4度目のホーチミン③フレンチディナー

ホーチミン 2日目の朝は置屋に行った。ランチは置屋を紹介してくれたガイドと一風堂でラーメンを食べ、その後極上ボディーマッサージを受けた。そして夕方はレタントンのガールズバーのチーママとフレンチを予定していた。

ぽんこつマンは、現役で仕事をしていた時はパリのランブロワジー、ピエール ガニェール、、ロブションやモナコのルイ・キャーンズなどの星つきレストランにも足を運ぶほどフレンチが好きである。ベトナムは第二次世界大戦前はフランスの植民地だったこともあり、今でもフランスの文化が残っている。

ホーチミン シティはかつての南ベトナム(自由主義経済)の首都だった。ベトナム戦争が北ベトナムの勝利に終わり、共産主義に支配された後も商都として発展してきている。世界の星つきレストランとまでは行かないまでも、旨いフレンチがあるはずとぽんこつマンは考えてきた。

フレンチレストランでのディナーとなれば、ふたりがいい。美しい女性と一緒ならロマンチックだ。と言うわけで、ぽんこつマンは2回目のホーチミン 訪問で知り合い、気に入った女の子を誘うことにしていた。

彼女は、かつては「蛍」というカラオケバーにいたが、ルタントンの日本人街には複数の「蛍」があり、彼女はヘム15にある「蛍」にいるようだった。そのカラオケバーのオーナーはよく女の子の配属店を変えるらしく、カラオケバーというスタイルよりガールズバーというスタイルの方が狭いスペースでより儲かると見て彼女が働いていた店もガールズバーに改装したばかりのようだった。

ディナーに選んだ店は、Le Corto(http://lecortovietnam.com)。グーグルでは、4.5/5の評価がついている。

彼女とはホテルのロビーで待ち合わせ。店はぽんこつマンのホテルからは歩いて行けるが、短パン、Tシャツと言うスタイルでは行けないのでタクシーで向かった。店の前に着いてその雰囲気の良さに期待を膨らませた。

ぽんこつマンが店に入った時間は予約時間の18時より10分早い17時50分。ギャルソンが席のアレンジメントをしに2階に上がっている間に、予約をしていない女性の二人組がやってきた。ギャルソンが降りてきてぽんこつマンたちを案内する前に、その二人組がギャルソンに声を掛ける。今のところ席に余裕はないとギャルソンが答えているようだった。

ぽんこつマンと彼女は2階のメインダイニング&バースペースに案内された。さすがに土曜のディナータイム、既に多くの客の予約で席は埋まっているようだった。

土曜日は17時半から23時までの営業らしい。ぽんこつマンはもうたくさん食べれなくなっているし、彼女のそんなに食べると思えなかったので、アラカルトで気になるメニューを選ぶことにした。ポテトグラタンの量には驚いた。ステーキの大きさも半端ない。フォアグラのパテは食べきれなかった。ワインはコート・デュ・ローヌのクロードエルミタージュ村のAOP。ぽんこつマンはコート・デュ・ローヌの赤が一番好みである。

2本目のワインを飲み終えて店を出たのは21時頃、ぽんこつマンはかなり酔いが回っていい気分になっていた。彼女がこれから店(彼女が働くガールズバー)に行くと言うので、ぽんこつマンも一緒に行くことにした。レタントンヘム15の入り口までタクシーで行き、そこで降りて歩いて店に向かう。

ぽんこつマンは彼女がチーママとしてマネージメントに苦労していると聞いていたので、見てみたくなった。ぽんこつマンがその店に入る前に店で働く女の子たちが店の前で客引きをしているようだった。ぽんこつマンはその時チーママとして女の子のマネージメントに苦労していると言うよりは、常連の顧客がなかなかできない状況が一番問題なのだと思った。

店に入ると客はぽんこつマンだけ。3mくらいの長さのあるカウンターに女の子が6人くらい。全ての女の子にドリンクをご馳走することになる。女の子が飲むスピードは早い。飲み終えるともう一杯をねだったりもする。

ぽんこつマンは思った。いくらドリンクを飲むことで店の売り上げに貢献することで自分たちの賃金も増えるシステムなのは分かるが、まだ馴染みになっていない客に思いっきりおねだりすれば、もう一度来ることをためらう。いくら女の子が可愛く見えても、カウンターの席に女の子の数と同じだけの客が来るようにすることが一番大事と思えた。

ぽんこつマンはホーチミン で働いているわけではない。ただのツーリストだから一回のガールズバーで多少大盤振る舞いしても問題ないが、ホーチミン の日系で働く日本人が毎月、毎週ぽんこつマンと同じ大盤振る舞いができるわけはない。

ぽんこつマンがその店にいる間にひとりの日本人が来たが1杯飲んで女の子にご馳走せず帰ってしまった。土曜日でこれだとこのガールズバーは多分長くは持たないだろうなと思った。

タイバンコクには、タニヤという日本人歓楽街がある。そこはもともと日本人駐在員や出張者の歓楽街として発展していた。しかし、日経の企業がタイから撤退を始め、駐在員の数を減らし始めた頃から、タニヤは一時期の賑わいを失い始めた。現在でもタニヤは日本人向けのカラオケバーやクラブが多くあるが、最近は観光客の数の方が駐在員の客を上回っていると思われる。

ベトナムはこれから日系企業が多く進出するのだろうが、駐在を多く送ることではなくローカルで日本語を話せる人材を増やして、コストを抑えるだろうから、レタントンの日本人街の店の競争もより激しくなるだろう。

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