Covid-19に罹患して(エピローグ1)④

2022年4月20日、Covid-19にかかってから1ヶ月目、ぽんこつマンは4月4日に受けたコロナ完治後のPCR検査で陰性とはならなかったことで日本への一時帰国を4月26日に変更せざるを得なくなっていた。さらにコロナ治療をおこなってくれた病院の話によるとPCR検査が完治から3ヶ月経過しても陰性にならないケースもあるとの説明を受けていたので、ぽんこつマンは厚労省規定の日本入国時の陰性証明書フォームに新たに追加された検査方法である定量抗原検査のことをネットで調べた。

ネットでは、Covid-19罹患者の場合PCR検査より定量抗原検査の方が陽性にならない確度が高いこと、バンコクではDYMクリニックというところでその定量抗原検査をおこなっていること、そして費用が2500バーツとPCR検査より安価である事などを知ることができた。

ポンコツまんは、早速DYMクリニック(https://dymclinic.com/th/)に電話で問い合わせたところ、確かにCovid-19罹患者の場合、PCR検査より陰性の確率が高くなるとのことで、24日の出国2日前と20日の事前チェックの2回の予約を入れた。

20日の検査の結果は確かその日の夕方にはメールで連絡があり、陰性であることが示された。24日の検査の結果もその日のうちにメールがやってきて陰性であることが確認された。証明書は検査後24時間後に発行されるので25日にその証明書を受け取りに行った。

24日に検査を終えて、午後3時に4月20日が誕生日というTinderで新たに知り合った女のコとデートの約束をしていた。その娘は毎日仕事を2つ掛け持ちでやっていると言っていたが、遅ればせながら誕生日のお祝いをしようとLINEしたら、24日の朝からの仕事を終えたら午後からの仕事を休んでデートしてくれることになった。

なかなか細身の美形ちゃんだ。待ち合わせは午後3時だったが、午前の仕事で残業を言われて4時に変更してほしいと連絡があった。待ち合わせ場所は誕生日のギフトを買うことにしていたので、ASOKEのターミナル21Mフロアインフォメーション前にした。

彼女が現れたのは午後4時を回って4時半くらいだっただろうか?午後4時5分に今から向かうとLINEが入った。なんでも仕事先から直行すると言ってきた。仕事先はどこかを聞いていなかったから、もしMRTやBTSの駅近くでないとしたらタクシーで来るには大渋滞だからと5時ごろ到着を覚悟したが、4時半ごろに今着いたと連絡があり会うことができた。

最初はお互いぎこちなかったが、しばらく歩きながらプレゼントの話をしたらバッグが欲しいという展開になり、そこから話はスムーズに進むようになった。ターミナル21には、200バーツくらいのバックを売っている店もあるが、極めて高額なブランドバックがあるわけでもなく、タイの若い普通の女のコがそれほど無理せず買える価格帯で人気のLYNというブランドがある。

ターミナル21の1階にそのショップはある。M階からエスカレータで1つ降りると1階2つ降りるとG階でタクシーやモタサイでくるとG階の入り口にはいるしBTSから来るとM階に来ると言った感じで1階にはあまり馴染みがないポンコツマンだったが、そこはインフォメーションで事前チェック済みで、なんとなく彼女とM階で待ち合わせして、LYNのショップのある1階へ導いた。

彼女もバックへの興味はなかなかあるようで、ぽんこつマンが彼女が来る前に事前に品定めしていた可愛い感じのバッグにはさほど興味を示さず、少し王道感がありそうなバッグに見惚れたようだった。彼女には「かわいい」ではなく「キレイ」の形容詞がいいということと理解した。

バッグを色々物色しているうちに、ぽんこつマンが焼肉デートの店と考えていたスクンビット23のYoung Placeというビルにある「焼肉 燦 アソーク店」の予約時間が近づいてきたのでバッグを買って精算を済ませて「タクシーで焼肉の店に行こう」と彼女に言ったら、彼女はなんと自分のバイクでここまで来たと言う。そして2ケツでその店に行こうという。

女のコが運転するバイクの後ろに乗り彼女の腰に手を回す経験は初めてだったが、そこは遠慮せずそうすることにした。そのバイクはASOKE通りに停めてありそこまでは歩いたが、そこから彼女の運転で「焼肉 燦 アソーク店」に着いたのは予約時間5分前の5時55分だった。

ぽんこつマンがその焼肉屋を選ぶ理由は、個室完備していて仲良く女のコとイチャイチャしても誰かに見られる心配がないからなのだ。しかも料金もそれほど高額にはならない。

肉を食べるのが好きな女のコは、エロいことが好きな娘が多いとぽんこつマンは思っているが、この娘も焼肉屋で個室でふたりでいるとエロさを醸し出し始めた。バイクで来ているからお酒は飲まないが、肉を食らうたびにエロい会話ができるようになる。

彼女は妹(血の繋がりのない)と同居していて彼女を呼んでも良いかと聞いてくる。かわいい娘なら大歓迎なのだがブスだったら上手く話を丸めて、切り上げるに越したことはないということで呼んで良いよと答えた。しばらくはふたりきりだったが、1時間半ぐらい過ぎた頃にその妹君がやって来た。写真をとるほどの娘ではなくいうとかわいそうだがぽんこつマンの守備範囲では無い感じのおブスな娘だった。

彼女にも肉を新たに追加して食べさせているうちに、個室利用の制限時間が近づいてきて程なくその店を出ることになる。そして今度は3ケツで同じくスクンビット23のクラフトビアバーのCRAFT 23に向かった。ぽんこつマンは3ケツの真ん中で女の子にサンドイッチされた状態。この経験は今後もなかなかないだろうと思った。そのCRAFT 23では妹君とぽんこつマンがビールを飲み、彼女はミネラルウォーターを注文する。1時間ほど会話して、その日はそこで解散することにした。

そしてぽんこつマンはその足でソイカウボーイのBaccaraに向かった。コロナにかかる前もBaccaraはレストランとして営業していて、2階ではGoGo嬢がいつの間にか踊るようになっていて、気に入った女のコを呼んでエッチなことができるようになっていた。

ぽんこつマンがBaccaraに入った時間は9時を回っていたが、ひとり気になる女のコがいて彼女をずっと長い間侍らせて飲んでいた。キスOK、おっぱいやお尻を揉み揉みOK、LINEの交換もして明日の夜彼女が休みであることも聞いた。もし時間が合えば、ラムカンヘンのナイトマーケットで会う約束もした。3時間はいたと思うが。ママがやってきてそろそろ閉店するというので精算して帰ることにした。かなりの酒量だったのでその日はゆっくり休むことにした。

翌日の朝もまだ酒が抜けきっていないので午後から26日タイ出国の荷物作りをすることにした。なんだかんだと25日の夕方一杯まで掛かって荷造りを終えた頃、以前に会って何度か部屋に呼んでセ◯クスする関係になっている娘からLINEが入ってきた。ぽんこつマンは11月以来彼女には会っていなかったので彼女の都合をその場で確認すると、今から部屋に来れるという。19時に彼女が来るというので、しばし彼女の到着を待つことにする。18時50分ごろ、昨晩Baccaraで知り合った女のコからこれからラムカンヘンのナイトマーケットに友達と行くと連絡が入ったがその時点では既に先約があったので、残念だったがBacaraの女のコとのデートは日を改めてということにした。

19時に待ち合わせした女のコがコンドに着いたとの連絡が入り、1階まで彼女を迎えに行く。部屋に直ぐに戻って再会を祝って軽くビールで乾杯をする。肩を抱き彼女の頬にキスをする。彼女はあまりお喋りな方ではないが肌がきれいなところがぽんこつマンは気に入っていて、いつかコスメを一緒に買いに行こうと昔言っていた。だがまだ実行できていない。

しばらくソファーでビアチャンを1本開けるまでいたが、そのうち彼女がトイレに立った。そしてトイレから帰ってくるなり、ベッドでのボディーランゲージを訴えかけてきた。ぽんこつマンはその誘いに直ぐに乗り、ふたりでシャワーを浴びた後に、ベッドで彼女のキメの細かい白い皮膚にたくさんのリップを浴びせた。

最初は彼女が下になっていたが、しばらくして彼女は上になり、ぽんこつマンの肉茎に口を近づけ入念なフェラチオを始める。ぽんこつマンは69の体勢になり彼女の肉襞とその上にあるクリトリスに愛撫を加える。

彼女はベッドの脇に置いてあるコンドームをとり、ぽんこつマンのイキリたった逸物に装着した後、女性上位で挿入を始める。ゆっくりとぽんこつマンの肉系は彼女の秘部にある膣宇宙に吸い込まれていく。完全に根元まで入ったところから彼女は膝を使い上下左右にぽんこつマンの肉茎に刺激を与える。ぽんこつマンも彼女の膣の奥にあるポルチオに向けで腰を使って亀頭を当てるようにする。5分ほどの騎乗位の後、彼女が背中をベッドに倒しぽんこつマンが上になるよう誘ってくる。足を上手く入れ替え、彼女の両足を高く持ち上げて屈曲位で彼女のポルチオを突く。彼女の顔が脳天までに走る快感で歪む。片足を下ろして帆掛船からもう片方の脚も下ろしてぽんこつマンは彼女の背後に周り側背位そして彼女の腰を持ち上げドギースタイル。一旦肉棒を引き抜き最後は正常位で彼女の身体を抱き締めながら腰を使ってのピストンでフィニッシュを迎えた。

終わった後のベッドでもう一度彼女のきめ細やかな白い肌に何度となくキスをした。コンドームを外し今度は別々にシャワーを浴びて、体の外に出た体液を洗い流してベッドでしばらくゆっくり過ごした。

彼女の部屋での滞在時間はおよそ3時間、22時ごろに彼女は帰って行った。ぽんこつマンはこの激しいセ◯クスに心地よい疲れを感じていた。22時半ごろBaccaraの彼女からまだナイトマーケットにいるとLINEが、ぽんこつマンは1日ふたりの女のコと濃厚接触する気になれず、次回また会いましょうと連絡した。

26日は夜9時ごろバンコクを出発し羽田に翌朝5時台に到着する便なので、朝からコンドを出発する午後6時頃までは部屋でゆっくりすることができる。そんな26日の朝に、24日に焼肉デートした女のコからLINEで空港まで見送りたいと連絡が来た。

ぽんこつマンはすーつけーすを3個、ハンドキャリー1個、デイパック1個、ショルダーバッグ1個の大荷物を空港まで運ぶので、Grab carのSUVを事前予約する。その後で彼女からの連絡だったので、空港までの見送りはいらないと返した。すると、今からぽんこつマンの部屋に来てしばしのお別れの挨拶をしたいというのだった。ぽんこつマンは、なるほどぽんこつマンにもう一度プライベートで逢いたい、ということなのだと察した。そしてコンドを出るまで部屋で過ごすのなら良いよと返した。

そして彼女は、お昼を過ぎて2時近くにぽんこつマンのコンドまでやってきた。1階のロビーに彼女を迎えに降りて部屋まで案内する。冷蔵庫にコーラがあったのでコーラを注いで彼女に渡しソファーで身体を寄せ合い座った。コーラはお互いひと口ふた口飲んだところで彼女がぽんこつマンに抱きついて来た。その勢いでぽんこつマンは彼女の首筋にキスをした後、彼女の目を一回見て彼女がぽんこつマンを今欲しがっていることがはっきり見てとれた。

そして二人はソファーでディープキッス、そしてぽんこつマンは彼女の服の上からのオッパイへの愛撫、パンティーの上からの秘部への愛撫を繰り返し、やがて衣服を剥ぎ取りブラのホックを外しパンティを降ろそうとした時に、彼女が「シャワー」と小さな声を発した。

ふたりは手を取り合いベッドルームに向かいまだ体にまとわりついているものを全て脱ぎ去り、シャワーブースに向かった。シャワーブースではお互いの身体を洗い合いながら、ディープキッス。彼女の手はぽんこつマンの肉棒を握りしめポンコツマンの手は彼女の秘部にある小さな突起に中指で刺激を与えながらのきつい抱擁。

お互いの体に残っているボディーソープの泡をあらためて流して、シャワーブースでは立位で軽く生挿入。2分ぐらいの立位の後、もう一度身体をシャワーで流してベッドに向かう。ベッドではもうふたりはお互いを激しく求め合った。69での君にリングスとフェラチオの応酬。全身へのリップ。そしてまずは背後からの後側位、片脚をもちあげての後側位から肉棒を抜くことなくぽんこつマンの身体を彼女の前に入れ替えての前側位。総意からのスタートはスローセ◯クスのスタートには欠かせない体位だ。

5分ほどのスローな側位でのピストンの後一度肉棒を秘部から抜くと、彼女はドギースタイルになって後背位での挿入を求めてくる。今度はぽんこつマンがその突き出した尻の間にある肉襞を探り亀頭を少し埋めると「うっっ……」と軽いしかしながら悦を得たような喘ぎ声を漏らす。ぽんこつマンは一旦亀頭を膣口まで戻し、大陰唇の内側とクリトリスを撫で廻すようにした。即座に「うぅっん」と発しと今度は、深い挿入の催促なのだろうか?

ぽんこつマンはそこからもう一度亀頭を膣口に入れて、そこから一気に奥へと突き上げた。ゆっくりひき出し素早く突く。たまに奥で亀頭を止めたまま腰のグラインドを入れると、子宮口のコリッとした感覚が亀頭に伝わる。ぽんこつマンはその感覚がとても好きだ。

徐々にピストンの動きを加速して行くと、彼女は四つん這いの手を折りベッドに顔を埋めて荒い息を始める。悦楽信号が脊髄を走り0.2秒と言われる反射速度より速く脳幹に届いているように突き上げるたびにベッドに横に落とした顔が歪むのが見える。横になった身体の上になる手をぽんこつマンと繋ぎ、体の下にある手で自分の口を強く抑えて漏れ出す悦びの嗚咽を打ち消そうとしている。

彼女の身体はずいぶん反応が良いようだ。多分セ◯クスが無い生活を抑制できないくらいに身体が開発されているようだった。ぽんこつマンは後背位から彼女の片脚を持ち上げ松葉崩しの体位、そして彼女を仰向けにしてから正常位で身体を寄せ合いながらピストンを繰り返す。彼女の手がぽんこつマンの腕をアザができるのでは?というくらい強く掴む。

最後は彼女の両脚をぽんこつマンの両肩へ持ち上げ両膝を彼女の肩の左右の位置に押し当てた屈曲位で上から下へ肉棒を突き下ろす。彼女は空いた両手で激しく込み上げる嗚咽を漏らさないように口を覆っている。

アクメが訪れる時に口を抑えてその時にどうしても出てくる喘ぎ声を抑えようとする女の子の仕草は、ますますぽんこつマンを興奮させる。屈曲意を解いて伸長位で膣口から1〜3cmのあたりにあるといわれているGスポットを擦り上げるように下から上へ肉棒を突き上げる。

亀頭上部の首れた部分が彼女の膣の上壁を擦り上げることでぽんこつマンもかなり快感を感じることができる。彼女は腰をくねらせアクメがすでに訪れているかのような感じになっている。ぽんこつマンは彼女の首筋、耳たぶ、脇、そしておっぱいの左右の付け根にあるといわれているスペンス乳腺辺りを入念にリップと舌で愛撫を加える。彼女がのけぞる。ぽんこつマンは羽田方の手で彼女の背中を抱き、もう一方の手を臍の下5cmあたりの子宮が埋もれている腹部に指でトントントント刺激を与える。彼女ののけぞっている時間が徐々に長くなる。

フィニッシュはほぼ同時に訪れた。彼女の腰からお尻がひくひく痙攣して来た時、ぽんこつマンは肉棒を一気に抜き、先程まで指で刺激を与えていた彼女の臍の下5cm辺りに生死を一気に発射した。

身体を一つにしていた時間は、だいたい30分くらいだろうか。フィニッシュを迎えて身体は離れたがベットにふたり手を繋いで静かに30分ほど横たわって時折キスを交わす。コンドを出発する予定の時間まで1時間を切っていた。

ふたりでもう一度シャワーを浴びてまたキスをする。バスタオルでお互いの身体を拭きあってゆっくり服を着た。Grab carの予約時間まで10分となったので、大量の荷物を彼女に手伝ってもらって1階のロビーまで下ろした。コンドの管理室に部屋の水道は栓を閉めてもらうよう依頼して、ふたりはコンドのロビーにあるソファーに腰を下ろしてGrab carの到着を待った。そして空港に送りに行きたいと言っていた彼女に、無理しないで自分の家に戻ってと伝えた。

Grab carの種類はSUVでこれまではトヨタフォーチュナーが多かったが今回はトヨタイノーバのようだった。運転手が降りてきて荷物を後部のスペースに乗せてくれる。ぽんこつマンは最後に彼女の手をしっかり握り、キスをした後抱擁してGrab carに乗った。彼女も一緒に乗り込んだ。

そして彼女は運転手に近くの エアポートリンクの駅まで言ってそこで降りたいと伝えていた。運転手は少し戸惑っていたが快く車を動かした。駅の近くの踏切で車は停まり、彼女が降りる。彼女が手を振る。ぽんこつマンも手を振る。空港に着いたらLINEすると言い残して彼女とその場で別れた。

出国前の数時間に思いがけない激しいセ◯クスをする経験は、マニラでオロンガポ出身の女のコと2日間幾度となく激しく身体を重ね、愛し合った時以来だった。そのような気怠さを全身に感じながら国際線の搭乗を迎えるのはもうないだろうとさえ思っていたが、今回その機会が再び訪れた。

Grab carは、いつものラマ9世通りではなく、パタナカーン通りを東に進んだ。運転手に聞くと今の時間はラマ9世通りは渋滞である程度パタなカーン通りを東に進んでからラマ9世通りに入った方が早く空港に着けるという。次回彼女と会う時にはセフレの関係で会えるのだろうか。そんなことを思いながら彼女との激しいセ◯クスを思い起こしているうちに30分もかからずにスワナブーム空港に到着した。

かつては全て空いていた入場ゲートは、コロナのせいで手前遠くの2箇所だけになっていて、荷物を下ろしてチェックインカウンターまで先ほどのセ◯クスでダル重くなっている身体で歩く。チェックインカウンターに着いたのはカウンターがオープンする6時過ぎまでまだ30分ほど時間があったが、すでにエコノミーの列には10人程度の搭乗客がカウンターのオープンを待っていた。

ぽんこつマンはスターアライアンスゴールドメンバーなのでビジネスチェックインに進む。まだ誰もいなかった。チェックインの時間まではスマホゲームで時間を潰す。カウンターがオープンして大量の荷物を預けセキュリティーチェック、イミグレーションを通過してまずはラウンジへ向かう。前回はタイ航空のラウンジは開いてなくてミラクルラウンジのみだったがCゲートまで行くと今回はミラクルラウンジが工事中でタイ航空のラウンジが空いているようだった。搭乗ゲートはC2だったがタイ航空のラウンジはDの真ん中にあり、またかなりの距離を歩かなくてはならなかった。

ようやくタイ航空のラウンジに入り食事をしようと思ったが、前回のミラクルラウンジよりぽんこつマンが食べたいと思うものが少ない。ほぼタイ料理でパスタとかの洋食系は無い。しょうがないのでトートマンクン(エビのすり身揚げ)を6個とってあとは白ワイン。バーはラウンジの端にあり、食事を選ぶことが出来るラウンジ中央部とはかなり離れている。

ぽんこつマンはバーのあるCゲートに近い出口側に席を取った。ワインを飲み少し落ち着いてから先程まで激しく絡み合った彼女にLINEをした。そして搭乗時刻が来るのを静かに待った。

タイ航空ラウンジを出て気づいたことがある。ミラクルラウンジはCゲートの入り口にありまずそこへ向かったが工事中でもう一度Dゲート中央まで戻ってタイ航空ラウンジに辿り着いたが、最初からミラクルラウンジが工事中と知っていれば、イミグレを出て(写真)スワナブーム空港①がDゲート中央なのでそのまま下に降りればよかったと言うことだ。チェックインの時にラウンジ情報を確認しなかったことが結局かなり遠回りの原因だった。

ANA便は定刻に出発。羽田空港にはやや予定より早めに着いたが羽田空港の検疫の事情でまたかなりの距離を歩く羽目になる。この後の自宅までの道のりは次の記事に書くことにする。

2021年11月6日バンコクに帰る。(タイ入国1週目)

今年の4月に日本に戻ってから10月にはバンコクに戻る予定を立てていた。昨年タイに戻った時は12月でANAの定期運行が再開されたので溜まったマイルで航空券を手に入れて14日間(実質は15泊16日)のASQ隔離を経ての入国だったが、今年はもうあのASQ隔離を避けるべく、ネットでの情報をあてにして7月1日にプーケットのサンドボックス、7月15日にはサムイのサンドボックスが始まり、10月1日はパタヤのサンドボックスが始まることを期待しての渡航予定だった。

プーケットは日本からの定期便がなくシンガポール航空での乗り継ぎが必要で70KG近くの荷物を持っていくためにはいくらスターアライアンスゴールドメンバーで20KGの荷物追加がOKといえども相当な追加料金(片道の航空券代より高額)がかかることが分かり、サムイのサンドボックスはサンドボックス利用の最初の1週間が1泊20,000円~45,000円ほど掛かるホテルの利用に限られていてどちらのサンドボックスプランもぽんこつマン向きではなかったので断念した。

しかしながら、タイ政府からの新たなサンドボックスの発表がないまま10月半ばになっていきなりタイの首相が特定の国に滞在しているワクチン2回接種済み者に対して11月1日からの開国をプレスに対して話したことから、一気にぽんこつマンのタイ渡航が改めて現実になってきた。

11月の最初は何かと混乱も多いだろうと当初は11月13日(土)を渡航予定日にしてまたもやANAの特典航空券で予約を作った。タイ首相のプレスへの開国プランをタイ政府が正式決定したプランは、日本を含む63カ国に対して1泊のみの宿泊を義務付けるTEST & GOと名付けられた。プランが発表された当初はバンコク、パタヤを含むチョンブリ県の一部がプーケット、サムイエリアと同じブルーゾーンに指定され、出発72時間前までのPCR検査陰性証明、5万米ドル以上のCOVID-19疾患も含む治療補償を伴う保険加入、SHA+あるいはAQ(隔離)ホテルの空港からの送迎並びにタイ到着後のPCR検査がセットになった宿泊プランへの支払済み証明、そして新たな制度として始めるタイランド・パスあるいは10月31日までに発給されたCOEがあれば入国可能とするという形になった。

タイランドパスの申請は11月1日から始まるが承認が出るまでは1週間程度かかると在京タイ王国大使館の発表があり、11月1日から10日までに渡航を予定するものはかつてのCOEの発給を受けての渡航も可能との発表もあった。

そこでぽんこつマンは昨年申請経験のあるCOE発給を受けての渡航に切り替え、出発日を1週間前倒しにして11月6日に変更したのだった。ANAの特典航空券は特典用の空席がある限り予定変更は自由にできるし、スターアライアンスゴールドメンバーはエコノミーでも23KGまでの荷物が3つまで運べるので都合がいい。保険は昨年は東京海上の海外旅行保険だったが、今年の計画は6ヶ月近くの滞在になるので10万円を超えてしまう。その時タイへのインバウンド旅行保険をタイのAIGが引き受けていることを知り、料金を調べたところ180日までで14,000バーツちょっととかなり安く上がることがわかった。

1泊のTEST & GOプランの宿泊先はぽんこつマンが探し始めた10月25日以降ではバンコクではまだ10件程度しかなかったが、今はかなり増えていて選択肢が充実してきている。ぽんこつマンがそのプランを予約したサイトは、https://asq.in.th というサイトで背景が黒で見かけ怪しいが、Park Plaza Bangkok Soi18というホテルをこのサイトから予約することができた。

予約情報がホテル側に流されて、その後部屋のグレードを訪ねるメールが来た。1泊だけなので眺望などどうでも良かったので一番安い値段の部屋でいいと伝えたら、次にホテルへの支払いのサイトへの誘導URLがメールで送られてきた。タイの銀行への送金かVISA,Masterのどちらかのクレジットカードが可能とあったのでクレジットカードでの支払いを選択し実行した。その後すぐにホテルのリザベーションから改めてメールが来るというメールが来て数日放置された。

出発の日程が迫って来る。もしかして詐欺サイト?と思ったがホテルへ電話とメールで既に支払い済みなので支払い証明を送って欲しいと2回ほど連絡をした。1回目の電話では、今は予約が混んでいてもう少し待つよう言われた。さらに2日待ったがメールが来ないので2度目の電話とメールを送ったらその日の深夜ようやくコンファメーションレターが届いた。なんと出発の3日前の深夜であった。

出発の2日前はPCR検査、出発の1日前に陰性証明書を受け取りぽんこつマンが住む地方の空港まで荷物を運ぶためのレンタカーを借り受けに行く。翌朝の地方空港からの出発時刻は07:10AMだから空港には06:00AM には着いておきたい。そして荷物を下ろしレンタカーを空港で乗り捨てにするのだ。レンタカーはトヨタレンタカー。同一県内は乗り捨て料金がかからない。

これから先は予定通りに進んだ。スーツケース3つは地方空港からバゲージスルーでバンコクでの受け取り。羽田空港で11:10発のバンコク行きに乗り込んだのは10:45頃、定刻に飛行機はゲートを離れ、バンコクへのフライトが始まった。

バンコクスワナブーム空港への到着も定刻通り。到着ゲートから入国審査場までの途中にいつもの青い椅子の待機場。ほとんど待たされることなく書類のチェックがあって、その先にTHAI PASSと書かれた特設チェックポイントがあった。パスポートと一式の書類を確認して無言のまま先へ進めと促される。ぽんこつマンはその時すっかり失念していたが、空港に着いたらモーチャナというアプリをダウンロードしておかなければいけなかった。後でまた触れるがそのアプリをダウンロードしたのは1泊後の朝ホテルを出る時だった。

あまりにもスムーズに進み、入国審査後預け荷物をピックアップしてカスタムを通過して到着ロビーに出ると、どこのホテルかと訪ねるタイ人がいてその人にホテル名を伝えるだけで、次は空港から病院を経由してホテルへ送り届けてくれる車まで案内される。 病院はPAYAVATE Hospitalという病院でラマ9世通りに面した私立病院。車から降りることなく窓を開けて顔を出し、その場で鼻グリグリ。あっという間に検査も終わりホテルへチェックイン。これも昨年よりかなり短い書類チェックだけ。ここでもモーチャナをダウンロードしているかのチェックは無かった。ホテルでの夕食は3つの中から選ぶ。ぽんこつマンはパッポンカレーを選んだ。昨年のASQホテルよりフルーツが充実していたが、特筆すべきほどでは無かった。

やはりAQホテルは、改装しなければ客を入れられないような部屋またはホテルを使っているのかという感想を持った。部屋に入ってしばらくして夕食がきた。エアコンがあまりに寒いので消したいとフロントへ電話しようとしたがフロントへかけるにはどうすればいいかの説明もない。大概はゼロだけをダイヤルすれば出るはずだがしばらくは誰も出ない。従業員を最低限いかに削っているに違いない。改めて時間を置いてかけ直したら10コール目くらいにようやく出た。

このままコロナが治らなかったらこのようなAQホテルが改装しないまま、営業することになるのだろうかと不思議に思った。フロントでチェックインの時にホテルのLINEアカウントを入れていたが、既に眠ったの深夜1時頃にバンコクでのPCR検査も陰性であるとの連絡が入っていた事を朝目が覚めて知った。朝食を午前7時に予約していたので食事を早々に済ませ、チェックアウトする。

その時に6〜7日後に行うAKTキットを受け取った。そして初めてモーチャナというアプリを開くよう言われた。そのモーチャナというアプリにはTHAILAND PASSコードを入力するようになっていたが、COEで入国したぽんこつマンには予めのコードは無く、入国の翌日になってアプリをいじっていてようやくそのコードを入手できたのだ。ホテル側はそのモーチャなアプリの情報を政府のシステムに登録すると言っていたが、ぽんこつマンのモーチャナの2次元コードはオレンジ色でミドルリスクと表記されている。やはりワクチン2回接種して日本でもタイでもPCR検査陰性でもリスク表記がミドルリスクはおかしいと思うが、これで何か制限があるわけではなさそうなので、放っておくことにした。

Grabで配車を頼み、ぽんこつマンの今度に向かう。部屋に入ったら電気が完全に落とされていて、冷凍庫に入れてあった食材、冷蔵室の缶コーラや缶シュエップスが破裂してカビだらけになっている。中にあるものを全て廃棄して掃除したがカビがファンのモーターにも入り込んでうまく冷えなくなっていた。3年も使っていない冷蔵庫が壊れてしまっていた。結果、新しく冷蔵庫を買う羽目に合う。その日は止むなく日本から持ってきたカップヌードルの夕食、アルコールも買いに行くのが面倒になったのでそのまま寝ることにした。

翌日8日朝10時にラマ9にあるホームプロに出かけ新しい冷蔵庫(Panasonic)を買ったが配達は12日(金)の午後ということで、その週は冷蔵庫なし。毎日外出して飯を食うことになる。元々Tinderで知り合った女の子と食事デートを考えてはいたが昼も夜もとなると意外と面倒だ。昨年知り合ってガールフレンドとしてセックスする関係になっていた女の子とは連絡がついて何度か部屋に来てくれた。おかげで性的欲求は満たされた。彼女は夕方には仕事であるエロマッサージ屋に出勤する。一緒に部屋を出てぽんこつマンは一人飯を食いに行く。そしてその後はバーに行く。

ナナプラザのあるスクンビットsoi4のモーニング&ナイトはヒラリーグループで既にSHA+のレストランとして営業許可を得ていた。しかし酒の提供は午後9時までで10時には店を閉める。かつてここで働いていた女の子に連絡を取ったら「今はSoi7のバービアで働いている」と言っている。そこは腕に営業しているという情報は掴んでいたが流石に不法営業なので週末ではなく月火あたりに覗いてみることにする。

パタヤサンドボックス計画の 正式発表を待つ間に開国予定の発表あり

いよいよタイへ戻る日程が3週間ちょいになってきた。COEの申請書類はタイでの最初の1週間のホテルを予約すれば全て揃うのだが、ワクチン接種2回摂取したワクチンパスポートも持っているのでAQホテルの一っ週間隔離よりは、サンドボックスでの隔離免除滞在がありがたい。

今日2021年10月10日現在、サンドボックスで利用可能なのはプーケット、サムイ、クラビ、パンガンの4箇所だけになっているが、プーケットには日本からの直行便はなく、バンコクでの乗り継ぎも認められておらずただ唯一シンガポールでの乗り継ぎのみでしか許されない。サムイにはバンコクでの乗り継ぎが認められているようだが、ぽんこつマンが持っていく預け荷物がトータル70KGくらいになるので規定より48KGオーバーとなれば1KGあたり180バーツのオーバーウェイトチャージが発生し、片道8640バーツもかかる事になり往復で17,280バーツの出費はあまりにも無駄金になる。

やはり、パタヤのサンドボックスが11月1日に開く事が早く決定し、オンラインCOE申請にその項目が追加されることが必要だと思った。そんなこんなで毎日のように在京タイ王国大使館のホームページを開くが情報が更新される気配が11月10日なっても無かった。

するとどうだ。その翌日あたりにプラユット首相がテレビの会見で11月1日からコロナ低リスク国の外国人に対して開国すると発言したらしく、ネットで話題になっているではないか。プラユット首相が発声した国名の中には日本は無く、イギリス、アメリカ、中国、シンガポール、オーストラリアの5ヵ国だけだったが、ネットではきっと日本はその低リスク国に入るはずだという楽観的なコメントが多く上がっていた。勝手に思い込んでいるだけだがぽんこつマンもその話に乗っていくしか気持ちを持っていく場が無いくらい、ここのところ情報の更新がないのも事実だった。

10月1日からのワクチン2回摂取済み者には7日間の隔離短縮の発表が9月27日にあった時は、在京タイ王国大使館はオンライン申請を一時的にペンディングしたらしく申請条件の追加項目を急いで出発日時優先でCOE発給を行ったらしい。オンラインの申請には最低7営業日を空けておかないと発給を保証しないと領事部が話していたので、14日の隔離を7日に変更するには出発日を後ろに変更して改めて再申請する事になった人も多かったと思う。

ぽんこつマンの場合は、11月3日を渡航日としてPCR検査や航空券の手配をしているため、10月22日までに日本の渡航者に隔離なしの渡航が認められないなら、渡航予定を後ろにずらしてPCR検査や空港までのレンタカー、航空券の搭乗日変更を行う必要がある。

せめて来週月曜くらいにパタヤサンドボックスが決定していればそこを予約するのもありと思っているが、パタヤはプーケットやサムイのように島では無くタイ本土なのでどうやって渡航者をパタヤ内に留めて置けるかということの難しさを考えると前に進まなくなることもあり、プラユット首相が低リスク国の渡航者かつワクチン2回摂取者に隔離なしの入国を認める方向へ舵を切ったと思われる。

というわけでサンドボックスという制度ではパタヤはおろかバンコク、チェンマイも事実上外出の境界を設定できないので、開国が11月1日になるかどうかはかなり微妙だがもし開国となればCOEを押し寄せる渡航希望者全員に発給する事になれば領事部職員が24時間働いても追いつかなることが予想されるため、COEというドキュメントも不要とせざるを得なくなるだろうというネットの意見にぽんこつマンも同意する。

何はともあれ、面倒な手続きが少しでも減ってコロナ前のように気楽に渡航ができる日が来ることを願わずにはいられない。なんとしても1日も早くタイマッサージをタイで受けたいものだ。

2021年コロナ禍の中、タイからの一時帰国

2020年12月にタイへ入国し16日間のASQホテル隔離を経て4ヶ月が過ぎ、日本出国前に契約していた4ヶ月間の海外旅行保険が切れるので日本に再び戻ることにした。タイ、スワナブーム空港を出発したのは全日空の深夜便で翌早朝に羽田に到着する便だった。

航空機の中は20〜30人程度の乗客しかいない感じだった。羽田空港に到着したのは日本時間の5:10AMだったが、15分ばかり上陸を待たされた。その後ようやく上陸が開始されたが、ブリッジを渡りゲートに出たら、検疫官がいてコロナの水際対策として追加された条件をクリアしているかのチェックを受け、羽田空港でのPCR検査の結果を待って初めて入国が許される。

搭乗口から別のゲートロビーまで進むように指示され空港の端から端まで歩かされていくつものゲートラウンジで行われているアプリチェックや、機内で書かされた健康申告書や誓約書、搭乗に必要とされたタイ出国72時間以内のPCR検査陰性証明書(日本政府指定のフォーム)のチェックなどの検疫担当のほとんどが中国語訛りの日本語を使う係官に違和感を感じた。

名札をつけているが氏しか記載がなく中国人にありがちな氏ばかりだったので、厚労省が人材派遣会社に丸投げして集めた臨時係官だったのだろう。それにしてもほとんどが日本語留学生と称して日本に入国し不法就労しているであろう中国人を雇っているとしたら入管法違反行為を厚労省検疫所が犯していることになるのではとさえ思えた。

唾液による羽田空港でのPCR検査に向かう最後のチェックポイントでそこの臨時係官に「あなたは中国国籍か」と聞いたら「はい、そうです」としれっと答えていたが、共産国である中国人の中にはスパイがいてもおかしくないはずなのに、コロナで仕事を失った日本人の雇用をしていないのかが不思議でならなかった。

入国審査を済ませ税関を通過して到着ラウンジに出たのは6:20AMだったので概ね1時間ほどで水際対策のためという何重ものチェック(ハッキリ言って効果があるとは思えない無駄だらけの体制)が終わったが、ぽんこつマンの日本の自宅は羽田空港から400KM以上離れた所にあるのでレンタカーを借りて移動する予定だった。

レンタカーはあらかじめ予約していたがレンタカーのカウンターが開くのが8:00AMということなのでその時間になるまで待たないといけなかった。その間70歳以上の老人5〜6人のグループが、早速タクシーを拾って帰ると話していて先程誓約書で誓約した公共交通機関を使わないという制約を破って帰宅する人を多く見かけた。

ぽんこつマンも外国を出発前72時間以内のPCR検査と日本到着時のPCR検査の両方で陰性が確認されている帰国者の到着24時間以内の公共交通機関の利用が不可となるのか全く理解できない措置だと思っているが、誓約を最も簡単に破っても何の罰則もない方が今のような有事の際の制度として問題ではないかとさえ思う。

他にも国際線で到着した入国者が京急線やモノレールの駅に向かって移動している数組見かけたが、お願いベースでは警察が取り締まることも、駅員が乗車拒否することもできないという誓約書をすぐに破る事など平気な制度は無意味だと思う。

ぽんこつマンは事前に予約しておいたレンタカーの受付が開く午前8時まで到着ラウンジの充電ベースのある椅子に腰掛けて休んでいた。バンコク〜羽田のフライト時間は今回は5時間余りなので不眠症のあるぽんこつマンには深夜便で仮眠を取ることも難しい。飛行機の座席は非常口の窓側を指定していたので、離陸後にモニターを肘掛けから出して映画を見る。2本見終えると大体4時間でやがて飛行機は着陸態勢に入っていく。そうして畿内では一睡もしないで飛行機を降り、空港内を端から端まで歩き回され返って飛行機を降りてからレンタカーの鍵をもらうまでの4時間半が一番疲れる時間だった。

三芳レンタカーの鍵をもらったのが9:45AM、それからスーツケース2個とキャリーバック一個リュック1個、ショルダーバックを車に乗せて車庫を出たのがちょうど午前10時だった。昨晩から一睡もしていないのと東京都内の首都高速は乗り慣れていないのでかなり運転には不安があったが、東京都から埼玉県に入り上越道に入った頃に1回目の睡魔が訪れた。眠気を感じたらすぐにパーキングで休むつもりでいたのですぐ先にあった甘楽PAに入った。そこでお茶や水を買って水分補給をし、シートを倒して少し目を閉じて休んだ。三芳レンタカーの鍵をもらったのが9:45AM、それからスーツケース2個とキャリーバック一個リュック1個、ショルダーバックを車に乗せて車庫を出たのがちょうど午前10時だった。昨晩から一睡もしていないのと東京都内の首都高速は乗り慣れていないのでかなり運転には不安があったが、東京都から埼玉県に入り上越道に入った頃に1回目の睡魔が訪れた。眠気を感じたらすぐにパーキングで休むつもりでいたのですぐ先にあった三芳PAに入った。そこでお茶や水を買って水分補給をし、シートを倒して少し目を閉じて休んだ。それからスタバに入りコーヒーを買って再出発した。次に入った横川SAでもトイレ休憩。その後も睡魔とトイレ休憩で何度もPA、SAに立ち寄った。

東部湯の丸SAまでは天気も良く信州の山には雪がうっすら残り、高速道路の脇の山肌にはまだ桜が残っていて、美しい日本の風景に心の安らぐ感覚を覚えた。そして長野県から新潟県へ入ると天空は暑い雲に覆われまだ冬空とさえ感じるもようだった。

そして新潟県から北陸道に入り富山県の県境を越えた時にこのコロナ禍の影響でどうしても穏やかでいることが難しい日々から解放されるような感覚を覚えた。

ぽんこつマンの日本の居住地は富山県西部にあるが、途中までの眠気もこの頃にはすっかり消えていた。自宅に戻りその足でレンタカーを返しに出かけた。返却した時刻は18時頃だったので24時間の予約であったが、多少の返金もあった。

そもそもは羽田から全日空の国内線で富山まで乗り継ぐつもりだったが、理屈がよく分からない日本到着後14日間公共交通機関不可という日本政府の要請のせいで、乗り捨て料金含めたレンタカー代約35,000円高速道路代約15,000円ガソリン代約5,000円の無駄な出費が出た。バンコクでの出国前72時間以内のPCR検査は、日本政府の要請する書式の証明書を発行してくれるサミティベート病院で4,500Baht=約16,000円も含めるとザッと7万円以上の不必要な出費がかかったことになる。

タイ人がタイへ帰国する時は16日間の隔離費用は対政府が全額負担だが日本ではこのコロナ禍で掛かる本来不要な出費を政府は一切負担してくれない。タイでの消費税にあたるVATは7%日本の消費税は10%と高額なのになぜ公共の福祉にお金がまわっていないのは、やはり政府がまともなアプリひとつも運用できないボンクラで何でも丸投げ外注、費用の精査もまともにできないザル予算編成だからだろうか。

数日前、タイ政府が7月からプーケットでそして10月からバンコク、チェンマイなどでワクチン接種者の入国制限を撤廃するという話を聞いた。実際のところはたしてそうなるのかどうかはタイのワクチン接種状況によるのだろうが、未だ日本にはワクチンパスポートの動きは全くない。次の新たな感染症に対する備えも検討すらできない今の日本政府に失望が増すばかりだ。

非常事態勅令5回目の再延長で遠退くタイへの再入国

ぽんこつマンはタイでの感染が懸念された3月末までバンコク、チェンマイにノンイミグラントOーVISA(1年毎に更新)で長期滞在していたが、3ヶ月に一度のペースで日本に一時帰国していた。一時帰国の1番の目的は、ぽんこつマンがまだぽんこつになるきっかけになった虚血性脳発作で緊急検査入院となってから退院後もずっと処方される事になった薬が切れないようにするためと勤めていた会社を退職した後の3月の検診で発覚した肺腺癌を放射線で焼き切った後のフォローアップを行うためだった。

前回の日本の医療機関への訪問は1月23日で、次回は4月下旬に予定を組んでいて本来は4月の中旬に一時帰国を予定していたが、世界的な感染拡大のため航空路線がどんどん欠航になっていく事態となり、ぽんこつマンも予定を3月31日にバンコクを出発する便に変更して日本に戻ったのだった。

それ以降、タイは3月下旬の非常事態勅令発布から、バー、ナイトクラブ、カラオケ、スポーツ施設、映画館の営業を禁止し、コーヒーショップ、飲食店の営業も店内飲食を禁止とし、タイへの入国を完全に禁止した。タイからの出国は辛うじて4月1週目くらいまではいくつかフライトが許可されていたが、タイへの入国は、タイ政府がタイ人の帰国要請に応じる形の特別便での救援を除いて全て禁止となった。

タイ国内のコロナ新規感染者は5月中旬からゼロとなったとの発表があり、飲食店の営業は、6月から解除され、酒類の販売も店内での提供を除いて可能となった。バーやナイトクラブ、カラオケなどの営業が許可されたのは7月まで待たされる事になった。

当初は7月一杯と予想されていた非常事態勅令は、8月も延長と7月末に決定され8月末にまた9月30日までのさらなる延長がついに決定されている。この非常事態勅令が解除されない理由は、政府は世界でのコロナ情勢の改善が未知数ということだが、タイの学生が始めた、現政権の退陣要求デモを牽制するためとの見方もあるようだ。

もしほんのの理由が後者であるなら、コロナ感染が今後落ち着いたとしてもこの非常事態勅令の解除はないと思える。この解除がなければタイ政府の民間航空局がタイへの商業飛行許可を出さないと言っており、タイへの入国は、タイ政府の特別便でしか入国できない事になる。

ぽんこつマンは、今も羽田ーバンコクのチケットを持っているが、商業飛行が許可されない限り使用不可でタイに行くことはできない。タイ入国の条件はノンイミグラントO-VISAを持っていることで満たせるようにはなっているのだが、何分にも極めて高額な特別便の運賃とタイ政府が求める自費によるホテル隔離施設(ASQ)のべらぼうな値段に3ヶ月未満のタイ滞在を決められないでいる。

ぽんこつマンのO-VISAは、2021年1月14日までに更新手続きをタイで行わないといけないが、このままではそのVISAの延長も難しい。10月からプーケット に限って外国人の入国を認めるという話が上がっているが、15泊16日のホテルでの隔離が必須のようで、それは終わってからも7日間はプーケット県からは出ることができず、プーケット県から出るにはさらにPCR検査を受けて陰性が確定することが要求されているらしい。

プーケットの隔離施設の部屋数は、2020年8月28日現在151部屋で15泊16日の価格は最低95,000Baht~650,000bahtとべらぼうに高額である。またプーケット に直接到着する航空機はチャーター便らしいがその運賃もまるっきり不明で、べらぼうに高額な金額になることが容易に考えられる。まともに自由に観光できるようにまでに16日の隔離が必要で費用が30万円以上で最高は220万円以上となると、日本の一般観光客が行けるようなものではない。ぽんこつマンも宝くじに大当たりでもしない限り当然無理なのだ。

タイ政府は世界の富裕層が法外な費用を払ってでも、タイに遊びに来たいと思う人が多くいると思っているのだろうか?ぽんこつマンには全く縁がないが、バンコクのASQ施設でも部屋のクリーニングが毎日ではなく、食事もプラスティクの使い捨て食器に入っているなど、まともなホテルサービスが提供されていない状況をTwitterなどから知ることができるなかで、このような途方もない費用負担を快く受け入れることは到底できない。