日本一時帰国から戻りBKKのGF(セフレ)と久々エロデート

5月末にバンコクに戻ったが、最初の数日は荷物の整理やら食料品の調達やらで潰してしまった。ぽんこつマンのバンコクでのガールフレンドは今はコンケーン出身でぽんこつマンが一時帰国したソンクラーンの時期は田舎に帰ったことになっている。

彼女とは、コロナがタイに蔓延する前の2017年にバンコクBTS NANA駅近くのSoi7と呼ばれるバービア街で知り合った娘で、当時は彼女の働く店でただ酒を飲み合う関係で合ったが、いよいよコロナが街を席巻しタイ国内中の飲食店・風俗店の営業が禁止されていく中で彼女は田舎に戻ることになりそれからはLINEでお互いの近況を綴りながら関係を温め合ってきた。

初めて彼女とカラダを合わせたのは、コロナが落ち着き出していよいよGoGo Barやバービアがレストランとしての営業が警察の目溢しでできるようになってからさらにしばらく経過した2022年の2月だったと思う。

ぽんこつマンが連れ合いのいるチェンマイからバンコクに戻ることをLINEで伝えたら、彼女も仕事の休みをとってバンコクの友達に会いにいくというので、ぽんこつマンも彼女とのデートの日を作って会うことにしたときである。

数年ぶりに彼女と会った日はコロナが落ち着いて来たとはいえ、当時は日本もタイもマスクは必須アイテムでぽんこつマンのタイへの入国もまだ3回のワクチン接種証明を持っての入国であり、外を歩いているファランですらマスク無しでは歩けないムードだった。

そんな中彼女は、バンコクの知り合いの年上の女性の部屋に泊まり久しぶりのバンコクの雰囲気を満喫しているようだった。いよいよ約束した日になり、彼女がぽんこつマンの部屋があるコンドに来ることになり、初めてお互いの肌を重ね合わせることになる。

彼女と出会った時彼女はまだ22歳で少女の雰囲気があったが、バンコクで再び彼女と再開した時はすでに26歳になったと言っていて今年には27歳になると知ったが、未だに昔ながらの少し悪戯な眼差しは残っていた。

彼女はぽんこつマンとの再会を済ませ一旦田舎に戻ったが、今年の1月に知り合いの年上女性の部屋に間借りしてバンコクで働くといい、バンコクで彼女と約1年ぶりの再会をした。働く先は以前のようなバーではなくタイ人向けの深夜デリバリーのあるレストランで、オンライン注文の受付とデリバリー運転手に品物を渡す仕事と聞いている。

休みは毎週月曜日でそれ以外は夕方4時から翌朝の4時までの12時間労働のようで、ぽんこつマンからするとかなり過酷な労働で新しく入った女の子もすぐに来なくなるというほどきつい仕事のようだが働き始めてからもう半年頑張って働いているようだ。

ぽんこつマンが彼女と会えるのはだからいつも月曜日の夕方から翌日の仕事始めの時間までになる。ぽんこつマンが一時帰国から戻り最初の月曜日の夕方に彼女はぽんこつマンの部屋に来予定だったが、ちょうど月経が始まってお腹が痛いと言って、約束を1週間先の月曜日へ変更した。

ぽんこつマンも日曜日の夕方に戻ったばかりで荷物の整理もできていない状態だったから、再会が1週間遅れてもいいと思えた。そして翌週の月曜日彼女はいつも約束する夕方6時より3時間早い午後3時にやってきた。

まずは、再会のキスと激しい抱擁。それから一旦落ち着いてこれまでの色々をビールを飲み交わしながら話した。彼女とは2ヶ月近く会っていなかったのでぽっちゃり加減が少し増したことに気づいたがぽんこつマンはどちらかと言えばぽちゃり好きなのだ。

2本のBeer Changを飲んで彼女の目が少しとろんとしてきたのに気づいたのでベッドに誘った。彼女は快くその誘いに応じ、ベッドに横になる前に上着を脱ぎ、ブラとジーンズの姿になった。

彼女の形のいいおっぱいがブラの胸寄せ効果でセクシーなラインに盛り上がっている。彼女がぽんこつマンに近づき上半身をはだけたぽんこつマンのショートパンツのベルトを緩め脱がせてくれる。彼女の手がぽんこつマンのアンダーパンツのゴムにかかりそれも下へ下げられた。

ぽんこつマンが立ったままの状態ですでに勃起している逸物をパクりと咥えて亀頭から根元にかけて先を尖らせた口と舌を使って上手に刺激を加えてくれる。彼女が入念に行うその行為はぽんこつマンが最も感じやすいことを彼女は知っているかのように、たまに上目遣いでぽんこつマンの顔の表情を見つめ上げてくる。

あとは、そのままベッドに倒れてふたりの愛の交換が始まり、そしてフィニッシュを迎える。時は、緩やかにすぎていて夕日に照らされた窓からの景色はオレンジに染まっていた。

お互いにシャワーを浴び、くつろげる服を着てソファーで会えなかった2ヶ月の間のお互いの話を続けた。そして23時に近くなり彼女が自分の住まいに戻る前にもう一度ベッドで愛しあういシャワーでカラダを流して彼女は帰っていく。

彼女とはこうして毎週逢瀬を重ねるが、たまに彼女が仕事に行く前に時間があるとぽんこつマンの部屋に来てお互いのカラダを確かめ合う。彼女は毎日500バーツの給料で働いていて部屋代の折半や毎日の食事などの生活費をその中から出している。そんな健気な彼女が月に一度くらい部屋の間借りをさせてくれているお姉さんと飲みたいから500バーツお金を融通してほしいと言ってくるのをこれまでは快く受けてきた。

彼女とのあまりお互いのプライベートに踏み込まないこの関係を今後も続けるなら、田舎にいるという彼女の娘の生活費の一部でも彼女の力になりたいと今年の3月から2000バーツを渡している。

バンコクで働いているイサーン出身の女性のほとんどは田舎にタイの男性との間に子供ができているが、腕にその子の父親たるタイの男性は女性を捨ててまた違う女性としばらくの間いい関係を作る。そして子供ができるとその女性を捨ててまた新しい女性を見つけるらしい。肩や女性はというと一度あるいは二度タイの男性との間に子供ができると、新たに子供を作りたいとはなかなか言わなくなるらしい。ぽんこつマンの今の彼女も子供は作りたくないという。だからだろうかタイにはそのような母子家族がかなり多くあると聞く。そしてタイの女性は子供を持ってその子を親に預けバンコクで働き田舎家族の生活の面倒を見るために働いている。

ぽんこつマンの今のガールフレンドとの関係をいつまで続けられるかわからないが、彼女の気持ちがぽんこつマンから離れカラダの関係を拒むようにならない限り、ぽんこつマンは今のガールフレンドとは仲良くやっていきたいと思っている。それにしても、タイのイサーン女性はやっぱりいい。しかしぽんこつマンのタイ女性の許容年齢はいいところ33〜35歳くらいまでだろうか。

金もない、若さもない、しかし愛に飢えたぽんこつマンのいい女探しの旅はまだまだ終わらないし、終われない。ぽんこつマンにあるのは優しさだけだが、その優しさに癒されたいタイの女性をまだまだ見つけたい。チ⚫️ポがまだだ、まだだと言っているうちはこの旅は終われない。

ソイカウボーイ、バカラの2Fからペイバーした娘と久しぶりにLINEしたら

2018年の後半だったろうか、今はあまりはっきり覚えていないが長い間遠ざかっていたソイカウボーイのバカラに行った。時間は22時を回っていて1階は既に満席でいつもぽんこつマンが座るところも空きが出る気配がなかった。店の案内係から上へのサインが出たので2階に上がった。

2階に上がって奥の方のステージ周りの席に空きが1つあり、そこに座る事ができた。2階はトップレスでのステージが頻繁にある。ゴーゴー嬢の衣装はノーパンミニスカートとセーラー服で、いい時間になるとトップレスになってのステージが多くなる。

ぽんこつマンはいつものようにジントニックを注文する。ぽんこつマンはトップレスのダンスにはあまり興味があるわけではなく、スタイルが良くて可愛い女の子をいつも探している。

トップレスのステージが終わって女の子が入れ替わる。一瞬ステージがガラリとする瞬間がありそこに徐々に次のステージに休憩していた女の子が上がってくる。突然3人目くらいに上がってきた女の子と目が合った。身長は高くないが、お尻のハリも胸の膨らみもバランスの良い娘だった。

彼女は、ぽんこつマンが彼女を見つめていることに気づき、軽くウィンクを送ってきた。ぽんこつマンはそのウィンクに応えるように彼女に手でこちらに来るように合図した。彼女はそれに直ぐ気づき、ぽんこつマンの席にやってきた。ちょうどぽんこつマンの隣の席の客が帰って行ったのでその空いた席に彼女が座った。

少し褐色の肌、キリッとした目の印象、はに噛む笑顔がなんとも愛くるしい。名前と年齢をお決まりで聞いて見た。彼女は素直にその質問に答える。出身は多分イサーンだと思ったがあえて聞かなかった。

彼女にドリンクをご馳走し、しばらくたわいもないことを話した。彼女とはぽんこつマンが覚えたタイ語で会話して見た。なんとか話が通じていると思った。やがてまたステージがチェンジになり女の子たちが入れ替わる。

ぽんこつマンのジントニックが無くなったので、彼女のドリンクとぽんこつマンのジントニックを追加注文した。彼女が「コップンカー」と礼を言う。ぽんこつマンは彼女がスカートの裾を気にしたり、笑うときに軽く手を口に当てたりするちょっとした仕草にどんどん引き込まれていく。

新しいドリンクが来て改めて乾杯をする。ぽんこつマンは既に彼女とふたりの時間を過ごしたいと思い始めていた。時間が流れDJのコールがあり、またステージの女の子の入れ替えの時間になった。ぽんこつマンは彼女をステージに送りたくなかったので、ペイバーすることにしてさらにもう1杯のドリンクを注文した。

ソイカウボーイのゴーゴーバーからのペイバーはロングが基本のぽんこつマンだったが、その子はショートのみと言うのでショートのペイパー代を合わせて会計をした。

彼女は私服に着替えて戻ってくる。ドリンクを飲み切ってふたりはバカラを後にする。彼女が、ぽんこつマンを連れてソイカウボーイにある、ショートタイム用の部屋のある店に入る。その時の部屋代は500バーツ、1時間足らずの時間にしては決して安くはない。

階段を上がって部屋に入る。そこにはクイーンサイズのベッドがあるだけで、奥にシャワーブースとトイレ・洗面のみ。彼女は何も言わず服を脱ぎ始める。ぽんこつマンもそれに釣られて服を脱ぐ。シャワーブースは大きくないので、一緒に身体を洗う事はできない。ぽんこつマンが先にシャワーを浴び、彼女を待つことになる。彼女も簡単に、体の汗を流し、秘部をボディーソープで洗ってバスタオルを巻いてベッドに戻って来る。そして恥じらいの表情を浮かべてゆっくりぽんこつマンの隣に横になった。

ぽんこつマンは、彼女の目を覗き込んだ。綺麗な目だったが、なぜか少し悲しそうにも見えた。憂いを感じる彼女の表情は、ぽんこつマンをまたキュンとさせる。ぽんこつマンは彼女をそっと抱きしめた。

形のいい胸の膨らみがぽんこつマンの胸にあたる。彼女は脚をぽんこつマンの足に絡めてくる。ぽんこつマンは彼女の額に軽いキスをする。そして、頬と耳たぶにもキスをする。彼女の腕がぽんこつマンの身体を強く抱きしめた。

ぽんこつマンは彼女の背中に当てていた右手を彼女のお尻まで降ろして、静かに彼女の秘部を探した。彼女の身長は150cmないくらいで小さく、ぽんこつマンの右手は簡単に彼女の秘部に届いた。

抱き合ったまま、彼女の秘部の大陰唇を右手の中指で摩った。大陰唇の上のほうにあるクリトリスはまだ皮を被っていたようだが、そこを中指の腹で柔らかくグラインドすると彼女は淡い吐息を漏らした。

ぽんこつマンは、彼女を抱き寄せていた左手を彼女の身体の下から抜いて彼女を仰向けにし、胸元で留めているバスタオルを解いた。彼女の胸にある美しい形の乳房と乳首が姿を現した。直径3cmもないほどの乳輪と1cmもない乳首が20を過ぎていると言う彼女に少女の印象を強く匂わせた。

ぽんこつマンは、その少女のような彼女の乳房に左手を充て、軽く揉んでみる。シリコンではない生乳の弾力だった。彼女の右の乳首にぽんこつマンが口付けした時に、彼女は再び淡い喘ぎ声をあげた。彼女の秘部は、少しづつ潤いを増しているようだった。

ぽんこつマンの逸物は、彼女の体が挿入の準備ができていく感覚にどんどん硬直化していくのを覚えた。彼女はぽんこつマンの肉棒の硬直を確認したが、コンドームの装着をするために動こうとはしていなかった。しかしぽんこつマンは、少し悲しそうな憂いを帯びた表情を見ていて、彼女を不安にさせるのは良くないと思い、「Au yaan chai mai?」(ゴムいるんだよね?)と聞いたら軽くうなずいたので、ぽんこつマンはあらかじめ用意していたコンドームを装着した。

それからふたりは重なり、恋人のような熱い時間を過ごした。◯ックスを終えたふたりは静かにシャワーを浴び、脱いだ服を着た。彼女は、ぽんこつマンにLINE IDの二次元バーコードを提示した。ぽんこつマンは彼女のLINE IDのバーコードをスキャンし、彼女にぽんこつマンのLINE IDの二次元バーコードを提示した。そしてふたりはその部屋を出て彼女はまたバカラに向かう道を進み、ぽんこつマンはそれとは反対側に進み、ラチャダーピセーク通りとの角にあるガイトートの屋台でドラムスティック2本を買い、アソークの交差点まで行きタクシーを拾って部屋に戻った。

その日から彼女とのLINE交換は続いた。数日して彼女から唐突なメッセージが届いた。それはバカラをやめたと言うことと、しばらくシンガポールに行くと言うものだった。ぽんこつマンは彼女がシンガポールに行くと言うことは出稼ぎだと想像した。そして彼女が出国する前にもう一度会いたいと思ったが、その連絡をくれたのが彼女のイサーンの実家からだったので、会うことは叶わなかった。

そして彼女からのLINEメッセージは来なくなった。何度かぽんこつマンからも送って見たが返信がなくなっていた。しかしぽんこつマンはLINE友達から彼女を外さなかった。それは彼女のことがなんとなく気になっていたからだ。

2年経過した今年の7月に久しぶりに彼女のLINEアカウントを見たらアイコンが変わっていて、写真・動画のタグに新築中の家の写真と赤ん坊の写真がアップされていた。アカウントがアクティブなので、スタンプを送って見た。1日経過して彼女からスタンプ返信があった。

最初は、たまにスタンプ返信が返ってくるだけであったが、徐々に彼女からのメッセージも増えて来た。7月の段階ではバンコクにいたと言うこと。赤ん坊は女の子で、タイの男との間に出来た子供で1歳と言うこと。タイの男は子供ができたと知って逃げてしまったこと。バンコクでは働く場所を探すことが出来なくなり、今は田舎に戻っていること。秘密に満ちた少女のようなイサーン女のジグソーパズルのピースが少しづつ繋がって行く。

今日「今度ぽんこつマンがタイに行ったら会えるか?」と聞いたら「OK」と短く返って来た。Twitterである人物が、バンコクポストの記事に、10月1日からタイが受け入れる最長270日の特別ツーリストVISAの300人が14日間のASQ(自費負担の隔離ホテル)での2回のPCR検査で全員陰性が確認できれば、隔離期間を11月1日から1っ習慣にすると言う方針があることを報じたという情報をアップしていた。

彼女の実家があるサコンナコン県には空港があり、ノックエアは破綻してしまったが今も一日3便飛んでいるようでAIR ASIAのフライトも1便あるようだ。彼女がまたバンコクに出て来れるならバンコクで会えるし、ぽんこつマンが彼女の住む県に遊びに行くのもいいかもしれない。イサーン料理は特に好きではないが、ガイトートやガイヤーンはうまいと思うから3つ星ホテルがあれば問題はないだろう。今は1日も早く、タイへの入国が通常に戻ることを望まずにはいられない。

バンコクで、Tinderで知り合ったイサーン娘とラマ3のタワンデーン ジャーマンブリュワリー に行く

2018年7月からバンコク・エカマイにあったとある会社でビジネスコンサルタントとして働いたことがある。その時がバンコクで初めて長期で住んだ最初だったが、ぽんこつマンは働いた会社には全く相性が合わず3ヶ月で退社した。

仕事した話は今はもう話したくないが、初めてバンコクで部屋を借りて住んだのがBTS エカマイ駅とプラカノーン駅の中間にあったコンドだった。契約は半年で家賃は20,000バーツ、ちょっと高かったが23階と高層階だったので気に入った。

仕事は採用時の約束で、その会社の将来を考えて現状を改革できるビジネスモデルビジョンを提案してほしいと言うことだったが、実際にその会社に行った時からビジョン提案はいらないとなり、現在の斜陽業務内容の再活性化支援を求められた。

ぽんこつマンはその会社が将来的に現在の斜陽業務を脱却するための新ビジネスモデルビジョン提案ならと受けた仕事だったので、明らかに求められたことが違っていた。中長期で2〜3年後に事業展開できるビジョンではなく、直ぐに現金収入を得ることができる業務提案だったが、あまりにも急いでいることを知りその会社には早々に見切りをつけたのだった。

しかし、その前からTinderでバンコクでデートできる女の子を探していたぽんこつマンは、既に何人かの女の子とLINEのIDを交換していた。そのうちのひとりがイサーン出身の当時24歳、少しぽっちゃりしているが色白で声が少しハスキーな可愛い顔をした女の子だった。

入社1ヶ月で退職を決意して2ヶ月を過ぎた時に退職を申し出た後、残り1ヶ月は在籍をすることになり、仕事をほぼしないままで会社に通っていた時にTinderで知り合った女の子とLINEで話すことが多くなっていた。

ある日、その24歳の可愛いイサーン娘に夜ご飯を一緒に食べようと持ちかけたら、返事が来て、お姉さんと一緒でいいならと言うことになった。一緒に行く店は彼女に任せることにして、仕事の就業時間から1時間後の18:00にぽんこつマンの住むコンドのそばにあるコンビニ前で待ち合わせることにした。

タイは5月から10月までは雨季で、その日も昼過ぎから雨が降っていた。タイの典型的な雨はザーと一気に降って直ぐに上がるのだが、その日はパラパラと降っては少し止み、またパラパラと降る少し珍しい天気だった。

ぽんこつマンは終業時間になると同時に一目散に部屋に帰って、シャワーを浴び、18:00に5分前にコンドの部屋を出てコンビニの前に向かい、バイクでやってくると言う彼女と彼女のお姉の到着を待った。

コンドの部屋を出た時は霧雨の様な雨だったが、コンビニに着いて一分ほどで雨は激しく降り始めた。ぽんこつマンは傘を持って出ていなかったので、直ぐにコンビニの中に入り、LINEでコンビニの中にいると彼女にメッセージした。

しばらくして彼女から「今着いた」とメッセージが入ったので表に出てみたら、彼女と彼女より小さい女性がいて、バイクを降りてヘルメットを外しているところだった。簡単に挨拶をして、「タクシーであなたたちが行きたいところに行くから、拾ったタクシーのドライバーに行き先を伝えて」と伝えた。

タクシーを拾い、彼女たちを先に乗せてぽんこつマンは前の座席に座った。タクシーはいったんプラカノンの方向に向かい、ラマ4を西へ進む。クロントーイ市場の交差点を左折してタクシーはラマ3通りを南下した。

向かった先は、タワンデーン ジャーマンブリュワリー ラーマ3(http://tawandang.com)だった。料理はイサーン料理はもちろんドイツ料理も日本料理もある様だった。その日は、なんでもステージにタイのスターが来ているとかで入場料をエントランスで支払って入ることになる。

彼女の姉はなんでもメンバーになっているとの事で入場料は少し割引だったらしいが、ぽんこつマンはその時よりはるか10年以上前にソイカウボーイのゴーゴーバーでペイバーした女の子と一回来ただけだったので、メンバーであるはずもなかった。

それでも店内は大混雑していて、ステージ前のテーブルは既に埋まっていた。ぽんこつマンと彼女たちが座った席は、ステージからかなり離れた、銅製のビールブルワリー装置があるところに近い席だった。

彼女も彼女の姉(?*タイでは実の姉でなくてもピーサーォと呼ぶ)もビールが好きと言うので3Lのタワーを頼んだ。料理はフレンチフライとサーモンの刺身以外は全てイサーン料理の様だった。

タイのスターのステージは少し遅い時間の様だったが前座のバンドが19:00くらいから演奏を始めて、店内は大盛り上がりになっていた。ぽんこつマンはしこたま飲んだ。あまりにも騒々しくてまともに話ができなかったのだ。

ぽんこつマンは、彼女のことが気に入っていたが、彼女が姉?という女性を同伴してきたので、彼女との関係を深める事は難しいと思った。3Lのタワーを3回注文したてぽんこつマンはかなり酔っ払った。深夜0時になってもほぼ満席が続いていた。

0時30分、ぽんこつマンは帰ることにした。精算して3人で店を出て、店の裏に回っって流しのタクシーを探し、コンド近くのコンビニまで戻った。長く続いたその日の雨はようやく上がっていた。彼女と彼女の姉?はそのコンビニ前に停めて置いたバイクに跨がり、プラカノンにあるという彼女のアパートへ戻って行った。

数日後、彼女にもう一度会いたくなってLINEしたが、予定があると素っ気なかった。それからまた数日経ってLINE電話してみたら、彼女は電話には出たが「今まだ仕事中」と言って「折り返す」と電話を切った。夜になって彼女からLINE電話が掛かってきて、「私は、やっぱいあなたとは合わないほうがいいと思う」という。「友達だけではいられなくなるのが怖い」というのだった。

ぽんこつマンはそのLINE電話を受けてから彼女へのLINEメッセージも電話もしない様にした。彼女は今のコロナ騒動下、どこでどう暮らしているのかも全くわからないが、もしぽんこつマンが昔彼女と肉体関係を結んでしまっていたら、忘れることが難しい相手になっていたに違いないと今は思うほど実は惚れ込んでいたのだ。今は彼女がどこかで幸せに暮らせていることを望んでいる。

珍しく1日長く続いた雨に流した恋心、惚れっぽいぽんこつマンには勿体ない女だったという気がする。

トンロー9のLINE2に行って見た

2018年にTinder で知り合った女の子とラムカンヘン大学近くの日本食レストランYAWA Modern Japanese Cuisine に行ったことがある。その日本食レストランは場所が日本人には馴染みのないところであるが、料理のレベルはかなり高い。なんでもバンコクの日本食レストランでNo.1と評されたこともあるのだとか。北海道の毛蟹も事前予約しておけば調達して料理してくれるらしかった。

その娘は、イサーン出身でたぶんコンケーン生まれと言っていたと思う。初めて会って行った日本食レストランではお酒は飲まなかったが、それは、おっぱいにシリコンを入れる整形術を受けてダウンタイム中だったということを後から知った。仕事はスクンビットソイ39にあるLINE clubというカラオケクラブに勤めていてお酒はかなり強い。一度だけその店のそばの焼肉屋で焼肉を食べて同伴出勤をさせたことがある。そのClub LINE では一番安い角瓶を入れたがそれ以降1回行っただけで、ボトルのほとんどのウィスキーは流れてしまった。

というのも彼女がしばらくして系列店のトンローsoi9にあるClub LINE2に移ったと言ってきたからだ。店が代わればまた新しくボトルを入れることになる。彼女が新しく移った店の近くの喜多郎寿しで寿司を食ったあと同伴出勤をさせたことがあり、またしても角瓶を入れた。

彼女がその店でどの程度指名があるかはわからなかったが、店に入ると雛壇がありそこにずらりと並んだ女の子と比べてもルックス的にはぽんこつマンの好みに合っていた。料金はタニヤあたりのカラオケクラブの1時間700〜800Bahtより割高で、ボトルがあれば1時間1100baht、飲み放題で1200baht、それにチェイサー代、指名料などが乗っかって2時間くらいいると4,000baht くらいはかかってしまう。

そもそも女の子の数が多過ぎてなかなか指名がもらえない女の子も多そうなのだが、彼女はそれなりに多くの常連客を持っているようで、ぽんこつマンが通う必要も特になさそうな人気嬢だったのだ。しかも彼女はお持ち帰りOKの色のナンバープレートをしていた。最初に知り合った頃は、ホンダの一番安い乗用車に乗っていたが1年も経たないうちにトヨタフォーチュナーの新車を買ったようだ。

バンコクには多くにカラオケクラブがあり、かなりの女の子が在籍している。モデルクラスの女の子はコヨーテクラブなどの高級店に多くいる。カラオケクラブは次のクラスになるだろうか。なんとなく親しみが持ちやすい女の子が多くなる。そのカラオケクラブの中でも多くはタニヤに集中しているが、スクンビットエリアやトンローエリアにも点々と存在している。

ひとりの女の子に入れ込みすぎる必要は全くない。彼女とはただの知り合いというだけでも全く問題ない。ぽんこつマンはタイの女の子の都合のいい財布になりたいわけではないのだから。

ソイカーボーイでペイバーしたイサーン娘①

ソイカーボーイのBaccaraはかなり昔からゴーゴー嬢のレベルが高くいつも混雑している。バンコクで一番最初にオキニになった娘もBaccaraで知り合ったが、数ヶ月経った頃から彼女と店で出会える機会はどんどん下がっていた。彼女は知り合った当時20歳、ラムカンヘン大学の学生でもあると言っていた。出身はコンケーンとのことだったが肌の色も白く目鼻立ちもくっきりしていて、タイで美人と呼ばれる要素を全て持っていた。ぽんこつマンが知り合った時はまだBaccaraに入店して日が浅く、恥じらう姿もかわいいウブな女の子だった。しかし、バンコクの夜の街は、そんなウブな女の子をあっという間にプロのパパハンターに変貌させる。

ぽんこつマンが彼女を最初にペイバーして、その1週間後に再びペイバーした時は既に自分が人気があることを理解していたし、ぽんこつマンがいったん日本に帰国して1ヶ月後にまたBaccaraへ彼女を見つけに行った時には、すでにBaccaraでかなり人気の嬢に上りつめている風格を見せていた。自分をより魅力的に見せるためのメイク技術も身につけ、さらに頂上への階段を登る予感を感じさせた。しかし宝石や時計、バッグなどの身の回り品をブランド物に固めるようなことはなく、あくまでも清楚で可憐なムードは保っていた。

そんな彼女がさらに数ヶ月後には、Baccaraに姿をを見せることが極端に減って行った。それまではそれなりにあったLINEでのチャットにも既読がつかなくなることが増えた。他のゴーゴー嬢に彼女のことを聞いてみると、なんでも中華系の富豪に猛アタックされ、高額なサポートを受けていて働く必要はもうなくなっているという話が帰って来た。

そうか、そうだったのか。ぽんこつマンにはもう届かないところに行ってしまったのか。とうとう諦める時が来たと思った。実はそれから1年後にそれまで途切れていたLINEが一回つながった時があり、久しぶりに会いたいと伝えたら、会えたことがある。

以前より二の腕、頬、顎、腰、尻、太腿に脂が乗ってふっくらふくよかになっていた。その時に聞いたことは、もう大学に行っていないこと、現在は中華系の30代前半の社長のサポートがあること、これまで働いて貯めたお金で田舎のコンケーンに平屋のそれほど大きく無い家を建てる設計があること、今は既に高級自家用車(Mercedes Benz)を所有していること、などを教えてくれた。

見た目の清楚で可憐だったところがいちばんの魅力で、そんな彼女に引かれていたのだが肝心のセ●クスプレイは、相性がすごくいいということはなかった。再会した時も体を重ね合わせたが女としてすごく開発された感もなく、今後は生活力に富んだ賢明な母になるんだろうなと感じた。そして彼女とそれ以降会うことはなくなった。

その再会の半年ほど前には、同じBaccaraで別のオキニ嬢が出来ていて最初のオキニ嬢に未練は無くなっていたのだ。次のオキニ嬢もイサーン娘でコンケーンよりバンコクからさらに遠いウボンラチャタニ出身と聞いていた。年齢は当時28歳とBaccaraではかなり年齢が高く田舎に子供が居る嬢だったが、すらっと伸びた手足、細い首、細い腰、顎を少し上げた状態で立つと、その美しいボディーラインが際立ち、決して子供を産んだ女の崩れた体型は見て取れなかった。

しかしながらBaccaraでは、年齢のせいかそれほど人気があったわけではなく店でレディースドリンクをご馳走すると、丁寧なワイと笑顔を返してくれた。何度かペイバーし、ぽんこつマンを一人の上客として彼女が認め始めてくれていた。

彼女の実家はゴム農家で裕福ではなく家族のために毎日闘っているとよく話していて、金にシビアすぎるところがぽんこつマンには気になった。baccaraにはその後も何度となく行ったがオキニだけをいつもペイバーすることはこの頃から無くなっていた。二番目のオキニになっていた彼女は、それから2年くらいはBaccaraで働いていたと思うが、その後姿が見えなくなっていた。やはり年齢的に30歳を超えるとBaccaraという人気店でダンサーで指名をもらうのは厳しくなるのだろうか。

彼女の姿がBaccaraから消えて2年くらい経過した2018年にラインのタイムラインに彼女の投稿が上がっていた。久しぶりに連絡をしたら、今もバンコクにいてフリーランスで客をとっていると話していた。

「久しぶりだけど会ってみる?」と言ったらOK! という返事がすぐに帰って来た。「じゃ晩飯を食べよう。」というと昔ぽんこつマンと一緒にHuai Khwang(ホイクワーン)というエリアにあるソンブーン・シーフードという店で<プー・パッポン・カレー>を食べたことを覚えていたらしく、私がバンコクで住んでいるところの近くにもその<プー・パッポン・カレー>が美味しい店があるという。トントンというタイ(イサーン)料理屋で、ペッブリー通りとラマ9世通りを結ぶ南北の通りに面しているとのことで、そこで待ち合わせることにした。

待ち合わせ時間の午後8時に5分前に店に着いたら、彼女は既にテーブルでぽんこつマンの到着を待っていた。早速ビアチャン生3Lタワーといくつかの料理を頼んで、懐かしい話で盛り上がった。大量のビールを彼女もぽんこつマンもグイグイ飲んだ。1時間で食事も生ビールもなくなり会計を頼んだ時、彼女が「さぁ次は?」と言ったので「どこか行きたいとこあるの?」と尋ねたら「ウイスキーのボトルが入ってる店」と言ってまだ飲む気満々だった。向かった店はタワンデーンというタイ人には馴染みがある大きなバンドステージがあるパブだった。

このブログを書いている2020年6月時点はCovid-19による非常事態宣言令下にあり、臨時休業となっているがそのうち状況が改善すればまずあっという間に一杯になるだろうと思える賑わいぶりだった。物凄い大音量でタイポップのライブが演奏されていて、ステージにいる歌手や演奏者には頻繁に客がステージに近寄りチップを渡しに来る。

その店でほぼ空になったウイスキーをグラスに注いで彼女がもう一本ウイスキーのボトルを注文した。彼女はすごい酒豪だった。グラスの半分ほどウイスキーを注ぎ、氷を入れる。グラスの上部が少し空いているところにソーダを入れる。ほぼロックに近いソーダ割。それをグイ、グイと3〜4回ぐらいで空けてしまう。ぽんこつマンも酒は好きな方でかつては一晩で2升の日本酒を飲んだことはあるが、その時はもうそんなにはとても飲めなくなっていた。2時間でかなり酔ってしまった。彼女もそこそこ酔っていたようだが、店を出る時に「行く?」と誘って来た。長い間会っていないこともあったので、モノはためし、「いいよ」とあっさり返事した。そのタワンデーンという店があるパタナカーン通りを50〜100mほど東に歩いたところに、ロムレーンマンルートゥ(日本のモーテル)があり、そこにウォークイン。

基本は3時間、飲み物を頼んだりできる。彼女はそこでも大便ビールを一本グラスを2つ頼んだ。部屋代は3時間で300Bahtくらいだったか、ビール代と合わせて500Baht払って釣りはいいと言った。シャワーブースもキレイではないがそこそこ広い。日本ほど暑いお湯が出ることはないが、勢いはあった。モーテルスタイルなので宿泊も可能なのだろうがベットには上掛けの用意がない。彼女は先に軽くシャワーを浴びてぽんこつマンが後にシャワーを浴びる。ぽんこつマンがシャワーから出ると彼女はテレビを見てビールを飲んでいた。ぽんこつマンがベッドにあがると彼女は枕元に用意したコンドームに手を伸ばし、その行為の準備に入る。実に手慣れている。もう10年以上も体を張ってきているだけのことはある。細く長い指を持つ彼女の手がぽんこつマンの股間に伸び、玉袋と陰茎に刺激を加える。その絶妙なテクニックに酔っていたぽんこつマンのペニスはあっという間に充血し硬くそそり立った。彼女はその逸物に素早くコンドームを装着し、騎乗位でそれを自分の秘貝へ迎え入れる。グリン、グリン、スポン、シュポ、ズブゥ。彼女の腰はグラインドと上下運動を繰り返す。ぽんこつマンは両手を彼女の乳房に当てがい、内から外、外から内へと円を描くようにもみしだいていた。

10分くらいの騎乗位の後、彼女は四つん這いになり後ろからの挿入を求めた。ぽんこつマンはそれに応じ、後ろからズンと差し込んだ。蒸気機関車の車輪へ動力を伝えるピストンのように、ぽんこつマンの腰は激しく前後する。彼女のシリンダーはそのピストンの滑りを促すように愛液が溢れてきた。時折り膣口や膣壁がぽんこつマンの陰茎を締めつける。いつそんな技を身につけたのだろう。とても出産を経験した女性のものとは思えない秘部だ。最後は、正常位そして屈曲位でフィニッシュした。

部屋で少し気が抜けたビールに口をつけ、ハグした後に二人は部屋を出て、それぞれの帰路についた。ぽんこつマンが自分の部屋に戻った時は午前2時を回っていた。それ以降彼女からちょくちょく連絡がきた。多分酒を大量に飲ませてくれる都合の良い男がそうそう多くはいないのだろう。次に彼女に会ったのはその時から半年経ってからのことだったと思う。