バンコクで、Tinderで知り合ったイサーン娘とラマ3のタワンデーン ジャーマンブリュワリー に行く

2018年7月からバンコク・エカマイにあったとある会社でビジネスコンサルタントとして働いたことがある。その時がバンコクで初めて長期で住んだ最初だったが、ぽんこつマンは働いた会社には全く相性が合わず3ヶ月で退社した。

仕事した話は今はもう話したくないが、初めてバンコクで部屋を借りて住んだのがBTS エカマイ駅とプラカノーン駅の中間にあったコンドだった。契約は半年で家賃は20,000バーツ、ちょっと高かったが23階と高層階だったので気に入った。

仕事は採用時の約束で、その会社の将来を考えて現状を改革できるビジネスモデルビジョンを提案してほしいと言うことだったが、実際にその会社に行った時からビジョン提案はいらないとなり、現在の斜陽業務内容の再活性化支援を求められた。

ぽんこつマンはその会社が将来的に現在の斜陽業務を脱却するための新ビジネスモデルビジョン提案ならと受けた仕事だったので、明らかに求められたことが違っていた。中長期で2〜3年後に事業展開できるビジョンではなく、直ぐに現金収入を得ることができる業務提案だったが、あまりにも急いでいることを知りその会社には早々に見切りをつけたのだった。

しかし、その前からTinderでバンコクでデートできる女の子を探していたぽんこつマンは、既に何人かの女の子とLINEのIDを交換していた。そのうちのひとりがイサーン出身の当時24歳、少しぽっちゃりしているが色白で声が少しハスキーな可愛い顔をした女の子だった。

入社1ヶ月で退職を決意して2ヶ月を過ぎた時に退職を申し出た後、残り1ヶ月は在籍をすることになり、仕事をほぼしないままで会社に通っていた時にTinderで知り合った女の子とLINEで話すことが多くなっていた。

ある日、その24歳の可愛いイサーン娘に夜ご飯を一緒に食べようと持ちかけたら、返事が来て、お姉さんと一緒でいいならと言うことになった。一緒に行く店は彼女に任せることにして、仕事の就業時間から1時間後の18:00にぽんこつマンの住むコンドのそばにあるコンビニ前で待ち合わせることにした。

タイは5月から10月までは雨季で、その日も昼過ぎから雨が降っていた。タイの典型的な雨はザーと一気に降って直ぐに上がるのだが、その日はパラパラと降っては少し止み、またパラパラと降る少し珍しい天気だった。

ぽんこつマンは終業時間になると同時に一目散に部屋に帰って、シャワーを浴び、18:00に5分前にコンドの部屋を出てコンビニの前に向かい、バイクでやってくると言う彼女と彼女のお姉の到着を待った。

コンドの部屋を出た時は霧雨の様な雨だったが、コンビニに着いて一分ほどで雨は激しく降り始めた。ぽんこつマンは傘を持って出ていなかったので、直ぐにコンビニの中に入り、LINEでコンビニの中にいると彼女にメッセージした。

しばらくして彼女から「今着いた」とメッセージが入ったので表に出てみたら、彼女と彼女より小さい女性がいて、バイクを降りてヘルメットを外しているところだった。簡単に挨拶をして、「タクシーであなたたちが行きたいところに行くから、拾ったタクシーのドライバーに行き先を伝えて」と伝えた。

タクシーを拾い、彼女たちを先に乗せてぽんこつマンは前の座席に座った。タクシーはいったんプラカノンの方向に向かい、ラマ4を西へ進む。クロントーイ市場の交差点を左折してタクシーはラマ3通りを南下した。

向かった先は、タワンデーン ジャーマンブリュワリー ラーマ3(http://tawandang.com)だった。料理はイサーン料理はもちろんドイツ料理も日本料理もある様だった。その日は、なんでもステージにタイのスターが来ているとかで入場料をエントランスで支払って入ることになる。

彼女の姉はなんでもメンバーになっているとの事で入場料は少し割引だったらしいが、ぽんこつマンはその時よりはるか10年以上前にソイカウボーイのゴーゴーバーでペイバーした女の子と一回来ただけだったので、メンバーであるはずもなかった。

それでも店内は大混雑していて、ステージ前のテーブルは既に埋まっていた。ぽんこつマンと彼女たちが座った席は、ステージからかなり離れた、銅製のビールブルワリー装置があるところに近い席だった。

彼女も彼女の姉(?*タイでは実の姉でなくてもピーサーォと呼ぶ)もビールが好きと言うので3Lのタワーを頼んだ。料理はフレンチフライとサーモンの刺身以外は全てイサーン料理の様だった。

タイのスターのステージは少し遅い時間の様だったが前座のバンドが19:00くらいから演奏を始めて、店内は大盛り上がりになっていた。ぽんこつマンはしこたま飲んだ。あまりにも騒々しくてまともに話ができなかったのだ。

ぽんこつマンは、彼女のことが気に入っていたが、彼女が姉?という女性を同伴してきたので、彼女との関係を深める事は難しいと思った。3Lのタワーを3回注文したてぽんこつマンはかなり酔っ払った。深夜0時になってもほぼ満席が続いていた。

0時30分、ぽんこつマンは帰ることにした。精算して3人で店を出て、店の裏に回っって流しのタクシーを探し、コンド近くのコンビニまで戻った。長く続いたその日の雨はようやく上がっていた。彼女と彼女の姉?はそのコンビニ前に停めて置いたバイクに跨がり、プラカノンにあるという彼女のアパートへ戻って行った。

数日後、彼女にもう一度会いたくなってLINEしたが、予定があると素っ気なかった。それからまた数日経ってLINE電話してみたら、彼女は電話には出たが「今まだ仕事中」と言って「折り返す」と電話を切った。夜になって彼女からLINE電話が掛かってきて、「私は、やっぱいあなたとは合わないほうがいいと思う」という。「友達だけではいられなくなるのが怖い」というのだった。

ぽんこつマンはそのLINE電話を受けてから彼女へのLINEメッセージも電話もしない様にした。彼女は今のコロナ騒動下、どこでどう暮らしているのかも全くわからないが、もしぽんこつマンが昔彼女と肉体関係を結んでしまっていたら、忘れることが難しい相手になっていたに違いないと今は思うほど実は惚れ込んでいたのだ。今は彼女がどこかで幸せに暮らせていることを望んでいる。

珍しく1日長く続いた雨に流した恋心、惚れっぽいぽんこつマンには勿体ない女だったという気がする。

ソイカーボーイでペイバーしたイサーン娘①

ソイカーボーイのBaccaraはかなり昔からゴーゴー嬢のレベルが高くいつも混雑している。バンコクで一番最初にオキニになった娘もBaccaraで知り合ったが、数ヶ月経った頃から彼女と店で出会える機会はどんどん下がっていた。彼女は知り合った当時20歳、ラムカンヘン大学の学生でもあると言っていた。出身はコンケーンとのことだったが肌の色も白く目鼻立ちもくっきりしていて、タイで美人と呼ばれる要素を全て持っていた。ぽんこつマンが知り合った時はまだBaccaraに入店して日が浅く、恥じらう姿もかわいいウブな女の子だった。しかし、バンコクの夜の街は、そんなウブな女の子をあっという間にプロのパパハンターに変貌させる。

ぽんこつマンが彼女を最初にペイバーして、その1週間後に再びペイバーした時は既に自分が人気があることを理解していたし、ぽんこつマンがいったん日本に帰国して1ヶ月後にまたBaccaraへ彼女を見つけに行った時には、すでにBaccaraでかなり人気の嬢に上りつめている風格を見せていた。自分をより魅力的に見せるためのメイク技術も身につけ、さらに頂上への階段を登る予感を感じさせた。しかし宝石や時計、バッグなどの身の回り品をブランド物に固めるようなことはなく、あくまでも清楚で可憐なムードは保っていた。

そんな彼女がさらに数ヶ月後には、Baccaraに姿をを見せることが極端に減って行った。それまではそれなりにあったLINEでのチャットにも既読がつかなくなることが増えた。他のゴーゴー嬢に彼女のことを聞いてみると、なんでも中華系の富豪に猛アタックされ、高額なサポートを受けていて働く必要はもうなくなっているという話が帰って来た。

そうか、そうだったのか。ぽんこつマンにはもう届かないところに行ってしまったのか。とうとう諦める時が来たと思った。実はそれから1年後にそれまで途切れていたLINEが一回つながった時があり、久しぶりに会いたいと伝えたら、会えたことがある。

以前より二の腕、頬、顎、腰、尻、太腿に脂が乗ってふっくらふくよかになっていた。その時に聞いたことは、もう大学に行っていないこと、現在は中華系の30代前半の社長のサポートがあること、これまで働いて貯めたお金で田舎のコンケーンに平屋のそれほど大きく無い家を建てる設計があること、今は既に高級自家用車(Mercedes Benz)を所有していること、などを教えてくれた。

見た目の清楚で可憐だったところがいちばんの魅力で、そんな彼女に引かれていたのだが肝心のセ●クスプレイは、相性がすごくいいということはなかった。再会した時も体を重ね合わせたが女としてすごく開発された感もなく、今後は生活力に富んだ賢明な母になるんだろうなと感じた。そして彼女とそれ以降会うことはなくなった。

その再会の半年ほど前には、同じBaccaraで別のオキニ嬢が出来ていて最初のオキニ嬢に未練は無くなっていたのだ。次のオキニ嬢もイサーン娘でコンケーンよりバンコクからさらに遠いウボンラチャタニ出身と聞いていた。年齢は当時28歳とBaccaraではかなり年齢が高く田舎に子供が居る嬢だったが、すらっと伸びた手足、細い首、細い腰、顎を少し上げた状態で立つと、その美しいボディーラインが際立ち、決して子供を産んだ女の崩れた体型は見て取れなかった。

しかしながらBaccaraでは、年齢のせいかそれほど人気があったわけではなく店でレディースドリンクをご馳走すると、丁寧なワイと笑顔を返してくれた。何度かペイバーし、ぽんこつマンを一人の上客として彼女が認め始めてくれていた。

彼女の実家はゴム農家で裕福ではなく家族のために毎日闘っているとよく話していて、金にシビアすぎるところがぽんこつマンには気になった。baccaraにはその後も何度となく行ったがオキニだけをいつもペイバーすることはこの頃から無くなっていた。二番目のオキニになっていた彼女は、それから2年くらいはBaccaraで働いていたと思うが、その後姿が見えなくなっていた。やはり年齢的に30歳を超えるとBaccaraという人気店でダンサーで指名をもらうのは厳しくなるのだろうか。

彼女の姿がBaccaraから消えて2年くらい経過した2018年にラインのタイムラインに彼女の投稿が上がっていた。久しぶりに連絡をしたら、今もバンコクにいてフリーランスで客をとっていると話していた。

「久しぶりだけど会ってみる?」と言ったらOK! という返事がすぐに帰って来た。「じゃ晩飯を食べよう。」というと昔ぽんこつマンと一緒にHuai Khwang(ホイクワーン)というエリアにあるソンブーン・シーフードという店で<プー・パッポン・カレー>を食べたことを覚えていたらしく、私がバンコクで住んでいるところの近くにもその<プー・パッポン・カレー>が美味しい店があるという。トントンというタイ(イサーン)料理屋で、ペッブリー通りとラマ9世通りを結ぶ南北の通りに面しているとのことで、そこで待ち合わせることにした。

待ち合わせ時間の午後8時に5分前に店に着いたら、彼女は既にテーブルでぽんこつマンの到着を待っていた。早速ビアチャン生3Lタワーといくつかの料理を頼んで、懐かしい話で盛り上がった。大量のビールを彼女もぽんこつマンもグイグイ飲んだ。1時間で食事も生ビールもなくなり会計を頼んだ時、彼女が「さぁ次は?」と言ったので「どこか行きたいとこあるの?」と尋ねたら「ウイスキーのボトルが入ってる店」と言ってまだ飲む気満々だった。向かった店はタワンデーンというタイ人には馴染みがある大きなバンドステージがあるパブだった。

このブログを書いている2020年6月時点はCovid-19による非常事態宣言令下にあり、臨時休業となっているがそのうち状況が改善すればまずあっという間に一杯になるだろうと思える賑わいぶりだった。物凄い大音量でタイポップのライブが演奏されていて、ステージにいる歌手や演奏者には頻繁に客がステージに近寄りチップを渡しに来る。

その店でほぼ空になったウイスキーをグラスに注いで彼女がもう一本ウイスキーのボトルを注文した。彼女はすごい酒豪だった。グラスの半分ほどウイスキーを注ぎ、氷を入れる。グラスの上部が少し空いているところにソーダを入れる。ほぼロックに近いソーダ割。それをグイ、グイと3〜4回ぐらいで空けてしまう。ぽんこつマンも酒は好きな方でかつては一晩で2升の日本酒を飲んだことはあるが、その時はもうそんなにはとても飲めなくなっていた。2時間でかなり酔ってしまった。彼女もそこそこ酔っていたようだが、店を出る時に「行く?」と誘って来た。長い間会っていないこともあったので、モノはためし、「いいよ」とあっさり返事した。そのタワンデーンという店があるパタナカーン通りを50〜100mほど東に歩いたところに、ロムレーンマンルートゥ(日本のモーテル)があり、そこにウォークイン。

基本は3時間、飲み物を頼んだりできる。彼女はそこでも大便ビールを一本グラスを2つ頼んだ。部屋代は3時間で300Bahtくらいだったか、ビール代と合わせて500Baht払って釣りはいいと言った。シャワーブースもキレイではないがそこそこ広い。日本ほど暑いお湯が出ることはないが、勢いはあった。モーテルスタイルなので宿泊も可能なのだろうがベットには上掛けの用意がない。彼女は先に軽くシャワーを浴びてぽんこつマンが後にシャワーを浴びる。ぽんこつマンがシャワーから出ると彼女はテレビを見てビールを飲んでいた。ぽんこつマンがベッドにあがると彼女は枕元に用意したコンドームに手を伸ばし、その行為の準備に入る。実に手慣れている。もう10年以上も体を張ってきているだけのことはある。細く長い指を持つ彼女の手がぽんこつマンの股間に伸び、玉袋と陰茎に刺激を加える。その絶妙なテクニックに酔っていたぽんこつマンのペニスはあっという間に充血し硬くそそり立った。彼女はその逸物に素早くコンドームを装着し、騎乗位でそれを自分の秘貝へ迎え入れる。グリン、グリン、スポン、シュポ、ズブゥ。彼女の腰はグラインドと上下運動を繰り返す。ぽんこつマンは両手を彼女の乳房に当てがい、内から外、外から内へと円を描くようにもみしだいていた。

10分くらいの騎乗位の後、彼女は四つん這いになり後ろからの挿入を求めた。ぽんこつマンはそれに応じ、後ろからズンと差し込んだ。蒸気機関車の車輪へ動力を伝えるピストンのように、ぽんこつマンの腰は激しく前後する。彼女のシリンダーはそのピストンの滑りを促すように愛液が溢れてきた。時折り膣口や膣壁がぽんこつマンの陰茎を締めつける。いつそんな技を身につけたのだろう。とても出産を経験した女性のものとは思えない秘部だ。最後は、正常位そして屈曲位でフィニッシュした。

部屋で少し気が抜けたビールに口をつけ、ハグした後に二人は部屋を出て、それぞれの帰路についた。ぽんこつマンが自分の部屋に戻った時は午前2時を回っていた。それ以降彼女からちょくちょく連絡がきた。多分酒を大量に飲ませてくれる都合の良い男がそうそう多くはいないのだろう。次に彼女に会ったのはその時から半年経ってからのことだったと思う。