ラチャダーピセーク、ポセイドンでタマダーふたりを選んで3P体験

なんだかんだ言ってぽんこつマンのバンコクでのマッサージパーラーでベスト1はポセイドン(https://www.poseidon2000.com/index_jp.asp)である。ぽんこつマンがアジアに沈んだ契機となったのもポセイドンの存在が大きい。

ぽんこつマンのいくつか年上のカメラマンで仕事で世界を飛び回り、いろんな国の女性といつも性的快楽を愉しんできた友人がいたが、彼がバンコクでのマッサージパーラーのベスト1はシーザーだと言っていた。しかしながらぽんこつマンは彼のように、友人数人でVIPルームを貸し切り幾人もの姫を集めてドンチャン遊ぶ遊び方ではなく、どちらかというとしっぽりひとりの女と浸りたいタイプなので、ポセイドンでもVIPルームを借りるような事はなかった。

ポセイドンの普通の部屋は充分広めにとられていて、小さいながらもソファーもあって、ベッドやバスタブ以外にも姫とエッチなことができる。しかも何より窓からの光が入っていて、更に水回りも清潔に保たれているのが良かった。

いつだったかもう忘れてしまったが、まだ金魚鉢のタマダーの姫が2000と2400だった頃に、どうしても2000の姫のうちふたりからひとりに絞りきれずに迷う時があって、コンチアにふたり同時に連れて行けるかと聞いたら、番号を教えてくれたら最初に一人と一緒に部屋に行った後にもうひとりがすぐに部屋に行くようにすると言われた。

ならばということで4000バーツをキャッシャーで支払ってエレベーターで先にひとりと部屋に入ったことがある。もうひとりの姫はすぐに部屋にやって来て、バスタブでふたりから身体と髪を洗って貰ったことがある。

ひとりはポセイドンには珍しくファランが好きそうな地黒だったがかなりキレイな脚とボディーライン、それにくりっとした瞳のコケティシュな雰囲気を持っていて、ソンクラー県というタイ南部出身と言っていた。もう一ひとりはチェンライ県出身の白い肌をしたオッパイがピチピチドレスからはち切れんばかりのセクシーボディーの姫だった。

バスタブで一緒に肌の色が違うふたりを見て、彼女たちの肌を交互に触るだけでなんだか興奮するぽんこつマンだった。カフェラテのアートのように白と褐色が絡み合うようななんとも言えないエロチズムがそこにはあった。

地黒の彼女のおっぱいのサイズはぽんこつマンの手のひらでちょうどしっくり来るサイズ、乳輪は3cmくらいで乳首はコリっとした1.2cmくらいのチョコレート色をしていた。肌白の彼女のおっぱいは、今で言えばFかGカップという感じのぽんこつマンの両掌でようやく包むことができる大きさがあり、薄い桃紫の5cmくらいの乳輪に1.5cmくらいの濃い桃紫の乳首がついていた。

ベッドでは、ふたりを一緒に並べて仰向けで寝かせて、ぽんこつマンがその間に割り込んで二人の体を交互にペッティングした。ぽんこつマンが肌白の彼女のオッパイを弄んでいると地黒の彼女が背後から胸を背中に当てて、ぽんこつマンの股間に手を伸ばしてくる。

ぽんこつマンが振り返って地黒の彼女にペッティングを始めると今度は肌白の彼女がぽんこつマンの股間に足を絡めてかかとで肉茎に刺激を加えてくる。そして彼女のリップはぽんこつマンの耳を刺激し、彼女の手の指はぽんこつマンの乳首を弄ぶ。

ぽんこつマンの肉茎が完全にそそり立ったのを地黒の彼女が確認して、コンドームを装着する。ぽんこつマンはふたりを四つん這いにして、先にどちらに挿入するかを確かめるように、亀頭を両方の淫部に当てがい、お互いの大陰唇とクリトリスに刺激を与えた。

ふたりは腰をくねらせ、後ろにいるぽんこつマンにアピールする。肌白、地黒のそれぞれの膣口を交互に3回ツンツンとして、まずは地黒の方に深く挿入した。肌白はそれに気付くとぽんこつマンの玉袋と地黒の乳首をこね始める。

ぽんこつマンは地黒の腰骨を両手で掴み、「ズン、ズン、ズン、、、ズン」と1秒2回くらいで奥へ亀頭を素早く送り込む。引くときは、腰を円を描くようにゆっくりと、そして突っ込むときは素早くストレートでその動きを繰り返した。3分くらいして地黒を仰向けにして、屈曲位で激しく突いて1回目のフィニッシュを迎えた。

肌白がぽんこつマンのまだ勃起が完全に鎮まらない肉茎のコンドームを一旦外し、手で肉茎を包み扱き出す。荒い息の名残りを残している地黒が今度はぽんこつマンの乳首にリップしてくる。地黒のストレートの長い黒髪がぽんこつマンの脇腹を摩っていく。肌白は、ぽんこつマンの肉茎に新しいコンドームを纏わせ、今度はぷっくりとした唇と舌を使ってフェラチオでもう一度肉茎の硬直度を全開に持っていこうとする。肌白の手はぽんこつマンの内股と玉袋を摩っている。

一回射精したぽんこつマンの肉茎が100%の硬直度に戻るまでさほど時間はかからなかった。肌白のスロートはねじりを加えて上下する。亀頭が肌白の喉奥に当たるくらいまで肌白は深く深く肉茎を咥え、舌でカリの周りをグリングリンと何周もさせていた。

何分ぐらいふたりからの愛撫を受けていたかは分からないが、ぽんこつマンは地黒のボディーリップと肌白の股間への性感マッサージを、ただただ受け身で味わった。そしてぽんこつマンが、一瞬漏らした吐息を聞いて肌白が股間に跨がり、肉茎を彼女の膣口に迎え入れる。

肌白の肉襞は地黒のそれより少し柔らかさが有るようにぽんこつマンには感じた。地黒はぽんこつマンの傍に半身で横たわって、ぽんこつマンの耳、首筋、肩、脇をリップする。肌白は背面騎乗位で腰を上下に動かしてくる。ぽんこつマンは右手で肌白のオッパイを揉みしだき、左手の中指で地黒のクリトリスを転がしていた。

肌白が両手を体の後ろについて身体を仰け反らせ、腰の動きを今まで以上に速くした。ぽんこつマンの亀頭の下部のカリが彼女の膣壁の前辺りを擦るようにしたようだった。

5分ほどその騎乗位は続いただろうか。色白は突然ぽんこつマンの肉茎から離れた。そして今度はまた地黒が股間に前方騎乗位で跨り、挿入する。地黒の肉襞は、肌白より筋肉が発達しているのか、ぽんこつマンの肉茎の両サイドへの締め付けが気持ちよかった。

地黒は腰をグラインドさせながら、上下する。最初はゆっくりだったが、ぽんこつマンの亀頭が彼女の奥のコリっとしたところに当たってからは、より深く沈み込みながら腰の上下運動は速くなっていった。

そしてまたもや地黒の身体でフニッシュしてしまった。肌白がぽんこつマンのザーメンが溜まったコンドームをティッシュで拭い取り、ぽんこつマンの手をとって一旦シャワーへ向かう。地黒は、ベッドで荒い息を整えているようだった。

肌白はいったんぽんこつマンの肉茎を洗い、自分も淫部を洗ってまたベッドに戻った。そして肌白は仰向けになって自分のオッパイを寄せるポーズをする。ぽんこつマンはそれがパイズリのサインだとすぐに分かった。

ぽんこつマンの肉茎は2回の発射があり一旦おとなしくなっていたが、その柔らかそうな大きなおっぱいに挟まれる生の肉茎を想像しただけで、またムクムクと勃起し始めた。

ぽんこつマンは肌白の胸の谷間に肉茎を進めた。肌白はその大きく柔らかい2つの肉の塊で、ぽんこつマンの肉茎を挟み、圧迫してくる。生肌が、ぽんこつマンの敏感な部分を生で刺激する感覚は、コンドームを装着して膣内でピストンする以上の快感があるかもしれないと思うほど気持ち良かった。

ぽんこつマンは腰を前後に動かし、その生肌の感触を愉しんだ。しかしもう一度ザーメンを放出する前に、腰が疲れてしまってそれ以上継続できなかった。ぽんこつマンはかなり激しく腰を前後したのか、かなり汗をかいていた。

今度は地黒が、ぽんこつマンの手を引いてシャワーに向かい、身体を流してくれたのだった。2回の発射と1回のディープスロートとパイズリという地黒と肌白の連携プレイは見事なものだった。シャワーの後、ふたりはぽんこつマンの背中と腰そして太ももとふくらはぎをマッサージしてくれた。

2時間のプレイ時間の内残り10分を残してぽんこつマンは部屋を出た。ふたりの姫にはそれぞれ200のチップを渡して、エレベーターで2Fまで一緒に降りる。エレベーターを降りたところで、ひとりづづハグをして別れた。

ぽんこつマンはまだVIP ルームでアレキサンダー遊びをしたことがないが、もし次にお金に余裕がある時は、4時間VIPルームを貸し切って、姫を複数侍らせて酒池肉林パーティーをしてみたいと思うようになったのだった。

アンジェリーナというペップリー通りの格安マッサージパーラー

今から10年以上前になるだろうか。ぽんこつマンがかつて作っていたバンコクのMPのリストの中にペップリー通りのMPで格安の値段設定だったアンジェリーナがあり、そこを実際に覗きに行ったことがある。

その格安MPのロケーションは、トンロー通りとペップリー通りのT字路の右手に見えるところでわかりやすい。タクシーで近くまで行きウォークインするなら、アンジェリーナから100mほど東にあるThai Rent A Carかアンジェリーナのすぐ東にあるバス停のところにあるユニオンタワーというオフィスビルを指定すれば良いだろう。

タマダーが1200、1400と格安だったが姫はやや年齢が高い印象。ほぼ全員出産経験ありそうな姫ばかりだったが、たまたまぽんこつマンが行った日には、なんとなく遊んでみてもいいかと思うレベルの姫がふたり居た。

ひとりは、スリムなボディーだが地黒、オッパイもさほど大きめではない印象。もうひとりは肌の色は若干白いが少し太め、オッパイもそれなりに発達している。どちらも1200だった。高い値だからレベルが高いとは限らない。ある時マッサージパーラーの姫の値付けは、自分で設定していると聞いたことがある。

ある時はサイドラインやモデルというクラスでもタマダーよりぽんこつマンが惹かれない姫は結構いるといつも思う。同じ金魚鉢の中でも右と左に分かれていたりしてどちらかが安い値付けだが、むしろそっちの方が唆られるというのは良くあるのだ。

この日も1400の姫には全く唆られず、1200の姫のうちふたりがぽんこつマンの目に留まったのだ。どちらの肉襞がぽんこつマンによりフィットするかは、選んでみないとわからない。同じ姫でも、その日の調子や客の指名頻度、姫の気分によっても変わるというものだろう。

ぽんこつマンは同じ姫を何度となく指名することはしないようにしているので、その日ツキがあれば、最高の気分を味わえるのだが、なかなかうまく噛み合わないので次こそは、次こそはと幾度もMPを変え初めての姫を選ぶ事になるのだろう。

その日は、学生時代に少しふっくらとした看護学生と◯ックスした時の肉襞の感触を突然思い出して、肌の色の白いやや太めの姫をチョイスした。

個室に入ってすぐに姫は湯船にお湯を溜め始める。部屋はかなり古く、バスタブ周りに落としても落とし切れない黒カビが残っているのが見える。姫は、湯船の縁にボディーソープやマウスウォッシュをなれた手順で用意して置いた。

姫は名前を告げたが、ぽんこつマンはもう覚えていない。お互いスッポンポンになってお風呂に入る。お決まりの洗体があってからベッドで彼女が来るのを少し待つ。姫は自分の口もマウスウォッシュでブクブクしてからニッコリしながらベッドにやってくる。そしてぽんこつマンのまだ完全に硬直していない肉茎に手を伸ばして来た。

ぽんこつマンは、姫のおっぱいに手を伸ばす。その柔らかい感覚は、もうすでに幾千、幾万の男たちによって揉みしだかれた乳房であることを物語っている。ぽんこつマンは少し強く揉んで見た。そして彼女の乳房にある1cm以上はある乳首を軽く噛み、そして吸い上げた。

唇で挟んだ乳首を舌で転がす。そして今度は乳輪全体を吸い上げた。すると彼女は体の前後を入れ替えて、ぽんこつマンの肉茎をスロートできるように上にまたがって来た。ぽんこつマンの目には、姫の股間がはっきりと見える。

陰毛は、手入れされており、大陰唇もクリトリスもくっきり見える。最初は大陰唇を右手の親指と人差し指で開き人差し指の腹で少し湿った大陰唇の内壁をゆっくり擦った。時折ヌメリに光る膣口が見える。親指をクリトリスに伸ばし円を描くように軽く捏ねると、膣口が光るための愛液が微かに滲み出て来ている。この姫は、今日はぽんこつマンが最初の客なのかもしれないと思った。そうじゃないにしても、もう愛液も滲みないほど何人も客をとった身体ではなさそうだった。

姫はぽんこつマンの玉袋を口に吸い込み下で転がした。そしていつの間にかコンドームをぽんこつマンの肉茎に纏わせていた。ぽんこつマンは彼女の膣口にゆっくり中指を入れてみた。膣口の締まりは悪くない。中指の第2関節が入ったところあたりで中指の腹を少し前に倒すと、肉襞が指に纏わり付くようにうねる。もしかしたら、今日は当たりを引いたかもと思った。

少しふっくらとした女の淫部の中には、吸い付くような肉襞を持つことがたまにある。その感覚は、学生時代に抱いた看護学生の時に最初に感じた感覚だった。挿入の期待が一気に高まった。

ぽんこつマンは彼女の膣口にキスをして、背面騎乗位での挿入を求めた。彼女はぽんこつマンの求めに応じ、膝で前進し肉茎の上にまず跨り、ぽんこつマンの肉茎を起こして膣口にあてがった。そしてゆっくり腰を落としていく。

ぽんこつマンの亀頭が膣の中に埋もれる。そして彼女の腰が更に下がって来た。ぽんこつマンの亀頭のカリの部分がちょうど先ほど中指で押した裏あたりを通過した時、彼女の肉襞がぽんこつマンの肉茎を締め付けた気がした。

彼女が完全に沈んだ位置で、ぽんこつマンの亀頭は彼女の子宮口のコリっとした肉に当たったようだった。彼女はそこから腰をゆっくり上げ早く落とす。そしてそれを繰り返す。膣口が亀頭のカリのあたりに来たところでしっかりと締め上げたまままた深く沈み込む。

彼女の背面騎乗位は、かなりのテクニシャンぶりを窺わせた。彼女は腰を上下させながら更に左右に回転する動きを追加した。膣口がぽんこつマンの竿の上面を上手く擦り上げる。そして竿の左右を捻り上げる。気持ちがいい。

そのまま逝ってしまうにはもったいないので、今度はぽんこつマンが彼女をドギースタイルで突き上げる事にした。彼女は膝を肩幅ほどに開いて、尻を突き出している。ぽんこつマンはその彼女の腰骨をガッチリ両手で掴み少し反り気味の体制で肉茎を下から上へ突き上げるように腰を前後した。

最初はしっかりと伸ばしていた彼女の腕は折れ、今度は肘で体を支えている。そしてその肘が前にすべって彼女の顔がベッドにしっかりと張り付いた。まるでぽんこつマンの亀頭が彼女の裏Gスポットを擦りやすくするかのように、彼女も腰を落として奥をより低くしようとしている。

この姫は、マッサージパーラーの姫にしては珍しく◯ックスが好きな女なんだとぽんこつマンは勝手に思った。

マッサージパーラーで働く姫の大半は、◯ックスをかなりきつい肉体労働と捉えている娘が多く、水揚げされた後は子供を求める為に性交はするが男と女のコミュニケーションとしてのお互いの愛撫や変わった体位での性交をあまり好まなくなると聞いたことがある。実際に釣った男の満足を高めようというサービス精神は、仕事だからできるというのが多くの姫の実感なんだろうと思う。

ぽんこつマンはしばし続いたバックでの突き上げを強めにし、腰の動きの速度を徐々に速めていった。ぽんこつマンの恥骨が彼女の尻の肉を叩いてパンパンと大きな音が、硬いベッドと小さなブラウン管テレビしかない殺風景な部屋に響き渡る。

ぽんこつマンはフィニッシュが近いていることを察し、体位を正常位に変えた。彼女は自ら両脚を両手で抱え腰を少し高い位置に持っていく。ぽんこつマンは彼女を抱くように彼女の上に覆いかぶさり彼女の背中に手を回して、激しく深くピストンを繰り返した。

彼女の膣の肉襞がぽんこつマンの肉茎に纏わり付く。ぽんこつマンの肉茎は彼女の肉襞が与える両サイドへの刺激に耐えながら更に奥を突こうと強く打ち込んだ。彼女の後頭部が強くベッドを押し、ブリッジのように背中が反り返った時、ぽんこつマンの玉袋の肛門側の付け根からビビッと電流が背中に走ったような感覚があった。そしてその感覚は背骨を通り脳天まで届いた。同じような刺激が3回走り、ぽんこつマンはザーメンをコンドームの中に大量にぶちまけた。

久しぶりに絶頂を感じたポンコツマンの肉茎は、長い間ジンジンとした感覚が残った。少し触るだけですぐにボッキする状態が30分ほどあったと思う。アンジェリーナは90分がベースになっているらしく、その時2回戦をするには時間が少し足りない感じがした。

ぽんこつマンは彼女に背中と太腿の筋肉を少し揉んでもらう事にして、少し早めに部屋を出る事にした。シャワーを浴びて服を着る。ポセイドンでもぽんこつマンは200バーツがチップの標準だったがその日はかなり満足したので1200バーツの彼女に300バーツのチップを弾んだ。

もう少し顔立ちが可愛い女だったら、おっぱいがあそこまで柔らかくなかったら、惚れてしまうかもしれないと思える体験だった。三十路位の女が◯ックスの悦びに真に気づいた頃がぽんこつマンにとっては最高の女といえる状態なのだ。

この日は、アンジェリーナというマッサージパーラーは、いかにも古さを感じてしまうが、姫の質は、値段の割に悪くないという印象を持った。しかし、あれ以来長い間遊びに行っていない。今度バンコクにいけるようになってまだ閉店していないようなら、10数年ぶりにもう一度覗いてみようと思うのだった。

ラチャダーピセークエメラルドホテル近くのNATAREEというマッサージパーラーに突撃した日

ぽんこつマンが、2〜3日の有給を取って土日と絡めバンコクだけに年5回はきていた時期がある。その目的は、はっきり言って後腐れなくしかも手っ取り早く若くて可愛い女の子と◯ックスすることだったが、夜はソイカーボーイのゴーゴー嬢をペイバーしてホテルへお持ち帰りして楽しんだ。

その頃の定宿ホテルは、最初の頃は、スクンビットソイ19のThe Key Bangkok Hotel(http://www.thekeybangkok.com/en/index.php)が多かったが、そのすぐ近くにあるサチャズ ホテル ウノ(https://www.sachashotel.com)<10月17日現在現在臨時休業中>を使うようになった。この変化は、ゴーゴー嬢がロングをあまり好まなくなってきたこともあり、ジャグジーやバスタブがなくてもシャワーだけあれば十分になったことや、ベッドルームとリビングが分かれているようなスイートタイプの部屋が不要になったことなどがあった。

そして、その次によく宿泊するようになった宿は、スクンビットアソークの交差点を東に渡ったところにある、Sukhumvit Suites Hotel(http://www.sukhumvitsuitesbangkok.com)が多くなった。ここの部屋は、全く広くはなく、ホテル名にスイートとあるがベッドルームにシャワーだけといったシンプルなものだが、フロントを通過せずエレベーターで直接自分の部屋がある階に上がれることと、何よりさらにソイカウボーイが近く、ペイバーしてショートをこなすには、ベストポジションだったからだった。

もちろんBTS やMRT の駅にも近く、ラチャダーピセークのMPに行くにも確実に時間が読めるのがよかった。

もういつだったかは忘れてしまったが、昼過ぎからホテルを出ていく先は、ラチャダピセーク通りにあるマッサージパーラーが多くなっていて、当時日本人にものすごく人気が高いと噂になっていたナタリーに突撃したことがある。

ナタリーにはMRT スクンビット駅からホイクワーン駅まで列車の後方に乗って、ホイクワーン駅3番出口(ソンブンシーフードホイクワーン店がちかいでぐち)を出て、300mほど南へ戻ることになる(エメラルドホテルの北側)。

ナタリーは、2016年に人身売買(18歳未満の少女を営業に使っていたという罪らしい)の摘発を受けて現在営業していない。しかしぽんこつマンが突入した当時は、確かにやたらと日本人の客が多かったことだけは記憶に残っている。

一般的にマッサージパーラーの客は、一番客が多い時間帯19時から20時でもショウケースロビーに10人から15人くらいのものだが、ぽんこつマンが突入した時は、日本の連休でもない普通の週末の午後3時ごろだったと思うが、20人近くの日本人(多分どこかの農協か漁協のオヤジといった感じの団体)でごった返していた。

ぽんこつマンは一人で飛び込んだのだが金魚鉢にそこそこ気に入った姫を見つけてコンチアに値段を聞いたら3500baht(当時はちょうど1万円くらい)と、ずいぶん高い値段をふっかけられてしまった。

確かに日本人の団体が大挙して訪れて、目の色変えて女の子を選んでいる最中だったから、そうなるのもやむを得ないと諦め、コンチアの言い値をキャッシャーで払って、部屋に上がった。ポセイドンがまだ1800バーツだった頃だからその約2倍だったので何か特別なサービスでもあるのかと期待したのだが…..。

部屋は狭く、薄暗い。なんとなく清潔ではないように感じるくらい、風呂のまわりにはところどころに黒カビが残っているのが見える。

金魚鉢を眺めていた時は、細めで肌の色も白いと思っていたが、その娘はなんだか機嫌が悪いようだった。実際に部屋で彼女のスッポンポンの姿を見た時は、ぽんこつマンに比べて肌は明らかに褐色が強かった。下っ腹には妊娠線と、セルライトがくっきりと見え、年齢的には三十路に近いあるいは三十路越えと思われた。愛嬌があれば、年齢のマイナスは折り返せるのにとぽんこつマンは思った。

いつものようにシャンプーをしてもらおうとすると、すごく面倒な顔をするし、ベッドの上ではただのマグロ状態での挿入だったので、タイ語で会話を交わすこともなく、ひたすら突きまくってフィニッシュして、さっさと部屋を出た。部屋を出る際にチップを要求してきたが、「マイイム、マイミーチャイボリガーン、タンマイハイチップダイナカップ💢」(微笑まない、全くサービスがない、でなんでチップを渡す気になるの💢)とタイ語で伝えて足早に外へ出た。

その後ナタリーに行くことは2度となくなった。明らかに、その時は店側の買い手市場だったと言える状況だったが、もしかすると今見ている子がすぐに誰かに持っていかれるのではないかとの心理が働く時は、どうしても失敗するものだ。めぼしい子を2〜3人見つけられない時は、他の店を覗くのも良いと知った時だった。

今でもなぜあそこまで日本人に人気があったのかということの真相は不明だが、もしかしたら、2016年の摘発の理由になっている18歳未満の少女を働かせていた(処女を売り物にした売春斡旋行為があった)のかもしれないと思える。

確かに、2016年ごろに、チェンマイのチェンマイランドにあったとされる、中学生(処女)を紹介すると噂のあった見かけ上普通のカラオケ店も摘発を受けて、経営者が逮捕されたというニュースが日本語タウン誌に小さく載っていたことを思い出す。

タイが2014年軍によるクーデターで政権が奪われるまでは、そんな摘発の話はミャンマーやラオス、カンボジア国境の麻薬密売ばかりだったが、18歳未満の売春などの摘発は明らかに必要悪として見逃されてきたのだろう。

お金がないと農薬どころか苗すら買えない貧農の娘は、就学途中でもなんでも親に売り飛ばされていたのが今から15年くらい前まではあったということだろう。いや実は今もそんな状況がゼロになってはいないのかもしれない。

最近は、タイでもヨーロッパやオセアニアの国のように売春を合法化しようとする動きがあるようだが、そうしたからといって18歳未満の売春がなくなるということはないだろうとぽんこつマンは思う。

バンコク・ラマ9世通りLa Defenseというマッサージパーラとその裏手にあるキャサリンを覗いてみた

ぽんこつマンは、一時期タイにあるマッサージパーラーの中で覗いてみたい店をリストアップしていた時がある。それは今からすでに5〜6年前以上昔であるが、3泊4日くらいのスケジュールでバンコクのマッサージパーラーで気になる店を回ってみた時がある。

GrabThailand(https://www.grab.com/th/en/)がいつから使える様になったかはよく分からないが、ぽんこつマンがバンコクのMPを回った時は、まだGrabなんて無く、タクシーで移動しやすく、帰りも簡単にタクシーを拾えるところという条件があった。

その意味でLa Defense はラマ9世通りという幹線に面していてタクシーはひっきりなしに通るからLa Defenseの裏手に100mちょっと離れてあるキャサリンも同時に覗きに行ける絶好のロケーションであった。

もうすでになくなってしまったサイトで、バンコクのMPの姫たちの顔写真がアップされているサイトがあり、La Defenseの姫も多くアップされていた。MP遊びは、顔だけで選ぶと失敗するケースが多いことはすでに体験済みだったが、やはり第一印象は顔が好みかどうかで選択肢を絞ることになる。

La Defenseのオープン時間は正午12:00となっている様だったので、ぽんこつマンは4時くらいに店に入れるようにとその日はまずアソークから地下鉄でスティサン駅まで行き、午後2時頃にポセイドンを覗いてみた。その時間だとやはり金魚鉢には5〜6人の姫しかいない状態だったが、アジア系(離れて座っている同士で大きな声で韓国語らしき言葉で話していたから多分韓国人)の客が3〜4人金魚鉢の前のソファーにふんぞり返って横柄な態度で座り、アイスコーヒーをちびちび飲みながら新しい姫が金魚鉢に入ってくるのをずいぶん長く待っているようだった。

ということで早々に、ポセイドンを後にし、ラチャダピセーク通りをホイクワーンに向かって歩いた。ソンブーンシーフードホイクワーン店の前を通り、ハイクラスというMPの前まで行ったが、なんと無くイマイチな印象があり、中に入らずパスした。

さらに、南へ歩いて当時日本人に人気が高いと言われていたナタリー(2016年現在の軍政府によって摘発を受け営業停止中)を覗いたが、ぽんこつ漫画そそられる姫はその時居なかった。コンチアが近づいて来て一生懸命姫を押してくるが、値段が高い割に、年齢がずいぶん高い感じだったのでその時はパスした。(後に物は試しと改めて突入したが、その時の話は改めて書くこととする)

ポセイドンに立ち寄ってからナタリーまで1kmほど歩いたので汗びっしょりになっていた。エメラルドホテルの前にある歩道橋を渡って、ラチャダピセーク通りを反対側に移動し、タクシーを拾った。時間は午後3時を回っていて、向かったLa Defenseには午後4時前には着ける感じだった。

タクシーは、ワッタナータム通りを南下し、ラマ9世通りを左折して物の10分ほどでLa Defenseの前に止まった。ぽんこつマンは料金を払ってすぐに降りた。La Defenseの前の道路は中央の高架の側道で、MPのエントランスが直ぐに見える。

エントランスを入ると、コンチアがお出迎え。サイドラインの女の子がすぐに目に入る。ほぼ全員色白で可愛くスタイルも良い感じは、もうなくなってしまったサイトにある感じとレベルが合っていた。金魚鉢の方はと眺めてみると色白は同じだが少し年齢が上なのかぽっちゃり気味がきになる感じだった。

この店は、タイ人が主な客筋ということらしく、生尺、クンニ、指マン、2回戦がデフォルトになっているとの噂があったが、ポセイドンに比べてやはり値段はかなり高めの設定だった。SLの姫でめちゃくちゃ良いなと思える娘がいたが、コンチアに値段を聞くと5000と言っていたので、論外と判断してLa Defenseを後にして、後ろにあるキャサリンに歩いて行った。

キャサリンはLa Defenseと比べると、明らかに姫の質がかなり落ちる印象だった。値段を確認するまでも無く、引き返した。もう一度La Defenseを覗いたらさっき居た娘の姿は無くなっていて、その日はMP遊びは無しになった。

時刻は5時に近くなっていたのでLa Defenseの前からタクシーを拾って、ナナプラザのバービアに飲みにいくことにした。

バンコクペップリー通りにあるマッサージパーラーメリーエンターテインメント

ぽんこつマンが頻繁にバンコクへ出かけるようになった頃、よくインターネットでタイにあるマッサージパーラーの情報を一生懸命調べたことがある。当時は、よく「外道の細道」というサイトを参考にさせてもらった(最近はあまり更新されていないようだが、まだ閉鎖はされていないようだ)。また既にいくつも閉鎖されてしまったサイトを見て、ぽんこつマンなりにいくつかのMPを回ってみようとリストアップしていた。

ぽんこつマンのリストアップは、タマダーの女の子の料金が安いMPがメインであったが、気になる記事がある店もリストアップしていた。その中でペップリ通りにある店としてはメリーとエビータという2つ向かい合うMPが特に気になっていた。

メリーに行ってみたのは今からもう5〜6年前のことだと思うが、バンコク市内のスクンビットソイ19にあるサチャズ ホテル ウノ(https://www.sachashotel.com)<10月17日現在現在臨時休業中>に泊まっていて、そこからタクシーでラチャダピセーク通りを北上し、ペップリ通りを右折してMPエビータのあるところの近くの歩道橋でタクシーを降りて、タクシーが行きさるのを確認してペップリ通りを渡って徒歩でメリーに入った。

ぽんこつマンがメリーのエントランスを入った時刻は大体一番女の子が揃う時間といわれていた夕方の5時頃だったと思う。エントランスからまっすぐに廊下があり右側にサイドラインの女の子が座っている長いソファーがあったような気がするが、右手奥に一段と明るい金魚鉢が目に入りそこに吸い寄せられるように進んでいった。

金魚鉢の脇にコンチアがいて、金魚鉢の姫は1400バーツ、1800バーツ、サイドラインは90分で2000バーツと言っていたような気がする。ホイクワーンのポセイドンのタマダーが2000バーツからのスタートだったという記憶があり、やはり安いという印象だった。

ぽんこつマンは金魚鉢の中にいる姫の中でふたりに絞ってコンチアにどっちが性格がいいか、サービスが上手かを訊いたら顔はそれほど可愛いわけでは無いが、色白の肌でボディーラインが綺麗な姫を押してくれた。

やっぱりMPで顔を基準に即断するのは、誤りを犯しやすいということかと勝手に思ったが、部屋に入ってからのサービスは悪くはなかった。部屋はポセイドンのような広さは無く、チェンマイのSAYURI 並と言うべき広さだったと思うが、お湯を湯船に張る間、小さなソファーにぴったり身体を寄せて座って、「サワディーカー」と挨拶をする。そしてぽんこつマンのパンツのベルトを緩めに来る。ぽんこつマンは「クンチューアライカップ?」(名前はなんて言うの?)「バンノークコンクンティーナイカップ?」(田舎はどこ?)と極々ありきたりの質問をして彼女の仕事を少し遅らせてみる。

それでもいつの間にかぽんこつマンのパンツは足首まで降ろされて、ぽんこつマンがシャツを脱ぎパンツだけになると彼女がぽんこつマンのシャツとズボンをハンガーに綺麗に掛けて自分も衣装を脱いでスッポンポンになった。そしてぽんこつマンの前にしゃがみ、ぽんこつマンのパンツをゆっくりと降ろしてぽんこつマンもスッポンポンにする。

その時は、ぽんこつまんのお◯んちんはまだ完全に大きくはなっていなかったが、姫はその逸物を眺め、うふっと軽くはにかみ、笑みを浮かべた。「アニーレックパイマイ?」(これ小さすぎ?)と訊いてみると姫は「マイ、マイナ、ピューカウマーク」(いいえ、いいえ、肌がとっても白いです)と話を逸らす。

そうしてお湯が湯船に貯まるのを待つ間に、二人の心の距離は少し縮まっていた。姫がお湯に手を入れて温度を確かめるが、首を捻って「コンイープンショーブナームローンチャイマイ?」(日本人は暑いお湯が好きですよね?)と訊いてくる。そしてお湯が熱くないと言う。

ぽんこつマンも温度を確かめたが確かに日本人にはあったかいとも感じない程度の温度でしかなかったが、「マイペンライカップ」と彼女に行って湯船に浸かることにした。まるで真夏のサイパンの海の温度の様にぬるいと感じる33〜35度の温度だと思った。

彼女がぽんこつマンの身体を洗う間もお湯だけの蛇口だけ開けていても一向に暖かくはならない。彼女は健気にそして丁寧にぽんこつマンの身体全体一度を洗い、ぽんこつマンのお◯んちんと玉袋をもう一度刺激するためにぽんこつマンを立たせて、その部分に改めてボディーシャンプーを泡だてて、マッサージを始める。

彼女の手の動きがぽんこつまんの亀頭のカリをうまく刺激する。もう一方の手で玉袋の裏筋をの少し前あたりから陰茎の付け根辺りに向かってローリングしながら前に動かしてくる。そのマッサージで、ぽんこつマンのその逸物は一旦完全に勃起した。「ヤイナ」(おっきいい)と彼女は言うが、ぽんこつマンはそれをそんなに大きいとは思っていない。

いつものシャンプーのサービスをお願いしてから湯船を出てベッドに向かったが、ベッドでもう一度彼女のぽんこつマンの股間へのマッサージが始まる。最初は手で、そして次はリップ、さらにディープスロートでその逸物の勃起は長時間続いた。

それから、その逸物に口に咥えたコンドームを装着した後に、姫は後背座位の体制で彼女の膣口に当ててゆっくりと腰を沈めていく。姫は膣口を締めているのだろうかと思うほど、ぽんこつマンの肉茎は、膣襞からの刺激を受けた。姫が沈み切ったと思うと同時に彼女は「アウッ」と吐息を漏らし、背中を反らせたかと思いきや、腰を上下に動かし始める。

膣口がぽんこつマンの肉茎の根本を絞め詰めてくる。彼女の膣の奥にあるコリッとした部分がぽんこつマンの亀頭に刺激を与える。5分ぐらいその体位が続いた後、彼女はドギースタイルになりぽんこつマンが突き上げるのを待つ姿勢になる。ぽんこつマンは彼女の左腰骨を左手で掴み、右手は彼女の尾骶骨上にある背骨の始まりの辺りを手の平の小指球という部分でグリグリとローリングしながら、肉茎を姫の裏Gスポット辺りを突き上げる様に腰を前後した。

彼女のヨガリ声が徐々に大きく速くなったのをきっかけに、ぽんこつマンは彼女を仰向けにし、屈曲位で彼女の足を肩に抱えて、上から下へ肉棒を突き下ろした。そのピストンの動きはこれまで以上に速く強く打ち込む様に続けた。

やがてぽんこつマンはフィニッシュを迎え、彼女と一旦離れて仰向けになった。しばらくして彼女はスペルマの溜まったコンドームをティッシュで拭い、顕になった亀頭に口を近づけ舌と唇使って残ったわずかな液体を啜り上げた。そしてぽんこつマンをうつ伏せにしてぽんこつマンのお尻に座って背中と太ももそしてふくらはぎのマッサージをしてくれた。

一通りの行程が終わってぽんこつマンは部屋に頼んで放置したままのビールをグラスに注いで飲んだ。そしてソファーで裸で寄り添いながら過ぎていく時間を静かに過ごした。最後にもう一度シャワーで身体を流して、部屋を出る。

ぽんこつマンがメリーを訪れたのは多分1月でバンコクでも暑い季節ではなかったこともあるとは思うが、ただ1つ風呂のお湯の温度が日本人好みの熱さまで届かず、生温い程度しか暖まらないところは少し残念だっただけで、コンチアが押してくれた姫のサービスはぽんこつマンには充分だった。

ぽんこつマンのバンコクの定宿は、スクンビットソイ19からソイ23までのアソークエリアなので、メリーは近くは無かった。しかしお湯の温度さえもう少し日本人の好きな温度になっていれば、それ以降何度も訪れたと思うが、あれ以来はもう足を向けていない。

バンコクのMPも摘発や業績不振でかかなり廃業しているらしいが、メリーは今も営業している様で、今は良かったと思う。またバンコクに行ける様になったら是非もう一度行ってみようと思っている。しかし、もう1800バーツじゃ難しいだろうけどね。

バンコクマッサージパーラはコロナでほぼ全滅、でもエスコートはまだ生きているようだ

ぽんこつマンがタイで一番最初に接した風俗は、以前の投稿でも書いているが、マッサージパーラーだ。かつてはホームページで在籍の女の子を見ることができる店も多かったが、2020年9月30日現在、ホームページが存在するのはポセイドンとユートピアだけで、在籍の女性の写真は全て消えている。ポセイドンにメールで問い合わせてみたが何の返信もなく電話してみたが誰も出ない。

ぽんこつマンは日本に戻ったままタイには行けないでいるので状況の悲惨さを確認する事はできないが、現在の軍事政権が2014年5月にクーデターによって樹立されてから、タイ警察の権力と軍の軋轢によって、タイ警察の支配下にあったマッサージパーラが軍によって摘発を受け、徐々に廃業や統合が進んだらしいが、コロナの世界蔓延による非常事態宣言令で全ての風俗産業が2020年3月末から営業停止に追い込まれた。

7月からは営業再開が認められているようだが、ゴーゴーバーにしろ、カラオケクラブにしろ、これまで多くの外国人観光客に支えられてきた風俗産業や飲食業の多くは連日顧客の姿がない状態で、いずれ廃業せざるを得なくなる瀕死の状態のようである。

そんなタイの風俗業界の頼みの綱は、3月26日からタイを出国できなくなった観光客や不法就労していた外国人、そして就労ビザを持ちタイで働いている外国人と特定の富裕タイ人だけが顧客という状況で、店舗を構えての営業にはかなりの負荷がかかる事は必至だ。

それ故に大きな施設でコンチアやMP嬢、メバーン、キャッシャーなどを確保し、煌々と灯りとエアコンをつけて、風呂のお湯をわかし店を開けて置くだけで、かなりのコストがかかるマッサージパーラーは明らかに不良資産でしかなくなるのは、誰の目にも明らかだ。

そもそもタイの法律では、買春も売春も違法で実際にはゴム付き本番は当たり前にあることをただ見て見ぬ振りをして黙認されていたことで成り立っていたマッサージパーラーはタイの貧困層女性の就業場所として地方農村部の小作農家族や若い時に対人男性に孕まされ出産したらそのタイ男が生活の面倒を見ることなく逃げて子供の養育を自分の親に任せているシングルマザーなどの経済救済機能もあったのだが、顧客となる人数が激減してしまっている現在、営業できるところはもうほぼないのかもしれない。

それに比べ、エスコートはアウトコール専門なので、ネットさえあれば営業でき、MPといった特殊浴場システムは不要でパソコンの電気代とネット費用を負担すれば営業可能になる。また客単価もMPのタマダーより高い設定だ。

最近は、タイで売春の合法化が叫ばれているようだが、本当に合法化されれば、個人が個人と取引しやすくなるだろうから中間搾取が益々厳しくなるだろうから、いずれタイの風俗産業の構造改革が急速に進む可能性がある。

ぽんこつマンは、20年ほど前にネットでタイのエスコートサービスを調べたところ、ぽんこつマンがお願いしてもいいレベルのタイの女の子が居たサイトは3〜4つだったが、ロシア、東欧系専門や南米系を合わせると7つくらいはありそうだった。また昔ぽんこつマンが使ったことがある老舗のエスコートクラブは今も健在で営業しているようだ。

それが、NEW BANGKOK ESCORT CLUB(https://www.newbangkokescort.com)だ。タイに行く前にネットで女の子を選んでどのくらいの時間を一緒に過ごすかを決めて、宿泊するホテルやコンドミニアムとメールアドレスと名前を登録すれば、バンコクに到着するときに空港に迎えに来てもらうことも可能になる。空港に恋人が待ってくれていると言う状況を作れるのだ。

ぽんこつマンは一番最初は2日間女の子を継続した。その次は、長時間ブッキングしようとした女の子が居ないということで、他の子をバンコクに着いてから選んでショートで部屋に呼んだ。

最近はTinderで個人営業で客を探している娘も多いが、一度個人の娘だと思って呼んだ女が写真とはかなり印象が違っていて、先に金を要求したので「服を脱ぐ前に金は払えない」と言ったらボスに電話すると言って揉めたことがあった。

金を受け取って、客がシャワーを浴びるように仕向け、その隙に部屋を出ていなくなるということもあるもで、払う金は用意して見せてもいいが、相手が気に入らないときやバッグを置かない、服を脱がない女の場合は注意が必要だと思った方がいい。

個人営業の女の子の要求額は最低は2000/1shotから8000/1shotという女もいた。標準的には5000/shortという子が多い気がする。

しかしエスコートクラブで24時間でブッキングすれば外で食事を一緒にして、行きたいところへ行けて、部屋に戻れば基本何回エッチをしても良い。24時間一緒に口鼻と気分で過ごして12000バーツと言うのは、日本では考えられないくらいある意味格安と思うのはぽんこつマンだけだろうか。

ちなみの、ゴーゴーバーやバービアの嬢とショートで遊ぶ時も、飲み代1000〜、バーファイン(ペイバー代)600〜800、彼女へのチップ2500〜3000、帰りのタクシー代としてのチップ200〜300バーツ。タニヤのカラオケでの1時間飲み放題でも700〜800、+ペイバー3000〜3500、女の子とのエッチするためのチップ3500〜5000、タクシー代などのチップ300〜500。女の子と楽しく飲むだけなら良いが、女の子との本番を考えると、4300〜9800くらいは必要になる。一回のエッチがホテル代込みで30000円は日本で売りをネットで探している女の子の相場だが、ほぼそれと同じと言うことになる。

一方エスコートサービスは、ひとりの娘とじっくり楽しみたいと言う紳士には持って来いのサービスだから、現在バンコクに住んでいる外国人の需要が中心だろうから、コロナの影響で外国人観光客が訪タイできていない事はそれほど大きな問題ではないのかもしれない。

ぽんこつマンももしバンコクに行けることになったら、エスコートサービスをもう一度使ってみたい。ネットには気になる女の子が既に何人かいるのだ。できるだけ早くバンコクに戻れるようになることを切に願うばかりである。

2回目のMPは、プラザエンターテーメント

元同僚がバンコクのブランチに転勤して彼を訪ねて初めて訪れたバンコクで、彼と夕食を食べた後に2回目のMP体験となったのがプラザエンターテーメントだった。それはミレニアム2000年になる数年前だった。夜22時を過ぎて、スクンビット39からタクシーで向かったが、ぽんこつマンは前日に一人でポセイドンに行っていたのだが、まだまだMPは初心者だった。

元同僚は、バンコクには既に数年駐在者として過ごしていて、何度となくMPは体験していると思っていたが、奥さんも一緒にバンコクにいるのでそれほどMPが必要ということもなかった様だ。

タクシーはスクンビットを西へ進み、スクンビットソイ3を北上し、ペップリ通りを突っ切って突き当りを右折してプラザエンターテーメントに着いた。タクシーを降りて1回の入り口に入るとコンチアがいて、いきなり「No Tamada now」(今は、普通の嬢はいない)「model only na」(モデルクラスだけ)という。

元同僚がすかさず今いる子を呼べるかと言ったらしく、少し1階のロビーで待っているとふたりエレベーターで降りてきて、笑顔で微笑んだ。ぽんこつマンは同僚に「どうする?」と聞いたら同僚は、「ぽんこつマンが行くなら付き合います」という。そうこうしているうちにひとりの嬢がぽんこつマンの腕に絡んで来てエレベーターの方に歩いて行く。もうひとりの嬢も同僚をキャッチしてエレベーターまで歩いてきた。

半ば、拉致状態だったがそのままエレベータで上階へ上がっていく。その時は夕食でかなりのアルコールを口にしていたので、その時の経緯はあまり覚えていない。会計をどうしたかも記憶にないが今でもはっきり覚えているのは、個室に入った時に上から改めて自己紹介を受けてPENTHOUSEの表紙に彼女が写っている写真を見せられた。

確かに彼女は、日本人では考えられないストレートで美しい脚と、キリッとしまった尻、そして細いウエストの上にボリュームのあるバストを持っていて、顔の大きさも小さく可愛かったが、PENTHOUSEがいくら男のエロ雑誌だとしてもタイのMPの女の子をカバーガールにするはずはないと思った。

既に前日ポセイドンでMP体験を済ましていたので、個室での嬢のサービスを比較することが出来た。バスタブに湯を張り、おっぱいや股間を使って腕や体を洗ってくれるサービスはまずまずだったが、下半身へのサービスは適当でベッドに行くまでぽんこつマンの肉棒は、近々に硬くなることはなかった。もちろんアルコールが大量に入っているということもあるだろうが、ぽんこつマンは気持ちがこもっていないサービスには反応が悪いというところがある。

体を流した後、バスタオルを巻いてベッドで彼女が来るのを待った。彼女もすばやく韻部をボディシャンプーで洗って、バスタオルを巻いてベッドに来る。そして仰向けに寝ているぽんこつマンの肉棒を探して、手で扱き始める。少し硬直してきた肉棒に直ぐにコンドームを装着させて、フェラチオを始めるが、20回〜30回咥えて上下した頃に直ぐに止めて騎乗位でぽんこつマンのポコチンを膣に挿入しにきた。ポコチンは既にフニャチンではないがカチンカチンでもなかった。それでもするりと膣に入った。

彼女の膣は既に緩い状態だったのだ。彼女は激しくグラインドしながら腰を上下するが膣内の肉襞が一向にぽんこつマンのポコチンをしめつけに来ない。彼女はその動きを3分ぐらい続けたが、やがて「ヌアイ」(疲れた)とこぼして「チェンジ」と言って仰向けになり脚をM字に開いてぽんこつマンの正常位での挿入を要求した。

ぽんこつマンは、その細い脚を持ち上げ屈曲位で一気に肉棒を肛門の上にパックリと開いた穴に突き刺した。できるだけクリトリスの下にあるはずのGスポットと子宮口(ポルチオ)亀頭が当たる様に彼女の腰を高いところでキープして下から上に腰を前後した。

そして両手を彼女の豊満な乳房にあてがった時、かなりしっかりとしたムチムチ感があった。シリコンだ。シリコン乳だ。その時、その細い足も、細いウェストもそしてタイ人にしては高い鼻も、細い顎も、左右整った目蓋も、もしかしたらぷっくりしたセクシーな唇も、チークも全てが整形で手に入れたものかもしれないと思った。

彼女の心臓は確かに動いていて本物だが、表面に見える彼女の全てが整形によって作り上げられたものだとしたら、ぽんこつマンは生身の人間ではなく、モデリングされた人形の膣に肉棒を突き立てているということなのだ。

そんな思いが頭に浮かんで、ただひたすら激しく突くことで自分の快感を得ようと腰を動かした。男と女の営みではなく、それは単なるマスタベーションの延長だった。彼女の肛門の上に開いている穴が壊れるという気遣いもなく、ただひたすら激しく突きまくってぽんこつマンはコンドームの中に大量のスペルマを放出した。

アルコールを大量に摂取した身体から大量の汗がにじみ、心臓の鼓動は今にも胸の筋肉を突き破るかの如く激しく打っていてぽんこつマンは直ぐにはベッドから起き上がれなかった。

彼女は、ぽんこつマンが果てたのを知って直ぐに立ち上がり、部屋に入る時に頼んでいたミネラルウォーターを2つのグラスに注ぎ、1つをぽんこつマンに差し出しもう1つのグラスを一気に飲み干した。

そしてベッドに腰を掛け、気怠るそうにぽんこつマンのふくらはぎと太腿を揉んで見せた。ぽんこつマンは心臓の鼓動が収まるまでベッドに仰向けで寝ていたが、5分ほど休んで起き上がり、「OK」と一言いい立ち上がった。

彼女も直ぐにぽんこつマンを追ってシャワーに来てぽんこつマンの体の汗を流し、肉棒も綺麗に洗った。そしてぽんこつマンはバスタオルで体を拭き、服を着て彼女が服を着るのを待った。

彼女は確かに抜群のスタイルの女だった。顔も美形だった。しかしぽんこつマンはその美しさがどこかの医者の手で作りあげられたと思うと、「よかった」とは言えなかった。そもそもぽんこつマンは美形より、可愛い顔が好きだったし、シリコン製のDカップより、生身の美乳Bカップが好きだった。身体つきも少し脂肪がうっすら着いた柔らかい身体が好きだった。

モデルクラスよりタマダーの中からホスピタリティーに溢れるテクニシャンで性格の良い上玉を探す方が断然面白いと思った夜だった。

2000年代に入り、摘発や系列店閉鎖に伴う合併がありたくさんのMPがバンコクから消えていった。コロナショックがあって、3月から長い間の営業禁止の後、ミレニアム前にあった幾多のMPで営業再開できた店はいくつあるのかはわからない。多くのMPが営業再開していることを期待したいところだ。

ポセイドンというマッサージパーラーでタイ発MP体験

ポセイドンというマッサージパーラーは、ぽんこつマンがバンコクで一番最初に行った店だ。ぽんこつマンがまだタイに興味を持つ前に、仕事を一緒にしていた協力会社のプロデューサーからバンコクのマッサージパーラーの話を聞かされていたので、いつかタイを訪れたら行ってみようという気になっていた。

今から既に30年ほど前に、同じ得意先を担当していた仲間がバンコクのブランチに転勤になり、一度遊びに来いというのでそれから3年後に初めてひとりでタイへ3泊4日で遊びに行った。当時はまだタイ料理にもタイマッサージにもそれほど興味はなく、単に昔一緒に働いた仲間に会いゴルフを楽しむだけのつもりだった。

宿泊先にはあまりお金をかけるつもりもなく、ただ漠然とナナプラザという場所の名前を聞いたことがあったので、その近くの安宿を予約したのだった。今から思えば、そのホテルは実にチープでもう2度と泊まりはしないだろうが、当時はその安宿も全く気にはならなかった。

そのホテルは、グランド イン ホテル(Grand Inn Hotel)(https://www.booking.com/hotel/th/grand-inn.ja.html?aid=376383;label=bdot-PKyv50ViAOuyMg2a8bBnRAS438078855260%3Apl%3Ata%3Ap1%3Ap22%2C563%2C000%3Aac%3Aap%3Aneg%3Afi%3Atikwd-334108349%3Alp1009363%3Ali%3Adec%3Adm%3Appccp%3DUmFuZG9tSVYkc2RlIyh9YUqNR_uFB9os3Jm_CnwM6-E;sid=1e3dcfe05dc3f664975ae2e32be99a44;atlas_src=sr_iw_btn;dest_id=-3414440;dest_type=city;dist=0;group_adults=1;group_children=0;no_rooms=1;room1=A;sb_price_type=total;type=total;ucfs=1&)というところでスクンビットソイ3にあり、アラブ人が多くいるエリアだった。

部屋に入るとエアコンはあるものの、カラカラと大きな音がして、あまりよく冷えなかった事を覚えている。今はリノベーションしてエントランスも部屋も大きくなり内装も少しはきれいになっている様だが、当時は本当に場末のキチン宿的だった。

かつての同僚に会いに行くのは翌日の金曜日の夕方だったので、その日ホテルにチェックインしてからは、ホテル界隈のアラブ街からスクンビット通りをアソーク方面に散策した。まだ昼だったが既に土産物屋の屋台やフルーツを売る屋台、それから麺料理を売る屋台が歩道に出て商売をしていて、アジアの混沌をどっぷり感じる事ができた。スクンビットソイ5に近い歩道には、厚化粧で褐色の肌を大胆に露出させた痩せた女が何人も立っていて、たまに通る白人の男たちににじり寄り声をかけていた。

ぽんこつマンにはそれが立ちんぼであることが直ぐにわかった。BTSナナ駅を過ぎ、当時から有名になっていたテーメーカフェの前まで行き、ホテルへ引き返した。時刻はまだ4時で飲みに出るにはまだ早かった。そこで、日本であらかじめネットで調べていたマッサージパーラーへ行ってみようと思った。

当時のインターネット環境は、現在と比べるとスピードの点でかなり劣っていたが、それでもいくつかのマッサージパーラーの画像サイトが見ることが出来た。その中で最も画像が多く女の子の写真もアップしていたのがポセイドンだった。(https://www.poseidon2000.com/deliciousmenu.asp)他にも女の子の写真をアップしているMPもあったが、ぽんこつマンはポセイドンが気に入った。

ぽんこつマンがMPに行く理由の1つがシャンプーをお願いできて、本番プレイの後のマッサージもしてくれるサービスが好きだからだ。今はショウケース(金魚鉢2F)の女の子は2200・2800バーツらしいが、当時は1600バーツからだった気がする。

写真の赤い雛壇に女の子がずらり並ぶ光景は圧巻だった。ぽんこつマンが初めて行った時の時間帯は17:00くらいで次々に左側の入り口から女の子が入ってくるいい時間帯だった様に思える。客は手前の椅子に座って女の子を品定めする。ビールやコーヒーなどを有料だが頼んで気に入った女の子が現れるまでいくら待っていてもいいのだ。

客が入ってきては、大体5分くらいで女の子を決めて、その店のコンチア(おじさんもおばちゃんもお兄ちゃんもいる)にその子が付けている番号を伝えると、そのショウケースから女の子が出てきて、キャッシャーでお金を払って部屋に行くシステムだ。

3階には、モデリングロビーがあって、ショーケースより若目でスタイルのいい女の子が長いソファーに座っていて、その子たちの中から選んで遊ぶことができる。

ショーケースの女の子とは基本2時間、モデリングロビーの女の子とは1.5時間一緒に過ごせることになる。ぽんこつマンは、スタイルや若さよりも性格が良くていいサービスを期待するのでいくらスタイルが良くて若くても、サービスが良くなく、本番もマグロ状態だと嫌なのだ。だからいつもショーケースの女の子の中から選ぶことにしている。

初めてのバンコクでのエロ活動の歴史は、ポセイドンから始まったのである。その後数年間はオーストラリアに行く時もバンコクで乗り継ぎにしてバンコクで一泊したりタイのローカルへ行く時も必ずバンコクで1泊し、夕方からポセイドンで汗を流してもらいついでにシャンプーもしてもらい、その後ナナプラザかソイカウボーイで飲んで、女の子をペイバーしてタイ料理を一緒に食べてホテルで大人のプレイを愉しむ半日フルエロコースを満喫するようになっていった。

初めてポセイドンでマッサージパーラーを体験したその晩もナナプラザのバービアに行ったんだったかなぁ。そこまでの細かい記憶はもうなくなっている。

翌日はバンコクで働く元同僚に夕方会いに行き、晩飯をスクンビットにあるコカでタイスキを食べた。そしてその後同僚とプラザエンターテーメントに行って2回目のMP経験をしたが、その話は次の機会に書くことにする。

2016年4月の熊本城が崩れた地震の前の年に行ったソープランドでの記憶

ぽんこつマンが熊本の女の子に特別の感情を持つようになったのは、松本での学生生活時代だった。松本と言えば長野県の市で松本城や浅間温泉、美ヶ原などの観光地があり、上高地や白馬などへの旅行ベースとしても有名な街である。

ぽんこつマンは学生生活を過ごした松本では大学と浅間温泉に近いところにアパートを借りて一人暮らしをしていた。学生時代は昼間は大学、夕方からは浅間温泉のパブレストランでホールのアルバイトをしていた。

浅間温泉にはスナックやパブがいくつかあって、松本市内に住む大人も、観光客も夜の時間を楽しんでいた。浅間温泉にも芸者がいて温泉宿で枕営業をしている芸者のお姐さんも、ぽんこつマンが働いていたパブレストランに来ることもあり、ぽんこつマンの夜の時間は多分当時の一般の学生よりは艶っぽい世界にいた気がする。

ぽんこつマンは当時そのバイト先で浅間温泉で小さなスナックを営業していた、元神戸の暴走族のリーダーで、かつて三代目山口組組長・故田岡一雄氏の長女、田岡由岐氏と交友があったと話してくれた一人のマスターと親しくなっていった。

そのマスターは、当時パンチパーマで着ているものも派手なものが多く、見た目ではちょっと恐いおじさんだったが、よく笑いバイト学生からよく慕われていたのを思い出す。神戸で暮らしていた時は、ヤンチャばかりしていたらしいが、女の子からはモテまくっていたという話をよく聞いた。神戸の街を歩いている時はいつも可愛いモデルの子を連れていたとのことで、女の子を口説くのが相当上手い人だった。

松本で初めて知り合った時は、彼にはたまたま彼女がいなかったが、一緒にお茶を飲みに行った先の喫茶店でたまたま働いている女の子に言葉巧みに話し、その女の子がすぐに彼に惚れてしまう場面を何度も見てきた。

ぽんこつマンも当時は松本の地元で働いている美容師や、保母さんを口説いて良い中になったこともあるが、彼のナンパ術はずば抜けていたと思う。知り合って2日目には、女の子はその彼から離れられなくなってしまうくらいの女たらしぶりだった。

熊本の女の子に特別の感情を持つようになったのは、当時松本の駅前にあったとある大きな喫茶店で働いていて、ぽんこつマンより5歳くらい年上だったと思うが、その彼女が持っていた艶っぽさにやられたのだった。

ある時その喫茶店に浅間温泉のスナックのマスターをしている彼と一緒に行った時、ぽんこつマンが気になっていた彼女を紹介したことがある。その時は彼はたわいのない話をしただけだったが、ほんの数分の会話の間に彼女の心をしっかり掴んで、彼女の瞳がうっとりと彼に心を奪われたようになっていくのを見た。

松本と熊本の共通点といえば、馬刺しが普通に食べれるということくらい。彼女がなぜ熊本という遠いところから松本の喫茶店で働くことになったのかも分からなかったが、彼女はすっかり彼に心を奪われて、2日後にあった時には身も心も彼に持っていかれたようだった。なぜ彼女があれほど艶っぽいのかを彼に聞いてみたら、彼は熊本と高知の女は男好きする女が多く日本一落としやすいと言っていた。生まれた時から性的好奇心が強い女になるDNAを備えているというのだった。にわかに信じ難い話だったが、ぽんこつマンは、そのとこから熊本と高知出身の女の子には好奇心が強くなったのだった。

熊本出身の女優といえば、石田えり、宮崎美子、夏川結衣、倉科カナ、歌手では森高千里などが有名だ。高知出身の女優といえば広末涼子、歌手のソニン。ぽんこつマンはやっぱり熊本の女性にエロスを感じてしまう。

ソープランドは日本全国にあるが、熊本には日本3大ソープと言われる「ブルーシャトー」がある事で有名。昔働いていた会社でも、わざわざプライベートで月1回「ブルーシャトー」通する「役員様」がいたくらいだった。

ぽんこつマンが熊本に行ったのは、2015年。9月の末くらいだった気がする。第一の目的は、もちろんNNソープランド。後は熊本城を見ることと、辛子蓮根と馬刺しを食べること。NNソープランドで有名なブルーシャトーは「会員」以外は予約すら取れないので、事前にWEBサイトでチェックしたら熊本流という女の子が多くいる店が見つかった。熊本流というのは、生(N)中出し(N)ということが分かったが、実際に中出し可なのかどうかは姫によるだろうからよく分からなかった。

その熊本流という表記の姫がいる店は「Picaso」(https://www.picasso.cc/top.html)という店だ。その時ぽんこつマンは東京に転勤になっており、出発は羽田からだ。熊本に午前中に到着の飛行機で向かった。ANA 643便羽田10:00発、熊本11:45着。熊本空港から熊本市内まではそこそこ遠いのでバスに乗った。タクシーよりは時間がかかるが、費用はかなり安くなる。熊本市内のバスターミナルについてからは徒歩でホテルに向かう。

ホテルは、歩いて熊本城、ソープランド「Picaso」に行けて近くに飯屋もあるエリアでやすい宿、熊本東急REIホテルをBooking.comで探して予約していた。

チェックインしたのは午後2時ごろだっただろうか。ホテルの周りを散策してみた。この年の東京の9月の末は例年より気温は低かったような気がしたが、熊本での午後の散策は少し額に汗が滲む感じだった。夕方になり一旦ホテルに戻った。ホテルのフロントで、それほど値が張らずに熊本の郷土料理を食べれる店を教えて貰って食事に出た。

本場で辛子蓮根を食べるのは初めてだった。熊本といえば九州、焼酎がよく飲まれているのだろうと思ったが、ぽんこつマンは日本酒好きなのでお店が勧めてくれる日本酒を頼んだ。馬刺しも頼んだ。店の場所も名前も今地図で見つけようとしても見つからないが、おばちゃんがふたりで切り盛りしている小さな店だった。カウンターでひとり、おばちゃんと話ができたことがよかった。

その日は、かなり良い気分に酔ったのでその店を出てコンビニで水を買ってホテルに戻った。第一の目的は明日の午前中に実行する、ホテルからソープ街への道をスマホでチェックして、その日は早めに休んだ。

翌朝のチェックアウトは10時、荷物をフロントに預けて、徒歩で「Picaso」へ向かう。途中熊本下通りのアーケード内にあるマクドナルドで遅い朝食を食べて、ソープ街を目指し「Picaso」には、午前10時50分に着いた。

まだソープ街にしては早い時間だからか、呼び込みの姿はあまり見なかった。店に突入すると黒服が勢いよく歓迎の挨拶をする。その黒服に予約はないがその日WEBで出勤予定の女の子の中で「熊本流」と明記されている女の子の中で若そうでスマートそうな前職「看護師」の女の子の名前を伝えた。

その子の名前は「聖(ひじり)」という姫だった。黒服は今その姫は接客中だが、もうすぐ空くので待合室で少し待てるか聞いてくる。本来なら飛び込みの客にその場で指名できる程、予約で埋まっていないということなのだが、ぽんこつマンがNetで確認した「熊本流」の姫の中では一番いけると思っていた娘にサービスしてもらえるということはラッキーだと思った。

待合室には他の客は誰もいない。エロ本がたくさんあり、それを見ながら「聖(ひじり)」ちゃんが来るのを待った。即生即尺店サービスがあるので、部屋に入る前にオシッコを出しておこうとトイレに行って戻ってきたら姫が階段を降りてきた。待合室で初対面したら、写真よりはふっくらしているし、目元もかなり写真は持っているように思えた。年齢は明らかにサバを読んでいて既に25歳は過ぎている感じだった。

https://www.picasso.cc/girl.html から引用(今も24歳でネットには出ていた)

彼女が挨拶をしてぽんこつマンの手を取り、階段を上り部屋に入った。ぽんこつマンが小さな鞄を置いてベッドに腰を下すや否や、彼女がぽんこつマンのパンツのベルトを外してアンダーパンツごと下ろして、パクッといきなり咥えてくる。

「ジュルジュル、ジュルジュルジュルジュル、、、シュポッ、ジュポッ、、、シュポッ、、シュポッ、、」彼女の舌がぽんこつマンの肉棒の亀頭を唾液たっぷりに絡みながら、しっかり締めた唇で膨張し始めた肉茎をゆっくり前後して絞り上げていく。ぽんこつマンの肉茎はあっという間に怒張して根元までかちんかちんになったところで、彼女はぽんこつマンの亀頭を喉の奥にあたるまで深く咥え込んでできるだけ根元に近いところを締めた唇の筋肉で刺激してくる。そしてそのディープスロートは速いスピードで続いた。

ぽんこつマンは既にその肉茎に走る快感を感じていて、ベッドについていた両手を折り肘で体を支える体制まで後にのけぞっていた。その様子を見たのか、彼女はぽんこつマンの足に絡んでいるパンツとアンダーパンツを剥ぎ取りぽんこつマンをベッドに横たわる姿勢にした。

そしてぽんこつマンの上半身にまとわりついているシャツのボタンを外し、彼女がつけているスケスケの衣装とパンティーを脱いで、ぽんこつマンの顔に彼女の淫部を向けてぽんこつマンの肉茎を咥えて激しく上下運動を加えた。

ぽんこつマンは彼女が向けてきた美尻を掴み淫部に下を這わせて彼女の大陰唇とクリトリスを啜った。膣口を下で割って、その膣口に大量の唾液を注入した。ぽんこつマンは彼女の乳房を掴んで乳首を指で転がしながら5分くらいクリトリスを弄んでいたら、彼女が突然、体を入れ替えて騎乗位でぽんこつマンの肉棒を迎え入れた。彼女の秘部から滲み出した愛液とぽんこつマンの唾液で充分に濡れそぼった膣に肉棒はスルンと奥へ進んでいく。

亀頭が膣の奥にあるポルチオのコリッとした感覚があった時。彼女はウッ、アンと軽い呻き声をあげて、それから腰をグラインドさせながらゆっくり上下に動かした。ぽんこつマンのカリの部分が彼女の肉襞に擦れてぽんこつマンもどんどん昂っていき、彼女の動きに合わせて腰を突き上げていく。

彼女が両手を後ろに置いて体をのけぞらせた時、ぽんこつマンは体を起こして対面座位で片手を彼女の尻にあてがいもう一方の手で彼女の乳房のアンダーに置いて上へ持ち上げるように揉みしだいた。

https://www.picasso.cc/girl.html から引用

相当の客に揉みしだかれてきたその乳房には少女にあるプルンとした硬いゼリーのような弾力はもう無くなっていたが、それでも母乳を出したことのある充填豆腐のような今にも溶けてしまいそうな柔らかさまでは至っていない適度な弾力を維持していた。

彼女の完璧な腰使いでぽんこつマンはフィニッシュに向かう感覚を覚え、さらに一層突き上げた。彼女は対面座位から既に両肘をついて仰反るまで崩れ、ぽんこつマンも片手でのけぞる体を支え、もう一方の手の腹で彼女のクリトリスに素早く、しかし柔らかく振動を伝えた。

彼女の膣口が少し締まったと感じた時にぽんこつマンの肉茎は最高の快感に見舞われ、一気にザーメンを放出した。彼女は体を支えていた肘を崩しベッドに背中をつけた。少し荒い息になっていたぽんこつマンの肉茎はゆっくりと萎えていく。そしてフィニッシュしてから1分くらいで彼女は体を起こして湯船にお湯を張りに行った。そしてぽんこつマンの手を取りバスルームに行き、ぽんこつマンを通称すけべ椅子に座らせ彼女の乳房で大量のボディーシャンプを泡だてて、背中、胸板、腕、脚を洗い始めた。

ソープランドの醍醐味は、まさにこの洗いのサービスにあるとぽんこつマンは思う。身体を洗い終えたらぽんこつマンの萎えた逸物を洗いながら「シャンプーしますか?」と聞いてきた。ぽんこつマンはソープで髪を洗ってもらうのもすごく楽しみにしている。すぐに「お願いします」と答えた。

体や頭を洗ってもらいながら、世間話をした。前職は看護師という彼女のボディーサービスは丁寧そのものだった。体についた泡をシャワーで洗い落として湯船に浸かる。彼女は湯船の中でぽんこつマンの逸物を弄り続ける。少しずつ膨張するぽんこつマンの肉棒。彼女はそれを確認して、湯船から出てマットの準備をする。そしてドロドロしたローションを洗面器にいっぱい作り始め、ぽんこつマンをマットに寝るように促した。

うつ伏せに寝たぽんこつマンの背中にローションをたっぷり乗せ、背中に身体を合わせて来る彼女。彼女の片方のてはぽんこつマンの股間に伸び、肉茎を刺激し続ける。彼女がぽんこつマンの横に来て恥骨の上に生えている淫毛をぽんこつマンの腰骨に充てて上下する。そしてぽんこつマンに仰向けになるように促して恥骨と乳房にたくさんのローションを改めてつけてぽんこつマンの胸に彼女の胸が当たるように上に乗ってきて、ジョリジョリした淫毛でぽんこつマンの股間にある肉棒を摩擦して来る。彼女の乳房はぽんこつマンの肋骨の下あたりをプリンプリンと刺激して来る。

そして彼女は、ぽんこつマンの硬直した肉棒を改めて膣口に迎え入れた。身体を合わせた状態で彼女の膣口はぽんこつマンの亀頭のカリをゆっくり擦り上げる。しかしマットの上でローションでツルツル滑る身体はコントロールが難しい。「ベッドに行きましょうか?」という問いかけに「うん」と応えたぽんこつマンの体からシャワーでローションを洗い落とし、ベッドに向かった。

ベッドに仰向けで寝たぽんこつマンの肉棒を改めて咥えてフェラチオで刺激してもう一度硬直を待ってから、彼女は今度は騎乗位でぽんこつマンの肉棒を膣の奥深くへ迎えた。またもやグラインドを加えて腰を上下させる彼女。しばらくその運動を続けた後に彼女は半回転して背面騎乗位に対位を変える。上下の腰の動きが速くなった。彼女の膣口がぽんこつマンの肉棒の上側を擦り上げ、ぽんこつマンはまたもや快感に見舞われた。ぽんこつマンが軽く、ウゥッと呻き声をあげたのを聞いて、彼女は一旦肉棒を抜いて、背面騎乗位から後背位の体勢をとり、「後ろからお願い❤️」といった。

ぽんこつマンはその言葉を聞いて直ぐに彼女の股の下にある脚を抜き、改めて彼女の尻を掴み膣口にぽんこつマンの肉棒を突き刺した。「ズンッ、、、ズンッ、、」最初はゆっくりしかし強く突き上げていたが、彼女の呻き声が大きくなっていくのに合わせて突き上げ速度は速くなっていった。1秒に2回、そして3回、最後は4〜5回の速度で彼女の裏G スポットあたりから子宮口を突き上げた。ぽんこつマンが強く彼女の尻の肉に指を食い込ませ引き寄せる動きと腰を後ろから前へ突き出す動きを繰り返し、彼女が顔をベッドに充てて悶える表情を見せた。それからぽんこつマンは暫くして、快感が肉茎から背骨を通じて脳天まで走る感覚を味わった。ザーメンは彼女の子宮口に向けて発射された。彼女はベッドに突っ伏した。ぽんこつマンも繋がったままで彼女の上に乗った状態で突っ伏した。

ぽんこつマンは彼女の首筋から肩そして背中にかけてリップと舌で彼女を愛撫した。最初は客とソープ嬢というわかり切った関係だったが、2回のゴム無し中出しが終わった時には、まるで恋人のように愛おしいと錯覚するくらいになっていた。最後に身体から出た汗とお互いの愛液をもう一度シャワーで洗い落として、ぽんこつマンは「Picaso」を後にした。

退職したら熊本に住むのも悪くないと思えるほど、熊本のソープ体験はいいものだった。ソープランドを出た後、ホテルに荷物を取りに行く前に熊本ラーメンで有名な桂花ラーメン(http://keika-raumen.co.jp)を食べに行き、熊本城を観に出掛けた。

東京への飛行機は17時台だったので16時半に熊本空港についていればよかった。そこで熊本城を見た後に、市電に乗って鶴屋百貨店に行ってみた。お土産を買うつもりではなく、熊本の若い女の子が働いているだろうと思い、少し客としてその若くて可愛い店員を見つけて話をしてみたくなったのだ。それくらい熊本の女の子への特別な感情はさらに強くなっていた。

若い女の子が話す九州の鈍りは聴いていて耳に心地いい。何人かの化粧品売り場の可愛い店員と話したが、実に感じのいい娘ばかりだった。年齢差は30歳以上離れているようなぽんこつマンの話にちゃんと付き合って接客してくれる。若い女の子にプレゼントしたいと言って商品をいろいろ紹介してもらうナンパテクニックだが、これも昔学生時代に松本で知り合ったスナックのマスターから教わったものだった。

可愛い店員を落とすために、彼女とそっくりの仮想の彼女の話をして商品を選んでもらい、最後に商品を買って、「その彼女って君なんだよ」と言ってその店員にプレゼントするというものだ。熊本に住んでいれば、その手口でデートのきっかけを作ることもできるが、ぽんこつマンは当時東京に住んでいたので東京に彼女を呼ぶというのもいろいろ大変なので、実際に商品を買うことはなかったが、1時間ほどのデパートでの時間も熊本でのいい思い出になった。ぽんこつマンは今はタイでナンパすることが多いが、タイ語がまだ流暢という訳ではないのと、タイ・バンコクの女の子と熊本の女の子では、親しみやすさの度合いが違う気がする。

ぽんこつマンは既に会社を退職して3年目になる。それでも若い女の子とのデートはやっぱり楽しいし、その女の子を振り向かせることができた時の快感は今も昔も変わらない。速くコロナが終わって欲しいし、そうやって日本のソープやタイのMPの姫と遊んだり、やカラオケ、ゴーゴーバーの女の子やデパガートガールやOLをナンパしたりするだけの資金を稼げるようになりたいものだと思うぽんこつマンである。

過激サービスを謳う博多中洲のソープに突撃してみた

ぽんこつマンがまだ会社で働いていた時期に出張で出かけた博多に過激サービスを謳うソープがあることを知り、2018年6月突撃してみた。2017年10月いっぱいで会社を早期退社してからは、タイで長期滞在することも多くなっていたが、当時はぽんこつマンはまだタイの滞在ビザを取る前で関西の家に住んでいる時間もかなり多かった。

連れ合いと息子がタイの学校の長い夏休みの間の3月から5月まで日本に遊びに来ていて、ぽんこつマンはその連れ合いと息子への家族サービスで過ごす毎日が長く続いていた。連れ合いと息子がタイへ帰る時が来ても、ぽんこつマンはひとりの気楽な生活を過ごすために日本にしばらく残ることにしていた。

一人で過ごす毎日は、時間が過ぎるのが遅い。毎日ネットをする時間が増えた。ぽんこつマンは、会社時代の最後の職務に達成感が見出せず勤めていた会社にいる事そのものに違和感を覚えての早期退職だったが、うまいものを食べたい、いい女とエッチがしたいと言う食欲と性欲までぽんこつになったわけではなかった。

タイやフィリピン、そしてベトナムではすぐに一晩の相手を見つけることも、セフレを作ることも日本人というだけで有利だが、いざ日本国内でとなると50歳を遥かに過ぎた年齢ととアジアでの費用とは比べ物にならないくらいコストの問題でそれほど簡単に若くてきれいな女性と肌を合わせる機会は限定的になっていた。

どうせコストが掛かるなら、旅先でうまいものを食べ羽目を外す方がいいので、これまでは沖縄や熊本に飛んで遊んできた。しかし福岡に個人で出掛けたことはなく、どうしても今回福岡に行ってみたくてネットで色々調べていたら、当時特攻グループというソープランドのサイトにたどり着いた。

そのサイトには、かなり過激なプレイが挙げられていて、かつプレイ料金もさほど高額では無い。むしろ安い方だった。そこですぐにフライトを探した。ぽんこつマンは伊丹空港を国内戦では利用する。伊丹空港は2016年から始まっていたリニューアル工事が2018年4月に一部完了し、これまで南北に分かれていた到着口を中央1カ所に集約し、このリニューアルでオープンした商業エリアには、世界初となる空港内ワイン醸造所が誕生していた。

そこでぽんこつマンは、まず伊丹空港でランチを食べ福岡に飛び、その日は福岡でディナーにする。翌朝ソープランドが開く前に7月15日博多祇園山笠の追い山が奉納される櫛田神社を参拝し、それから中洲のソープランドに行くというスケジュールを立てた。

出発は6月10日、11時半に伊丹空港に到着。新しくなった商業施設をまず人歩きしてからチェックイン。福岡へのフライトは15時過ぎ、ANAのボンバルディア DHC8-Q400のフライトを予約していた。前述の空港内ワイン醸造所の前を通ったら客席はすでにかなり埋まっていた。しかしカウンターにはまだ空きがあり、ぽんこつマンはカウンターに座ることが出来た。

カウンターから醸造タンクがすぐに見える。ぽんこつマンはワインとビーフかつを注文してランチを楽しんだ。白を1杯、赤は2杯を飲んだ。珍しさはあるが、ワインのテーストはプレステージ感はなくテーブルワインという感じだと思った。14時までそのレストランにいて、その後チェックイン。フライト時間まではANAのラウンジで過ごした。

ボンバルディアへの搭乗はゲートブリッジではなく、地上からタラップを使っての搭乗だ。久しぶりのプロペラ機、梅雨のシーズンで機体はかなり揺れるかと思ったが、その日はそれほどでもなかったと記憶している。福岡空港にはほぼ定刻に到着。空港からは地下鉄空港線で祇園まで出て、そこから600mほど歩いて格安のビジネスホテル、アールイン博多(https://www.rinn-hakata.com)にチェックインした。このホテルからは櫛田神社も中洲のソープランド街へも容易に徒歩だけで行ける好立地。

部屋に入って荷物を置いて、博多川沿いに中洲川端駅方向に向かって歩く。街は7月に始まる博多祇園山笠に向けての準備が進み、すでに祭り衣装を着た威勢の良い男衆を何人も見ることが出来た。中洲川端駅を過ぎてさらに100mほど行った場所にワインバーが目に入った。昼にもワインを飲んでいたが少し飲み足りないこともあり、その時咄嗟に福岡でもワインが飲んでみたいと思ったのであった。その店の名は、バールヴィータ中洲店。

まずはディナーのはじめにサラダと合わせてスパークリングワインを1杯頼んだ。お腹が空いているというよりはワインを飲みたかったので重い料理は取らなかったが、メニューに野菜の天ぷらがあ理、その店にいるソムリエバッジをつけたギャルソンヌに勧められた軽めの赤ワインを試してみた。そしてマッシュルームのアヒージョ。この店で4種類計6杯のグラスワインを飲んでいい気分になった。博多にはきれいな女性が多い。その店のギャルソンヌもきれいな目をした可愛い女性だった。きれいな女性の博多弁には蜜の匂いを感じる。ぽんこつマンのような老いぼれバタフライもその蜜の匂いに弱いのだ。ホテルに帰る道すがらも若い女性の博多弁が聞こえてきて今回福岡に来れたことを幸せに感じた。ホテルには10時前には戻っていたがその日はその幸福感の中で静かに休むことにした。

翌朝は8時に起きた。近くのコンビニでサンドイッチを買ってきて朝食にした。10時にホテルをチェックアウトし、フロントに荷物を預けて櫛田神社(https://www.hakatayamakasa.com/61866.html)に向かった。軽い雨が降っていたのでホテルが傘を貸してくれた。櫛田神社へは歩いて200mくらい。あっという間に着いた。

奉納されている山笠を見物し神殿に参拝した後、11時過ぎに櫛田神社を出て中洲へ向かった。あらかじめ突撃する店は関西を出発する前に決めていた。ネットでその店の女の子出勤予定情報を見て決めている子がいたが、予約を入れず出勤時間に合わせて突撃して会えるとすれば超ラッキー。一般的には会えないことがほとんどだと思ったがトライする 。

11時半には店についた。中にいた黒服に予約はあるかと聞かれたが無いと答えた。そしてお目当ての女の子は予定の時間に来るか、そして空いているかを尋ねた。黒服は彼女は予定の時間にすでに予約が入っていると言う。彼女が今空いている時間は午後4時からと言う。ぽんこつマンは今日の夕方には大阪に戻るので、残念だがその子は無理と納得した。黒服が何人もの他の女の子の写真を見せてを勧めてくる。その中で可愛い、おっぱいが大きい、サービスがいいと言う子を選んでみた。

待合室で彼女が降りてくるのを待った。20分くらい待合室でコーヒーを飲んでエロ雑誌を眺めていると彼女が来た。手をとって彼女が個室へ案内する。部屋に入ると源氏名を名乗ってすぐに濃厚なサービスが始まる。「即尺」というサービスだ。まともな会話もなく始まってしまった。ぽんこつマンは最初はしばらくゆっくり一緒に座ってイチャイチャしてLOVE感を高めてから始めるのが好きなのだが、彼女のサービスはひたすら早く攻めることだったようだ。彼女はぽんこつマンが履いているパンツとブリーフを剥ぎ取るとすぐにぽんこつマンの肉棒を咥えてくる。激しくフェラチオを繰り返す。そのままぽんこつマンをベッドに倒し、上半身のシャツも剥ぎ取り彼女も素早く一糸纏わぬ姿になった。

そしてまず一回戦。最初は騎乗位だったが、彼女はすぐに騎乗位を止め後背位を要求する。コンドームの厚みのせいか、最初の強引な入り方が気になったのか、なかなかフィニッシュに至らない。10分くらい後背位を続けているうちに彼女の顔がどんどん不機嫌に変わっていく。フィニッシュしないうちに彼女は行為を止め、お湯を張った風呂にぽんこつマンを案内する。体は洗ってくれたがかなりやる気がないようだ。そして洗い終わるとベッドに戻るようにポンコツマンを促す。

彼女もしばらくするとベッドに戻ってきて改めてぽんこつマンの肉棒を咥えて上下に動く。肉棒が膨張したところでまたもやコンドームを装着して今度は正常位でぽんこつマンに挿入を促す。挿入すると彼女はすぐに呻き声を上げるが、いかにも演技とすぐにわかる。

ぽんこつマンが彼女のオッパイを弄び身体を合わせに行ったら、彼女はとっさに嫌そうな表情を浮かべて、顔を背ける。ぽんこつマンはその時、彼女がサービス上手という話はただただ性急に行為を求める淫乱女を演じるということで、ぽんこつマンが期待するラブリーな入り方では無いと分かって一気に気持ちが萎えてしまった。

そのまま肉棒を彼女の膣から抜き取り、「OK、もういい」と言ってシャワーを浴びた。そして時間になるかなり前に部屋を出た。彼女はぽんこつマンがシャワーを浴びている時にすでに黒服に連絡を入れていたようで、階段を降りていくと階下で待っていた黒服が待合室にぽんこつマンを案内する。そしてアンケートを書いてくれと言う。

ぽんこつマンは、今回の女の子はサービスする方向性がぽんこつマンの期待とは真逆だったことをアンケートに沿って記入した。黒服がそれをみて、ぽんこつマンに詳しい話を聞きたいと言ってきた。ぽんこつマンは個室に入ってからの一部始終を話した。黒服は「申し訳なかった」といい次回の高額割引券をぽんこつマンに渡した。ぽんこつマンは関西から来ているから、次はいつになるか分からないと話したが、黒服はその割引券に期限はないと言っている。まぁ、今回の突入は成功とは言えなかったが、福岡に来れたことは良かったとしようと思った。

帰りの飛行機は、17時代。フライトまでは相当時間が余っていたので、中洲のソープランド街をぐるり回ってみた。どこも呼び込みが凄かったが客は多いとは思えなかった。ホテルに預けていた荷物を取りに行ったのは14時ごろ、その足で地下鉄祇園駅まで行き、空港に向かった。

チェックインを済ませて、テレビですでに話題になっていた国内線3Fにあるラーメン滑走路(https://shop.fukuoka-airport.jp/store/ramen/)に行ってみた。バンコクにも出店している博多一幸舎もある。しかしぽんこつマンは、その隣の隣にあった屋台ラーメン玉龍に入った。ラーメンのスープが豚骨であることは同じだが、昔仕事で訪れた時、飲んだくれた後に入った屋台のラーメンに一番近い写真にぽんこつマンは惹かれたんだと思う。ぽんこつマンの博多ラーメンのイメージには赤い紅生姜のトッピングが欠かせないところだが、一幸舎の写真には紅生姜がなく、上品なイメージなのだ。バンコクで食べる一口舎のラーメンも上品な味に纏まっていて、パンチが弱い気がしていた事もあったかもしれない。

今回の博多1泊2日の突撃ツアーは、一人旅だったので博多の夜を十分に楽しんだわけでもない。そもそもの目的の中洲ソープランド突撃も、女の子のサービスがあまりにマニュアル的だったので満足できるものではなかった。ただし博多の街の風情はやはりぽんこつマンには心地いい。いつかまた、博多美人に普通に会ってLOVEを感じれるような出会い旅を計画したいものだ。