久しぶりバンコク滞在に予定を入れ込む

2020年12月10日に帰国していた日本からタイに入国し、COVID-19の影響で15泊16日のASQ隔離が開けてバンコクの部屋に戻ったのは12月25日のクリスマス当日。25日の朝早くに隔離施設を出て、バンコクの部屋に戻ったのは午前10時だった。

既に日本からTINDERでバンコクの女の子と知り合った新しい女の子や前から馴染みになっている女の子、それからタニヤでF1というおっぱいカラオケとパッポンのゴーゴーバーに行くことをチェンマイに向かう27日より前にこなして置きたかった。

最初に会ったのはDEWという学生で日本に戻っている時にLINEで仲良くなりT-shirtを買ってきて欲しいと頼まれていた娘に、バンコクで拡大を広げる串カツ屋「恵比寿商店」スクンビット24/1の路面店で待ち合わせをした。

約束は、12:30だったがぽんこつマンが少し早めについたので店に入って待つことにした。当時は既にバンコク都の西に隣接するサムットサコーン県の海老市場で働く隊長のミャンマー人とタイ人に感染が広がり騒ぎがバンコク にも飛んできていてマスクだけでは感染が怖いと思うタイ人が増えていたが、クリスマスの25日とその翌日26日はまだ酒類の提供は禁止になっておらずぽんこつマンは店の入ってアサヒビールをジョッキで頼んだ。

やがて彼女がやってきて席についたが、何やら挙動不審な感じだった。その理由は何でも新しく日本人の彼氏ができたとのことで、スクンビット界隈はその彼が活動するエリアらしく、万が一にも彼に見つかりはしないかとおどおどしていたようだった。

彼女は知り合った最初の頃は決して美しいとか可愛いとかという印象はあまりなかったが、その日は昔見た写真より可愛く見えた。もともと性的関心は高い女の子だったので、今はその彼とのセックスが彼女を磨き始めているのかもしれないと思った。

わずか2日で何人もの女の子と会う約束をするのはかなり大変だった。15時にスクンビット49にあるアパートに住むというNISAという女の子と約束をしていたので、恵比寿商店を14:30に出て最初の彼女と別れ、NISAにLINEで連絡を入れたが一向に既読にならないのでパスして、スクンビット4にあるMorning & Nightsというバービアに出かけた。それ以降の話は前の記事に書いているので省略するとしよう。

ぽんこつマンがバンコクを後にしてチェンマイに戻って間も無くバンコクはレッドゾーンとなり再び長い酒類の提供ができない状態になった。しかしチェンマイはオレンジゾーンからやがてグリーンゾーンになり、ほぼ飲食店の酒類の提供には影響がなかった。

2月もほぼ終わろうとしている頃に、バンコクのロックダウンがようやく解除の噂が流れ、今はまたバンコクでも飲酒を店で楽しむこともできる。という訳で日本に一時帰国を予定している4月の日よりほぼ1ヶ月早くバンコク入りしたのが2021年3月9日。

今日と明日のディナーの相手は既に確保した。明後日以降は既にTinderで知り合っている女の子の中から選んでいくことになる。良いタイミングでサイドライン遊びもしてみようと思う。サイドライン遊びは、部屋にいて客からの指名を待っている女の子のLINEにアクセスしてその子のいる部屋でかなり安く体液交換ができる遊びと聞いている。成果が上がったらまたこのブログでアップしようと思う。

ビアチャンガールをナンパ、寿司デート

しばらく前に古くから知っているイサーン娘から紹介されたかわいい女の子がいて、その子がビアチャンガールの仕事をしているというのでそのビアガーデンに会いに行った。ビアチャンガールというのはレストランやバーなどでビアチャンの会社のユニフォームを着て客にそのビールを注ぎ足してくれるサービスをしてくれる女の子で、普通のウェイトレスより可愛くてセクシーなボディーラインの嬢が多い。

タイではいろんなビール銘柄があって、シンハー(獅子マーク)、チャン(象マーク)、レオ(ヒョウマーク)、ハイネケン、アサヒなどがメジャーなブランドだ。ビアチャンはシンハービールとシェアを争う2大ブランドの1つでウィキペディアによると2006年のタイのビール市場の49%を占めているらしい。ビアシン(シンハービール)よりアルコール度数が高く値段が安いこともあり、タイでの人気が高い。ぽんこつマンも初めてタイへ来た時からビアチャンのファンである。

彼女が働いていたのは、スクンビット69と71の間にあるスカイウォークコンドの奥にあるW District(https://www.bangkoknavi.com/miru/418/)のオープンエアのビアガーデン。周囲には日本食・フレンチ・イタリアン・バーガー・シーフード・タイ料理・ギリシャ料理等のお店が色々ある。

https://www.bangkoknavi.com/miru/418/ から引用

ぽんこつマンが席をどこにしようか迷っていると彼女がぽんこつマンに気づき近づいてきて席を選んでくれた。ぽんこつマンは即座にビアチャンを注文した。ビールのアテは周りのショップに行き注文する。料理ができるとテーブルに運んできてくれる。

ぽんこつマンがそこに行ったのは19:30を少し回った頃だった。まだ雨季だったせいかそれほど混雑してはいなかった。料理はポテトフライとコルドンブルーを注文した。彼女はしばらくして注文から戻ってきたぽんこつマンに近づき、話しにやってきた。

ぽんこつマンは、彼女にこの仕事はどうか、生活はうまく行っているかを聞いてみた。彼女はバンコクのスラムで有名なクローントゥーイのアパートに母親と幼い娘の3人で暮らしているらしかった。アパートの家賃は5000bahtと言っていたが、実際に幾らかはどうでもよかった。母親も市場で働いているが、家賃、娘のミルク代、携帯電話の通信費、電気代とか生活の基本となるお金を考えるとと生活は厳しく、どうしても彼女も働いて母に渡さないといけないと言っていた。そこでの仕事の時間は19:00から一番遅くて02:00までの7時間。途中食事休憩は30分取って良いと言っていた。毎週月曜日は休み。月収は9000Baht、それと客からのチップという。ぽんこつマンは早く帰ることはできるのかと聞いたら、できると答えた。もし雨が降ってきたら、店は閉まってしまうのでその時はいつも早く帰れるとも言っていた。

ならば今日雨が降り出したら、デートしようと彼女に言ってみたら、OKという返事を返して仕事に戻って行った。しばらくピッチャでもらっていたビアチャンを飲んでくつろいでいたら、空がピカと光った。そして大きな落雷の音。21:00を少し回ったばかりだった。

そして空から大きな水滴がポツンと落ちた。雷鳴が更に激しくなった。スタッフが慌ててパラソルを開いていく。しかし大きな水滴は一気に数を増し、パラソルをバラバラと叩く。やがて水滴は筋になって空から落ちてくる。そして地面を叩き、あっという間にコンクリートが池に変わっていく。風も強くなり横殴りの豪雨。短パンもTシャツも濡れていく。

彼女が大きな傘を持ってぽんこつマンに近いてくる。食べ物は食べ終わっていたが、既に少しだけビールが残ったビアジョッキにも雨が飛び込んできていた。彼女は傘に入ってトイレに避難しようと言ってきた。ほぼ全ての客は散り散りにそのビアガーデンから姿を消していた。

雨粒が小さくなるまでトイレで雨宿りしていたが、雨が少し小降りになった時に既に着替えていた彼女が再び現れて、「今日はもう終わり」と言ってきた。そしてふたりはスクンビットソイ71に出てタクシーを探した。

その日はそこからぽんこつマンの部屋に彼女が来た。あらかじめ買ってあったビアチャンを冷蔵庫から出しふたりで飲んだ。その後ふたりはシャワールームに行き、そこで激しい抱擁。お互いの身体を洗いあった後にシャワールームで彼女を立たせたまま背後から挿入した。

彼女の秘部は既にぬめりを帯びていて、ぽんこつマンの亀頭はスルンと奥へ入り込む。彼女の腕は両手を壁につき高く挙げている。ぽんこつマンは彼女の乳房に手のひらを当てた。かなりの大きさのある乳房だったが、シリコンでは無い。腰を前後しながら両手の中指で彼女の乳首を捏ねる。

彼女は、切ない声を上げ、濃厚なキスを求めて顔を後ろに向けてくる。ぽんこつマンは彼女の唇に合わせるように顔を重ね彼女の舌を吸う。彼女も舌をぽんこつマンの口に挿入してくる。生のままでの挿入なので、中にザーメンを放出するわけにはいかない。

ふたりはいったんシャワールームから出てベッドに行き、まだ膨張したままの肉茎にコンドームを装着して、濃厚なプレイの続きを愉しんだ。彼女は首筋への口づけを好んでいるようだった。耳のそばの頸動脈に沿って舌を肩まで下ろしデコルテの鎖骨に舌を滑らせる。それから胸のセンターを降りて乳房の谷間を進み、乳房の下を吸い上げ乳輪に向かう。乳輪を舌先で何周も撫で回し、乳首を吸い上げる。その一連の動きのスタートは、まず首筋へのキスからだった。

正常位、伸長位、側位、そして再び正常位で激しく突き上げてぽんこつマンはフィニッシュした。果てた後にザーメンをため込んだコンドーム を拭い取り、彼女を改めて抱いて彼女の身体中をリップする。白いキメの細かい肌、微笑むと笑窪が見える頬、絞れたウエスト、ボルドーワインのような色をした乳首を持つ放漫な乳房。そして男を迎え入れる湿潤な膣。うっすらと筋肉の上についた柔らかい脂肪。放心状態の彼女を見て、愛おしいと思った。

深夜を過ぎて雨はすっかり上がっていた。彼女は家に帰ると言った。彼女の今日の仕事は19:00から雨が降り出した21:00までの3時間。チップもほぼ無かっただろう。ぽんこつマンは彼女に2000Bahtを「今日はありがとう、娘に何かお菓子でも買ってあげなさい」と言って渡した。彼女は嬉しそうにそのキャッシュを財布にしまい、部屋を出て行った。

ある月曜日、彼女が仕事を休む日の午後4時に彼女から電話があった。「今日は休みだからいっしょにご飯を食べたい」と言ってきた。「何が食べたい?」と聞いたら「日本食、寿司」と言う。「どこか良いところ知ってる?」と聞いたら「トンローの鮨正」と言ってきた。そこは「昔友達と言ったことがあって美味しい」のだそうだ。そして彼女は今ぽんこつマンが住んでいる所に近い友達の部屋にいるから、夕方5時半くらいにぽんこつマンが住んでいるコンドのロビーに行く。そこから一緒に行きたいと言って来た。

ぽんこつマンはその晩は特に予定はなかったので快諾した。待ち合わせの時間まで1時間余り。シャワーを浴びて出かける準備をした。それからトンロー「鮨正」をネットで調べた。

「鮨正」は日本人には馴染みが薄いが、タイのスターも訪れるほどでタイ人にはかなりの人気店だということが書いてあった。彼女は時間通りにやって来てふたりでタクシーに乗り「鮨正」に向かった。

店はトンローソイ5を150mくらい入ってThe Andamanというレストランと同じ敷地にあり、隠れ家的寿司屋だった。タクシーは夕方の渋滞にかかり、40分くらいかかった。店に着いた6時半頃には客もそこそこ入っていた。

彼女はサーモンの炙りの巻物、ウナギ、など生ではなく熱処理したものを頼んでいた。ぽんこつマンはいくら、トロ、帆立、ボタンエビ(刺身)を注文した。寿司はやはりビールより日本酒だが彼女はお酒は飲まず冷たいお茶を飲んでいた。タイ人の板前が握る寿司もネタに鮮度があり問題なく美味しい。タイで食べる寿司の中ではかなりのレベルの高さであった。

ゆっくり食事をして、店を出たのは22時の閉店前の30分前。そのあとは、ぽんこつマンの部屋にふたりで戻った。そして再び濃厚なディープキス。ふたりはお互いの身体を求め合った。

彼女とはその後も何度か彼女の休みの日にポンコツマンの部屋に来て激しくセ●クス をしたが、いつの間にか毎回渡す2000Bahtが当たり前になって来たようで、彼女がビアガーデンで働いて稼ぐ以上に容易に得られる収入源としてぽんこつマンのことを思っているように感じ始めた。それ以降、彼女からの連絡を無視するようにした。しばらく相手にしていなかったら彼女からの連絡も途絶えた。今はただの友達の関係。次に彼女に会うことがあっても部屋に呼んで肉体の関係を結ぶことはないだろう。

スマホアプリSkout で出逢ったフィリピーナ

オロンガポに住んでいるフィリピーナをスマホアプリ Skout で見つけてオンラインで色々話し、実際にに飛んで濃厚なオフパコ体験に成功した後も、他のフィリピーナをSkout で探していた。フィリピンにはカジノもある。ゴーゴーバーもある。身体を売りにしている女の子もたくさんいて、時間とお金さえあればどんな男でもモテ体験は可能である。

しかしぽんこつマンはゴーゴー嬢やコールガールとのベッドでのお遊びも楽しみたいが、実はある意味ローカルフィリピーナとの恋愛ゲームも楽しみたかった。Skout で仲良くなってLINEを交換した女の子の中には、女子大生もいた。サポートを望んでいるシングルマザーもいた。高校を卒業したばかりで日本のアニメが好きすぎて、京都の大学に通っていると詐称している女の子もいた。とにかくSkout に写真が上がっている女性で比較的可愛いと思える18−35歳の女性にかたっぱしからアタックしていた。マニラ近郊の女性が多かったが、セブシティーやダバオの女性もいた。マニラ近郊では、オロンガポの他に、マニラ近郊ではマニラはもちろん他にパサイ、マンダルヨン、ケソンシティ、そしてアンヘレスよりさらに北北東に位置するサンホセという街の女性までいた。

ぽんこつマンはチャットが目的ではなくその娘と実際にあってデートする事が目的だったので日本からダイレクトで飛んでいける空港が近くにあることが条件になる。マニラ近郊の娘はマニラ、パサイ、マカティでデートできる。それ以上遠くに住む娘にはマニラに来れるかどうかが選択の条件になる。

彼女たちの本来の目的はなんであれ、彼女たちからすればずいぶん年上のぽんこつマンに会っても良いという女の子は何人もいた。そのうちの3人とはマニラで落ち合う約束ができた。中でもケソンシティに住んでいるが、マニラでのホテル待ち合わせ可能で当時の職業はツアーガイドとモデルをやっていると言う女性が次のフィリピン訪問の本命になった。

羽田からマニラへのフライトはANAのマイルを貯めることができるフィリピン航空を選択した。ホテルはネットで調べたレートの良い両替屋(*1)に近いマラテ、エルミタ辺りで部屋から海が見える三つ星ホテルを探した。

ぽんこつマンが選んだホテルは、上層階の窓からマニラ湾が望めるリージェンシー・グランド・スウィート。宿泊料金が高く無く便利なエリアにあるのが決め手になった。

マニラに到着後マラテで4泊する計画にした。ぽんこつマンは空港からウーバーを使ってホテルに向かい、一泊目はカビテに住んでいると言っていたシングルマザー(26)を部屋に呼んでいた。

朝、羽田を出発し、マニラには現地時間14時前に到着する。マニラの空港からは昼の時間であれば渋滞があっても1時間程度でマラテに着く。ホテルにチェックイン出来るのは16時くらいだろうと考えて、彼女を18時に呼んでいた。

ぽんこつマンはホテルにチェックインして、彼女とLINEで現在地を確認していた。彼女がマラテに入ったとチャットしてきたので、ぽんこつマンはロビーに降りた。彼女は18時を少し回ってホテルのロビーに現れた。彼女は昼過ぎに家を出たが渋滞でとんでもなく時間がかかったと言った。それは良いとしてぽんこつマンは少し空腹だった。「飯は何が良い?」と彼女に尋ねたら「フィリピン料理」と言ったのでホテルに聞いてそれほど遠くないフィリピン料理屋に出かけた。距離は1キロほどではあったが夜ともなれば暗い道を歩くのは多少危険を感じるエリアなのでウーバーを呼んで店まで行った。店はThe Aristocrat Restaurantという店。

客はフィリピン人だけだったと思う。彼女におすすめの料理を選んでもらった。ぽんこつマンには今ひとつうまいとは思えなかったが、フレンチフライを料理に皿から溢れんばかりにかかっていたグレービーソースを付けてサンミゲルライトで胃袋に流し込んだ。

飯を食い終わってホテルに戻ってすることはひとつ。ぽんこつマンはノースリーブで膝上までの丈の短いサンドレスを剥ぎ取り、そのボディーラインを見た。シングルマザーとは言え、ボディラインが崩れているというほどではない。しかしヘソからくっきり妊娠線が見えた。

シャワーを一緒に浴び、ベッドへ向かった。ぽんこつマンは少し乱暴に彼女の乳房を弄んだ。彼女はごく自然にぽんこつマンの行為を受け入れた。かなり濃い色をしている乳首と乳輪を軽く噛んでみた。彼女は「ウィ、」と声をあげ軽くのけぞった。彼女の局部に手を伸ばすと既に潤んでいて、すぐに挿入しても良さそうであった。

ぽんこつマンはあらかじめベッドのサイドテーブルに用意していたコンドーム を素早く装着し、足尾伸ばした彼女の上に乗り伸長位で膣口を探し当て、ゆっくりと挿入した。激しく深くは挿入できないが女性の太ももがペニスへの刺激をプラスして、スローなセックスに向いている。ぽんこつマンは徐々にフィニッシュに近づくのを感じて体位を正常位、屈曲位と変えてフニッシュを迎えた。

仰向けのまま天井を見ている彼女の局部をティッシュで拭ってぽんこつマンはザーメンをため込んだコンドームを外した。ふっと息を吐いて彼女の横に仰向けになったら、彼女が今シングルマザーになっている経緯を話し始めた。昔の恋人とコンドーム無しでセ●クスしたらすぐに妊娠した。メンスがなくなってそうかなと思ったが、病院で確認しなかった。そのうちつわりが始まり、その恋人は彼女の元から姿を消した。今は、もうその恋人のことをなんとも思っていないが、子供の面倒を放棄はできない。生活は大変だけどなんとか生きていると。なんだか湿っぽい話になって、ぽんこつマンは彼女に背中を向けてしまった。

ぽんこつマンは面倒な話になるのが好きではない。明日の朝は早く帰ると言っていた彼女を引き止める気は全くなくなっていた。

朝は5時に目が覚めた。彼女も既に起きていて、ちょうどブラをつけて、昨日脱がせたサンドレスを着ているところだった。ぽんこつマンが起きたのを見てそろそろ家に帰ると言った。何を使って帰るか聞くとジープニーに乗り継いで帰るという。フィリピンローカルには普通の乗り物だが、ぽんこつマンはタガログ語を話せないので乗ったことがない。今後も乗ることはないだろう。財布から3000ペソを取り出し「ありがとう」と言って彼女に渡した。さらに200ペソを取り出して、「これはジープニー代」と言って渡した。

彼女は少し寂しそうな微笑みを浮かべてハンドバックの奥深くへ3000ペソを沈めて200ペソだけを手に握り、軽く会釈し部屋を出た。それ以来、彼女からのLINEチャットは無くなり、ぽんこつマンも送る事は無くなった。

2泊目、3泊目は、Skout で見つけた本命をホテルに呼んだ。ツーリストガイドとモデルをやっているというケソンシティ住みの女性。正午にロビンソンプレイスでの待ち合わせ。

ぽんこつマンはホテルを正午10分前に出て歩いてエントランスに向かった。ロビンソンプレイスは11時には開店している筈だが、それほど混み合ってはいない。エントランスで彼女が来るのを待った。正午を5分過ぎたところでLINEしてみた。すると彼女はもう館内にいてエントランスを入って正面に見えるカフェの前にいるという。セキュリティゲートを過ぎ中へ入る。そこには新車の展示がされていてさらに少し奥へ行くと彼女が見えた。

初めましてと挨拶をして、お腹の空き具合を聞いてみた。すると「すごく空いてはいないけど、ジョリビー(Jollibee)に行く?」と返された。

そのJollibee(http://www.jollibee.com.ph)とはあのマクドナルドですら勝てないフィリピンのNo.1ファーストフードらしいが、入った事はなく、即答で「OK」と返した。ぽんこつマンはバーガーメニュー、彼女はライスメニュー。フィリピン人の口にはよく会うらしく、昼時はごった返していた。

彼女はモデルをやっていると言っていたので、165cm以上身長はあると思ったが、実際には150そこそこの小さな女性だった。しかし彼女は飲食にも興味があるらしくいつかはちいさな食堂兼カフェのような店を持ちたいと夢を語っていた。そしていつでもよく食べた。しばらくロビンソンプレースを散策し、その後両替のためにEDZENに行った。店の前には拳銃を持った屈強そうなガードマンがふたり立っている。5万円ほど両替した。

ぽんこつマンは、その国の物価を立ちんぼの売春価格で推定するクセがついていた。当時の日本の相場は、15,000円〜30,000円、タイでは1500Baht〜3000Baht、フィリピンでは、1500ペソ〜3000ペソ、インドネシアでは20万ルピア〜30万ルピア。上限の3という数字が同じ趣を持っていた。町場の屋台飯も桁は変わるが、ほぼ似ている。日本の立ち食い蕎麦屋は400円〜500円、タイのバーミーナムは35〜50Baht、フィリピンのフードコートのメニューは40ペソ〜80ペソ、インドネシアのミーゴレンやナシゴレンは、4万ルピア〜7万ルピア。ざっと日本の千円の感覚がタイでは100バーツ、フィリピン も100ペソ、インドネシアが1万ルピア、と考えれば当たらずとも遠からずと思っていた。

日本円で5万円は当時だいたい21,000ペソ。日本で21万円くらいのお金を銀行から下ろして持っているという事だ。フィリピンの紙幣は20PHP、50PHP、100PHP、200 PHP、500PHP、1,000PHPの6種類。露店マーケットやローカルマーケット、ローカルフードコートなど現金しか通用しないところも多いため常に現金は必要だが、あまり多く持ち歩いているところを見られると、命を落とすリスクも高くなる。

両替屋を出てとりあえずホテルに戻り、パスポートと15,000PHP、それに利用可能額を低く設定している1枚のクレジットカード以外をセキュリティーボックスにしまった。前回のマニラ訪問時に夜のマカティで遭遇したジャンキーの恐ろしい記憶が消えていなかったからの行動だ。

マラテ、エルミタ 界隈は、マカティ のグリーンベルト辺りのハイソな空気はなく、かなりこんとんとした気配が昼でも漂っている。それほどたくさん歩いたわけではなかったが、いつどこで危ない目に合うかわからないというムードの中だったので、ぽんこつマンは少し疲れていた。ベッドに倒れ込み少し休むことにした。彼女は部屋のテレビをつけ、タガログ語のチャンネルをチェックしていた。

晩飯の時間が近くなって、「シーフードを食べたい」と昼間話していたことを思い出した。スマホで探したらトリップアドバイザーのサイトの上位にランクされている店が比較的近くにあった。彼女にその話をしたら、「友達が近くに住んでいるから呼んでいい?」と言われた。

「OK」と返事をして19時に店の前で落ち合えるように連絡してもらった。店の名前は、ずばりSEA FOOD MARKET and RESTAURANT(https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g298573-d819670-Reviews-Seafood_Market_and_Restaurant-Manila_Metro_Manila_Luzon.html) だった。

19時にレストランに入ったが、彼女の友達から少し遅れるという連絡があったという。先に店に入って、カニ、えび、牡蠣、と野菜の料理を注文した。料理がどんどん運ばれて白ワインと一緒に食べているところに、彼女の友達がやって来た。彼女の友達は、子供の世話があり時間がかかったと話した。なんでも3人の子供と旦那の4人暮らし。旦那は、マカティのステーキハウスでウェイターをしていると言っていた。かなりぽっちゃりしていて、いかにもフィリピンママという明るい女性だった。

彼女の友達は食事中に二度席を立った。ちょっと一服とタバコを吸いに行く。ぽんこつマンはこの数年前までハイライトのチェインスモーカーだったが、日本の正月にひどい雪の年があり、その時にタバコが切れて買いに行くのも面倒になったことをきっかけにやめてみたら、意外と禁断症状もなくあっさり辞めることができて、もう吸う事も無くりすでにタバコの匂いが嫌いになっていた。

自分が吸っていた時は考えもしなかったが、その時はタバコの匂いがある女とのセ🟣クスは、どうももう一つその気になれなくなっていた。

食事を終え、彼女の友人とはいったん別れて、ぽんこつマンとSkoutで知り合った彼女はホテルへ戻った。彼女の友人に比べて彼女は未婚でバストはかなりボリュームがあり、ウエストはそれなりに細かった。下っ腹が少し出ていると思ったが、日本人にもよくある程度でそれよりヒップの張りも良く、身長は高くないがナイスボディーだった。

彼女への土産にと日本の空港でVictoria Secret のショーツを買っていた。それをバックから出して彼女にギフトとして渡した。彼女の好きなブランドはチャットでそれとなく聞いていた。彼女は、土産の包装を見て見て「Wow!!」と驚いた後、包装をといて、「つけてみていい?」と付け加え、バスルームに行きそのショーツだけを身につけて、戻って来た。今まではコットンのノースリーブアッパーに隠れていた、豊満な乳房を片手で隠して踊りながら2mくらいのところまで来てポージングした。肌の色は日本人より少し褐色味をを帯びていたが、フィリピーナとしては白い方だと思った。

最近は、モデルの仕事はほぼなくなり、プライベートツアーガイドとして外出機会も多く、腕や脚は日に焼けていると恥じらいを見せたがぽんこつマンは、まだまだきれいな肌色をしていると思った。

ぽんこつマンがベッドに彼女を座らせて「僕はシャワーを浴びてくる」と言ってバスルームに消えた。シャツと短パンを脱ぎ、アンダーパンツも脱いでシャワーを浴びていると、突然シャワーカーテンが開き、生まれたままの姿になって彼女がシャワーに飛び込んできた。

シャワーの中でお互いの身体を洗い、絡み合った。身長の小さい彼女の片足をぽんこつマンは持ち彼女はもう一本の足を爪先立ちしている。片足の筋肉に力が入っているのがわかる。そのバレーダンサーの様な体位でぽんこつマンは腰を上下運動とグラインド回転を施す。深い挿入は難しいが、コンドームを装着する前のシャワーでのプレイでフィニッシュするわけにはいか無いので、5分ほどそのプレイをしたのち、ぽんこつマンは「ベッドの行こう」と彼女を誘った。

ふたりは軽くバスタオルで肌に残っているシャワーの水滴を拭い、遠くに何本かの高層ビルの明かりが見えるベッドにダイブした。ふたりはキスをしたまま体の上下を変える様に何度もローリングした。その旅にぽんこつマンの膨張した陰茎は彼女の恥骨にあたり、彼女の豊満な乳房の弾力がぽんこつマンの肋骨に響いた。

ぽんこつマンはその行程の中でコンドームを取り、装着しようとした。その時彼女は、身体を上下反転してシックスナインの形になりフェラチオを始める。充分な膨張を確認して彼女はコンドームの装着をリードした。自ら後ろ向きでそのペニスを自分自身の秘部に挿入した。

亀頭のくびれが膣口のアナル側に擦れる。グリン、グリン、グリン、、、。気持ちいい、グリン、グリン、、、。やがて彼女は180度回転し、正面で反り騎乗位。今度は彼女が「呻き声を上げる。亀頭のくびれがGスポットを擦っているのか?

ぽんこつマンは身体を起こして、対面座位に。後頭部に手を添えて抱き寄せると、彼女の豊満な乳房にある少し大きめな乳首が、ぽんこつマンのあばらを擦る。それから彼女を押し倒して屈曲位で亀頭を局部の奥へ押し当てる。彼女の呻き声が大きくなりぽんこつマンが腰を掴んでいる手にしがみ付いて来た。

彼女が頂点を迎えそうな気がした。最後は正常位で彼女の体を強く抱きしめ、ディープなキスを交わしながら互いにフィニッシュを迎えた。

翌日彼女とエルミタ のローカルマーケットに出かけた。途中で昨日の彼女の友達が合流した。彼女はそのローカルマーケットで調理器具を探していた。どうやらデザートを作る道具を探しているようだった。2時間くらいで大きなショッピングバッグがいっぱいになっていた。いったん荷物をホテルに預けて、3人でSMモールアジア(https://www.smsupermalls.com/mall-directory/sm-mall-of-asia/information/)に出かけて昼飯を食べた。

その後シティオブドリームス(https://www.cityofdreamsmanila.com/en)のカジノに行くことにしていたからだ。

当時はオープンしてそれほど月日は経過していなく、その豪華さはフィリピンで最上位だったかもしれ無い。ぽんこつマンはルーレット好きだ。ディーラーがトリックを簡単に仕掛けられるカードゲームは嫌いだし、マシンゲームは退屈でつまらない。

ルーレットはディーラーが次のナンバーを狙ってボールをスピンさせている事はなんとなくわかっていた。そのナンバーを読んでベットして的中した時の優越感は半端なくアドレナリンが噴出する瞬間がある。3人でカジノに入りルーレットのテーブルに進んだ。とりあえず4000ペソをクレイチップに交換した。ぽんこつマンは一回のベットで20枚くらいのクレイチップを3箇所くらいに張る。もちろんシュバール掛け(鞍掛)、コーナー掛け、横ライン掛けはするが、赤黒や奇数偶数、または縦ラインや上中下のアウトサイド掛けはほぼしない。それはディーラーが次にどこの数字を予想して楽しんでいるからだ。儲けるというよりディーラーをヒヤリとさせる的中の快感は比べるものがない。

彼女と彼女の友達がそばにいる時は、徐々に勝っていた。しばらくしてふたりが2回をみてくると言ってぽんこつマンから離れて行った。2時間くらい待っていただろうか。なかなか帰ってこない。そのうち一時は10000ペソくらいに増えていたチップも1000ペソくらいに減っていた。ようやく戻って来たので最後の1回としてディーラーがスピンしてから残りのチップを全て26番黒一点にベットした。ボールが何周かして速度を落とし、ディーラーが「No more bet」と言ってベルをちんと鳴らす。ピンに当たってナンバーホールに落ちる。いったん落ちたかの様に見えたボールがはじけて26番黒からゼロを超え5つ先の4番黒に落ちた。3時間で4000ペソのロストはよく遊んだほうだと言えるだろう。

カジノを出たのは17時過ぎ。マラテまではかなりの渋滞が予想された。ウーバーの中で夕食をどこにするかと言う話になった。彼女は「日本食がいい」と言った。彼女の友人も同意した。マラテにある和食をネットで探した。レメディオスサークルの処にタナベ日本食レストランという店がヒットした。

ホテル より手前にあったので行き先をホテルからそのレストランに変更してもらった。店について2階に通された。かなりの予約がある様で、どんどん席が埋まって行っていた。ぽんこつマンは日本酒をオーダーした。料理は刺身盛り、焼き魚、イカゲソの唐揚げ、だし巻き、それにわかめサラダそしてマグロの握り。彼女と彼女の友達は何やら定食を頼んでいた。日本食はたまに食べる様だったがなぜか刺身には手を出さない。もしかしたら、ラーメンとかの方が良かったかなと思った。今回以降彼女とは何度も会うことになる。マラテ近郊ではH2Oというホテルで3日一緒に過ごしたこともある。

部屋からマニラ湾に沈む夕陽が望めるH2O hotelの客室

マカティのY2 レジデンスホテルに何度となく連泊したこともある。

マカティにはマニラで有数のステーキハウスや美味しいラーメン屋もある。

食事を終えて、彼女の友達は帰っていった。ぽんこつマンは彼女と一緒にホテルへ戻る。シャワーを浴びてまた濃厚な1戦。明日は今回のマニラ最後の4泊目、彼女は明日の昼にケソンシティの部屋に戻る。明日の午後はもうひとりのSkout で見つけたマンダルヨンに住むというシングルマザーと晩飯の約束していた。

翌朝は午前9時半少し遅く目が覚めた。朝勃ちしていた。隣で寝ている彼女の肩をそっと持ち手前に引き寄せ唇を奪った。彼女はゆっくり目を開け、「ウフッ、」と小さく笑った。彼女は手をぽんこつマンの股間に伸ばしそこにある陰茎が硬くそそり勃っているのを確認した。そしてゆっくりしごき始めた。昨晩の濃厚なセ🟣クスの後、ふたりはシャワーを浴びて何もつけないまま抱き合って眠っていた。だからぽんこつマンが上になって、彼女の局部にぽんこつマンの亀頭をツンツン突きながら彼女の首筋からデコルテ、脇腹、乳房、乳輪、乳首、に唇と舌で愛撫を加えると、秘部の奥から愛液が溢れてくるのがわかる。

ぽんこつマンはベッドサイドテーブルにまだ残っているコンドーム を取り素早く装着して、彼女の花芯の奥へ亀頭を埋めていった。正常位で腰を少し高い位置から、遊園地のバイキングの様に円弧を描きスイングする。行き着いた先と抜けそうな位置で少しとまり、動き始めから加速して奥でまた止まる。そんな動きを繰り返した後、腰を低い位置に下ろし機関車のクランクの様に前後にピストンした。彼女の足を持ち上げ肩に載せる。屈曲位で彼女の子宮口に亀頭を届かせる。もう一度正常位で彼女と抱き合ってフィニッシュを迎えた。

そのセ🟣クス の後シャワーを浴びたら、午前11時を回っていた。彼女は初めて逢った日にお土産で渡したショーツをつけ、連泊のために持って来た3枚目のノースリーブドレスを着て帰る準備をした。部屋を出る前にホテルの廊下に通じるドアに寄りかかって激しいハグとキスでその日の別れを惜しんだ。

その後ぽんこつマンは、部屋にあるインスタントコーヒーをノンシュガーでひとり飲んだ。正午になっているがその時はそれほど空腹を感じていなかった。それよりも背筋と腹筋、それに大腿筋に疲労感を感じていた。今日マンダルヨンのシングルマザーと早めに夕食を取るまではファスティングしてもいいかなと思った。

今日出逢う予定のSkaut3人目の彼女とは17時にトリップアドバイザーで調べたパサイにあるSEA SIDEというレストランエリアのゲート前で待ち合わせした。海鮮を買って、いくつかあるレストランへ持ち込んで調理を頼むスタイルだ。そこはフィリピンローカルにも、海外からツーリストにも人気がある様だった。

ぽんこつマンは、夕方の移動ということで渋滞を予想し16時前にウーバーを呼んでいた。指定したレストランエリアには17時5分前に着いた。まだそれほど人で溢れていなかったが、どんどん人が自家用車や、ウーバー、タクシーでやってくる。一台のジープニーがゲート前に止まり、そこから目当ての彼女が降りて来た。

彼女は「待った?」と聞いて来たが「いや、今来たばかり」と答えた。実際に17時15分だったのでそれほど長く待っていたわけではない。なぜ約束の時間を15分しか遅れていないのにそんなことを聞くのか不思議だった。そもそも南国に暮らす人が時間に几帳面であることは珍しい。その理由は食材の海鮮を選びレストランで調理してもらっている時にわかった。

選んだ海鮮は、カニ(マッドクラブ)、ロブスター、中型エビ、ムール貝、牡蠣、ハタ系の魚。魚介を購入するとそれぞれのレストランの呼び込みがすごい。「シャチョー」「シャチョー」という言葉には構わず、自分の印象でレストランを選んで入る。

カニはカニカレー、ロブスターはグリル、中型エビはチリソース、ムール貝はスチーム、牡蠣は生、そして魚は唐揚げで注文した。料理とともに白ワインを1本頼んだ。ワインを開け料理が出来上がるのを待ちながら、彼女に「なんでさっきゲートで出会った時に『待った?』て聞いたの?」と話してみた。その答えは、1ヶ月前まで日本のフィリピンバーでキャストをしていたと答えが返って来た。ぽんこつマンは、それで全てを理解した。どんな形であれ日本で働いた経験があれば、日本人と接する時は時間を守ることが大事になる。少しでも約束の時間を過ぎていたら一応そのことに気がついていることを相手に伝えることが、最低のマナーと心得ているという事だった。

料理が出来上がってどんどんテーブルにやってくる。4人がけのテーブルにスペースがなくなるくらい料理がぎっしりと並んだ。お互いに取皿に料理を取り、味わった。朝も昼も食べていないぽんこつマンは、胃が縮んでいるのか、海鮮を選ぶときはいろいろ食べたいと思ったが、実際に目の前の料理が並ぶとたくさんは食べれなかった。彼女も「もうお腹いっぱい」と言って食べない。マンダルヨンの家には、一人の小さな娘と彼女の母が一緒に暮らしていると聞いた。豊かではないフィリピン人にとっては、カニやロブスター、エビや貝などは高級食材らしく普段の食事で簡単に取るということはないとも聞いていたので、「お土産で持って帰る?」と聞いたら「はい」と日本語で帰って来た。

彼女は今はいったんフィリピンに帰って来ているが、また近いうちに日本の前と同じフィリピンパブで働くと言っていた。その日は、昨晩からの背筋・腹筋・大腿筋痛もあり、そこまで彼女とセ●クスをしたいとは思わなかった。レストランを出て彼女は食べきれなっかった料理をたっぷりと持ってジープニーを待った。ぽんこつマンは、家までのジープニー代として200ペソを手渡してハグをと日本での再会を約束して、呼んだウーバーに乗ってホテルにひとり戻った。

日本に帰国後、彼女から日本で働いているフィリピンパブの住所を貰った。場所は豊橋近郊。一度は約束を果たすため、東京から新幹線でその店に行ったことがある。そこで見た彼女は、かなり原谷尻や二の腕に肉がつき随分ぽっちゃりになっていた。その後彼女は日本人と結婚し、その店のチーママになったと聞いている。今も彼女のLINEはあるが、ほぼチャットはしない。たまに彼女が働いているパブからのプロモーションがタイムラインに入るだけになっている。

こうしてこの4泊のSkoutで知り合った彼女3人との出会いマニラ訪問は、終わった。2番目の本命と考えた彼女とは、それ以降もマニラで何回となく会い、セ●クスをする関係になった。

しかしぽんこつマンのSkout でのアジアでの女の子探しは続いた。セブ、バリ、ジャカルタ、バンコク、そしてハノイが加わった。その経緯はそれぞれ別の記事で追って投稿するつもりだ。

バリ再訪、そして初ジャカルタ。

初めてバリ島サヌールでナンパして身体を重ねた彼女に、翌年改めて再会したくてバリ再訪の計画を立てた。日本からダイレクトでバリ直行だと海で過ごすことはどうでも良いぽんこつマンには2〜3泊の訪問地が1カ所だと3連続有給休暇がもったいない。土日を絡めれば5日間の休みが可能なのだ。そうだ、ジャカルタ経由にして帰りにジャカルタの立ち寄ってみようと思った。全日空のマイルも貯まっているから、日本→ジャカルタ(1泊)→テンパサール(クタ2泊)→ジャカルタ(2泊)→日本という旅程で東京ージャカルタ間は全日空のマイル特典航空券、ジャカルターデンパサールはガルーダインドネシア航空で繋ごうと考えてネットで予約を作った。ジャカルタを旅程に入れるからにはラマダンの期間は外しておいた方が無難だ。

その年のラマダンは6月6日に入ることをネットで調べてそれ以前のスケジュールを探した。都合よく2016年3月29日(火)東京発ージャカルタ着、4月2日(土)深夜ジャカルタ発ー東京早朝着の便が取れた。ジャカルターデンパサール間は3月30日(日)の朝ジャカルタ出発、4月1日午後店パサール出発で予約を作った。

そしてホテルの手配。ジャカルタに行って見たかった理由は、大阪で働いていた時のタイ好き仲間の一人から「ジャカルタにも女の子をお持ち帰りできるスパやホテル併設の置屋バーがある。」と聞いていて、一度はロケハンして見たいと思っていたからだ。

初ジャカルタの宿は、HOTEL TRAVEL。ここにそのホテル併設置屋バーがある。そのホテルを出てマンガプサール通りを左に歩いて行ったところにスパもあり、ジャカルタ初心者のロケハンとしてはここかなと決めた。

二度目のバリ島の宿は、デンパサール空港から近いクタエリアを探した。海に入る予定はないがせっかくバリに行くからにはビーチが近い方が良い。宿泊サイトの掲載写真と料金が気に入り、クタベックスビーチサイドホテルを予約した。

日本の3月末は桜が開花しているところもあるが、ぽんこつマンにはまだまだ寒い。それに比べ、インドネシアは熱帯。外は暑いが室内には強烈なエアコンが効いているので、太陽の直撃が嫌いなぽんこつマンには過ごしやすい。

2016年1月から30日以内の観光でもインドネシア入国時に必要だったアライバルビザ取得の手続きが不要となっていた。合わせて5泊の滞在なのでハンドキャリーケースのみだった事もあり、スカルノハッタ国際空港https://ja.wikipedia.org/wiki/スカルノ・ハッタ国際空港)に到着後イミグレを通過しすぐに、多少の両替とスマホのSIM交換後、到着ロビーに出た。そこはものすごい到着客待ちの人とタクシーの呼び込みがすごかった。向かうは、ジャカルタの北側にあるマンガサール駅から程近いHOTEL TRAVEL。ジャカルタは初めてだったのでそのアライバルロビーにあるタクシーカウンターに行き手配した。タクシーは空港を出て、陽が傾き始めすでに渋滞が始まっているハイウェイを東に進んだ。運転はすごく荒かった。STOP and GO、右へ左へ車線を頻繁に代えてジャカルタ市内に入り、一般道に降りた。ジャカルタの渋滞はさらに激しさを増し、ハイウェイを降りてからホテルまではさらに1時間を要した。

HOTEL TRAVELはネットのサイトでの予約ができず、電話で予約していた。フロントでパスポートを見せ、名前を告げた。間もなく部屋のキーが用意され、部屋に案内された。マンガプサール駅が近くにあり、そのホテルの界隈にも格安ホテルは多くあり。この辺りはローカルのビジネスマンがよく利用している場所なのかもしれない。

部屋に荷物を置いてぶらりマンガブサール通りを歩いて見た。まずは西へ。マンガブサールはジャカルタのチャイナタウンという情報があったが、はっきりと分かりやすい中華料理屋は多く見当たらなかった。しばらく西向きで左手側を歩いていくとスパがあった。確か名前はオアシススパ。気になったので覗いて見た。入り口を入り上の階に上がっていくとそこにはバンコクのMPのような金魚鉢があり多くのネシア娘が客待ちをしていた。ひととおりチェックをしたが是非にもという娘がいなさそうなので、退散することにした。そこを出てさらに西へ進む。ホテルを出ておよそ1キロほど歩くと南北に走る大きな通りに当たる。そこでマンガプサール通りを渡りホテルへ引き返す。大きな通りの角から100〜150メートルほど戻ったところに少しマシな中華料理屋があった。夕方5時を過ぎていたので、そこで飯を食うことにした。ビンタンビールと餃子、それに豚肉と野菜を炒めた料理を一品。ここジャカルタはムスリムの国なのでイスラム教徒は豚肉を食べない。しかしここマンガブサールの中華料理屋には豚肉の入った餃子もあれば豚肉料理も普通にある。なかなかうまい。満足したところで外へ。さらにホテル方向へ戻る途中で、蛇がカゴに入って売られているのを見つけた。コブラのようだった。食用のコブラなのだろうか?陽は既に沈み、あたりは暗くなり、ヘッドライトの灯りがあふれて来た。さらに進むと左手にロコサリスクエアというショッピングモールがあった。そこにもスパあるいは置屋バーがあるという情報をネットで見たことあり興味深かった。またインドネシアの電気コンセントはCタイプで日本のAタイプが使えるコンセントがホテルになかったので変換プラグを買いたかった。変換プラグは見つかった。しかしスパも置屋バーも見つからなかった。ネットの情報にあった地図では、ここという場所があったがシャッターが閉まっていて看板らしきものも見当たらない。開店が夜なのか、それとも潰れてもうないのか分からなかった。

いったんホテルに戻ることにした。夜になって、ホテルに併設の置屋バーを覗きに行って見た。エントランスを入り、奥へ。左手には昼間のような明るさの空間にセクシーな衣装を着たネシア娘が並んで座っていた。その前には全く明かりのない真っ暗なテーブルとソファーがいくつも連なってある大きな空間が見えた。ホステスが近づいて来て席へ案内する。ぽんこつマンはいったんテーブル席へ。ビンタンビールを注文したらすぐにホステスが持って来て、「どんな女がいいか?」と尋ねて来た。可愛いこと適当に返すと、しばらくして二人の女の子を連れて来て選べという。席は真っ暗で顔がほとんど分からない。かすかに見えるスタイルだけで女の子を選んだ。

女の子は私も飲んで良いかと聞いてきたので、OKと適当に答えた。すぐにもう一本のビールが来て、乾杯した。一口ビールに口をつけるかつけないかのタイミングで、「ブンブン」「ボンボン」と言ってくる。待て、まずはビールを飲ませてくれ!。彼女たちとのセ●クスは日本人にとっては高くない。せいぜい4000円程度。しかしそれは彼女たちがより多くの客をこなさないと十分な収入にならないことをも意味している。

あまりにも性急な要求にすっかり気持ちは萎えてしまった。明日はバリ島へ行く。そして昨年サヌールでナンパして濃厚なセ●クスをした彼女がぽんこつマンの到着を待っている。ここでムダ打ちしなくても良いという気持ちで、席を立ち部屋に戻ることにした。

翌日朝早くいったんホテルをチェックアウトして空港へ向かう。朝の渋滞にかかることを想定して出発時刻の4時間前にホテルを出た。空港に向かう道はいくつかあるのだろうが、ぽんこつマンがホテルに読んでもらったタクシーは、まず北に向かって走り、スラムのようなエリアを抜けてハイウェイへ上がった。ハイウェイまでもそれ以降も渋滞にはほぼ当たらず、意外に早くスカルノハッタ国際空港に到着した。チェックインしようにも3時間前なので少しチェックインロビーで待つことになる。1時間ほどしてチェックインカウンターが開き、セキュリティーゲートを通過しゲートへ向かった。

チェックインから出発ゲートまではかなり遠い印象だっが、ゲートでも搭乗時刻までかなりの待ち時間がある。空港内のレストランで軽い食事をとった。インドネシア料理の定番はナシゴレンかミーゴレン。ナシゴレンは重くなりそうなのでミーゴレンをチョイスした。土産物屋でさらに時間を潰し搭乗時刻の50分前くらいにゲートに着いたが、ゲートの待合は既にかなりの乗客が席を埋めていた。

無事搭乗時刻になり機内へ。座席についてそれほど待つ事もなく機体は、バリへ向けて離陸を開始した。予定のフライト時間は1時間50分、ジャカルタとデンパサールの時差は1時間。ジャカルタをほぼ11時に出発してデンパサールに到着するのは午後2時前後。

機体は滑るようにデンパサール空港に着陸した。よく晴れた日のフライトは快適だった。ゲートブリッジを渡りターミナルの中へ進む。ハンドキャリーだけなのでバゲージクレームを通り抜け、一気に到着ロビーへ。途中銀行の両替レート表が見えた。スカルノハッタ国際空港より、明らかに良いレートに少し驚いた。

到着ロビーには、昨年ナンパした彼女が待っていた。すぐにでも抱擁したかったが他の乗客待ちの人で溢れていたので、タクシースタンドに向かった。

ホテルは空港からそれほど遠くはない。しかしながらクタの街に近づくに連れて、なかなか前に進まなくなる。道路が片側1車線で交差点も多い割に、信号もそれほどあるわけではなく、結構勝手に交差点に入って来て、身動きが難しくなっているのだろう。タクシーには45分くらい乗っていただろうか。クタビーチにあるハードロックカフェの前を過ぎ、ようやくクタベックス ビーチフロントホテルに到着した。

案内された部屋はあいにく半地下の部屋だったが、彼女とのセ🟣クスを愉しむには特に問題はなかった。すぐにシャワーを浴び、絡み合った。

シックスナインでお互いを確認した後、彼女はベッドに四つん這いになって後ろからの挿入を求めて来た。コンドームを装着しないまま、生の挿入。彼女のフェラチオで充分に増大しそそりたっている陰茎を上から少し押さえ、彼女の花芯の奥へ送り込む。腰骨を両手で持ち彼女の体を引き寄せる。彼女は、快楽の表情を浮かべ顔を振り向かせた。まぶたを閉じ半開きになった口から舌を出して悶えている。ぽんこつマンは腰を下から上へ突き上げるようにスイングさせて彼女の絶頂を導いた。

それから彼女の上半身を持ち上げ彼女の両腕を持って亀頭を奥Gスポットにあたるように上下の動きにグラインドを加えた。彼女は振り向き、ディープなキスを求めて来た。ぽんこつマンは両腕で彼女のバストラインを羽交い締めにして、彼女が求めて来たキスに応えた。

寝バック、後側位、立ちバック、、、全て背後からの体位で彼女を攻め立て、彼女の両肩に手を掛け胸を思い切り反らせて強い一撃を加えたのち膣外でフィニッシュした。彼女は、まだザーメンが残っている逸物をあらためて咥え、全部を吸い上げた。まだヒクヒクしている陰茎へ舌と唇の筋肉をうまく使って刺激を与えて来た。「イイ、、、」「、、ス、ゴ、ク、イイ」こうして彼女との半年ぶりのセ●クスは前回を上回る快感の記憶を運んできた。

上がった息と心臓の鼓動が落ち着くまでふたりは抱き合っていた。その後ふたりはディスカバリーショッピングモールにあるOceans 27 Beach Club(https://www.tripadvisor.com/LocationPhotoDirectLink-g297697-d2211017-i136555294-Ocean_360_Beach_Club-Kuta_Kuta_District_Bali.html)に出かけた。そのビーチクラブについた時、既に太陽は水平線に隠れようとしていた。

心地よい音楽が聞こえてくる。やさしい海風が肌を撫でる。ぽんこつマンは心を解き放つ酔いの中でビーチリゾートの癒しに深く深く沈んで行った。それまで言葉を発しなかった彼女が程よく塩の効いたカラマリを指でつまんで口を開いた。「明日の昼は仕事がある、朝にいったんホテルを出るけど夕方また会える?」「もちろん」ぽんこつマンは迷いなくOKの言葉を返した。

翌朝、早くホテルで朝食をとり彼女はホテルをいったん後にした。その日の昼ぽんこつマンはクタの街を散策した。ホテル前のビーチ沿いの道路を南下し、JL.Kartika Plaza(ジャランカルティカプラザ)沿いにあるB couple seafoodという中華料理店でひとりランチをとり、彼女に教えてもらったクタで一番レートのいい両替店に行った。

その後レギャン通りを北に上り、グランドゼロメモリアルを見物してホテルに戻った。そして彼女がもう一度ホテルにやってくるまで部屋で夜のディナータイムをどこで過ごすか検索していた。

彼女はワイン好きということは前回ジャンバランでのディナーで分かっていた。そこで行ったことのないスミニャック辺りで良い店がないかを調べていたら、RED CARPET CHANPAGNE BAR(https://www.redcarpetchampagnebar.com/reservations)という店を見つけた。洒落ていて、ウエイトレスの制服もちょっとエロい。今日のディーナーはここだと決めて19時半に予約を入れた。

彼女とはホテルのロビーで18時半の待ち合わせだった。時間になってロビーに向かったら彼女は既に到着していた。「ディナーに行こう」ぽんこつマンはそう切り出して、ホテルからタクシーに乗った。タクシーに乗ってスミニャックのレッドカーペットを伝えたら、彼女が「Wow!」と驚いた。彼女もそこには仕事のボスであるオーストラリアに住む白人と一回行ったことがあり、とても良い雰囲気の店といった。

店に到着したのは、19時10分、席に案内してくれたのはベビーフェースなインドネシアの女の子。ほとんどの女の子は愛嬌もよく、好印象だった。全員彼女よりも若い。オーナーがヨーロッパ系の白人らしく女の子たちの英語もレベルが高い。

まずはシャンパンを1本。そしてコート・デュ・ローヌの赤を1本。生牡蠣、サラダ、ステーキ、全ての料理がクリエイティブでパーフェクト。料理を味わっているときに、ベビーフェースのウエイトレスが「これは、次のメニューに乗せる料理のテストで作りました」と言ってメニューにない新作のスープや前菜を持ってくる。どれもが完璧に思える素晴らしい味だった。

スミニャックで最高のディナー

23時の閉店時間まで4時間近くこの店にいたが、楽しい時間はあっという間だった。店を出て少し余韻を楽しみ酔いを覚ますためにその近くを歩いた。何軒か離れたジェラート屋に入って1スクープのアイスを食べた。それからタクシーを拾いホテルに戻った。

ホテルに戻ったら彼女がハグして来た。ぽんこつマンもそれの応えて激しいキスを返した。ふたりは自然と衣服を脱ぎ捨てシャワールームに消えた。人間の本能として食欲、性欲、睡眠欲と3つあると言われているが、この頃からぽんこつマンは睡眠欲が低い分、性交の快楽と美食への探究が激しくなっていたと思う。

シャワーから戻って、ふたりはまたお互いを求め合ったが、ぽんこつマンの脳裏には、レッドカーペットシャンパンバーでの若いウエイトレスの胸元のピチッと張ったブラウンな乳房の肌のイメージが焼き付いていた。

レッドカーペットシャンパンバーでは、オーストラリアに住んでいる彼女の仕事上のボスはフランス人であるという話を聞いた。その店の二階の女子トイレの側には、変態向けのSMチックな衣装や小物を売っているブティックもあるらしい。彼女は、いつかオーストラリアに留学に行きたいとも言っていた。もしかしたら、彼女のセックスへの貪欲さは、そのフランス人のボスに磨かれたものかもしれない。そしてこの店のオーナーが彼女のビジネス上のボスという有り得ない想像まで頭を巡った。

次の朝、彼女は同じく仕事に行くと言ってホテルを出た。ぽんこつマンはジャカルタに戻る。もっといろんなインドネシアの娘を知りたいと思った。そしてなぜ急にそう思ったかはわからないが、当面は彼女ともう一度会おうとは思わない予感がした。

ジャカルタのHOTEL TRAVELには夕方戻った。チェックインをし、ホテルの目の前にあったカフェでビンタンビール、アヤムゴレン、ナシゴレンを注文して夕飯にした。その後あらためてホテル併設の置屋バーへ向かった。今度はソファー席に勝手に進み、空いているところに腰を下ろした。まもなくホステスがやって来て注文を聞いたので、「バドワイザーそれと若くて細めのセクシーな女の子」と伝えた。

やがてホステスがバドワイザーとひとりの女の子を連れてやってくる。スタイルは悪くない。しかし暗過ぎて顔はよく分からない。彼女は「ハーイ!」と言って席に座った。彼女の飲み物を注文して、もう一度顔を覗き込んだ、かなりの厚塗りの化粧。インドネシア人特有の二重瞼と長いマスカラ、低い鼻と厚い唇。視線を胸元に移すと、ドレスの胸元ははち切れんばかりで乳房がうっすら汗ばんでいるのかその褐色の肌は光っていた。

彼女と乾杯してからしばらく無言でビールを飲んでいた。すると彼女が「マッサージ?」と問いかけて来た。「何?」と小さく答えると、奥にある通路を指し示して、「ルーム」「マッサー、ボンボン」としぐさ付きで返して来た。

ふと昨日まで一緒にいた彼女のバストの感触を思い出した。日本人にありがちなつきたての餅のような柔らかい乳房ではなく掴めばしっかり押し返す軟式テニスボルのような弾力に満ちた乳房。もしかしたらインドネシア人の肉質はみんなあの感触なのだろうか?だとすれば今隣にいる彼女も同じ感触に違いない。ネシア娘の実態を掘り下げるためにはやはりここは体験してみるしかない。そう考えたぽんこつマンは、彼女にOKのサインを出した。

席を立ち奥に見える通路の方へ進む。女の子がその通路にいる老女に何やらふざけて話しかける。そこで札をもらい、階段を登る。その先にはたくさんのドア。それらは全てがマッサージという名ばかりの奉仕部屋なのだろう。

彼女に連れられて一つの部屋に入る。部屋にはシャワーブースとベッドそして壁時計。それ以外はティッシュペーパーがあるくらい。まさに男の欲情を処理するためだけの部屋。彼女にすぐに服を脱ぐように指示され、二人でシャワーブースへ。彼女は手と胸と下腹部にボディーシャンプを塗り、乳房をぽんこつマンの上半身にあてがって八の字を書くように体を滑らせる。彼女の手はぽんこつマンの股間にある陰茎と玉袋をクシュクシュと揉む。ぽんこつマンを後ろ向きにして背中にも同じ動きをしながらぽんこつマンのアナルも洗う。その後ぽんこつマンにシャワーを掛けボディーシャンプーを洗い流し、外に出るよう促す。そして彼女は一人で自分の身体を洗い、素早くバスタオルを巻いてベッドで待っているぽんこつマンの上にやって来た。

ぽんこつマンが上に乗っている彼女の胸に手を伸ばす。オッパイをバスタオルの上から揉んでみた。指を跳ね返すあの弾力は、バリ・サヌールでナンパした彼女と同じだった。

なるほど、皮膚が日本人より厚いのか、それとも肉質が日本人と違うのかは分からないが、ネシア娘はこんな感じという感覚を確信したような気がした。

その個室での奉仕は30分ほどで、コンドームを装着してバックから思い切り突きまくってフニッシュした。彼女はティッシュを使ってコンドームをスルッと外し、シャワーヘ行くよう促す。実に事務的にことが進められる。ぽんこつマンがシャワーを終えると彼女がシャワーを浴び、さっさと元の服装に戻る。素早い。ぽんこつマンがせかされる感じだった。

部屋を出て、ソファーの席に戻りジントニックを一杯頼んだら彼女は大勢の女の子が待機しているブースに戻って行った。ホステスが何やら金額を書いた紙とプラスチックの札を持ってやって来た。それを持ってエントランスで金を精算するようだった。その晩はそのままホテル併設置屋を後にしてホテルの部屋に戻った。

翌日は、ネットで調べていたジャカルタ近郊のショッピングモールに出かけてみた。タマン・アングレックというショッピングモール(https://www.taman-anggrek-mall.com)。その中にある丸亀製麺のインドネシア出店1号店で、当時はローカルはほぼ食べない、冷やしざるを昼食で食べた。そのショッピングモール近郊にはコンドミニアムが建ち、モールの中ではコンドミニアムのセールブースが多数あった。当時はそのモールに近いエリアで300万円〜500万円くらいでコンドミニアムが買えるようだった。既に中国人や韓国人には人気のようで東アジア系の顔を見ては「ニーハオ」とか「アニョンハセヨ」と声をかけるインドネシア人の販売員がいた。ぽんこつマンも声をかけられたが日本語が分かる販売員はいないようだった。

ある階にはスケートリンクもあり、それなりに賑わっていた。そのリンクを見下ろせる階に上がりしばらくインドネシア人のスケートを楽しむ光景を眺めていた。当時のジャカルタはどんどん発展し、アジアの中でも有数の都会へと成長している最中だったのだろうか、ぽんこつマンが日本のバブル期にはしゃいでいた空気をインドネシアで感じた日だった。

翌日は日本へ帰国する。そのショッピングモールにあるスーパーマーケットに行ってインドネシア産のコーヒー豆を土産用に探してホテルに戻った。夕飯はマンガブサール通りにある日式ラーメン屋に行き、ワンタン麺と餃子、それにビンタンビールで済ませた。

その日もホテル併設置屋をのぞき、明るい明かりの下でたたずんでいる女の子を選んで自分の部屋に連れて行くことにした。その日は少し時間が遅いのか、ブースに残っている子は多くはなかった。少し待とうかとも思ったが、今以上にレベルが高い女の子がこれから現れるとも思えなかった。一人に合図してホステスに自分の部屋に連れて行くと伝えた。エントランスまで女の子と一緒に行き精算を済ませた。本来は、一旦エントランスから出て、ホテルのフロントを通過してエレベーターに乗るのだが、部屋番号を伝えると、そのエントランスから外に出ないでホテルの部屋に行ける通路へ案内された。彼女が手を引いてぽんこつマンの部屋についた。このスタイルは初めての体験だった。

部屋に帰ればやることは一つ。彼女のオッパイの弾力はこれまでのネシア娘と似ているか。彼女も後背位を誘導するのか。予想は的中した。張りと弾力のある乳房はヨーロッパ系白人にも東アジア系にも少ないが、インドネシアの女の子には多そうだと感じた夜だった。

ぽんこつマンは全ての旅程を終え、翌日の深夜便で日本へ帰国した。ジャカルタの空港で帰国便のチェックインをしようとした時、通常のエコノミー席からプレミアエコノミー席へのアップグレードを受けた。席に空きがあるとの理由だったが、それ以降そのような美味しい話は一切起こっていない。いつもより深くリクライニングした席で今回の記憶をもう一度振り替えり、その満足感に浸り切った。だが今回のようなジャカルタとバリでの2都市性交旅を、翌年も計画するとまではこの時は思っていなかった。

バリ島サヌールでのインドネシア初ナンパ

2015年頃には、ぽんこつマンはバンコクでオスの本能がピークを迎えていた。タイ以外の異なるアジア諸国の風俗を調べてるうちにぽんこつマンはサーフィンには全く興味がないがバリ島娘への興味が出て来た。バリの女の子はバンコクの女の子とどう違うのだろう?性格の差、見た目の差、性に対する意識の差などを実際に感じてみたくなった。

そうだ!バリに行って見よう!! そう決めた時は日本が既に晩秋を迎え、人肌の温もりが恋しい季節に変わっていた。この頃勤務地が東京に変わっていて、TYO→BKK→CNX→BKK→TYOとタイへの旅程を初秋の頃に決めていたが、東京バンコク間はANAの特典マイルで取っていたので東京に戻る前にバンコクからバリへの2泊を追加を決め、タイ航空のフライトをネットで探した。当時はタイ航空のバンコク〜テンパサール間は1日2便あったように思う。バンコク を午前出発しテンパサールには現地時間夕方に到着する便も比較的安価で買えたので即予約を作った。ホテルは近くに置屋があるとの調べがついたので朝日が見れるサヌール地区の3つ星をとった。

空港からタクシーでサヌールのホテルに直行してチェックイン、荷物を置いて近くにあるバーに行った。カウンターに座り、ビンタンビールを注文した。隣に女性がいたので英語で話しかけたら、なんだか話が通じてバリ島でおすすめのディナーを聞いたら、ジャンバランでシーフードがいいと勧められた。一人で行くのもつまらないので明日一緒に行かないかと誘ったら、気さくにOKとなった。その日はホテルに戻り静かに寝た。翌日は朝早くサヌールの海岸を散歩。昼近くにホテルでバイクを借りて、あらかじめ調べてあった置屋へ向かった。飛行機の移動の疲れがまだ十分に取れていないのだろう。だが体はヘトヘトでもチ●コはギンギンだった。いわゆる疲れマラ。部屋に入る前に女衒が女をバイクの尻に乗せてやって来た。特に可愛くはないが精子を出したい衝動もあったしせっかくやって来た女の子を返すのもかわいそうだと思い即OKにした。いくらだったかははっきり覚えていないが高くはなかった気がする。愛想は悪くなく、英語はほぼ通じないがやることは世界共通、ボディーランゲージでその場を乗り切った。その夕方は昨日約束したジャンバランでのディナーがあるのでホテルに戻って準備した。待ち合わせは昨日出会ったバーの前。タクシーを呼んで出かけたら、店の前に彼女は既に来ていて、その足で一緒にジャンバランに向かった。車内でどこに住んでいるのか?どんな仕事をしているのか?何歳なのか?出会ったバーにはよく来るのか?今日は自分の部屋からバーまではどうやって来たのか?などを話した。

何分くらいタクシーに乗っていたか分からないが、ノリのいい英語での会話が弾んであっという間にジャンバランビーチにあるレストランに到着した。入り口を入るとシーフードが陳列されていてその中から選んで料理を決めて注文した。その足でビーチにあるテーブルに案内され、飲み物のメニューが出される。ぽっんこつマンはワイン好きなので、白ワインをオーダーした。彼女もワインが飲めるらしくふたりで2本のワインを開けた。ビーチについた頃はまだ太陽が沈んでいなかったが、2本のワインがなくなった時は既に夜10時を過ぎていた。彼女の仕事は身体障害者のバリ旅行の企画運営を手伝っていると言うことだったが、たまたま今は新しい旅行者からの依頼がないので、バリの友達が働いているサヌールのバーに遊びに行っているとのことだった。彼女の出身はバリではなくジャワ島、バリ島出身ではないと言うことはヒンズー教ではなく回教徒だが、バリにいる時はスカーフ(ヒジャブ)をしないのだといった。彼女の話は興味深く、しかも明るい性格が気に入った。

そろそろ帰ることにしようという話になってレストランにタクシーを呼んでもらった。彼女の部屋はテンパサール市内にあるとのことだったが、バイクをサヌールのバーに置いて来ているので、その晩はぽんこつマンのホテルに泊まっても良いと言って一緒に戻ることになった。ホテルに一緒に戻ると言うことは、、、、、、、、、、、。今日は昼間に置屋で抜いて来ているが、、、、、、、、、、夜にも激しい体液の交換が待っていた。

今でも彼女との濃厚な時間は脳裏に残っている。温かくしっかりとホールドされたぽんこつマンの逸物の根元から亀頭に向かって肉ヒダがうねり上がっていく。日本人には滅多にない乳房のハリ、腰のくびれに触れるか触れない程度に手のひらを這わせると微かな呻き声と同時に腰をそらせ、亀頭を子宮口に当たりやすくする動き。正常位から片足屈曲位、騎乗位、後背位、寝バック、後側位、座位、両足屈曲位、スロー、、、スロー、、、、、スロー、、クイック、スロー、、、スロー、、、、クイック、ぽんこつマンが変拍子で打ち込む。彼女は全身を小刻みに震わせながら、体に突然走る快楽のショックに耐えていた。絞り上げるように強く握りしめるシーツ、ぽんこつマンの体を引き寄せようと彼女の指が背中、腰に食い込んでくる。合わせる肌は、強い空調の中でも熱く火照り、互いに汗ばんで絡み合った。

一戦が終わったのは午前1時より少し前。当然コンドームを装着しての一戦だったが、彼女はぽんこつマンが果てた暫く後に、次は、中で出さないなら「生でも良い」とささやいた気がした。そのままふたりは抱き合いながら眠りに落ち、朝を迎えた。ふたりが目覚めたとき時計は6時をまわっていた。昨夜の名残が消えていないのか、彼女の手がぽんこつマンの股間に伸びて来た。すぐに股間に血流が流れる感覚があり、再び膨張がはじまる。とっさに彼女はその張り詰めた肉坊をくわえ、フェラチオがはじまる。ぽんこつマンは下から彼女の秘部へ舌を這わせ、クンニで応える。やがてシックスナインの体勢から騎乗位での挿入がはじまった。コンドームの装着は無かった。体位はやがて後背位へと変わり彼女の裏G スポットあたりを突き上げた。昨日は昼と夜に合わせて2回射精しているので、誤って中で発射することはないだろうと思ったが、まだ微かに昨夜のジンジンとする感覚が残る中での2度目のセ🟣クスは腹上死を連想させるほどの快感に満ちた疲労感の中で最後の一瞬を迎えた。発射寸前の勢いある力強いひと突きの後、抜き出された亀頭から昨夜よりも少し透明感がある精子が彼女の背中に放出された。彼女はその瞬間に立てていた膝を崩しうつ伏せになって暫く放心していた。ぽんこつマンは荒い呼吸の中でティシュを取り、彼女の背中に放出された体液をゆっくり優しくと拭い取った。

目覚めた時より太陽が30度近く高くなっていた。ふたりは一緒にシャワーを浴び、水しぶきの中で唇を、肌を、強く重ね合った。甘いオレンジジュース、濃いコーヒー、スクランブルエッグとベーコン、そして薄いトーストの朝食をホテルの中庭で取った後、彼女は名残惜しそうにハグを求め、そしてホテルを後にした。

わずか2泊のバリ島サヌールの旅、しかしぽんこつマンにとっては、忘れがたい甘く切ない記憶となった旅であった。その日の午後のフライトでバンコクに戻り翌朝のフライトで日本に帰国するのだが、空港を離陸した飛行機の窓からぽんこつマンはテンパサールの街を雲に隠れて見えなくなるまで見下ろし続けていた。バンコクに到着した時には既に陽は落ち、闇に包まれていたがモーターウェイの灯りや対向車のライトがやけに眩しいと感じた。バンコクのホテルまでのタクシーの中で近いうちに再びバリ島を訪れよう、そしてもう一度彼女に逢おうと思った。

バンコクにも新型肺炎の脅威?

2020年1月16日にぽんこつマンは日本からバンコクに戻って来た時は、新型肺炎の感染の恐怖バンコクには無かった。しかし日本で人から人への感染が報じられた28日、TINDERで知り合った女の子と出会うことになった。

トンローにあるカラオケクラブに出かけようとコンドから外に出たら、どんなにインフルエンザが流行っていてもマスクをかけている人にはなかなか会わないバンコクでかなりのマスク姿を見て驚いた。

その女の子とは彼女が働いているカラオケクラブの近くにある焼き鳥屋で待ち合わせをし同伴するということにしてたが、店に現れた彼女は咳をしていた。思っていたより年が行っていたようだったし、写真よりかなり印象が良くないブス顔だった。

しかし彼女はマスクをしていない。さすがに接客が仕事のクラブで女の子たちのマスク姿はあり得ないが、この時期タイでも新型肺炎の話題で持ちきりのはず。

しばらくその焼き鳥屋で話をして、彼女が働いているというクラブに向かった。そこはすでにかなり前にラムカンヘンで待ち合わせして、日本食を一緒に食べたことがある女の子が働いていたカラオケクラブ LINEだった。

2階の席に案内されて、彼女が上がってきたがあまり話も弾まない。ということで昔から知っていた女の子を呼んでもらった。二人の女の子はつけている名札の色が違っている。それは昔から知っている女の子の名札の色は、お持ち帰りOKの女の子たちであることが分かった。今日ぽんこつマンが同伴した女の子はお持ち帰りできない女の子だったようだ。

今日同伴した女の子に住んでいるところを聞いてみると同じアパートに中国人も多く住んでいるらしい。彼女の住まいの最寄りの駅はMRTホイクワーン駅、あの辺りには中国大使館もあるせいか今は中国人で溢れている。中国の正月休みが始まる前には多くの中国人が大挙して押し寄せていただろうから、中国人が多くいるエリアのタイ人から感染者が出てもおかしくないはず。ただ単に時間が早いだけなのかそれとも新型肺炎の脅威から不急の外出をさけてか、その日のその日本人向けのクラブには客は少なかったようだった。

彼女が務めていたトンローsoi9 にあるclub Line
Club Line の入り口、女の子がずらり並んでお客さんからの指名を待つ場所

中国マネーの流入が減ってタイ経済が悪化の傾向にあるのか、これまでのタイパーツ高が少し緩んで今は10000円=2800バーツ台になっている。もっと円が強くなって欲しいものだ。このタイミングで咳をしている女の子と長い時間を過ごすは、あまりに無用心なので早々に引き上げた。

なんだかその日はあまり月のある日とは思えなかった。残念。