パタヤサンドボックス計画の 正式発表を待つ間に開国予定の発表あり

いよいよタイへ戻る日程が3週間ちょいになってきた。COEの申請書類はタイでの最初の1週間のホテルを予約すれば全て揃うのだが、ワクチン接種2回摂取したワクチンパスポートも持っているのでAQホテルの一っ週間隔離よりは、サンドボックスでの隔離免除滞在がありがたい。

今日2021年10月10日現在、サンドボックスで利用可能なのはプーケット、サムイ、クラビ、パンガンの4箇所だけになっているが、プーケットには日本からの直行便はなく、バンコクでの乗り継ぎも認められておらずただ唯一シンガポールでの乗り継ぎのみでしか許されない。サムイにはバンコクでの乗り継ぎが認められているようだが、ぽんこつマンが持っていく預け荷物がトータル70KGくらいになるので規定より48KGオーバーとなれば1KGあたり180バーツのオーバーウェイトチャージが発生し、片道8640バーツもかかる事になり往復で17,280バーツの出費はあまりにも無駄金になる。

やはり、パタヤのサンドボックスが11月1日に開く事が早く決定し、オンラインCOE申請にその項目が追加されることが必要だと思った。そんなこんなで毎日のように在京タイ王国大使館のホームページを開くが情報が更新される気配が11月10日なっても無かった。

するとどうだ。その翌日あたりにプラユット首相がテレビの会見で11月1日からコロナ低リスク国の外国人に対して開国すると発言したらしく、ネットで話題になっているではないか。プラユット首相が発声した国名の中には日本は無く、イギリス、アメリカ、中国、シンガポール、オーストラリアの5ヵ国だけだったが、ネットではきっと日本はその低リスク国に入るはずだという楽観的なコメントが多く上がっていた。勝手に思い込んでいるだけだがぽんこつマンもその話に乗っていくしか気持ちを持っていく場が無いくらい、ここのところ情報の更新がないのも事実だった。

10月1日からのワクチン2回摂取済み者には7日間の隔離短縮の発表が9月27日にあった時は、在京タイ王国大使館はオンライン申請を一時的にペンディングしたらしく申請条件の追加項目を急いで出発日時優先でCOE発給を行ったらしい。オンラインの申請には最低7営業日を空けておかないと発給を保証しないと領事部が話していたので、14日の隔離を7日に変更するには出発日を後ろに変更して改めて再申請する事になった人も多かったと思う。

ぽんこつマンの場合は、11月3日を渡航日としてPCR検査や航空券の手配をしているため、10月22日までに日本の渡航者に隔離なしの渡航が認められないなら、渡航予定を後ろにずらしてPCR検査や空港までのレンタカー、航空券の搭乗日変更を行う必要がある。

せめて来週月曜くらいにパタヤサンドボックスが決定していればそこを予約するのもありと思っているが、パタヤはプーケットやサムイのように島では無くタイ本土なのでどうやって渡航者をパタヤ内に留めて置けるかということの難しさを考えると前に進まなくなることもあり、プラユット首相が低リスク国の渡航者かつワクチン2回摂取者に隔離なしの入国を認める方向へ舵を切ったと思われる。

というわけでサンドボックスという制度ではパタヤはおろかバンコク、チェンマイも事実上外出の境界を設定できないので、開国が11月1日になるかどうかはかなり微妙だがもし開国となればCOEを押し寄せる渡航希望者全員に発給する事になれば領事部職員が24時間働いても追いつかなることが予想されるため、COEというドキュメントも不要とせざるを得なくなるだろうというネットの意見にぽんこつマンも同意する。

何はともあれ、面倒な手続きが少しでも減ってコロナ前のように気楽に渡航ができる日が来ることを願わずにはいられない。なんとしても1日も早くタイマッサージをタイで受けたいものだ。

ファイザー製ワクチン2回目を受けてワクチンパスポートをもらってきた。

ぽんこつマンが住んでいる日本の地方自治体でのワクチン接種は摂取券が来てから個別接種先のクリニックを電話、ネット、LINEで予約システムだった。ぽんこつマンの接種予約開始日が7月5日からだったが朝イチでネットを開いて予約を取ろうとしたらすでに7月6日の空きはなく、普段の基礎疾患を診てもらっているクリニックの空きはかなり先までなかった。そこでそこそこ近所のクリニックでの空きを探したら9日11:00というのが1件あったので早速そこを予約して、1回目の摂取を受けた。

1回目の摂取後の副反応は打ったところが数時間後から痛み出し、身体が少しだるくそして眠いというものだったが、摂取後48時間後には特に以前と変わらないようになっていた。

そして2回目の摂取はすでに3週間後の7月30日11:00と決められており、同じクリニックに再び出かけて受けるだけだった。2回目の摂取後も摂取後すぐにはなんの異常もなかったので自宅に戻りワクチンパスポートを発給してくれるということになっている市役所の健康増進課に出かけてワクチンパスポートの申請を行い、即日でワクチンパスポートの取得ができた。

これで今はタイへの入国をプーケットで行えば、隔離措置なしで入国可能なはずだ。ぽんこつマンはバンコクからの入国を考えているが、それも以前の情報だが10月から隔離なしの入国がバンコク、チェンマイなど多くの都市での入国が隔離なしで可能になるはずだ。

今回は紙のワクチンパスポートだが、いつから電子書類になるのだろうか?実際に紙の書類がどのように審査されてどのように入国が可能になるのか10月末の渡航予定日まで3ヶ月を切った今、タイのコロナパンデミックの状況の早期改善を望まずにはいられない。

バーもゴーゴーも飯屋も開いていないタイなんて、あまりにもつまらない。毎日セフレと部屋でいろんなに対位に挑戦するセ🟣クスも1週間くらいで飽きそうだ。ハ、ハ、ハッ。

2021年コロナ禍の中、タイからの一時帰国

2020年12月にタイへ入国し16日間のASQホテル隔離を経て4ヶ月が過ぎ、日本出国前に契約していた4ヶ月間の海外旅行保険が切れるので日本に再び戻ることにした。タイ、スワナブーム空港を出発したのは全日空の深夜便で翌早朝に羽田に到着する便だった。

航空機の中は20〜30人程度の乗客しかいない感じだった。羽田空港に到着したのは日本時間の5:10AMだったが、15分ばかり上陸を待たされた。その後ようやく上陸が開始されたが、ブリッジを渡りゲートに出たら、検疫官がいてコロナの水際対策として追加された条件をクリアしているかのチェックを受け、羽田空港でのPCR検査の結果を待って初めて入国が許される。

搭乗口から別のゲートロビーまで進むように指示され空港の端から端まで歩かされていくつものゲートラウンジで行われているアプリチェックや、機内で書かされた健康申告書や誓約書、搭乗に必要とされたタイ出国72時間以内のPCR検査陰性証明書(日本政府指定のフォーム)のチェックなどの検疫担当のほとんどが中国語訛りの日本語を使う係官に違和感を感じた。

名札をつけているが氏しか記載がなく中国人にありがちな氏ばかりだったので、厚労省が人材派遣会社に丸投げして集めた臨時係官だったのだろう。それにしてもほとんどが日本語留学生と称して日本に入国し不法就労しているであろう中国人を雇っているとしたら入管法違反行為を厚労省検疫所が犯していることになるのではとさえ思えた。

唾液による羽田空港でのPCR検査に向かう最後のチェックポイントでそこの臨時係官に「あなたは中国国籍か」と聞いたら「はい、そうです」としれっと答えていたが、共産国である中国人の中にはスパイがいてもおかしくないはずなのに、コロナで仕事を失った日本人の雇用をしていないのかが不思議でならなかった。

入国審査を済ませ税関を通過して到着ラウンジに出たのは6:20AMだったので概ね1時間ほどで水際対策のためという何重ものチェック(ハッキリ言って効果があるとは思えない無駄だらけの体制)が終わったが、ぽんこつマンの日本の自宅は羽田空港から400KM以上離れた所にあるのでレンタカーを借りて移動する予定だった。

レンタカーはあらかじめ予約していたがレンタカーのカウンターが開くのが8:00AMということなのでその時間になるまで待たないといけなかった。その間70歳以上の老人5〜6人のグループが、早速タクシーを拾って帰ると話していて先程誓約書で誓約した公共交通機関を使わないという制約を破って帰宅する人を多く見かけた。

ぽんこつマンも外国を出発前72時間以内のPCR検査と日本到着時のPCR検査の両方で陰性が確認されている帰国者の到着24時間以内の公共交通機関の利用が不可となるのか全く理解できない措置だと思っているが、誓約を最も簡単に破っても何の罰則もない方が今のような有事の際の制度として問題ではないかとさえ思う。

他にも国際線で到着した入国者が京急線やモノレールの駅に向かって移動している数組見かけたが、お願いベースでは警察が取り締まることも、駅員が乗車拒否することもできないという誓約書をすぐに破る事など平気な制度は無意味だと思う。

ぽんこつマンは事前に予約しておいたレンタカーの受付が開く午前8時まで到着ラウンジの充電ベースのある椅子に腰掛けて休んでいた。バンコク〜羽田のフライト時間は今回は5時間余りなので不眠症のあるぽんこつマンには深夜便で仮眠を取ることも難しい。飛行機の座席は非常口の窓側を指定していたので、離陸後にモニターを肘掛けから出して映画を見る。2本見終えると大体4時間でやがて飛行機は着陸態勢に入っていく。そうして畿内では一睡もしないで飛行機を降り、空港内を端から端まで歩き回され返って飛行機を降りてからレンタカーの鍵をもらうまでの4時間半が一番疲れる時間だった。

三芳レンタカーの鍵をもらったのが9:45AM、それからスーツケース2個とキャリーバック一個リュック1個、ショルダーバックを車に乗せて車庫を出たのがちょうど午前10時だった。昨晩から一睡もしていないのと東京都内の首都高速は乗り慣れていないのでかなり運転には不安があったが、東京都から埼玉県に入り上越道に入った頃に1回目の睡魔が訪れた。眠気を感じたらすぐにパーキングで休むつもりでいたのですぐ先にあった甘楽PAに入った。そこでお茶や水を買って水分補給をし、シートを倒して少し目を閉じて休んだ。三芳レンタカーの鍵をもらったのが9:45AM、それからスーツケース2個とキャリーバック一個リュック1個、ショルダーバックを車に乗せて車庫を出たのがちょうど午前10時だった。昨晩から一睡もしていないのと東京都内の首都高速は乗り慣れていないのでかなり運転には不安があったが、東京都から埼玉県に入り上越道に入った頃に1回目の睡魔が訪れた。眠気を感じたらすぐにパーキングで休むつもりでいたのですぐ先にあった三芳PAに入った。そこでお茶や水を買って水分補給をし、シートを倒して少し目を閉じて休んだ。それからスタバに入りコーヒーを買って再出発した。次に入った横川SAでもトイレ休憩。その後も睡魔とトイレ休憩で何度もPA、SAに立ち寄った。

東部湯の丸SAまでは天気も良く信州の山には雪がうっすら残り、高速道路の脇の山肌にはまだ桜が残っていて、美しい日本の風景に心の安らぐ感覚を覚えた。そして長野県から新潟県へ入ると天空は暑い雲に覆われまだ冬空とさえ感じるもようだった。

そして新潟県から北陸道に入り富山県の県境を越えた時にこのコロナ禍の影響でどうしても穏やかでいることが難しい日々から解放されるような感覚を覚えた。

ぽんこつマンの日本の居住地は富山県西部にあるが、途中までの眠気もこの頃にはすっかり消えていた。自宅に戻りその足でレンタカーを返しに出かけた。返却した時刻は18時頃だったので24時間の予約であったが、多少の返金もあった。

そもそもは羽田から全日空の国内線で富山まで乗り継ぐつもりだったが、理屈がよく分からない日本到着後14日間公共交通機関不可という日本政府の要請のせいで、乗り捨て料金含めたレンタカー代約35,000円高速道路代約15,000円ガソリン代約5,000円の無駄な出費が出た。バンコクでの出国前72時間以内のPCR検査は、日本政府の要請する書式の証明書を発行してくれるサミティベート病院で4,500Baht=約16,000円も含めるとザッと7万円以上の不必要な出費がかかったことになる。

タイ人がタイへ帰国する時は16日間の隔離費用は対政府が全額負担だが日本ではこのコロナ禍で掛かる本来不要な出費を政府は一切負担してくれない。タイでの消費税にあたるVATは7%日本の消費税は10%と高額なのになぜ公共の福祉にお金がまわっていないのは、やはり政府がまともなアプリひとつも運用できないボンクラで何でも丸投げ外注、費用の精査もまともにできないザル予算編成だからだろうか。

数日前、タイ政府が7月からプーケットでそして10月からバンコク、チェンマイなどでワクチン接種者の入国制限を撤廃するという話を聞いた。実際のところはたしてそうなるのかどうかはタイのワクチン接種状況によるのだろうが、未だ日本にはワクチンパスポートの動きは全くない。次の新たな感染症に対する備えも検討すらできない今の日本政府に失望が増すばかりだ。