WINE CONNECTIONセントラルフェスティバルチェンマイ 店でランチ&デザート

ぽんこつマンがチェンマイにいる時は、連れ合いと息子の3人でセントラルフェスティバル(http://www.centralfestival.co.th)によく出かける。2013年11月に開業してから、チェンマイで最高級(タイでいう高級は=高額)で最大のショッピングモールとして、ローカルのタイ人にも憧れを含めて人気が高い。

ぽんこつマンが住んでいるチェンマイ郊外の家からもそれほど遠くはなく、連れ合いと知り合った頃の彼女のアパートの近くという場所なので馴染みがある。セントラルグループのショッピングモールには、トップマーケットが必ず入っていて手に入れにくい欧米からの輸入食料品の品揃えも良く、ここチェンマイでもお金さえあればそれなりに欧米並みの生活を楽しむことができる。

外食をしたいと思った時に、とりあえずという感じでセントラルフェスティバルに行けば、和食からタイ料理、ビュッフェ、MK、焼肉などいろいろレパートリがあり、なんなりと食べることができる。ここは特別と言った店は少ないが、平均点以上だとぽんこつマンも思っている。

2020年2月中旬、チェンマイではまだコロナ騒動が本格化していない頃に、セントラルフェスティバルのグランドフロアにあるWINE CONNECTION(https://www.wineconnection.co.th)に連れ合いと息子の3人で遅いランチを食べに行った。チェンマイでレストラン併設のWINE CONNECTIONは、他にプローメナーダー チェンマイにもあり、何度かそちらも行ってみたが、サービスの面ではセントラルフェスティバルの方が高い感じがして、最近はセントラルフェスティバルの方ばかりいくようになった。

WINE CONNECTIONは、バンコクに21店舗、その他プーケットやサムイ島などタイ全土で33店舗あるんだそうだ。シンガポールにも1店舗あるみたいです。息子はまだ13歳なので当然お酒は飲めないが、甘いもの大好きなのでデザートメニューにぞっこん。

この日は、昼間からコート・デュ・ローヌの赤を1本頼んで、ぽんこつマンはビーフ、連れ合いは羊、息子はパスタ、海老のアヒージョは前菜で3人で摘まんだ。そしてデザート、チョコレートケーキを2種と、毎回の定番クレームブリュレを3人でシェア。

タイは輸入食材には高額関税がかかっていて、ワインもチーズもオーストラリアからの肉も日本で買うよりかなり高い。ワインなどは日本の値段の約3倍近い。それを調理して提供するレストランでの値段も長治のだが、このWINE CONNECTIONでは、極端に高いということはない値段で提供されている。味もまずまず、サービスは悪くない(タイではウェイトレスやウェイターが仕事中にふざけあったり、話に夢中になったり、スマホで遊んでいたりする光景を多く目にするが)。

タイで日本のような完璧なサービスを期待することはほぼ無理と思うが、このくらいならまぁいいかというレベルでいいから、気安くリピートできる店として今後も残っていって欲しいものである。

タイ王室御用達イタリアンでタイゴルフツアー打ち上げ会

2020年2月23日、日本からかつての職場に同期入社した仲間たちのタイゴルフツアーの打ち上げ会をジャンニ・リストランテ(https://www.giannibkk.com)で行われた。開始時間は19:00だったがぽんこつマンがそのレストランに到着したときには、仲間たちはすでに先入りしていて、スパークリングワインを始めていた。

ぽんこつマンも初めてのリストランテだったので遅れてはいけないと思い、コンドを18:00に出てGrab car で向かっていた。ぽんこつマンがそのリストランテが入っているザ・アテネホテル・バンコク(https://www.marriott.com/hotels/travel/bkkla-the-athenee-hotel-a-luxury-collection-hotel-bangkok/?scid=bb1a189a-fec3-4d19-a255-54ba596febe2&y_source=1_OTM1NDc2OS03MTUtbG9jYXRpb24uZ29vZ2xlX3dlYnNpdGVfb3ZlcnJpZGU=)のエントランスに着いたのは18:40、少し早いと思ってその周辺を散策して18:55に店内に入ったのだが、仲間たちは、彼らが泊まっているブリストン スワン パーク ビュー ホテル(http://www.blistonresidence.com)で予約時間を待ちくたびれたので30分早めに出たらしい。彼らの宿泊するホテルのちょうど裏手にあるのがザ・アテネホテル・バンコク。10分も歩けば着いてしまう。

このリストランテを予約したワイン通のS氏を始め、今回バンコクに集まった仲間はみんなワイン好き。ひとりボトル1本は平気で飲める。ぽんこつまんが到着した時には、最初のスパークリングはもう空いていて、次の赤ワインをS氏がメニューで選んでいるところだった。

ぽんこつマンが着席すると直ぐにコース料理の前菜が運ばれてきた。パンチェッタで巻いた海老とホタテの前菜だった。そしてパスタを挟んで、メインが2品、フォアグラと羊。

どれもしっかりとした味付け、いかにもヨーロッパといった濃い味でワインがガンガン進む。3本の赤ワインもあっという間に空いてしまう。そしていよいよグラッパの時間。日本のイタリアンリストランテでは、必ず最後にグラッパを貰っていたが、タイでグラッパを頂くのはこれが初めてだ。

グラッパは最初にグラスでもらって、デザートのティラミスを頂く時にエスプレッソにグラッパを入れて貰った。タイでここまでちゃんとしたホスピタリティーと完璧といえるイタリアンらしい深い味わいの体験は初めてだった。

一人当たりは6000baht を超えていたが、十分に満足できるないようだとぽんこつマンは思った。ここに連れてきてもいいと思えるタイ女性に早く巡り会いたいという無謀な欲望が芽生えた1日になった。

4度目のホーチミン③フレンチディナー

ホーチミン 2日目の朝は置屋に行った。ランチは置屋を紹介してくれたガイドと一風堂でラーメンを食べ、その後極上ボディーマッサージを受けた。そして夕方はレタントンのガールズバーのチーママとフレンチを予定していた。

ぽんこつマンは、現役で仕事をしていた時はパリのランブロワジー、ピエール ガニェール、、ロブションやモナコのルイ・キャーンズなどの星つきレストランにも足を運ぶほどフレンチが好きである。ベトナムは第二次世界大戦前はフランスの植民地だったこともあり、今でもフランスの文化が残っている。

ホーチミン シティはかつての南ベトナム(自由主義経済)の首都だった。ベトナム戦争が北ベトナムの勝利に終わり、共産主義に支配された後も商都として発展してきている。世界の星つきレストランとまでは行かないまでも、旨いフレンチがあるはずとぽんこつマンは考えてきた。

フレンチレストランでのディナーとなれば、ふたりがいい。美しい女性と一緒ならロマンチックだ。と言うわけで、ぽんこつマンは2回目のホーチミン 訪問で知り合い、気に入った女の子を誘うことにしていた。

彼女は、かつては「蛍」というカラオケバーにいたが、ルタントンの日本人街には複数の「蛍」があり、彼女はヘム15にある「蛍」にいるようだった。そのカラオケバーのオーナーはよく女の子の配属店を変えるらしく、カラオケバーというスタイルよりガールズバーというスタイルの方が狭いスペースでより儲かると見て彼女が働いていた店もガールズバーに改装したばかりのようだった。

ディナーに選んだ店は、Le Corto(http://lecortovietnam.com)。グーグルでは、4.5/5の評価がついている。

彼女とはホテルのロビーで待ち合わせ。店はぽんこつマンのホテルからは歩いて行けるが、短パン、Tシャツと言うスタイルでは行けないのでタクシーで向かった。店の前に着いてその雰囲気の良さに期待を膨らませた。

ぽんこつマンが店に入った時間は予約時間の18時より10分早い17時50分。ギャルソンが席のアレンジメントをしに2階に上がっている間に、予約をしていない女性の二人組がやってきた。ギャルソンが降りてきてぽんこつマンたちを案内する前に、その二人組がギャルソンに声を掛ける。今のところ席に余裕はないとギャルソンが答えているようだった。

ぽんこつマンと彼女は2階のメインダイニング&バースペースに案内された。さすがに土曜のディナータイム、既に多くの客の予約で席は埋まっているようだった。

土曜日は17時半から23時までの営業らしい。ぽんこつマンはもうたくさん食べれなくなっているし、彼女のそんなに食べると思えなかったので、アラカルトで気になるメニューを選ぶことにした。ポテトグラタンの量には驚いた。ステーキの大きさも半端ない。フォアグラのパテは食べきれなかった。ワインはコート・デュ・ローヌのクロードエルミタージュ村のAOP。ぽんこつマンはコート・デュ・ローヌの赤が一番好みである。

2本目のワインを飲み終えて店を出たのは21時頃、ぽんこつマンはかなり酔いが回っていい気分になっていた。彼女がこれから店(彼女が働くガールズバー)に行くと言うので、ぽんこつマンも一緒に行くことにした。レタントンヘム15の入り口までタクシーで行き、そこで降りて歩いて店に向かう。

ぽんこつマンは彼女がチーママとしてマネージメントに苦労していると聞いていたので、見てみたくなった。ぽんこつマンがその店に入る前に店で働く女の子たちが店の前で客引きをしているようだった。ぽんこつマンはその時チーママとして女の子のマネージメントに苦労していると言うよりは、常連の顧客がなかなかできない状況が一番問題なのだと思った。

店に入ると客はぽんこつマンだけ。3mくらいの長さのあるカウンターに女の子が6人くらい。全ての女の子にドリンクをご馳走することになる。女の子が飲むスピードは早い。飲み終えるともう一杯をねだったりもする。

ぽんこつマンは思った。いくらドリンクを飲むことで店の売り上げに貢献することで自分たちの賃金も増えるシステムなのは分かるが、まだ馴染みになっていない客に思いっきりおねだりすれば、もう一度来ることをためらう。いくら女の子が可愛く見えても、カウンターの席に女の子の数と同じだけの客が来るようにすることが一番大事と思えた。

ぽんこつマンはホーチミン で働いているわけではない。ただのツーリストだから一回のガールズバーで多少大盤振る舞いしても問題ないが、ホーチミン の日系で働く日本人が毎月、毎週ぽんこつマンと同じ大盤振る舞いができるわけはない。

ぽんこつマンがその店にいる間にひとりの日本人が来たが1杯飲んで女の子にご馳走せず帰ってしまった。土曜日でこれだとこのガールズバーは多分長くは持たないだろうなと思った。

タイバンコクには、タニヤという日本人歓楽街がある。そこはもともと日本人駐在員や出張者の歓楽街として発展していた。しかし、日経の企業がタイから撤退を始め、駐在員の数を減らし始めた頃から、タニヤは一時期の賑わいを失い始めた。現在でもタニヤは日本人向けのカラオケバーやクラブが多くあるが、最近は観光客の数の方が駐在員の客を上回っていると思われる。

ベトナムはこれから日系企業が多く進出するのだろうが、駐在を多く送ることではなくローカルで日本語を話せる人材を増やして、コストを抑えるだろうから、レタントンの日本人街の店の競争もより激しくなるだろう。

4度目のホーチミン ①ステーキとガールズバー

2019年10月下旬、ぽんこつマンはタイへの渡航の経由地として4度目のホーチミン訪問をした。これはタイでの滞在が長期になることが当たり前になったこと、数ヶ月先の日本への一時帰国のスケジュールを固定しづらいことなどの理由から片道ずつの予約が安価で容易にできるLCCを組み合わせることで渡航の自由度がグッと高まるからだった。

フライトは関西発09:30ホーチミン 着15:00予定のヴェトジェットVJ 829便。いつものように前日大阪で宿泊し、朝の07:00難波発ラピートα3号で関西空港へ向かう。JR西日本のはるかや関西空港快速ではなく南海を使う理由は、南海鉄道倶楽部(https://www.club-nankai.jp/traffic/ticketless/index.html)に登録すれば普通席料金でスーパーシートの座席を予約しチケットレスで乗車でき、便利だったからだ。

この回の大阪での宿泊先は、難波駅に歩いて行けるホテルイルクオーレなんば

日本への一時帰国でタイとベトナムに持っていくものを大量に買い込んでいた。ヴェトジェットで購入した荷物の重量が20Kgだったのでベトナムへの荷物をタイ行きと分け直す必要があり荷物の重さを量るはかりを借り、土産用のお菓子を詰める手提げ袋などもホテルから頂いた。ホテルの皆さんはとても親切だった。

ヴェトジェットはこの数年で何度も乗っている。キャビンクルーのユニフォームがちょっと変わっていて、ぽんこつマンが幼い頃よくテレビで見ていた人形SF劇「サンダーバード」の制服に近いものを感じる。

ヴェトジェットには本家ベトナムとタイ・ヴェトジェットがあるがユニホームは共通のようだ。キャビンアテンダントはほとんどが2社の本国採用が多いようだが、身長もそれほど高くなく、主要航空会社に有りがちなハイソですました印象は薄く、隣のお姉さん的というか、エロビデオの素人シリーズに出てくるような売れていないAV女優的雰囲気を持っているとぽんこつマンは感じている。

ホーチミン に到着してまずはホテルにチェックインする。今回のホテルはソフィアホテル

レタントン通りの日本人街に近く、ホテル前のタイバンルング通りとレタントン通りの交差点にスポーツバー、一風堂(ラーメン)、Butcher MANZO & Craft beer(ステーキハウス)があった。

ホーチミン 1泊目の夜は、これもTinder で知り合った日本人街にあるガールズバーの女の子と初めてのオフラインデート。ぽんこつマンはホーチミン でのステーキを味わってみたくてソフィアホテルを予約したのだった。

夕方17:30 ホテルロビーで彼女と待ち合わせ。彼女はスマホで写真を見ただけでリアルに会うのはこれが初めてだった。ぽんこつマンはホテルチェックインの後すぐにシャワーを浴びてホーチミン 仕様のショートパンツと半袖シャツに着替えて彼女との待ち合わせ時刻を待った。そして待ち合わせ時刻の10分前にロビーに降りた。

彼女は時間通りにホテルのロビーに姿を現した。写真で見るより少しふっくらとした印象だったが、人見知りするのか少し恥じらう姿がまた可愛い。簡単に挨拶を済ませ、どこに食事に行きたいか尋ねた。彼女はぽんこつマンの行きたいところに任せるという。そこで、一緒にホテルの外へ出てButcher MANZO & Craft beer(http://butcher-manzo.com/ja/)に向かった。

注文したのはシラーを主体にしたのは、シーザーサラダ、エビのアヒージョ、そして店の看板メニューTOMAHALK BEEF STEAK (DRY AGED)、さらにサイドオーダーでフレンチフライとフライドオニオン、それにシラーを主体とした赤ワイン。1本では足らずもう1本を後からさらにオーダーした。

DRY AGED のトマホークステーキはかなりのボリュームがあった。味は日本の黒毛和種の霜降り牛とは異なり、いかにも「肉」を主張する強い味わいがあった。彼女は可愛い顔をしているがお酒はかなり強いらしく、ハイピッチでワインを飲んで行く。ぽんこつマンは2本目の半ばを過ぎたあたりでかなり酔っていると感じたが、その時でも彼女は全く平気に見えた。

店に入ったのは17:45、店を出たのは20:15。その後は彼女が働いているガールズバーへ向かった。そこは初めて彼女とTinder で知り合った時に聞いていた店ではなく、その店から数軒離れた別の名前の店だった。

まだ店は開けたばかりらしく、客はぽんこつマンひとりだけ、女の子も彼女の他に、店の鍵を開けたであろう別の一人だけしかいなかった。ぽんこつマンはジントニックを頼む。彼女はハイボール。彼女のハイボールを煽るピッチがやけに速いので驚いた。ぽんこつマンがジントニックを1杯空ける間に彼女は既に3杯目を作っていた。女の子の店からもらう給金は飲んだ杯数に比例するんだろうと思ったが、それにしてもあまりにも速い。これではいずれ酔っ払って歩けなくなると思った。

その店には1時間ほどいたが、ぽんこつマンがその店を出ようとした時には彼女はソファーに横になっていた。酔い潰れてしまったということだった。ぽっんこつマンは帰り際、彼女に明日はどうしているかを尋ねた。すると彼女は「明日は朝早く田舎に帰る。」「父親が少し具合が良くなく、母親と交代で面倒を見る必要がある。」と言ってきた。要するに明日は都合がつかないということのようだったので、「じゃ、次に会えるとしたらだいぶ先かな」と言って店を出た。

その晩はそれから、もう2軒違うガールズバーを尋ねた。それぞれの店にTinder で知り合った女の子がいた。一軒は「蓮」というカウンターバー。もう一軒は「凛」というカウンターバー。Tinder で知り合いになった女の子に会って1杯だけ飲んで、人工ダイヤと言われる1カラットくらいのジルコニアのネックレスをプレゼントしてホテルに戻った。楽天市場で1個790円でセールしていた安物だが、天然ダイヤ以上に輝く。特に暗いところで光を受けるとその虹色の反射は驚くほどだった。

明日は、前回バンコクに戻る日にランチを一緒に食べた女の子とフレンチディナーを約束していた。その晩はかなりの散財をしたので、おとなしくホテルに戻って休むことにした。ホテルの部屋についた時は23時を回っていたが、それでもスマホのTinder アプリにホーチミン の女の子からメッセージが届いているようだった。ホーチミン の女の子はバンコクの女の子よりもウブに感じる部分が多く疑似恋愛対象にはバンコクの女の子よりもいいと思える。しかしホーチミン レタントンの日本人街にあるガールズバーの女の子は、お酒を飲んでキックバックを店からもらって生活費にしているようだが、なかなかお持ち帰りがOKな女の子は少ないようだ。バンコクに比べて身持ちが硬い娘が多いようだ。もしどうしても性的欲求を満たしたいと思うなら、Tinder で身体を買ってもらいたい女の子を探してホテルへ直接呼ぶか、ディスコにいってその気の女の子と仲良くなるか、置屋に行くかが無難と確信した夜だった。

プーケットでオフパコ

Skout を使って女の子を探していると、そのデバイスがある地点からかなり距離の離れたところにいる女の子にもメッセージを送って知り合うことも可能になる。そうして知り合った女の子の中で、プーケットに住んでいる女性と連絡が取れるようになったことがあり、LINE を交換し、日常的に連絡を取り合う関係になった。

ある日彼女の写真が見たいと伝えたら、何枚かの写真が届いた。その写真は仕事の現場で撮った普通の写真だったが、ある時自宅で撮ったと思えるエロい写真が届くようになった。彼女の方からプーケットに来たら家に泊まっていいというメッセージが入るようになった。

彼女が言うには、プーケットの貿易会社でディレクターとして働いていて、月収50,000Bhat、家持ち、車持ち、日本食好き、シーフード好き、仕事でシンガポールやマレーシアに出張することもある。母親の実家がチェンライにある関係で、チェンライにも土地を所有している。バンコクには仕事で1年に1回は行くが、基本は日帰り。

そんな彼女に会いに行きたいと伝えたら、あらかじめ日程を決めれたら、会社を休んでプーケットを案内すると言ってきた。ぽんこつマンはプーケットに遊びに行ったとしても、パトンビーチ のウォーキングストリートのゴーゴーバーかバービアで女の子と飲むことと、シーフードを食べに行くことがメインになる。

昔同じくSkout で知り合った女の子が、プーケットのゴーゴーバーで働いていると分かって会いに行ったこともある。彼女とはプーケットの彼女のアパートに行ってセ●クス したり、彼女がバンコクに戻ってきた時に、彼女が泊まっているホテルでセ●クス したりした関係だったが、オーストラリアのボーイフレンドができたのか昨年オーストラリアに留学してまたバンコクに戻ってきたようだった。

彼女は、ちょっと頭が弱いおバカな娘だったが性格は明るくよく笑う娘で、一緒にいる時はいつも楽しかった。

貿易会社でディレクターをしている彼女と出会う日程はこれまでも幾度となく調整したが、彼女の仕事の調整がつかなくなったと何度も延期になっていた。そしてようやくぽんこつマンの日程に彼女が休みを取れる日が決定した。

2019年7月23日〜25日の3泊を彼女の家で過ごす事になった。ぽんこつマンは23日TG 211便でプーケット国際空港に降りた。空港到着は16時35分。空港のターミナルを出た時は17時を過ぎていた。彼女にLINEで連絡を入れたらちょうど会社を出て空港に向かっている途中とのことで少し彼女が迎えに来てくれるのを待った。17時半くらいに彼女が現れた。彼女の運転してきた白のフォーチュナーに乗って彼女の家に向かった。彼女の家はプーケットの幹線道路4024号線にあるセントラルプーケットフローレスタ(http://www.centralphuket.com/home)の近くにある住宅地にあった。家は平屋だったが駐車スペースにはもう一台ホンダの乗用車が停まっている。家の間取りは2LDK 。ぽんこつマンはその間取りの奥にある10畳ほどのベッドルームに通される。彼女はその隣のさらに広めの部屋で普段は寝ているようだった。荷物を置いて、晩ご飯を食べに行く事になった。

パトンビーチのビーチロードをウォークストリートから北へ1200〜300mほど行ったところにある。Somtum Yum Pao(https://www.facebook.com/Somtum-Yum-Pao-ส้มตำ-ยำ-เผา-533418423492939/)というレストラン。それほど大きくはないが、Google Mapのレビューでは4.4/5とかなり高い評価があるレストランのようだった。

店の名前にソムタムとあるからぽんこつマンは少し不安だったが、目的であるシーフードでもかなり有名なようだ。

ぽんこつマンはまずビールを頼み、蟹、海老、貝、を頼んだ。彼女はソムタムを追加した。ビールはあっという間になくなり白ワインを一本注文した。食事が終わって白ワインは少し残ったので持ち帰る事にした。

その晩、シャワーを浴びて部屋に独り居たら、彼女がドリンキングウォーターを持ってやって来た。それをベッドのそばに置いたかと思うと、ベッドに腰を下ろしてぽんこつマンを誘う。ふたりは抱き合い、ディープキッスを交わす。彼女がぽんこつマンが腰に巻いていたバスタオルを剥ぎ取り、既に膨張し始めたペニスに生フェラをする。ぽんこつマンの股間はその絶妙なフェラに一気にそそり勃つ。ぽんこつマンは彼女のネグリジェを剥ぎ取り、ブラジャーも外した。そして彼女が自分でパンティを脱ぎ捨てふたりは生まれたままの姿になった。

彼女のおっぱいは適度の弾力があり、ぽんこつマンの手のひらにいい感じで収まる大きさ。乳輪の大きさも完璧で乳首は既に勃起して直径1cmほどになっており、舌で転がすにはちょうどいいサイズ。彼女の年齢は29歳と言っていたが、身体に余分な贅肉はついておらず綺麗なラインが保たれていた。首筋から胸の谷間、そして脇腹、乳房のアンダーライン、ヘソ回り、腰骨へとリップを続けて、内腿から秘部にむけて今度はリップで這い上がる。リップが彼女のクリトリスにたどり着いた時、彼女の膣口には愛液が染み出し光って見えた。10分くらいクリトリスと大陰唇をリップと舌先で愛撫した。彼女のアンダーヘアは未処理の状態でふさふさしていた。ぽんこつマンが左手でその陰毛を撫であげながら彼女の愛液で濡れた膣口に口づけをし、舌を押し込んだ。彼女の喘ぎ声が聞こえて来たので、ぽんこつマンはそのそそり立った肉茎にコンドーム を装着し、伸長位で亀頭を膣口にあてがい奥に進めた。ジュルンと彼女の肉襞は開きぽんこつマンを受け入れる。両手で彼女を抱きしめ、腰を上下した。彼女の脚を割り今度は正常位で少しスピードのあるピストン。そして屈曲位で奥を責め立てた。そして彼女を四つん這いにして後背位、後側位にスイッチして背後から彼女の乳房を揉み上げながらさらにローリングして仰向けになり腰を使う。彼女の体を起こして後背騎乗位。最後に座位になり、お互いに相手の腰に手を当て引き寄せながら結合を繰り返した。彼女が後ろに倒れ、改めて屈曲位で頂点を極め合った。その晩は続けてもう一回濃厚なセ●クスを繰り返した。

充分な営みを行った事でその晩はぐっすり眠りについた。彼女はいつの間にかぽんこつマンの横を離れ自分の部屋に戻って寝たようだった。翌朝10時にぽんこつマンが目覚めた時、彼女はキッチンでコーヒーとフルーツを用意していた。それをダイニングのテーブルで一緒に食べて11時ごろ家を出た。

その日はまず、Big Buddha Phuketに行った。そしてラワイランディングピアから左に入ったシーフードマーケット内に並ぶ1つのレストランで遅い昼食。ロブスターの刺身、蟹カレーを食べた。ビアチャンはふたりで大瓶3本飲んだだろうか。彼女は車を運転するのにアルコールを飲む。まぁ、タイではけっこう飲酒運転も平気でする人がいるのは知っているのだが。

3時少し前に店を出て、プーケットの南端を抜け、Yanui Beach という小さなビーチで1時間くらいゆっくりした。遅い昼に飲んだビールのおかげでオシッコに2回近くのローカルタイ料理の店にトイレを借りに行った。

その後、カタビーチ、カロンビーチを抜け、パトンビーチを回り、プッケトタウンの彼女の家に戻った。夕方になってもその日はそれほどお腹も空いていなかったので、プーケットタウンの家のそばにある屋台で買って帰ったバーミーを食べ、ビールを飲んだ。

夜になりシャワーを浴びたら、昨夜と一緒で彼女が部屋にきた。そして昨晩に引き続き濃厚なセ●クスを繰り返す。もしかしたら彼女は女スパンヤオなのかも知れないとさえ思えた。そしていつもいろんな男を家に呼んで夜を楽しんでいるのかも知れないとも思った。毎日2回の性交。いくらぽんこつマンの性欲が強いと言っても、もうそんなに若くは無いので腰や太腿、腕の筋肉も腹筋もかなりの疲労感を感じていた。

翌朝は8時に目覚めた。既に彼女も起きていて、キッチンで何かを用意している。ダイニングルームまで行くと彼女がコーヒーとフルーツ、ヤクルトとサラパオ(肉マン)を持ってキッチンからダイニングルームに来た。朝ご飯だ。それを食べ終わって部屋に戻ったらまた彼女が部屋に来た。抱き合ってキスをしている内に彼女の手がぽんこつマンの股間に伸びた。玉袋を短パンの上から柔らかく摩り、その後肉茎を握る。短パンのジッパーを下ろしパンツに隠れている、ぽんこつマンの愚息に直接触れてくる。そしてふたりはまたしてもベッドに倒れ込んだ。昨夜のフィニッシュからまだ10時間ほどしか経っていないが、ぽんこつマンの愚息はまたもや大きく張り出した。

彼女もネグリジェを脱ぎぽんこつマンのアンダーパンツとTシャツを剥ぎ取り、また交わった。ぽんこつマンは既に疲れていたが彼女にはまだパワーがあった。彼女が騎乗位で激しく攻めてくる。正面騎乗位、背面騎乗位、彼女は腰をグラインドし、ぽんこつマンの愚息に刺激を与え続ける。ぽんこつマンも下から彼女のポルチオを目がけて腰を上に動かし亀頭を奥のコリッとした部分に届くようにした。ぽんこつマンにはもう多くの精子は残っていなかったが今回の性交はコンドーム を装着していない。このまま中で果ててしまったら…..という考えが頭をよぎった。いったん肉茎を彼女から引き抜き、彼女を仰向けにして正常位になり自分で射精をコントロールできるように動いた。そして頂点を迎える時に引き抜き肉茎の先端から発射される液体を彼女の腹部に放出した。

ぽんこつマンは息が上がっていた。ふたりはシャワーを浴びた。そして午前11時まで抱き合って過ごした。ぽんこつマンはその日の19時発のタイ航空でプーケットからバンコクに戻る。ゆっくりと服を着て、帰り支度をした。12時に彼女の家を出た。空港に向かうには早すぎたが、ぽんこつマンはビーチクラブに行ってみたいと彼女に言っていた。

彼女が運転するフォーチュナーはプーケットの幹線道路402号を北へ進み、途中4025号線へ左折する。そして4030号線へ右折した。その道はあるところから4018号線となった。そしてあるソイを左折して、Dream Beach Club(https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g297937-d9751113-Reviews-Dream_Beach_Club_Phuket-Thalang_District_Phuket.html)に着いた。

7月のこの時期はプーケット はローシーズンで人は多く無い。1キロ以上も続くビーチに人もいない。ぽんこつマンが行ったランチタイムにも客は別に1組のカップルだけ。白いTシャツとグレイのキャップを被ったウェイトレスの可愛い女の子の数の方が多かったかも知れない。

その日がプーケットでのメモリアルランチになった。ふたりはまずシャンパンで乾杯をした。彼女も好きだと言う生牡蠣のプレート。ひとり2個づつで異なる産地のものをセレクトした。新鮮でミルキーなオイスターは昨日までの激しいセ●クス の後には特に味わい深い。そしてポテトフライとマルガリータピザ。赤のミディアムボディーのワインを開けた。オープンエアの空間でそよぐ海風にあたりながらの格別の時間はワインのピッチをどんどん上げてくれる。

そしてメインのT ボーンステーキフライドガーリック添え。2本目のやや重めのワインを更にに開けた。ぽんこつマンもここまでワインを飲むのも久しぶりだった。最後にココナッツアイスクリーム、そしてエスプレッソを頼んだ。午後1時に到着したビーチクラブで3時間以上を過ごした。時計はすっかり4時を回っていた。ぽんこつマンはかなり酔いが廻っていたが今考えると彼女もかなり飲んでいたので酔っていたに違いない。

会計をしてそのビーチクラブを出た。車を停めてあるすぐそばに屋台があった。彼女はそれをうまいキムチを売っている屋台だと言った。彼女はそこでキムチを買った。ふたりはエンジンをかけた車に戻り中でしばらく休んでいた。夕方の5時になったので、そろそろ空港に行った方がいいと彼女が言い、ギアをドライブに入れて車を動かした。そこからプーケットの海岸線を北に向かい走った。かなりのワインディングロード。空港が近くまではアップアンドダウンとカーブが続いた。ビーチクラブから空港までは12〜3キロくらいだろうか。30分くらいで空港についた。

ぽんこつマンは車の中で彼女の頬を引き寄せキスをした。そして車のガソリン代と家に泊めてもらった御礼として4,000Bhatを彼女に渡した。彼女はにっこりと微笑み、「コップンカー」と優しくささやいた。ぽんこつマンはフォーチュナーを降り彼女にもう一度投げキッスをした。「気をつけて家に帰ってね」と声をかけた。彼女は小さく頷き開いていた窓ガラスを閉めた。そしてぽんこつマンは彼女が空港を後にするのを見送った。

プーケット空港でチェックインを済ませタイ航空のラウンジで搭乗までの40分をのんびり過ごした。搭乗時刻になり機内に入った。窓側の席に着いた時には、外はすっかり闇に沈んでいた。機体はやがて離陸しプーケットを後にした。

バンコクに戻ってからも毎日のようにLINEでの朝の挨拶は続いた。2020年3月下旬に彼女が突然長文のLINEを送ってきた。内容は「コロナのせいで今まで5万バーツあった月給が3マンバーツに突然減給された。」「車のローンや家のローンを払うとなると3万では基本的生活費が足りなくなる。」「しばらくはプーケット に住んでいる姉の家に間借りして、今まで住んでいた家を貸家として貸し出す」「次にぽんこつマンがプーケットに来る時はホテルで一緒に過ごすことになるけどいいか」と言うものだった。ぽんこつマンはこのコロナのせいでいろんな人が大変な目にあっているんだなぁと思った。そして「ホテルで一緒でも僕は一向に構わない」「No problem」と返信した。するとどう考えたのかわからなかったが、「ならばいい」「あなたをブロックする」と返信が返ってきた。

それ以降彼女との音信は不通になったままだ。世界的なパンデミックとなってしまったコロナ禍はプーケットのセフレとなった彼女との関係をも崩壊させる結果になってしまった。ぽんこつマンの長い人生の中でこんな形で崩壊したセフレ関係はもちろん今までにない。

マニラで一押しラーメンとステーキハウス

ぽんこつマンは無類の女好きであるが、無類の肉好き、蟹・海老好き、揚げ物好き、ラーメン好き、ワイン好きでもある。肉といえば牛肉。豚や鶏はあえて肉とは言わず豚、鶏、鴨と呼ぶ。そんな訳でぽんこつマンがアジアの都市を訪れた時は、必ずと言っていいほどディナーにステーキか焼肉を選ぶ日がある。

2018年7月11日、バンコクから久しぶりにマニラに3泊して日本に戻ったことがある。このマニラへの渡航は、それまでせフレとして付き合っていた女と別れを告げるためと、マニラで購入の契約をしていたコンドミニアムの契約解消の交渉が目的だった。

バンコクを朝9時35分に出発するセブパシフィックに乗りマニラには14時15分に到着の予定だった。ほぼ定刻通りにマニラに到着の後、その日はマカティのY2 レジデンス ホテルにチェックインした。それまでセフレとして逢瀬を繰り返した元モデルの彼女とはそのホテルで待ち合わせた。

翌日朝に購入契約をしていたコンドミニアムの建設販売会社に行き、契約解消を申し立てる予定だった。契約を解除しようと決めた理由は、2016年に建設予定地で契約した47階建てコンドミニアムが完成予定年月の2018年12月末まであと半年を切っている現段階で駐車場部分のみで建設が中断しており、竣工の目処が見えなくなっていたからだ。

2018年7月11日撮影したVictoria de Malate

写真を撮ったあと、その建設販売会社に行った。竣工予定を確認したら契約時には2018年12月引き渡しと言っていたのが2019年12月になったと説明がある。まだ駐車場部分しかできていないのにあと1年半で引き渡し可能かどうかも分からなかった。ダウンペイメントを既に25ヶ月支払っていたが、36ヶ月支払った(全体金額の20%)としても未完成となるかもしれないとその時は思った。

そこで、これまで支払った25カ月分のダウンペイメントを取り戻せなくてもいいから面倒な不動産権利を放棄しようと思った。セフレはなんとか引き留めようとするがぽんこつマンはその権利を彼女に譲り手を引くとその建設販売会社のマネージャーに申し出た。建設販売会社の規約不履行ということで契約解除して、支払ったダウンペイメントの幾らかは戻って来て欲しいと思ったが、契約書には免責事項として政府の指示により竣工予定が遅れた場合の条件が書かれていて、弁護士を雇っても費用がかかるだけで投資金額を諦めたほうが損害が少ないと思った。

結局、そのコンドミニアムは2020年7月現在、外観は出来上がっているようだがWEB(https://victoriamanila.com/#learn-more)では今年の12月末に引き渡しになったと嘆くフィリピン人のコメントが上がっている。部屋の扉やリフトなどがまだ未完成なのかもとも思う。そもそも地震国でもあるフィリピンの超高層コンドミニアムの45階を2室所有しようとしたことが間違いだったと今は反省している。万が一引き渡しが行われたとしても、水道の契約、電気の契約、管理費の支払いはもちろん、室内の装飾を含めて完全に住めるようにするにはあと1000万円位用意しなくては行けないことを考えれば、権利放棄の方が精神的に楽だと思った。

セフレだった彼女が権利の譲渡を受け、その物件を誰かに売れたのかどうかは分からない。それ以来彼女には連絡をとっていないからだ。

その日、その建設販売会社のオフィスで契約解除の申告を済ませホテルに戻ってセフレの彼女とラーメンを食べに行った。彼女は日本料理が好きと言っていたが、刺身は食べない。寿司も食べない。しかしラーメンは好きだった。マカティ で泊まるときは麺処 ラーメンバ マカティによく出かけた。昔初めてフィリピーナとオフパコしたオロンガポ の彼女と泊まったPicasso Boutique Serviced Residencesの裏出口からも近い店だ。

トリップアドバイザーサイトから引用

晩ご飯はセフレの友達も来るというのでホテルの部屋にあるキッチンでカレーを作って食べることにした。ホテルの近くにあるスーパーで豚肉、人参、じゃがいも、玉ネギとワインを買って調理する。夕方18時にセフレの友達も来たのでワインで乾杯した。せフレの友達はバイクの運転があるのでワインは口を付けただけでコーラを飲んだ。

夜遅くまで、コンドミニアムの解約について話した。誰かがその購入権利を買ってくれればその代金を彼女たちが得ていいという条件で、彼女たちに全てを委ねることにした。その晩もセフレとセ●クス したが彼女の下っ腹が昔に比べてぷっくり出て来ていることが気になった。行為は当然淡白になった。彼女ももう若くないのだ。そろそろコンドミニアムと一緒にすっきり整理しようとその時はっきり思った。もしこれからマニラに頻繁に来るようになればその時にまた若くて美形で性格の良い娘を探せばいいのだ。

翌日、彼女が家に帰ると言ったので引き留めなかった。マカティからケソンシティーの彼女の部屋まではタクシーで走っても渋滞が酷くて2時間近くかかる。ましてジープニーだともっとかかる。今日戻って明日またくることは彼女にも苦痛のはずだ。

そしてマカティ 2日目は昨晩の残りのカレーを独り食べた。コーヒーも部屋にあったインスタントで済ませた。そして夜はブルゴス通りのゴーゴーバーに飲みに行った。特にペイバーはせず、ホテルに早めに戻って来た。

3日目は、ニュー ワールド マカティ ホテル マニラ を予約していた。そのホテルはANAをはじめいくつかの航空会社のクルーが泊まるホテルとしても使われている。また、そのホテルの左側に高級なナイトクラブ(女の子を指名して侍らせることができる)Le Salon Grand Theatre & Clubがある。

ホテルにチェックインしてその晩は、マニラで一番と思うステーキハウスに行くと決めていた。その名は、Elbert’s Steak Room(https://steakroom.com/elberts-steakroom/)。セフレだった彼女の友達の旦那が長年勤めている店で、何度かセフレともいったこともある。コンドミニアムの解約記念とセフレとの関係の解消記念として今回はゆっくり独りでコースを食べようと決めていた。

あらかじめ入れた予約時間は18:00。開店時間と同時にした。デラコスタ通りにあるセブンイレブンの左側にある階段を上り大きな朱色の引き戸を開けて中に入る。その入り口は実は従業員が使う裏の入り口のようだが、正式な入り口がどこにあるのか良くわかっていない。

店に入ると昔マカティのゴーゴーバー Plan B に一緒に行ったことがあるセフレの友達の旦那が出迎えてくれた。彼はチーフウェイターをしているらしく、ワインに関してもそれなりの知識を持っていた。席に案内されてあらかじめ決めていたスーパープレミアムグレードのリブアイを注文した。ワインはチーフウェイターの彼に任せた。

全てが最高だった。チーフウェイターの彼との会話も弾む。ワインもパンもサラダもスープもうますぎる。肉の焼き具合も注文通りのミディアムレアで完璧。食べることが優先になって写真を撮ることをつい忘れてしまう。食事を済ませ精算してホテルにもどった時は21時半になっていた。

Grab car を降りてぽんこつマンはホテルの左側にあるLe Salon Grand Theatre & Clubに向かった。そこで働いているという女の子とTinderで半年ほど前から知り合っていて、会いに行くと約束していたのだ。店に入るとそこは広々としていてシャンデリアが煌めくゴージャスな空間。マニラでの接待シーンに使えそうな落ち着いた雰囲気。モデル級のスレンダーな女の子がずらりと並んで客の到着を待っていた。女の子は全てロングドレスを着ている。ぽんこつマンは約束していた女の子の名前をボーイに伝えた。

彼女が店のエントランスまでぽんこつマンを迎えに来て席に案内する。奥にはグランドピアノがあり、日系のスレンダーなピアニストがジャズを弾いていた。ソファーに座るとボーイが注文を取りに来る。ボトルを入れるというほど頻繁に来れる訳でも、その日に大勢の女の子を侍らせてウイスキーを一本開けるつもりもない。しかしビールというのも気がひけるのでジントニックをグラスでもらった。注文していないがフルーツの盛り合わせがテーブルに来る。彼女にも一杯飲んでいいと伝えた。彼女のドリンクが来て乾杯をする。女の子と会話はできるがボディータッチができる雰囲気ではない。静かに話せる特別な空間での特別な時間はゆっくりと過ぎて行った。

ペイバーができる店とは思えなかったが、店で女の子と仲良くなればプライベートで会えるようになるだろう。その店には2時間くらいいただろうか。ジントニックは4杯くらい飲んだと思う。支払った金額はもう覚えていないが銀座、六本木や北新地のクラブで飲むより安かった気がする。その晩はそのあとホテルの部屋に戻り、バスタブにお湯を張りゆっくりと入浴した。バスタブは3つ星ではまずありえない。4つ星でもマニラではほぼ難しい。湯船から上がりフルチンでバスローブを羽織り、独り高級ホテルでの滞在を満喫した。

3回目のバリで新しい彼女とオフパコ

2017年5月30日〜6月2日までの4日を新たにSkout で見つけたバリで働く女の子と過ごした。最初の2泊をThe One Legian、後半の2泊をグランド・イスタナ・ラマ・ホテルと彼女のリクエストでホテルを変えてみた。

5月30日にバリに入るのに、成田ーデンパサール間を運行し始めたばかりのAir Asiaを使った。ちょうどラマダンに5月26日から入ったばかりだったが、バリはイスラム教徒は少なくラマダンはあまり影響がなさそうだったので急遽行くことにしたのだった。

飛行機はほぼ定刻通りデンパサールの空港に到着した。イミグレと通関を済ませ、いつものようにスマホのシムを買ってゲートの外に出ると彼女はもう一人の女の子を連れて二人でぽんこつマンを迎えに来てくれていた。

彼女には妹がいてバリで一緒に過ごしているといっていたが、今日彼女について来たのは仕事上での同僚のようであった。もう一人の彼女が日本からわざわざ会いに来るもの好きのぽんこつマンに興味があり、仕事で使っている日本車のバンでホテルまで送るということで来たようだった。

彼女は少し前までは大学に通っていたが、金銭的にキツくなったので退学して今のイベント系の会社の手伝いをしているようだった。彼女の友達が運転する車はクタの市街地を抜け、レギャン通りに入った。グランドゼロ・メモリアルを過ぎてまもなく車はTHE ONE LEGIAN(https://www.theonelegian.com)についた。私は彼女の友達に通常のタクシー代より多めのチップを渡した。彼女の友達は、にこりと微笑み、彼女にウインクして仕事場に戻ったようだ。

チェックインを済ませて部屋に入った。今までホテルはたいがい3つ星が多かったが今回は少し奮発して4つ星にしていた。モダンなデザインが気に入った。

部屋に入ったのは17時少し前でまだディナーには早かった。日本を出発するときに空港で買ったミスディオールの香水を鞄から出し彼女に渡した。彼女は「テリマカシ❤️」とインドネシア語でセクシーに感謝のコトバを発し、ベッドに腰を下ろしていたぽんこつマンにハグして来た。

「シャワーを浴びたい」とぽんこつマンは言った。彼女も同意した。ふたりはベッドで服を全て脱ぎ、シャワールームに向かった。22歳という彼女の身体は、薄い脂肪で全身が覆われていてスリムというわけではなくどちらかといえば肉感的。直径3cmほどの濃いピンク色の乳輪に1cmのほどの乳首がついていて、プリンと立っている。肌は決して白くはないが、体毛が薄く、淫毛もそれほど蜜ではない。

長い黒髪をまとめシャワーキャップをかぶってシャワーブースに入って来た彼女をハグして抱き寄せ、まずうなじにキスをした。彼女もぽんこつマンの背中に手を回し、唇を強く吸い合った。ぽんこつマンは手にシャワージェルをとり、彼女の乳房、背中、脇、腰、へそ周り、尻、そして脚へと洗いすすめ、それから改めて内腿を滑り上がって最後に彼女の局部へ手を進ませた。

中指をピンとして第2関節の骨の出っ張りを彼女のクリトリスに当て、中指の腹を膣口に置いた時、彼女は花芯は既に濡れていた。今度は彼女がぽんこつマンの陰茎と玉袋にシャワージェルをつけて洗う。ぽんこつマンの陰茎はあっという間に硬直し、そそり立った。シャワーで泡を流しおとし、彼女はそこでフェラチオを始める。

写真はイメージです

ぽんこつマンの亀頭をほっぺたの内側の肉に押し当てる。唇をすぼめ、亀頭のくびれから根元にかけて刺激を与えてくる。22歳が本当かどうかは定かではないが、見た目の幼さからは想像できないテクニックを持っていた。

その続きはベッドで行った。ぽんこつマンはそろそろ挿入したくなっていた。その時彼女はベッドに四つん這いになり、背後からの挿入を求めて来た。ぽんこつマンはコンドームを装着して、彼女の背後から亀頭をアナルにふれて大陰唇に沿って膣口に滑らせた。

写真はイメージです

花芯は待っていたようにスルッと開き、亀頭がすぐに彼女の膣に埋まった。ぽんこつマンは彼女の腰骨を掴みゆっくりと亀頭を奥に埋めていった。彼女は立てていた腕を崩し、頭を横にしてベッドに押し付けた。亀頭は彼女の裏Gスポットを刺激しているのか、彼女は腰をよじって、ぽんこつマンのスローなピストンの動きを膣壁の左右上下で受けていた。

彼女は後ろを振り向きぽんこつマンを潤んだ目で見つめ、右手の中指を口に入れ舌を絡めて見せる。ぽんこつマンは彼女の左腕を掴み後ろに引いた。彼女は少し起き上がり、右肘も後ろに引いた。ぽんこつマンはその右腕も掴み馬の手綱のように引いた。彼女の背中が後ろに反り、頭を上にあげ、ぽんこつマンの陰茎の根本が花芯に当たるたびに「アウッ、、、」「アンッ、、、」「ウッ、、、」と唸る。彼女のその表情がセクシーすぎた。

5秒近く奥に留めていた陰茎を引き抜き、彼女を仰向けにした。彼女は膝を立てた状態でぽんこつマンのディルトを掴もうと左手を股間の間に伸ばしてくる。ぽんこつマンがそのそそり立ったディルトを少し押さえて彼女の花芯に近づけた時、彼女の左手の指が触れやがて握りしめた。

彼女はその握りしめたディルトをクリトリスと膣口の間を上下させ、愛液でねっとりした大陰唇を摩擦した。やがて自然に亀頭が膣口に埋まりぽんこつマンが腰を前に出すと「ヌルッ」と音を立てるかのように亀頭のくびれが彼女のGスポットあたりの位置まで入った。

写真はイメージです

そこからさらにゆっくりと奥へ根本が膣口に当たるまで押し込み、素早く元の位置まで引く。ゆっくり押しては素早く引くその動きを繰り返した。さらにぽんこつマンは彼女の両脚を肩まで上げ、前傾して挿入の深さを増す。

亀頭の先が少し硬いコリッとした感触を感じた時、彼女はまたブリッジをするかのように背中を反らせた。ぽんこつマンは腰を上下に動かしたまま彼女にディープキスを仕掛けた。彼女も舌を絡めて来た。

彼女の舌を強く吸い、彼女の花芯に深く挿入したディルトの先を彼女のポルチオに強く押し当てた時、彼女の膣口がしまり、ぽんこつマンのディルトは一気にフィニッシュを迎えた。肩に上げていた彼女の両脚を解放し、挿入したままでぽんこつマンは彼女を強く抱きしめたままキスを続けた。

彼女の体から離れてふたりが並んで仰向けになっても互いの手は繋いだまましばらくその余韻を味わっていた。「セ●クス は好き?」と彼女に聞いた時、少しはにかみながら「普通だと思う」と言って笑ったのを覚えている。

突然の一戦を終え、食事に出かけることにした。ホテルを出てレギャン通りを南に進んだ。レギャン通りには、欧米人も気軽に入れるバーやカフェ、レストランが多い。ぽんこつマンはホテルから500mほどのところにあるシーフード・インドネシア料理店Surya Chandra SC restaurant Kuta(https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g297697-d4339845-Reviews-Surya_Chandra_SC_restaurant_Kuta-Kuta_Kuta_District_Bali.html)に入った。

ビールのつまみにカラマリフリッタ、メインにロブスターのガーリックソースとアヤムゴレン(鳥の唐揚げ)とミーゴレンををシェアした。ロブスター以外はそれほど高価なメニューはない。通りを挟んで反対側にはパブがあり、ものすごい音量で音楽を鳴らしていた。

食事を済ませてレギャン 通りをぶらぶらしてホテルへ戻った。夜になっても蒸し暑く、人混みをかき分けながら歩いて汗をかいていたので改めてシャワーを浴びる。彼女が先にシャワーを浴びてバスタオルを胸に巻いて戻って来た。大きすぎない乳房の谷間がなんとも色気をそそる。続いてぽんこつマンも汗を流してバスタオルを腰に巻いてベッドに戻った。

肩を抱き少しジャレ合っているうちに彼女のバスタオルが解けてちょうどいいサイズの乳房がポロリと見えた。彼女はケラケラ笑って、ぽんこつマンのバスタオルを解くために押し倒して来た。そして彼女はぽんこつマンが仰向けになったところに覆いかぶさって来た。深夜1時まで2回交わったあと、眠りに落ちた。

翌朝遅めの朝食をホテルで食べて、彼女の従弟が住んでいるアパートに遊びに行くことになった。彼女は一旦自分の部屋に戻りバイクで戻ると言ってホテルを出た。

午後2時に彼女が戻って来た。彼女のバイクに乗ってその従弟という男が住んでいる部屋に行った。彼の男友達がすでに二人きていてカードゲームをしていた。部屋に入ると女物の靴もあり昨日ホテルまで送って来てくれた女の子もやって来た。その女の子の彼氏がその従弟だということだったが、ぽんこつマンには関係ない。3時に近くなっていたのでぽんこつマンがビールでも飲もうと行った。部屋には小さな冷蔵庫と14がたくらいのブラウン管テレビはあったが、冷えたビールはない。そこの遊びに来ていた男の子の一人がビンタンビールの大瓶を買いに行くと言ったので10万ルピア札を5枚渡してビンタン大瓶とスナックそれとコーラを買って来てもらった。インドネシアではビールは意外に安くない。しかし50万ルピア(4000円程度)もあれば大瓶6本は買えると思った。

20分ほどして彼は戻って来た。予想通り大瓶を6本、それにコーラ、ミネラルウォーター、スナックを買って来ていた。一般のインドネシア人の標準的生活はタイル床にベタに座り、食事するらしい。その部屋にはベッドもなく、その従弟は床に布団を敷いて寝ているようだった。部屋にはエアコンはなく扇風機だけが回っていた。

6人で乾杯をした。ぽんこつマンはインドネシア語は分かっていないが、肝心な話は彼女が英語に訳して伝えてくれた。ローカルのインドネシア人の生活環境に潜入したのは初めての体験だった。陽が傾いて空が赤く染まってきたので彼女とホテルへ戻ることにした。

その晩は、以前最初にサヌールでナンパした彼女と行ったスミニャックのレッドカーペット・シャンパンバーを予約して出掛けた。改めて彼女の出身を聞いてみると彼女もジャワ出身という。ムスリムだけど、バリではスカーフは巻かないと、以前の彼女と同じことをいう。そうゆえばイスラム教徒はアルコールを口にしないと聞いていたが、ここインドネシアでは、女も男もアルコールを口にする若い人も多いようだ。

今回もグラスシャンパンの後、ボトルの赤ワインを頼んだ。昼間にかなりビールを飲んでいたが、意外とすんなり飲みきった。ホテルに戻ったのは23時くらいだったか。その後ふたりはまた2回ベッドで交わった。

翌日朝食の後チェックアウトして、次のホテル、Grand Istana Rama Hotel Bali へ彼女はバイクをホテルに残したままタクシーで向かった。

チェックインの時間まではまだ数時間あったので、家電量販店に行くことにした。昨晩のディナーの時に彼女の部屋にもエアコンがないと言っていたので、どのくらいで買えるのか見に行ってみることにしたのだった。

出掛けた家電量販店は、Bali Electronic Center 1という店。

彼女はインドネシアで売っているエアコンは同じメーカーでもマレーシア産とタイ産があってタイ産の方が品質が確かだと言っていた。彼女がほしそうにしていたので彼女に店の店員に説明を聞いてみるように勧めた。店員が彼女の部屋の大きさを聞いて適度なエアコンの能力の商品を進めている。彼女がぽんこつマンをみる。店員もぽんこつマンをみる。ぽんこつマンがもう一度彼女に会うとしたら今度は彼女の部屋に止めてもらえるかもと勝手な想像をして、買ってあげると言ってしまった。まとまった現金の持ち合わせが無いのでクレジットカードで精算を済ませた。部屋への設置は早くて3日後ということなので、今回はそのエアコンのある彼女の部屋でセ●クスする機会はなかった。

エアコンを買ってから朝チェックインしたホテルに戻った。午後0時を回っていてすぐに部屋に入ることができた。部屋はコテージタイプでシックなリゾートインテリア。部屋に荷物を置き、軽くランチを取るためにホテルの隣にあるビーチウォーク・ショッピング・センター(http://beachwalkbali.com)に向かった。

ビーチ前の道路に面したKitchenette(https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g297697-d3454598-Reviews-Kitchenette_Beachwalk-Kuta_Kuta_District_Bali.html)という店のテラスに席を取った。ビンタンビールとフレンチフライ、ピザ、彼女はアイスティーを取った。

その後ふたりでビーチに行った。ホテルのちょうど前あたりのビーチでサーフィンレンタルショップがあり、そこにパラソルとビーチチェアがあった。ここで2日間、日中を過ごすことになる。遅い朝食後午前11時くらいから夕方日没過ぎまでこのビーチチェアでただビールをちびちびやって過ごした。

ビーチの2日目は彼女の従弟も夕方にやって来た。そして陽が落ちて今回のバリ3日目の夜は、クタでも人気の高いスカイガーデン(https://clubskygardenbali.com)にでかけ、ジントニックをガンガン飲んで踊った。4日目はビーチウォーク・ショッピング・センターにあるCafe Sardinia(https://www.cafesardinia.com)でメモリアルディナーを取った。3日目も4日目もホテルに戻ってからはセ●クス、快楽を求める性獣となった。そして記憶していたインドネシア人の女性が持つ独特の肉感的な乳房と乳首の感覚を今回も味わった。

今回のバリ5日目の朝、彼女はTHE ONE LEGIANに停めっぱなしにしていたバイクを取りに行って元の生活に帰っていった。ぽんこつマンの帰国便は深夜便で日本には翌日早朝に到着する。今回バリでオフパコした彼女の身体はかなり気に入ってしまっていた。日本に戻って何度かLINEでチャットをした。彼女は部屋についたエアコンの写真を送って来たが、彼女がラマダンの期間中にバリを離れてジャワの実家に戻ってから、彼女の態度が少し変わった。彼女は見た目、彼女より美の人友人写真を送って来て、「タイプ?」と聞いて来た。一般論として美しいので「タイプ」と返信したら「彼女は刺青を入れていて結構悪い女」という返信がきた。それからしばらく仕事が忙しくなっていたのでチャットをしなかったらブロックされてしまった。ブロックした理由はわからない。それ以降はもう彼女のことは追いかけていない。もしかしたらインドネシア人は熱するのも早いが冷めるのも相当早いのかもしれないとさえ思った。

バリ再訪、そして初ジャカルタ。

初めてバリ島サヌールでナンパして身体を重ねた彼女に、翌年改めて再会したくてバリ再訪の計画を立てた。日本からダイレクトでバリ直行だと海で過ごすことはどうでも良いぽんこつマンには2〜3泊の訪問地が1カ所だと3連続有給休暇がもったいない。土日を絡めれば5日間の休みが可能なのだ。そうだ、ジャカルタ経由にして帰りにジャカルタの立ち寄ってみようと思った。全日空のマイルも貯まっているから、日本→ジャカルタ(1泊)→テンパサール(クタ2泊)→ジャカルタ(2泊)→日本という旅程で東京ージャカルタ間は全日空のマイル特典航空券、ジャカルターデンパサールはガルーダインドネシア航空で繋ごうと考えてネットで予約を作った。ジャカルタを旅程に入れるからにはラマダンの期間は外しておいた方が無難だ。

その年のラマダンは6月6日に入ることをネットで調べてそれ以前のスケジュールを探した。都合よく2016年3月29日(火)東京発ージャカルタ着、4月2日(土)深夜ジャカルタ発ー東京早朝着の便が取れた。ジャカルターデンパサール間は3月30日(日)の朝ジャカルタ出発、4月1日午後店パサール出発で予約を作った。

そしてホテルの手配。ジャカルタに行って見たかった理由は、大阪で働いていた時のタイ好き仲間の一人から「ジャカルタにも女の子をお持ち帰りできるスパやホテル併設の置屋バーがある。」と聞いていて、一度はロケハンして見たいと思っていたからだ。

初ジャカルタの宿は、HOTEL TRAVEL。ここにそのホテル併設置屋バーがある。そのホテルを出てマンガプサール通りを左に歩いて行ったところにスパもあり、ジャカルタ初心者のロケハンとしてはここかなと決めた。

二度目のバリ島の宿は、デンパサール空港から近いクタエリアを探した。海に入る予定はないがせっかくバリに行くからにはビーチが近い方が良い。宿泊サイトの掲載写真と料金が気に入り、クタベックスビーチサイドホテルを予約した。

日本の3月末は桜が開花しているところもあるが、ぽんこつマンにはまだまだ寒い。それに比べ、インドネシアは熱帯。外は暑いが室内には強烈なエアコンが効いているので、太陽の直撃が嫌いなぽんこつマンには過ごしやすい。

2016年1月から30日以内の観光でもインドネシア入国時に必要だったアライバルビザ取得の手続きが不要となっていた。合わせて5泊の滞在なのでハンドキャリーケースのみだった事もあり、スカルノハッタ国際空港https://ja.wikipedia.org/wiki/スカルノ・ハッタ国際空港)に到着後イミグレを通過しすぐに、多少の両替とスマホのSIM交換後、到着ロビーに出た。そこはものすごい到着客待ちの人とタクシーの呼び込みがすごかった。向かうは、ジャカルタの北側にあるマンガサール駅から程近いHOTEL TRAVEL。ジャカルタは初めてだったのでそのアライバルロビーにあるタクシーカウンターに行き手配した。タクシーは空港を出て、陽が傾き始めすでに渋滞が始まっているハイウェイを東に進んだ。運転はすごく荒かった。STOP and GO、右へ左へ車線を頻繁に代えてジャカルタ市内に入り、一般道に降りた。ジャカルタの渋滞はさらに激しさを増し、ハイウェイを降りてからホテルまではさらに1時間を要した。

HOTEL TRAVELはネットのサイトでの予約ができず、電話で予約していた。フロントでパスポートを見せ、名前を告げた。間もなく部屋のキーが用意され、部屋に案内された。マンガプサール駅が近くにあり、そのホテルの界隈にも格安ホテルは多くあり。この辺りはローカルのビジネスマンがよく利用している場所なのかもしれない。

部屋に荷物を置いてぶらりマンガブサール通りを歩いて見た。まずは西へ。マンガブサールはジャカルタのチャイナタウンという情報があったが、はっきりと分かりやすい中華料理屋は多く見当たらなかった。しばらく西向きで左手側を歩いていくとスパがあった。確か名前はオアシススパ。気になったので覗いて見た。入り口を入り上の階に上がっていくとそこにはバンコクのMPのような金魚鉢があり多くのネシア娘が客待ちをしていた。ひととおりチェックをしたが是非にもという娘がいなさそうなので、退散することにした。そこを出てさらに西へ進む。ホテルを出ておよそ1キロほど歩くと南北に走る大きな通りに当たる。そこでマンガプサール通りを渡りホテルへ引き返す。大きな通りの角から100〜150メートルほど戻ったところに少しマシな中華料理屋があった。夕方5時を過ぎていたので、そこで飯を食うことにした。ビンタンビールと餃子、それに豚肉と野菜を炒めた料理を一品。ここジャカルタはムスリムの国なのでイスラム教徒は豚肉を食べない。しかしここマンガブサールの中華料理屋には豚肉の入った餃子もあれば豚肉料理も普通にある。なかなかうまい。満足したところで外へ。さらにホテル方向へ戻る途中で、蛇がカゴに入って売られているのを見つけた。コブラのようだった。食用のコブラなのだろうか?陽は既に沈み、あたりは暗くなり、ヘッドライトの灯りがあふれて来た。さらに進むと左手にロコサリスクエアというショッピングモールがあった。そこにもスパあるいは置屋バーがあるという情報をネットで見たことあり興味深かった。またインドネシアの電気コンセントはCタイプで日本のAタイプが使えるコンセントがホテルになかったので変換プラグを買いたかった。変換プラグは見つかった。しかしスパも置屋バーも見つからなかった。ネットの情報にあった地図では、ここという場所があったがシャッターが閉まっていて看板らしきものも見当たらない。開店が夜なのか、それとも潰れてもうないのか分からなかった。

いったんホテルに戻ることにした。夜になって、ホテルに併設の置屋バーを覗きに行って見た。エントランスを入り、奥へ。左手には昼間のような明るさの空間にセクシーな衣装を着たネシア娘が並んで座っていた。その前には全く明かりのない真っ暗なテーブルとソファーがいくつも連なってある大きな空間が見えた。ホステスが近づいて来て席へ案内する。ぽんこつマンはいったんテーブル席へ。ビンタンビールを注文したらすぐにホステスが持って来て、「どんな女がいいか?」と尋ねて来た。可愛いこと適当に返すと、しばらくして二人の女の子を連れて来て選べという。席は真っ暗で顔がほとんど分からない。かすかに見えるスタイルだけで女の子を選んだ。

女の子は私も飲んで良いかと聞いてきたので、OKと適当に答えた。すぐにもう一本のビールが来て、乾杯した。一口ビールに口をつけるかつけないかのタイミングで、「ブンブン」「ボンボン」と言ってくる。待て、まずはビールを飲ませてくれ!。彼女たちとのセ●クスは日本人にとっては高くない。せいぜい4000円程度。しかしそれは彼女たちがより多くの客をこなさないと十分な収入にならないことをも意味している。

あまりにも性急な要求にすっかり気持ちは萎えてしまった。明日はバリ島へ行く。そして昨年サヌールでナンパして濃厚なセ●クスをした彼女がぽんこつマンの到着を待っている。ここでムダ打ちしなくても良いという気持ちで、席を立ち部屋に戻ることにした。

翌日朝早くいったんホテルをチェックアウトして空港へ向かう。朝の渋滞にかかることを想定して出発時刻の4時間前にホテルを出た。空港に向かう道はいくつかあるのだろうが、ぽんこつマンがホテルに読んでもらったタクシーは、まず北に向かって走り、スラムのようなエリアを抜けてハイウェイへ上がった。ハイウェイまでもそれ以降も渋滞にはほぼ当たらず、意外に早くスカルノハッタ国際空港に到着した。チェックインしようにも3時間前なので少しチェックインロビーで待つことになる。1時間ほどしてチェックインカウンターが開き、セキュリティーゲートを通過しゲートへ向かった。

チェックインから出発ゲートまではかなり遠い印象だっが、ゲートでも搭乗時刻までかなりの待ち時間がある。空港内のレストランで軽い食事をとった。インドネシア料理の定番はナシゴレンかミーゴレン。ナシゴレンは重くなりそうなのでミーゴレンをチョイスした。土産物屋でさらに時間を潰し搭乗時刻の50分前くらいにゲートに着いたが、ゲートの待合は既にかなりの乗客が席を埋めていた。

無事搭乗時刻になり機内へ。座席についてそれほど待つ事もなく機体は、バリへ向けて離陸を開始した。予定のフライト時間は1時間50分、ジャカルタとデンパサールの時差は1時間。ジャカルタをほぼ11時に出発してデンパサールに到着するのは午後2時前後。

機体は滑るようにデンパサール空港に着陸した。よく晴れた日のフライトは快適だった。ゲートブリッジを渡りターミナルの中へ進む。ハンドキャリーだけなのでバゲージクレームを通り抜け、一気に到着ロビーへ。途中銀行の両替レート表が見えた。スカルノハッタ国際空港より、明らかに良いレートに少し驚いた。

到着ロビーには、昨年ナンパした彼女が待っていた。すぐにでも抱擁したかったが他の乗客待ちの人で溢れていたので、タクシースタンドに向かった。

ホテルは空港からそれほど遠くはない。しかしながらクタの街に近づくに連れて、なかなか前に進まなくなる。道路が片側1車線で交差点も多い割に、信号もそれほどあるわけではなく、結構勝手に交差点に入って来て、身動きが難しくなっているのだろう。タクシーには45分くらい乗っていただろうか。クタビーチにあるハードロックカフェの前を過ぎ、ようやくクタベックス ビーチフロントホテルに到着した。

案内された部屋はあいにく半地下の部屋だったが、彼女とのセ🟣クスを愉しむには特に問題はなかった。すぐにシャワーを浴び、絡み合った。

シックスナインでお互いを確認した後、彼女はベッドに四つん這いになって後ろからの挿入を求めて来た。コンドームを装着しないまま、生の挿入。彼女のフェラチオで充分に増大しそそりたっている陰茎を上から少し押さえ、彼女の花芯の奥へ送り込む。腰骨を両手で持ち彼女の体を引き寄せる。彼女は、快楽の表情を浮かべ顔を振り向かせた。まぶたを閉じ半開きになった口から舌を出して悶えている。ぽんこつマンは腰を下から上へ突き上げるようにスイングさせて彼女の絶頂を導いた。

それから彼女の上半身を持ち上げ彼女の両腕を持って亀頭を奥Gスポットにあたるように上下の動きにグラインドを加えた。彼女は振り向き、ディープなキスを求めて来た。ぽんこつマンは両腕で彼女のバストラインを羽交い締めにして、彼女が求めて来たキスに応えた。

寝バック、後側位、立ちバック、、、全て背後からの体位で彼女を攻め立て、彼女の両肩に手を掛け胸を思い切り反らせて強い一撃を加えたのち膣外でフィニッシュした。彼女は、まだザーメンが残っている逸物をあらためて咥え、全部を吸い上げた。まだヒクヒクしている陰茎へ舌と唇の筋肉をうまく使って刺激を与えて来た。「イイ、、、」「、、ス、ゴ、ク、イイ」こうして彼女との半年ぶりのセ●クスは前回を上回る快感の記憶を運んできた。

上がった息と心臓の鼓動が落ち着くまでふたりは抱き合っていた。その後ふたりはディスカバリーショッピングモールにあるOceans 27 Beach Club(https://www.tripadvisor.com/LocationPhotoDirectLink-g297697-d2211017-i136555294-Ocean_360_Beach_Club-Kuta_Kuta_District_Bali.html)に出かけた。そのビーチクラブについた時、既に太陽は水平線に隠れようとしていた。

心地よい音楽が聞こえてくる。やさしい海風が肌を撫でる。ぽんこつマンは心を解き放つ酔いの中でビーチリゾートの癒しに深く深く沈んで行った。それまで言葉を発しなかった彼女が程よく塩の効いたカラマリを指でつまんで口を開いた。「明日の昼は仕事がある、朝にいったんホテルを出るけど夕方また会える?」「もちろん」ぽんこつマンは迷いなくOKの言葉を返した。

翌朝、早くホテルで朝食をとり彼女はホテルをいったん後にした。その日の昼ぽんこつマンはクタの街を散策した。ホテル前のビーチ沿いの道路を南下し、JL.Kartika Plaza(ジャランカルティカプラザ)沿いにあるB couple seafoodという中華料理店でひとりランチをとり、彼女に教えてもらったクタで一番レートのいい両替店に行った。

その後レギャン通りを北に上り、グランドゼロメモリアルを見物してホテルに戻った。そして彼女がもう一度ホテルにやってくるまで部屋で夜のディナータイムをどこで過ごすか検索していた。

彼女はワイン好きということは前回ジャンバランでのディナーで分かっていた。そこで行ったことのないスミニャック辺りで良い店がないかを調べていたら、RED CARPET CHANPAGNE BAR(https://www.redcarpetchampagnebar.com/reservations)という店を見つけた。洒落ていて、ウエイトレスの制服もちょっとエロい。今日のディーナーはここだと決めて19時半に予約を入れた。

彼女とはホテルのロビーで18時半の待ち合わせだった。時間になってロビーに向かったら彼女は既に到着していた。「ディナーに行こう」ぽんこつマンはそう切り出して、ホテルからタクシーに乗った。タクシーに乗ってスミニャックのレッドカーペットを伝えたら、彼女が「Wow!」と驚いた。彼女もそこには仕事のボスであるオーストラリアに住む白人と一回行ったことがあり、とても良い雰囲気の店といった。

店に到着したのは、19時10分、席に案内してくれたのはベビーフェースなインドネシアの女の子。ほとんどの女の子は愛嬌もよく、好印象だった。全員彼女よりも若い。オーナーがヨーロッパ系の白人らしく女の子たちの英語もレベルが高い。

まずはシャンパンを1本。そしてコート・デュ・ローヌの赤を1本。生牡蠣、サラダ、ステーキ、全ての料理がクリエイティブでパーフェクト。料理を味わっているときに、ベビーフェースのウエイトレスが「これは、次のメニューに乗せる料理のテストで作りました」と言ってメニューにない新作のスープや前菜を持ってくる。どれもが完璧に思える素晴らしい味だった。

スミニャックで最高のディナー

23時の閉店時間まで4時間近くこの店にいたが、楽しい時間はあっという間だった。店を出て少し余韻を楽しみ酔いを覚ますためにその近くを歩いた。何軒か離れたジェラート屋に入って1スクープのアイスを食べた。それからタクシーを拾いホテルに戻った。

ホテルに戻ったら彼女がハグして来た。ぽんこつマンもそれの応えて激しいキスを返した。ふたりは自然と衣服を脱ぎ捨てシャワールームに消えた。人間の本能として食欲、性欲、睡眠欲と3つあると言われているが、この頃からぽんこつマンは睡眠欲が低い分、性交の快楽と美食への探究が激しくなっていたと思う。

シャワーから戻って、ふたりはまたお互いを求め合ったが、ぽんこつマンの脳裏には、レッドカーペットシャンパンバーでの若いウエイトレスの胸元のピチッと張ったブラウンな乳房の肌のイメージが焼き付いていた。

レッドカーペットシャンパンバーでは、オーストラリアに住んでいる彼女の仕事上のボスはフランス人であるという話を聞いた。その店の二階の女子トイレの側には、変態向けのSMチックな衣装や小物を売っているブティックもあるらしい。彼女は、いつかオーストラリアに留学に行きたいとも言っていた。もしかしたら、彼女のセックスへの貪欲さは、そのフランス人のボスに磨かれたものかもしれない。そしてこの店のオーナーが彼女のビジネス上のボスという有り得ない想像まで頭を巡った。

次の朝、彼女は同じく仕事に行くと言ってホテルを出た。ぽんこつマンはジャカルタに戻る。もっといろんなインドネシアの娘を知りたいと思った。そしてなぜ急にそう思ったかはわからないが、当面は彼女ともう一度会おうとは思わない予感がした。

ジャカルタのHOTEL TRAVELには夕方戻った。チェックインをし、ホテルの目の前にあったカフェでビンタンビール、アヤムゴレン、ナシゴレンを注文して夕飯にした。その後あらためてホテル併設の置屋バーへ向かった。今度はソファー席に勝手に進み、空いているところに腰を下ろした。まもなくホステスがやって来て注文を聞いたので、「バドワイザーそれと若くて細めのセクシーな女の子」と伝えた。

やがてホステスがバドワイザーとひとりの女の子を連れてやってくる。スタイルは悪くない。しかし暗過ぎて顔はよく分からない。彼女は「ハーイ!」と言って席に座った。彼女の飲み物を注文して、もう一度顔を覗き込んだ、かなりの厚塗りの化粧。インドネシア人特有の二重瞼と長いマスカラ、低い鼻と厚い唇。視線を胸元に移すと、ドレスの胸元ははち切れんばかりで乳房がうっすら汗ばんでいるのかその褐色の肌は光っていた。

彼女と乾杯してからしばらく無言でビールを飲んでいた。すると彼女が「マッサージ?」と問いかけて来た。「何?」と小さく答えると、奥にある通路を指し示して、「ルーム」「マッサー、ボンボン」としぐさ付きで返して来た。

ふと昨日まで一緒にいた彼女のバストの感触を思い出した。日本人にありがちなつきたての餅のような柔らかい乳房ではなく掴めばしっかり押し返す軟式テニスボルのような弾力に満ちた乳房。もしかしたらインドネシア人の肉質はみんなあの感触なのだろうか?だとすれば今隣にいる彼女も同じ感触に違いない。ネシア娘の実態を掘り下げるためにはやはりここは体験してみるしかない。そう考えたぽんこつマンは、彼女にOKのサインを出した。

席を立ち奥に見える通路の方へ進む。女の子がその通路にいる老女に何やらふざけて話しかける。そこで札をもらい、階段を登る。その先にはたくさんのドア。それらは全てがマッサージという名ばかりの奉仕部屋なのだろう。

彼女に連れられて一つの部屋に入る。部屋にはシャワーブースとベッドそして壁時計。それ以外はティッシュペーパーがあるくらい。まさに男の欲情を処理するためだけの部屋。彼女にすぐに服を脱ぐように指示され、二人でシャワーブースへ。彼女は手と胸と下腹部にボディーシャンプを塗り、乳房をぽんこつマンの上半身にあてがって八の字を書くように体を滑らせる。彼女の手はぽんこつマンの股間にある陰茎と玉袋をクシュクシュと揉む。ぽんこつマンを後ろ向きにして背中にも同じ動きをしながらぽんこつマンのアナルも洗う。その後ぽんこつマンにシャワーを掛けボディーシャンプーを洗い流し、外に出るよう促す。そして彼女は一人で自分の身体を洗い、素早くバスタオルを巻いてベッドで待っているぽんこつマンの上にやって来た。

ぽんこつマンが上に乗っている彼女の胸に手を伸ばす。オッパイをバスタオルの上から揉んでみた。指を跳ね返すあの弾力は、バリ・サヌールでナンパした彼女と同じだった。

なるほど、皮膚が日本人より厚いのか、それとも肉質が日本人と違うのかは分からないが、ネシア娘はこんな感じという感覚を確信したような気がした。

その個室での奉仕は30分ほどで、コンドームを装着してバックから思い切り突きまくってフニッシュした。彼女はティッシュを使ってコンドームをスルッと外し、シャワーヘ行くよう促す。実に事務的にことが進められる。ぽんこつマンがシャワーを終えると彼女がシャワーを浴び、さっさと元の服装に戻る。素早い。ぽんこつマンがせかされる感じだった。

部屋を出て、ソファーの席に戻りジントニックを一杯頼んだら彼女は大勢の女の子が待機しているブースに戻って行った。ホステスが何やら金額を書いた紙とプラスチックの札を持ってやって来た。それを持ってエントランスで金を精算するようだった。その晩はそのままホテル併設置屋を後にしてホテルの部屋に戻った。

翌日は、ネットで調べていたジャカルタ近郊のショッピングモールに出かけてみた。タマン・アングレックというショッピングモール(https://www.taman-anggrek-mall.com)。その中にある丸亀製麺のインドネシア出店1号店で、当時はローカルはほぼ食べない、冷やしざるを昼食で食べた。そのショッピングモール近郊にはコンドミニアムが建ち、モールの中ではコンドミニアムのセールブースが多数あった。当時はそのモールに近いエリアで300万円〜500万円くらいでコンドミニアムが買えるようだった。既に中国人や韓国人には人気のようで東アジア系の顔を見ては「ニーハオ」とか「アニョンハセヨ」と声をかけるインドネシア人の販売員がいた。ぽんこつマンも声をかけられたが日本語が分かる販売員はいないようだった。

ある階にはスケートリンクもあり、それなりに賑わっていた。そのリンクを見下ろせる階に上がりしばらくインドネシア人のスケートを楽しむ光景を眺めていた。当時のジャカルタはどんどん発展し、アジアの中でも有数の都会へと成長している最中だったのだろうか、ぽんこつマンが日本のバブル期にはしゃいでいた空気をインドネシアで感じた日だった。

翌日は日本へ帰国する。そのショッピングモールにあるスーパーマーケットに行ってインドネシア産のコーヒー豆を土産用に探してホテルに戻った。夕飯はマンガブサール通りにある日式ラーメン屋に行き、ワンタン麺と餃子、それにビンタンビールで済ませた。

その日もホテル併設置屋をのぞき、明るい明かりの下でたたずんでいる女の子を選んで自分の部屋に連れて行くことにした。その日は少し時間が遅いのか、ブースに残っている子は多くはなかった。少し待とうかとも思ったが、今以上にレベルが高い女の子がこれから現れるとも思えなかった。一人に合図してホステスに自分の部屋に連れて行くと伝えた。エントランスまで女の子と一緒に行き精算を済ませた。本来は、一旦エントランスから出て、ホテルのフロントを通過してエレベーターに乗るのだが、部屋番号を伝えると、そのエントランスから外に出ないでホテルの部屋に行ける通路へ案内された。彼女が手を引いてぽんこつマンの部屋についた。このスタイルは初めての体験だった。

部屋に帰ればやることは一つ。彼女のオッパイの弾力はこれまでのネシア娘と似ているか。彼女も後背位を誘導するのか。予想は的中した。張りと弾力のある乳房はヨーロッパ系白人にも東アジア系にも少ないが、インドネシアの女の子には多そうだと感じた夜だった。

ぽんこつマンは全ての旅程を終え、翌日の深夜便で日本へ帰国した。ジャカルタの空港で帰国便のチェックインをしようとした時、通常のエコノミー席からプレミアエコノミー席へのアップグレードを受けた。席に空きがあるとの理由だったが、それ以降そのような美味しい話は一切起こっていない。いつもより深くリクライニングした席で今回の記憶をもう一度振り替えり、その満足感に浸り切った。だが今回のようなジャカルタとバリでの2都市性交旅を、翌年も計画するとまではこの時は思っていなかった。