが食べたくなって車で高速道路を走って博多に夜中2時ごろに着いてラーメンを食べるといったこともするほどになっていた。

東京で、麺屋武蔵が初めて新宿の子滝橋通りに店を開き、まだ煮干しを使った魚介系スープが珍しくそれほど混雑していない時に近くにあるルーレット教室で遊んだ帰りは必ず立ち寄っていた。そのうち大行列ができるようになり、足は遠のいたが、もう1つ東京にしかないラーメン屋で「はしご」というダンダン麺の店が今も忘れられない。さらには、喜多方ラーメンの東京進出で一時期麹町にあった「小法師」にもよく通ったことを思い出す。

「はしご」は東京にしかないし、「こぼし」も東日本に集中していて海外進出はしていない。タイへの多くのラーメン屋の進出のきっかけは、2008年東京豚骨ばんからラーメンがスクンビットソイ39にオープンしてからだ。2013年には関西が拠点の豚骨 火山 ら~めんがバンコク1号店を出店した。豚骨スープを主体とした日本で人気のラーメンとなった一風堂がバンコクに進出したのが2014年、千葉の鶏パイタンラーメン七星(ななせ)が2015年にトンロー駅前に出店。2016年には、博多一幸舎がトンローJアベニューにオープン。これまでにもバンコクで新しくラーメン店ができては消えていっているが、やはり海外進出しても味が大きく変わらないチェーン店は長く残れるのだろうと思う。

ぽんこつマンがタイで食べたラーメン屋は、らーめん亭、一風堂、一幸舎、ばんからラーメン、七星、豚骨火山ラーメン、内田家、チャブトンラーメン。この中でスープが旨いと思うのは今のところ一幸舎が1番、七星が2番、ばんからが3番と言ったところだろうか。

チェンマイの家で自分で豚骨と鶏ガラを煮込んでスープを作って食べてみたが、ラーメンはタレもかなり味を左右するし、麺との絡み方も重要だと思う。バンコクという地で、スープも面もそしてトッピングもチャーシュー1つとっても、いつも一定の味を維持するのはかなり難しいと思う。

ラーメンチャンピオンの店としてタイで展開しているチャブトンのチェンマイの店での話だが、提供された時にスープが既に冷めていてがっかりした記憶がある。その後数回訪れて店のスタッフにスープが冷めていて美味しく無いと伝えたが改善は見られなかった。タイ人は猫舌が多いのか熱々のスープはどうも苦手なローカルが多いようであった。スワナブーム空港の国内線のフードコートにもラーメンを出している店があるが、そこの店は、タレの塩味が全く効いていないこともあった。

タイでは味が一定しないことがままあるのだが、何か1つの行程をすっかり忘れているあるいはパスしているということかもしれない。まぁ、日本の味の代表になりつつあるラーメンが大きく外れた味にならないようにタイ人の料理人にも頑張ってもらいたいものだ。

サイアム駅で待ち合わせした女の子の友達としてきた娘が好きになって①

ぽんこつマンがほんの3ヶ月バンコクで働いていた時、Tinderで知り合った女の子Aとデートすることになりサイアム駅で待ち合わせした。彼女のことを気に入った理由は、Tinderにアップしていた彼女の抜群のプロポーションで特にスラリと伸びた脚がたまらなかった。

待ち合わせ日時は2018年8月4日(土)18:00BTSサイアム駅。ぽんこつマンは当時住んでいたスクンビット通り沿いのコンドを17:20に出てBTSエカマイ駅に行きサイアム駅まで向かった。ぽんこつマンはサイアム駅に17:50に着き彼女の到着を待った。彼女は待ち合わせの時刻から5分ほど遅れてブルージンズのホットパンツにスニーカーで姿を現した。身長は160 cmほどあり高身長だが細い脚、細い腰、細い肩でスレンダーという言葉がぴったりの娘だった。

軽く挨拶を済ませて、どこに行こうかということになる。ぽんこつマンは初めてのデートなのでルーフトップバーに行こうと提案した。彼女はOKと了解し、それならとセントラルワールドの方へ歩き出す。

彼女が案内するルーフトップバーはセンタラ グランド アット セントラルワールドの最上階55階にあるRed Sky Restaurant & Red Sky Bar(https://www.bangkokredsky.com)のようだった。ホテルのロビーからエレベーターで54階まで行く。54階はレストランフロアのようだ。そこから階段で55階へ向かう。

55階のバーに着いたのは18時30分過ぎだったが、8月のバンコクの日の入り時刻は18時40分くらいでまだ空は明るかった。彼女はカクテルを注文しぽんこつマンはコート・デュ・ローヌの赤 2016 Yann Chave, Crozes-Hermitage ‘Le Rouvre’ biodynamic Rhône Valleyをボトルで頼んだ。陽が落ちるタイミングでドリンクがやって来て、乾杯をする。

彼女はバンコクのある保険会社のOLといっていたが、まるでモデルのような体型だった。彼女とは友達としてその日会ったが、そこに彼女が呼んでいたふたりの女の子がしばらくして訪れる。ひとりはショートヘアがよく似合う肌の白い可愛い感じの女の子K、もうひとりは長い黒髪のやはりスレンダーな娘B。

新しく来たふたりの娘はワインを飲んだ。1本のワインはすぐに空き、また新たに1本を頼んだ。Tinder で知り合った女の子と同じ大学の同級生だというふたり。ショートヘアの女の子Kは自分のことをアーティストと言い、長い黒髪の娘Bは、オリジナルの化粧品ブランドのオーナーだという。

ぽんこつマンは最初の彼女より、後から来たふたりに興味を持った。4人がけの対面ソファーでぽんこつマンの隣に座ったのは長い黒髪の娘Bで、最初にあった女の子とショートヘアの子がトイレに行ってふたりだけになった時に、Bに連絡先を教えて貰って今度こっそりとふたりで逢おうとということになった。

その日は3人で22時近くまで飲んで、ぽんこつマンはかなり酔ったのでレッドスカイで彼女たちと別れて部屋にひとり帰った。

翌週、仕事から戻って部屋にいる時、BからLINEメッセージが入った。「今Kと一緒に韓国料理を食べてる」「これからもう一軒行こうと話し合ってるけど会える?」というのだ。時刻は21時、ぽんこつマンはすぐに「OK」と返事した。彼女たちはアソークの近くにいてプロンポンまで来るというのでぽんこつマンはすぐに部屋を出てプロンポン駅に向かった。

彼女たちが待ち合わせのプロンポン駅に現れたのは21時40分、駅の改札を出てさてどこに行くかということになった。3人はワインで一致してBとKがよく行くというワインバーに行くことになった。場所はトンロー10、Wine Republic Bangkok(https://www.facebook.com/wine.republic.bkk

ぽんこつマンも彼女たちも食事を済ませていたので、赤ワインを1本頼んで生ハムをつまみに飲んだ。その時、ぽんこつマンはバンコクに住み始めてほんの1ヶ月ほどだったのでまだその店は初めてだった。そこの近くには酒税の高いタイでそこそこの値段でワインが飲めるとあって夜遅くまでローカルにも人気があるようだった。

彼女達とのデートは楽しかった。ただぽんこつマンはBの事がお気に入りになっていて、幾度かBだけを誘って食事したことがある。彼女の肌の色はタイ人の一般的なタンカラーだが、彼女のドレスから少し見える胸の膨らみが美乳の典型とも思えるくらい形がよい。デコルテの美しさも見事だと思った。さらに彼女のぷっくりとした唇も彼女のセクシーアピールを増幅していた。

さらに1週間ほど経った土曜日、またBからLINEにメッセージが来て、「Kとナイトクラブに行くけど一緒に行く?」と聞いて来た。ぽんこつマンはいつも通り「OK」と返事を返した。時刻はまだ17時だったが、19時にBTSナナ駅で待ち合わせになった。

ナイトクラブは、大体21時がオープン時間が普通だが、その前に食事すると言う事だと思った。ナナ駅で彼女達と合流して向かったのは、スクンビットソイ11、The Australian Pub & BBQ(https://theaustralianbangkok.com)<2020年9月28日現在、臨時休業中>だ。

Kが先頭で店に入る。1階はパブらしくスタンディングで酒と料理を楽しんでいる。Kは店の右側にある階段を上って2階のテーブル席に進んだ。そこで3人は、サラダ、ステーキ、ポテトを頼んでビールを飲んだ。ナイトクラブはその店の隣にあるSugar Club Bangkokだ。今はオープンは22時となっているようだが当時は21時には空いていたと思う。

2時間近く、オージー料理とビールを楽しんだら、酔いも有って3人のテンションは上がっていた。Sugar Club Bangkok(https://sugarclub-bangkok.com)にはオープンとほぼ同時に入ったつもりだったが、土曜日ということもあって既にフロアにはかなりのゲストが踊っていた。

KとBは何度も来ているようでスタッフともなじみのようだった。センターのダンスエリアにほぼ近いスタンディングテーブルにウィスキーのボトルとコーラ、アイスが運ばれて来た。スタッフがコークハイを3杯作って行く。ぽんこつマンと彼女達は乾杯をしてそのコークハイをぐんぐん飲んでどんどんハイになる。Bはステップを踏んで胸を揺する程度に軽く踊っているが、Kは腰を激しく左右にふり、頭も大きく振りながら激しく踊って、ぽんこつマンにセクシーな視線を送ってくる。ぽんこつマンもステップを踏み腕を上げながらハイテンションで踊った。

当時、この店では多くのゲストがタバコを吸っていて既に禁煙して長いぽんこつマンにはその匂いが少し気になったが、その場の熱気とBの汗と甘い香水が混ざった匂いにぽんこつマンは35年ぶりにハイテンションになっていた。コークで割ったウイスキーは飲みやすい。1Lのウイスキーは帰る頃にはすっかり空になっていた。

踊り疲れてその店を出たのは、午前1時30分、それでも当時の土曜日の夜は客が引くことはなかったようだ。その日はそこで彼女達と別れた。

翌週水曜日、ぽんこつマンは仕事中にBのLINEに「今日は夕方一緒に食事しないか」とメッセージを送った。1時間くらいしてBから返信がある。彼女からは「OK」と帰って来た。彼女は居酒屋に行きたいという。ぽんこつマンが働いていたオフィスはエカマイ にあったから、18時にエカマイゲートウェイ(https://www.facebook.com/gatewayekamai/)のM2階で待ち合わせることにした。

ゲートウェイは、日本をイメージした造りや豊富な日系レストランなど日本押しのラインナップになっているらしかったし、これまで見た限りではBはあまり高級なものを望んでいなさそうに思えたので、まずはここでいいと思ったのだった。

入った店は「ただいま」という居酒屋で良くも悪くもないという極めて普通の居酒屋だった。タイ人が好んで食べるサーモンの刺身や焼き魚など魚料理を主に頼み、ごくごく普通の日本酒を冷やで飲んだが、彼女は日本酒は飲まなかった。ゲートウェイの店は21時ラストオーダーで22時には完全に閉まってしまうが21時半までその店に居て、彼女の仕事の事や住んでいる場所などをいろいろ聞くことができたと思っていた。

そして、その週の金曜日またナイトクラブに行くことになった。そこはSing Sing Theater(http://singsing-bangkok.com)。スクンビット45を少し入ったところにあるちょっと変わったナイトクラブだった。

KとBはプロンポンに22時にやって来た。そこからタクシーでスクンビット45までタクシーを拾って向かった。22時を過ぎればスクンビットの夕方からの渋滞も少しは落ち着いていて、あっという間に着いたことを覚えている。

今回もKが先導する。店の黒服と何やら会話している。KとBは、やはり顔馴染みのようだった。しばらくして店内に案内される。エントランスを入るとそこにはなんとも不思議な空間が広がっている。そして妖しい音楽が大音量で流れている。

Kは階段を上がって2階のフロアに上がって行く。そこには低いスツールがあり3人が座れるテーブルが用意されていた。そのテーブルから階下のダンスホールが見下ろせる。やがてスタッフが大量のオレンジジュースとウォッカのボトルそして氷を運んでくる。スタッフはグラスの30%くらいまでウォッカを入れ、氷を落とし、オレンジジュースを注いでスクリュードライバーを作って行く。3日前Bはアルコールを口にしなかったがこの日はグビグビとそのかなり濃いスクリュードライバーを飲んだ。Kも同じように一杯をあっという間に飲み干して、下の階へ踊りに行った。

音楽の音量が大きすぎて話ができるレベルではないが、Bは座ったまま腰をくねらせていかにも艶かしい。ウォッカが効いているのか、デコルテあたりが少しピンク色に染まっているのが微かに見える。ぽんこつマンは、その妖しい音楽の響きとアルコールの効果で艶かしくなっているBの腰付きを観ていることが心地よかった。空中ブランコにクラブのキャストが座り揺れている。その廃頽的な演出にもバンコクという底無しの魔都を感じた。

ぽんこつマンがかなり酔ってそのクラブからひとり帰宅を決意した午前2時でもKは下のフロアで踊っていた。Bもスツールから立ち上がって、陶酔しきった雰囲気で踊っていた。ぽんこつマンはそれぞれにそっと「先に帰る」とひとこと言ってクラブを出た。

日曜日、BからまたLINEにメッセージが入った。それはあまりにもショックなものだった。Kが土曜日友達とカンチャナブリに行って日曜日バンコクに戻る途中、その友達の車が交通事故を起こしKが事故死したというのだった。

ぽんこつマンは、2日前にKのご機嫌な姿を観ていただけに最初は信じられなかった。ぽんこつマンは何度かKと会ううちにKともLINE IDを交換していた。既に何度かメッセージを送り返信もあったので、その事故の話を知った1時間後にKにLINEを送った。翌朝になってもう一度LINEにメッセージを送ったがあの事故の知らせから一度も既読になることはなかった。

ぽんこつマンはその週の土曜日もう一度Bに会う約束をした。プロンポンで午前11時に会って、エムクォーティエのD’ARK というフカフカのソファーのあるカフェでランチを食べた。しかしBはこれまでと随分変わっていた。これまでは柔らかい笑顔をいつも見せてくれていたがその日は、曇った顔が晴れることはなかった。ぽんこつマンはKが本当に事故死してしまった事をその時確信した。

彼女は、Kが事故死したこともショックだが、今まで順調だった自分のブランド化粧品のタイ全土のバイヤーが突然離れて行ったこともショックだと言った。ぽんこつマンと会う前までと今では何か大きな違いがあると言った。そして自分のこれまでの幸運を取り戻すために来週からラオス国境近くの寺院にしばらく篭ることにしたので当分合わないと言うのだ。

ぽんこつマンは、この時もうBと会える事は無くなると確信した。わずか数週間の儚い恋心は夏の蝉の命のようにその時散ったのだった。Kの繋がることのないLINEアカウントは今もぽんこつマンのところにあるが、Bのアカウントは半年くらいして消してしまうことになる。その話は、次に書くことにしておこう。

トンロー9のLINE2に行って見た

2018年にTinder で知り合った女の子とラムカンヘン大学近くの日本食レストランYAWA Modern Japanese Cuisine に行ったことがある。その日本食レストランは場所が日本人には馴染みのないところであるが、料理のレベルはかなり高い。なんでもバンコクの日本食レストランでNo.1と評されたこともあるのだとか。北海道の毛蟹も事前予約しておけば調達して料理してくれるらしかった。

その娘は、イサーン出身でたぶんコンケーン生まれと言っていたと思う。初めて会って行った日本食レストランではお酒は飲まなかったが、それは、おっぱいにシリコンを入れる整形術を受けてダウンタイム中だったということを後から知った。仕事はスクンビットソイ39にあるLINE clubというカラオケクラブに勤めていてお酒はかなり強い。一度だけその店のそばの焼肉屋で焼肉を食べて同伴出勤をさせたことがある。そのClub LINE では一番安い角瓶を入れたがそれ以降1回行っただけで、ボトルのほとんどのウィスキーは流れてしまった。

というのも彼女がしばらくして系列店のトンローsoi9にあるClub LINE2に移ったと言ってきたからだ。店が代わればまた新しくボトルを入れることになる。彼女が新しく移った店の近くの喜多郎寿しで寿司を食ったあと同伴出勤をさせたことがあり、またしても角瓶を入れた。

彼女がその店でどの程度指名があるかはわからなかったが、店に入ると雛壇がありそこにずらりと並んだ女の子と比べてもルックス的にはぽんこつマンの好みに合っていた。料金はタニヤあたりのカラオケクラブの1時間700〜800Bahtより割高で、ボトルがあれば1時間1100baht、飲み放題で1200baht、それにチェイサー代、指名料などが乗っかって2時間くらいいると4,000baht くらいはかかってしまう。

そもそも女の子の数が多過ぎてなかなか指名がもらえない女の子も多そうなのだが、彼女はそれなりに多くの常連客を持っているようで、ぽんこつマンが通う必要も特になさそうな人気嬢だったのだ。しかも彼女はお持ち帰りOKの色のナンバープレートをしていた。最初に知り合った頃は、ホンダの一番安い乗用車に乗っていたが1年も経たないうちにトヨタフォーチュナーの新車を買ったようだ。

バンコクには多くにカラオケクラブがあり、かなりの女の子が在籍している。モデルクラスの女の子はコヨーテクラブなどの高級店に多くいる。カラオケクラブは次のクラスになるだろうか。なんとなく親しみが持ちやすい女の子が多くなる。そのカラオケクラブの中でも多くはタニヤに集中しているが、スクンビットエリアやトンローエリアにも点々と存在している。

ひとりの女の子に入れ込みすぎる必要は全くない。彼女とはただの知り合いというだけでも全く問題ない。ぽんこつマンはタイの女の子の都合のいい財布になりたいわけではないのだから。

バンコクにも新型肺炎の脅威?

2020年1月16日にぽんこつマンは日本からバンコクに戻って来た時は、新型肺炎の感染の恐怖バンコクには無かった。しかし日本で人から人への感染が報じられた28日、TINDERで知り合った女の子と出会うことになった。

トンローにあるカラオケクラブに出かけようとコンドから外に出たら、どんなにインフルエンザが流行っていてもマスクをかけている人にはなかなか会わないバンコクでかなりのマスク姿を見て驚いた。

その女の子とは彼女が働いているカラオケクラブの近くにある焼き鳥屋で待ち合わせをし同伴するということにしてたが、店に現れた彼女は咳をしていた。思っていたより年が行っていたようだったし、写真よりかなり印象が良くないブス顔だった。

しかし彼女はマスクをしていない。さすがに接客が仕事のクラブで女の子たちのマスク姿はあり得ないが、この時期タイでも新型肺炎の話題で持ちきりのはず。

しばらくその焼き鳥屋で話をして、彼女が働いているというクラブに向かった。そこはすでにかなり前にラムカンヘンで待ち合わせして、日本食を一緒に食べたことがある女の子が働いていたカラオケクラブ LINEだった。

2階の席に案内されて、彼女が上がってきたがあまり話も弾まない。ということで昔から知っていた女の子を呼んでもらった。二人の女の子はつけている名札の色が違っている。それは昔から知っている女の子の名札の色は、お持ち帰りOKの女の子たちであることが分かった。今日ぽんこつマンが同伴した女の子はお持ち帰りできない女の子だったようだ。

今日同伴した女の子に住んでいるところを聞いてみると同じアパートに中国人も多く住んでいるらしい。彼女の住まいの最寄りの駅はMRTホイクワーン駅、あの辺りには中国大使館もあるせいか今は中国人で溢れている。中国の正月休みが始まる前には多くの中国人が大挙して押し寄せていただろうから、中国人が多くいるエリアのタイ人から感染者が出てもおかしくないはず。ただ単に時間が早いだけなのかそれとも新型肺炎の脅威から不急の外出をさけてか、その日のその日本人向けのクラブには客は少なかったようだった。

彼女が務めていたトンローsoi9 にあるclub Line
Club Line の入り口、女の子がずらり並んでお客さんからの指名を待つ場所

中国マネーの流入が減ってタイ経済が悪化の傾向にあるのか、これまでのタイパーツ高が少し緩んで今は10000円=2800バーツ台になっている。もっと円が強くなって欲しいものだ。このタイミングで咳をしている女の子と長い時間を過ごすは、あまりに無用心なので早々に引き上げた。

なんだかその日はあまり月のある日とは思えなかった。残念。

ぽんこつマンはとんかつマン

ぽんこつマンは揚げ物好き。身体に良くないと分かっていても週に3回は揚げ物を食べたくなる。2020年1月10日どうしてもとんかつが食べたくなり、最近トンローで見かけた「あげうた」という店にタクシーで出掛けた。金曜日の午後1時くらいというのに店内には客が1組しかいなく広い店内は閑散としていた。ランチタイムという事で6種類あるランチセットメニューから海老フライ、ヒレカツ、ロースカツがセットになっているものを選んだ。ごはん、キャベツ、味噌汁はお替り自由となっていて、6種類のランチセットは全て299バーツ。決して安くはないが、デザートもついて清潔感のある店内でゆっくり出来るのは悪くない。以前エムクォーティエに入っている「まい泉」で食べたとんかつの味が酸化した油の嫌な匂いがあったことがあったが、この店の揚げ物はカラッと揚っていてサクサク旨く頂けた。この先も味を落とさず、続いてくれる事を期待したい。

追記*2021年3月にはそのトンカツ屋の看板は、エンポリアムにあった歌行燈という和食屋に代わっていた。その後、コロナの非常事態令がバンコクに出たことで歌行燈はバンコクから撤退したという噂を聞いている。