チェンマイでシーフード①

ぽんこつマンはシーフード好きでもある。チェンマイといえばタイ北部の県で海は無く、シーフード とは程遠いという印象だが、なかなかどうして以外にシーフードレストランは多くあるのだ。チェンマイ をタイのベースにしてからもう15年以上になる。これまでいくつかのシーフードレストランに好んでいくことが多かったが、今回紹介するところは、2019年から気にいっているシーフードレストランである。

その名はメーペンシーフード (Maepen Seafood)。チェンマイを流れるピン川を市街から上流へむいて左岸を上り、ラタナコーシン橋を過ぎて300mほどさらに進むとそのシーフードレストランはある。

エビ、蟹、帆立、牡蠣など、メニューが豊富。特に大型のリバープラウン炭焼きが名物らしくそれを注文する客が多い。焼きエビの味噌がなんとも旨い。生エビも生牡蠣も鮮度が抜群。ビールのあてに必ずと言って頼むトートマンクン(エビのすり身揚げ)も旨い。

金額的には決して安いとは言えないが、そのロケーションの良さも考慮すると高いと思わない。バンコク より割安な印象だ。ぽんこつマンの連れ合いも息子もシーフードは好きで、月に一度は訪れたい店になっている。

2020年3月31日にチェンマイ を離れて、日本に戻ってから2020年8がつ時点で未だタイへ行く空路は開かれていない。タイ民間航空局の発表では現在の制限は無期限と言っている状態だ。次にこの眺めの良いシーフードレストランで食事できる日がいつ来るのか全くわからない。

WINE CONNECTIONセントラルフェスティバルチェンマイ 店でランチ&デザート

ぽんこつマンがチェンマイにいる時は、連れ合いと息子の3人でセントラルフェスティバル(http://www.centralfestival.co.th)によく出かける。2013年11月に開業してから、チェンマイで最高級(タイでいう高級は=高額)で最大のショッピングモールとして、ローカルのタイ人にも憧れを含めて人気が高い。

ぽんこつマンが住んでいるチェンマイ郊外の家からもそれほど遠くはなく、連れ合いと知り合った頃の彼女のアパートの近くという場所なので馴染みがある。セントラルグループのショッピングモールには、トップマーケットが必ず入っていて手に入れにくい欧米からの輸入食料品の品揃えも良く、ここチェンマイでもお金さえあればそれなりに欧米並みの生活を楽しむことができる。

外食をしたいと思った時に、とりあえずという感じでセントラルフェスティバルに行けば、和食からタイ料理、ビュッフェ、MK、焼肉などいろいろレパートリがあり、なんなりと食べることができる。ここは特別と言った店は少ないが、平均点以上だとぽんこつマンも思っている。

2020年2月中旬、チェンマイではまだコロナ騒動が本格化していない頃に、セントラルフェスティバルのグランドフロアにあるWINE CONNECTION(https://www.wineconnection.co.th)に連れ合いと息子の3人で遅いランチを食べに行った。チェンマイでレストラン併設のWINE CONNECTIONは、他にプローメナーダー チェンマイにもあり、何度かそちらも行ってみたが、サービスの面ではセントラルフェスティバルの方が高い感じがして、最近はセントラルフェスティバルの方ばかりいくようになった。

WINE CONNECTIONは、バンコクに21店舗、その他プーケットやサムイ島などタイ全土で33店舗あるんだそうだ。シンガポールにも1店舗あるみたいです。息子はまだ13歳なので当然お酒は飲めないが、甘いもの大好きなのでデザートメニューにぞっこん。

この日は、昼間からコート・デュ・ローヌの赤を1本頼んで、ぽんこつマンはビーフ、連れ合いは羊、息子はパスタ、海老のアヒージョは前菜で3人で摘まんだ。そしてデザート、チョコレートケーキを2種と、毎回の定番クレームブリュレを3人でシェア。

タイは輸入食材には高額関税がかかっていて、ワインもチーズもオーストラリアからの肉も日本で買うよりかなり高い。ワインなどは日本の値段の約3倍近い。それを調理して提供するレストランでの値段も長治のだが、このWINE CONNECTIONでは、極端に高いということはない値段で提供されている。味もまずまず、サービスは悪くない(タイではウェイトレスやウェイターが仕事中にふざけあったり、話に夢中になったり、スマホで遊んでいたりする光景を多く目にするが)。

タイで日本のような完璧なサービスを期待することはほぼ無理と思うが、このくらいならまぁいいかというレベルでいいから、気安くリピートできる店として今後も残っていって欲しいものである。

チェンマイの家族座敷のある日本食レストラン花輪

このレストランに初めて行ったのは2017年頃だったろうか?息子が通うバリーチェンマイスクールに連れ合いと二人で迎えに行った帰りに、どこかで日本食を食べようという話になり、ググったのがきっかけだったような気がする。

場所は、セントラルエアポートプラザに面したマヒドン通りと交差するThipanet Rd. を北に500mほど進むと右側にあるオールドチェンマイ カルチャーセンターの駐車場の北隣にある。

チェンマイ にも日本食レストランと看板をあげている店はいくつかあるが、居酒屋形式の店がほとんどで、メニューも限定的なものが多かったが、この店は刺身の舟盛りからたこ焼き、カレーまでメニューは豊富だった。ぽんこつマンが好んで飲む冷えた日本酒もいくつかあり、刺身の鮮度も悪くはなかった。値段がローカルのタイ人には少し高めだったのか、行き始めた頃は、客も少なく落ち着いて食事を楽しむことができた。

当時は同じ敷地内に、とんでもなく高い値段でスコッチウイスキーをショットで売るバーをはじめ、中華料理店やカフェなどがあったがいずれも高額店で、オールドチェンマイ カルチャーセンターに来る団体観光客の嗜好に合わないのか、それらの店はどんどん閉店して新しいテナントも入っていない状況だった。

2019年12月に久しぶりに連れ合いと息子の三人で日本食レストランへ行こうということになり、花輪に向かった。時間は学校に息子を迎えに行った時間が17:00だったので店に入ったのは6時前だった。

時間がまだ早いにもかかわらず、ほとんどのテーブルが埋まっている。カウンターにも客が座っている。なんとか四人掛けのテーブルが1つ空いていて座ることができたが、店がてんてこまいになっている様子。メニューが運ばれてきて、なんとなくなぜ混んでいるのかの理由がわかった。タイでは大人気のビュッフェメニューがある。そのメニューに載っているものはどれだけ食べても一定の金額で会計できるシステムだ。

ぽんこつマンも連れ合いも腹一杯食べたい派ではないので、アラカルトメニューに比べ味が落ちるのでビュッフェメニューは嫌いだった。ぽんこつマンはそこでアラカルトメニューからいくつかを選び注文した。

注文してから酒とお茶はすぐにやってきた。しかし刺身や寿司、海藻サラダや天ぷら、ナスの田楽などの料理は30分待ってもいっこうにやって来ない。他のテーブルにはサーモンの刺し身やタイ人が好みそうな料理がどんどん運ばれていく。全くこちらのテーブルの料理が忘れられているかのようだった。

ぽんこつマンは給仕係を呼んで、どうしてこちらの注文したものが来ないのかを尋ねてみた。答えはなかったが、しばらくして注文していた簡単に出せそうな4品がやってきた。サーモントロの刺身、サーモンの刺身、マグロの刺身、そして海藻サラダだ。サーモンの刺身やマグロの刺身はビュッフェメニューにもあるがサーモントロがビュッフェメニューにはなく、ビュッフェメニューの客の注文をさばくだけで厨房が手一杯になっていたという感じがした。

魚の鮮度は特に問題がなかった。刺身の厚さは日本とは大きく違っていて、1cm 以上の厚みがある。マグロの刺身を摘んだ時、骨が身についていた。こんなことがあれば日本では大問題だが、ここはタイ、ローカルはそんなことは気にしないのかもとは思ったが、日本食と看板を掲げているのだからと一言言っておいた。

牡丹海老の刺身が最初の4品に遅れること20分で次に来て、さらに30分後ようやく焼き物、揚げ物がやってきた。店内はビュッフェを頼む客がひっきりなしに接客係を呼び注文を入れている。19:00を回った頃には入りきれない客待ちも出ている。

ビュッフェスタイルは、別の調理スタッフがとあるところに並べて客がそれを撮りにいくスタイルでやってもらいたいものである。ぽんこつマンは、このレストランがビュッフェをやっている限りは、きっと行くことはないだろうと思った。客が来なくなるとビュッフェで売り上げを維持しようとするタイ式レストラン経営術は、常連の客を失い、そしてビュッフェ好きの客をも、新しいビュッフェの店に盗られた後、どんな策で経営を回復するのだろうかと不思議に思ってしまった。

チェンマイの老舗イタリアン

2019年12月の末に連れ合いと息子と一緒にイタリアンに行こうということになった。連れ合いとは知り合ったばかりの頃、チェンマイのフレンチとかイタリアンに行ったが、息子ができてからはチェンマイでフレンチやイタリアンには長らく行っていなかった。

選んだ店は、アルコバレーノ イタリアンレストランという店で、リバーサイド、グッドビューといったチェンマイ ではピン川沿の有名レストランからそれほど遠くない場所にある店だ。

広い敷地の奥に白い住宅風のレストランがあり、店の前にある敷地が駐車スペースになっている。事前に予約を入れていた時間は18:00。店についた時には、タイ人女性二人がいただけで、静かだった。ダイニングスペースはかなり広く、ぽんこつマンが案内された席は入り口を入って右奥のテーブルだった。入り口を入って左奥はカウンターバーになっているようだった。

前菜にあさりのワイン虫と蟹のグラタンをシャアした。メインは、フォアグラステーキ、スパゲッティペスカトーレ、スズキのグリルをシェアした。デザートはティラミス。ワインはプリミティーボメルローを頼んだ。テーブルに料理が運ばれてくるタイミングもちょうどいい。店主と思えるタイ人の初老の男性がワインをサーブしてくれる。静かにゆっくりと即時の時間は流れていく。

味付けは、イタリアンという割にはあっさりしている。ぽんこつマンが食事している間に、日本人の初老の客が2組、白人の老人が1組、タイ人男性二人が最初に来ていたタイ人女性客に合流していた。1組の日本人はこの店を贔屓にしているようだった。客層の年齢層が高いこともあるのか塩分控えめ、オイル少なめ、ガーリック控えめの印象が強かった。健康のためにはこれくらいの控えめがいいんだろうなぁと思った。

2019年年末のイタリアンディナーは乾季のピン側のように静かに流れていった。

2019年12月チェンマイ金曜朝市に行ってみた。

2019年12月ぽんこつマンの連れ合いが金曜朝市に行ってみる?と突然言ってきた。最初に連れ合いと知り合った頃、よくナイトバザールが開かれるエリアの近くにちょくちょく出かけていたが、15年程前にチェンマイ市内からかなり離れたところに家を建てたので、朝早くそのエリアに出かけることはなくなっていた。

元々はチンホー(馬に乗った中国人隊商)のたまり場だったムスリム街での朝市らしく、山岳民族などが売り手の中心なので、売っているものも変わっている。連れ合いの出身もチェンライ県の山間部で、ヤオ族やアカ族の集落があり、昔中国の雲南あたりから移動して住み着いた中華系の人もその山間部に多く住んでいて、彼女の田舎に行ったときにおよそタイ語とは思えない言葉が飛び交っている状況を何度も目にした。

そんな彼女が、久しぶりにその田舎にもあるという麺料理を食べたくなったということで、久しぶりにその朝市に出かけることにした。ピン川にかかるナラワット橋を東から西に渡り、左手にあるチェンマイ 仏教協会にある駐車場に車を停めて歩いて朝市に向かう。チャロンプラテートアレイ1へ入り、150mくらい歩くと左手にその金曜市場はある。

連れ合いは左の写真のものを食べる。ぽんこつマンは無難にその隣にあった麺屋でバーミーナームを頼む。左の料理の名前は思い出せない。その朝市には、他の食べ物もいろいろある。

ぽんこつマンは左のカノム(お菓子)も食べた。

羊の肉、豆腐、野菜、ソーセージなど、タイ山岳民族ゆかりの食材が多く売られている。行ったことはないが、中国雲南省西双版納のタイ族、ヤオ族の市場もこんな感じなんだろうかと思った。

サミット・グリーンバレー・チェンマイでゴルフ

ぽんこつマンのタイでのベースは本来チェンマイ である。チェンマイには連れ合いと一人息子が住んで居て、ぽんこつマンもゴルフメンバーコースもある。チェンマイには2004年くらいから頻繁にくるようになっているが、市内からかなり離れた郡部に家を建てて、そこに住んでいるのである。家は一般にムバーンと言われる住宅地の土地を購入し建てるのだが、ぽんこつマンのチェンマイベースの家は、そのムバーンの中では敷地は広い方で133タランワー(タランワーとはタイの土地の広さを表す単位で日本でいうところの坪みたいなものだ。1タランワーは4㎡、100タランワーを1ンガーンといい、400タランワーを1ライという。

タイでは外国人個人がタイの土地を所有することは許されていないので、名義はタイ人の名前で登記することになる。ぽんこつマンは連れ合いの名義で登録している。連れ合いと知り合って17年、今は仲が悪いとまでは言わないが長く付き合っていく上で、問題が起こらないとは限らない。すでに今は恋人という感覚ではなく、一人息子の母親としての関係である。

土地と建物を郡役場で登記をした際に、名義は連れ合いのものにしたが、ぽんこつマンの住居として30年間の居住権と再延長の権利を保証する特約も設定されているので、ぽんこつマンがそのチェンマイの家を追い出されることはないことになっている。

今から10年以上前にそのチェンマイ ベースの家に近いチェンマイグリーンバレー(http://www.summitgreenvalley.com)のメンバーシップ(25年限定)を買っていて、ゴルフしたくなれば、一人でエントリーして一人でプレイできる。会員券を買った当時は、タイ人メンバーと日本企業のメンバーが多いコースだったが、それからしばらくして、タイサミットグループにコースが買収され、1年、3年メンバーシップなども売られるようになり、韓国人のリタイヤメント長期滞在者のメンバーが増え、韓国のゴルフツアーバスも来るなど、一時期韓国人に占拠されたかのように、韓国人の我が物顔プレイが目立つようになり、しばらくプレイしないようになった。

チェンマイの乾季は11月から2月だが、山岳農地の山焼きのせいかどうかはわからないが、ここ5、6年前からPM 10の濃度が毎年激しくなってきていて問題になっている。特に今年の2020年に入ってからの状況はさらに厳しい状況になっているようだった。

韓国人のゴルファーの多くは、サミット・グリーンバレーの短期会員の期限を過ぎて再購入していないようだし、ツアーバスで大挙してくることも減ったみたいで、今年に入ってからはPM 10以外の問題は無くなって全くストレスなくラウンドできている。

プレイ日は2020年3月11日、すでに暑気に入って昼間は35度越えの暑さでゴルフは早朝からのスループレイで11時までには終われると最高だ。芝の状態も、最近オキニになったキャディーの愛らしさも、悪くない。いつかこのオキニキャディーと19番ホールを楽しみたいとさえ思う。

スコアは、大体いつも同じだがこの日は102、もう少しで100を切れるかもという感じになってきた。このコースは、フロントティー(白マーカー)からでも距離のあるパー4、200ヤード越えのパー3などヘッドスピードが上がらないポンコツマンにはハードなコースなのだ。

しかしこの日の空気汚染度は、233、非常に健康に良くないという表示が出ていた。バンコクも毎日の大渋滞とかで大気汚染はひどいが、それでもせいぜい100台。なぜ、車の交通量も工場も少ないチェンマイ の郊外でこんなに大気汚染がひどいことになっているのか?

タイ政府は3月18日にコロナ感染症の拡大を懸念してバー、パブ、カラオケ、マッサージ、ナイトクラブの営業禁止を決めるのだが、コロナで体を壊すことより、タイの特に北部タイの大気汚染に対して何の対策も講じてこなかった。タイでの狂犬病やマラリア、デング熱、チクングニア熱などの感染症の撲滅にも全く力を入れていない。プラユット陸軍大将がクーデターで民主政権を乗っ取ってから官憲の威圧的態度は増しているが、地方での民間の活力は伸びていない気がする。人民への政治的貢献をせず、官憲の汚職と権力悪用は以前より激しくなっている気がする。

世界からの圧力により久しぶりに昨年国会議員の総選挙を実施したが、当選した議員の当選を無効にしたりとやりたい放題のプラユット独裁政権。中国の習近平政権、韓国の文在寅政権、北朝鮮の金正恩政権とアジアに知るだけで4つの独裁政権があることはアジアの不幸でしかないと近頃強く思う。

タイ王室御用達イタリアンでタイゴルフツアー打ち上げ会

2020年2月23日、日本からかつての職場に同期入社した仲間たちのタイゴルフツアーの打ち上げ会をジャンニ・リストランテ(https://www.giannibkk.com)で行われた。開始時間は19:00だったがぽんこつマンがそのレストランに到着したときには、仲間たちはすでに先入りしていて、スパークリングワインを始めていた。

ぽんこつマンも初めてのリストランテだったので遅れてはいけないと思い、コンドを18:00に出てGrab car で向かっていた。ぽんこつマンがそのリストランテが入っているザ・アテネホテル・バンコク(https://www.marriott.com/hotels/travel/bkkla-the-athenee-hotel-a-luxury-collection-hotel-bangkok/?scid=bb1a189a-fec3-4d19-a255-54ba596febe2&y_source=1_OTM1NDc2OS03MTUtbG9jYXRpb24uZ29vZ2xlX3dlYnNpdGVfb3ZlcnJpZGU=)のエントランスに着いたのは18:40、少し早いと思ってその周辺を散策して18:55に店内に入ったのだが、仲間たちは、彼らが泊まっているブリストン スワン パーク ビュー ホテル(http://www.blistonresidence.com)で予約時間を待ちくたびれたので30分早めに出たらしい。彼らの宿泊するホテルのちょうど裏手にあるのがザ・アテネホテル・バンコク。10分も歩けば着いてしまう。

このリストランテを予約したワイン通のS氏を始め、今回バンコクに集まった仲間はみんなワイン好き。ひとりボトル1本は平気で飲める。ぽんこつまんが到着した時には、最初のスパークリングはもう空いていて、次の赤ワインをS氏がメニューで選んでいるところだった。

ぽんこつマンが着席すると直ぐにコース料理の前菜が運ばれてきた。パンチェッタで巻いた海老とホタテの前菜だった。そしてパスタを挟んで、メインが2品、フォアグラと羊。

どれもしっかりとした味付け、いかにもヨーロッパといった濃い味でワインがガンガン進む。3本の赤ワインもあっという間に空いてしまう。そしていよいよグラッパの時間。日本のイタリアンリストランテでは、必ず最後にグラッパを貰っていたが、タイでグラッパを頂くのはこれが初めてだ。

グラッパは最初にグラスでもらって、デザートのティラミスを頂く時にエスプレッソにグラッパを入れて貰った。タイでここまでちゃんとしたホスピタリティーと完璧といえるイタリアンらしい深い味わいの体験は初めてだった。

一人当たりは6000baht を超えていたが、十分に満足できるないようだとぽんこつマンは思った。ここに連れてきてもいいと思えるタイ女性に早く巡り会いたいという無謀な欲望が芽生えた1日になった。

グリーンバレーチェンマイの姉妹コースウィンドミルで初プレイ

2020年2月21日のナバタニゴルフコースでのプレイで長年使ってきたドライバーのカーボンシャフトが割れて、使えなくなった。ぽんこつマンがメンバーのサミット・グリーンバレー・チェンマイ・カントリークラブの姉妹コースであるサミット・ウィンドミル・ゴルフクラブでのプレイを23日の日曜日に4人1組で予約を入れていたので、どうしてもドライバーを新たに見つけないといけないと思い、22日にタニヤにあるゴルフプラザに出かけた。

そこには新品はもちろん日本からの中古クラブも多数揃っている。近頃のドライバーを知らないぽんこつマンはいくつかのメジャーブランドのものを見たが、ほぼ3万バーツに近い価格に驚いた。ぽんこつマンはゴルフは好きだが、最近は昔よりさらにヘッドスピードが遅くなったのかドライバーでも200ヤードがやっとになっていて、距離の長いパー4のコースは2打では絶対にオンできない。だからそれほどドライバーにお金をかけても価値がない。

そこでぽんこつマンは、中古ではないが値が張らないものはないかと探してみた。店員が何を探しているかと聞いてきたので正直に「値が張らないお買い得で使いやすいドライバーを探している」と言ってみた。すると店員はカタナゴルフのドライバーを勧めてくる。「真っ直ぐ飛ぶ、曲がらない、メイドインジャパーーン」と言ってくる。

ぽんこつマンがいくらか聞くと「9000バーツ」と言う。先ほどまで見ていたものの3分の1くらいなので、「まっ、いいか」と思ったので即決した。帰りに、3月いっぱいで店舗閉店予定となっていたカムイゴルフのショップで1本3000バーツで売っていてこれでも良かったと残念に思ったが、もう買ってしまったので仕方ない。

23日のスタート時間は朝6時50分だったので21日と同じようにGrab car をあらかじめ予約した。サミット・ウィンドミル ・ゴルフクラブ(http://www.summitwindmillgolfclub.com)は初めて行くが、バンナーなので朝の渋滞とは逆方向。しかも日曜なので20分で着けるはずと思い、5時50分に予約した。

12月、1月のタイの気候はゴルフに最も最適。朝は少し寒い日もあるくらい。しかし2月下旬ともなると、乾季から暑気に季節変わりする頃で、中にはすごく暑い日もある。23日当日は幸にも幾分涼しくプレイにはもってこいの気候だった。

Grab car がクラブハウスに着いたときには、他の3人は既についていてチェックインを済ましていた。ぽんこつマンも早速チェックインして、パター練習グリーンに急いだ。予約を入れた時は、7時台、8時台、9時台はすでに一杯で6時50分スタートか11時台しかないと言っていたが、ぽんこつマンの組の後ろがすぐ後に来ている感じはなく、スタート時間の10分前に1番ホールの前で記念撮影をして、スタートした。

18ホールスループレイで前の組も無く、後ろからも追いついてくる組もない。大変プライベートなプレイになった。ぽんこつマンのスコアは、あいも変わらずダボペースだが、ドライバーショットは21日よりも良くなったと同伴競技者は言ってくれた。この日はパターも良かったが、INコースに入ってからウォーターハザードに3回入れてトリプルボギーが4つあった。後はパーが2つ、バーディーが1つ。トータル104で上がった。

シャワーを浴びアウトサイドのビアガーデン・レストランで乾杯したのは、まだ朝の10時を回ったばかりの時間。プレイ後の朝のビールは格別うまい。帰りもGrab car で替える予定なので少しよっても構わない。最初はビアシン派だったH氏もビアチャンも気に入ったらしく、みんなでビアチャン大瓶を20本近く飲んだ。

12時前にクラブハウスを出てぽんこつマンの住むコンドに戻ったのは1時前だった。この日のゴルフは、タイならではの蒸し暑さも無く清々しい1日だった。日本からタイゴルフツアーを企画してやってきた友達の中には21日から4連続で明日もプレイを予約している仲間もいたが、ぽんこつマンの身体はすでに2日連続も厳しくなっている。1日休みを入れても体が結構きつい。女の子とのエロごとは、毎日でもいいのだが……..。

2月29日にはチェンマイ に戻る。チェンマイに戻ったら、お気に入りのマッサージ師がいるマッサージ屋がある。ヌアット・センといって筋肉の張りを解してくれるタイ式マッサージの一種だが、センとは日本語でいうところの筋の意味だろうとポンコツマンは思っている。そこでゆっくりマッサージを受けたいと思った。

バンコクおきに嬢とひさびさ焼肉&ケーキデート

2020年2月27日、タイでもコロナ感染のニュースが神経質に毎日報じられるようになっていた頃で、「25~38歳のタイ人男女(男性5人、女性6人)のグループで、一部が2月21日にタイ国内で香港人旅行者と接触した。その後、2月27日、29日にパーティーを開き、酒を回し飲みするなどした。」という報道がなされた時期である。このあと3月18日からバー、カラオケ、クラブの営業禁止はもちろん居酒屋、レストランでも酒類の販売の規制がされることになるのだが、まだ27日はバンコクのバー、カラオケ、クラブで働くレディーの頭の中には、その先に起こる失業を想像するものは皆無だったと思う。

その頃ぽんこつマンは、タニヤのカラオケクラブからスクンビット23のヤングプレースという商業ビルに入っていたCalmというラウンジクラブに昨年の12月から移籍したタイ人の女の子に少しでも一緒にいる時間を作りたいという気持ちになるほど入れ込んでいて、毎日LINEで彼女とデートする約束を作ろうとしていた。

そして2月27日11:30A.M.に彼女から「WASEDA」 という日本語学校に通っている側でお昼を食べるけど、会いにくる?」というLINEのメッセージがあり、即答で、「行く」と応えて急いで部屋を出た。ぽんこつマンが住んでいるコンドから彼女が日本語の勉強をしている「WASEDA」という日本語学校があるBTSチョンノンシー駅までは、電車を乗り継ぐだけで行けなくは無いが、何しろ時間がかかる。お昼の時間が終わるまでは1時間ちょっとしか残っていないから、「ここはGrab carで!」と配車アプリで手配した。Grab car のアプリにはあらかじめクレジットカードを登録しているので、財布を忘れても乗ることができる。

この日は慌てて、部屋に財布を置き忘れてGrab carに乗ってしまった。目的地について登録してあるクレジットカードから料金を支払って降りることができたが、彼女がいる店が見当たらない。既にその時はかなり冷静さをなくしていた。彼女に店の場所を聞くが、Google mapにあるポイントで降りたところが少しずれていて、周りにいる人に店を訪ねるが、教える店の位置がまともに帰ってこない。グルグルその界隈を歩き回り、BTSチョンノンシーの駅を挟んだ反対側にも行ったりして、また元の位置に戻って人に聞いてようやく彼女のいる店にたどり着いた。彼女は食事を既に済ませていて、少し不機嫌になっていた。「遅い!」「ごめん、場所がすぐに分からなかった。財布を忘れてきたので、ご飯を食べれない。」という会話のやりとりをして「いったん部屋に戻って財布を取りに帰る。」と伝えてまたGrab car を呼んで部屋のあるコンドに戻った。

そして部屋から彼女にLINEを入れたら、夕方5時に彼女が働いているラウンジクラブの入っているビルの入り口近くにある焼肉屋「燦 きらび 」で焼肉食べたいと連絡がきた。ぽんこつマンはすぐさま「OK」と返す。

既に午後3時を廻っていたのでシャワーを浴びて、デートの準備をした。今度は財布を持ったかしっかり確認して、午後4時に部屋を出た。夕方のバンコク は大渋滞。いかにGrab car でも渋滞はかわしようが無い。比較的渋滞の少ないペップリ通りを進み、スクンビット55(トンロー通り)へ。そこからサミティベートスクンビット病院の前を通り、スクンビット39、ペッピーナスクンビット本店があるPhrom Chit Alleyを通って、ヤングプレースの手前にあるセブンイレブンの前で降りた。時間は4時45分。コンビニの外にあるATMで現金を引き出して、焼肉屋「燦 きらび 」に向かった。

彼女は既に、ヤングプレースビルの入り口にある硬い椅子に座って待っていた。焼肉屋「燦 きらび 」の開店時間は17:00だが5分前になっていたので店に入った。焼肉屋「燦 きらび 」スクンビットは全てが個室スタイルで、プライバシーが守られる。今回は一番手前の個室。クラブやバーの女の子と同伴出勤するには向いている店だ。肉も和牛で美味しい。

アサヒ生ビール49バーツ、最上級黒毛和牛上カルビ290バーツと良心的価格も嬉しい。彼女は焼肉と刺身・寿司が大の好物とのことだで焼いても焼いてももぐもぐ食べる。太りたく無いから、焼肉は月1から2とのことだった。この店は、タニヤにあるしゃかりき432の炭火焼肉432(シミズ)より割安で肉質もいい気がする。さらに個室というのもぽんこつマンには嬉しい。

この店で約2時間焼肉を食べ続けて、ぽんこつマンは腹いっぱいになった。彼女にデザートを勧めたら、店を帰るという。そこは、彼女がスクンビット23の店に移ったばかりの頃一度探したが見つからなかっと言った店で、Iwane Goes Nature(https://www.facebook.com/Iwane1975)という店。

彼女はデザートを2品注文しこの店自慢のジンジャーエールでペロリと平らげる。ぽんこつマンはダブルエスプレッソのみ。焼肉と甘いデザートを2つ食べてご機嫌な顔になっている彼女(この時は少し木村文乃似風)を見るのがぽんこつマンの幸せになっている。

本当は、同伴するつもりは全くなかったが、幸せそうな彼女の顔をもう少し見たくなって同伴出勤にしてもいいと彼女に行った木曜日の夜だった。彼女の勤めていたラウンジクラブCalmはしゃかりき432の社長が経営する日式ラウンジで、日本人キャストがメインの店だったが、3月18日のバー、カラオケ、クラブ、などの酒をメインで提供する店の営業が禁止となり、店は締めたようだった。

彼女はその後長い失業状態に入る。今はまたそのラウンジがあった場所を改めてシステムを少し変えて営業しているようで、仕事に戻れているようだが前ほど客がくるはずもない状態が続いているらしく、いつまでその店で働いていけるのかも分からない。

バンコクの名門といわれるナバタニゴルフコースで久々プレイ。

2020年2月下旬、日本からかつて同じ会社で働いていた同期がタイゴルフツアーを企画してやってくることになった。ぽんこつマンは2がつはチェンマイにいたのだが、彼らがくるということでバンコクでゴルフを一緒にプレイすることになった。

当時、既にコロナ禍はヨーロッパに多くの感染者を出し、イタリアでは12,462人の感染症例を確認し、827人が死亡し、集中治療室に入院していた患者数は1,028人に増えていた。WTOは国際的「緊急事態宣言」を1月30日にようやく発出したこと、日本でも2月3日に感染者が確認されたクルーズ船が横浜に入りニュースの話題をさらっていた。

タイゴルフツアーに参加するメンバーからも予定の時期にタイへの入国が可能なのかという不安のLINEチャットが頻繁に入るようになっていたが、一番遅く2月20日にタイに入国を予定するする最後のひとりも無事にバンコク入りができたようだった。

ぽんこつマンは2月20日チェンマイからバンコクへタイVetjet で移動した。バンコクの部屋にもゴルフクラブを置いていたので、荷物はハンドキャリーだけで当時のVetjetのフライト料金は片道500baht(税金込)くらいで手配可能だった。

乗客もクルーもすべてマスク着用、空港に入る時も搭乗する時も非接触の体温チェックがあった。既にアメリカは中国滞在者の入国禁止を1月31日に発表していたが、当時のWHOの姿勢は渡航と貿易の制限を適応しないよう助言していたこともあり、当時のタイ政府の姿勢はWHOの姿勢に従うというものでタイ国内の移動もタイへの入出国も制限の対象外だった。

ぽんこつマンは、18時にはスワナブーム空港を出てバンコクの部屋にタクシーで向かった。明日のナバタニでのゴルフはティーオフタイムが10時頃だったので、朝のバンコクの渋滞を考慮しても8時に起きて8時半にGrab car を予約しておけば問題なかった。

ぽんこつマンの部屋のあるコンドからナバタニーゴルフコース(http://www.navatanee.com/jap/course.html)までは、朝の渋滞とは逆コースだ。少し混んだとしても40分もあれば十分に着く。昨晩事前予約していたGrab car は朝8時30分にロビーに降りた時には既に到着していてぽんこつマンを待っていてくれていた。

待っていたのはトヨタアルティスの白。まだ新車だ。ゴルフバックをトランクに積み、後部座席に座利、ドライバーに「サワディーカップ」とタイ語で挨拶する。Grab car のドライバーはタクシーのドライバーと違って不機嫌だったり、イラついていたり、洗い運転をすることはない。今までに紳士的でないGrab car のドライバーにあったことがない。料金もメータータクシーで渋滞分を考えると同じかむしろ安いかもと思えるくらいだ。

8時55分にナバタニのクラブハウスの前にGrab car は到着した。既に日本からのゴルフツアーメンバーは到着していた。ゴルフバッグを預けてチェックイン、クレジットカードでプレイフィーを支払い、ロッカーに着替えを預けてすぐにパター練習に向かった。

このコースは、ぽんこつマンがまだ現役でバリバリ仕事している時代、オーストラリアへの出張の中継地としてバンコクに泊まる時にプレイしたコースの1つだ。ぽんこつマンは、ロバート・T・ジョーンズ・Jr. が設計したコースが好きで、アメリカでも、ハワイでも、日本でも彼の設計コースを好んでプレイしてきた。

バンカーやハザードのレイアウトが実に巧妙でかつ美しいコースが多い。以前来た時にはコースキャディーの女性(若い女の子はいなかった)の助言や心遣いに感動した。タイのゴルフの楽しさには、若くて可愛くセクシーなキャディーがいるといるという事もあるが、このコースはさすがに国際的トーナメントコースとしての格を感じていた。

男5女1の6人で2組。スタート時間が近づいた。みんなで記念撮影をしてスタートした。プレーヤーひとりにキャディーがひとりづつついてカートを運転してくれるがタイでは普通。18ホールスループレイもタイでは一般的。

スタートは10分間隔で待たされるホールは無く、18ホールスループレイは3時間足らずで回り切れる。シャワーを浴びてレストランでプレイを振り返りながらのビールはどんな時でも格別だ。ぽんこつマンがチェンマイにいる時はいつもひとりでエントリーするので、ゴルフコースのレストランでビールを飲むことはまず無い。

ダブルボギーマンのぽんこつマンのスコアは相変わらず良くは無いが、パーが2つあった事は喜ばしい。仲間とゴルフをするのも悪くは無い。ちなみにタイでのゴルフは既に日本より高額になっている。日本はバブル崩壊以降平日1万円くらいでできるコースが多くなっているが、タイではコースに払うグリーンフィー、キャディーフィーの他にキャディーへのチップ(バンコクでは300bahtが相場、もしキャディーのライン読みアドバイスでバーディーが取れた時などは500baht以上を渡しても良い)を渡すのが一般的、合計するとざっと2〜3万円は掛かると思う。

いずれにしても、懐かしい昔の仲間と年に1回バンコクで会えるということは幸せな事だ。2021年の2月は、まだタイ政府のコロナ拒否は終わっていないだろうと思われる。果たしてまたバンコクで昔の仲間とゴルフができる日はいつ来るのだろうか。

スクンビット41−43 にある81Barでラストまで飲む。

2020年2月27日、Tinder で知り合った女の子が勤めているというバーに行くことにした。その店の名は 81Bar(https://www.facebook.com/81bar.th/?_rdc=1&_rdr)。場所はスクンビット41と43の間の路地にある。ぽんこつマンは店がオープンする時間と聞いていた19:00を少し過ぎた頃に店に着いた。

普通のドアがない。コカコーラの扉が店に入るドアになっている。

一階はこんな感じ。

81 Bar Facebookから引用

最初は一階だけで営業していたようだが、この1階の奥に2階へ上がる階段があり、そこを登っていくとTinder で知り合った女の子が働く新しいバースペースがあった。

再々来るかもわからなかったが店の雰囲気が良かったので、ジンのボトルを一本入れた。最初はゆっくりのペースで飲んでいたが、夜の10時ごろ彼女がダーツで遊びたいということで、勝負することにした。ゲームしている時は飲まないことが多いのだが、それから4時間ずっとダーツをして午前2時になりカウンターに戻ったらダーツを始める前には5分の3は残っていたボトルが空になっていた。女の子たちにはそれぞれ別のドリンクをご馳走していたのに、誰が飲んだかよく分からなかった。やられたかなと思ったが、まぁ残していても次いつ来るともわからないからボトルが空になったからと嘆かない。タンカレージンのボトルが2400Baht、あとはミキサー300baht、テーブルチャージ1時間300baht、7時間居たとしても会計が20,000bahtになる理由が分からなかった。女の子のドリンクが1杯250bahtとしても40杯飲ませたとは思え無かったが、次来るときは飲み過ぎに注意ということでここは静かに帰ることにした。

まぁタイには、ボッタクリが文化としてありますので、読者の皆さんにも注意してとお伝えしたい。自分の計算より2倍から3倍の金額の請求はボチボチある。残念なのはこの店のママは水商売を始めて1年も経っていない日系企業のOLからの転身者ということだったことだ。

そんなふうにチョクチョクぼったくりに合うポンコツマンですが、タイの夜の街には格別な何かがあって、また甘い誘惑に会いたいと思う。男とは悲しい生き物だとつくづく思う。

パッポン2ピンクパンサーで刺青なしの可愛い子に会った。

ぽんこつマンがバンコクにいる時は、よく飲みに行く。タニヤ・パッポンエリアはぽんこつマンが住んでいるところからかなり遠くなるので、ゴーゴーバーはソイカウボーイの店に行くことが多いが、タニヤのカラオケクラブで可愛い女の子に会えない時や、バーで飲んでいて女の子と話がしたくなったときにたまに出かける店がある。

ゴーゴーバーのダンサーの多くの嬢には、刺青を入れている娘が多いがぽんこつマンは刺青の入っていない肌が好きなので、いつもなかなか気に入れる娘は見つからない。特にパッポンエリアにあるゴーゴーバーの嬢には刺青を入れていない娘は非常に少ない。

ぽんこつマンがパッポンエリアで行くゴーゴーバーはピンクパンサー。ここはソイカウボーイやナナプラザにあるゴーゴーバーとは違って、カメラで店内を撮影しても構わない。

この日は開店時間20:00から40分くらいして入店したので未だ化粧が済んでいない嬢や出勤していない嬢が多いせいか女の子が多くは無かった。ジントニックを飲みながら刺青がなくてスタイルがいい、可愛い娘を探したが見た感じ100%が刺青あり。客をアテンドする婆さんに刺青のない女の子を紹介してと頼んだ。その婆さんは、「今出勤してきて着替えている子がいるから待って」と言った。

それから30分ぐらいした頃に女の子が階段から降りてきて店内に入ってきた。その中にふたり刺青のない女の子がいた。ひとりは色白だが身長155cmくらいで少し太め、、もうひとりは肌の色は白くはないが身長165cmくらいでスタイルも顔も美形。

スタイルと顔が美形の女の子をステージに上がる前に席に呼んだ。名前はウェーラーと言っていた。年齢を聞いたら20歳と言っていたが、実際はもっと上の感じがした。少し話しただけだがノリがいい。ぽんこつマンのようなエロジジイにも優しい。ペイバーしたいと思ったが、その日は既に昼間に一パツ発射してきているので、次にしようと思った。刺青もなくタバコ臭くもない。おっぱいにシリコンを入れていない美乳もいい。なんと言っても性格も良さそうだった。

あれ以来、コロナがタイでも問題になり、2020年3月18日からバー、カラオケ、クラブ、映画館などの営業が禁止となって、ぽんこつマンは4月1日に日本に戻ってきてしまった。営業再開は2020年7月1日から営業再開が許可されたようだが、日本からタイに戻ることが今も難しい状況だ。コロナ陰性証明とFit to Fly証明書の取得に5万円、特別機の座席確保に16万円(エコノミー片道)、タイでの隔離ホテルの費用が15泊分で最低3万バーツから(約10万5千円)と極めて高額な費用負担が伴う。

そもそも滞在ビザがあるんだから、こんなことになるのなら、普段から飲んでいる薬をもらうために日本に戻るよりタイで処方してもらってタイに居続けた方が良かったと今は思っている。すべてはコロナのせいだ。中国のせいだ。今やタイ国内ではコロナは消えたと言っていて、第2波が来ている日本からの渡航に更なる規制がかかるかも知れないことになっている。ああ、タイのエロナイトが恋しい。さてこれからどうなることやら。

Daddy’s Antique Cafe で ティラミスを

ぽんこつマンのアジアのベースはバンコクだが、連れ合いがチェンマイに居る関係もありチェンマイにも長期で滞在していることがある。ホーチミン から10月末にバンコクに入り1ヶ月くらいバンコクで過ごしていたが2019年11月23日にTG116便でチェンマイに飛んだ。

チェンマイには連れ合いと息子が住んでいる。息子は当時まだ12歳で学校に行っている。息子が通う学校は自宅からは25km ほど離れていて、朝も晩も連れ合いが送り届け、迎えに行く。だからぽんこつマンは朝はゆっくりできる。

目が覚めたら自分でコーヒーを入れゆっくりそれをすする。月に2回くらいは、メンバーになっているゴルフコースでラウンドすることもあるがほとんど毎日、連れ合いが息子を送って行きその帰りにヨガかズンバのエクササイズを終えて帰ってくるのスマホをいじりながら待っている。

ある日インスタグラムで見つけたモデルクラスの女の子の投稿にチェンマイのカフェでの写真が上がっていて、彼女の背景にあるカフェが気に入った。もちろん彼女自身のインスタの写真のセクシー差にも興味があったのだが、その日はカフェの方への興味が上回った。

そのカフェは、Daddy’s Antique Cafe(https://www.daddysantique.com

その店をネットで調べてみると午前11時から午後10時までの営業とある。連れ合いが戻るのは大体10時から11時までの間なので、ランチをその店で取ろうと思った。

その店はセントラルプラザエアポートからハンドンの方へ国道108号線を南下し、BigCの先の交差点を右折して300mほど先の左側にある。10時半に連れ合いが帰ってきたので早速その店に行くことを提案した。

自宅からは30kmほど離れているが、既に朝の渋滞は無くなっているので30分くらいで着ける。その店はすぐに見つかった。その店のある敷地には、他にもドーナツショップやレストランなどがあるようだった。車は敷地に入って駐車可能だった。

11時過ぎに入ったのでまだ開店したばかりで客はいなかったが、11時半ごろには何組もの客が入ってきた。値段は決して安価とは言えないが、その味とボリュームから考えると日本人の生活感覚からはリーズナブルといった感じだろうか。

連れ合いはダイエットのためにわざわざエクササイズに行っているので、たくさん食べたくないといい、シーザーサラダを注文した。ぽんこつマンはどうしても生パスタを食べたかったので、カルボナーラを頼んだ。それとティラミスが好物なのでパスタを食べた後に頼んだ。

チェンマイ市内からもそう近くはないのでどうしてもここに来るには車が必要だが、もしバンコクから女の子をチェンマイへ連れてきてしっぽりしたいなら、こんな隠れ家的なカフェを知っているっていうのもいいかも知れない。

4度目のホーチミン③フレンチディナー

ホーチミン 2日目の朝は置屋に行った。ランチは置屋を紹介してくれたガイドと一風堂でラーメンを食べ、その後極上ボディーマッサージを受けた。そして夕方はレタントンのガールズバーのチーママとフレンチを予定していた。

ぽんこつマンは、現役で仕事をしていた時はパリのランブロワジー、ピエール ガニェール、、ロブションやモナコのルイ・キャーンズなどの星つきレストランにも足を運ぶほどフレンチが好きである。ベトナムは第二次世界大戦前はフランスの植民地だったこともあり、今でもフランスの文化が残っている。

ホーチミン シティはかつての南ベトナム(自由主義経済)の首都だった。ベトナム戦争が北ベトナムの勝利に終わり、共産主義に支配された後も商都として発展してきている。世界の星つきレストランとまでは行かないまでも、旨いフレンチがあるはずとぽんこつマンは考えてきた。

フレンチレストランでのディナーとなれば、ふたりがいい。美しい女性と一緒ならロマンチックだ。と言うわけで、ぽんこつマンは2回目のホーチミン 訪問で知り合い、気に入った女の子を誘うことにしていた。

彼女は、かつては「蛍」というカラオケバーにいたが、ルタントンの日本人街には複数の「蛍」があり、彼女はヘム15にある「蛍」にいるようだった。そのカラオケバーのオーナーはよく女の子の配属店を変えるらしく、カラオケバーというスタイルよりガールズバーというスタイルの方が狭いスペースでより儲かると見て彼女が働いていた店もガールズバーに改装したばかりのようだった。

ディナーに選んだ店は、Le Corto(http://lecortovietnam.com)。グーグルでは、4.5/5の評価がついている。

彼女とはホテルのロビーで待ち合わせ。店はぽんこつマンのホテルからは歩いて行けるが、短パン、Tシャツと言うスタイルでは行けないのでタクシーで向かった。店の前に着いてその雰囲気の良さに期待を膨らませた。

ぽんこつマンが店に入った時間は予約時間の18時より10分早い17時50分。ギャルソンが席のアレンジメントをしに2階に上がっている間に、予約をしていない女性の二人組がやってきた。ギャルソンが降りてきてぽんこつマンたちを案内する前に、その二人組がギャルソンに声を掛ける。今のところ席に余裕はないとギャルソンが答えているようだった。

ぽんこつマンと彼女は2階のメインダイニング&バースペースに案内された。さすがに土曜のディナータイム、既に多くの客の予約で席は埋まっているようだった。

土曜日は17時半から23時までの営業らしい。ぽんこつマンはもうたくさん食べれなくなっているし、彼女のそんなに食べると思えなかったので、アラカルトで気になるメニューを選ぶことにした。ポテトグラタンの量には驚いた。ステーキの大きさも半端ない。フォアグラのパテは食べきれなかった。ワインはコート・デュ・ローヌのクロードエルミタージュ村のAOP。ぽんこつマンはコート・デュ・ローヌの赤が一番好みである。

2本目のワインを飲み終えて店を出たのは21時頃、ぽんこつマンはかなり酔いが回っていい気分になっていた。彼女がこれから店(彼女が働くガールズバー)に行くと言うので、ぽんこつマンも一緒に行くことにした。レタントンヘム15の入り口までタクシーで行き、そこで降りて歩いて店に向かう。

ぽんこつマンは彼女がチーママとしてマネージメントに苦労していると聞いていたので、見てみたくなった。ぽんこつマンがその店に入る前に店で働く女の子たちが店の前で客引きをしているようだった。ぽんこつマンはその時チーママとして女の子のマネージメントに苦労していると言うよりは、常連の顧客がなかなかできない状況が一番問題なのだと思った。

店に入ると客はぽんこつマンだけ。3mくらいの長さのあるカウンターに女の子が6人くらい。全ての女の子にドリンクをご馳走することになる。女の子が飲むスピードは早い。飲み終えるともう一杯をねだったりもする。

ぽんこつマンは思った。いくらドリンクを飲むことで店の売り上げに貢献することで自分たちの賃金も増えるシステムなのは分かるが、まだ馴染みになっていない客に思いっきりおねだりすれば、もう一度来ることをためらう。いくら女の子が可愛く見えても、カウンターの席に女の子の数と同じだけの客が来るようにすることが一番大事と思えた。

ぽんこつマンはホーチミン で働いているわけではない。ただのツーリストだから一回のガールズバーで多少大盤振る舞いしても問題ないが、ホーチミン の日系で働く日本人が毎月、毎週ぽんこつマンと同じ大盤振る舞いができるわけはない。

ぽんこつマンがその店にいる間にひとりの日本人が来たが1杯飲んで女の子にご馳走せず帰ってしまった。土曜日でこれだとこのガールズバーは多分長くは持たないだろうなと思った。

タイバンコクには、タニヤという日本人歓楽街がある。そこはもともと日本人駐在員や出張者の歓楽街として発展していた。しかし、日経の企業がタイから撤退を始め、駐在員の数を減らし始めた頃から、タニヤは一時期の賑わいを失い始めた。現在でもタニヤは日本人向けのカラオケバーやクラブが多くあるが、最近は観光客の数の方が駐在員の客を上回っていると思われる。

ベトナムはこれから日系企業が多く進出するのだろうが、駐在を多く送ることではなくローカルで日本語を話せる人材を増やして、コストを抑えるだろうから、レタントンの日本人街の店の競争もより激しくなるだろう。

4度目のホーチミン ②ホーチミン置屋体験

ホーチミン 2日目の土曜日の朝、ぽんこつマンは前回市内のガイドをしてくれたF氏に連絡を入れた。以前、行きそびれた置屋へ時間を持て余している午前中に行ってみようと思ったからだ。

F氏はすぐに電話に出た。「OK、11時ホテル前に行きます」とF氏の返事。ぽんこつマンはホテルの朝食を食べてからドンコイ通りにあるいつもの両替所(Exchange 59)

に行き今日使うであろうヴェトナム通貨分を両替したのち、一旦部屋に戻り、F氏との約束の時間を待った。 

10分前にホテルのロビーに降りたら、ホテルの前にF氏が既に到着している姿が見えたので、ホテルを出てF氏と会った。彼は既にぽんこつマンの今日の目的を聞いていたので、何枚もの女の子の写真を見せてきた。

ぽんこつマンは、その中の何人かを選んで、身長、性格、サービスの評判などを聞いた。そして一人の女の子を決めた。F氏は、その娘がいる店に連絡を入れる。現在店に来ているかを確認しているようだったが、電話を済ませて「彼女は今いる」「でも店に到着して、自分の目で他の女の子も見て、気に入ったらでいいから」「その店の近くにまだいくつかの店あるから」と伝えてきた。そしてF氏はバイクのエンジンをかけ、ぽんこつマンにヘルメットを渡し後ろに乗るよう合図した。

ぽんこつマンがヘルメットを被り後ろに乗ると、F氏は「OK?」といい、アクセルをふかしバイクを走らせた。ぽんこつマンはどこを走っているのか全くわからない。バイクに乗っているので、Google マップでどこに向かっているかを確認することもできない。

F氏が運転するバイクはまずは大通りを南西方向に走り、その後右折、左折を繰り返し、高いビルが通り沿いに一切ない一方通行の細い路地へ入った。そして左側にバイクを止めた。店の前に着いたようだった。

その店の間口は4mもない感じ。外からは何屋なのかはわからないが、横スライド式のアルミサッシのガラス扉の向こうに小さなカウンターとその奥にソファーが見える。F氏がそのガラス扉を開きぽんこつマンを中に招き入れる。そしてガラス扉を閉めると、店の奥から数人の女の子が現れる。

その中にはぽんこつマンが写真で見た女の子もいるようだったが、写真と同じ服を着ている訳ではないのでどの子かよくわからない。ぽんこつマンは、F氏に先ほど写真で決めた娘はどの子かを聞いた。F氏はすかさずひとりの女の子を指し示す。

そこに並んだ女性はみんな見た感じ痩せていて、若く見える。20歳そこそこと言った感じだろうか。濃い化粧の女の人は小さなカウンターの中の50歳近くに見える店主っぽい女だけだ。服装も、肌の露出はかなり高いがセクシーに見えるようなものではなく、幼い子が好むようなプリント柄のノースリーブワンピースばかりだ。

見た目でだけでは性格やサービス精神は計れないので、かわいい表情で決めようとした。そこに並んでいる女の子をひとりひとり見つめるとニコッとする娘もいれば恥ずかしいのか目を合わせようとしない娘もいる。結局ぽんこつマンはよくわからなくなったので、最初に写真で決めた女の子を選んだ。

その子に導かれて奥にある階段を登っていく。上の階にはいくつかの個室があるようでそのうちの1つに彼女がぽんこつマンを案内する。そして、ぽんこつマンをひとり置いて一旦部屋を出ていく。彼女はしばらくして戻ってきて、ぽんこつマンに洋服を脱ぐように仕草する。彼女は日本語はもちろん英語もほとんど話せないようだ。

ぽんこつマンが服を脱ぐと部屋についているバスルーム(と言ってもトイレに簡便なシャワーがついているだけ)にぽんこつマンの手を引き案内する。彼女はシャワーの水栓をひねり水を出す。お湯ではないようだ。彼女は手に液体石鹸を取り、ぽんこつマンのポコチンと玉袋を洗う。そして水で石鹸を流しタオルをぽんこつマンに渡し、ベッドルームに戻るようバスルームの扉を開ける。ぽんこつマンがそこを出るのを確認して彼女は自分の淫部を洗うようだった。

彼女がバスタオルを胸に巻いて戻ってくる。ベッドに座っていたぽんこつマンを寝かせて、ぽんこつマンの腰に巻いたバスタオルを剥ぎ取り、彼女はフェラチオを始める。そして勃起した肉茎にコンドーム をかぶせて、騎乗位でぽんこつマンの肉茎を膣口に挿入した。彼女が上下に動く。その動きは速くはない。せいぜいテンポ80〜90といった感じだ。5分ほどその騎乗位は続いたが、彼女はいったんその騎乗位を止めベッドに四つん這いになる。そしてぽんこつマンに背後からの挿入を促した。

ぽんこつマンは彼女の後ろに膝まづいて、コンドームが装着されている肉茎を少し押さえつけて彼女の膣口にあてがい、ゆっくりと前に押し込んだ。ぽんこつマンの亀頭がチュルンと中に沈んだ。そしてさらに奥へ押し込んだ。やがてぽんこつマンの恥骨が彼女の尻の骨に当たる。そこからぽんこつマンは、彼女の腰骨を掴み、前後のピストン運動を始めた。最初はテンポ120位でゆっくりと、そして徐々にそのスピードを上げていく。

出し入れのテンポが200くらいに上がった頃、彼女は頭をベッドに落とし、しかめた顔をぽんこつマンに見える位置に横向けた。そしてベッドのシーツを強くつかみ、アッ、アー、と細い声をかすかに上げる。ぽんこつマンは腰の動きを一旦止め、ゆっくり引いて強く打ち込む。

スパン、、、、スパン、、スパン、、、、。ぽんこつマンの恥骨が彼女の尻の肉を打つ音が個室に響く。その部屋にある窓には南中した太陽の光が薄いカーテンを透かして差し込んでいる。何度も何度も強く打ち込んで、ようやくザーメンをコンドーム の中に吐き出した。部屋に入って30分くらいであっけなくその行為は終わった。

置屋での性交は、愛を感じて行うものではない。ただひたすら何かを支配する欲求への代償行為でしかない。好きと思える女性との性交渉は感情的な高ぶりも相まって快楽の頂点は極めて高くなる。その記憶の再現を求めて置屋で交わってもその快感は異質なものだった。

確かに、交尾するという行為は同じだが精神的満足感のないそれは、放出する一瞬の快感だけで、特定の誰かを思っての自慰行為より得られる快感は少ない。むしろ肉体的な疲労感をより強く感じるだけに過ぎないということに気づいているはずなのに、男という動物は、どうして女と言う動物と交尾したいと思ってしまうのだろう。

シャワーで鼠蹊部を洗い、洋服を着て階段を降りるときに、ぽんこつマンは少し考えてしまった。一階のソファーには F氏が待っていた。彼はぽんこつマンがあまり満足な顔をしていないことを少し気にしたようだった。帰り際に求められるお金を支払いその店を出た。そしてF氏のバイクの後ろに跨がり、ホテルまで戻ってきた。時間は正午を少し過ぎた頃だった。

「食事を一緒にしませんか」とぽんこつマンは F氏をホテル近くにある一風堂ラーメンに誘った。彼は気まずそうにしたが、ぽんこつマンの誘いを断らなかった。

ぽんこつマンは赤、F氏は白を注文した。そしてぽんこつマンはサイゴンスペシャルビールと餃子も食べた。レタントン通りにある一風堂の土曜日昼は、ローカルの人で混雑していた。F 氏はぽんこつマンが置屋で満足していない表情を見て少し気にしているのか、それまで饒舌だった彼の口は何も話さなくなっていた。ラーメンを食べ終えて彼はその日のガイド料を受け取り帰って行った。

ぽんこつマンはタイバンルング通りを挟んで一風堂の反対側にあるマッサージ店Ruby1を覗いた。置屋での肉体的な疲労感を取り除きたいと思った。店の中に入るとひとりの若いセラピストが来て、フットマッサージかボディーマッサージかを聞いてきた。ぽんこつマンには夕方まで時間がたっぷりあったのでボディーマッサージ2時間コースを選んだ。

すると奥の階段から2階へ案内された。2階はかなり広いスペースに、マッサージマットが床に20近く並んでいた。客はぽんこつマンひとり。遮光カーテンがある一番奥のマットに案内されマッサージ用の着替えを渡された。ぽんこつマンはそこで着替え、横になってセラピストが来るのを待った。

セラピストは熱いおしぼりをいくつかもって現れて、足の裏を丁寧にその暑いおしぼりでおしぼりで拭った。そしてマッサージが始まった。最初はうつ伏せで足先からかかとまで、そしてふくらはぎ、太腿、腰、背中、そして腕と進む。背中には熱い石を載せる施術もあった。さらに仰向けで太腿をもう一度、さらに鼠蹊部、そして手足の指。体を起こして肩、首、頭と続いた。2時間の間他の客は一切来ない。広く遮光した暗い部屋にぽんこつマンとセラピストの二人きり。しかもセラピストは若くて可愛い。ぽんこつマンは、何かあろうはずもない淫靡な想像をしてしまった。

ホーチミン でのマッサージ体験は、いつも素晴らしい。凝った筋肉が解れるだけではない、心のしこりもほぐれる思いだった。

4度目のホーチミン ①ステーキとガールズバー

2019年10月下旬、ぽんこつマンはタイへの渡航の経由地として4度目のホーチミン訪問をした。これはタイでの滞在が長期になることが当たり前になったこと、数ヶ月先の日本への一時帰国のスケジュールを固定しづらいことなどの理由から片道ずつの予約が安価で容易にできるLCCを組み合わせることで渡航の自由度がグッと高まるからだった。

フライトは関西発09:30ホーチミン 着15:00予定のヴェトジェットVJ 829便。いつものように前日大阪で宿泊し、朝の07:00難波発ラピートα3号で関西空港へ向かう。JR西日本のはるかや関西空港快速ではなく南海を使う理由は、南海鉄道倶楽部(https://www.club-nankai.jp/traffic/ticketless/index.html)に登録すれば普通席料金でスーパーシートの座席を予約しチケットレスで乗車でき、便利だったからだ。

この回の大阪での宿泊先は、難波駅に歩いて行けるホテルイルクオーレなんば

日本への一時帰国でタイとベトナムに持っていくものを大量に買い込んでいた。ヴェトジェットで購入した荷物の重量が20Kgだったのでベトナムへの荷物をタイ行きと分け直す必要があり荷物の重さを量るはかりを借り、土産用のお菓子を詰める手提げ袋などもホテルから頂いた。ホテルの皆さんはとても親切だった。

ヴェトジェットはこの数年で何度も乗っている。キャビンクルーのユニフォームがちょっと変わっていて、ぽんこつマンが幼い頃よくテレビで見ていた人形SF劇「サンダーバード」の制服に近いものを感じる。

ヴェトジェットには本家ベトナムとタイ・ヴェトジェットがあるがユニホームは共通のようだ。キャビンアテンダントはほとんどが2社の本国採用が多いようだが、身長もそれほど高くなく、主要航空会社に有りがちなハイソですました印象は薄く、隣のお姉さん的というか、エロビデオの素人シリーズに出てくるような売れていないAV女優的雰囲気を持っているとぽんこつマンは感じている。

ホーチミン に到着してまずはホテルにチェックインする。今回のホテルはソフィアホテル

レタントン通りの日本人街に近く、ホテル前のタイバンルング通りとレタントン通りの交差点にスポーツバー、一風堂(ラーメン)、Butcher MANZO & Craft beer(ステーキハウス)があった。

ホーチミン 1泊目の夜は、これもTinder で知り合った日本人街にあるガールズバーの女の子と初めてのオフラインデート。ぽんこつマンはホーチミン でのステーキを味わってみたくてソフィアホテルを予約したのだった。

夕方17:30 ホテルロビーで彼女と待ち合わせ。彼女はスマホで写真を見ただけでリアルに会うのはこれが初めてだった。ぽんこつマンはホテルチェックインの後すぐにシャワーを浴びてホーチミン 仕様のショートパンツと半袖シャツに着替えて彼女との待ち合わせ時刻を待った。そして待ち合わせ時刻の10分前にロビーに降りた。

彼女は時間通りにホテルのロビーに姿を現した。写真で見るより少しふっくらとした印象だったが、人見知りするのか少し恥じらう姿がまた可愛い。簡単に挨拶を済ませ、どこに食事に行きたいか尋ねた。彼女はぽんこつマンの行きたいところに任せるという。そこで、一緒にホテルの外へ出てButcher MANZO & Craft beer(http://butcher-manzo.com/ja/)に向かった。

注文したのはシラーを主体にしたのは、シーザーサラダ、エビのアヒージョ、そして店の看板メニューTOMAHALK BEEF STEAK (DRY AGED)、さらにサイドオーダーでフレンチフライとフライドオニオン、それにシラーを主体とした赤ワイン。1本では足らずもう1本を後からさらにオーダーした。

DRY AGED のトマホークステーキはかなりのボリュームがあった。味は日本の黒毛和種の霜降り牛とは異なり、いかにも「肉」を主張する強い味わいがあった。彼女は可愛い顔をしているがお酒はかなり強いらしく、ハイピッチでワインを飲んで行く。ぽんこつマンは2本目の半ばを過ぎたあたりでかなり酔っていると感じたが、その時でも彼女は全く平気に見えた。

店に入ったのは17:45、店を出たのは20:15。その後は彼女が働いているガールズバーへ向かった。そこは初めて彼女とTinder で知り合った時に聞いていた店ではなく、その店から数軒離れた別の名前の店だった。

まだ店は開けたばかりらしく、客はぽんこつマンひとりだけ、女の子も彼女の他に、店の鍵を開けたであろう別の一人だけしかいなかった。ぽんこつマンはジントニックを頼む。彼女はハイボール。彼女のハイボールを煽るピッチがやけに速いので驚いた。ぽんこつマンがジントニックを1杯空ける間に彼女は既に3杯目を作っていた。女の子の店からもらう給金は飲んだ杯数に比例するんだろうと思ったが、それにしてもあまりにも速い。これではいずれ酔っ払って歩けなくなると思った。

その店には1時間ほどいたが、ぽんこつマンがその店を出ようとした時には彼女はソファーに横になっていた。酔い潰れてしまったということだった。ぽっんこつマンは帰り際、彼女に明日はどうしているかを尋ねた。すると彼女は「明日は朝早く田舎に帰る。」「父親が少し具合が良くなく、母親と交代で面倒を見る必要がある。」と言ってきた。要するに明日は都合がつかないということのようだったので、「じゃ、次に会えるとしたらだいぶ先かな」と言って店を出た。

その晩はそれから、もう2軒違うガールズバーを尋ねた。それぞれの店にTinder で知り合った女の子がいた。一軒は「蓮」というカウンターバー。もう一軒は「凛」というカウンターバー。Tinder で知り合いになった女の子に会って1杯だけ飲んで、人工ダイヤと言われる1カラットくらいのジルコニアのネックレスをプレゼントしてホテルに戻った。楽天市場で1個790円でセールしていた安物だが、天然ダイヤ以上に輝く。特に暗いところで光を受けるとその虹色の反射は驚くほどだった。

明日は、前回バンコクに戻る日にランチを一緒に食べた女の子とフレンチディナーを約束していた。その晩はかなりの散財をしたので、おとなしくホテルに戻って休むことにした。ホテルの部屋についた時は23時を回っていたが、それでもスマホのTinder アプリにホーチミン の女の子からメッセージが届いているようだった。ホーチミン の女の子はバンコクの女の子よりもウブに感じる部分が多く疑似恋愛対象にはバンコクの女の子よりもいいと思える。しかしホーチミン レタントンの日本人街にあるガールズバーの女の子は、お酒を飲んでキックバックを店からもらって生活費にしているようだが、なかなかお持ち帰りがOKな女の子は少ないようだ。バンコクに比べて身持ちが硬い娘が多いようだ。もしどうしても性的欲求を満たしたいと思うなら、Tinder で身体を買ってもらいたい女の子を探してホテルへ直接呼ぶか、ディスコにいってその気の女の子と仲良くなるか、置屋に行くかが無難と確信した夜だった。

Tinder で客を探すバンコクの娼婦

2019年のバンコク の雨季も終わり11月の下旬頃、Tinder の職業欄に<VIP ESCORTS>と掲げている魅惑的な写真の女を見つけてLIKEを送ったらすぐにマッチした。彼女は最初からTinder の彼女のページに既にLINE のアカウントをアップしていて、ぽんこつマンはそのLINEアカウントにメッセージを送ったらいくつかのセクシーな写真と一緒に返信が返って来た。

彼女からのメッセージは極めて単純で、24歳、タイ人、セ●クス1h、5000Bahtとあるだけだったが、彼女が自分で撮ったセクシーショットにかなり引き込まれた。そして “You are looking so lovely❤️”とメッセージを送った。すると彼女から「今日はこれからなら時間がある」「今からだったら私のコンドの部屋でできる」というメッセージが来た。

彼女の白い肌、整った顔立ち、シリコンではなさそうな適度に発達した乳房、充分に発達した尻とそこから細すぎずすらりと伸びた脚。彼女の見た目はぽんこつマンが理想とするタイプそのものだった。

5000baht は決して安くはないが、写真通りの女なら一度試してみたいという衝動に駆られ、「今からOK」と返信した。彼女からサートンのSuan Phlu通りから少し入った処にあるコンドミニアムの住所と名前、そして部屋番号が送られて来た。

ぽんこつマンは素早くシャワーを浴び、出かける準備をしてスマホのGrab アプリで Grab car を探した。ぽんこつマンの住む今度のロビーまで5分という車を見つけて予約した。ぽんこつマンの住んでいるところから彼女の住むコンドミニアムまでは30分ほどとアプリには出ていた。渋滞もない午後3時頃だったのでぽんこつマンが呼んだGrab car は予定通りに来て、予定通りに彼女の住むコンドミニアムに向かった。途中ラマ4世通りは少し混み始めていた。

彼女との約束の時間の4時までまだ10分あったので、コンドの向かいにあるファミリーマートで水を買ってからコンドのロビーに入り、彼女に到着したことを知らせるLINEを入れた。ロビーにはセキュリティーが居て居住棟のエレベーターホールへ向かう人間をチェックしている。ぽんこつマンが彼女の部屋に直接行こうとした時に居住者ではないとすぐに見抜き進入を拒否されたからだ。

彼女からの返信は、「すぐにロビーに降りるから待ってて」ということだった。5分ほどロビーで待っていると、ネグリジェを着たままの彼女が降りて来て、居住者用エレベーターホールから「おいでおいで」をしてぽんこつマンを呼ぶ。セキュリティーがそれを見て訝しそうな顔でぽんこつマンを見る。

しかし居住者が訪問者を呼び入れようとしているのだからセキュリティーが口出しはできるはずがない。ぽんこつマンと彼女はエレベータに乗り彼女の部屋に向かった。彼女の部屋は20 階だった気がする。彼女の部屋のドアを開けると、玄関には男物の大きなバスケシューズがありぽんこつマンは驚いた。リビングにも男の趣味と思われる道具がいくつもある。食べ終わった弁当のプラスチック容器がダイニングテーブルに置きっぱなしになっていて、掃除や片付けもちゃんとしてあるという状況ではなかった。それを見てぽんこつマンは怯んだ。しかし、彼女はぽんこつマンを中に呼び込む。ぽんこつマンは少し不安になった気持ちのまま男の気配が残る部屋に上がった。

彼女は、直ぐにぽんこつマンをベッドルームに招き入れる。ぽんこつマンは彼女にこの部屋のげんかんにあった男物のバスケシューズの主を尋ねてみた。すると彼女は、「あれはここで同居している中国人のものだが、彼は今中国に戻っているので心配ない」と言った。そして、シャワーを浴びるように勧める。そして洗ってはあるがかなり使い古したバスタオルを渡された。ぽんこつマンはそのタオルを持ってバスルームに行きシャワーを浴びる。そしてベッドに戻った。その後彼女がシャワーに行きバスタオルを巻いて戻ってくる。

彼女はことを始める前に、約束の5000bahtを前金で要求した。ぽんこつマンはそれを彼女に手渡した。すると彼女はいきなりぽんこつマンの逸物に手を伸ばし、いじり始める。しかし、男の気配がある部屋でその男が普段好きに弄んでいる女と色事をすると考えると、本来直ぐ勃つはずのものもなかなか硬くはならなかった。

ある程度の硬さになったところで彼女はぽんこつマンの逸物にコンドーム をつける。そして自分の秘部にゼリーを塗り、前戯もキスも無しにぽんこつマンといきなり合体しようとする。ぽんこつマンは写真で見た彼女の形のいい乳房に手をやり揉んでみた。確かにシリコンは入っていないようだったが、そのぽんこつマンの愛撫は彼女には面倒な行為かのように執拗に局部でのピストンを求めてくる。

彼女が求めるままにぽんこつマンはピストンするが、彼女の局部の肉襞は締まりなく全く圧迫感がなかった。10分、20分ピストンしても彼女の反応は全くない。明らかにマグロだった。25分くらいが過ぎて、彼女は仰向けのマグロ状態から反転して騎乗位でぽんこつマンの逸物を攻撃する。しかしぽんこつマンにも頂点が訪れる感覚は全く表れなかった。

前戯無し、フェラ無し、キス無しの単純挿入でいけるほど、溜まっているわけでも若さがあるわけでもなく、だんだんその男の気配が残る部屋での色事が単純な無酸素運動にしか思えなくなって来た。腰も太腿も、背中も肩も、そして腕までにも疲労感が溜まってくるが発射を予感することができない。心臓の鼓動も呼吸も上がっているだけで、なんの快感も得られない。40分近くそんな行為を繰り返していたがすごく疲れてしまい、ぽんこつマンはその行為を勝手に取りやめた。

「ごめん、いかない」ぽんこつマンは彼女にそう伝えて彼女の秘部から逸物を引き出しコンドーム を外した。心臓の鼓動が少しおさまったところでシャワーを浴び、服を着た。そしてその部屋を出てエレベータへ。

なぜ、見た目にはぽんこつマンの理想に近いボディーラインと顔立ちを持つ女との行為でもいけなかったのか。多分それはぽんこつマンがどうしても好きになれない嫌いな中国人の男が住んでいる部屋だと分かったことが大きい。さらにはあまりにも愛を感じない味気ないピストンだけの行為も快感を感じる妨げになったのだ。愛がない、好きという気持ちになれないことは致命的だった。

ぽんこつマンはそのコンドを出てSuan Phlu通りを少し歩いた。時計は17時を回っていた。少し腹が減っていた。それからバイクタクシーに乗り、タニヤに向かった。そして内田家 ら~めん(https://www.facebook.com/uchidayaramen)に入り、辛ネギラーメンと餃子を夕飯に食べた。そして当時タニヤのマーメードというカラオケキャバクラにいたオキニに会いに行った。19:00からオキニは出勤だったので19:30に店に入った。最初は埋まっていない席も多かったが、どんどん新しい客が来る。ほとんどの客はお持ち帰りのみで女の子を探しに来て気に入った娘を選んで席に着かずに持ち帰る。それでも幾らかの客は呑みだけで登録している娘とソファーに向かいそのうち席もほぼ満席になる。マーメードはタニヤの中でも日本人好みの女の子が多く人気店だった。

マーメードを出たのは22:40、3時間(1時間飲み放題800baht)マーメードで飲んだ。オキニは1時間に2杯(レディースドリンク1杯200baht)の計6杯のドリンクを飲んだので税・サ込みでトータル4237baht。タイでは決して安い飲み代では無いが日本のキャバクラよりは安い。

店を出てバービアやゴーゴーバーがひしめくパッポン2を歩いてみた。こっちはまだまだ早い時間なのか客は少なめだった。今日の昼の娘はLadyboyではなかったが、男の気配が残っている部屋ではどうしても美人局のリスクが拭えない。まして相手が日本語も英語も通じない中国人や韓国人はたまたタイ人となると全てのカードや現金を丸ごと持っていかれる危険がある。Tinder などのネットでで女の子を定めて、その娘が住んでいる部屋でセ●クスする時には、まずその娘がLadyboyではないか、その子の部屋に自分以外の男の気配が無いかは事前に確認していないといけないと思い知った1日だった。次回は必ず自分の部屋に呼ぶか、どこかのホテルを取るなどしないといけない、肝に銘じておこう。

エカマイからシラチャーへ

バンコクに住むようになってタニヤ、ナナ、ソイカーボーイといった夜の街だけではなくてシラチャーにも女の子と遊べるところがあるとネットでよく見るようになった。2018年の6月から12月までBTSエカマイとプラカノンの間にあるコンドに住んで居たこともあり、バンコクからパタヤ行きのバスが出ているエカマイのバスターミナルにも関心があった。

たまたまTinder でバンコク周辺の女の子を探していると、マッチした女の子の中にシラチャーに住んでいるという女の子がいた。その娘はまだ19歳で学生とのことだったが姉がシラチャーでカラオケスナックをやっていて夕方からその店を手伝っているという。早速、行って会ってみようと思った。

シラチャーにはロビンソンデパートがあり、そこで待ち合わせをすることにし、ホテルを探した。彼女がバイトするカラオケスナックで飲んだ後あわてて最終バスに乗るという野暮なことをするより、その晩は時間を気にせずゆっくり飲んで、翌朝変えればいいと思ったからだ。

初めて訪れる場所だからシラチャーのカラオケスナックが集まるエリアから遠くなく、設備も優れていてジョイナーフィーを取られないホテルを探した。いつもホテルはBooking,com を使う。

ぽんこつマンが部屋を出たのは午後1時半ごろ、2時を少し廻った頃にエカマイバスターミナルに着いた。そしてシラチャー行きのバスチケット売り場を探した。よく分からなかったので案内人らしき人に聞いてチケットブースを教えてもらった。

バスは14時50発、出発まで30分ぐらい待ちになった。出発ゲートで待っていると大きなバスがやってくる。出発5分前にバスに乗り込む。客はまばらだった。時間通りに出発したバスはスクンビット通りへ出て走り出す。途中高架道路へ上がる前に休憩がある。そこで数人が乗り込んできた。そしてしばらく高架道路を走る。高架道路を降りシラチャーの街が近づき出したと思ったらそこから頻繁に留まるようになる。ちょうど学校が終わった時間に当たっているようで中高生が多く乗り込んできて座席は全て埋まり、立っている学生もいる。目的地のロビンソンデパートの前のバス停に着いたのは出発して3時間近く経った17時40分。歩道橋を渡りロビンソンへ。中に入ったが、バンコクやチェンマイのロビンソンと比べかなりローカル感がある。ぽんこつマンは少しお腹が緩くなっていたのでトイレに向かったが、トイレにはトイレットペーパーがない。手洗いのところに手拭き用に大きなロールのペーパーがあったのでそれを大量に手に取って、トイレに入り用を足した。

改めて表に出て、待ち合わせしているはずの女の子にLINE で連絡を入れた。すると返信があり、「まだ部屋にいて今すぐには出かけられない」と返信があった。「暗くなったら姉の店にバイトに行くからその時にホテルのロビーで待ち合わせ」といって来た。というわけでぽんこつマンは予約していたホテルに向かった。ロビンソンから約700m歩いた。ぽんこつマンが選んだホテルはシタディーヌ グランド セントラル シーラーチャー

https://www.booking.com/hotel/th/citadines-grand-central-sri-racha.ja.html?aid=376383;label=bdot-PKyv50ViAOuyMg2a8bBnRAS267724864311%3Apl%3Ata%3Ap1%3Ap22%2C563%2C000%3Aac%3Aap%3Aneg%3Afi%3Atikwd-334108349%3Alp1009363%3Ali%3Adec%3Adm%3Appccp%3DUmFuZG9tSVYkc2RlIyh9YUqNR_uFB9os3Jm_CnwM6-E;atlas_src=sr_iw_btn;dest_id=-3255165;dest_type=city;dist=0;group_adults=2;group_children=0;no_rooms=1;room1=A%2CA;sb_price_type=total;type=total;ucfs=1&

新しいアパートホテルで、リビングスペース、ダイニングスペース、キッチン、ベッド、バスルームが備わっていて長期滞在にも完璧なホテルだった。チェックインしたのは18時半くらいだった。ホテルの部屋でシャワーを浴びテレビをつけて彼女からの連絡を待った。19時20分に彼女からLINE電話が入った。今ホテルのロビーにいるという。ぽんこつマンはロビーに降り彼女を探した。彼女はエントランスを出た車止めで待っていた。

彼女は写真で見たより可愛い印象だった。「こんにちは」と話したら「ご・ん・に・ちゅ・わ」とタイ語訛りの日本語で応えて微笑む。「お店に行く?」といったら「うん」とうなずいて歩き始めた。

ぽんこつマンは彼女の後を追った。あたりはすでに暗くなり始めていてどの道をどう歩いたかは今は思い出せないが、そんなに遠くはなかったと思った。彼女は店について一人中に入っていき、すぐに店から出て来た。店はまだ準備中らしく、彼女は出て来てすぐに「ご飯を食べに行きたい」とぽんこつマンに行った。そして彼女は歩いて行く。ぽんこつマンがその後をいく。

ついた店は彼女の姉がやっているというカラオケスナックから数軒離れた居酒屋だった。

客筋はシラチャーで働く日本人がほとんどで、常連も多いようだった。ぽんこつマンと彼女はテーブルに座り、料理を頼んだ。ナスの揚げ出し、きゅうりの浅漬け、だし巻き、とんかつ、刺身盛りとビールそして酎ハイを頼んだ。

食事を終えたのは21時過ぎ。それから彼女の姉がやっているという店に戻った。その時間になっても客はいなかった。なんでも数日前にシラチャーの日本人向けカラオケやクラブ、スナックが1000人体制の警察に手入れを受けたと話題になっていたようだ。警察の手入れの理由は麻薬や売春行為(人身売買)の摘発ということらしかったが、実際の目的は店からお手柔らかにと渡される上納金が目的だろうと思えた。

そんなぐあいに警察が店にやってくるという噂がある時は、客は要らぬ詮索をされないように店にはあえて店にあそにには行かないというのがシラチャーでは普通になっているようだった。ぽんこつマンはカウンターには座らず、トイレに近い奥のソファーに腰を下ろした。そして彼女が隣に座った。店にはその店のママになる彼女の姉と他に二人の女の子の4人だけ。その店でぽんこつマンはジントニックを頼んだ。彼女はまだ19歳といっていたがスパイというワインカクテルを注文した。

ふたりが乾杯して飲み始めると、カウンターに腰掛けていた他の女の子たちがこちらを見つめている。彼女にその二人とおねいさんを紹介してと頼んだら、彼女からみんなにいっぱい奢ってくれる?と言われたので快諾した。ママと女の子ふたりは変わったラベルのボトルビールをシュポーンと開けた。ママがふたりの女の子のグラスに注ぎ、女の子の一人がままのグラスに注ぐ。どうも自分で注ぐことはしないかのようだった。

みんなで乾杯したら、彼女の姉がカラオケの本を持ってくる。ぽんこつマンは唄わないといったら、彼女と他の女の子が交互に日本の歌をどんどん入れて歌い始める。彼女たちの歌が2巡したくらいだったか、入り口の扉が開いて、男性3人が入って来た。ママはその男性客をよく知っているようで、「今日はどうしたの?」と聞いていた。客のうちの一番年配の男が、さっきまでバンコクで飲んでいて、今バンコクから来たけど今日またバンコクに帰る。明日朝会議があるから。といっていたのを覚えている。

シラチャーから朝帰るとすると5時でもバンコクへの通勤渋滞にハマる。泊まっても朝3時半には出ないといけないが、それだと6時にバンコクに着いてしまって会社の始業の8時まで2時間空いてしまうのが面倒だと説明していた。ぽんこつマンには関係ない話だが、なんとなく昔からシラチャーの日系の会社と関係がありよく来ているらしかった。

その男性客たちは30分ぐらいいて一人1〜2曲唄って22時半には店を出て行った。そして店にはぽんこつマン一人が客としているだけだった。23時になっても新たな客は来ず、ママはそろそろ店を閉めると言い出した。ぽんこつマンは女の子たちにもう一杯ご馳走すると言った。

新しいビールが彼女たちに開けられた。またさっきのようにお互いに相手に注いで、乾杯をした。ぽんこつマンはこの日朝11時からビールを飲んでいたので、この時点でかなりいい感じに酔っていた。

23時半になっても新しい客は来ず、ママは彼女に店の看板を店内に入れるように指示をする。そしてすべての女の子に着替えるように言った。ぽんこつマンは店にいる時に19歳の彼女に「今日はホテルで一緒に過ごせる?」と訪ねていた。彼女は何も返事をしなかったが、ママが店を閉める時、ホテルまで送ってくれると言って来た。彼女の車に他の女の子二人とぽんこつマンと彼女そしてママが乗って移動する。白の大きくない車は5人を乗せて港の方へ進み。それから左回りでホテルまで送ってくれた。ぽんこつマンが降りたら彼女も降りて来た。そしてママと女の子ふたりはすぐにその場から消えてしまった。

ぽんこつマンは彼女を連れて部屋に戻った。彼女は「お姉さんは、今日初めて会った男性のホテルに行くことは本当は反対だと言っていた」とぽんこつマンに話して来た。「ほんとに今まで初めて会った男性とその日のうちに夜を過ごすことはこれまでになかった」と彼女はと言いながらテレビのスイッチを入れた。

ソファーでテレビを見ている彼女の隣に座って、彼女の肩を抱いた。彼女は自分の頭をぽんこつマンの肩に預けて来た。ぽんこつマンは彼女の髪を左手で撫で、彼女の額にキスをした。彼女は頭をぽんこつマンの方に乗せたまま、ぽんこつマンの目を見つめた。ぽんこつマンは軽く微笑んで今度は鼻の頭にキスをした。

すると彼女がぽんこつマンの方に両手を回し抱き合う形になって瞳を閉じて唇を近づけて来た。ぽんこつマンはそれを見てすかさず彼女の唇を奪った。最初は軽いタッチのキスだったが彼女の口が軽く開いたのを感じ、ぽんこつマンが彼女の口の中に舌を差し込んだ。彼女の舌がぽんこつマンの舌と絡み、そのキスはディープキスに変わっていた。ぽんこつマンの両手は彼女の背中をさすり、サンドレスの背中のジッパーを見つけた。ぽんこつマンの右手がそのジッパーを下ろし、左手は彼女の背中からお尻へ下がり、彼女の体を強く引き付けていた。

3分くらいの長いキスで彼女は息が苦しくなったのか、いったん唇を外したと思ったら彼女がぽんこつマンのショートパンツの前ボタンを外し、ジッパーを下ろしに来た。それからふたりはソファーから立ち上がり、自然とバスルームに向かった。すべてを脱ぎふたりはシャワールームで再び抱き合い熱いキスを繰り返す。150cmそこそのの小さい身体に釣り合ったテニスぼるくらいの乳房はぽんこつマンの掌にちょうど納まるくらいのいいサイズ。乳輪も乳首も大きくなく、少女そのものだった。

写真はイメージです

しかし彼女は、シャワールームでお互いの身体を洗った後にぽんこつマンのポコチンをしゃぶって来た。いきなりバキュームフェラ、亀頭のカリを舐め上げ、竿をハーモニカバキューム、睾丸を1つづつ咥えて舌を転がしながらバキューム、裏筋を舌先で舐め上げ、またスポッと咥えて吸い上げながらスロート。とにかくものすごいテクニッシャン。19歳とは思えない。身体は少女なのに性技はプロ。どこで誰に教え込まれたのだろうと思うほど。

シャワールームで軽く挿入した後、ベッドで激しく交わった。最初の一回は30分くらいでフィニッシュを迎えたが、しばらくするとぽんこつマンのポコチンがもう一度怒張して来たので、二回目の性交。前戯の時に彼女にクンニしていると彼女がフェラチオでお返ししてくる。充分な69の後、再びコンドーム を装着して彼女の秘部に挿入した。まだ子供を産んでいない彼女の膣は締まり具合が良い。彼女は、ぽんこつマンのポコチンを大きいというが、彼女の膣がまだぶかぶかになっていないだけだと思った。

その晩は深夜2時ごろまで、お互いの身体を求めあった。しかしぽんこつマンは朝6時に目が覚めた。朝勃ちだった。カーテンの隙間から差し込む細い光が彼女を照らす。彼女はすっかり眠っていたがその可愛い顔立ちに、また彼女をキツく抱きしめたくなった。彼女の肩を引き寄せ彼女を抱きしめたら、ぽんこつマンの朝勃ちした肉茎が彼女の恥骨の窪みにあたる。ぽんこつマンが少し腰を揺すると彼女はその肉茎を握りに来た。そして目を閉じたまま、彼女の秘部に導いた。

朝にもう一回の挿入。24時間で三回以上の射精をすることはこれまでもあったが、今回は昨夜三回射精しているので次が四回目。コンドーム は着けていないから中で射精はよろしくないがもう亀頭は彼女の膣口に入っている。ぽんこつマンはゆっくり奥へ進めた。側位で静かに前後した。そして伸長位。彼女が軽く吐息を漏らしたのを聞き、ぽんこつマンは彼女に「ノーコンドーム OK?」と聞いたが彼女は腰を強く掴むだけで拒まなかった。

ぽんこつマンは射精時にすぐに引き出せるように彼女の両脚を押し開き、正常位でピストンのスピードを上げていく。テンポ200を過ぎるくらいの速さで手前5cmを前後させる。そしてたまに奥へ深く一回差し入れ腰をグラインドさせて引き、さらにピストン。徐々にぽんこつマンはフィニッシュに近づいていく感じに気がついた。彼女もGスポットを刺激されていたのか、うめき声と吐息が手の甲で隠した口から漏れている。

写真はイメージです

ここぞとばかりにぽんこつマンは激しく深いピストンを始める。10回深く突いては奥で留め腰をグラインドする。それを3回繰り返した後に頂点に向かう瞬間を察して、勢いよく引き抜き彼女の下腹部にザーメンを射出した。彼女はしばらくしてぽんこつマンのまだ疼いているポコチンをシャブリにくる。竿をハーモニカして裏筋舐め、そして尺八フェラでぽんこつマンの肉茎を掃除する。

ふたりは朝7時にシャワーを浴びた。そして下着だけを付け部屋でコーヒーを入れ飲んだ。彼女はしばらくソファーでテレビを見ていたが朝の8時半に「帰る」と言って部屋を出て行った。

ぽんこつマンはもういっぱいコーヒーを飲みながら、彼女のLINEに「会えて最高に嬉しかった」とメッセージを入れた。彼女から「今度バンコクに行くことがあったらバンコクで会いたい」とメッセージが返って来た。ぽんこつマンは「いいね」を表すスタンプを返してホテルをチェックアウトした。

シラチャーからバンコクへの帰りもバスを使った。バス乗り場はドゥッコム シラチャというショッピングモールのそばにあるSriracha Tourの前にある。ホテルからバイクタクシーを使ってバス乗り場に向かった。昨夜からの4回のセ●クスで身体はフラフラだった。そんな時は世の中が黄色がかって見えるというが、記憶もあやふやになるくらいフラフラだった。

チケットはSriracha Tourの中にあるカウンターで買った。発車時刻まで時間があったので10時に開店するドゥッコム シラチャのKFCでチキンを食べた。バスに乗ったのは10時30分位だっただろうか。それすら定かではない。シャラチャーからエカマイへのバスはガラガラで人がいない。バスの中では睡魔に襲われた。目が覚めたのはバスがオヌットに近づき信号で止まった時だった。エカマイに到着したのは12時30分。帰りは朝の渋滞の時間帯もちょうど回避できて2時間で帰って来れた。

彼女とのLINEでのやりとりはしばらく続いた。内容は今度いつバンコクに来れるかとか、早く会いたいとか、普通の恋人同士のたわいないものだった。しかし、ある日突然彼女のLINEからぽんこつマンがブロックされた。ぽんこつマンにはいかなる落ち度も失礼も見当がつかずショックを受けたが、よく考えると彼女のあのフェラのテクニックを教育した人物が必ずいるはずだ。もしそれが彼女の長年のカレで、そして彼女のLINEから彼以外の男の存在を排除するよう求めたとしたら、突然のブロックも納得できる。今となってはぽんこつマンも彼女をLINEから削除しているからどうすることもできない。季節は長い雨季の終わりに近づき、激しい雷雨も治まりつつあった。季節ごとに新しい女に出会う、そんなことも普通にできるアジアの甘く危険な蟻地獄生活にぽんこつマンはどんどん呑み込まれている。

ペッピーナ(Central Embassy)でピザとパスタ

2019年の8月、ぽんこつマンの連れ合いの子が高熱で入院した。退院する時にその子から連絡があって知ったのだが、まだ体調が戻ってないのではと心配して病院まで迎えに行ったことがある。

そこで彼女は、その年の春から勤めていた会社(日系)の保険を使って医療を受けていたのだが彼女が入院した病院(Phyathai 1 hospital)は私立ではあるが日本人がいくサミティベートやバムルンラードそしてバンコク病院といった高額医療機関より少し安めで一般のタイ人がよく利用している病院の1つのようだった。

ぽんこつマンが病院に到着した時、彼女はすでに退院手続きを済ませており、念のための薬の処方待ちの状況だった。「大丈夫なの?」と聞いたら「もうすっかり大丈夫」といって照れ笑いしていた。数週間前に「すき焼き」を一緒に食べたばかりだったが午後0時を廻っていたので「ご飯は食べれるの?」と聞いたら「食べれる」と言った。

普段の彼女の昼食は、会社のそばにある屋台か食堂でクイッティアオとかバーミーとかパッタイとかガパオライスなどを食べているのだろうと思えたので、「イタリアンとかに行く?」と聞いたら目を輝かせて「OK」と返して来た。待ってましたという感じだった。

実はぽんこつマンはバンコクのPIZZAで旨いと思ったペッピーナ(http://www.peppina.asia)にもう一度行きたいと思っていたのだがそのことを以前彼女にも伝えていたのだった。当時の彼女の月収は初任給15000bahtで一回の食事で1000baht以上を使うことなど難しかっただろうから、Central Embassyに入っているペッピーナに行くと聞いてラッキーと思ったに違いない。

タクシーをその病院で拾ってCentral Embassyに向かった。ペッピーナの本店はスクンビットソイ31を入ってPhrom Chit Alley を右に50mほど行ったところにある。夜のいい時間帯は予約を入れておかないと満席になっている時がある。その点Central Embassyの昼ならそれほど混んでいることもない。

その日に注文したのはスパゲティミートソース、スパゲッティボンゴレビアンコ、トリュフとチーズのピザ。そしてぽんこつマンはビール。彼女はガス水。彼女が麺好きなのは知っていたがスパゲティー2種類も食べるとは思わなかった。

スパゲッティーの味は、少し塩分がきつくいかにもヨーロッパ的と思ったが、ピザの香りも香ばしく、もちもちの生地とチーズのうまみがマッチしていて美味かった。彼女が病み明けと言うこともありワインを選ばなかったが、次回はワインと一緒にゆっくりとピザを楽しみたいと思った。

バンコクですき焼き・しゃぶしゃぶ

ぽんこつマンは肉好きだ。しかし焼肉よりステーキ・すき焼き・しゃぶしゃぶが好きである。バンコク には旨い肉を食わせる焼肉屋は目立つが、すき焼き・しゃぶしゃぶは看板メニューになりにくいのか、ぽんこつマンが「これなら良い」と思う店は意外に少ない。肉はいいが接客がイマイチ、値段が以上に高いという店が多いと感じる。焼肉を売りにしている店ですき焼き・しゃぶしゃぶも扱っているという店も多い。

そんな中で、Wagyu Shabu shabu & Sukiyaki Sankyu(https://www.facebook.com/Niku-sho-Sukhumvit-71-2064900166871445/ 今は肉匠71と名前を変えたらしい)という店を見つけ行ってみたことがある。

ステーキはいい肉を手に入れれば自分の家で焼いて食べれるが、すき焼きやしゃぶしゃぶとなると一緒に食べる人がいる方がいい。タイ人はしゃぶといえばタイシャブを想像するし、すき焼きもタイスキというメニューをより好む。まして生卵をつけダレにすると言った日本式すき焼きを旨いと連想するタイ人は多くはない。

初めての店で初めてのタイ人嬢を誘ってデートとなると、味の好みの差で相手にも辛い思いをさせるかもしれないので、バンコクの大学を卒業して働き始めていた連れ合いの実の娘を誘うことにした。彼女は連れ合いと一緒に日本に数度来ており、和牛のうまさや生卵をつけて食べるスタイルを知っているだけでなくそうやって和牛を食べる日本のすき焼きが好きだった。

店に着いて生卵を食べる習慣がないタイだからこそここぞとばかりにすき焼きを選んだ。A5の肉とA4の肉を食べ比べてみるのも興味深かったので、それぞれとってみることにした。チェンマイでもすき焼きを食べさせる店に行ったことがあるが、A5は品切れA4かA3を選ぶ必要があったがそこのA4は一皿100g無いくらいで800bahtだったことから考えると、こちらの店はかなり安い気がした。

A5は一皿400bahtくらい、A4は一皿300bahtくらい。鍋もサービスの女性が作ってくれて、客はただ出来上がりを口に運ぶだけ。腹いっぱいになるまで肉を食べてもふたりでアルコール込みで4000Baht 以内でおさまる感じ。もしかしたら日本で食べるより安いかもとさえ思える。

ぽんこつマンはすき焼きにほうれん草は合わないと思うが、ここはバンコクそれくらいはご愛嬌です。1ヶ月に1回はsukiyakiを食べたくなるポンコツマン。この店がなくならないように祈りたい。