ラチャダーピセーク、ポセイドンでタマダーふたりを選んで3P体験

なんだかんだ言ってぽんこつマンのバンコクでのマッサージパーラーでベスト1はポセイドン(https://www.poseidon2000.com/index_jp.asp)である。ぽんこつマンがアジアに沈んだ契機となったのもポセイドンの存在が大きい。

ぽんこつマンのいくつか年上のカメラマンで仕事で世界を飛び回り、いろんな国の女性といつも性的快楽を愉しんできた友人がいたが、彼がバンコクでのマッサージパーラーのベスト1はシーザーだと言っていた。しかしながらぽんこつマンは彼のように、友人数人でVIPルームを貸し切り幾人もの姫を集めてドンチャン遊ぶ遊び方ではなく、どちらかというとしっぽりひとりの女と浸りたいタイプなので、ポセイドンでもVIPルームを借りるような事はなかった。

ポセイドンの普通の部屋は充分広めにとられていて、小さいながらもソファーもあって、ベッドやバスタブ以外にも姫とエッチなことができる。しかも何より窓からの光が入っていて、更に水回りも清潔に保たれているのが良かった。

いつだったかもう忘れてしまったが、まだ金魚鉢のタマダーの姫が2000と2400だった頃に、どうしても2000の姫のうちふたりからひとりに絞りきれずに迷う時があって、コンチアにふたり同時に連れて行けるかと聞いたら、番号を教えてくれたら最初に一人と一緒に部屋に行った後にもうひとりがすぐに部屋に行くようにすると言われた。

ならばということで4000バーツをキャッシャーで支払ってエレベーターで先にひとりと部屋に入ったことがある。もうひとりの姫はすぐに部屋にやって来て、バスタブでふたりから身体と髪を洗って貰ったことがある。

ひとりはポセイドンには珍しくファランが好きそうな地黒だったがかなりキレイな脚とボディーライン、それにくりっとした瞳のコケティシュな雰囲気を持っていて、ソンクラー県というタイ南部出身と言っていた。もう一ひとりはチェンライ県出身の白い肌をしたオッパイがピチピチドレスからはち切れんばかりのセクシーボディーの姫だった。

バスタブで一緒に肌の色が違うふたりを見て、彼女たちの肌を交互に触るだけでなんだか興奮するぽんこつマンだった。カフェラテのアートのように白と褐色が絡み合うようななんとも言えないエロチズムがそこにはあった。

地黒の彼女のおっぱいのサイズはぽんこつマンの手のひらでちょうどしっくり来るサイズ、乳輪は3cmくらいで乳首はコリっとした1.2cmくらいのチョコレート色をしていた。肌白の彼女のおっぱいは、今で言えばFかGカップという感じのぽんこつマンの両掌でようやく包むことができる大きさがあり、薄い桃紫の5cmくらいの乳輪に1.5cmくらいの濃い桃紫の乳首がついていた。

ベッドでは、ふたりを一緒に並べて仰向けで寝かせて、ぽんこつマンがその間に割り込んで二人の体を交互にペッティングした。ぽんこつマンが肌白の彼女のオッパイを弄んでいると地黒の彼女が背後から胸を背中に当てて、ぽんこつマンの股間に手を伸ばしてくる。

ぽんこつマンが振り返って地黒の彼女にペッティングを始めると今度は肌白の彼女がぽんこつマンの股間に足を絡めてかかとで肉茎に刺激を加えてくる。そして彼女のリップはぽんこつマンの耳を刺激し、彼女の手の指はぽんこつマンの乳首を弄ぶ。

ぽんこつマンの肉茎が完全にそそり立ったのを地黒の彼女が確認して、コンドームを装着する。ぽんこつマンはふたりを四つん這いにして、先にどちらに挿入するかを確かめるように、亀頭を両方の淫部に当てがい、お互いの大陰唇とクリトリスに刺激を与えた。

ふたりは腰をくねらせ、後ろにいるぽんこつマンにアピールする。肌白、地黒のそれぞれの膣口を交互に3回ツンツンとして、まずは地黒の方に深く挿入した。肌白はそれに気付くとぽんこつマンの玉袋と地黒の乳首をこね始める。

ぽんこつマンは地黒の腰骨を両手で掴み、「ズン、ズン、ズン、、、ズン」と1秒2回くらいで奥へ亀頭を素早く送り込む。引くときは、腰を円を描くようにゆっくりと、そして突っ込むときは素早くストレートでその動きを繰り返した。3分くらいして地黒を仰向けにして、屈曲位で激しく突いて1回目のフィニッシュを迎えた。

肌白がぽんこつマンのまだ勃起が完全に鎮まらない肉茎のコンドームを一旦外し、手で肉茎を包み扱き出す。荒い息の名残りを残している地黒が今度はぽんこつマンの乳首にリップしてくる。地黒のストレートの長い黒髪がぽんこつマンの脇腹を摩っていく。肌白は、ぽんこつマンの肉茎に新しいコンドームを纏わせ、今度はぷっくりとした唇と舌を使ってフェラチオでもう一度肉茎の硬直度を全開に持っていこうとする。肌白の手はぽんこつマンの内股と玉袋を摩っている。

一回射精したぽんこつマンの肉茎が100%の硬直度に戻るまでさほど時間はかからなかった。肌白のスロートはねじりを加えて上下する。亀頭が肌白の喉奥に当たるくらいまで肌白は深く深く肉茎を咥え、舌でカリの周りをグリングリンと何周もさせていた。

何分ぐらいふたりからの愛撫を受けていたかは分からないが、ぽんこつマンは地黒のボディーリップと肌白の股間への性感マッサージを、ただただ受け身で味わった。そしてぽんこつマンが、一瞬漏らした吐息を聞いて肌白が股間に跨がり、肉茎を彼女の膣口に迎え入れる。

肌白の肉襞は地黒のそれより少し柔らかさが有るようにぽんこつマンには感じた。地黒はぽんこつマンの傍に半身で横たわって、ぽんこつマンの耳、首筋、肩、脇をリップする。肌白は背面騎乗位で腰を上下に動かしてくる。ぽんこつマンは右手で肌白のオッパイを揉みしだき、左手の中指で地黒のクリトリスを転がしていた。

肌白が両手を体の後ろについて身体を仰け反らせ、腰の動きを今まで以上に速くした。ぽんこつマンの亀頭の下部のカリが彼女の膣壁の前辺りを擦るようにしたようだった。

5分ほどその騎乗位は続いただろうか。色白は突然ぽんこつマンの肉茎から離れた。そして今度はまた地黒が股間に前方騎乗位で跨り、挿入する。地黒の肉襞は、肌白より筋肉が発達しているのか、ぽんこつマンの肉茎の両サイドへの締め付けが気持ちよかった。

地黒は腰をグラインドさせながら、上下する。最初はゆっくりだったが、ぽんこつマンの亀頭が彼女の奥のコリっとしたところに当たってからは、より深く沈み込みながら腰の上下運動は速くなっていった。

そしてまたもや地黒の身体でフニッシュしてしまった。肌白がぽんこつマンのザーメンが溜まったコンドームをティッシュで拭い取り、ぽんこつマンの手をとって一旦シャワーへ向かう。地黒は、ベッドで荒い息を整えているようだった。

肌白はいったんぽんこつマンの肉茎を洗い、自分も淫部を洗ってまたベッドに戻った。そして肌白は仰向けになって自分のオッパイを寄せるポーズをする。ぽんこつマンはそれがパイズリのサインだとすぐに分かった。

ぽんこつマンの肉茎は2回の発射があり一旦おとなしくなっていたが、その柔らかそうな大きなおっぱいに挟まれる生の肉茎を想像しただけで、またムクムクと勃起し始めた。

ぽんこつマンは肌白の胸の谷間に肉茎を進めた。肌白はその大きく柔らかい2つの肉の塊で、ぽんこつマンの肉茎を挟み、圧迫してくる。生肌が、ぽんこつマンの敏感な部分を生で刺激する感覚は、コンドームを装着して膣内でピストンする以上の快感があるかもしれないと思うほど気持ち良かった。

ぽんこつマンは腰を前後に動かし、その生肌の感触を愉しんだ。しかしもう一度ザーメンを放出する前に、腰が疲れてしまってそれ以上継続できなかった。ぽんこつマンはかなり激しく腰を前後したのか、かなり汗をかいていた。

今度は地黒が、ぽんこつマンの手を引いてシャワーに向かい、身体を流してくれたのだった。2回の発射と1回のディープスロートとパイズリという地黒と肌白の連携プレイは見事なものだった。シャワーの後、ふたりはぽんこつマンの背中と腰そして太ももとふくらはぎをマッサージしてくれた。

2時間のプレイ時間の内残り10分を残してぽんこつマンは部屋を出た。ふたりの姫にはそれぞれ200のチップを渡して、エレベーターで2Fまで一緒に降りる。エレベーターを降りたところで、ひとりづづハグをして別れた。

ぽんこつマンはまだVIP ルームでアレキサンダー遊びをしたことがないが、もし次にお金に余裕がある時は、4時間VIPルームを貸し切って、姫を複数侍らせて酒池肉林パーティーをしてみたいと思うようになったのだった。

パタヤで突入したマッサージパーラーは、セントラルマリーナの近く

バービアやゴーゴーバーでよく知られるパタヤではあるが、かつて今から15〜6年前にぽんこつマンがパタヤに行った時にはマッサージパーラーはハニー1、2、サバイディー、サバイルーム、ラスプーチンと規模は大きく無いもののセントラルパタヤあたりに点在していた。

中でも、1995年開業のセントラルマリーナショッピングモールの近くには、サバイディー、サバイルーム、そしてハニー2が近くにあった。当時の大体の雛壇相場は1200〜1500バーツくらいだったと思うが最近の2000バーツ〜よりぐっと安かったことを覚えている。

欧米人と日本人はバービア、ゴーゴーバーで遊び気に入った嬢をお持ち帰りして楽しんでいる方が多かったようだったが、パタヤには、アラブ人もインド人も多く遊びに来る。しかし、インド人やアラブ人はバービアやゴーゴーバーの嬢たちには人気がなくペイバーを断る嬢も多くいた。

アラブ人とインド人の◯ックスのしつこさをバンコクやプーケットのゴーゴー嬢から聞いていたが、あまりにも自分勝手な行為をする、金払いは悪い、コンドームを使わせないなどの悪評判が多く、歓迎されない客のようだった。そこで彼らは、自分達の性欲処理に頻繁にマッサージパーラーを活用するようであった。

ぽんこつマンが覗いたパタヤのマッサージパーラーはサバイルームマッサージパーラーだったが、夜の21時くらいでショウケースの姫の数はかなり少なかった。すでに多くの姫が客と上がっていて、残り物が並んでいる場末感があった。せっかく来たので誰か新しく金魚鉢に入って来たその子がやはり厳しい感じだったら、バービアで飲もうと考えていた。

5分ほど、強いエアコンの中で座って新しく現れる姫を待っていたら、肌は白くは無いが、鼻筋の通った細身の姫が入って来た。おっぱいはそれなりに大きそうだったので、風呂でパイズリをお願いできそうだと思い、すぐにコンチアにその子の番号を伝えた。

キャッシャーで料金を払い、部屋に上がる。飲みかけのビアチャンは、後で持って来てくれるということなので置きっ放しにしておいた。部屋では姫が早速湯船にお湯を張る。姫はポンコツマンを見て、ニコリとした。

「どうしたの?」と訊いたら、「コンイープンチャイマイ?」と返してくる。どうもインドやアラブの客でないことにホッとしたようだった。ビアチャンを下から運んできた若い女の子の給仕係に彼女はドリンキングウォーターを注文した。彼女が水とグラスを2つ持って来たので100バーツを払って、釣りはいいと告げた。

部屋はかなり古い印象だった。湯船にお湯が満ちていく。部屋にはマットを敷いてあわ踊りするスペースがあるようだったが、マットがあらかじめ置いてはなかった。ベッドも全く広さはなく男女が上下に重なるだけの広さというある意味合理的な割り切り方だと思った。

ぽんこつマンはビアチャンをほんの少し飲んで、彼女は水にストローを刺し少し口をつけたようだったが、その後すぐに服を脱ぎ出した。ぽんこつマンもそれに釣られ服を脱いだ。

お湯がほぼいっぱいになったところで姫は蛇口を閉めに立ち上がり湯温を確認し、ぽんこつマンを湯船に呼んだ。ぽんこつマンがまずお湯に浸かり彼女は、足だけ湯に入りボディーソープを手に取り泡だてて、彼女の胸に沢山の泡をつけた。そしてぽんこつマンの後ろに回り、ぽんこつマンの背中をおっぱいで洗い始めた。そして今度はぽんこつマンの前に座り、胸を洗い始めた。次にぽんこつマンの脚を片方ずつ取り、ボディーソープをつけて洗う。そしてぽんこつマンの尻を彼女の太腿の上に乗せてぽんこつマンの腕を洗う。最後に湯船のお湯を抜き、ぽんこつマンの股間にある肉棒と玉袋を両手で優しく幾度となく扱き洗った。

シャワーで体に残る泡を洗い流し、彼女はバスタオルをぽんこつマンに渡す。ぽんこつマンはそれで体の水滴を拭いバスタオルを腰に巻いてベッドに寝そべって、彼女がベッドにくるのを待った。

2分ほどで湯船全体をお湯で流した後彼女はベッドにやって来た。バスタオルを巻いてはいたが、すぐにそれを解きスッポンポンの姿になった。彼女の身体は肩は撫で肩気味でおっぱいは比較的大きい、乳輪も乳首も大きくどす黒い、腰は細く腰骨は少し張っていて思う以上にお尻は大きかった。

それはいかにも、インド人が好みそうな体型をしていた。彼女はまず最初にフェラチオを始める、そしてぽんこつマンの肉棒が起立したところでコンドームをうまく口でハメにくる。さらに騎乗位でぽんこつマンの肉棒を膣に導き入れたのだが、どうも膣の締まりが弱くスルリと入りあまり快感を感じない。

彼女は3分ほど腰を上下させたが、発射しないぽんこつマンを知って、体を入れ替え後背位をとって挿入を待った。ぽんこつマンは、その体位に応えて後ろから彼女を突き立てた。膣口はゆるいが、彼女が顔をベッドに落とした体制になってぽんこつマンの突きを受けた時、たまに奥にコリっとする感触があり、ぽんこつマンの亀頭がその感触に反応する。刺激は肉茎から背骨を通じて脳に達する。

徐々に快感を感じ始めたポンコツマンは、彼女を正常位にさせ、両脚をM字に開かせ、両手で彼女の腰を浮かせて下から上に肉棒を突き上げるように激しく挿入を繰り返した。かなり速いピストンで恥骨を彼女のクリトリスのある位置に激突させてぽんこつマンはフィニッシュを迎えた。

本当はパイずりをして欲しかったが、彼女が先に挿入してしまったので、ぽんこつマンが期待する流れはできなくなってしまった。締まりのあまり良くないお◯んこで2度挿入していく気がなかったので、ぽんこつマンはシャワーを浴び、残りのビールをグラスに継ぎ一気に飲み干して、帰り際に100バーツのチップを渡して部屋を出た。

パタヤのマッサージパーラーは確かにバンコクより安いようだが、姫の質は決して高いとは言えない印象となった。多分インド人やアラブ人の強引な強姦的◯ックスを受け入れられることが仕事を継続する上で重要なのだろうと感じた。

ぽんこつマンはそのMP からホテルへ戻るソンテウの中で、「酒が全く飲めないが風俗である程度の収入が必要となる女が忍耐しながら働くと言ったパタヤのマッサージパーラー」の印象を強く受けた。

やはりパタヤは、バービアの女の子を冷やかし、ゴーゴーバーを梯子して可愛い女の子を見つけて一晩を一緒に過ごすのがぽんこつマンのパタヤの過ごし方としていいと実感したのだった。

バンコクペップリー通りにあるマッサージパーラーメリーエンターテインメント

ぽんこつマンが頻繁にバンコクへ出かけるようになった頃、よくインターネットでタイにあるマッサージパーラーの情報を一生懸命調べたことがある。当時は、よく「外道の細道」というサイトを参考にさせてもらった(最近はあまり更新されていないようだが、まだ閉鎖はされていないようだ)。また既にいくつも閉鎖されてしまったサイトを見て、ぽんこつマンなりにいくつかのMPを回ってみようとリストアップしていた。

ぽんこつマンのリストアップは、タマダーの女の子の料金が安いMPがメインであったが、気になる記事がある店もリストアップしていた。その中でペップリ通りにある店としてはメリーとエビータという2つ向かい合うMPが特に気になっていた。

メリーに行ってみたのは今からもう5〜6年前のことだと思うが、バンコク市内のスクンビットソイ19にあるサチャズ ホテル ウノ(https://www.sachashotel.com)<10月17日現在現在臨時休業中>に泊まっていて、そこからタクシーでラチャダピセーク通りを北上し、ペップリ通りを右折してMPエビータのあるところの近くの歩道橋でタクシーを降りて、タクシーが行きさるのを確認してペップリ通りを渡って徒歩でメリーに入った。

ぽんこつマンがメリーのエントランスを入った時刻は大体一番女の子が揃う時間といわれていた夕方の5時頃だったと思う。エントランスからまっすぐに廊下があり右側にサイドラインの女の子が座っている長いソファーがあったような気がするが、右手奥に一段と明るい金魚鉢が目に入りそこに吸い寄せられるように進んでいった。

金魚鉢の脇にコンチアがいて、金魚鉢の姫は1400バーツ、1800バーツ、サイドラインは90分で2000バーツと言っていたような気がする。ホイクワーンのポセイドンのタマダーが2000バーツからのスタートだったという記憶があり、やはり安いという印象だった。

ぽんこつマンは金魚鉢の中にいる姫の中でふたりに絞ってコンチアにどっちが性格がいいか、サービスが上手かを訊いたら顔はそれほど可愛いわけでは無いが、色白の肌でボディーラインが綺麗な姫を押してくれた。

やっぱりMPで顔を基準に即断するのは、誤りを犯しやすいということかと勝手に思ったが、部屋に入ってからのサービスは悪くはなかった。部屋はポセイドンのような広さは無く、チェンマイのSAYURI 並と言うべき広さだったと思うが、お湯を湯船に張る間、小さなソファーにぴったり身体を寄せて座って、「サワディーカー」と挨拶をする。そしてぽんこつマンのパンツのベルトを緩めに来る。ぽんこつマンは「クンチューアライカップ?」(名前はなんて言うの?)「バンノークコンクンティーナイカップ?」(田舎はどこ?)と極々ありきたりの質問をして彼女の仕事を少し遅らせてみる。

それでもいつの間にかぽんこつマンのパンツは足首まで降ろされて、ぽんこつマンがシャツを脱ぎパンツだけになると彼女がぽんこつマンのシャツとズボンをハンガーに綺麗に掛けて自分も衣装を脱いでスッポンポンになった。そしてぽんこつマンの前にしゃがみ、ぽんこつマンのパンツをゆっくりと降ろしてぽんこつマンもスッポンポンにする。

その時は、ぽんこつまんのお◯んちんはまだ完全に大きくはなっていなかったが、姫はその逸物を眺め、うふっと軽くはにかみ、笑みを浮かべた。「アニーレックパイマイ?」(これ小さすぎ?)と訊いてみると姫は「マイ、マイナ、ピューカウマーク」(いいえ、いいえ、肌がとっても白いです)と話を逸らす。

そうしてお湯が湯船に貯まるのを待つ間に、二人の心の距離は少し縮まっていた。姫がお湯に手を入れて温度を確かめるが、首を捻って「コンイープンショーブナームローンチャイマイ?」(日本人は暑いお湯が好きですよね?)と訊いてくる。そしてお湯が熱くないと言う。

ぽんこつマンも温度を確かめたが確かに日本人にはあったかいとも感じない程度の温度でしかなかったが、「マイペンライカップ」と彼女に行って湯船に浸かることにした。まるで真夏のサイパンの海の温度の様にぬるいと感じる33〜35度の温度だと思った。

彼女がぽんこつマンの身体を洗う間もお湯だけの蛇口だけ開けていても一向に暖かくはならない。彼女は健気にそして丁寧にぽんこつマンの身体全体一度を洗い、ぽんこつマンのお◯んちんと玉袋をもう一度刺激するためにぽんこつマンを立たせて、その部分に改めてボディーシャンプーを泡だてて、マッサージを始める。

彼女の手の動きがぽんこつまんの亀頭のカリをうまく刺激する。もう一方の手で玉袋の裏筋をの少し前あたりから陰茎の付け根辺りに向かってローリングしながら前に動かしてくる。そのマッサージで、ぽんこつマンのその逸物は一旦完全に勃起した。「ヤイナ」(おっきいい)と彼女は言うが、ぽんこつマンはそれをそんなに大きいとは思っていない。

いつものシャンプーのサービスをお願いしてから湯船を出てベッドに向かったが、ベッドでもう一度彼女のぽんこつマンの股間へのマッサージが始まる。最初は手で、そして次はリップ、さらにディープスロートでその逸物の勃起は長時間続いた。

それから、その逸物に口に咥えたコンドームを装着した後に、姫は後背座位の体制で彼女の膣口に当ててゆっくりと腰を沈めていく。姫は膣口を締めているのだろうかと思うほど、ぽんこつマンの肉茎は、膣襞からの刺激を受けた。姫が沈み切ったと思うと同時に彼女は「アウッ」と吐息を漏らし、背中を反らせたかと思いきや、腰を上下に動かし始める。

膣口がぽんこつマンの肉茎の根本を絞め詰めてくる。彼女の膣の奥にあるコリッとした部分がぽんこつマンの亀頭に刺激を与える。5分ぐらいその体位が続いた後、彼女はドギースタイルになりぽんこつマンが突き上げるのを待つ姿勢になる。ぽんこつマンは彼女の左腰骨を左手で掴み、右手は彼女の尾骶骨上にある背骨の始まりの辺りを手の平の小指球という部分でグリグリとローリングしながら、肉茎を姫の裏Gスポット辺りを突き上げる様に腰を前後した。

彼女のヨガリ声が徐々に大きく速くなったのをきっかけに、ぽんこつマンは彼女を仰向けにし、屈曲位で彼女の足を肩に抱えて、上から下へ肉棒を突き下ろした。そのピストンの動きはこれまで以上に速く強く打ち込む様に続けた。

やがてぽんこつマンはフィニッシュを迎え、彼女と一旦離れて仰向けになった。しばらくして彼女はスペルマの溜まったコンドームをティッシュで拭い、顕になった亀頭に口を近づけ舌と唇使って残ったわずかな液体を啜り上げた。そしてぽんこつマンをうつ伏せにしてぽんこつマンのお尻に座って背中と太ももそしてふくらはぎのマッサージをしてくれた。

一通りの行程が終わってぽんこつマンは部屋に頼んで放置したままのビールをグラスに注いで飲んだ。そしてソファーで裸で寄り添いながら過ぎていく時間を静かに過ごした。最後にもう一度シャワーで身体を流して、部屋を出る。

ぽんこつマンがメリーを訪れたのは多分1月でバンコクでも暑い季節ではなかったこともあるとは思うが、ただ1つ風呂のお湯の温度が日本人好みの熱さまで届かず、生温い程度しか暖まらないところは少し残念だっただけで、コンチアが押してくれた姫のサービスはぽんこつマンには充分だった。

ぽんこつマンのバンコクの定宿は、スクンビットソイ19からソイ23までのアソークエリアなので、メリーは近くは無かった。しかしお湯の温度さえもう少し日本人の好きな温度になっていれば、それ以降何度も訪れたと思うが、あれ以来はもう足を向けていない。

バンコクのMPも摘発や業績不振でかかなり廃業しているらしいが、メリーは今も営業している様で、今は良かったと思う。またバンコクに行ける様になったら是非もう一度行ってみようと思っている。しかし、もう1800バーツじゃ難しいだろうけどね。

ポセイドンというマッサージパーラーでタイ発MP体験

ポセイドンというマッサージパーラーは、ぽんこつマンがバンコクで一番最初に行った店だ。ぽんこつマンがまだタイに興味を持つ前に、仕事を一緒にしていた協力会社のプロデューサーからバンコクのマッサージパーラーの話を聞かされていたので、いつかタイを訪れたら行ってみようという気になっていた。

今から既に30年ほど前に、同じ得意先を担当していた仲間がバンコクのブランチに転勤になり、一度遊びに来いというのでそれから3年後に初めてひとりでタイへ3泊4日で遊びに行った。当時はまだタイ料理にもタイマッサージにもそれほど興味はなく、単に昔一緒に働いた仲間に会いゴルフを楽しむだけのつもりだった。

宿泊先にはあまりお金をかけるつもりもなく、ただ漠然とナナプラザという場所の名前を聞いたことがあったので、その近くの安宿を予約したのだった。今から思えば、そのホテルは実にチープでもう2度と泊まりはしないだろうが、当時はその安宿も全く気にはならなかった。

そのホテルは、グランド イン ホテル(Grand Inn Hotel)(https://www.booking.com/hotel/th/grand-inn.ja.html?aid=376383;label=bdot-PKyv50ViAOuyMg2a8bBnRAS438078855260%3Apl%3Ata%3Ap1%3Ap22%2C563%2C000%3Aac%3Aap%3Aneg%3Afi%3Atikwd-334108349%3Alp1009363%3Ali%3Adec%3Adm%3Appccp%3DUmFuZG9tSVYkc2RlIyh9YUqNR_uFB9os3Jm_CnwM6-E;sid=1e3dcfe05dc3f664975ae2e32be99a44;atlas_src=sr_iw_btn;dest_id=-3414440;dest_type=city;dist=0;group_adults=1;group_children=0;no_rooms=1;room1=A;sb_price_type=total;type=total;ucfs=1&)というところでスクンビットソイ3にあり、アラブ人が多くいるエリアだった。

部屋に入るとエアコンはあるものの、カラカラと大きな音がして、あまりよく冷えなかった事を覚えている。今はリノベーションしてエントランスも部屋も大きくなり内装も少しはきれいになっている様だが、当時は本当に場末のキチン宿的だった。

かつての同僚に会いに行くのは翌日の金曜日の夕方だったので、その日ホテルにチェックインしてからは、ホテル界隈のアラブ街からスクンビット通りをアソーク方面に散策した。まだ昼だったが既に土産物屋の屋台やフルーツを売る屋台、それから麺料理を売る屋台が歩道に出て商売をしていて、アジアの混沌をどっぷり感じる事ができた。スクンビットソイ5に近い歩道には、厚化粧で褐色の肌を大胆に露出させた痩せた女が何人も立っていて、たまに通る白人の男たちににじり寄り声をかけていた。

ぽんこつマンにはそれが立ちんぼであることが直ぐにわかった。BTSナナ駅を過ぎ、当時から有名になっていたテーメーカフェの前まで行き、ホテルへ引き返した。時刻はまだ4時で飲みに出るにはまだ早かった。そこで、日本であらかじめネットで調べていたマッサージパーラーへ行ってみようと思った。

当時のインターネット環境は、現在と比べるとスピードの点でかなり劣っていたが、それでもいくつかのマッサージパーラーの画像サイトが見ることが出来た。その中で最も画像が多く女の子の写真もアップしていたのがポセイドンだった。(https://www.poseidon2000.com/deliciousmenu.asp)他にも女の子の写真をアップしているMPもあったが、ぽんこつマンはポセイドンが気に入った。

ぽんこつマンがMPに行く理由の1つがシャンプーをお願いできて、本番プレイの後のマッサージもしてくれるサービスが好きだからだ。今はショウケース(金魚鉢2F)の女の子は2200・2800バーツらしいが、当時は1600バーツからだった気がする。

写真の赤い雛壇に女の子がずらり並ぶ光景は圧巻だった。ぽんこつマンが初めて行った時の時間帯は17:00くらいで次々に左側の入り口から女の子が入ってくるいい時間帯だった様に思える。客は手前の椅子に座って女の子を品定めする。ビールやコーヒーなどを有料だが頼んで気に入った女の子が現れるまでいくら待っていてもいいのだ。

客が入ってきては、大体5分くらいで女の子を決めて、その店のコンチア(おじさんもおばちゃんもお兄ちゃんもいる)にその子が付けている番号を伝えると、そのショウケースから女の子が出てきて、キャッシャーでお金を払って部屋に行くシステムだ。

3階には、モデリングロビーがあって、ショーケースより若目でスタイルのいい女の子が長いソファーに座っていて、その子たちの中から選んで遊ぶことができる。

ショーケースの女の子とは基本2時間、モデリングロビーの女の子とは1.5時間一緒に過ごせることになる。ぽんこつマンは、スタイルや若さよりも性格が良くていいサービスを期待するのでいくらスタイルが良くて若くても、サービスが良くなく、本番もマグロ状態だと嫌なのだ。だからいつもショーケースの女の子の中から選ぶことにしている。

初めてのバンコクでのエロ活動の歴史は、ポセイドンから始まったのである。その後数年間はオーストラリアに行く時もバンコクで乗り継ぎにしてバンコクで一泊したりタイのローカルへ行く時も必ずバンコクで1泊し、夕方からポセイドンで汗を流してもらいついでにシャンプーもしてもらい、その後ナナプラザかソイカウボーイで飲んで、女の子をペイバーしてタイ料理を一緒に食べてホテルで大人のプレイを愉しむ半日フルエロコースを満喫するようになっていった。

初めてポセイドンでマッサージパーラーを体験したその晩もナナプラザのバービアに行ったんだったかなぁ。そこまでの細かい記憶はもうなくなっている。

翌日はバンコクで働く元同僚に夕方会いに行き、晩飯をスクンビットにあるコカでタイスキを食べた。そしてその後同僚とプラザエンターテーメントに行って2回目のMP経験をしたが、その話は次の機会に書くことにする。